Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文全文

第120巻第10号

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特集 統合失調症の神経心理症候学
Disconnection症候群とDisconnection仮説
植野 仙経1)2), 三嶋 亮1), 上田 敬太1), 村井 俊哉1)
1)京都大学大学院医学研究科脳病態生理学講座精神医学
2)京都府立洛南病院
精神神経学雑誌 120: 895-903, 2018

 臨床神経心理学と統合失調症研究の双方で用いられる離断(disconnection)や結合性(connectivity)の障害などの概念について検討した.脳梁離断症候群,伝導失語,純粋失読から抽出した神経心理学における離断症候群の条件に照らし合わせてみると,特に脳梁離断症候群と純粋失読において,離断は仮説ではなく事実を記述する概念に相当する.一方,統合失調症の病態仮説としての離断は仮説を記述するという性質が強く,離断を結合性の広汎かつ部分的な障害として解釈してもそれは変わらない.統合失調症の病因・病態として離断や結合性の障害を想定することは,統合失調症の概念自体に起因するバイアスによると考えられる.さらに,結合性の概念そのものが機能的結合性と構造的結合性をともに含意するという過包摂性をもちうる.それゆえに,離断や結合性などの概念の使用に際しては,その意味と文脈を把握することが重要である.

索引用語:離断, 結合性, 統合失調症, 神経心理学>

はじめに
 離断(disconnection),結合性(connectivity)または連合(association)の障害という用語は,臨床神経心理学と統合失調症研究の双方で広く使われている.これらの用語には独立の機能を担った脳領域の共働の障害という意味が含まれている.また,そうでなければ結びつきが失われているなどと表現する必要はないだろう.これらの用語を臨床や研究で使う際には,次の2点を意識的に考えておく必要がある.
 ①事実を記述する用語として使うのか,それとも,仮説を表現する用語として使うのか.
 ②仮説を表現する用語として使うのであれば,それは具体的にどういう仮説なのか.
 本論ではまず神経心理学における離断症候群について概観し,それを踏まえて統合失調症研究における離断などの説明概念の位置づけを考察する.

I.離断症候群の概念とその背景
 離断症候群という用語は,Geschwind, N.の1965年の論文Disconnexion syndromes in animals and manに遡る.Geschwindは離断症候群を,1つの大脳半球内の,もしくは2つの大脳半球の皮質と皮質とを結ぶ連合路(association pathway),すなわち連合線維もしくは交連線維の病変によって生じる症候群を指す語として用いた12)
 離断症候群という概念の背景にはそれまでの神経心理学の流れがある12)29).19世紀後半のBroca, P.,Wernicke, C.の失語症研究は,神経心理学における局在論的アプローチの隆盛と,それに基づく古典的な離断学説をもたらした.臨床神経学者は,特殊化された細胞集団(皮質)を線維(白質)がつないでいるものとして脳をイメージし,白質の病変による症候群を皮質の病変による症候群から区別した.Wernickeは言葉の聴覚イメージの中枢と運動イメージの中枢との伝導が損なわれることで伝導失語が生じるとし,その伝導経路を弓状束と考えるに至った.Dejerine, J. J.は左後頭葉と脳梁膨大部の病変によって視覚情報が言語の視覚イメージを含む領域から離断されることで純粋失読が生じると考え,剖検によってその正しさを示した.Liepmann, H. は脳梁の損傷によって左半球の言語中枢と右半球の運動中枢が離断されることで左手の失行が起こると説明した.
 このような局在論的見方は20世紀初頭の神経学において支配的であったが,その後,支持を失っていった.その背景としては,神経学における全体論的立場からの批判がなされたこと,関連分野でもゲシュタルト心理学などの全体論的アプローチが優勢になったこと,さらに,脳梁離断術を受けたてんかん患者に明らかな神経学的症状がみられなかったことで,脳梁の損傷によって神経心理学的症状が生じるという知見自体が説得力を失ったことが挙げられる.
 しかし1950年代以降,Sperry, R. W.らによる分離脳の研究22)28)によって脳梁への関心は再び高まり,1960年代になると,脳梁離断術を受けた患者に左手の触覚性呼称障害や失書がみられた事例11)や,脳血管障害による脳梁損傷で同様の症状を呈した事例14)が報告された.この流れのなかで,古典的学説のリバイバルとして,離断症候群の概念は提示された.

