Advertisement第123回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第128巻第9号

特別講演
第121回日本精神神経学会学術総会
リカバリーの視点に立った糖脂質代謝障害と認知機能障害の課題―実臨床と研究の狭間で―
久住 一郎
1)医療法人奏和会苫小牧緑ヶ丘病院
2)医療法人研成会札幌鈴木病院
精神神経学雑誌 128: 745-752, 2026
https://doi.org/10.57369/pnj.26-115
受付日:2025年12月1日
受理日:2026年3月4日

 近年,精神科治療の目標の1つとして,当事者視点に立ったパーソナルリカバリーが注目されている.当事者が優先して求める精神科領域の研究課題のなかには,薬物療法の副作用に関係するものも少なくない.当事者がリカバリーをめざしていくうえでは,治療効果と副作用のバランスに十分な配慮が必要である.本稿では,その一例として,糖脂質代謝障害と認知機能障害の課題を取り上げた.第二世代抗精神病薬のなかでもオランザピンやクロザピンは体重増加や耐糖能異常の出現が特に多いが,これらの薬剤服用によって,強力な食欲亢進作用を有するペプチドホルモンであるグレリンが血中で増加することが確認された.第二世代抗精神病薬による肥満や糖尿病の発症を予防することを目的に,わが国で開発された血糖モニタリングガイダンスを用いて,統合失調症または双極症をもつ人を対象に,全国多施設共同による1年間の前向きコホート研究を実施した.モニタリングを厳格に実践することで境界型から糖尿病型への移行が減少し,抗精神病薬の種類や気分安定薬・抗うつ薬との併用の仕方によって体重増加や糖尿病の進展が異なる可能性が示唆された.また,統合失調症,双極症,うつ病では,共通して神経認知機能障害が認められるが,疾患特異的なパターンは明らかではなく,重症度に差がみられる傾向があった.認知機能障害に対する治療的アプローチとして種々の認知リハビリテーションが知られているが,認知機能を特異的に改善させる薬剤は現時点では上市されておらず,抗精神病薬の用量を必要最小限にすること,抗コリン薬やベンゾジアゼピン受容体作動薬の併用をできる限り避けることが現在取りうる最良の対策といえる.糖脂質代謝障害と認知機能障害は,多くの精神疾患で共通して観察されることから,今後,精神疾患の病態解明や治療開発の標的として重要な課題であると考えられる.

<索引用語:リカバリー, 糖脂質代謝障害, 認知機能障害, 第二世代抗精神病薬, 統合失調症>

はじめに
 精神医学とは,現実社会のなかで生存する個人の存在様式の変容を対象とする医学であり,その変容の背景となる心的活動の全体像を正確に記述分析して,それぞれ特定の構造として把握し,その誘因を追求して,それを日常的な存在様式への復帰という方向に誘導するという手段が取られる23).著者が長年所属した北海道大学精神医学教室(以下,当教室)では,これまで,一人ひとりの患者に対して力動的な見方を適応しながら,診断を考え治療を進めること,すなわち,病像形成における心理的要因の役割と,生活史を通してとらえられるそれらの関連を重視し,全体構造としての意味関連をとらえようとする了解的方法を用いる立場を取ってきた22).診断と治療の科学的根拠を確立する方法として,一方では臨床精神病理学的方法で臨床像を正確に把握し(臨床的立場),他方ではそのようにして把握された臨床像を対象として,生物学的方法によってそれに対応する脳の機構を究明すること(研究的立場)が実践されてきたといえる.
 こうしたバックグラウンドのもとで,著者自身がこれまで志向してきた研究的立ち位置は,精神科臨床にできるだけ直結したテーマを選び,その結果をいかに実臨床に還元していくかにあった.これまで当教室全体で取り組んできた数多くの研究課題があるが,そのなかから本稿では,この10年余り著者自身が直接かかわってきたものとして,統合失調症を抱える人の糖脂質代謝障害や認知機能障害の課題について取り上げてみたい.

