Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第125巻第3号

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特集 これからの「精神障害にも対応した地域包括ケアシステム」 ― いわゆる「にも包括」を考える―
これからの「精神障害にも対応した地域包括ケアシステム」―民間精神科病院の立場から―
櫻木 章司
医療法人桜樹会桜木病院
精神神経学雑誌 125: 203-211, 2023
https://doi.org/10.57369/pnj.23-029

 現在に至るわが国における精神保健医療福祉改革は,大きく2つの流れに依っている.1つは,「精神保健医療福祉の改革ビジョン」(以下,改革ビジョン)に端を発した流れである.2004年に明らかにされた改革ビジョンにおいては,「入院中心から地域生活中心へ」とのこの分野における基本的方策が示され,政策変更が明確にされた.改革ビジョンは,「今後10年間で,受入条件が整えば退院可能な者(約7万人)について解消を図る」とした点からわかるように,退院促進を主眼とする側面が目立った.この流れは,「これからの精神保健医療福祉のあり方に関する検討会」(以下,あり方検討会)報告書へと結実していく.もう1つは,医療法・医療計画における精神医療改革である.『医療法』は,医療サービスの根幹を規定する法律であり,医療計画の策定は『医療法』をその根拠としている.2013年からの第6次医療計画において,精神疾患は新たに5疾病の1つとして指定され,医療計画のもとに医療連携体制を構築することとなった.また,同じ年に成立した改正『精神保健福祉法』に基づいて,大臣告示として「良質かつ適切な精神障害者に対する医療の提供を確保するための指針」が定められた.これら2つの流れが合流したのが,あり方検討会報告書である.このなかで,精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの構築が提唱された.2021年に発表された「精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの構築に係る検討会」(以下,本検討会)報告書では,「精神障害の有無や程度にかかわらず,誰もが安心して自分らしく暮らせる」との基本理念が示された.これは地域共生社会の実現をめざすものであり,取りも直さずこれからの地域精神保健医療福祉のあり方を規定するものである.

索引用語:精神障害にも対応した地域包括ケアシステム, 改革ビジョン, 医療計画, 民間精神科病院, かかりつけ精神科医機能>

はじめに
 2021(令和3)年3月4日,「精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの構築に係る検討会」(以下,本検討会)は,約1年間にわたる議論や検討を終結し,3月18日には本検討会報告書が公表された.併せて本検討会には,「精神科救急医療体制整備に係るワーキンググループ」が設置され,精神障害者の地域生活を支えるための重要な基盤の1つである精神科救急体制の整備について議論の結果が報告書にまとめられた.
 「精神障害の有無や程度にかかわらず,誰もが安心して自分らしく暮らすことができるよう」との精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの基本理念は,地域共生社会の実現をめざしており,これからの地域保健医療福祉のあり方を規定するものである.本稿では,これまでのわが国の精神保健医療福祉の歩みを振り返りつつ,同地域包括ケアシステムにおいて求められる地域精神医療機能について論考したいと思う.

