Advertisement第122回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第128巻第6号

会長講演
第121回日本精神神経学会学術総会
精神神経科学の充実・発展のために取り組むべきこと
上野 修一
第121回日本精神神経学会学術総会会長
愛媛大学大学院医学系研究科精神神経科学
精神神経学雑誌 128: 446-453, 2026
https://doi.org/10.57369/pnj.26-072
受付日:2026年1月21日
受理日:2026年2月13日

 1902年に始まった日本精神神経学会(以下,本学会)の歴史を鑑み,これからの精神神経科学を考えるうえで重要となる3点を提示する.まず,精神科診断の変遷を概説し,診断基準の方向性について触れる.ドイツ精神医学に始まった本邦の精神医学だが,国際化および治療の標準化の流れのなかで,現在は主に操作的診断基準が用いられている.そして,今後の精神科医療に求められる診断の意味について考える.次に,医学的発展のためには研究が重要である.愛媛大学大学院医学系研究科精神神経科学で注目している精神神経疾患への接近法について,遺伝性神経変性疾患の解析研究,遺伝性アルツハイマー型認知症を参考に治療反応予測についての研究,そして,愛媛県伊予市中山町での高齢者悉皆調査に基づく日本人のアミノ基転移酵素の機能性多型の解析研究と,3つの方法を提示する.最後に,精神科医の資格について検討する.本学会員である精神科医は,まずは最低限の精神科的知識と共感的な態度を身につけるために精神科専門医を取得するべきで,それは精神科医としての矜持でもある.専門医を取得した後にも,最新の医療の進歩に敏感であり,形成的な研鑽を生涯にわたり続ける必要がある.もちろん,個人の発展だけでなく,後進の指導も重要である.医療者として精神医学の発展に寄与する意識をもち続け,患者に代わり代弁できる表現力をもつことが求められる.自らの社会生活活動のあり方も,働き方改革や男女共同参画など時流に合わせ,手直ししていかなくてはならない.本学会をさらに充実,発展させるためには,このような一人ひとりの会員の精神神経科学に対する真摯な取り組みが欠かせず,それが最終的に,会員に還元されるはずである.今後の本学会の充実・発展への著者の期待を,後進にバトンを渡す気持ちでお話ししたい.

索引用語:精神科診断, 遺伝性精神神経疾患, 認知症コホート研究, 精神科専門医, 生涯教育>

はじめに
 日本精神神経学会(以下,本学会)は,「日本神経學会」として1902年にスタートし,1935年には「日本精神神経学会」と改称した.神経内科医を中心とした日本臨床神経学会(現・日本神経学会)が1960年に独立し,精神科単独の学会となり現在に至っている.その間の社会的な動き,ライシャワー事件による1965年の改正『精神衛生法』,閉鎖病棟での患者殺人事件による1987年の『精神保健法』,2000年の『介護保険法』,2003年の『医療観察法』成立など精神科関連法の影響を受けながら,本学会は精神科医の拠り所として発展し,2018年の新専門医制度開始により,さらに精神科医のなかに浸透してきた.この第121回日本精神神経学会学術総会が開かれた2025年は,昭和100年,第二次世界大戦後80年の節目の年でもあり,あらためて,本学会の意味を顧みる学術総会であった.「歴史に学ぶことは,臨床に還元できること」であり,こうした状況のなかで精神科医としての行動が問われている9)
 ここでは,精神神経科学の充実・発展のために3つのことに注目した.1つ目は精神科診断の変遷,2つ目は精神障害におけるわれわれの研究的接近法,3つ目に精神科医の資格について述べ,最後に提言としてまとめたい.