I.リカバリー
 近年,精神科治療の1つの目標としてリカバリーが注目されてきた.医療者(研究者)視点に基づいた統合失調症からのリカバリーの基準はこれまでにいくつか提案されており,精神症状や職業・生活・対人関係機能が一定の改善を示し,かつ一定期間維持されていることで定義されてきた13)(表).一方,自らが統合失調症を抱える心理学者であり,リカバリー運動の推進者であるDeegan, P. E.3)は,当事者視点に立って,「リカバリーとは過程であり,生き方であり,構えであり,日々の挑戦の仕方である」「必要としているのは,障害への挑戦を体験することであり,障害の制限の中,あるいはそれを超えて,健全さと意志という新しく貴重な感覚を再構築することである.求めるのは,地域の中で暮らし,働き,愛し,そこで自分が貴重な貢献をすることである」と述べている.これは最近,臨床的リカバリーや社会的リカバリーから区別して注目されるようになったパーソナルリカバリーそのものであるといえる.James Lind Allianceが公表している「当事者が求める統合失調症研究課題トップ10」のなかには,体重増加を含め,抗精神病薬の副作用にかかわる課題が4項目も含まれている14).当事者がリカバリーをめざしていくうえでは,医療者が意識している以上に,薬物療法の副作用に対する不安と懸念が大きいため,治療効果と副作用(随伴症状)のバランスには十分な配慮が必要である.その観点から,以下に,糖脂質代謝障害と認知機能障害の視点に立った研究課題を紹介する.

