英国では,1960年代から障害者運動が盛んになり,障害とはあくまでも環境によって引き起こされたものであり,それを取り除く責任も環境(社会)にあるという主張が行われた.主に個体内のインペアメントが明確で身体障害が固定している白人男性による「強い社会モデル」である.一方,米国では,公民権運動が広がり,社会参加の障害があるときに障害者としてとらえる見方から,社会モデルが知的障害や学習障害,精神障害の領域に広がった.本稿では精神障害でみられる障害を,広義の社会モデルで捉えている.広義の社会モデルでは,インペアメントが医学的に明確でなく,社会の主要な価値感を満たさない場合にディスアビリティやインペアメントが析出してくると考える.そして障害者は,そうした自己を否定する枠組みによってアイデンティティを形成していくとされる.世界保健機関(WHO)による生活機能・障害・健康の国際分類(ICF)は医学モデルと社会モデルを統合したものであり,わが国でもそれに沿って1993年に改正された『精神保健福祉法』ではインペアメントとディスアビリティを併置し,身体障害や知的障害に遅れて精神障害者も雇用率算定の対象となった.精神障害は社会と個体との間に生じる障壁がわかりにくく,病状によって変動しやすいが,社会との関係性抜きに,疾病の発生や経過を説明できない特質がある.社会の要請に沿えないことで否定的な評価を受けた個人に,さらにネガティブな評価が集積して社会参加が困難になるなかで,ディスアビリティが固定し,さらにインペアメントへと影響が及ぶプロセスが想定されるため,社会的な価値の転回とともに,パーソナルリカバリーやストレングスモデル,主体価値の成長を促すかかわりがリハビリテーション(復権)には重要である.本稿では具体例を挙げ,回復のプロセスについて説明した.脳科学の進歩により,インペアメントの改善が得られるようになったとしても,「病気ではないけれどユニークな生き方をする人たち」を許容する,inclusiveな社会でなければ,結局は社会の辺縁に追いやられたり,新たなディスアビリティが作り出されることになるだろう.どうしたら弱さを安心して表明できる社会を作ることができるか,さまざまな関係者と一緒に考えていきたい.
精神障害の社会モデルと治療・支援への提言
神経科土田病院精神神経科
精神神経学雑誌
126:
499-509, 2024
https://doi.org/10.57369/pnj.24-082
受理日:2024年3月14日
https://doi.org/10.57369/pnj.24-082
受理日:2024年3月14日
<索引用語:社会モデル, インペアメント, ディスアビリティ, 精神障害, ICF>