うつ病は深刻な健康問題であり,心理社会的ストレスがその発症に寄与するといわれている.しかし,慢性的なストレス環境下でもうつ病になる人とならない人がいるように,ストレス適応には個人差が存在するが,そのメカニズムは不明である.うつ病の病態メカニズム解析については,これまで慢性的な心理社会的ストレスを負荷した動物モデルが用いられてきた.動物もヒトと同様,同じようなストレス環境下でも行動異常を示す個体(感受性)と示さない個体(レジリエンス)がいる.しかし,このようなストレス適応の個体差に注目した基礎的研究はまだ少ない.われわれはストレス適応の異なる2種類のマウス系統を用いて,心理社会的ストレス適応に必須の脳部位を探索し,前帯状皮質(ACC)を同定した.また,うつ病患者を対象としたACCにおける遺伝子発現データと動物モデルのデータとを照合するトランスレーショナルな視点を取り入れることで,ヒトとマウスに共通のストレス適応にかかわる分子として転写因子Fosを同定した.さらに,fos遺伝子の発現制御にかかわる新たな分子経路の同定に成功し,人為的にストレス感受性とレジリエンスを制御する技術を開発した.以上の成果はScience Advances誌に報告し,このたび,日本精神神経学会の精神医学奨励賞をいただいた.
https://doi.org/10.57369/pnj.25-055
受付日:2024年10月26日
受理日:2025年1月8日
はじめに
うつ病は遺伝的要因と環境的要因の複雑な相互作用により発症すると考えられており,特に慢性的なストレスへの適応の成否が発症において重要となる3)7)10)12)16)18)19).ヒトでもマウスでもストレスへの反応性には個体差があるが,その分子メカニズムは不明である.われわれは,動物実験において,慢性ストレスに対する行動反応の系統差を利用することで遺伝・環境相互作用がどのようにレジリエンスと感受性の構築にかかわるのかを明らかにすることができると考えた.本研究9)では反応性の異なる2系統のマウス,すなわちストレスレジリエンスを示すC57BL/6 J(B6)マウスとストレス感受性を示すBALB/c(BALB)マウス5)17)20)を用いて,心理社会的ストレスへの適応メカニズムの解明を試みた.本稿では,心理社会的ストレスによる行動変容の個体差構築にかかわる脳内分子メカニズムの解析結果について概説したい.本研究は,慢性的なストレスへの適応に影響を与える細胞内シグナル伝達経路について解明したものであり,うつ病の病態メカニズムの理解と臨床応用への可能性が期待される.
なお,すべての動物に関する研究および実験手順は,京都大学の動物実験倫理委員会の承認を得て実施した.
I.ストレスモデルの確立
現在,最もポピュラーなストレス課題として,慢性社会的敗北ストレス(chronic social defeat stress:CSDS)2)11)が挙げられる.CSDSは図1のように,攻撃性の高い雄のCD1マウスのいるケージの中に,テストマウスを10分間入れる.CD1マウスはテストマウスに噛みつくなどの攻撃を行い,テストマウスにとっては肉体的ストレスとなる.10分間のストレス終了後,細かい穴の開いた透明なプラスチック板を介して2匹を1日同居させ,視覚と嗅覚などによる心理的ストレスを負荷する.この操作を10日間繰り返し,その後に社交性試験(social interaction test:SIT)とスクロース嗜好性試験(sucrose preference test:SPT)を用いてマウスの行動を評価する.SITは社交性を評価するもので,ゲージに初めて接触するCD1マウスを入れておき,その周囲の社交エリアにテストマウスが滞在した時間を社交時間として計測する.通常,マウスは相手マウスに対して興味をもち近くに寄るが,うつモデルマウスの社交時間は減少する.SPTは,水とスクロース水のうちどちらをより好むかを評価するもので,うつモデルマウスではスクロース水への好みが減り,ヒトでいうアンヘドニアに相当すると考えられている.これらは抗うつ薬の慢性投与によって回復することが知られているなど,この実験パラダイムはうつ病の動物モデルとして妥当性があると評価され,広く用いられている15).
