Advertisement第122回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第128巻第6号

資料
高校保健体育における精神疾患教育資料の作成と実践報告―高等学校保健体育授業における当事者ビデオ教材の開発と活用に向けて―
倉持 泉1)2), 小口 芳世3), 大矢 希4), 渡辺 雅子5), 鈴木 道雄6)7)
1)国立精神・神経医療研究センター精神科
2)埼玉医科大学総合医療センター神経精神科
3)聖マリアンナ医科大学神経精神科学教室
4)京都第二赤十字病院こころの医療科
5)新宿神経クリニック
6)医療法人高田西城会糸魚川診療所
7)医療法人社団四方会有沢橋病院
精神神経学雑誌 128: 398-405, 2026
https://doi.org/10.57369/pnj.26-066
受付日:2025年10月20日
受理日:2025年12月30日

 本稿は,日本精神神経学会アンチスティグマ委員会による教材開発の過程と実践的意義について報告する資料である.精神疾患に対するスティグマは,当事者の治療行動や社会参加を著しく妨げる要因であり,とりわけ思春期から青年期に発症しやすいうつ病,統合失調症,不安症,摂食障害,依存症などの疾患領域では,若年層への教育的介入が重要である.本教材は,当事者のインタビューを中心に構成され,知識提供に加えて感情的共感や態度変容を促す「接触に基づく教育(contact—based education)」の手法を採用している.撮影・編集は専門家と当事者が協働して行い,内容の倫理性と実効性が確保された.本教材は,2022年度より開始された高等学校の「精神疾患の予防と回復」授業において活用が見込まれており,精神疾患への社会的理解と共感を深める新たな教育モデルの実践例として意義を有する.

