近年,精神鑑定において「犯行の機序」の説明が標準的に求められるようになっている.しかし,この「機序」という語が意味するものは必ずしも明確ではない.法曹が期待するのは,行動観察や心理的過程を中心とした「物語的機序」であるが,鑑定医のなかには神経科学的所見や心理検査所見に基づく「脳科学的機序」として提示することがある.こうした傾向は,Morse, S. J. が提起したBrain Overclaim Syndrome(BOS)―すなわち神経科学の所見に過大な法的含意を与える誤謬―に通じる危険を孕んでいる.本稿ではMorseの議論を紹介し,BOSの本質が「因果関係それ自体は免責理由にならない」という原則にあることを確認する.ついで,日本の司法精神医学における「機序」概念を再検討し,鑑定医が神経科学的説明に傾きやすい背景を考察する.そのうえで,司法精神医学の参照枠(疾患的精神障害,知的障害,深刻な意識障害,その他の重い精神的偏倚)の重要性を強調し,責任能力判断を行動・心理水準に基づけるべきことを提案する.さらに,創発論(emergentism)の視点から,心的現象は脳過程から生じつつも独自の水準として因果的効力を有することを確認し,責任能力判断はこの創発的水準に依拠すべきことを論じた.結論として,BOSを回避するためには,(1)「機序」を心理・行動的水準にとどめること,(2)司法精神医学的参照枠を再確認すること,(3)脳科学的説明を部分的根拠以上に膨らませないこと,の3点が重要である.
https://doi.org/10.57369/pnj.26-079
受付日:2025年12月23日
受理日:2026年2月26日
はじめに
犯罪を犯すのは脳ではない.犯罪を犯すのは人間である.この結論は自明であるはずだが,脳に関する理解の驚異的な進歩に感染し,熱狂した擁護者たちは,新しい神経科学が含意せず,また支えきれない道徳的・法的主張をあまりにもしばしば行っている.
Stephen J Morse(「Brain Overclaim Syndrome」11)より抜粋)
著者は30年以上,東京地方検察庁の嘱託医を務めている.起訴後の精神鑑定あるいは弁護側から提出される私的鑑定(意見書)について検察官から意見を求められることは少なくない.近年の傾向として,該当する精神障害mental disorder(ここでは「精神疾患」という訳語は使わない.疾患的であるものとないものがあるという大前提13)があるので,従来通りの「精神障害」の訳語を使う)についての神経科学的知見が意見書に盛り込まれていることがある.それは被告人の画像診断(脳血流シンチグラフィにおける血流低下,頭部MRIにおける形態的な変化)のこともあれば,最先端の研究成果(文献的知見)であったりもする.前頭葉機能の低下を示唆する神経心理学的検査もここに加えることもできるだろう.そのような知見を根拠に,脳科学的異常と犯行との因果関係を強調するのである.これらの意見書は法曹や裁判員にとっては「専門家の意見」として,責任能力判定に無視することのできない影響を与える.検察官が同じく専門家である著者に意見を求めてくるのは司法精神医学的見地から「これはどこまで信用していいのか」ということである.この問いに対する応答として脳過剰主張症候群(Brain Overclaim Syndrome:BOS)11)を紹介する.そして鑑定嘱託事項の1つである「機序(mechanism)」概念がBOSを助長している可能性があること,さらに創発論(emergentism)という視点からBOSに陥らないための方策に言及する.まずは精神障害の身体的基盤に関する現状を確認するところから始めたい.