I.「改革ビジョン」のもたらしたものと,医療法・医療計画における精神医療改革
 一連の精神保健医療福祉の分野における政策の変更を明確にしたのは,2004(平成16)年の「精神保健医療福祉の改革ビジョン」(以下,改革ビジョン)において,「入院中心から地域生活中心へ」との精神保健医療福祉施策の基本的方策が示されたことである7)
 戦前の『精神病者監護法』や『精神病院法』を廃止して,1950(昭和25)年に制定された『精神衛生法』は,その立法の精神がわが国の民主主義国家としての再出発となった現行憲法の精神に沿った精神障害者の治療と保護にあったことは間違いない.しかし反面,戦争遂行によって壊滅的な打撃を受けた精神病床をいちはやく回復させ,私宅監置やその対極にある社会的放置から,多くの精神障害者を救うとの時代的な要請があったとはいえ,「社会からの隔離と施設収容を主目的とする社会防衛思想を色濃く反映させた『入院促進』法であった」との厳しい評価さえあった1).このため,早くから抜本的改正の必要性が唱えられ,『精神衛生法』改正に向けた議論が盛んに行われていた.こうした議論は,向精神薬の開発など新たな治療法への取り組みの進展などを受けて,わが国の精神保健医療福祉の飛躍的な前進を約束するような明るい気分に満ちたなかで行われていた.
 そうした雰囲気を一変させたのは,1964(昭和39)年に起こったライシャワー事件であった.精神障害をもつ少年が引き起こした駐日アメリカ合衆国全権大使刺傷事件は,日本国政府の責任論に発展するとともに,マスコミではいわゆる「精神病者野放し論」がヒートアップした.こうして,政府や世論は精神障害者に対する態度を急速に硬化させ,折からの『精神衛生法』改正論議に多大な影響を与えていった.この結果,1965(昭和40)年に施行された改正『精神衛生法』では,相対的に障害者福祉よりも社会防衛によりスタンスをおいた内容とならざるをえず,『精神衛生法』はその後,長らく国が主導する収容的政策を支えるものとなった.
 1984(昭和59)年に明るみに出た,いわゆる「宇都宮病院事件」は,一義的には当該病院経営者らの倫理欠如による特異的な事件といえた.しかし,同時に精神医療におけるマンパワーの乏しさや公私病院間の役割分担の拙劣さといった精神医療行政における問題点,さらには入院患者への人権侵害に対するチェック機能の貧弱さといった『精神衛生法』施行時から指摘されていた問題点を浮き彫りにした.この事件を契機として,1987(昭和62)年には,精神障害者の人権に配慮し,適正な医療および保護の確保と精神障害者の社会復帰を促進する観点から『精神衛生法』の改正が行われ,法律の名称も『精神保健法』と改められた.1995(平成7)年には,『精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(精神保健福祉法)』に改正され,従来の精神保健医療政策に加え,精神障害者の社会復帰などのための福祉施策の充実についても,法律上の位置づけが強化されることとなった.一方,この間も精神障害者の社会復帰においては,目覚ましい成果が挙げられることはなかった.その原因については,民間精神科病院が主体となっているわが国の精神医療の特徴に求める議論が多くなされたが,社会復帰施設をはじめとする地域の受け皿が貧弱であるという明らかな事実が顧みられることは少なかった.
 改革ビジョンにおいては,「今後10年間で,受入条件が整えば退院可能な者(約7万人)について解消を図る」とした点が注目を浴びた.他方,その算定根拠や受入条件について,政策的には何ら記述されていないことについての指摘もなされた.2009(平成21)年,改革ビジョンの中間年において,計画の後期5ヵ年の重点施策群の策定に向けての有識者による検討をとりまとめた「精神保健医療福祉の更なる改革に向けて」では,精神保健医療体系の再構築や精神医療の質の向上と並んで,地域生活支援体制の強化や普及啓発の重点的実施を,地域を拠点とする共生社会の実現に対する重要な要素とした点が目を引いた.しかしながら,指標とされた目標値としては,依然として「統合失調症入院患者を15万人に減少させる」ことや「入院患者の退院率等に関する目標を継続し精神病床約7万床の減少を促進する」ことを挙げ,退院促進を主眼とした側面が色濃い内容にとどまっている4).さらに,改革ビジョンから10年後の2014(平成26)年にとりまとめられた「長期入院精神障害者の地域移行に向けた具体的方策に係る検討会」では,精神障害者本人に対する支援として「退院に向けた意欲の喚起」や「本人の意向に沿った移行支援」さらに「地域生活の支援」を徹底して実施するとの内容となっている.他方,精神病床の質を一般医療と同等に良質かつ適切なものとするため,精神病床を適正化し将来的には不必要となる病床を削減するといった病院の構造改革が必要と述べている8).これらは,精神障害者の地域移行を唱えながら,その実は退院率や入院患者の減少といった目標値を設定しての退院促進策であり,地域移行に必要な地域の基盤整備については十分とはいえない内容であった.
 時を同じくして,日本精神科病院協会では,2012(平成24)年「我々の描く精神医療の将来ビジョン」を発表した10).このなかでは,精神障害者の地域移行について,「精神障害者が安心して暮らせる環境は,本人の意思を尊重しつつ必要な医療に適切にアクセスできること,そして生活上のハンディキャップがあれば,必要な福祉サービスを受けることができて安全に社会生活が営めることです.これらの基盤には,必要な人権擁護がなされていなければなりません.それらが保証されている社会づくりを目指す法体系が必要だと思います」と述べている.また欧米での拙速な脱施設化の教訓を生かして,「精神病床の削減は,コミュニティの整備をして社会の受け皿を整備するのが先で,病床削減は結果として実現できる」としている.さらに地域の受け皿については,「これまで精神保健医療福祉サービス提供体制は,必要最低量さえ確保できず不足していたことを確認して,今後はサービスが必要であればいくつかの選択肢の中から選ぶことが可能となるように,多面的で多角的な視点から整備される必要があります」としている.また,「国民の意識が変われば,精神保健医療福祉の改革が進みます」として,普及啓発の重要性にもふれ,メンタル・リテラシーを高めるための教育現場での啓発活動の重要性を説き,メンタルヘルスサポーター養成事業も提案している.
 『医療法』は,医療サービスの根幹を規定する法律である.一般病床,療養病床,精神病床といった病床種別も『医療法』が根拠となっている.一方,医療計画の策定もやはり『医療法』をその根拠としている.2011(平成23)年には,「社会保障・税一体改革大綱」に基づいた医療機能強化,病院・病床機能の役割分担・連携の推進の議論のなかから,「医療計画に記載すべき疾病への精神疾患の追加」が建議された.こうして2013(平成25)年からの第6次医療計画において,精神疾患は,がん,脳卒中,急性心筋梗塞,糖尿病と並んで,新たに5疾病の1つとして指定され,医療計画制度のもとに医療連携体制を構築することとなった.これは精神疾患が,広範かつ継続的な医療の提供が必要な疾病,具体的には(i)患者数が多く国民に広くかかわるもの,(ii)死亡数が多いなど政策的に重点がおかれるもの,(iii)症状の経過にきめ細かな対応が必要なもの,(iv)医療機関の機能に応じた対応や連携が必要なものと認められたことによる2)
 また,2013(平成25)年に成立した改正『精神保健福祉法』に基づいて,厚生労働大臣告示として,「良質かつ適切な精神障害者に対する医療の提供を確保するための指針」が定められた.さらに第6次医療計画が策定されて以降,「長期入院精神障害者の地域移行に向けた具体的方策に係る検討会」〔2014(平成26)年3~7月〕,「これからの精神保健医療福祉のあり方に関する検討会」〔2016(平成28)年1月~2017(平成29)年2月〕というように,精神疾患の医療体制に関するさまざまな検討が行われてきた.
 このうち,「これからの精神保健医療福祉のあり方に関する検討会」(以下,あり方検討会)では,「医療保護入院等のあり方分科会」と「新たな地域保健医療体制のあり方分科会」が設置され,「新たな地域保健医療体制のあり方分科会」においては,(i)精神病床のさらなる機能分化,(ii)精神障害者を地域で支える医療のあり方,(iii)精神疾患にかかる医療体制のあり方が検討事項とされた.2017(平成29)年2月17日に発表されたあり方検討会報告書では,「精神障害者が,地域の一員として安心して自分らしい暮らしをすることができるよう,医療,障害福祉・介護,住まい,社会参加(就労),地域の助け合い,教育が包括的に確保された地域包括ケアシステムの構築を目指す必要がある」として,精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの構築を提唱している.また,「良質かつ適切な精神障害者に対する医療の提供を確保するための指針」を踏まえて,多様な精神疾患等に対応できる医療連携体制の構築に向けて,各疾患ごとに各医療機関の医療機能を明確にし,役割分担・連携を推進することを提言している5)
 こうした一連の議論を受けたかたちで,第7次医療計画が策定されることとなった.同計画では,精神疾患の医療体制について以下のように記述している6)
 1)精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの構築:精神障害者が,地域の一員として安心して自分らしい暮らしをすることができるよう,精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの構築を進める必要がある.
 2)精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの構築に向けての入院需要および基盤整備量の目標値の設定:2020(令和2)年度末,2024(令和6)年度末の精神病床における入院需要(患者数)および地域移行に伴う基盤整備量(利用者数)の目標を明確にしたうえで,障害福祉計画などと整合性を図りながら,地域の精神保健医療福祉体制の基盤整備を推し進める必要がある.
 3)多様な精神疾患等に対応できる医療連携体制の構築:統合失調症,うつ病・躁うつ病,認知症,児童・思春期精神疾患,依存症などの多様な精神疾患ごとに医療機関の役割分担を整理し,相互の連携を推進するとともに,患者本位の医療を実現していけるよう,各医療機関の医療機能を明確化する必要がある.