索引用語:メンタルヘルス教育, 高校保健体育, 生活の質, メンタルヘルスリテラシー, 映像教材>

はじめに
 精神疾患は,身体疾患と同様に,人生のさまざまな時期に誰にでも起こりうる健康問題である.世界保健機関(World Health Organization:WHO)は,精神疾患が全世界の疾病負荷の主要因の1つであると報告しており,特にうつ病や不安症が最も一般的である35).また,国連児童基金(United Nations Children’s Fund:UNICEF)とWHOの共同報告によれば,特にうつ病,統合失調症,不安症,摂食障害,依存症といった精神疾患は,思春期から青年期に発症しやすいとされる33).日本においても,若年層の自殺率の高さや不登校,引きこもり,ソーシャル・ネットワーキング・サービス(social networking service:SNS)上での相談増加など,精神的困難を抱える若者の存在が顕在化している.にもかかわらず,精神疾患に関する正確な知識や適切な支援の方法は,依然として社会に十分浸透していないのが現状である.
 その一因として,精神疾患に対する社会的スティグマ(stigma)の存在が挙げられる.スティグマとは,精神疾患をもつ人々に対して,「危険」「不可解」「弱い」「治らない」といった否定的な先入観が社会的に広がり,当事者が差別や偏見にさらされる状況を指す2).このようなスティグマは,単に社会的な態度の問題にとどまらず,当事者が自らの病気を認識し,助けを求め,治療を受けることを困難にさせる.また,就学・就労・人間関係・地域参加など生活全般においても排除や孤立を引き起こし,結果的に生活の質(quality of life:QoL)の大きな低下をもたらす31)
 こうした背景をふまえ,近年,精神疾患に対するスティグマを低減するための教育的アプローチが注目されている.特に,精神疾患の発症が多い10歳代後半から20歳代前半の時期に,正しい知識を身につけ,偏見に基づく誤解を解消し,適切な助けを求める行動を促すことは,将来的な精神的健康の保持・増進にもつながる可能性が示唆されている17).国際的にも,経済協力開発機構(Organisation for Economic Co—operation and Development:OECD)やWHOが「メンタルヘルス・リテラシー(Mental Health Literacy:MHL)」の向上を重視しており,学校教育における精神疾患理解の必要性が強調されてきた10)
 日本ではこうした国際的動向や社会的課題を受け,2018年7月に高等学校の学習指導要領が改訂され,保健体育編の「現代社会と健康」の項に,新たに「精神疾患の予防と回復」の単元が盛り込まれた.精神保健が教育カリキュラムの中で取り扱われるのは約40年ぶりになる.2022年度より高等学校の保健体育の授業に「精神疾患の予防と回復」が正式に導入されている.これは,学習指導要領の改訂によって制度化されたものであり,うつ病や統合失調症などの疾患についての基本的な理解と,早期発見・治療の重要性を伝えることが主な目的とされている.このように,精神疾患を明示的に扱うことが戦後の学校教育史のなかで初めて制度的に位置づけられたことは,きわめて画期的な出来事である19)
 しかし,制度としての導入は始まったばかりであり,現場では教員の知識不足や教材の乏しさ,生徒の反応への不安など,さまざまな課題が存在している.とりわけ,精神疾患の「リアリティ」をどう伝えるか,感情的な共感をどう喚起するかという点は,従来の教科書的な知識伝達型授業では不十分であると指摘されてきている.このような課題をふまえ,日本精神神経学会「アンチスティグマ委員会」では,保健体育の授業において教師と生徒が使用できる教材として,当事者出演のインタビュービデオ(以下,ビデオ教材)の作成を行った.これは,学会として初めて制作・提供するものであり,教科書に病名が記載されている精神疾患(うつ病,統合失調症,不安症,摂食障害)そして依存症(アルコール,薬物)について,それぞれの疾患を経験した当事者がスティグマとリカバリーについて語る映像教材である.制作の基本方針は,生徒が精神疾患とスティグマの実態を理解し,「社会的包摂(social inclusion)」について主体的に考える力を育むことに置かれた29)
 本稿は,第121回日本精神神経学会学術総会にて開催されたシンポジウム「スティグマを低減し,希望を育てる:高校生の保健体育授業(精神疾患の予防と回復)資料ビデオ作成の経験」における報告と議論をもとに構成されており,現場での実践知と多様な当事者の視点を反映している12).本取り組みは,単に知識を教えることにとどまらず,生徒のなかに「共感」と「理解」を育む新しい教育モデルであり,精神疾患をもつ人々の社会的包摂に向けた第一歩となる可能性を秘めている.

Ⅰ.精神疾患へのスティグマとその影響
 精神疾患に対するスティグマは,単なる無知や誤解にとどまらず,個人の生活のあらゆる側面に深刻な影響を及ぼす.スティグマとは,Goffman, E. が「望ましくないとされる属性に基づいて人を社会的に劣った存在とみなす行為」と定義したように,社会的烙印として機能し,精神疾患をもつ人々を疎外する構造的な力をもつ6)
 精神疾患に対するスティグマは,主に以下の3つのレベルで作用する.

1.公的スティグマ,社会的スティグマ(public stigma)
 社会全体に共有されている偏見や差別的態度を指し,精神疾患のある人を「怖い」「何をするかわからない」「甘えている」「治らない」などと一括して捉える傾向がある.メディアによる過剰な犯罪報道,精神疾患と暴力性を結びつけた表現,誤った情報などがその温床となっており,精神疾患をもつ人々の社会参加や雇用機会,医療アクセスに深刻な障壁を生んでいる.

2.自己スティグマ,セルフスティグマ(self—stigma)
 精神疾患をもつ当事者自身が,社会的偏見を内面化することによって自己評価を低下させ,「自分は価値のない存在」「迷惑をかけてはいけない」「病気のことは隠さなければならない」と感じてしまう心理的状態である.これは,治療の継続や対人関係の構築,社会復帰の妨げとなるだけでなく,希死念慮や再発リスクを高めることが知られている4)