I.精神障害の身体的基盤に関する現状と限界
どの医学的専門分野にも,臨床における治療,疫学的調査,臨床・基礎研究に使われる共通した診断学・分類体系がある.それは時代ごとにアップデートされていくものではあるが,その時代の科学的水準に基づき実証主義的に確立されている.一般医学では診断された疾患について,文字通りの「実在性」が疑われることはほとんどない.精神医学はその点で一般医学と大きく様相が異なる.器質性・症状性・中毒性の精神障害(これらは一般医学でいう疾患単位に相当する)を除く主要な精神障害(以下,単に精神障害と略す)について,一般医学と同じ水準の実在性は確立されていない.これが精神医学におけるカテゴリーの妥当性問題(validity problem)6)7)に通じている.学問の土台となるべき診断学・分類体系の安定性が十分に確立されていないことが,精神医学の大きな特徴でありその弱点でもある8).
現代精神医学は精神障害の身体的基盤にどれだけ迫ることができているのだろうか.実証主義的精神医学をモットーとする新クレペリン学派(neo-Kraepelinian)は,「この数十年間の精神医学の歴史は主要な精神障害の神経生物学的な基盤を発見することに明らかに失敗した」と述べている12).Kupfer, D. J. らはDSM-5策定に向けて臨床検査を診断基準に盛り込むことを重要な目標10)としていたが,達成することはできなかった.身体的基盤を発見するという重要なミッションを託されていた生物学的精神医学の最先端からは,現行のカテゴリー分類(DSM分類)に基づいている限りそのミッションは達成されないだろうという悲観的コメントが発せられている4).そしてカテゴリーから離れた新たな分類体系の確立をめざそうという動きもある(Research Domain Criteria)5).
これまで蓄積された身体的基盤についての知見は,意味のないものだったと主張するつもりは毛頭ない.ただ,身体医学のように臨床診断に直接利用できる水準のものは見つからなかったということを確認したいだけである.精神障害を(物質的-脳科学的)因果的関連で理解しようとする(説明する)ことは,常に「部分的で不完全な」因果関係にとどまり続けている.われわれが精神障害を理解・解説しようとするときに,玉虫色のbio-psycho-social modelを引き合いに出さざるを得ないことと無関係ではない.「精神障害の原因は科学技術の進歩により,明らかになりつつある」と信じている人は少なくないのかもしれない.この主張はいつの時代でも,そして現在でもしばしば遭遇するのだが,そのような楽観主義者でさえ「現状では明らかになっていない」という事実は認めざるを得ない.ちなみに,そのような主張は彼らが関心を寄せる学問的立場と関係しているのかもしれない.例えば神経心理学者は精神と脳との架橋をミッションとしている.彼らの立場は,脳と心の関係性に一定の法則性・秩序があることを前提としている.しかし,この前提は心身相関にかかわる哲学的問題にかかわっている.それだけに脳科学的・神経心理学的に得られた知見は,因果的関連として解釈するのではなく,あくまで「対応している」という理解にとどめることが重要だと思う.
II.Brain Overclaim Syndrome
そのような厳しい現実はあるものの,近年の神経科学の進歩は,犯罪行動の理解や刑事責任の評価に大きな影響を与える可能性があると期待されている.しかし,この期待は神経科学的知見に過剰な法的意味を与えてしまう危険性を孕んでいることを,Morse, S. J. は「Brain Overclaim Syndrome(BOS)」11)という概念で警鐘を鳴らしている.Morseがこの概念によって示そうとしているのは,因果性(causation)の次元の論理が規範性(normativity)の次元に混じりこむことで,責任能力の喪失・減弱を主張する根拠となるかのように響いてしまうという点にある.
Morseは,ペンシルベニア大学ロースクールのFerdinand Wakeman Hubbell Professor of Lawであり,同大学医学部において「心理学および精神医学における法」の教授を務める弁護士・心理学者である.法と神経科学の領域における世界的権威の一人であり,本稿で取り上げるBOSは,神経科学的知見が刑事責任に与える含意を批判的に検討した彼の代表的な業績である.BOSは,鑑定人のみならず法廷・立法・世論空間で神経科学をもち出して議論する人にかかわっている問題である.直訳すれば脳過剰主張症候群というところだが「責任についての過剰な脳還元主義」と表現してもよいかもしれない.前項の文脈からすれば「カテゴリーの診断基準にさえ採用されていない脳科学的知見を,その精神障害に基づく犯罪行為の責任と結び付けようとする認知的・論理的誤り」ともいえよう.2006年に発表された論文11)の概要を以下に若干の解説を加え紹介する.
