Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第125巻第1号

※会員以外の方で全文の閲覧をご希望される場合は、「電子書籍」にてご購入いただけます。
特集 精神科医療における「感情労働」
精神科医療と感情労働
榎戸 芙佐子
医療法人社団和敬会谷野呉山病院
精神神経学雑誌 125: 49-55, 2023
https://doi.org/10.57369/pnj.23-006

 障害者支援施設「津久井やまゆり園」(以下,やまゆり園)における凄惨な事件を受け,日本精神神経学会,日本社会精神医学会はそれぞれ意義深い意見表明を出している.しかし,事件の犯人がそこで働いていて抱くに至った差別意識,偏見,優生思想の温床となったものについて,また事件を防止できなかったという点については十分に検証できていないのではないかと疑問が残る.「やまゆり園」は強度行動障害のある方のための施設であり,一般的な精神科医療と異なる点はあるが,「感情労働」の役割と影響が大きい点は通底する問題である.医療の分野で「感情労働」の果たす役割は大きいが,精神科医療ではさらに倫理や人権,法的規制という問題が加わり,ストレスは倍増し,過重労働,バーンアウト,短期離職者などの社会問題となっている.背景には過剰適応,虐待・ハラスメント,トラウマといった心理的問題や差別,偏見,優生思想といった社会的問題が指摘されている.しかし,精神科医療における「感情労働」について臨床例を題材とする研究は看護師や保健福祉関係者らのものに限られ,医師を対象にしたものは見つけられなかった.本論では公表可能な範囲内で自らの経験例を提示し,精神科医療における「感情労働」の実際とその影響や意義を振り返り,相模原障害者施設殺傷事件を防げなかった精神科医療の問題点を省察する.

索引用語:感情労働, 精神科医療, 差別・偏見意識, 相模原障害者施設殺傷事件, トラウマ>

はじめに
 2016年7月に起きた相模原障害者施設殺傷事件は各界に大きな衝撃を与えた.事件を受け,日本精神神経学会は同年8月に「相模原市の障害者支援施設における事件とその後の動向に対する見解」22)を,翌2017年1月には「『報告書―再発防止策の提言―』をふまえた“相模原事件の再発防止策”について」23)を出した.同年6月には日本社会精神医学会が「相模原事件特別委員会 見解」を出し24),そこには,1.差別・偏見の解消と共生社会の実現,2.当事者中心,当事者主体の退院後支援,3.支援者への支援,4.精神科医療・精神保健福祉に対する人員と予算の拡充,の4点が挙げられ,さらに共生社会の実現に向け継続的な論議を続けると書かれている.
 精神科医療は社会との関連が深く,この惨劇の背景に差別・偏見といった問題や優生思想との関連を指摘する論評が多くある18)25)27)31).事件の起きた2016年は,イギリスでは国民投票でEU離脱が決まり,アメリカではTrump, D. J.が大統領に選出され,難民受け入れへの対応を巡り,世界でポピュリズム,ナショナリズムの潮流が強くなった年だった.事件の犯人もこのような社会情勢の影響を受けたことが事件検証委員会の報告書8)32)から窺える.
 事件後の再発防止策16)には,外部からの侵入を防ぐ手立てや,犯人が事件前に措置入院していたことから,措置入院の退院後にかかわる検証や支援の改善策が出され,施行されている5)26).しかし,大量殺人犯の精神病理学的分析や事件の社会的背景の解明もさることながら,犯人がそのような偏った思想をもつに至った経緯や,施設内部において偏見・暴力への抑止が働かなかったという点については,十分に論議されたとはいえない.精神科医療においては倫理的判断を問われる場面が日常的に存在するが,その判断は論理的に明快に整理され,提示されているだろうか.事件の犠牲者を鎮魂し再発を防ぐためにも事件を風化させてはならない.本稿では,精神科医療を感情労働(emotional labor)という側面からとらえ,精神科医療に携わる者に問われている倫理的問題を,「感情労働」をキーワードに検証してみる.
 シンポジウム演題応募の時点では,臨床体験を感情労働の観点から検証する予定であったが,発表に際して当事者・関係者全員の同意取得が不可能なことから,著者の個人的な経験に限って報告することにした.