3.構造的スティグマ(structural stigma)
 法律・制度・政策・社会慣習などに組み込まれた差別構造であり,教育,医療,福祉,司法などあらゆる社会制度に影響を与えている.例えば,精神疾患に対する偏見を背景とした就労支援の不足や,医療制度における身体疾患との格差,高等教育における配慮不足などが挙げられる8)
 これらのスティグマは,精神疾患の「見えにくさ」に起因し,社会的に「なまけ」「自己責任」と誤解される傾向がある9).セルフスティグマは“why try”効果と呼ばれる心理的過程を通じて,自己効力感の低下をもたらすとされている4).これは,当事者が社会に広く存在する否定的な偏見を内面化することで,「どうせ努力しても無駄だ」「挑戦しても失敗するに決まっている」と感じ,治療の継続や就学・就労などの社会的行動そのものを回避するようになる現象を指す.また,構造的スティグマは教育・医療など制度面における差別構造を形成し,生活全般に深刻な不利益をもたらす8).若年層にとっては,スティグマが「精神的不調を訴えることの自己否定」や「相談しないことの正当化」にもつながり,結果として発症初期における介入機会の喪失という深刻な課題を生む.とりわけ10歳代後半から20歳代前半は,統合失調症やうつ病,不安症,摂食障害などの発症率が高い年代であり,スティグマの存在が本人や周囲の理解を遅らせる要因となっている.
 このように,スティグマは医療・教育・社会参加のすべてに影響するが,一方で,スティグマは不変ではなく,教育や社会的対話,当事者との接触を通じて変容しうることも示されている.特に若年層では,教育や接触を伴う介入が有効であるという知見が得られている5)7).Clement, S. らのシステマティックレビューでは,精神疾患に関連するスティグマが援助希求行動を有意に抑制することが報告されており,特に自己スティグマが受診回避に強く影響することが指摘されている.このように,スティグマは個人の行動や社会的関与を制限し得る一方で,適切な教育的介入によって軽減可能であることが示されている1).さらに,Corrigan, P. W. らのメタ分析では,教育(education)と接触(contact)の双方が,成人・青年いずれにおいてもスティグマを低減する効果を示したと報告されている3).ただし,その効果には年齢層による違いがあり,成人では接触型介入のほうが教育型よりも効果が高く,青年層では教育型介入のほうが比較的効果的であることが明らかにされた.また,接触の形式にも違いがみられ,対面による直接的な接触のほうが,ビデオを介した間接的接触よりも有効であるとされている.これらの知見は,スティグマ低減をめざす教育の設計において,対象の発達段階や接触の形態を考慮する重要性を示唆している.特に,精神疾患をもつ人との「接触に基づく教育」(contact—based education)は,知識の提供だけでなく,感情的な共感と態度変容を促す効果的な手法として注目されている.若年層に対しては,こうした「直接的・間接的接触(例:当事者の語りを含むビデオ教材)」を通じて,精神疾患に対する理解と共感を深める教育的アプローチが求められている32)36)
 国際的にみると,MHL教育とアンチスティグマ教育は,1990年代後半から急速に体系化が進んだ.Jorm, A. F. は,精神疾患の正しい知識,助けを求める方法,偏見の是正を含む包括的な概念としてMHLを提唱し,その後カナダを中心に学校教育へ導入された10).Kutcher, S. らは,中等教育段階でのMHLプログラム「The Mental Health and High School Curriculum Guide(The Guide)」の有効性を実証し,通常の教員による授業でも生徒の知識・態度の改善が持続することを報告している13)14).また,Thornicroft, G. らは,教育(education)と接触(contact)の併用がスティグマ低減に最も効果的であることを示し,当事者の語りを含む教材の重要性を強調した31)32).さらに,Ma, K. K. Y. らによるシステマティックレビューでは,学校ベースのMHL教育とアンチスティグマ介入が,世界20ヵ国の児童生徒において知識向上とスティグマ低減の効果を示すことが報告されている.特に,当事者との接触を取り入れたプログラムや教員主導の繰り返し型授業が持続的効果をもたらすことが明らかにされた16).こうした世界的潮流は,日本の教育現場における教材開発と実践の方向性を考えるうえで,重要な示唆を与えている.