Ⅰ.精神科診断について
 あらためて話すまでもなく,精神科診療では患者の問題点を,主訴,現病歴,既往歴,家族歴,現症などから類推し,神経学的ならびに血液,心理,画像検査などから診断を確定する.そして,診断に基づき,治療方針を決定した後,必要に応じて薬物・精神療法を行い,治療効果を評価し,さらに今後の診療に活かすという,いわゆるPDCAサイクルに則り加療するのが原則である.1980年代に操作的診断基準が生まれる前は,最初に本邦に導入されたドイツ精神医学に基づき「診断は,精神科医療にとって重要なもので将来を見通すものであり,病名を表すだけでなく,治療,予後に関連するもの」と考え,症状と診断,治療が一致する「カテゴリー診断」が基本であった.
 しかし,社会の近代化とともに,診断は医療資源を効率的に使うための医療政策的なものとなり,統計的に精神疾患を理解しようという身体疾患と同等の流れになった.その目的で,1918年,アメリカ精神医学会(American Psychological Association:APA)は,「精神疾患統計マニュアル」(Statistical Manual for the Use of Institutions for the Insane)を初めて作成した.第二次世界大戦後には,戦争による疾病構造の変化に伴い,APAは「精神疾患の診断・統計マニュアル」(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders:DSM)を作成した8).向精神薬が開発され精神障害患者に奏効するようになると,薬物反応に基づく精神障害の生物学的理解の深まりから,1968年,WHOが作成する「国際疾病分類(International Statistical Classification of Diseases:ICD)第8版」でも,新たな精神障害の分類が作成された.1960年代の精神障害の国際共同研究の結果から,地域により診断が異なることが明らかとなり,このままでは疫学的研究や新規薬物の開発には問題があることが示され,新たな診断基準作成の機運が高まった.新たな診断基準では,精神病理学的解釈は行わず症状のみにより判断すべきとされ,1972年,構造的診断基準(Formal Diagnostic Criteria),1974年,研究診断基準(Research Diagnostic Criteria:RDC)が発表された.これらの集大成として,1980年,病因を問わず同一の診断に至る,症状の数や期間,日常生活への影響などからのみ決定される診断基準「Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders第3版(DSM-Ⅲ)」が発表された2).DSM-Ⅲは,臨床研究や疫学調査に有益な信頼度を上げることを第一の目的として開発されたため,従来診断がもつ,症状と治療,予後との関連は乏しくなり,臨床上の診断の診療上の意味づけは薄くなった(図1).特に患者の情報収集に時間を割かなくなったこと,病歴の形骸化や疾患概念に正常との連続性を含むことなどから,診断の閾値が低下し医療範囲の拡大をもたらした5).後のDSM-Ⅳでも大きな変革はなかった7).1992年に出版された「国際疾病分類第10版(ICD-10)」は,DSMの影響を強く受け,同様の操作的診断基準となっている.
 これらの操作的診断基準の問題点から,診断が病因から治療までつながることを目的に,DSM第5版に向けた改訂は,精神障害を,「精神機能の基盤となる心理学的,生物学的,または発達過程の機能障害によってもたらされた個人の認知,情動調節,または行動における臨床的に意味のある障害によって特徴づけられる症候群」とする目的で行われたが,2013年に公表されたDSM-5では,これらの目標は実現されなかった.2022年にDSM-5-TRとして改訂されたが,基本的にはいくつかの事実を追加したに過ぎない.2019年に発表されたICD-11は,臨床的有用性を重視し開発されたが,DSM-5と似通っている4)
 現在精神科で用いられる診断基準は,さまざまな矛盾を含みながらも,実地臨床や研究に用いざるを得ない.これから先に期待される診断基準では,生物学的指標を含め,集まった事実を積み重ねた,「精密精神医学」として個別化した治療につながる診断基準が求められる22).診断の変遷については別にまとめたので興味をもたれた方は参考にされたい21)

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Ⅱ.生物学的にみた精神障害について
 精神障害の病因に基づく病態を明らかにするためには,揺るぎない物質的な基盤をもつ器質的要因に基づく精神障害を解析することが重要である.愛媛大学大学院医学系研究科精神神経科学(以下,本学)では,精神障害を理解するために,器質的基盤をもつ精神障害の解析から取りかかった.本学でこれまで行ってきた研究について,3つご紹介したい.