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II.糖脂質代謝障害の視点から
 わが国で第二世代抗精神病薬による体重増加や糖脂質代謝障害の問題が注目されるようになったのは,クエチアピン,ペロスピロン,オランザピンが相次いで上市された2001年以降である.1996年に上市されたリスペリドンを加えた第二世代抗精神病薬4剤について,当教室における600名以上の使用者について調査したところ,7%以上の体重増加,新規の糖尿病発症がみられた頻度はオランザピンでそれぞれ14.6%,4.5%を占め,他の3剤に比べてきわめて高いことが確認された18).胃で産生され,視床下部で強力な食欲亢進作用を示すペプチドホルモンであるグレリンについて,オランザピン服用者において6ヵ月間の服用前後で比較すると,体重増加に伴い脂肪細胞で産生され食欲抑制作用を示すレプチンが血中で増加しているにもかかわらず,本来それと拮抗関係を示すグレリン(特に活性型グレリン)が顕著に増加していることが明らかになり,オランザピンの体重増加作用に関連していることが示唆された19).これらの現象を動物実験で確認する目的で,オランザピンと同様に体重増加や耐糖能異常の出現頻度が高いクロザピンをラットに急性投与すると,用量依存的に血糖値と血中グレリンが増加することが確認され,これらの薬剤で肥満や糖尿病が誘発されやすい機序と関係している可能性が考えられた20).現在までの研究では,第二世代抗精神病薬が高血糖を誘発しやすい要因として,上記に加えて,ヒスタミンH1やセロトニン5—HT2c受容体遮断作用などによる食欲亢進を介した体重増加を伴う中枢性機序と,体重増加を介さない,骨格筋,膵臓,肝臓におけるインスリン分泌や糖産生の低下,インスリンシグナリング抑制などの直接的な末梢性機序など複数の因子が関係していることが知られている4).
 そこで,これら第二世代抗精神病薬による体重増加や糖脂質代謝障害の誘発をいかに予防するかが次の課題となる.海外では,第二世代抗精神病薬服用中の血糖・身体モニタリングのガイドラインが複数報告されていたが,わが国では,村崎ら17)が糖尿病内科医と共同で作成した血糖モニタリングガイダンス(以下,本ガイダンス)が唯一あるのみであった.そこで,精神科日常診療のなかで本ガイダインスを実践することが可能か,その実践によって体重増加や糖脂質代謝障害を予防できるかを検証することを目的に,統合失調症をもつ537名を対象に1年間の前向きコホート研究を北海道地区でパイロット的に実施した9).開始時の血糖型分類は,正常型88.1%,境界型9.5%,糖尿病型2.4%であったが,1年後には,正常型のうち13.9%が境界型,1.5%が糖尿病型に移行し,境界型では42.4%が糖尿病型に移行した10).これらの結果から,糖尿病の発症予防的観点に立つと,正常型をいかに境界型に移行させないかが重要な鍵であることが示唆された.
 その後,わが国では複数の第二世代抗精神病薬が双極症へ適応拡大されたことから,統合失調症だけでなく,双極症も対象に加えて,新たに総計1,202名を対象にして全国多施設共同研究で1年間の前向きコホート研究を実施した11).開始時の血糖型分類は,前回のパイロット研究の結果とほぼ同様で再現性が確認され,統合失調症と双極症の間にも差はみられず,以後のさまざまな解析においても,両疾患群で有意差のある結果は認められなかった.1年間の経過観察では,正常型から境界型あるいは糖尿病型への移行率は前回とほぼ一致したが,境界型から糖尿病型への移行率が18.8%と前回(42.4%)より半分以下に低下した.これは,今回の多施設共同研究ではelectronic data capturing(EDC)システムを導入し,検査結果入力が予定より遅れた場合には研究者にフィードバックして,より正確なモニタリングが履行されたために,糖尿病型への移行が減ったと考えられ,本ガイダンスによる糖代謝障害発症予防効果が示唆された.
 その後,いくつかの事後解析研究を報告してきたが,本稿ではそのなかから2研究を紹介する.1つ目の研究では,開始時に正常型であった706名のうち,1年以内に血糖型の悪化を示した108名(15.3%)について,その関連予測因子を検討した16).抗精神病薬では,オランザピン,クロザピン,クロルプロマジン使用で有意な悪化がみられ,その剤数や用量は影響しなかった.開始時の臨床指標では,body mass index(BMI)が25以上,トリグリセリドが150 mg/dL以上で有意な影響を及ぼした.2つ目の研究では,すべてのデータが揃っていた865名のうち,7%以上の体重増加が認められた262名(30.3%)について,臨床指標や使用薬剤の影響について検討した5).臨床指標では,初発エピソード,外来治療で体重増加のリスクが有意に高く,抗精神病薬では,アリピプラゾールに比べてクロザピンとオランザピンでリスクが高く,ブロナンセリンでリスクが低かった.抗精神病薬との併用では,トラゾドン,選択的セロトニン再取り込み阻害薬(selective serotonin reuptake inhibitor:SSRI),ミルタザピンや炭酸リチウム,バルプロ酸で体重増加のリスクが有意に高かった.抗精神病薬が有する受容体特性のうち,ヒスタミンH1受容体遮断作用とアセチルコリン・ムスカリン受容体遮断作用は体重増加に関連することが知られているが,両受容体に対する親和性がともに高い薬剤(クロザピン,オランザピン,クエチアピン,ゾテピン,レボメプロマジン)では,低用量に比べて中等量以上で体重増加のリスクが高く,臨床指標との関連で女性,外来治療,飲酒で有意にリスクが高かった(図).一方,両受容体に対する親和性がともに低い抗精神病薬(アリピプラゾール,ブロナンセリン,リスペリドン,ペロスピロン,パリペリドン,ハロペリドール,スルピリド)に併用した場合に,トラゾドン,ミルタザピン,バルプロ酸で体重増加のリスクが高く,SSRI併用は両受容体親和性の高低に関係なく抗精神病薬との併用で体重増加のリスクが高かった(図).これらの結果は,抗精神病薬に抗うつ薬や気分安定薬を併用する場合に抗精神病薬の受容体特性と関連して体重増加のリスクが異なる可能性を示している.
 日本精神神経学会では,ガイドライン検討委員会が中心となって,他領域の学会と共同で進めるガイドライン作成に着手しており,その第一弾として,日本糖尿病学会,日本肥満学会との共同で,『統合失調症に合併する肥満・糖尿病の予防ガイド』を作成し,2020年に発刊した21).その作成過程で,肥満や糖脂質代謝障害に関する日本の精神科領域における臨床データがきわめて少ないことが明らかになっており,今後多くの研究が蓄積される必要がある.なお,本予防ガイドの当事者・家族向け版も作成が進められていることを附言したい.