Ⅱ.高校教育における精神疾患教育導入の歴史的背景
 日本における精神疾患への教育的取り組みは,制度的にも文化的にも長らく後回しにされてきた.その象徴ともいえるのが,1948年に制定された旧『優生保護法』である.同法は,精神疾患やてんかんを含む「不良な子孫」の出生を防ぐことを目的として,強制的な不妊手術を正当化したものであり,こうした認識が教育の場で批判的に検討される機会はほとんど与えられてこなかった24).医療的根拠よりも,社会的排除を正当化する論理が優先され,精神疾患をもつ人々は公的にも私的にも「かかわってはならない存在」とみなされてきた.その結果,精神疾患をめぐる差別的理解が是正されないまま社会に温存され,教育現場においても精神疾患を正面から扱うことが忌避されてきたと考えられる.この制度は1996年にようやく廃止され,『母体保護法』へと改正されたが,差別的な態度やスティグマは教育分野を含め,社会全体に長く残存した20)24)30)
 学校教育の場面では,中学校の教科書において,1977年頃までは精神保健に関連する記述が見られたものの,その後は次第に記載が減少していった21)22).高等学校の保健教科書においては1950年代後半に現代の視点からは不適切と思われる記述が見られたが,1978年頃の教科書ではより妥当な表現に変化した.しかし,1980年の学習指導要領の改訂により,かつて記載されていた「おもな精神障害」に関する単元が削除され,精神疾患の呼称や精神保健に関する総体的な記述は消失した.以後,保健体育の授業では「情緒の安定」や「ストレス対処」といった間接的な文脈でしか精神疾患に触れられず,知識としての伝達や予防教育の機会はきわめて限定的なものとなった.1995年に施行された『精神保健福祉法』では,精神障害者の地域移行と社会復帰が重要課題として位置づけられ,スティグマ対策やリカバリー志向の支援が強調されるようになった11)が,こうした理念が教育現場にまで共有されることは少なく,精神疾患は依然として「特別なもの」「扱いづらいもの」とされていた.
 中根らは,1950~2002年の「保健体育」教科書調査を基盤にした精神障害に係るアンチスティグマ研究において「旧弊に囚われた精神障害の記載が偏見の素材となったことは想定されるが,一方でまったく触れられないことで,精神障害者に対する不安や恐怖が増幅され,結果的に偏見が強化される可能性も否定できない」と指摘した.そのうえで,「病名を明示せずとも精神保健教育は可能ではあるが,予防策や適切な対応を考えるには,代表的な精神疾患の症状をある程度伝えておく必要がある」と述べている21).また,日本学術会議・精神医学研究連絡委員会が発行した冊子『こころのバリアフリーを目指して』23)では,第二の提言として「学校教育における精神疾患・障害の知識普及と啓発」が掲げられている.そこでは,「精神疾患の理解には,当事者との接触が極めて有効である」「生徒・学生の段階で当事者に触れる機会を持つことが,誤解や偏見の防止につながる」と明記されており,教科書や授業で積極的に取り上げる必要性が強調された.2010年代に入ると,若年層における精神的健康問題―とりわけ自殺率の上昇,不登校や発達障害の増加―が大きな社会的関心を集めるようになった.OECDやWHOが提唱するMHLの概念も広まり,若年層を対象とした系統的な精神保健教育の必要性が国際的にも共有されつつあった26)34)
 こうした流れを受け,日本学校保健会では,2014年度より「現代的な健康課題対応委員会」が設置され,精神保健教育の意義や実施可能性について検討が重ねられた.2015年度には「精神保健に関する指導参考資料作成委員会」も立ち上がり,高等学校における精神保健授業の具体的な設計が進められていった17).精神保健教育復活の決定的な契機となったのが,2016年12月に公表された中央教育審議会の答申18)である.このなかでは,「現代的な健康課題の解決」「一次予防から三次予防に関する内容の充実」「ライフステージに応じた健康の保持・回復」が重要な教育内容として提示された.その注釈には,「20代の死因の半数が自殺であり,その主な原因の約4割が仕事上の悩みとうつ病に関連する」と明記されており,精神保健教育の必要性が明示的に示された.
 そして2018年夏,高等学校学習指導要領とその解説が改訂・告示され,2022年度から全国の高等学校において「精神疾患の予防と回復」が正式な授業内容として実施されることとなった19).うつ病,統合失調症,不安症,摂食障害,依存症など,若年層における罹患率の高い精神疾患を中心に,知識の普及と早期支援の促進が図られている.
 このように,日本における精神疾患教育は,長年にわたる排除と沈黙の時代を経て,ようやく「共生」と「理解」に基づく新たな教育実践へと舵を切りつつある.精神疾患をめぐる歴史的経緯を振り返ることは,現在進行中の教育の社会的意義を深く理解するうえでもきわめて重要である.