II.脳損傷による離断症候群
1.脳梁離断症候群
 以上の経緯から,脳梁離断症候群は離断症候群の範例だといえるだろう.脳梁離断症候群では,特定の大脳皮質領域間を結合する神経線維が明確に損傷しており,さらに,その損傷によって無理なく予測できる行動変化が再現性をもって生じる.例えば,左半球を言語優位半球とする右利き者の脳梁がすべて切断されても,日常生活場面では視覚や触覚,言語機能に明らかな問題はみられない.しかし,タキストスコープなどを用いて左視野内のみに文字や物品を提示した場合,その文字を読むことや,物品の名前を述べることができない.すなわち左視野における失読,呼称障害が生じる.さらに視覚的な情報なしに左手で触ったものが何かであるかを言いあてることもできず(触覚性呼称障害),左手で文字をなぞって読むこともできない(触覚性失読).一方,右視野および右手では同様の課題を問題なく行うことができる.したがってその人には,左視野や左手を介して感覚情報を処理する場合でのみ失読や呼称障害が生じている17)
 これは次のように説明される.左視野に入力された視覚刺激は右半球の視覚野で視覚情報として処理される.脳梁が健全であればその情報は脳梁を介して言語を司る左半球に伝わるが,脳梁が切断されているとその移動が妨げられる.それゆえに左視野の失読と呼称障害が生じる.同様に,左手に与えられた触覚刺激は右半球の体性感覚野で処理されるが,脳梁が切断されていることでその情報は左半球にある言語系には達しない.それゆえに左手の触覚性失読や触覚性呼称障害が生じる.
 この場合,左右の大脳半球を結ぶ脳梁の切断によって左右の半球に局在する機能が離断されたという想定は理にかなっている.脳梁損傷後に生じる一連の症状を脳梁離断症候群と表現する場合,離断という言葉は,左右の大脳半球の結合が損なわれているという事実を記述する用語として使われているといえるだろう.

2.伝導失語
 先述の歴史的背景からは,伝導失語および純粋失読もまた範例的な離断症候群として位置づけられるだろう.それではこの場合,離断という言葉は事実を記述しているのか.それとも仮説を表現しているのか.
 伝導失語では,発話は流暢であるが音韻性錯語がめだち,言葉の理解はほぼ正常であるにもかかわらず復唱障害がみられる.すなわち,発音は歪みがなく,語調・抑揚の不自然さもなく,よどみなく十分な長さの文を話す(流暢性).しかし,個々の音は正しく構音されるにもかかわらず「ヤマ」を「カマ」と言い誤る,「キョウト」を「コウト」や「トウト」と言い誤るなど,音韻レベルでの言い間違いがみられる(音韻性錯語).また,言葉の意味の理解には問題がないにもかかわらず,聞いた言葉をそのまま再生すること,すなわち復唱が障害される(復唱障害).そして患者は自らの言い間違いに気づいており,訂正を繰り返す.この自己修正の試みは伝導失語における錯語や復唱障害の特徴である18)
 古典的見解によれば,伝導失語はウェルニッケ野とブローカ野とを結合する弓状束の損傷によって生じる13).ウェルニッケ野およびブローカ野は損なわれていないので話し言葉の理解と発話の機能は保たれる.しかし,弓状束が損傷されたために,言語の聴覚イメージに関する情報は発話を担う領域から離断され,復唱が障害されると考えられる.
 しかし,この考えには困難がある.まず,弓状束損傷によって伝導失語が生じるとは必ずしもいえない.例えば上側頭回の一部の皮質の働きを阻害すると伝導失語様の症状が生じることから,弓状束の損傷は復唱障害に必須とはいえない2)24).脳腫瘍の治療のために左弓状束の前部を切除したものの復唱障害や伝導失語が生じなかったケースもある27).また,弓状束はブローカ野ではなく中心前回に終止するという指摘3)もあり,弓状束の損傷によってブローカ野とウェルニッケ野が切り離されるとは必ずしもいえない.
 さらに近年,言葉の意味の処理は下前頭後頭束を中心とする腹側ネットワークで担われる一方,音韻処理は上・中側頭回後部と中・下前頭回後部および中心前回,そしてそれらを結ぶ弓状束からなる背側ネットワークによって担われているとする二重経路仮説が提唱されている26).弓状束は自らが行う発話のモニタリングや,音韻のレベルで復唱の促進に寄与していると考えられる3).従来の離断学説よりも,弓状束を含む背側経路の損傷によって発話の音韻的側面の制御の効率と精度が損なわれるという仮説のほうが,伝導失語における復唱の自己修正の試みについてよい説明を与えるかもしれない.
 したがって,伝導失語においては,離断という言葉はまず仮説として提起され,さまざまな症例の積み重ねにより,その離断する機能についての学説が改訂されつつある,という理解が適当だろう.

