先行研究では自閉スペクトラム症(ASD)を有する個人において,感覚刺激に対する非定型的な反応を示すことと,そのことが社会的接触へ与える影響について言及されている.実際,ASDを有する成人は,他者からの接触に対してしばしば不快感を抱くことも報告されている.しかしながら,彼らが物体のどのような物理的特性に対して選好を示すのかについてはまだ不明な点が多い.定型発達(TD)成人を対象にした先行研究では,柔らかさの物理的特徴(柔性)が異なるウレタンゴムを触り,そのときに知覚される触覚的な心地よさの強度を計測した.その結果,柔性が人体の前腕と同程度の刺激に対して心地よさの強度が最大になることが示された.そこで,本研究では,ASDを有する成人が,人間の身体部位に似た柔らかい物体に対して非定型的な感情反応を示すかどうかを検証するため,心理物理学的実験を実施した.実験では,ASDを有する成人とTD成人が,右示指でさまざまな柔性をもつウレタンゴムを軽く押し,知覚される心地よさまたは柔らかさを数値で回答した.その結果,柔性の増加に伴って知覚された心地よさは高くなったが,ASD成人はTD成人よりもその増加量が有意に小さく,このような差は特に人間の身体部位と同程度の柔性のときに顕著だった.一方で柔らかさの知覚については,ASD群でもTD群でも柔性に対して単調に増加し,その変化は類似していた.これらの結果から,ASD成人が人間の身体部位のような柔らかい物体に対して非典型的な選好を示すことが明らかになった.この選好の違いが,ASDを有する個人が他者との触れ合いを避ける傾向を説明するのに役立つ可能性がある.
2)福井大学医学部精神医学
https://doi.org/10.57369/pnj.26-051
受付日:2025年9月26日
受理日:2025年12月8日
はじめに
物体に触れるとき,人間はその物理的特性(柔らかさや粗さなど)を知覚するだけでなく(識別的触覚),それによって喚起される感情(心地よさなど)も経験する(感情的触覚)21).対人接触は認知や感情の発達,ならびに社会的絆の維持に重要であると認識されている10).感情的触覚に関連して,親しい友人やパートナーとの身体的接触が身体的苦痛および感情的苦痛の双方を緩和することが報告されている15).これらの知見は,人間の触覚に対する選好が,社会的紐帯形成にかかわる行動と関連して,皮膚の物理的特性に進化的に適応している可能性を示唆する18).実際,定型発達(typically developed:TD)の成人に柔らかさに関連する物理的特性(柔性)の異なる(ゴム)を触れさせ,その時の心地よさを評価させた研究では,快強度は人の前腕と同等の柔性をもつ場合に最も高くなることが示されている18).
しかしながら,他者からの接触に対する感情的反応には個人差がある.例えば,自閉スペクトラム症(autism spectrum disorder:ASD)は,社会的コミュニケーションの問題や制限的で反復的な行動などを中核症状とする神経発達症である1).ASD児は非ASD児に比べて社会的接触を避けることが多いという報告14)や,ASD者の個人的な逸話における「他者から触れられることを避ける」という記述26)から,ASD者は,物理的性質が人間の体部位と類似した物体に対して非定型的な選好を示す可能性があると考えられる.
先行研究においても触れた素材に対する感情的反応が調べられている.しかしこれらの研究では,ブラシやプラスチック製メッシュやフリースなど,物理的な特徴が多様な素材を用いており,柔性といった特定の物理的特徴に対する感情的触覚の反応にASDが及ぼす影響は明らかにされていない4-6).また,柔性に基づく柔らかさの知覚についても,TDとASDの間で差異があるのかどうかは不明である.
本研究では,ASD成人はTD成人に比べて,素材の柔性が体部位と同等である場合に,その素材に対する心地よさの強度が低くなるという仮説を立て,これを検証するために心理物理学的実験を行った.