Ⅲ.ビデオ教材の企画と作成過程
 日本精神神経学会アンチスティグマ委員会は,2017年度に精神保健・医療・福祉部門のもとに新設され,精神疾患に対する偏見の是正と社会的理解の促進を目的として設立された.設立当初より,教育・広報・調査研究を3本柱とする活動を展開しており,その一環として,精神疾患への社会的偏見を軽減するためには,若年層への教育的介入がきわめて重要であるとの認識に立ち,2022年度より高等学校保健体育科で活用可能な教材の開発を企画した.本教材は,当事者の語りを通して感情的共感を促し,スティグマを低減する教育的介入を目的とした.本教材の制作費は,学会本部からの委託予算および委員会活動費により賄われ,外部資金や企業助成は用いていない.制作の背景には,精神疾患に関する正確な知識の提供だけでなく,「当事者の声」を通じた感情的共感や態度変容を促す接触に基づく教育(contact—based education)の実践が,スティグマ低減において有効であるとする国内外の研究的知見がある.特に高校生といったパーソナリティ形成期にある世代においては,実際の当事者の経験に触れることで,精神疾患を「特別なもの」「怖いもの」として排除するのではなく,共感と理解をもって向き合う素地が育まれると期待された.
 教材の対象とする疾患は,学習指導要領に取り上げられており,若年層に発症しやすく,かつスティグマの強い疾患である,うつ病,統合失調症,不安症,摂食障害,依存症(アルコール,薬物)とした.領域ごとに数名の委員による小グループを編成し,企画・調整を分担した.特に出演する当事者の選定においては,プライバシーの保護とインフォームド・コンセントを慎重に考慮する必要があり,委員が診療に関与している患者は除外し,各疾患に関連する当事者団体や支援団体からの推薦を通じて,発信意欲と語る力をもつ6名に協力を依頼した.出演者全員に対して撮影前に書面によるインフォームド・コンセントを取得し,個人情報保護および撮影範囲を明確にした.また,同教材の作成は研究には該当はしないが,日本精神神経学会倫理委員会とも協議し,十分な倫理的配慮のもとで実施した.
 作成過程では,インタビュー内容の透明性と倫理性を担保するため,撮影前後に計7回の説明会と複数の確認会を実施し,当事者と委員の合意のもとで最終版を完成させた.最終的に5つの主要な質問項目を確定させている〔(ⅰ)発症時の状況,(ⅱ)相談行動,(ⅲ)偏見体験,(ⅳ)社会的支援,(ⅴ)高校生へのメッセージ〕.これらは,病気になった経緯や相談相手の有無,偏見や差別の体験,社会的配慮の提案,高校生へのメッセージなど,生徒が自らの生活や価値観と照らし合わせながら,精神疾患とその周辺状況を多角的に捉えられるよう設計した.
 インタビュー映像の撮影は,映画『梅切らぬバカ』(監督:和島香太郎,配給:ハピネットファントム・スタジオ,2021年)で発達障害と家族を題材にした作品を手がけた和島香太郎監督に依頼し,映像のもつ力とナラティブの質を高める工夫がなされた.インタビュアーは,若手を中心とした委員が務め,当事者との信頼関係を重視しながら,リラックスした雰囲気のなかで撮影を行った.撮影終了後には,仮編集段階の映像を当事者本人と委員が共同で視聴し,発言の意図と齟齬がないか,望まぬ表現が含まれていないかを慎重に確認した.また,当事者を含む小グループによるディスカッションの場を再度設け,ナラティブの社会的意義や公開後の影響についても話し合い,相互理解のもとで最終版を完成させた.
 こうして完成したビデオ教材は,教員が授業で活用しやすいよう10~20分程度の各疾患別動画として編集されており,生徒に「疾患の知識」だけでなく,「社会的まなざしの変容」を促す実践的教材として期待されている.さらに,本教材は当事者の体験がナラティブに語られる構成となっており,教員が精神疾患に関する専門的説明を担うことへの心理的負担を軽減し,生徒との対話の導入としても活用しやすい設計となることも意識し編集された.今後,保健体育の授業内での活用を通じて,精神疾患に対する無理解や恐怖ではなく,共感と理解を基盤とした態度形成が進むことが望まれる().
 なお,今回作成されたビデオ教材は授業での活用を想定し,専用の動画視聴サイト(株式会社Jストリームの配信ポータル)にて提供している.各学校から申請フォームを通じてアカウント発行を申し込むことで,発行されたIDによりパソコンなどから安全に視聴できる.セキュリティ保護のため二要素認証を導入しており,教育目的以外での視聴・転載を防止する仕組みを整備している.これにより,教育現場における適正利用を維持しつつ,全国的な活用促進と持続的な展開を図っている.

