本稿は,第120回日本精神神経学会学術総会・会長を務めた著者が,総会テーマ,「真に役立つ精神医学」をふまえて行った会長講演の記録である.著者は,自らの医療・保健活動と臨床研究の取り組みのなかから,1)自殺予防医療の確立と,2)大学キャンパスにおけるメンタルヘルス支援を取り上げ提示した.前者については,かねて,一般救急に搬送された自殺企図患者に対する自殺再企図防止のための介入方略は未確立であったところを,著者らの予備的研究を経て,厚生労働科学研究費補助金事業・戦略研究が実施され(ACTION-J研究),アサーティヴ・ケースマネジメント介入プログラムの自殺再企図防止効果が検証され当該プログラムは診療報酬項目化され実装された.後者については,生徒・学生のメンタルヘルス問題と自殺問題が深刻化するなか,著者は,学生,および医療者を含む教職員をも対象にした大学保健管理・メンタルヘルス支援システムを2大学において構築し,両大学を,最もメンタルヘルス相談対応が可能な大学へと改革した.私たち精神科医は,患者や当事者の誰もが真に役立つケアや治療を受けることができるように精神保健方略を開発,整備しなければならず,それを実装するための戦略が求められる.社会には,精神医学の力を必要とする現場が数多存在している.
札幌医科大学医学部神経精神医学講座
https://doi.org/10.57369/pnj.26-033
受付日:2025年5月3日
受理日:2025年9月29日
はじめに
本稿は,第120回日本精神神経学会学術総会における著者の会長講演の内容を簡略化し,記録としてまとめたものである.著者は,学術総会テーマである,「真に役立つ精神医学」を念頭に,自身の臨床と研究活動のなかから,1)自殺予防医療の確立と,2)大学キャンパスにおけるメンタルヘルス支援とそのシステム化について紹介した.いずれの対象も,それぞれの人生の岐路に立ち苦悩する方々である.
I.科学的根拠を有する自殺予防医療の確立
1.自殺企図患者の自殺再企図防止のための介入方略の開発
日本はかねて高自殺率国であり,1998年の歴史的自殺激増後の自殺者数高止まりのなか,2006年に『自殺対策基本法』が成立し,2007年には「自殺総合対策大綱」が閣議決定された.そのような状況下の2005年,厚生労働省は「国民保健上の重要課題」に対して,「科学的根拠に基づく医療を実践するために必要なエビデンスを創設する臨床研究」を実施させ,研究の成果を施策化し問題解決を図ることを目的に,厚生労働科学研究費補助金事業「戦略研究」を立ち上げた.そして,戦略研究特別研究班(黒川清班長)は,初年度の戦略研究課題を「糖尿病」と「自殺問題」に定めた2).
当時,横浜市立大学医学部精神医学講座に所属していた著者は,2002年度から同僚とともに自殺未遂者に対するケースマネジメント介入モデルを開発,実践していた.これは,救命救急センターに搬送され救命された自殺未遂者全例に対してアサーティヴにかかわり,心理的危機介入を行い,精神疾患罹患から自殺企図に至ったプロセスを含む,患者の心理社会的状況を詳細に聴き取り,情報収集を行い,これに基づいて精確な精神医学診断と見立てを行うものである.そして,患者に心理教育を実施し,そこから精神科治療の枠組みを起動(あるいは再起動)させ,そして精神保健福祉士との協働により生活問題の解決アプローチを図り地域ケアにつなげるというものであった.
この介入モデルの発想の元となったのは,著者が長年勤務した精神科病院での臨床経験であった.常勤だった当時の当該病院の急性期病棟は,いわゆる困難事例の入院が多く,患者の複合的な心理社会的要因に最大限,かつ迅速に取り組むべく,病棟担当の精神保健福祉士や担当看護師,担当作業療法士と退院後の生活支援を見据えた病棟患者のケア方針について綿密に話し合いを重ね,節目の面談や重要他者との面談にも必ず同席してもらい治療を進めた.慢性期開放病棟担当医だった当時は,日中,思い思いの生活をしている患者たちを見るにつけ,患者の居場所が病院である必要はないと思い,全担当患者に退院希望の有無を確認したうえで,希望者全員の退院を試みた.急性期,慢性期両病棟での多職種協働による緻密なケースマネジメント,そしてありとあらゆる工夫を繰り出す精神保健福祉士の活躍により著者らは多くの課題を乗り越えていくことができた.著者は,長期入院後に退院した患者の自宅訪問を,札幌転勤まで十数年間続けたが,これらの経験を通して,著者は良質な精神保健福祉モデルの価値を知り,患者と医療者が諦めることなく問題解決アプローチを検討するならば,ほとんどの問題に対処し得ることを確信したのである.