Morseは自らの立場を「あらゆる精神的・行動的活動は脳内の合法則的な物理的出来事の因果的産物であると信じている」という.つまり徹底した物質主義者である.しかしながら「意識的な精神状態は低次のニューロンではなくより高次の心脳(mind-brain)の水準で実現するのであり物質的水準に完全に還元することはできない」と,非還元主義であることも付け加えている(非還元主義的物質主義).そして「普遍的な因果律を認めながらも,道徳的および刑事責任を認める」両立論者(compatibilist)でもあるという.この立場がBOSの主張の根幹にある.
次に彼は責任論の基本的枠組みを確認する.現行の(英米)刑事法の通説的理解によれば,行為者が,(i)意図的に行為し,かつ当該犯罪の構成要件が要求する,(ii)犯意(mens rea:目的・認識・無謀・過失など)を備える場合,原則として一応の刑事責任(prima facie responsibility)が成立する.ここで「行為」は通常,意識が合理的に保たれた行為者による意図的身体運動として定義される.したがって,身体運動が意図的でない,または意識が著しく損なわれているために行為性が否定される場合,あるいは犯意(mens rea)を欠く場合には,一応の刑事責任は成立しない.もっとも,一応の責任が成立しても,犯行時に,(iii)免責事由(積極的抗弁)―例えば法的精神障害(本質的には合理性の欠損)や,銃で脅されるような強要・強制状況―が存在する場合には,最終的には刑事責任を負わない.
これらの基準はすべて行動的・規範的性格であることに改めて注意を促したい.脳や心理の「原因」はその行動が当時存在したかどうかを推定する証拠にはなり得ても,それ自体が責任を免除する根拠にはならないのである.すべての行為は(物質的なものにせよ,心理的なものにせよ)何らかの原因に基づくのであり,因果性それ自体を免責理由とすれば,あらゆる行為が免責されてしまう.彼は両立論の立場から,そのような姿勢を「根本的心理法的誤謬(fundamental psycholegal error)」と呼ぶ.
犯行と神経科学との関連については次のように論じている.現状の神経科学的証拠は多くの場合,犯行時点の精神状態を直接示す同時的データではなく,事前的あるいは事後的に得られるものに限られるため,その意味で不完全である.その結果,個別事件では関連性・証明力(立証的価値)が乏しいとして排除されうると指摘する.そのような制約がありながらも,神経科学的証拠が責任と関連しうる場合として,(i)一応の責任や行動的証拠が明白に見える事例であっても神経科学的証拠がその見かけが誤っていることを示しうる場合,(ii)行動的証拠が疑わしく神経科学が補助的な役割を果たす場合を挙げている.前者については,責任の基準は行動的であるため,常識的に考えて神経科学的証拠よりも行動的証拠を信頼すべきであるとしている.後者については,前者よりも明らかに頻繁に生ずるものだが,慎重に判断する必要があるという.そして神経科学の一般的含意に関する主張が極端になると,責任そのものの可能性の整合性や正当性に対する外的批判へと転じてしまうこともまた指摘している.