3.純粋失読
 それでは純粋失読はどうだろうか.純粋失読では「読み」,すなわち書かれた言葉を口に出して読み上げることと,その言葉の意味を理解することがともに障害される.その一方で,字を書く能力は良好に保たれる.また,読めない文字もしばしば字画をなぞることで「読む」ことができる.すなわち,なぞり読み(schreibendes Lesen)ができるという特徴がある12)18)
 典型的には,純粋失読は左後頭葉内側面および脳梁膨大部の損傷によって生じる.古典的には,純粋失読のメカニズムは次のように説明される12)14).左半球の角回には文字・単語の視覚イメージが貯蔵されている.左後頭葉と脳梁膨大部の損傷では,左角回は損傷を受けておらず,語の視覚イメージそのものは保たれているので書字が可能である.しかし,左後頭葉の損傷のために,右視野に入力された視覚刺激は情報として受容されない(右同名半盲).左視野からの視覚刺激による情報は右後頭葉で扱われるが,脳梁膨大部の損傷のために左半球には伝わらない.そのため,その視覚情報は左角回にある言語の視覚イメージから離断される.結果としていずれの視野に入った言語情報も左の角回に到達せず,そのため純粋失読が生じる.
 近年では,脳梁膨大部を病変に含まない場合でも純粋失読が生じることが知られている.病巣が左角回深部付近の白質にあるケース(下角回性失読)15)や,後下側頭皮質(37野)の視覚性語形領域(visual word form area:VWFA)近傍にあるケース7)25)である.その場合でも,純粋失読は単語・文字の形態情報が貯蔵された領域(左角回やVWFA)と視覚情報の離断によって説明できる.また,なぞり読みが可能であるという特徴も,単語・文字の形態情報が視覚情報と離断されている一方で触覚情報とは離断されていないという説によって,すなわち離断学説によって説明できる.
 このように純粋失読の場合は,まず脳梁離断のある症例(事実)をもとに,仮説が提起され,その後の症例の積み重ねにおいても,ほぼ元の通りの仮説で矛盾がないことが示されてきたといえる.

III.離断症候群の概念
 以上,神経心理学における離断症候群について概観した.あらためて,ある症候群が離断症候群であるための条件を整理したい.脳損傷による離断症候群には,特定の大脳皮質領域間を結合する神経線維が明確に(多くの場合は完全に)損傷しており,かつ,その損傷によって無理なく説明・予測できる行動変化が再現性をもって生じることが求められる.この条件を,①仮説,②脳,③症候学,④補足的証拠という4つのレベルに分けて記述すれば次のようになるだろう.
 ①仮説レベル:どの脳皮質領域とどの脳皮質領域との離断であるかが特定されている.
 ②脳のレベル:以下の事柄に関する証拠がある.
 (a)その領域間を結ぶ白質線維が損傷している.
 (b)それ以外の白質線維には損傷がない.
 (c)仮説の正否にかかわる皮質には損傷がない.
 ③症候学的レベル:その症候は(a)関連する2つの脳領域の連絡が途絶えたことと,(b)損傷が生じていない皮質と白質によって担われる機能によって無理なく説明できる.
 ④補足的証拠:その症状は出現したりしなかったりするのではなく,再現性をもって出現する.
 伝導失語はウェルニッケ野とブローカ野を結ぶ弓状束の損傷による離断症候群であるとすることは,仮説レベルでは離断症候群の条件を満たす.しかし,弓状束の損傷が伝導失語に必須とはいえない以上,脳のレベルでは条件を満たしていない.また,復唱の障害がしばしば自己修正の試みを伴うという特徴は離断学説では十分には説明できないものであり,したがって症候学的レベルでの条件も満たしきれてはいない.
 それに対して,純粋失読を視覚皮質と言語の視覚イメージを蓄えた皮質領域との離断症候群とする説は,仮説レベルの条件を満たし,現在のところ脳のレベルの条件も満たしている.さらにこの仮説はなぞり読みが可能であるという特徴をよく説明するものであり,ゆえに症候学的レベルの条件も十分に満たしている.

