Advertisement第122回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第128巻第4号

先達に聴く
第121回日本精神神経学会学術総会
愛媛そして鹿児島で学び経験した精神医学・医療
佐野 輝
鹿児島大学稲盛アカデミー
精神神経学雑誌 128: 265-272, 2026
https://doi.org/10.57369/pnj.26-045
受付日:2025年10月27日
受理日:2025年11月14日

 1981年に愛媛大学医学部附属病院精神科神経科で研修を開始した頃,精神疾患では破瓜型や緊張型の統合失調症患者が多く,統合失調症をまず診ることができるようにと教育された.ヒステリー症例では,転換ヒステリー症例が多く,うつ病患者では抑制が強く昏迷状態に陥った患者を多く経験した.当時,脳神経内科がなかった愛媛大学では,われわれの病棟に筋萎縮性側索硬化症(ALS),脊髄小脳変性症,Parkinson病などの神経疾患の患者も多く,まさに精神科神経科の診療を行っていた.精神医学的には,古典的な病因論に基づく疾病分類は終わりを告げ,症候に重きをおきdisorder(障害)の概念で包括されるDSM-IIIやICD-10が実臨床の現場へと導入された1990年代から,疾病概念や疾病構造も変動が著しくなった.われわれ世代が慣れ親しんだ「神経症・ノイローゼ」や「ヒステリー」などの病名は国際疾病分類から消え,心因性の病態へも脳科学的理解が深まり,診断と治療に大きく影響を与えた.その後,移った鹿児島という保守的な地方においても遅ればせながら疾病構造は大きく変化し,精神科の診療対象も子どもの発達障害から高齢者の認知症,さらには睡眠医学や緩和医療と大いに幅が広がった.また,日本では,阪神・淡路大震災から始まった本格的な災害医療のなかでも,心のケアチームや災害派遣精神医療チーム(DPAT)の活動をはじめとする災害精神医療の重要性への認識が強くなった.医学教育のなかでは,主要な診療科目の1つとしての位置付けとともに臨床実習は3週間以上の義務づけがなされ,大学における精神科のステータスの改善を感じるものの教育負担の増加は著しくなった.精神医学の疾病構造は社会の変化とともに大きく変わり,また地域で大きく異なることを目の当たりにして,生物学的研究スタイルをとってきた著者には,精神疾患の病因研究の難しさを痛切に感じ,またすばらしい矛盾のなかを生きてきたことを改めて実感する.

索引用語:精神神経医学, 精神医学的疾病構造の時代的変遷と地域差, 災害精神医療, 医学教育・卒後研修での精神医学, 精神医療経済>

はじめに
 精神医学的疾病構造は社会の変化とともに大きく変わり,またその疾患概念や診断に関しても移ろいが著しい分野である.ここでは著者自身の時代的背景や経験した環境などを理解いただくことが必要と思われるため簡潔に記させていただく.著者は,1981年に神戸大学医学部を卒業し,脳神経系機能や疾病の物質論的解明に関する研究に携わる希望をもって柿本泰男教授率いる愛媛大学医学部神経精神医学教室に入局した.臨床研修においては,佐藤勝先生の生活臨床,小野従道先生のユング心理学,宮田明先生のフロイト精神分析,金澤彰先生の社会精神医学の薫陶を受けた.当時,愛媛県は「神経内科砂漠の地域」といわれ,神経内科専門医は大学内におらず,神経精神医学教室が精神科と同時に神経科としても機能していた.診療対象疾患は,精神疾患のほか,Parkinson病,筋萎縮性側索硬化症(amytrophic lateral sclerosis:ALS),脊髄小脳変性症などの神経疾患の患者も多かった.