これらの議論を通じて「行動の相関や原因に関する新しい強力な科学的発見は,しばしば『潜在的論者』の思考に強い影響を与え,残念ながら理性をゆがめてしまうことがある」という.これがBrain Overclaim Syndromeである.BOSには4つの特徴がある.第一に,脳と複雑な意図的行為の関係についての誤解である.脳科学は行為の一部の相関や傾向を明らかにするにとどまり,個別の事例で責任能力を直接証明・否定することはできない.例えば,脳画像研究は平均値の差を示すもので,個々の対象者が意識的・意図的に行為したか否かを判別する力はもたない.第二に,内的批判と外的批判の混同である.内的批判とは現行の責任概念を前提に具体的な改善を提案するのに対し,外的批判とは責任という概念自体が成立しないとする立場である.脳科学的知見を理由に「因果関係があるから責任は成立しない」という主張は外的批判であり,現行の法制度にただちに適用することはできない.第三に,責任の基準を誤解することである.責任の基準は行動的かつ規範的に定義されており,脳科学的異常の有無はその証拠の1つにすぎない(その立証的価値の限界は先に述べた).脳が責任を負うのではなく,人間が責任を負うのである.第四に,規範的判断と事実的知見の混同である.例えば,青年期の脳が未成熟であるという神経科学的知見は事実的に正しいとしても,それがただちに刑事責任を軽減するという規範的結論を導くわけではない.神経科学の進歩は責任能力の理解に重要な示唆を与える可能性をもつが,それを責任の有無に直結させることは論理的にも経験的にも不可能である.責任判断は最終的に規範的問題であり,法が定める行動基準によって下される.脳科学的知見はその判断の証拠の一部にはなりうるが,それ以上ではないのである.
そしてBOSの「治療法」として,法学者・医師・哲学者が責任概念と神経科学の限界を正しく理解し,規範的議論と事実的知見を峻別する「認知的・規範的セラピーCognitive-Jurotherapy(著者註:Morseの造語であり,法的議論を明晰化する訓練的介入を意味する)」を提唱する.こうした冷静な姿勢こそ,神経科学と法の健全な対話を維持するために必要であるという.
以上がBOSの概要だが,著者が冒頭で述べた意見書や鑑定書に盛り込まれる神経科学的な見解は,4つの特徴のうちのいずれかに合致している.
III.わが国特有の事情―「機序」との関連―
BOSについて注意喚起しなければならない,わが国特有の事情がある.いつ頃からか定かではないが,精神鑑定の際に「犯行当時の精神障害の有無およびその内容」だけでなく「犯行当時に精神障害が認められる場合,その精神障害が犯行に与えた影響の有無および影響の仕方(機序)」を求められるようになった.もしかすると7つの着眼点3)が浸透した頃からかもしれない.「機序」は括弧付きで表記されているものだが,それを示すものが前段にある「影響の仕方」だろう.これは「ある精神障害が犯行にどのように関係しているのかを示せ」というように読み換えることができる.鑑定事項に「機序」が盛り込まれるようになり,BOSがわが国の鑑定医の間で蔓延するのではないかと著者は懸念している.
例えば,対象者が統合失調症に罹患しており,その幻覚・妄想に支配され傷害事件を犯したとしよう.対象者が統合失調症と診断されること,典型的な幻覚・妄想状態が出現していたこと,犯行はその病的体験に人格が支配され(あるいは反応して)行動化された結果であること―そのように精神障害が犯行に与えた影響を説明することはできる.このように「機序」の説明がうまくいくのは,統合失調症のように従来「疾患的な精神障害」と認められているものに限られている.それ以外の「疾患的ではない精神障害」,特に反社会性パーソナリティ症,窃盗症,放火症,窃視症といった概念の構成(construct)に犯罪行為が含まれているような類型では「機序」の説明がうまくできないことに気が付く.例えば,窃盗症の診断で次のような鑑定結果が示されたとする:「被告人は窃盗症と診断することができる.窃盗症は窃盗衝動に抵抗することができない疾患である.したがって,本件の万引き行為は窃盗症の影響を強く受けている」ちなみに「窃盗症においては行動嗜癖と関連する神経伝達物質経路(セロトニン,ドパミン,オピオイド系)が想定されている」.このような鑑定書をたびたび目にする.