2.自殺対策のための戦略研究・ACTION-J研究
上述した「戦略研究」事業は自殺対策を研究課題とし,その後,未遂者対策をサブ研究課題とすることとなった.ほどなくして未遂者への介入の実践に取り組む著者らのところに視察やヒアリングがあり,著者らが研究計画書原案を作成し,研究班事務局を担当することとなった.著者は,著者らが開発した介入モデルに手応えを感じていたこともあって,これを元に原案を策定し,これに生物統計家などの支援による改訂が加えられ研究計画書初版が作成された.当該研究の目的を,「アサーティヴ・ケースマネジメント介入プログラムの自殺再企図防止効果を,多施設共同無作為化比較試験により検証」することとし,「自殺企図の再発防止に対する複合的ケース・マネージメントの効果:多施設共同による無作為化比較研究(A Randomized Controlled Multicenter Trial of Post-Suicide Attempt Case Management for the Prevention of Further Attempts in Japan)」,通称,「ACTION-J研究」が開始された(表1, 表2).この臨床試験は全国17病院で実施され,914名の自殺未遂患者が研究参加に同意し登録された.そして,結果として,アサーティヴ・ケースマネジメント介入プログラムが自殺未遂者の自殺再企図を抑止しうることが検証され1),さらに二次解析が進められた結果,この介入プログラムの有効性のエビデンスがさらに補強されるところとなった7)8).
3.ACTION-J研究の成果とその実装
ACTION-J研究は,適切な臨床研究デザインに則り実施された,自殺未遂者が対象のわが国初の大規模な多施設共同無作為化比較試験であり,一定の成果も収めるところとなったことから,厚生労働省はその成果の実装化を進めた.まず2015年より,厚生労働事業「自殺未遂者再企図防止事業」を立ち上げ,全国10病院において,ACTION-J研究のアサーティヴ・ケースマネジメント介入プログラムの忠実な実践が試行された.2016年度には,当該介入プログラムが,新規診療報酬算定項目,「救急患者精神科継続支援料」として実装された(表3)10).そこには,「適切な研修」の受講が必須化されているが,医療者は算定に際して,ACTION-J研究のアサーティヴ・ケースマネジメント介入プログラムを臨床現場で忠実に履行されることを目的に開発された教育研修プログラムを受講しなければならない.プログラムは,ACTION-J研究のロジスティックを担当した国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所・山田光彦部長(当時)以下,ACTION-J研究研究班が協力して開発されたもので3),2018年度からは,一般社団法人日本自殺予防学会が教育研修を事業化し,対面・オンライン研修会を定期開催・運営している.
II.大学キャンパスにおけるメンタルヘルス支援
1.大学キャンパスのメンタルヘルスに関する課題
かねて大学キャンパスではメンタルヘルス不調者案件が増大しており,COVID-19問題のこともふまえると,現代の大学保健管理の要諦は「メンタルヘルス対策」と「感染症対策」だと考えられているが,対策を担う大学保健管理センターは,歴史的にみると,『国立学校設置法』と「文部省令」に則り国立大学において整備されてきたという経緯があり,一般に,公立大学や私立大学ではその整備が遅滞している.また,法人化後の国公立大学においては,法人職員となった教職員の健康管理が課題とされているが,大学保健管理センターのほとんどは,業務の対象を学生に特化したままであり,教職員に対応できていない.医系学部や附属病院を抱える大学はメンタルヘルス管理・支援に秀でているかといえば然にあらず,何か大きなインシデントでも発生しない限りは,大学当局も教職員も,メンタルヘルス管理・支援体制の充実について深く考えることはないように思えるが,それは2大学で保健管理センター改革に従事してきた著者の実感である5)6)9).