I.基礎研究から臨床研究へ
 柿本教授からは,真摯で謙虚な研究姿勢を貫く「もの取りの神経化学」の手ほどきをいただき,新規の脳内ペプチドの発見・同定などを行った7).その後は米国ミシガン大学精神衛生研究所Radin, N. S. 教授のもとでのスフィンゴ脂質代謝の生化学的研究8)を経て,帰国後,愛媛大学で基礎研究から臨床とのかかわりをなんとか得られないかと悩んでいたところ,1例の自験例から始まった歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症の分子遺伝学的研究の全国グループの一員として参加し,遺伝子レベルの病因を解明する経験を得た4).この経験から遺伝負因の大きい精神神経学的疾患の病因解明と治療応用に分子遺伝学的アプローチが大きく貢献できる可能性を感じ,以後,分子遺伝学的研究の方向に舵を切った(図1).研究対象が遺伝子となっても流行にとらわれることがないよう気を配っていたが,セロトニントランスポーター遺伝子多型が従来いわれているようなS型とL型の2種の分類などではなく,少なくとも14種類の複雑な多型からなることを明らかにした.当時,国際的にも大いに流行した臨床病型や人格,不安などとの単純な比較が無意味であるとの警鐘を鳴らすことができ,今もって多数回引用される成果を得た(図25).診療や教育の業務も懸命に進めながら,分子遺伝学的研究を中心としたベンチワークを少人数のチームでこなし,フィールドワークとしての家系調査も精力的に行い,その結果,有棘赤血球舞踏病の病因遺伝子と病因変異を同定した仕事はNature Genetics誌に論文が掲載される12)など多くの国際的評価の高い成果を生み出した(図3).
 2002年に,鹿児島大学へ異動となったが,研究の方向性としては引き続き,臨床活動で臨床遺伝学的アプローチで研究対象となるシーズを発掘し,ベンチワークで病因となる病因遺伝子やその遺伝子変異を同定し,さらなる分子的病因を探り治療法の開発を行う方向を主軸として行ってきた.有棘赤血球舞踏病に関しては,20年にわたる基礎的研究から,最近,分子的機序としてフェロトーシスによる神経細胞死を起こしていることを明らかにし,この疾患の治療法の手がかりを得た6).統合失調症や躁うつ病の大家系調査を愛媛で行ってから30年後に鹿児島の研究室で病因遺伝子とその変異にやっと辿り着いたことも思い出深い経験となった(図413)14).また,良性成人型家族性ミオクローヌスてんかん(benign adult familial myoclonic epilepsy:BAFME)病因遺伝子の遺伝子座位まで決めながら,20年間変異を突き止められなかったが,共同研究を行っていた東京大学脳神経内科のグループには先を越されたものの,諦めずに粘り強く探究を続けることの重要性をあらためて感じさせられた1)

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II.災害に対する精神医学医療の進展
 上記のような分子レベルの研究を続けるなか,実地精神科診療にも継続的に携わってきた.その間に地震大国日本では阪神・淡路大震災に始まり,2024年の能登半島地震に至るまで全国的に大地震が頻発した.また地球温暖化の影響も大きく,昨今では地震に加えて局地的豪雨災害という新たな種類の災害も頻発するようになり,災害派遣精神医療チーム(Disaster Psychiatric Assistance Team:DPAT)をはじめ,これらの災害に対する組織的精神医学的対処の実践と方法論的改善もなされるようになった.このような災害精神医学的活動には著者自身も医療チームに加わったり,日本精神神経学会災害支援委員会長として各種シンポジウムを開催し将来計画を含めて検討してきた(図510).この四半世紀における日本の災害精神医学は国際的にみても突出して優れたものに成長している.