I.感情労働と医療
 感情労働は1983年,社会学者Hochschild, A. R. が提唱した概念で,「他者の感情状態を変化・維持することを目的として,適切であるとみなす感情を声や表情あるいは身体動作によって表現し,そのために自分自身の感情を調整する労働」と定義される6).それまで労働は肉体労働,頭脳労働の2項で括られてきたが,販売・サービス業などの第三次産業の成長に伴い産業構造が変化し,労働には感情労働という重要な側面があると指摘されたのである.第三次産業では消費者ニーズ,顧客満足度が消費の大きな動因になり,感情のコントロールを行う(強いられる)という働き方は,燃え尽き(burnout)症候群や脱個人化,没感情の感覚を代償として支払うことになる.
 燃え尽き症候群は1974年,Freudenberger, H. J. が提唱したもので,持続的な職業性ストレスによる情緒的消耗が,意欲喪失,職業からの撤退,抑うつ状態を招くことになり,特に対人援助職において顕著な特徴とされている17)
 医療は役割義務が強調される職場であり,常に冷静な判断と適確な処置対応が求められ,同時に,温かい親切な人間性をも求められるという対人援助職の代表的な職種である4)35).近年はインフォームド・コンセントや患者参加型医療・共同意思決定の重要性が注目され,コミュニケーション能力が重要視されるようになった.医療者のコミュニケーション能力は,対象者の生命や存在価値に直接かかわり,疾患や関係者の属性などによって多様な対応を求められ,なおかつ国民皆保険制度のもと,利便性・公平性も担保しなければならない.医療の職場にはさまざまな規則,制約があり,そのなかで医療者は俊敏な判断を迫られ,説明責任を負っている.こうした高度な対人接触が求められる感情労働の職場では,葛藤,怒り,孤独,無力感といったネガティブな感情を味わうことは避けられず19),自負心や自己価値観を問われる重圧がかかっている12)30)33)
 感情労働と燃え尽き症候群の相関性が指摘されており10),感情労働を評価する尺度も開発されている11)29)が,その評価項目は救急医療や総合内科,緩和ケア病棟での研究がもとになっており,精神科医療には馴染まない項目もある.精神科領域では看護師やカウンセラー,福祉関係者を対象とした虐待や陰性感情の問題を取り上げた研究7)19)や,看護師が医師に対して抱く感情労働の報告13)などがある.

II.精神科医療の特徴と感情労働
 近年,患者(消費者)の権利意識の高まりに呼応して,診療科一般において接遇の改善やコミュニケーション能力の向上といった課題が研究され,マニュアル化もされている30).しかし,精神科医療の対象の患者には,疎通がとれなかったり,精神病症状に支配されていたり,コミュニケーションに悩んで受診する人もいて,マニュアルどおりにいかないことが多い.近年は,抑うつ状態や認知症,自殺未遂や自傷患者の救急受診,虐待・トラウマ関連など,多彩な人生経験と複雑な事情を抱えた患者が増加しており,接遇にはより配慮を要するようになった.さらに,精神科医療では人権問題,倫理的配慮,法的規約が加わって問題は複雑になるが,ここでは通常の精神科臨床における感情労働の特徴を考える.

1.時間がかかる
 精神科医療は経過が長いということと,診察・治療に要する時間が長いという2通りの長さがある.まず患者は受診の時点において,生育歴や生活歴,環境の違いがあり,人間の多面性や社会の多様性が複雑に絡んだその人固有の物語がある3).精神科医はそうした錯綜した状況をできるだけ聴取して理解し,また,疾患によっては予後が楽観できないこと,利用できる治療手段の乏しさなどの限界を把握しながら,治療契約を結ばねばならない.中長期的見通しを立てながら「今,ここ」での最善の治療戦略を探り出すのだが,相手と場合によっては秘匿しなければならない情報があり,そのうえで,相手の理解力,判断力,同意能力を測りながら語りかけるので,診察は長引かざるをえない.患者の歩んできた人生とこれから歩む世界という時間軸も長く,診察に要する臨床時間も他の診療科と比べて長くなる.しかし,スピードを良とする現代では,時間がかかることはマイナスに評価されがちである.