2.産業精神保健へのかかわりと大学キャンパスにおけるメンタルヘルス問題への対応
著者は,医師5年目,横浜市立大学医学部精神医学講座に所属していた折に,ある企業研究所の嘱託精神科医を託され,メンタルヘルス不調社員の支援業務に従事した.当時,すでに職場のメンタルヘルス問題は1つの社会問題と認識されていたが,著者は現場に接して,多くの人が1日の大半を過ごし生活の糧を得ている職場において,量的にも質的にもかなりのメンタルヘルス問題が存在することを知り,産業精神保健が精神医学における重要領域の1つであるとすぐに理解した.著者は漸次,さらに複数の企業にかかわり,横浜市の健康管理医を務めた.2007年に,著者と同僚が関与する横浜の企業・団体を中心に,産業メンタルヘルス支援ネットワークを立ち上げ,2008年には横浜市立大学附属病院精神科にリワーク・デイケアを立ち上げるなどして,さまざまな立場から産業精神保健業務に従事してきた9).
横浜市立大学において教員生活が長くなると,知人が増え,役職も付き,徐々に学生・教職員のメンタルヘルス不調の相談応需が増加していった.それらの対応は,いわば外来初診患者への対応と等しい質・量となるため生易しいことではなく,本来,大学組織にはこれらの案件に対応する専従のスタッフや部門が必要と考えるに至った.
そのような折,学内できわめて深刻なメンタルヘルス事故が立て続けに生じた.当時,著者は非常勤の保健管理センター長となっていたが,大学法人理事長から直接,「保健管理センターを拠点とした学内のメンタルヘルス管理・支援の強化」を依頼された.著者としては引くに引けない状況であったが,当時の横浜市立大学は,看護師1名の救護室のようなものを保健管理センターとして運営しており,到底改革拠点などになりうる代物ではなかった.そこで,保健管理センターにあるべき形の人員配置をして,機構上の位置づけも明確化することを約束してもらい依頼を引き受けることとした.ちょうど,大学では中期計画更新の時期であり,最終的に,「学生のメンタルヘルス支援」と「教職員のメンタルヘルス支援」が新中期計画に盛り込まれた.
3.大学保健管理センター改革
1)体制整備
早速,大学当局に保健師と心理士のセンターへの常勤配置を要求し,横浜市立大学には保健師が配置されていなかったため,大学から横浜市への依頼により,課長級保健師が出向してきた.心理士は,著者自ら公募要項を作成,選考面接を行い3名が常勤採用をされた.保健管理センター長の職位は専従の医学部教授職と定められ,公募・選考を経て著者が新保健管理センター・初代教授/センター長となった.
著者は新保健管理センターのアジェンダを策定し(表4),さまざまな機会にこれを発信した.以降,大学は『学校保健安全法』と『労働安全衛生法』,そして『自殺対策基本法』の法規などに則り,学生と教職員双方のメンタルヘルス管理・支援に携わることを宣言し,併せて,学生支援の主たるプレイヤーは学務・教務担当者であり,教職員の健康管理の主たるプレイヤーは人事・労務担当者であることを基本とし,そのうえで,「学生・教職員の健康不調にセンター所属の保健・医療専門職が出動」というスキームを提示した9).これにより各セクターの役割を明示し,さらに,学生・教職員のメンタルヘルス不調対応はあらゆる人の務めであり,そのためのプライマリケアの知識が必要であることも強調した.
一方,センターは,「縁あって同じキャンパスで学び,仕事をしている学生と教職員をとことんまで助ける」ことをポリシーとし,在籍可能年限が定められている以上,その期限内は惜しむことなく支援をつぎ込むこと,そして,適切,かつ標準的な精神保健的支援を動員するならば,必ず期限内に各当事者や組織の課題は克服できるものと,著者はそれまでの産業精神保健活動から確信していた.著者は,アジェンダ達成のために,保健師と協働して精力的に規定策定・改訂を起案し,最終的に,センターには常勤精神科医1名,常勤保健師1名,常勤看護師1名,常勤臨床心理士3名(後に非常勤臨床心理士1名増員),非常勤事務担当者1名を擁する体制となった.さらに,2つの附属病院キャンパスに健康管理室を整備した9).