I.研究の方法および結果
1.実験参加者
福井大学医学部附属病院にてASDの臨床診断を受けた日本人の成人36名(ASD群)と,神経発達症のないTDの日本人の成人36名(TD群)が本研究に参加した.ASD群は男性20名,女性16名で平均年齢は32.8歳〔標準偏差(standard deviation:SD)7.6〕であった.ASD群の参加者は,DSM-5の分類1)および社会性・コミュニケーション障害診断面接(Diagnostic Interview for Social and Communication Disorders:DISCO)28)による標準化された基準に基づき,経験豊富な臨床医(H. K.)によりASDと診断を受けた.TD群は男性20名,女性16名で平均年齢は33.2歳(SD 7.2)であった.
各参加者の認知能力は,ウェクスラー成人知能検査第3版(Wechsler Adult Intelligence Scale - Third Edition:WAIS-III)24)または第4版(WAIS-IV)25)を用いて評価した.本研究への参加条件として,全検査IQ(Full Scale Intelligence Quotient:FSIQ)が70以上であることを設定した.さらに,各参加者の自閉スペクトラム症の特性は自閉スペクトラム指数(Autism-Spectrum Quotient:AQ)2)により,感覚処理特性は青年・成人感覚処理プロファイル(Adolescent/Adult Sensory Profile:AASP)3)を用いて測定した.また,Fazio利き手検査9)により利き手を測定した.両群間で平均年齢,男女比,左利きの割合に有意な差は認められなかった(表).
本研究プロトコルは,福井大学医学系研究倫理審査委員会および神戸大学大学院国際文化研究科研究倫理審査委員会により承認された.実験におけるすべての手順は「ヘルシンキ宣言」および厚生労働省の「臨床研究に関する倫理指針」に従って実施された.すべての参加者は研究の目的と意義に関する説明を受け,書面による同意書を取得した.
2.実験に用いた刺激
柔性の異なる11種の非発癌性ポリウレタンゴム(カトーテック株式会社製)を刺激として使用した.各刺激は上部のみが開いたプラスチック製の正方形の立体ケースに収められ,参加者が上部から直接刺激に触れられる構造とした.さらに,刺激の粘着性を低減するため,各刺激の表面にはベビーパウダー(アサヒグループ食品株式会社製)を塗布した.実験において,刺激は電子天びん(GX-8000,株式会社エー・アンド・デイ製)の上に設置し,参加者が刺激に触れる際の押し付け力と接触時間を測定できるようにした.
実験を実施する前に,圧縮試験機(KES-G5,カトーテック株式会社製)を用いて各刺激の柔性を測定・算出した.1 cm2のプローブで刺激を押し込み,力(N)に対する変位(mm)を計測した.各刺激において変位―力関係がほぼ線形であったため,一次関数で近似し,その回帰直線の傾きを柔性値として算出した(図1b).柔性の目安として,木材やプラスチックの柔性は1 mm/N以下であり,スポンジの柔性はおおよそ2 mm/N以上である23).リラックス時の人の前腕と同等の柔性値はおおよそ5~6 mm/Nである18).本実験に用いた素材の柔性値は順に,0.13,0.43,1.09,2.22,3.16,4.54,6.29,8.18,15.61,22.49,22.89 mm/Nであった.
3.実験手順
刺激に対する心地よさの評価と,柔らかさの評価を別の実験として行った.本研究の主な目的は,柔性に対する心地よさのパターンの違いをTD群とASD群で比較することであった.柔らかさの評価が心地よさの評価に及ぼす影響を最小限にするため,参加者は最初の実験で心地よさを評価し,次の実験で柔らかさを評価した.
各試行において参加者は,衝立によって刺激を目視できない状態で,右示指で電子天びんに置かれた各刺激に触れた(図1a).評価には心理物理学で広く用いられるマグニチュード推定法(強度推定法)を用いた.第1実験では「心地よさの強度」の大きさを,第2実験では「知覚した柔らかさの強度」の大きさを推定し,それぞれを最もよく表す数字を口頭で回答した.数字は正数であれば,小数,分数,整数のいずれも使うことができた.各実験では11種の刺激を4回ずつ疑似ランダムに提示した.1回目の刺激呈示は練習のため結果を記録せず,残りの3回の試行のデータを解析した.また,参加者の刺激に対する力の入れ具合の違いを最小限に抑えるため,参加者は表示された電子天びんのメーターの数値が約100 g(約1 N)に達したあたりで刺激を押すのを止め,指を離すよう指示された.