2.院内,チーム内,多職種との協働が必須
 人間が身体的,心理的,社会的存在であることから精神科医療は関連する領域が広い.病院内(特に総合病院)では,患者の診療・検査を巡るリエゾン業務が多いが,他にも,院内で働く医療者の診察や相談,調整・調停を依頼されることがある.「話をよく聴いてくれて,うまくまとめてくれて,適切なアドバイスをしてくれるのが精神科」と(便利に)位置づけされているきらいがある.期待に添おうと過剰に反応する(過剰適応)ことなく沈着な分析が必要である.
 患者の社会復帰には家族・関係者の理解と協力が重要なので,家族・関係者が遠慮せず何でも相談でき,適切に対応できるように,普段からスタッフ間で職務上の役割,医学情報の最新化などを小まめにすり合わせておく必要がある.医師が高邁な理論や理想的な治療法を有していても実践するスタッフに理解されていなければ,スタッフの負担感・不全感は増し,チームとしてのまとまりは弱くなる.スタッフから得る情報は貴重なので,チーム内の意思疎通はチーム力の向上に欠かせない.
 また,精神科医療は経過が長いので,年代も考えも異なるさまざまな職種の人に出会うことになり,衝突や摩擦が生じる機会も増える.誤解を解こうとして逆に傷つくこともあれば,家族の無理解や支援者の能力不足に責任転嫁することもある.そういうときにもスタッフや当事者の意見に耳を傾けることが,自らの固定観念を問い質す機会になり,精神疾患への理解と治療同盟の輪を拡げるチャンスになる.

III.精神科医の感情労働
1.診療の特殊性
 精神科医療における面接は,情報を得るための手段であるのみならず,かけがえのない診療行為である3)9).精神科の面接では,臨床検査データなどの客観的な数値よりも,医療者の注意力や観察力,洞察力,表現力などが大きく働くことがある.だからこそ面接者は自らの主観性や個性の合理性と限界性を自覚していなければならず,医学的知識の更新と人間性の陶冶という重い使命がある.
 精神療法の習熟は精神科医にとって必須の課題なのだが,精神療法には本で読んだ知識だけではわからない読みの深さ・鋭さ,コミュニケーション力の妙があり,魅力に溢れている9)21).それゆえ,自分には向かないと精神療法から距離をおいたり,表面的な模倣に終わることもある.さらに,患者や関係者から誤解されたり,見当違いな怒りをぶつけられたり,裏切られたり,暴力を蒙る危険もある.
 また,治療の停滞,増悪を招いたとき,処方内容の変更は文献検索などが参考になるが,精神療法の見直しは,病像の変化と自分たちの接し方・転移感情の変化を多面的に検討する必要がある.つまるところ,自分たちの疾患への理解と向き合い方を総括する大仕事になり,冷静さを保つことは容易ではない.精神科治療は,デジタルな知識だけではない自己省察の作業となり,負荷の大きな感情労働となる.
 山上34)の医師を対象にした感情労働の研究では,インタビューした17名は総合病院の診療医で精神科医は含まれていない.Hochschildの著書6)には度々フロイトの学説が部分的に引用されているが,感情労働を行う精神科医についての記載は乏しい.次項では自らの経験を提供し,精神科医療における感情労働の実態を考察する.