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III.卒前医学教育のなかでの精神医学
 卒前医学教育の基本骨格として「医学教育モデル・コア・カリキュラム(初版)」が発刊したのが2001年,改訂を4回重ねて現在,2022年改訂版が運用され,評価としては医療系大学間共用試験実施評価機構のComputer Based Testing(CBT)およびObjective Structured Clinical Examination(OSCE)とで行われる共用試験が実施されるようになった9).これらのなかでの精神医学の比重は重いものとなっている.国際的医学教育認証評価を行う日本医学教育評価機構が設立され,日本における国際標準化された医学教育が確立された.この機構の設立や医学教育の国際標準化には,全国医学部長病院長会議の後押しがあったが,構成員のなかには著者を含めて精神科の教授が何人もおり,その意見もあって,そのなかで精神科は内科,外科などと並んで7つの主要診療科の1つに数えられるようになった.3週間以上の臨床実習が求められるなど医学教育全体のなかでの精神医学の比重が従前に比し格段に重くなり,卒前教育の充実のための大学精神医学教室の負担は従前に比してもきわめて重くなった(図6).

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IV.初期臨床研修制度の確立と精神科
 2004年度より,『医師法』に基づいて臨床に携わる医師は,医師免許取得後,それぞれ大学病院などの研修指定病院にて内科,外科,救急(麻酔料含む),小児科,産婦人科,精神料,地域保健・医療の必修7分野について2年間の臨床研修を受け,医師として必要な基本的で最低限の技能を学ぶことが義務付けられた.この必修分野に精神科が加えられた背景には,日本精神神経学会の動きも重要な役割を果たした.2010年度からは,必修分野は内科と救急(麻酔科を含む),地域医療のみとし,精神科は選択必修の外科,麻酔科,小児科,産婦人科,精神料の4分野の1つとなったが,その後再び7分野すべてが必修となっている.

V.専門医制度
 他の医学分野に比し,専門医制度の整備が遅れていた精神科領域では,日本精神神経学会が主体となって作成にあたった精神科専門医(学会認定精神科専門医)制度が正式に発足したのが,2002年の学術総会でのことで,最初の認定試験が行われたのが2010年である.2018年からは,日本専門医機構のもとでの新たな専門医制度が取って代わるようになった.この制度下では,2年間の初期臨床研修を修了した研修医が19の基本領域のなかから1つのプログラムを専攻し,3年以上の養成期間を経て専門医資格を取得することとなり,精神科は19基本領域の1つに組み入れられた11)

VI.行政の動きのなかの精神疾患
 2013年度の第6次医療計画からは,精神疾患と在宅医療を加えた「5疾病・5事業及び在宅医療」の医療連携体制の構築が進められることになった.5疾病は,がん,脳卒中,急性心筋梗塞,糖尿病,精神疾患であり,5事業は救急医療,災害時医療,へき地医療,周産期医療,小児医療であったが,2024年度から始まった第8次医療計画では事業に「新興感染症発生・まん延時における医療」が加わり,5疾病・6事業となった2).ここでいう精神疾患は,統合失調症,うつ・躁うつ病,認知症,児童・思春期精神疾患,アルコール依存症,薬物依存症,ギャンブル等依存症,PTSD,高次脳機能障害,摂食障害,てんかんと広く捉えられ,対策の重要指標としても精神科救急,身体合併症,自殺対策,災害精神医療,医療観察法が挙げられるなど,時代の移り変わりとともに疾病内容が大きく変化する精神科特異性が強い側面にも柔軟に対応されており,法的な面からの対応も迅速に進めねばならない(図7).

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VII.診療報酬制度―DPCと精神科―
 閣議決定に基づき2003年度から,診断群分類包括評価(DPC)制度(DPC/PDPS)が特定機能病院を対象に導入された.DPCは,急性期入院医療を対象とする診断群分類に基づく1日あたり包括払い制度で,現在では5割を超える一般病床がDPCの対象病床となっている.いまだ一般病床とは区別される精神病床は対象外である.DPC診断群分類での主要診断群Major Diagonostic Categry(MDC)では,精神系のみでの独立群をもたなかったが,2008年度からMDC17をもって精神疾患を分類するようになった3).MDC17のなかの小分類群は,「症状性を含む器質性精神障害」「精神作用物質使用による精神及び行動の障害」「統合失調症,統合失調症型障害及び妄想性障害」「気分(感情)障害」「神経症性障害,ストレス関連障害及び身体表現性障害」「その他の精神及び行動の障害」(各々GAF 40以上,40未満に二分)の12診断群分類である.これらの分類に携わった厚生労働省MDC17班班員は,著者を含めて精神科七者懇談会医療経済問題委員会・DPC検討小委員会委員より選出され,DPCの精神病床への適用拡大への努力を行ってきたが,まだ日の目はみない(図8).