II.精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの構築に係る検討会での議論
 前項まで述べてきたように,あり方検討会報告書では,「地域生活中心」という理念を基軸としながら,精神障害者の一層の地域移行を進めるための地域づくりを推進する観点から,精神障害にも対応した地域包括ケアシステム(以下,本システム)の構築をめざすことを新たな理念として明確にした.本システムの構築にあたり,具体的な内容の検討を行うために,「精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの構築に係る検討会」(以下,本検討会)での議論が開始された.本検討会の議論は,2020(令和2)年3月18日に始まり,約1年間に及んだ.
 議論は,まず本システムの考え方について,「地域包括ケアシステムは,すでに高齢者に対する医療や介護・福祉の領域でスタートしている.本システムは,これらを精神障害にも対応させようとするものなのか.それとも,新たに精神版のシステムを構築しようとするものなのか」あるいは「精神障害に特化したシステムを構築しようとすることはあり得ない.精神障害も地域で支える仕組みづくりが必要」と意見が表明された.そこで,「高齢者分野を出発点として改善を重ねてきた地域包括ケアシステムは,地域共生社会を実現するための仕組みであり」「本システムの構築推進は,地域共生社会の実現に向かっていくうえには欠かせない」としたうえで,「精神障害者やその家族等を取り巻く様々な環境を考慮しつつ,関係者の重層的な連携による支援体制を構築する必要があり,一部は精神分野にある程度特化した取組も必要ではないか」との整理が行われた.また,「これまでの精神保健医療福祉に関する検討会の議論は,精神科医療機関に入院している人を中心としていて,本システムの理念が浸透していない」「入院ありきの議論では,関係者の中だけの議論で終わってしまっている.地域住民のニーズを聴いて地域住民にも見える施策を打つべき」「まだ医療や福祉に繋がっていないメンタルヘルス課題を持つ人も多い.こうした人たちをどう支えていくかの議論も必要」との議論が交わされた.そうした議論を受けて,本システムの対象者については,「本システムでは,精神障害の有無や程度にかかわらず,誰もが安心して自分らしく暮らすことができるよう,重層的な支援体制を構築できることが適当」との整理が行われた.
 本検討会の議論は,合計9回にわたって行われ,それぞれの回では本システムを構成する各要素を取り上げて,それぞれの関係者が現状を報告するかたちで進行していった.第7回においては,地域精神医療がテーマとなり,著者が民間精神科病院の現状と本システムにおいて精神医療に求められる医療機能について報告した.その内容については,項を変えて記述することとする.
 精神医療に求められる医療機能に関して,「精神科救急医療体制の整備は,精神障害者の地域生活を支えるための重要な基盤の1つであるが,その体制整備については課題が数多く指摘されている」との議論があった.これを受けて,本システムにおける精神科救急医療体制の位置づけや精神科救急医療体制整備を取り巻く課題の整理と検討を目的として,本検討会のもとに精神科救急医療体制整備に係るワーキンググループが設置された.
 本検討会報告書9)では,「本システムの構築に際しては,日常生活圏域を基本として,市町村などの基礎自治体を基盤として進める必要がある.また,精神保健福祉センター及び保健所は市町村との協働により,対象者のニーズや地域の課題を把握したうえで,障害福祉圏域等の単位で精神保健医療福祉に関する重層的な連携による支援体制を構築することが重要である」としたうえで,地域精神保健および障害福祉,精神医療の提供体制,住まいの確保と居住支援,社会参加,当事者・ピアサポーター,精神障害を有する方などの家族,人材育成といった本システムを構成する各要素についての検討結果が記されている.