2.個人版「感情労働史」
 医療には予期せぬ障害やミスが生じるものである.著者はいくつも危ない経験をし,医師を辞めたいと思ったこともある.それらのなかから感情労働の経験を,30年以上が経過して公表できるものについて振り返る.
1)(らしい)顔になる,顔を作る
 著者が研修した精神科病棟は,当時の多くの大学病院がそうであったように病院本館とは渡り廊下でつながっていた.その日の治療を頭のなかで組み立てながら廊下を歩いて行くその途中で,さっきまでの好き勝手に喋っていた素の顔からそれ(医師)らしい顔つきになっていくことに気づいた.さらに,これまでの診療の流れを振り返り,教科書や専門書,回診や症例検討会での指摘を照合し,治療方針を再考するのだが,そういうときには,患者の反応とともに診察する自分の姿(顔)も思い描いている.するとそこに現れる自分の顔が変化し,変化させる自分をも認知した.感情労働における「表層演技」「深層演技」6)という言葉に合点がいったものである.
2)事例A:行動制限,非同意医療における葛藤
 一酸化炭素中毒で高次脳機能障害が残り,精神運動興奮に対して身体拘束されていたAが身体拘束中に窒息死した事故があった.尊敬する先輩の病院での事故であり,Aの元主治医は自分であった.Aの生育歴や生活状況から医療の限界を感じ,回復の難しい事例を他院に紹介できて内心ほっとしたという思いと後ろめたさが記憶にあった.そして,見回りと看護体制の充実を大きく喧伝することが組織を守ることになると考えたが,それでいいのか,という自己欺瞞の誹りの声が残った.
 精神科医療においては行動制限,非同意医療という人権にかかわる難しい判断をしなければならない局面がある.患者,家族,関係者,スタッフ間の思惑が交錯するなか,医師自身も葛藤を抱えながら,現実的な解決策・妥協点を急いで見いださねばならない.そしてその判断内容をわかりやすく,有用に,公平に伝えるという重要な仕事もある.一方,次第に卒なく順当な決着が出せるように馴化していくと,今度は,人は組織のなかに入ると役割人間となり,個人が消えていく(脱人間化)という感情労働の警鐘が顕わになることになる.
3)事例B:自殺,事故など深刻な事例とのかかわり
 BはDSM-III-R(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Third Edition, Revised)2)に収載された注意欠陥・多動障害があてはまる患者だったが,当時は双極性障害として治療していた.妻子もあり経済的にも恵まれていたが,会社内では孤立し,ハラスメントに曝されていた.主治医として自殺の徴候を察知しながら入院を勧めず,結果的に既遂させてしまう判断ミスを犯した.
 患者の自殺・重大事故は,精神科医にとって責任の所在にかかわらず大きな打撃である.精神科医は,患者の一生を,その喜びも輝きも聴いているがゆえに,自殺に至る無念,悲哀,憤怒をも追体験することになる.来てくれれば確かめることも救うこともできるのに,不可能になったという無力感は,無常,非情,慚愧の念に拡がり,命の大切さを思い知ることになる.
4)事例C:患者・家族との関係性の困難
 2回のけいれん発作がいずれも掃除機を動かしていたときとのことで,Cは発作の精査のために入院した.検査である周波数の音源でのみ異常脳波が現れることを確認し,反射てんかんと診断してその周波数帯域を避け服薬も続けるように伝えて退院した.数日後,嫁ぎ先の義父母と親族の総勢6名が説明を求めて病院を訪れた.反射てんかんという病気を詳しく説明したが,てんかんという病名への偏見は強く,しかも根底には病気を隠して結婚した,騙された,という不信感や怒りがあった.経験ある先輩に応援を頼むという折衝策も思いつかず,人間の価値を医学的な疾患で混同するのは誤っていると言明することもできなかった.結局,離縁になったという.
 役に立てなかったという悔恨とともに,精神障害への偏見を糺せなかった無念,偏見への怒りが長く尾をひいた.精神障害に対する偏見は,世間といった曖昧なものが根拠だったり,一部の極端な例を全般化したものだったり,時代や文化,教育の影響が強く,是正するには膨大な労力を要する.また,感情的な要素が大きく,論理で立ち向うには限界がある.後々も,精神障害に対する世間の偏見にぶつかる度に,説明や克服の難しさを思い知らされている.
5)事例D:他科連携における困難
 当直をしていると,消灯の1時間前に他診療科の看護師から「昼間,精神科を対診した患者が病棟で暴れている.なんとかしてほしい」と電話がかかってきた.行ってみると,軽度精神遅滞(注:診断名は当時のものである)の診断を受けたDは何事か喚きながら病棟内を徘徊しており,呼びかけにも応じられない.「どうしたんですか」と看護師に問うも,「精神科の患者だから通じない.先生が行って収めるか,連れて行くかして.私たちは関係ないから」と,まったく手を貸そうとしない.急いで精神科看護師に応援を頼み,2人でDを座らせ,説得して服薬させるとすっかり落ち着いた.Dは病棟看護師の説明が理解できず手術を控えた不安でパニックに陥ったもので,件の看護師の対応ならさもありなんと同情した.
 衝撃を受けたのは,同じ病院内(しかも医療教育機関)で精神障害への差別と偏見が医療者にあり,それが患者だけでなく同じ医療者,医師に対しても向けられていたということだった.件の病棟に厳重注意がいったことは言うまでもないが,表面的な対応の問題だけでなく,精神障害に対する固定観念を糺しえたかは疑問である.
 この体験は,患者たちが受ける惨めさ,悔しさ,苦しみを図らずも自身が当事者となって改めて認識することになった.そして,虐待やハラスメント被害者の診療にあたっては,言葉にも眼差しにも留意しないと,トラウマ体験を(刺激)誘発することになるという戒めを実感することになった.