1.精神障害を起こす遺伝性神経疾患の解析から
 有棘赤血球舞踏病は,常染色体潜性遺伝性であり,有棘赤血球症,うつ症状や脱抑制,幻覚妄想などの精神症状,舞踏運動などの不随意運動を呈する精神神経疾患である.われわれは,愛媛県内の3家系4名の遺伝子解析から,その病因遺伝子を明らかにした18).この遺伝子変異がどのように脳機能に影響を与えるかについては,本学から鹿児島大学に移った佐野輝,中村雅之らが継続して研究を続けている.

2.遺伝性アルツハイマー型認知症の解析から
 愛媛県の若年性アルツハイマー型認知症を呈した巨大家系の解析から,アミロイド前駆体蛋白質APPV717L変異をもつことを発表した1).その後,京都大学iPS細胞研究所と共同研究にて,この患者からiPS細胞系を樹立し,薬物反応をin vitroで解析できる方法を示した.この薬物反応測定系を用いれば,患者に投与する前に適切な薬物を選択することができる6)

3.精神障害をコホート研究から考える
 われわれの教室では,1997年より愛媛県伊予郡中山町(現伊予市中山町)にて65歳以上の住民全員に対する認知症の悉皆調査を開始し現在まで続けている(図213).2016年には九州大学衛生・公衆衛生学(二宮利治教授首班)のもと,日本医療研究開発機構(AMED)「健康長寿社会の実現を目指した大規模認知症コホート研究」に参加し,症候学的解析に加え,血液検査や同一のMRI機器を用いた画像検査を行った.この1万人を超える全国8ヵ所で行う認知症フィールド調査に基づき,認知症とC反応性蛋白(c-reactive protein:CRP)の関連14)や脳血管腔と認知機能の関係15)について発表した.これらに加え,中山町調査データを活かした解析について説明したい.
 愛媛大学精神科初代教授柿本泰男らは,日本人の約3分の1がアミノ基転移酵素AGXT2活性を欠損し,チミンの分解産物であるR-3-アミノイソ酪酸(R-3-AIB)を尿中に多量に排出していることを1960年代に報告した23).著者は,大学院生時代に,げっ歯類からAgxt2を精製し特徴を詳細に示した16)17).そして,遺伝子解析によりヒトのAGXT2酵素欠損が4つの一塩基多型(single nucleotide polymorphism:SNPs)によることを明らかにした24).この酵素は,R-3-AIBの分解にかかわる生体内で唯一の酵素であるほか,1990年に一酸化窒素(NO)合成酵素活性を阻害するメチルアルギニンを分解することが報告された12).メチルアルギニンは,生体内NO量を決定するため,AGXT2欠損が循環器疾患や代謝性疾患,ひいては,認知症など精神障害と関係する可能性がある.実際,AGXT2を欠損した遺伝子改変動物研究から,メチルアルギニンが低下し血圧が上昇することが報告された3).われわれは,AGXT2酵素欠損と,高血圧の指標である頸動脈厚の関係を明らかにし25),上記の中山町の高齢者住民750名を対象に解析した結果,高血圧や耐糖能異常がAGXT2酵素活性の欠損と関連することを示した26).さらなる詳細な解析が必要であるが,この病態が精神障害の発症にも関与することが予想され,体質に基づく疾病予防の基盤となると考えている.これまで明らかとなったAGXT2を含めたNO系と疾病の関係を示す(図3).