一方,われわれは遺伝・環境相互作用の観点からのストレスモデルを確立するため,CSDSよりも軽微な亜慢性社会的敗北ストレス(subchronic and mild social defeat stress:smSDS)を用いた.smSDSの手順は基本的にCSDSと同様であるが,CD1マウスとの接触時間を10分から5分に,日数を10日間から5日間に短縮する17).
B6マウス,BALBマウスそれぞれにsmSDSを5日間負荷し,SITとSPTを行った.その結果,B6マウスではsmSDS後も社交時間とスクロース嗜好性ともに低下しなかったのに対し,BALBマウスではストレスを与えなかったnon-stress(NS)群に比べて社交時間もスクロース嗜好性も有意に低下した(図2a).これらの結果から,これまでの先行研究4)17)20)通り,B6マウスはレジリエンスモデル,BALBマウスはストレス感受性モデルとしての妥当性を確認した.
II.ストレス適応にかかわる脳領域の探索
B6・BALBマウスにsmSDSを負荷し,脳を摘出して神経活動マーカーであるFos発現をc-Fos抗体を用いた免疫染色により脳領域18部位において定量した.その結果,ストレス感受性モデルのBALBマウスでは多くの部位においてFos発現の有意な低下がみられ,特に前帯状皮質(anterior cingulate cortex:ACC)を含む前頭前野領域で顕著であった(図2b).一方でレジリエンスモデルであるB6マウスのACCではFos発現,の低下は認められず,ACCにおけるFos発現,つまり神経活動の差がストレス感受性・レジリエンスに関与している可能性が示唆された(図2c).
III.ストレス適応にかかわる分子の同定
ストレス適応に対するACCの役割を詳細に調べるため,ストレス感受性のBALBマウスACCにおける発現変動遺伝子群をRNA-seqにより網羅的に検証した.その結果,290の発現変動遺伝子群が得られた.さらに既報のうつ病患者死後脳のACCにおけるRNA-seqデータ1)と照合し,ヒトとマウスに共通して発現が低下していた遺伝子を7つ抽出した.定量的リアルタイムPCRによるvalidation実験を行い,最終的にACC内におけるヒトとマウスに共通するうつ関連候補分子としてFosを抽出した.
そこで,ACCにおけるFosの機能を調べるため,ゲノム編集技術を用いてACCグルタミン酸作動性神経細胞に選択的にFosの遺伝子ノックダウンを行った(図3).Camk2aプロモーター制御下でStaphylococcus aureus Cas9(SaCas9)とc-fos(sgFos)を標的とするシングルガイドRNA(sgRNA)を共発現するアデノ随伴ウイルス(adeno-associated virus:AAV)をストレスレジリエンスを示すB6マウスのACCに注入した.smSDSを負荷したところ,本来ならストレスレジリエンスを示すB6マウスの社交性が有意に低下し,感受性が亢進した.一方,スクロース嗜好性には影響がなかった.この結果から,Fosがストレス負荷後の社交性制御に重要な役割を有していることが示唆された.
IV.ACC神経細胞の活性制御によるストレス適応の操作
ストレス感受性モデルであるBALBマウスではACCにおけるFos発現の有意な低下(興奮性の低下)を認めたことから,ACC神経細胞の活動性を高めることでレジリエンスを促せるのではないかと考えた.そこで薬理遺伝学ツールであるdesigner receptors exclusively activated by designer drugs(DREADDs)を用いてACCグルタミン酸作動性神経細胞を活性化させた.具体的にはBALBマウスのACCにCamk2aプロモーター制御下でhM3Dqを発現するAAVベクターを投与し,その後,5日間clozapine N-oxide(CNO)を投与することによってGq-GPCR経路でACCグルタミン酸作動性神経細胞を活性化させ,行動評価を行った.その結果,予想に反して社交性が有意に低下した(スクロース嗜好性には影響なし).次に神経細胞の活動を抑制した場合についても検証した.遺伝的背景がB6であるvGlut-CreマウスのACCに,Cre依存的にhM4Diを発現するAAVベクターを投与し,その後smSDSを与える30分前にCNOを投与することによってACCグルタミン酸作動性神経細胞のストレスによる活性化を抑制した.この操作を5日間反復させたところ先ほどと同様,社交性の低下を認めた(スクロース嗜好性には影響なし).つまり,ACCの神経細胞を活性化させても抑制しても社交性が低下するといった奇妙な結果を得た.