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Ⅳ.教育によるスティグマ低減の今後の課題
 教育現場における精神疾患教育の普及と定着には,いくつかの課題がある.教員の理解と指導力のばらつき,ビデオなど教材の活用に対する制度的支援の不足,地域格差と教育資源の偏在,精神疾患の分類や治療法の進展に伴う教材の更新の必要性などである.また,学校教育だけでなく,地域医療や家庭との連携も重要であり,社会全体で若年層のMHLを育む仕組みが求められる.
 国際的な研究からは,若年層に対する精神疾患教育が知識の向上や14),精神疾患に関する態度変容に15)効果があることが示されているが,これらの効果は必ずしも長期的に持続するとは限らず,特に「助けを求める行動(help—seeking behavior)」の継続的な改善には限界があることも明らかとなっている.多くの研究で,教育直後には助けを求める意欲や態度が改善するものの,その効果は時間とともに減弱する傾向があることがわかっている25)28).さらに,こうした教育の効果は文化的背景にも影響を受けることが示されており,日本においても社会的同調圧や「迷惑をかけてはいけない」という規範が,精神疾患の開示や支援要請をためらわせる要因となることがある.当事者の語りを活用した教材は,知識だけでなく共感や感情的な理解を促す重要な手段であり,国際的にも「接触に基づく教育(contact—based education)」として高く評価される27).教育効果の持続には,文化的背景をふまえた継続的・多層的支援が必要であり,今後は全国レベルでの継続的評価と実践的ガイドラインの整備,さらに多様な背景をもつ当事者や教員を巻き込んだ教材開発が求められるだろう.