さてBOSとの関連はここからである.この窃盗症の「機序」として「脳内神経伝達物質の異常→窃盗症→窃盗衝動→抵抗不能→窃盗行為(犯行)」というようなモデルが提示される.統合失調症と診断されたケースでも「機序」が「ドパミンの異常→統合失調症→幻覚・妄想→傷害(犯行)」と提示されることもあるだろう.精神障害について,脳を起点とする「機序」の説明は,それがいかに精緻であったとしてもBOSに陥る可能性がある.
事態をもう少し分析してみたい.「機序」とはしくみ,機構,メカニズムを意味する.「機構」や「メカニズム」には機械論的なニュアンスがあるが,「しくみ」になると機械論的なものに加え,物事の組み立てや構成や小説などの筋の立て方と意味が広くなる.法曹が精神鑑定に求めている「機序」は後者に近いのではなかろうか.犯行に至るまでの心の動きをストーリーのように提示してほしいのである.精神障害の背景にある脳の変化まで明らかにしてほしいということではない.そのような説明は,法曹にとっては門外漢であり,それが正しいかどうかを判断する術もない.脳科学的変化があるのか,ないのか,既知なのか,未知なのかは,法曹にとって重大な関心事ではないのである.彼らが注目するのは,診断された精神障害の性質(疾患的であるか・否か),その精神障害と行動との一般的な関係性,それが当該犯行時にも当てはまるのかどうか―ということである.しかし,「機序」を問われた精神科医のなかには,法曹の期待とは違って,自然科学に携わる医学者として,より機械論的にこの問いに答えようとする者がいる.脳科学や神経心理学に深い関心を寄せる精神科医である.彼らは自らの関心領域から,どうしても脳を起点とした機序を想定したくなるだろう.それが精神医学全体で共有されるほど確立していればよいのだが,I.で述べたように現代精神医学のコンセンサスからはかけ離れているといわざるを得ない.犯行を犯したのはその人の人格ではなく,脳なのである―このような彼らの主張を検察側は訝しみ,弁護側は歓迎し,裁判官は困惑する.法曹が求めているのは「物語的機序」であるが,精神科医がそれを「脳科学的機序」で答えてしまうところにBOSが生じる.
法曹が,現代精神医学の到達水準やその動向をよく理解していない可能性もある.法曹にとって重要な了解概念や疾患的であるか・否かという鑑別を,現代精神医学は採用していない.そして生物学的精神医学の台頭や精神障害を医学モデルで説明しようとする傾向が,あらゆる精神障害が疾患的であるかのような誤解を生じさせやすくなっているともいえる.鑑定医に求められているのは,犯行についての「物語的機序」であり,該当する精神障害の司法精神医学的な位置付けだろう.司法精神医学の参照枠(疾患的な精神障害,知的障害,深刻な意識障害,その他の重い精神的偏倚)の重要性については文献9で詳しく論じているので参照してほしい.鑑定医は責任能力判断に参考になる資料を,あくまで行動・心理水準に基づいて提示すべきであると思う.法曹から求められているのはそのような貢献であろう.
BOSをめぐる問題と深く関係しているのが心身相関についての理解である.これは大きな哲学的テーマであり,臨床医に過ぎない著者がこれを網羅的に論ずる力量はない.しかし,心身相関について自分なりの理解を自覚していることは鑑定医にとって重要なことである.著者にできることは,自分の採用している考え方を紹介することしかない.
IV.創発現象としての心―心身相関について―
心的現象は脳を基盤とする創発的現象である.Broad, C. D. が定義した「創発的性質(emergent properties)」には2つの重要な特徴がある.第一に,それは下位レベルの法則や性質に「依存」しているが,そこから予測することはできない(予測不可能性).第二に,それは上位レベルで独自の法則的規則性(law-like regularities)を示し,単なる下位レベルの性質の総和には還元できない(法則的独立性)2).この点で創発は,二元論のように心を物質から切り離すものではなく,また,還元主義のように心を完全に物質へと解消するものでもない.それは「下位レベルに依存しつつも,独自の自律性を備えた現象」とされ,二元論と還元主義の中間に位置づけられる14).
