子ども虐待,性被害,ドメスティック・バイオレンス(DV)のサバイバーで,情緒不安定性パーソナリティ障害と診断された30歳代女性に実施したナラティヴ・エクスポージャー・セラピー(NET)の1症例を報告する.PTSD臨床診断面接尺度(CAPS)の結果から症例にはPTSDの併存が認められ,加えて感情調整の困難,一貫してネガティブな自己像,対人関係の困難があり,家事,育児など日常生活への支障をきたし,社会的ひきこもりがみられた.症例に対し,精神科病院外来にて3ヵ月間,週1~2回,計21回のNETを実施した.使用尺度はCAPS-IV,出来事インパクト尺度,自己評価式抑うつ性尺度,解離体験尺度である.NET終了後12ヵ月で,PTSD症状は顕著に軽減し,社会適応と対人能力の向上がみられ,就労し,カウンセリング,外来診療ともに終了した.NETは曝露―馴化と自伝的記憶整理を機序とするトラウマ焦点化認知行動療法である.難民を対象に開発され,特に複雑なトラウマ体験によるPTSDに有効とされる.拷問などの組織的暴力のみならず,子ども虐待やDVなど長期的反復的なトラウマ体験によるPTSDへのエビデンスが蓄積されてきた.本症例では,NETのもつ曝露―馴化と自伝的記憶整理の効果がPTSD症状と解離症状を軽減し,NET作業がもたらす言語化能力・感情調整能力の向上により,原病である情緒不安定性パーソナリティ障害の症状が軽減されたと考えられる.本症例の感情調整の困難,一貫してネガティブな自己像,対人関係の困難には,複雑性PTSD(CPTSD)の自己組織化の障害(DSO)の症状との類似性がみられる.CPTSD診断基準公表以前の症例であり,DSO症状の可能性が示唆されるにすぎないが,今後適切な診断尺度を用いたNETのCPTSDへの効果検証が期待される.
ナラティヴ・エクスポージャー・セラピー(NET)による虐待サバイバーのPTSD治療報告―複雑性PTSDとの対比からの考察―
1)関西国際大学心理学部
2)財団法人長岡記念財団長岡ヘルスケアセンター(長岡病院)精神科
2)財団法人長岡記念財団長岡ヘルスケアセンター(長岡病院)精神科
精神神経学雑誌
126:
715-723, 2024
https://doi.org/10.57369/pnj.24-116
受理日:2024年7月1日
https://doi.org/10.57369/pnj.24-116
受理日:2024年7月1日
<索引用語:ナラティヴ・エクスポージャー・セラピー(NET), 情緒不安定性パーソナリティ障害, 複雑性PTSD(CPTSD)>