2)教職員の支援の実際
横浜市立大学において,保健管理センターが公に教職員に対応することになったのははじめてであったが,そこは,著者が長年関与してきた企業での活動経験を援用しつつ,附属病院を擁する大学の特色に合わせてシステムを整備した(企業では,すべてのシステムが合目的的に組まれており,『労働安全衛生法』や厚生労働省の各種通達に則り,メリハリの利いた運用がなされている).
著者は,すでにさまざまな現場で自殺対策に従事していたこともあり,自殺のリスク・アセスメントを実践する精神科医として積極的に学生・教職員との面談や多職種連携,多部門間の調整業務に従事したが,最も注力したのは,著者が理想とする教職員のメンタルヘルス管理と支援システムを構築し固めることであった.端的にいえば,上長は不調者に対してプライマリケアを実践し,産業保健の専門職は,長期休暇入りや復帰プロセスにおいて節目ごとにきちんとアセスメントと支援のプランニングを行うことであった.私たちは,病棟でも外来でも,毎日,アセスメントとプランニングを繰り返しているが,一方で,同じく精神疾患に罹患した勤労者は,本来支援が必要な場面でも放置されてしまう.「精神科主治医がいるではないか」と言う人がいるかもしれないが,多くの場合,主治医はその勤労者の職場での様子を知らず,患者が職場でどのように不調となり,復職に際して何が課題なのか,あまり理解していないというのが著者の見解である4).一般に,主治医は職場に積極的に関与しようとせず,職場は主治医に任せきりで,主治医から復帰可能と記した診断書の提供を受けてからやおら対応を開始するという有様で両者は分断されている.そして,形式的な復帰審査からならし勤務,復職までほぼ自動的に進んでいってしまい,職員によってはほどなく再び不調となり再休職に至るが,それは要所要所でのアセスメントがなされていないことが大きな要因であり,再燃・再発・再休職になるかならないかは運次第ともいえる.
保健管理センターや企業,団体において,著者は以下の段取りで不調職員に対応する.すなわち,a)精神医学的評価と不調に至った要因の聴取(不調職員の主観を聴取),b)不調職員の所属部署からの情報収集と不調に至った要因に関する職場側の見解の聴取,c)不調職員との定期面接による定期評価,受療内容の確認とセカンド・オピニオンの提供,そして,d)不調要因の解決のための支援を行う.これを,主治医による診療と並行して行う.著者は著者で不調職員の状況を把握し,不調職員と職場,主治医らの間のギャップを埋めながら不調職員の回復と課題解決,そして職場復帰を支援する.上述したように,ならし勤務開始前後,ならし勤務の各段階の前後,職場復帰可否判断や制限勤務の各段階,そして制限勤務解除の前後などのアセスメントは念入りに行う.休復職者への対応プロセスの概要を図示した(図1)9).なお,不調学生の休学・復学に際しても,ほとんど同じコンセプトとプロセスにより支援を実施した.
3)メンタルヘルス支援の普及とニーズの掘り起こし
(1)周知・広報
大学キャンパスにはメンタルヘルス不調者が潜在しているはずで,新保健管理センターの役割と機能の周知に注力した.専用ウェブサイトの刷新,情報リーフレットの作成,そして各種ノベルティ・グッズの作成など工夫を凝らし,学事,父兄行事などの機会を活用した.新入生や入職者には,「社会では人に相談できる人のほうが高く評価される」と伝え,相談することや援助希求の大切さを強調した.
(2)教育研修
当時の大学では,大手企業で普通に行われていた管理職対象のメンタルヘルス研修はまだ一般的ではなかったが,総務課と協議のうえ,保健管理センターが主体となり実施した.目的は,メンタルヘルス・リテラシーに関する啓発と保健管理センターの活用促進で,研修内容は,a)新保健管理センターの役割・機能,b)職場のメンタルヘルスの実情と国の施策,c)管理職に求められるメンタルヘルス管理と支援,そして,d)保健管理センターの活用法の教示と事例提示であった.受講者には,「見立て・診断は心理臨床系の専門職が行うことであり,安易な決めつけはすべきではない」と強調し,プライマリケアの重要性を説き,課題解決に至った複数の事例を提示することで保健管理センター活用のメリットを教示した.なお,教員向けの研修会においては,「管理職」を「教員」に,「復職」を「休学」に置き換えて同じように実施した.