3.感情労働のリスクとその対応
 感情労働,特に精神科医療においては,労働主体だけでなく対象の患者や家族,関係者にもトラウマを引き起こす作用がある20).なぜなら,医療では,受診すること自体が健康を損なった,病気に罹ったというトラウマ体験になり,良くなるには痛い苦しい思い(治療)をしなければならないという二重のトラウマになる.受診した患者・家族・関係者にとって,治療の困難性を知ることは失意・落胆・恨みともなり,このトラウマの感覚は社会の偏見・差別によって倍加する.
 さらに,精神科医療では対象者との関係は濃密なものになり,患者たちのトラウマや不平,不満,不幸も多大だが,医療者側の挫折,疲弊,士気低下,反動形成,怠業の問題も見過ごせない.肉体労働や頭脳労働における能力や疲労は自覚でき,客観的な評価も可能であるが,感情労働の有効性やリスク,健康被害,それらの評価軸・評価方法は定まっていない.厚生労働省は2015年以降ストレスチェック制度を導入し,職場にも労働者にもこころの問題への自覚を促している15).用いられているストレス評価尺度は多くの人が実施でき有意義なものだが,精神科医療に特化したものではない.感情を言葉で表現し評価することは主観的になりがちで,さらにトラウマを言葉にすることは難しい20)ので,精神科医療における感情労働の研究は乏しいのだろう.
 著者の「感情労働史」も,未熟さの言い訳や医師であることの奢りは隠せず,難を逃れ幸運だったと胸をなで下ろした事例が多い.幸運だったのは,何より患者に恵まれたことだが,リスクを回避できた幸運の由来と役立った対処行動を挙げてみる.(i)困難・危機に遭遇したときには,その都度,スタッフや友人が浅慮を指摘し諫め相談に乗ってくれた.(ii)学会に参加することで,批判的精神,論理的思考を鍛え,何気ない会話や心遣いのなかに多くの教訓や社会人としての礼儀作法を学ぶことができた.(iii)症例検討会に参加することで,一例一例を丁寧に,多方面から柔軟に検討するという思考法を習性とすることに役立った.(iv)精神科医療をチーム医療として構造化し,地域・関係者を治療同盟のメンバーとして働きかけることで,精神的負担も軽くなり,得るものも大きかった.

IV.相模原障害者施設殺傷事件と感情労働
 障害者支援施設と一般精神科病院は同じではないが,感情労働という働き方,概念は通底する問題である.しかし,これまで,感情労働という働き方を正しく評価し,それに伴うトラウマに注目し,被害対策・予防・対処に配慮してきたとはいえない.「やまゆり園」は肉体的な労働の過酷さに加え,根気と忍従を強いられ,理想論では通用しないこと,それにもかかわらず経済的・心理的に報酬に恵まれないという感情労働の負の部分を代弁しているのではないだろうか.さらに,著者が得たような幸運を犯人や一緒に働いていたスタッフ,そして入所者は分かち合えたのだろうか,と考えると,事件につながる大きなリスクファクターに感情労働があると思われる.私たちは,みっともない姿,汚い作業,人間関係の醜さなど,見たくないものを見させられるのはトラウマになると知っている.それゆえに,感情労働の負の部分を正視しようとしていなかったのだろう.
 また,感情労働の重要な所以である精神療法は,精神科医の必須アイテムと考えながら,精神療法を言葉で理解し言葉で伝えようと狭く考えたことも,言語表現が制限されている人たちの支援から遠ざかった原因となったのではないか.誰かを理解する,わかるということは,生身の付き合い・かかわりのなかで生まれてくること28)なのに,頭での理解・言語理解に拘り,感情の働きを等閑にしてきたのではないだろうか.また,医学界は治療成功例や科学的といわれる学術的研究を優先して,地道な泥臭い臨床研究をインパクトファクターが低いからと怠ってきたのではないか.同じことは,ともに働く人たちとの協働や患者・家族・社会への啓発活動についてもいえる.
 感情労働におけるリスクは,信頼感を損ない,医療者の士気を低下させ,医療の質を低下させ,事故にもつながる.それには医療従事者だけでなく患者,利用者,家族,支援者を含めた大きな枠組みで,皆が意見を出し合って対策を考える必要がある.