4.解 析
本研究では,被験者内要因として柔性の異なる刺激(11種類),被験者間要因として群(ASD群/TD群)および性別(男性/女性)を用いた実験計画を採用した.第1実験と第2実験のデータは,質的に異なる知覚次元に基づくため,別個に検証した.解析では,参加者のマグニチュード推定法の数値を分析するために従来から用いられている手法を使用した18)19).すなわち各刺激につき得られた値を実験ごとに正規化し,参加者が異なる数値範囲を使用することによるバイアスを排除した.正規化とは各実験において,参加者の各刺激に対する数値を各参加者の平均値で除算し,その値を各群内の総平均値で乗算することである.最後に,マグニチュード推定値の分布をより正規分布に近づけるため11),常用対数変換を施したデータを解析に使用した.
各実験データに対して,3要因の混合分散分析(11種の刺激×2群×2性別)を実施し,事後検定としてボンフェローニ補正を適用した独立サンプルt検定を行った.また,反復測定分散分析における球形性の欠如を補正するため,Greenhouse-Geisser補正を適用した.本実験の特性上,参加者は異なる数値範囲を選ぶ可能性があるため,正規化後も素材間の評価値の相対的変化が重要となる.そのため,データに二次関数モデルをフィッティングし,得られた係数を群間で比較した.
5.結 果
図2aは各刺激に対する知覚した心地よさの強度の回答パターンを,図2bは知覚した柔らかさの強度の回答パターンを群ごとに示している.図2aにみられるように,心地よさの強度の回答パターンはASD群とTD群で異なっていた.両群ともに心地よさの強度は柔性値の上昇に伴って単調に増加したが,柔性値が約6.29 mm/N(対数値で0.80)付近で増加が飽和傾向を示した.しかし,ASD群ではTD群に比べて増加の程度が小さく,高い柔性値において心地よさの強度は統計学的に有意に低かった.この群間差は,当てはめられた二次関数における一次項の差として主に反映されていた(図2a).対照的に,知覚された柔らかさはASD群とTD群の双方において柔性値とともに単調増加し,きわめて類似したパターンを示した(図2b).
心地よさの強度に関する3要因の混合分散分析の結果,刺激〔F(1.8,122.8)=50.29,P<0.001,ηp2=0.43〕および群〔F(1,68)=35.61,P<0.001,ηp2=0.34〕の有意な主効果が認められた.さらに群と刺激の間に有意な交互作用が認められた〔F(1.8,122.8)=3.97,P=0.025,ηp2=0.06〕.各刺激に対して独立サンプルt検定を行い,Bonferroni法(11比較)による多重比較補正を適用したところ,3.16 mm/N(対数値で0.50)以上の柔性をもつ刺激において,TD群の推定値はASD群よりも有意に高かった(P bonf<0.05).一方,柔性の低い刺激ではそのような群間差は認められなかった.
知覚した柔らかさの強度に関する3要因の混合分散分析を実施したところ,刺激の主効果が有意であった〔F(1.9,132.1)=373.01,P<0.001,ηp2=0.85〕.しかし,群と性別の主効果,およびそれらの交互作用はいずれも有意ではなかった(P>0.1).
図2cは,先行研究16)で測定した70名の手と前腕(背面・腹面)の柔性の分布を示している.図2aと図2cの横軸はともに柔性の値を示しており,心地よさ強度に群間差が認められた柔性の範囲(*のついた範囲)と,体部位の柔性の分布の大部分が重複していた(柔性値0.65~0.9).