(3)諸部門との連携
不調学生の掘り起こしと学務系部門との連携推進のために,学務課各部門職員とのミーティングを毎月定例開催した.複数のキャンパスから,学生支援係,教務係,国際学務,キャリア支援などの部門係長が集合し,不調学生案件を報告し,その場でそれ以後の対応を検討した.
ちなみに,学務課も総務課も,不調者案件の重要な節目の面接や,家族との面接に際しては当事者兼支援者として必ず同席してもらい,頻回に打ち合わせを行った.
4)メンタルヘルス・スクリーニング
潜在するメンタルヘルス不調者の早期発見・早期介入のために,メンタルヘルス・スクリーニングを定期健診に組み込んだ.スクリーニングに用いた尺度は,SF-8,PHQ-2,およびBDI-IIの自殺念慮項目であり,2次スクリーニングの一部にPHQ-9を用いた.諸大学で汎用されている大学精神保健調査票(UPI)は,日本でのみ使用されているもので,その有用性は限定的と考え採用しなかった.スクリーニング陽性者には,2次スクリーニングのための面談を勧奨した.結果的に,陽性者のうち職員は約7割,学生は約5割が面談に訪れ2次スクリーニングを実施し得た.BDI-IIで自殺念慮が覚知された場合には,原則1週間以内に回答者本人に危機介入面談を行った.
スクリーニングの結果は,学長や学部長,病院長などに説明し,職場部署に陽性者が集簇していた際には当該部署の管理者のヒアリングを行い,必要に応じて問題解決を図った.
5)改革の成果
これらの改革を行った結果,2013年度の保健管理センターにおけるメンタルヘルス相談対応数は,約8,800名(当時)の全キャンパス人口において,のべ2,400件あまりに増大し,医学系キャンパスにおける医療従事者・医学部学生・看護学部学生からの相談は実人数416名,のべ1,392回に上った.これは,著者と他のセンター職員たちにとって会心の成果となった9).この数値の大きさに驚かれることがあるが,著者からすれば,a)そもそもそれだけのニーズもあり,b)著者らによる徹底的,かつ緻密なシステムの作り込みがなされ,c)新規採用,あるいは出向した優秀な心理士,保健師と著者との協働による個別性を重視した職員対応がなされ,d)成功事例の口伝が広まったことによるものと思われる.なお,「縁あって同じ法人で学び,働く仲間を私たちはとことん助ける」のポリシーを,著者らは常に口にし,明言していた.
キャンパス内で発生を確認した自殺関連行動は,改革前後で後に著明に減少したが,もとより大きな数ではないので統計学的な意味付けはできない.
4.2度目の大学保健管理センター改革
著者が横浜市立大学から札幌医科大学に転職した2015年1月当時,学生,教職員(附属病院スタッフを含む)合わせて約3,800名を超える大学キャンパスにおいて,保健管理センター職員は非常勤看護師1名のみで,著者にとってはデジャヴュであった.
このような大学の状況に危機感をもった著者に対して,当時の某幹部教授が,「札幌医大の学生はメンタルが強いですから」と真顔で言ったという,笑うに笑えないエピソードもあったが,すぐに著者は,自主的にメンタルヘルス支援,相談対応をすべく学事のたびに自身のメールアドレスを公開し,相談対応を保障した.案の定,漸次,相談を希望する医学部学生が現れ,看護師・助産師・保健師,理学療法士,および作業療法士を養成する学部からも,メンタルヘルスにかかる深刻案件への対応に助言を求められるようになった.また,医学部他講座の主任教授たちからも困りごとについて助言を求められるようになった.もちろん,著者は,さまざまな機会を捉えて,大学保健管理体制の整備の必要性を繰り返し主張した.
