本号より若い世代の本学会員のために,近代精神医学史上の主要人物とその業績を紹介する「21世紀の『精神医学の基本問題』―精神医学古典シリーズ―」と題するシリーズの連載を始める.本稿では,連載の開始にあたって本シリーズで取り上げる各人物の精神医学史上の位置づけを解説した.近代精神医学の黎明期より精神病と神経症のそれぞれを主な対象とする2つの精神医学の系譜が存在した.前者は,記述精神医学と呼ばれ,基本的に患者の精神症状や行動の観察と記述を重視するもので,19世紀から20世紀に変わる頃にKraepelin, E. が提唱したdementia praecox(統合失調症)と躁うつ病の二大精神病に代表される疾病単位による精神障害の分類が以後の精神医学の臨床と研究の大きな潮流となった.記述精神医学では,精神障害の診断において,身体的基礎の検索とともに心理学的了解という二元論の立場をとることが多い.一方,ヒステリーをはじめとする神経症圏内の患者の精神内界を探ろうとする力動精神医学は,Freud, S. のように無意識の存在を前提として精神病を含む精神障害を一元論的に理解しようとした.この系譜の人々は,精神療法の理論と技法の発展に寄与した.わが国の精神医学の主流は,呉秀三がKraepelinの精神医学体系を導入して以来,ドイツ精神医学の影響下にあった.第二次世界大戦後もそれを堅持し,Jaspers, K. やSchneider, K. らのハイデルベルク学派の精神病理学を普及させた内村祐之は,晩年(1972年)に著書『精神医学の基本問題』を出版し,精神医学の基本問題の思想史を振り返ることの意義を強調した.同書にちなみ,本シリーズのタイトルを「21世紀の『精神医学の基本問題』」と銘打つ次第である.
精神医学古典の展望―連載にあたって―
1)九州大学大学院人間環境学研究院
2)聖マリアンナ医科大学神経精神科
3)国立病院機構東尾張病院
2)聖マリアンナ医科大学神経精神科
3)国立病院機構東尾張病院
精神神経学雑誌
125:
151-157, 2023
https://doi.org/10.57369/pnj.23-020
https://doi.org/10.57369/pnj.23-020
<索引用語:記述精神医学, 力動精神医学, Emil Kraepelin, Sigmund Freud, 内村祐之>