IV.統合失調症の病態仮説としてのdisconnection
1.離断症候群としての検討
 統合失調症の病態についても,Crow, T. J.によるtranscallosal misconnection syndrome5)やFriston, K. J.によるdisconnection hypothesis9)(あるいはdysconnection hypothesis10))など,結合性の障害や離断に注目した仮説が提唱されている(下線は著者).これらの統合失調症の病態仮説としての離断学説について検討を進めたい.まず,仮説・脳・症候学・補足的証拠という4つのレベルにおいて離断症候群の条件をどのくらい満たすかを検証する.
 Crow5)は統合失調症の症状は脳のシステムにおける誤った結合性(misconnectivity)から生じるとし,大脳半球間を結合する脳梁の線維と,半球間での機能分配の異常に注目した.しかし,Crowは半球間の結合性の障害を示唆するのみで,大脳半球のどの領域の結合性が損なわれているのかは特定していない.Friston9)は統合失調症に関する病態仮説としての離断について,それは解剖学的な離断というよりも機能的な離断,すなわちシナプス間の伝達効率やシナプス可塑性などの水準の異常による統合不全であると述べている〔近年ではより明確に,dysconnection仮説は機能的(シナプス的)結合性に関する仮説であるとしている10)〕.それは,ある機能を担う皮質とそれとは別の機能を担う皮質との離断として定式化されるものではない.したがって,いずれの説も離断される脳領域を特定しておらず,①仮説レベルにおいて神経心理学的な離断症候群の条件を満たしていない.
 とはいえ,統合失調症患者には脳梁を介した機能的結合性の障害が示唆されており16),MRIの拡散テンソル画像(diffusion tensor imaging:DTI)を用いた研究によって,前頭葉間を結合する脳梁の領域が減少している21)ことが示されている.またDTIによって白質線維の方向性のまとまりの指標であるFA(fractional anisotropy)値を推定した研究のメタアナリシスでは,統合失調症患者群では左前頭部や左側頭部の深部白質のFA値が低下しているという結果が得られている6).これらの結果は,統合失調症において脳のレベルでの「離断」が,両側の前頭葉間や左側の前頭葉と側頭葉との経路といった,比較的特定の領域にみられることを示唆する.しかし,患者群と対照群とのデータには,統計学的に有意な差はあるとはいえ大きな隔たりがあるわけではない.したがって,②これらの研究で示される「離断」は,著者らが先に提示した「脳のレベルでの離断」,すなわち白質線維の完全な損傷・障害による半球間ないし半球内の離断を示唆するとはいいがたい.さらに,③症候学的レベルでは,統合失調症では先述の脳梁離断症候群は生じない.④補足的証拠に関していえば,統合失調症では症状に変化や消長がみられることが多く,症状の一貫性・再現性という点でも難がある.
 以上のことからすると,統合失調症の病態仮説としての離断は,神経心理学における離断症候群に比べて脳や症候学のレベルでの証拠,すなわち事実としての証拠が脆弱であり,仮説レベルにおいても「どの領域間の離断であるのか」が曖昧なまま離断・結合性障害という言葉が独り歩きしている感がある.したがって,少なくとも古典的神経心理学がいうところの離断症候群の条件は満たしていないといえるだろう.