各個人のデータに当てはめた二次関数の一次項は,柔性の変化に対する心地よさの変化を反映し,群間差がみられた〔t(69.7)=2.34,P=0.022,g=0.55〕.さらに,この一次項は,Bonferroni法による多重比較補正後に,TD群においてはAASPの感覚回避のスコアとの有意な正の相関が,ASD群においては有意な負の相関がそれぞれみられた(TD群Spearman ρ=0.454,P bonf=0.03;ASD群Spearman ρ=-0.447,P bonf=0.04).
II.考察
今回得られた結果は,刺激への接触によって喚起された心地よさは柔性の値に応じて増加したが,その変化量はASDのほうがTDよりも有意に小さく,身体部位(前腕)の柔性値を含む高い柔性値をもつ刺激への接触において心地よさ強度に有意な違いがみられるというものであった.一方,知覚された柔らかさの強度は,両群において柔性値に対して単調増加を示し,群間で差は認められなかった.
この結果は,ASDの柔らかい刺激に対する非定型的な接触選好を示しており,TDに比べてASDでは触感に対する選好が人体の特徴に適応していない可能性を支持するものであった.AASPの感覚回避スコアとの相関もみられたことから,ASDの社会的接触回避の一端を説明する可能性がある.ASD成人におけるこのような非定型的な触覚選好は,仲間との積極的な触れ合いに対する報酬価を下げ,社会的コミュニケーションや交流への動機づけを低下させる可能性がある(社会的動機づけ仮説)8).この解釈は,触覚に対する非定型的な反応が,年齢に応じた社会的・自己調節行動における困難のリスク要因となりうるという考えとも一致する6)7).さらに,われわれのグループによる別の研究では,ASD成人はTD成人に比べて,社会的ネットワークの主要な構成員(パートナーや親など)からの接触に対する許容度が低いことが示されており,この知見もASDにおける社会的接触回避を支持している10).
心地よさとは対照的に,柔らかさ知覚のパターンはTD群とASD群の間で非常に類似していた.この結果は,感情的触覚の処理と比較して,TDとASDの間における触覚的柔らかさ知覚の差異が小さいことを示している.これは,粗さ/滑らかさや温かさといった他の知覚次元に関して一貫しない知見とも整合する13)22)27).したがって,ASDにおいては,感情処理に比べて識別的な質感知覚の非定型性は比較的少ない可能性がある.触覚的な柔らかさ知覚の神経基盤を検討した神経画像研究では,体性感覚皮質と島皮質中部の活動パターンに,柔らかさに関する情報が含まれていることが報告されている16)17).したがって,ASDにおいては,これらの領域における神経処理はTDと同様である一方,感情の処理に関連する領域において非定型的な処理が関与する可能性がある.
おわりに
本研究には,解釈上の問題点と今後の研究に向けた留意点がある.本研究結果は,ASDにおける柔らかい刺激への選好が低いことを示唆するものの,ASD者は強い圧迫を伴う触覚刺激を好む場合もある.実際,ASDの当事者であるGrandin, T. は他者から触れられることに嫌悪感を示す一方で,自身の過敏性を鎮めるための圧迫装置(いわゆる「ハグマシン」)を開発した12).したがって,触覚に対するASDの非定型的な情動反応は,物理的刺激の時空間的パターン(広がり,タイミングなど)などの要因にも依存する可能性がある.ただし,本研究ではこれらの要因を検証していない.そのため,ASDにおいて感情的にポジティブな反応を喚起する触覚刺激とそのメカニズムを明らかにするためには,今後さらなる研究が必要である.さらに,本研究の一部のASD参加者は,強迫症,うつ病,ADHDなどの他の精神疾患との併存歴を報告していた.これらの併存疾患の病歴や,それらを治療するために使用された薬剤が,本研究結果にどのような影響を与えた可能性があるかについても,今後検討する必要がある.
本論文はPCN誌に掲載された最新の研究論文20)を編集委員会の依頼により,著者の1人が日本語で書き改め,その意義と展望などにつき加筆したものである.
なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.
謝 辞 実験に参加頂いたすべての実験参加者ならびに,彼らの認知機能評価を実施いただいた高橋幸子氏に感謝いたします.
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