III.民間精神科病院の現状と地域精神医療についての取り組み
 本検討会での地域精神医療のテーマに対して,著者の報告および意見陳述した内容は,以下のとおりである11)
 1)日本精神科病院協会には,1,193病院が加盟しており,その大部分はいわゆる単科民間精神科病院である.その全病床数は280,041床で,平均病床数は234.7床である(最大804床,最小20床).全国344二次医療圏のうち,300二次医療圏に所在しており,ほぼ全国一円に所在している(令和2年7月1日日本精神科病院協会全会員調査).
 2)職員数に関しては,それぞれ100床あたり,医師3.2人(精神保健指定医2.4人,非指定医0.8人),看護職員46.7人(看護師23.7人,准看護師10.7人),精神保健福祉士3.1人(1病院あたり7.7人.99.6%の病院に配置済),作業療法士3.1人(1病院あたり7.9人.98.7%の病院に配置済),心理技術者1.0人(1病院あたり2.7人.83.4%の病院に配置済)(平成30年度日本精神科病院協会総合調査)
 3)デイケア,ショートケア,ナイトケア,デイナイトケア等のデイケア関連施設については,会員病院中947病院(78.6%)で実施されている.内訳は,大規模デイケア656病院,小規模デイケア296病院.大規模ショートケア529病院,小規模ショートケア277病院.ナイトケア113病院.デイナイトケア315病院であった.
 また,精神科救急医療システム参画病院は,全会員病院中957病院(79.4%)であった.このうち,精神科救急入院料病棟を有するのは,107病院であった〔2018(平成30)年7月1日時点,日本精神科病院協会会員名簿〕.
 4)回答のあった会員病院771病院のうち,入院精神療法は,99.6%の病院で算定していた.同じく精神科作業療法は,97.5%,精神科退院前訪問看護指導料48.5%(1病院1月あたり2.5件),精神科訪問看護指示料21.4%(1病院1月あたり0.9件)であった.
 また,入院生活機能訓練療法(6月以内)1病院1月あたり6.7件,同(6月超)35.4件,入院精神療法I(3月以内)146.8件,同II(6月以内)138.9件,同II(6月超)622.8件であった.精神科在宅患者支援管理料は,38病院,611件で算定していた(令和元年度日本精神科病院協会医療経済実態調査).
 5)同じく回答のあった会員病院771病院のうち,治療抵抗性統合失調症指導管理料は,18.8%の病院で算定され,1病院1月あたり1.2件であった.電気けいれん療法I(閉鎖循環式麻酔)9.2%(麻酔医加算6.4%),同療法II(I以外のもの)6.5%であった.
 これらの現状を踏まえたうえで,本システムにおいて,精神医療に求められる医療機能としては,以下のものが考えられる.
 (1)ケースマネジメントを含むいわゆる「かかりつけ精神科医」機能を果たすこと
 (2)地域精神医療における役割
 (i)Common diseaseにおける日常的治療と地域における身体科医との連携
 (ii)新たな精神科ニーズに対して地域での連携拠点としての機能を果たすこと
 (iii)政策医療に関与すること
 (3)精神医療体制に参画すること
 (4)本システムに資する連携の拠点機能を果たすこと