2.広汎かつ部分的なdisconnectionとびまん性軸索損傷
 統合失調症を離断症候群とみなすことには無理があるとする上述の見解に対しては,「統合失調症における離断を,局所間の完全離断ではなく,脳における結合性の広汎かつ部分的な離断であると考えるならば,統合失調症の結合性障害仮説は維持しうる」という再反論がありうるだろう.これを「広汎・部分離断仮説(widespread partial disconnection hypothesis)」と呼ぶことにする.
 この仮説の正否を考えるうえで,神経心理学が提供する重要な参照項が,びまん性軸索損傷(diffuse axonal injury:DAI)である.DAIでは,頭部に回転性の外力が加わることで冠状方向への剪断力が働き,脳幹,深部灰白質,そして深部白質の連合線維や交連線維が広汎に損傷される.代表的な画像所見としては急性期における脳梁損傷および慢性期における脳梁萎縮が挙げられる20).したがって,DAIでは白質線維の損傷と,それによる結合性の広汎かつ部分的な障害,すなわち広汎・部分離断(widespread partial disconnection)が事実として生じている.
 そしてDAIでは精神症状として注意障害や遂行機能障害,記憶障害,および思考緩慢などがみられ19)23),その情報処理能力の低下の原因は軸索損傷であるという見解がある8).しかし,それらの症状は統合失調症とは症候学的にまったく異なり,症状が持続的にみられるという点も,症状が時期によって消長を繰り返す統合失調症とは異なる.
 統合失調症の広汎・部分離断仮説は,①離断の意味を明確化している点で先述の漠然とした離断仮説よりは優れており,②脳のレベルの支持的証拠(拡散テンソル画像が示唆する白質の広汎で部分的な病理)も一定程度存在する.しかし統合失調症は,広汎・部分離断の範例ともいえるDAIとは③症候学的にも④症状の一貫性・再現性においても異なる.したがって,統合失調症の広汎・部分離断仮説は,仮説としては漠然とした離断仮説より前進したが,それを支持する証拠という点において不十分と言わざるをえず,事実としては疑わしい.
 DAIを参照項としたこのような議論に対しては,仮説の変更による次のような反論が考えられる(以下の①から③において,離断は統合失調症の広汎・部分離断を指す).
 ①離断は同じ広汎・部分離断でもDAIとはパターンが異なる.
 ②離断は神経発達の過程における段階的な離断なのでDAIとは時間的経緯が異なる.
 ③離断は解剖学的離断ではなく機能的離断であるのでDAIとは症候学が異なっても構わない.
 いずれも,離断に関する補助的な記述の追加によって,DAIを反証として持ち出す批判を免れている.このような修正自体は必ずしも不当ではないが,それが無制限になされた場合,広汎・部分離断仮説は棄却の余地のない仮説となるだろう.そして,上記の反論のように,神経心理学や解剖学の文脈を超えた多様な事象を離断の名のもとにまとめることで,あらゆる精神神経疾患を離断で説明できるようになるだろう.このとき,離断という概念は過包摂なものとなり,離断仮説は仮説としての意義を失ってしまう.つまり,離断という概念ですべての精神神経疾患を説明できるということは,精神神経疾患について何も説明しないのと同じことになってしまうわけである.