hM3DqはGq-GPCRシグナルを活性化することで小胞体からのCa2+放出を促進する一方,hM4DiはGi-GPCRシグナルを刺激することでcAMPシグナルを抑制する.つまり,人為的に神経細胞の活性化・抑制を行っていたものの,細胞内シグナルの視点でみると異なるシグナル経路の操作を行っていたことに気付きを得た.
そこで,cAMPシグナルの活性化とGq-GPCRによるCa2+シグナルの抑制を試みた.DREADDsを用いてACC神経細胞のcAMPシグナルを活性化させた場合にはストレス感受性モデルであるBALBマウスにおいて社交性の低下が認められず,レジリエンスマウスの表現型を示した.Gq-GPCRによるCa2+シグナルの抑制については,Gq-GPCRシグナルを減少させるツールとして開発されたiβARKペプチド13)を入手し,Gq-GPCRシグナルを阻害したマウスを作製してストレス適応を評価した.その結果,iβARK発現マウスはsmSDS負荷後に社交性の低下を認めず,レジリエンスマウスの表現型を示した(スクロース嗜好性には影響なし).
以上の4種類の実験と結果を表にまとめる(図4).Gq-GPCRを介するCa2+シグナルが活性化するとストレス感受性に,抑制するとストレスレジリエンスにつながる可能性が,そしてcAMPシグナルが活性化するとストレスレジリエンスに,抑制するとストレス感受性につながる可能性が示唆された.2つのシグナルは,ストレスによる社交性障害に関して逆の作用をもつ可能性が示唆された.
V.考察
本研究ではGq-GPCRを介するCa2+シグナルの活性化により,社交性の低下を引き起こすことが示された.一方,先行研究ではCa2+シグナルの活性化はストレスレジリエンスや抗うつ作用に重要であるとの報告があり,本研究の結果と矛盾する17)21).仮説として,Ca2+の由来の違いの関与を考えた.すなわち,Ca2+透過性AMPA受容体のGluA1を介したシナプスからのCa2+流入によるCa2+シグナルはストレスレジリエンスや抗うつ作用に,一方でGq-GPCR経路の活性化に伴う小胞体からのCa2+放出はストレス感受性にかかわるのでないかと考えた.事実,Gq-GPCRによる小胞体からのCa2+イオンの放出をさせないmGlu5のペプチドは抗うつ作用を有する8)という報告や,小胞体膜上に存在するCa2+チャネルであるリアノジン受容体(ryanodine receptor:RyR)に関する報告6)14)もその仮説を支持するものである.とはいえこれは仮説の域を出ず,さらなる検証が必要である.
本研究の限界として,実験手法の特性上オスマウスのみを使用しており,同じ知見がメスでも認められるか検証が必要であること,そして示された知見はACCにおけるものであり,他の部位においてもGq-GPCRを介したCa2+シグナルとcAMPシグナルに同様の違いがあるかどうかは検証の余地があることが挙げられる.
おわりに
本研究により得られた知見は,ストレス関連疾患の病態生理の解明と治療法の開発につながる可能性がある.さらなる検証を積み重ね,基礎研究と臨床を結びつけられるよう微力ながら精進していきたい.
利益相反
本研究に関連し,開示すべきCOI関係にある企業として共同研究費を助成いただいた塩野義製薬株式会社が挙げられる.
謝 辞 本研究の実施にあたり,ご指導・ご助力いただいた先生方に深謝いたします
京都大学SKプロジェクト:内田周作先生,大石直也先生,村井俊哉先生,李海燕先生,九野(川竹)絢子先生,安田直人様,石森絵里菜様
理化学研究所:長井淳先生,出羽健一先生
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