IV.精神障害にも対応した地域包括ケアシステムにおける地域精神医療の役割―新たな精神医療の展開に向けて―
 前項でふれた本検討会での報告,意見陳述については,もう少し説明が必要であろう.その説明を行いながら,今後の精神医療の方向性についても述べたいと思う.

1.ケースマネジメントを含む,いわゆる「かかりつけ精神科医」機能を果たすこと(3)
 第6次障害福祉計画において,新たに「地域における平均生活日数」が指標とされたように,今後求められる方向性は,一定期間のなかで,地域での生活の割合を増やすことである.そのために,入院から退院,さらには地域での暮らしをサポートできるように,多職種からなるチームを総括することが求められる.この多職種チームは,(i)それぞれの病期に対応したクリニカル・パスを作成,活用する,(ii)クライシス・プランを作成して,急変・増悪時に必要な医療に結び付ける,(iii)急変・増悪時の相談窓口の役割を果たす,(iv)必要に応じて,また当事者のニーズに応じて,訪問診療,訪問看護についてのマネジメントを行う,といった役割が想定される.これらを統括するのが,「かかりつけ精神科医」機能である.

2.地域精神医療に必要とされる役割を果たすこと
 まず,統合失調症,気分障害,認知症といったcommon diseaseは,患者数が多く,一般的な精神科医療機関であれば,必ず診療を行っているような分野であるが,身体科からの紹介や身体合併症治療を身体科で受けていることも多いため,地域の身体科医との連携が重要となる.
 また,児童・思春期精神疾患,行動嗜癖ともいわれるような新しいタイプの依存症,PTSDをはじめとするストレス関連障害,高次脳機能障害,摂食障害などは,common diseaseに比較して患者数は多くはならないが,治療上,高度な対応や専門的知見が必要とされる.こうした新たな精神科ニーズに対しては,それぞれの医療機関の特性を生かしつつ,地域における連携拠点としての機能を果たすことが期待される.
 災害医療,精神科救急医療,身体合併症対策,自殺対策を含むうつ病・ストレス関連障害・周産期患者に対する対応,さらには医療観察法に係る医療などの政策医療に関与することは,精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの重要な要素である.