創発論に立つと,脳科学は心を理解するための必須の土台(必要条件)ではあるが,それだけで心や責任能力を説明できるわけではない(十分条件にはならない).著者はこの考え方を全面的に支持している.創発論は,Morseの立場とBOSの理解を補強する.精神医学は心身相関について「脳と心は相互に影響を与えるもの」,つまり一方向性ではなく双方向性の矢印(因果的効力,causal efficacy)であることを前提にしてきた.ここに創発の考え方は深く関係している.
DSM-III以降の現代精神医学は病因論的無理論をモットーとしているが,創発的特性を先取りしていた歴史的に重要な学説として,ジャクソニズム(Jackson, H.)や器質力動論(Ey, A.)がある15).両者に共通するのは,部分(脳の局在部位や機能的変化)の総和を超えた全体的秩序を前提とし,破綻や障害が新たな現象(症状)として表れる非線形性,そして「上位レベル」が「下位レベル」を統制する階層性を想定していることである.
創発現象は自然科学の領域でもありふれて観察される.水の特性は,H2Oという分子や水素原子や酸素原子に遡ってもすべてを理解することは決してできない.生命のあり様をすべて物質的水準に還元することもまた限界がある.つまり,ある創発現象の特性を理解するためには,それを調べるのに適切な水準があるということである.同じことが脳と心の関係についてもいえる.ある心的現象を調べるためには,それに相応しい水準がある.心は脳を基盤としているが,脳をいくら調べても創発現象である心をすべて理解できることは決してない.刑事責任能力鑑定で取り上げられる「犯行と精神障害との関係」についても同じことがいえるだろう.「機序」に対象者の脳科学的データや精神障害についての脳科学的知見を簡単にもち込むべきではない.新たなもの(心)は,それに基づくもの(脳)からは理解できない何かを必ず含んでいるからである.
現代精神医学の重要なトレンドである実証主義の影響についても注意を促したい.しばしば鑑定書(意見書)の主張のなかに,実証主義的な「相関」を「因果」に読み替えているものがある.統計的に有意な関連が示されると「危険因子(risk factor)」と呼ばれるようになる.「危険因子」という語には因果的関連を前提としたニュアンスが含まれており,実際には相関にとどまる知見が,あたかも原因であるかのように理解されてしまう可能性がある.自然科学の領域においては,観察の水準が適切に設定されているためにこの読み換えは重大な誤謬に直結することは少ない.しかし,精神医学においては,心的現象が創発的であり意味の水準で理解されるべきものであるにもかかわらず,こうした「危険因子」概念の誤解がBOSを助長する方向に働きかねないといえるだろう.
責任能力判定は自然科学ではない.それは規範学である限り,犯行についての心理学的評価は犯行時を含むその前後の行動的証拠から分析されなければならない.その分析に使われる学理は,(脳科学ではなく)心そのものの観察から導かれた臨床精神病理学を中心に展開されなければならない.DSM診断学・分類もまた記述精神病理学に基づいてはいるのだが,病因論的無理論という立場をとっているために(責任能力判定に欠くことのできない)了解概念を採用していない.彼らもこの体系に基づく診断が,刑事責任能力判定には不十分であることに注意を促している1).そうなるとわれわれが刑事責任能力判定の際に依拠すべき学理は,発生的了解を根幹とする臨床精神病理学となるだろう.それが,「犯行と精神障害との関係」を考察するうえで「相応しい水準」だと思う.BOSを助長しないためにも,この視点は欠かせないのである.