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III.認知機能障害の視点から
 認知機能についてはさまざまな定義が存在するが,一般的には,外界から感覚器官を通して入力された情報を処理して,適切な出力を行うまでの一連の過程を指す.注意・記憶・言語・思考・運動速度などの情報処理的な側面が強いものを神経認知と呼び,他者の意図を推測したり,共感したりする能力などの社会的な場面における行動を支えるものを社会認知と呼んでいる.
 統合失調症の認知機能障害は,リカバリーを阻害する要因として,近年,特に注目されてきた.ただし,神経認知機能や社会認知機能の改善が必ずしも社会機能的転帰に直接結びつくわけではなく,動機づけや非機能的思い込みなど種々の要素が介在することも指摘されているが6),神経認知機能は,少なくとも社会機能を発揮するための最も基礎的な役割を果たすことは明らかであろう.当教室において実施された多数例の予備的検討では,統合失調症,双極症,うつ病で共通して神経認知機能障害が認められたが,それぞれの疾患特異的なパターンは観察されず,その程度(重症度)が異なるだけである可能性が示唆された.認知機能は,神経心理学的検査で領域ごとに数値化され,グラフなどで可視化して受療者とも共有できるため,そのような客観的データに乏しい精神科診療においては,治療アドヒアランスやリカバリー意識向上の一助になる可能性がある.
 認知機能障害に対する治療的アプローチとしては,まず第一に認知リハビリテーションや心理社会的治療が挙げられる.認知リハビリテーションは,認知機能改善療法とも呼ばれ,フィレンツェにおける国際統合失調症研究カンファレンスでは,注意・記憶・遂行機能・社会的認知ないしメタ認知などの認知過程の持続と般化を伴った改善をめざす行動的トレーニングに基づいた介入と定義されている15).これまで複数の認知機能改善療法が開発され,普及してきているが,当教室では,その1つであるNeuropsychological Educational Approach to Cognitive Remediation(NEAR)を実践して,統合失調症でもうつ病でも受療者では複数の神経認知領域における改善が得られることを予備的に確認している.さまざまな精神疾患で観察される神経認知機能障害についてその特徴を整理し,これまでの実践経験をまとめて,今後新たにNEARの導入を考えている医療機関のメディカルスタッフ向けに解説書を発刊しているので12),参考にしていただければ幸いである.
 統合失調症の認知機能障害に対する新規の薬剤は数多くが開発途上にあるが27),少なくとも現時点で上市に至ったものはない.脳内ドパミン量と認知機能の間には逆U字形の関係があり,ドパミン量が過剰であっても過少であっても認知機能に悪影響を及ぼすことが知られている2).抗精神病薬による脳内ドパミン受容体占有率が80%を超えると,全般的認知機能や覚醒度が有意に低下すること25),抗精神病薬のクロルプロマジン換算量と処理速度との間には負の相関があること8),抗精神病薬の減量で認知機能が改善すること26)などから,使用する抗精神病薬をできうる限り必要最小量にすることが肝要である.また,第二世代抗精神病薬に併用された抗コリン薬(ムスカリンM1受容体遮断薬)や抗不安薬・睡眠導入剤(ベンゾジアゼピン受容体作動薬)を減量・中止することで認知機能が全般的にかなり改善することから7)24),認知機能障害に特化して有効な薬剤が存在しない現状においては,まずこれらの点に配慮することが最大の対策ともいえる.

おわりに
 本稿で取り上げてきた糖脂質代謝障害と認知機能障害は,近年,相互に密接に関連しているとのエビデンスが蓄積されており,精神疾患の病態やその進展に深くかかわっていることを示唆するモデルも提案されている1).さまざまな精神疾患の病態に神経炎症が関連していることからも,精神疾患で共通に認められる糖脂質代謝障害と認知機能障害は,神経炎症との関連も含めて,今後,病態解明や治療開発の標的として重要な課題であると考えられる.

 利益相反
 本稿の内容に関連し,開示すべきCOI関係にある企業・自治体は以下の通りである.(講演料など)大塚製薬株式会社,住友ファーマ株式会社,武田薬品工業株式会社,(奨学寄附金)住友ファーマ株式会社,(寄附講座)札幌市(北海道大学病院児童思春期精神医学研究部門)

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