3.精神科救急医療体制に参画すること
 日常診療と連続して,(i)地域における精神医療のゲートキーパーとして,受診前相談を受け付ける,(ii)いわゆる「かかりつけ精神科医」として,入院外医療の提供(電話対応,時間外診療,訪問診療,訪問看護など)を行う,(iii)病院群輪番型あるいは常時対応型医療機関として,必要な入院医療の提供を行う,といった役割が期待される.

4.精神障害にも対応した地域包括ケアシステムに資する連携の拠点機能を果たすこと
 保健・医療・福祉等関係者からなる協議の場に参加することや,地域住民に対する普及啓発活動に参画・協力すること,さらには本システムの関係機関に対する情報発信,研修に関与することなどが役割として期待されている.

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おわりに
 2021(令和3)年10月11日に,新たに「地域で安心して暮らせる精神保健医療福祉体制の実現に向けた検討会」が船出した.この検討会では,(i)「精神障害にも対応した地域包括ケアシステム」の構築について,(ii)医療計画の見直しに向けて,「精神障害にも対応した地域包括ケアシステム」の理念を踏まえた地域精神保健医療福祉体制をどう構築するか,(iii)「精神障害にも対応した地域包括ケアシステム」を構築し,患者の地域生活を効果的に支援していく観点から,入院医療に関して検討が求められてきた課題(意思決定支援,権利擁護)についてどう取り組むか,について議論が進められることとなった.やはり,「精神障害にも対応した地域包括ケアシステム」が,今後の精神保健医療福祉の進むべき方向性を考えるうえで,重要なキーワードとなりそうである.

 編  注:本特集は,第117回日本精神神経学会学術総会シンポジウムをもとに臼杵理人(国立病院機構災害医療センター救命救急科)を代表として企画された.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) 古屋龍太: 精神科病院脱施設化論―長期在院患者の歴史と現況, 地域移行支援の理念と課題―. 批評社, 東京, 2015

2) 医療計画の見直し等に関する検討会: 医療計画の見直しについて(案). 2011 (https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001yj85-att/2r9852000001yje7.pdf) (参照2022-03-08)

3) 伊藤弘人: これからの精神保健医療福祉のあり方に関する検討会参考資料, 2016 (https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12201000-Shakaiengokyokushougaihokenfukushibu-Kikakuka/0000130437.pdf) (参照2022-03-08)

4) 今後の精神保健医療福祉のあり方等に関する検討会: 精神保健医療福祉の更なる改革に向けて. 2009 (https://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/09/dl/s0924-2a.pdf) (参照2022-03-08)

5) これからの精神保健医療福祉のあり方に関する検討会: これからの精神保健医療福祉のあり方に関する検討会報告書. 2017 (https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12201000-Shakaiengokyokushougaihokenfukushibu-Kikakuka/0000152026.pdf) (参照2022-03-08)

6) 厚生労働省医政局総務課: 第7次医療計画について. 第51回社会保障審議会医療部会 資料. 2017 (https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12601000-Seisakutoukatsukan-Sanjikanshitsu_Shakaihoshoutantou/0000162891.pdf) (参照2022-03-08)

7) 厚生労働省精神保健福祉対策本部: 精神保健医療福祉の改革ビジョン(概要). 2004 (https://www.mhlw.go.jp/topics/2004/09/dl/tp0902-1a.pdf) (参照2022-03-08)

8) 厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部: 長期入院精神障害者の地域移行に向けた具体的方策の今後の方向性(長期入院精神障害者の地域移行に向けた具体的方策に係る検討会取りまとめ). 2014 (https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12201000-Shakaiengokyokushougaihokenfukushibu-Kikakuka/0000051138.pdf) (参照2022-03-08)

9) 厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部: 「精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの構築に係る検討会」報告書. 2021 (https://www.mhlw.go.jp/content/12201000/000755200.pdf) (参照2022-03-08)

10) 日本精神科病院協会編: 我々の描く精神医療の将来ビジョン. 日本精神科病院協会, 東京, 2012

11) 櫻木章司: 第7回「精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの構築に係る検討会」―地域精神医療について民間病院の取り組み―. 2021 (https://www.mhlw.go.jp/content/12200000/000724757.pdf) (参照2022-03-08)

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