やがて,大学法人のリスク管理にかかる相談事も持ち込まれるようになり,著者の考えに理解を示した理事長が,2017年度に公に保健管理センター整備を明言し,はじめて専従の保健師の雇用が実現した.2019年度からは,これも著者の主張が受け容れられ,保健管理センターが,学生のみならず教職員の健康管理を担うべく機構が改正された.そして,新型コロナウイルス感染拡大下で2020年度から保健師が暫定的に1名増員となり,7月には,非常勤ながら,週5日勤務の心理士が配置された.2025年4月時点で,本学保健管理センターには,常勤保健師2名,常勤心理士1名(ただし神経精神医学講座から出向),週5日勤務の非常勤看護師1名が配置されている.センター長1名(医学部教授),副センター長2名(医学部教授,保健医療学部教授)は兼務である.
しばらく副センター長を務めていた著者は,やむにやまれず2022年度よりセンター長に就任した.本学では,学生・教職員のメンタルヘルス管理・支援は大学中期計画に位置付けられているわけではなく,そもそも改革前の状況が状況だっただけに,率直に言って苦闘続きである.それでも,2025年3月時点で,メンタルヘルス相談対応件数は図2にあるように飛躍的に増大した.現在,本学は,「最も相談することのできる全国屈指の大学」になったと考えているが,札幌医科大学では,保健管理センター長は任期2年で2期までと定められており,2期4年センター長を務めた著者の任期が現規程通り終了となり一学校医に戻るのか,果たして何らかの措置により延長されるのかどうか,現時点では不明である.
おわりに
重要な臨床課題に対して精神医学がいかに対応しうるかということで,2つのケース・スタディを提示した.前者は言うまでもなく当事者は生きるか死ぬかという極限の状況にあり,後者の場合も,当事者は,メンタルヘルス不調により学業の中断や離職を余儀なくされてしまうことで人生が大きく屈曲,ないしは変転してしまう可能性が高い.
私たちは,患者や当事者の誰もが真に役立つケアや治療を受けることができるような精神保健方略を開発,整備しなければならず,それを実装していくための戦略も必要である.そのためには,常に課題意識をもちながら臨床研究を進めていく必要がある.社会には,精神医学の力を必要とする課題が数多存在している.
利益相反
本論文に関連する利益相反はないが,日本精神神経学会役員規定により,ヴィアトリス製薬合同会社から講演料を得ていることを開示する.
1) Kawanishi, C., Aruga, T., Ishizuka, N., et al.: Assertive case management versus enhanced usual care for people with mental health problems who had attempted suicide and were admitted to hospital emergency departments in Japan (ACTION-J): a multicentre, randomised controlled trial. Lancet Psychiatry, 1 (3); 193-201, 2014![]()
2) 河西千秋: 平成の自殺対策と令和以降の展望. 臨床精神医学, 49 (2); 157-164, 2020
3) Kawashima, Y., Yonemoto, N., Kawanishi, C., et al.: Two-day assertive-case-management educational program for medical personnel to prevent suicide attempts: a multicenter pre-post observational study. Psychiatry Clin Neurosci, 74 (6); 362-370, 2020![]()
4) 河西千秋: 医療従事者のメンタルヘルス管理と支援のありかた. 患者安全推進ジャーナル, 61; 10-18, 2020
5) 河西千秋: 医療安全とポストヴェンション―医療事故としての自殺と事故後のスタッフ・ケア―. 精神科治療学, 36 (9); 1027-1034, 2021
6) 河西千秋: 働く人の自殺問題―正面から語られてこなかったこと―. こころの科学, 225; 64-70, 2022
7) 河西千秋, 成田賢治, 米本直裕: 自殺対策・自殺未遂者対応 大規模臨床試験・ACTION-J研究のその後: 介入プログラムの社会実装と研究データの二次解析による成果. 救急医学, 47 (8); 872-882, 2023
8) 河西千秋: スローガンから自殺予防医療へ―自殺未遂者への迅速介入と自殺再企図防止のためのアサーティヴ・ケースマネジメント介入―. 精神科救急, 27; 96-101, 2024
9) 河西千秋: キャンパスのメンタルヘルス支援体制の構築―そのアジェンダと戦略―. 大学のメンタルヘルス, 8; 13-18, 2024
10) 日本自殺予防学会監: HOPEガイドブック―救急医療から地域へとつなげる自殺未遂者支援のエッセンス―. へるす出版, 東京, 2018