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おわりに
 40数年の著者の精神科医歴のなかでも,精神医学的疾病構造は社会の変化とともに大きく変わり,また同じ日本のなかでも地域で大きく異なることを目の当たりにした.分子遺伝学的手法の研究スタイルをとってきた著者には精神疾患の病因研究の難しさを痛切に感じ,またすばらしい矛盾のなかを生きてきたことを実感する今日この頃である.医学教育,診療,学会活動,管理運営にもかかわり,それぞれ大いなる変遷のなかで,それぞれの立場で奮闘し頑張っている多職種にわたる精神科仲間とおよそ仲良く,そして時には激しくぶつかりながら切磋琢磨して過ごすことができ,皆様に対し深く感謝する次第である.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) Ishiura, H., Doi, K., Mitsui, J., et al.: Expansions of intronic TTTCA and TTTTA repeats in benign adult familial myoclonic epilepsy. Nat Genet, 50 (4); 581-590, 2018
Medline

2) 厚生労働省: 疾病・事業及び在宅医療に係る医療体制について (令和5年3月31日) (https://www.mhlw.go.jp/content/001103126.pdf) (参照2026-02-04)

3) 松田晋哉: DPCの精神科への導入. 精神経誌, 111 (5); 560-566, 2009

4) Nagafuchi, S., Yanagisawa, H., Sato, K., et al.: Dentatorubral and pallidoluysian atrophy expansion of an unstable CAG trinucleotide on chromosome 12p. Nat Genet, 6 (1); 14-18, 1994
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5) Nakamura, M., Ueno, S., Sano, A., et al.: The human serotonin transporter gene linked polymorphism (5-HTTLPR) shows ten novel allelic variants. Mol Psychiatry, 5 (1); 32-38, 2000
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6) Nishizawa, Y., Sakimoto, H., Nagata, O., et al.: Chorein deficiency promotes ferroptosis. FEBS Open Bio, 15 (1); 58-68, 2025
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7) Sano, A., Kotani, K., Kakimoto, Y.: Isolation and identification of α-(γ-aminobutyryl)-hypusine. J Neurochem, 46 (4); 1046-1049, 1986
Medline

8) Sano, A., Radin, N. S., Johnson, L. L., et al.: The activator protein for glucosylceramide β-glucosidase from guinea pig liver. Improved isolation method and complete amino acid sequence. J Biol Chem, 263 (36); 19597-19601, 1988
Medline

9) 佐野 輝: 全国共用試験 (CBTとOSCE) について. 精神経誌, 111 (2); 163-164, 2009

10) 佐野 輝: 災害支援委員会から. 精神経誌, 120 (5); 359, 2018

11) 武田雅俊: 日本専門医機構のもとでの精神科専門医制度の概要. 精神経誌, 118 (5); 311-320, 2016

12) Ueno, S., Maruki, Y., Nakamura, M., et al.: The gene encoding a newly discovered protein, chorein, is mutated in chorea-acanthocytosis. Nat Genet, 28 (2); 121-122, 2001
Medline

13) Umehara, H., Nakamura, M., Nagai, M., et al.: Positional cloning and comprehensive mutation analysis of a Japanese family with lithium-responsive bipolar disorder identifies a novel DOCK5 mutation. J Hum Genet, 66 (3); 243-249, 2021
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14) Yokotsuka-Ishida, S., Nakamura, M., Tomiyasu, Y., et al.: Positional cloning and comprehensive mutation analysis identified a novel KDM2B mutation in a Japanese family with minor malformations, intellectual disability, and schizophrenia. J Hum Genet, 66 (6); 597-606, 2021
Medline

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