3.Disconnectionへの注目とその理由
 これまで述べてきたように,離断という説明概念を統合失調症に適用することにはさまざまな問題点がある.それにもかかわらず,統合失調症研究では,離断概念やそれに基づく病態仮説が多くの注目を集めている.例えば,PubMedを用いて文献検索を行ったところ,schizophrenia and(disconnection or disconnectivity or connectivity)という検索語では2,023件が該当した.それに対して双極性障害(bipolar disorder)について同様の検索を行った結果は350件であった.それぞれの疾患に関するMRI研究数の検索結果は,統合失調症が6,618件,双極性障害が1,908件であった(これらの検索結果はいずれも2018年2月7日時点のものである).MRI研究数に対するdisconnectionなどをキーワードとする論文数の比率は,百分率で表わせば双極性障害が約18%であるのに対して統合失調症では約30%となる.この結果は,結合性やその障害が特に統合失調症研究において注目されていることの傍証といえよう.
 離断概念は統合失調症の病態仮説において,問題点を抱えながらも積極的に用いられている.それは1つには,離断という概念が,統合失調症という名称やその基礎障害として想定された連合弛緩とアナロジカルに捉えられているからかもしれない.Fristonは統合失調症の離断仮説を述べるなかで,離断の概念は統合失調症の症状に関する認知モデルにも由来するが,そこにみられる精神の統合不全という考え方は,Bleuler, E.によるschizophreniaという名称の導入にまで遡ることができるだろうと述べている9).1911年,Bleulerはschizophreniaすなわち精神(phrēn)の分裂(skhízō)という呼称を提唱し,その基礎的な障害として連合弛緩(Assoziationslockerung,loosening of associations)という抽象度の高い概念を導入した4).連合弛緩は統合失調症の病態を説明する理論的概念であったが,特定の理論を排するという立場をとったDSM-IIIにおいても診断基準に含まれていた1).さらにschizophreniaという名称・疾患単位自体,現在に至るまで維持されている.こうした歴史的経緯によって,私たちは統合失調症の病態を連合障害・離断・結合性障害としてイメージするバイアスを備えるに至ったと思われる.
 しかしながら,本稿で議論してきたように,統合失調症の離断・結合性障害仮説は,仮説として正当なものとするためにその細部を十分に規定すると,症候学などの事実にそぐわなくなる.その一方で,事実と矛盾しないものにしようとすると,仮説として過包摂なものとなってしまう.特に,「広汎・部分離断仮説」のような曖昧になりかねない概念は十分に注意深く扱わないと,「統合失調症は脳の全体的な病気である」といった素人的言説を専門用語で言い換えただけということになってしまうだろう.
 優れた仮説は,棄却される可能性を備えた仮説である.「統合失調症の離断仮説」が素人仮説のレベルを脱却しようというのであれば,棄却される可能性を恐れず,少なくとも「どことどこの結合性なのか」「構造的結合性なのか機能的結合性なのか」「その結合性によって説明されるべき症状は何か」を明確化する必要があるだろう.

V.脳研究における結合性概念の過包摂性
 最後に,結合性(connectivity)という概念の過包摂性についても補足する.近年,機能的MRI(functional MRI:fMRI)の研究が活況を呈しており,さらにデフォルトモードネットワーク(default mode network)に代表される,安静時結合性(resting-state connectivity)の研究も行われている6).統合失調症などの疾患をもつ人々の脳における安静時結合性の研究も盛んになっている.これらの研究は,fMRI信号の経時的な変化を統計的に処理することによって,脳領域の活動の関連性を,いわば機能的結合性をみるものである.ここでいう機能的結合性は,皮質の活動の関連性について述べたものであり,白質線維によって担われる解剖学的結合性とは異なる.
 神経科学における結合性という概念は,文脈によって機能的結合性を指していることもあれば,解剖学的結合性を指していることもある.その文脈を考慮せずに結合性という概念を用いると,機能的結合性と解剖学的結合性とを混同するおそれが生じる.それゆえ結合性や離断などの概念を使用するうえでは,その潜在的な過包摂性と,概念がおかれた文脈に留意することが望ましい.

おわりに
 統合失調症の疾患概念が成立したときに,歴史の偶然としてschizophrenia(精神の分裂)という病名や,連合弛緩といった抽象度の高い症候概念が普及したことで,われわれは統合失調症の病態を連合障害・離断・結合性障害としてイメージするバイアスを備えるに至ったのかもしれない.
 もっとも,電気けいれん療法の開発やリチウムの気分安定作用の発見といった精神医学の歴史が示すように,バイアスのかかった仮説のもとに有用な事実が発見されることもある.それゆえにバイアスを消し去るべきとは著者らは考えない.とはいえ,機能的・構造的結合性イメージングは昨今の脳画像研究のなかでも進歩が著しい領域であり,統合失調症を結合性の障害として捉えがちなわれわれのバイアスは,その領域に無用の混乱を招きかねない.
 それゆえ,上記のようなバイアスの存在を念頭において,離断や結合性という概念の意味や,それらが用いられる文脈を把握することは重要である.その際,離断症候群に関する神経心理学の知見は事実に近い参照項として役立つと思われる.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

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