おわりに
 精神疾患へのスティグマを低減し,当事者の希望と回復を支える社会の実現に向けて,学校教育は大きな可能性をもっている.当事者の語りを通じたビデオ資料の活用は,知識の伝達だけでなく,感情的な理解と態度の変容を促す実践的な手段である.本稿で紹介した実践は,今後の日本におけるメンタルヘルス教育のあり方を示す一例であり,さらなる実証研究と教材開発を通じて,より効果的なスティグマ低減に貢献できることが期待される.
 なお,著者らは現在本教材を用いた授業の実施後に,生徒の知識,態度,援助希求行動の変容を測定する評価研究を計画している.今後は,こうした実証的検証を通じて,教材の有効性と課題を明らかにしていく予定である.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

 謝 辞 高校生の保健体育ビデオ教材の制作に際して,ご出演いただいた当事者の皆様には,ご自身の体験を真摯に語っていただき,深く御礼申し上げます.また,撮影および編集作業に携わってくださった和島香太郎監督ならびに撮影スタッフの皆様にも,心より感謝申し上げます.さらに,教育委員会よりオブザーバーとしてご参画くださった綱島毅先生,南雄志先生には,本教材の内容や構成に関して貴重なご意見を賜り,この場を借りて厚く感謝申し上げます.
さらに,本教材の構想,検討,制作にあたっては,日本精神神経学会アンチスティグマ委員会の歴代委員の皆様の多大なご尽力を賜りました.前アンチスティグマ委員会委員長の水野雅文先生には,複数の文献をご提供いただくとともに,これまでのアンチスティグマ活動に基づく貴重なご助言を賜りました.また,早逝された長徹二委員の生前のご貢献に深く敬意と感謝の意を表します.委員の先生方の継続的なご支援なくして,本教材の完成は成し得なかったことをここに記し,関係各位に対し改めて厚く御礼申し上げます.

文献

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24) 日本精神神経学会法委員会: 優生保護法下における精神科医療及び精神科医の果たした役割に関する研究報告書 (概要版). 2024 (https://www.jspn.or.jp/uploads/uploads/files/activity/houkoku01_r.pdf) (参照2025-07-02)

25) Olyani, S., Gholian Aval, M., Tehrani, H., et al.: School-based mental health literacy educational interventions in adolescents: a systematic review. Health Literacy, 6 (2); 69-77, 2021

26) Saito, J.: Mental Health and Workstyle in Japan. 2024 (https://www.jcer.or.jp/english/mental-health-and-workstyle-in-japan) (参照2026-04-21)

27) Salerno, J. P.: Effectiveness of universal school-based mental health awareness programs among youth in the United States: a systematic review. J Sch Health, 86 (12); 922-931, 2016
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28) Sun, G., Wang, C., Zhang, J.: Effectiveness of mental health literacy interventions for adolescents: a systematic review and meta-analysis. SAGE Open, 15 (1); 2025

29) 鈴木道雄: 共同創造で作る高校生のためのアンチスティグマ資料. 精神経誌, 127 (4); 219, 2025

30) 富田三樹生: 精神神経学会と優生学法制―精神科医療と人口優生政策―. 2024 (https://www.jspn.or.jp/uploads/uploads/files/activity/houkoku08.pdf) (参照2025-07-02)

31) Thornicroft, G., Brohan, E., Rose, D., et al.: Global pattern of experienced and anticipated discrimination against people with schizophrenia: a cross-sectional survey. Lancet, 373 (9661); 408-415, 2009
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32) Thornicroft, G., Mehta, N., Clement, S., et al.: Evidence for effective interventions to reduce mental-health-related stigma and discrimination. Lancet, 387 (10023); 1123-1132, 2016
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33) United Nations Children's Fund(UNICEF): The State of the World's Children 2021: On My Mind: Promoting, protecting and caring for children's mental health. 2021 (https://www.unicef.org/media/114636/file/SOWC-2021-full%20report-English.pdf) (参照2026-04-21)

34) World Health Organization: Comprehensive Mental Health Action Plan 2013-2030. 2021 (https://www.who.int/publications/i/item/9789240031029) (参照2025-07-02)

35) World Health Organization: Mental disorders 2025 (https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/mental-disorders) (参照2025-07-02)

36) Yamaguchi, S., Wu, S. I., Biswas, M., et al.: Effects of short-term interventions to reduce mental health-related stigma in university or college students: a systematic review. J Nerv Ment Dis, 201 (6); 490-503, 2013
Medline

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