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Ⅲ.精神科医の資格について
 精神科領域の専門資格として,まず精神衛生鑑定医が,1950年の『精神衛生法』において誕生した.この資格は登録制度に過ぎず,質を担保するのは経験年数のみであった.図らずも,刑事事件を通し,この問題点が明らかとなり,1988年に施行された『精神保健法』において精神保健指定医が設けられた.この資格は,精神医学的素養を症例報告から確認するもので,定期的な更新要件もあり,後に対面で面接試験も行う資格となった.しかし,精神科医自身が互いに医療の質を担保できるように自律的に進めるプロフェッショナル・オートノミーではない().
 一方,精神科の専門知識や技能をもつことを客観的に評価するのが専門医制度である.『医療法』では,『良質な医療を提供する体制の確立を図るための医療法等の一部を改正する法律』により,医療機関での診療科標榜が認められているが,当初,専門医の資格認定は各領域の学会に委ねられていた.ただ,学会は任意の医師集団であるため,2014年に厚生労働省もかかわる日本専門医機構が設けられ,2018年4月19日に新専門医制度が始まった19)
 本学会は,早期より精神科医の質を保つための委員会をもっていたが,1969年の学術総会以降,専門医制度を俎上に上げることすらタブーとなっていた.1986年に,ようやく卒前・卒後教育の必要性の再検討が始まり,1987年に「精神医学教育委員会」を設置し,2004年に精神科専門医制度規則が制定され,過渡的措置期間を経て2009年に専門医認定試験が開始された.そして,日本専門医機構の発足により,本学会の専門医も基本19領域専門医の1つとして組み込まれた.
 以上から,精神保健指定医と精神科専門医は,ともに精神科医が「精神科医」と名乗るために必須の資格であることが理解される.本学会は,精神科専門医を輩出できる唯一の学会であり,その点で,公的に認められた団体である.
 精神科専門医制度では,専門医をめざす医師(専攻医)は,認定された研修機関で,3年以上研修し,指定された症例の経験を行い,筆記・症例報告・面接試験に合格することにより専門医の資格を得る(図4).筆記試験は,精神科知識を確認するために行われ,2026年以降は,本学会編集の『日本精神神経学会精神科専門医テキスト』から作成される予定で,このテキストに沿って勉強すれば,合格できることとなっている10).現在,症例報告は,申請時に提出することになっているが,今後は,内科などの他診療科と同様,研修中に複数の指導医により評価されるように変更となる予定である.専門医を得た後にも日々進歩する医学に対し,形成的に知識,技術を獲得していくことが求められ,5年ごとの専門医の更新は,それらを最低限確認するものである.本学会員であるすべての精神科医が専門医を取得し,指導医としても後進の指導を精力的に行っていただきたい20)
 今後,本学会の発展のために,精神科医としての資格についての考えを示したい.まず,精神保健指定医と精神科専門医とが独立した資格である必要があるかである.ともに現在は厚生労働省に管轄されており,法的に人権を守る,精神科医としての質を担保するという違いはあるにせよ,精神科医としての知識,技能,患者家族への愛情ある態度という点では同じで,ぜひ融合するように進めるべきだと思う.次に,専門医の研修内容である.医学の進歩による検査の充実,操作的診断基準による信頼度の向上,治療の進歩はすばらしいが,一方で,神経学的検査を含めた症候学的知識や,精神病理や精神分析的な素養は,経験,評価ともに十分ではない.研究に対する涵養もさらに必要で,インターネット環境やAIなどのリテラシーの理解も望まれる.そして,社会のなかで,精神科医として精神障害の啓発はしすぎることはないだろう.精神科専門医の取得だけで満足せず,引き続く,精神科サブスペシャルティ領域の専門医もめざすべきである.精神科医療の国際的な発信や交流もさらに望まれる.

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図4画像拡大

おわりに
 以上,第121回日本精神神経学会学術総会のテーマ「精神神経科学の充実・発展のために取り組むべきこと」について述べた.最後に精神科医としてのプロフェッショナル・オートノミーについて少し触れたい.
 精神障害の病因はいまだ不明であり,究極の診療方針は誰もわからない.ただ,われわれは,精神科医として,知識や考えを共有し,ともに理解することができる.そして,日々の診療のなかで,精神科医として診療行動を考え,さらに向上するよう行動を選択する「自由」がある.精神医学的行為を主体的に吟味し,自分で理性的に判断し,行動を選択すること,それが,「自律(オートノミー)」である11).これは,他人の意見に従って行うこと,「他律(ヘテロノミー)」ではない.われわれは,精神科医として,一人の人間としてどうあるべきか,精神科医としてどうあるべきかを自らに問いかけながら,生きることが求められているのではなかろうか.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

 謝 辞 日本精神神経学会の会員の皆様,特に今回の学術総会をはじめ,支えてくれた愛媛大学大学院医学系研究科精神神経科学教室員の皆様に感謝申し上げます.

文献

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