おわりに
犯行というある特定の行為を詳細に分析してみること―つまり「なぜそうするのか」を深く掘り下げようとするとすぐに壁にぶつかるだろう(発生的了解の限界).この限界は脳との因果的関連で説明されがちであるが,心的現象が脳との関係において創発的であることを忘れてはならない.創発を前提とするなら,心的存在には多種多様なヴァリエーションが生まれてくるはずで,そのなかには現代社会の要求する水準にうまく適応できない人たちがいる.彼らは精神障害として認定されるが,その多くは疾患的ではないだろう.刑事責任能力鑑定においては対象者(および被害者)の人生を大きく左右する判断につながるという意味で,地に足のついた確固たる土台に基づくべきである.たとえその土台が,われわれの「完全に知りたい」という欲求を十分に満たしてくれないとしてもである.窃盗症,放火症,反社会性パーソナリティ症といった類型のように「人の心にはいろいろなヴァリエーションがある」という理解にとどめておかなければならないものがある.それを超え最先端の科学から不完全な(部分的な)脳科学的説明に還元すべきではない.BOSに陥らないためには,(1)「機序」を心理・行動水準にとどめること,(2)司法精神医学の参照枠を再確認すること10),(3)脳科学的説明を部分的根拠以上に膨らませないことが肝要である.これらはいずれも「相応しい水準」を維持するための方策であり,BOSに陥らないための予防策なのである.
なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.
1) American Psychiatric Association: Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 5th ed (DSM-5) American Psychiatric Publishing, Arlington, 2013 (日本精神神経学会 日本語版用語監修, 髙橋三郎, 大野 裕監訳: DSM-5精神疾患の診断・統計マニュアル. 医学書院, 東京, 2014)
2) Broad, C. D.: The Mind and Its Place in Nature. Kegan Paul, Trench. Trubner & Co, London, 1925
3) 平田豊明: 起訴前簡易鑑定の現状と問題点. 司法精神医療 (山内俊雄編). 中山書店, 東京, p.11-20, 2006
4) Insel, T. R.: Transforming Diagnosis. 2013 (https://psychrights.org/2013/130429NIMHTransformingDiagnosis.htm?utm) (参照2025-10-07)
5) Insel, T., Cuthbert, B., Garvey, M., et al.: Research domain criteria (RDoC): toward a new classification framework for research on mental disorders. Am J Psychiatry, 167 (7); 748-751, 2010![]()
6) Jablensky, A.: Psychiatric classifications: validity and utility. World Psychiatry, 15 (1); 26-31, 2016![]()
7) Kendell, R., Jablensky, A.: Distinguishing between the validity and utility of psychiatric diagnoses. Am J Psychiatry, 160 (1); 4-12, 2003![]()
8) Kendler, K. S., Zachar, P.: The Incredible Insecurity of Psychiatric Nosology. Philosophical Issues in Psychiatry: Explanation, Phenomenology, and Nosology (ed by Kendler, K. S., Parnas, J.). Johns Hopkins University Press, Baltimore, p.368-382, 2008
9) 古茶大樹: 刑事責任能力判定について―精神科医の立場から―. 法と精神医療, 24; 63-78, 2009
10) Kupfer, D. J., First, M. B., Regier, D. A.: A Research Agenda for DSM-V. American Psychiatric Association, Washington, D. C., 2002 (黒木俊秀, 松尾信一郎, 中井久夫共訳: DSM-V研究行動計画. みすず書房, 東京, 2008)
11) Morse, S. J.: Brain overclaim syndrome and criminal responsibility: a diagnostic note. Ohio State J Crim Law, 3 (2); 397-412, 2006
12) North, C. S., Yutzy, S, H.: Goodwin and Guze's Psychiatric Diagnosis, 7th ed. Oxford University Press, New York, 2018
13) Schneider, K.: Klinische Psychopathologie, 15. Aufl. Georg Thieme, Stuttgart, 2007 (針間博彦訳: 新版 臨床精神病理学 原著第15版. 文光堂, 東京, 2007)
14) Stanford Encyclopedia of Philosophy: Emergent Properties. 2020 (https://plato.stanford.edu/entries/properties-emergent/) (参照2025-10-07)