おわりに
 今回,日本精神神経学会医療倫理委員会で改めて学んだこととして,強度行動障害という言葉・概念がある1).彼らを取り巻く家族や支援者の姿,福祉施設の職員が働く環境の厳しさや重度障害者を支援する困難さ,施設職員の人手不足14)なども知った.また,障害者への差別や偏見は,障害者にかかわっている者たちだけの問題ではなく社会全体の課題であることも再認識した.だからこそ,そこでの感情労働という働き方を明確に認識し正しく評価する必要がある.感情労働が強制されたものや,誰かの犠牲のうえに成り立つようなものにならないために,そして相等な報酬が得られるようにしなければならない.現実に革新的な試みや多くの実践例があるのだから,それらを学び共有し,広く普及していかねばならないだろう.
 感情労働は脱人格化や燃え尽き症候群,反動を生じる危険もあるが,ともに悩み,乗り越えられたという体験は大きな力になる.
 今回,「感情労働」をキーワードに,相模原障害者施設殺傷事件が与えた衝撃を考察してみたが,問題はより深くなり課題は山積している.本特集は結論を出すようなものではないので,今後の日本精神神経学会や日本社会精神医学会「相模原事件特別委員会」での継続審議に深化を委ねたい.最後に,精神科医療は奥が深く興味が尽きない生業であることを特筆しておきたい.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) 會田千重: 強度行動障がいの理解・治療・支援と今後 (https://www.thanksshare.jp/download?file_id=202366) (参照2021-12-24)

2) American Psychiatric Association: Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 3rd ed, Revised (DSM-III-R). American Psychiatric Association, Washington, D. C., 1987 (髙橋三郎訳: DSM-III-R精神障害の診断・統計マニュアル. 医学書院, 東京, 1988)

3) 土居健郎: 方法としての面接―臨床家のために―. 医学書院, 東京, 1977

4) 福田正治: 看護における共感と感情コミュニケーション. 富山大学看護学会誌, 9 (1); 1-13, 2009

5) 平田豊明: 措置入院制度の検証―相模原事件を通して―. 精神経誌, 120 (8); 664-671, 2018

6) Hochschild, A. R.: The Managed Heart: Commercialization of Human Feeling. Regents of the University California, Oakland, 1983 (石川 准, 室伏亜希訳: 管理される心-感情が商品になるとき-. 世界思想社, 京都, p.3-86, p.158-185, 2000)

7) 今泉 源, 香月富士日: 精神科看護職者の倫理的行動と虐待的行為に関する現状と課題. 日本社会精神医学会雑誌, 29 (4); 271-281, 2020

8) 神奈川新聞取材班: やまゆり園事件. 幻冬舎, 東京, p.11-139, 2020

9) 神田橋條治: 精神科診断面接のコツ. 岩崎学術出版社, 東京, 1984

10) 片山はるみ: 感情労働としての看護労働が職業性ストレスに及ぼす影響. 日本衛生学雑誌, 65 (4); 524-529, 2010

11) 片山由加里, 小笠原知枝, 辻 ちえほか: 看護師の感情労働測定尺度の開発. 日本看護科学雑誌, 25 (2); 20-27, 2005

12) 加藤宏公: 看護における感情のマネジメント. 精神医学, 61 (11); 1315-1323, 2019

13) 木村克典, 松村人志: 精神科入院病棟に勤務する看護師の諸葛藤が示唆する精神科看護の問題点. 日本看護研究学会雑誌, 33 (2); 49-59, 2010

14) 厚生労働省: 介護労働の現状. (https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12602000-Seisakutoukatsukan-Sanjikanshitsu_Roudouseisakutantou/0000071241.pdf) (参照2022-01-17)

15) 厚生労働省: 心理的な負担の程度を把握するための検査及び面接指導の実施並びに面接指導結果に基づき事業者の講ずべき措置に関する指針. (https://www.mhlw.go.jp/content/11300000/000346613.pdf) (参照2022-08-01)

16) 厚生労働省相模原市の障害者支援施設における事件の検証及び再発防止策検討チーム: 報告書―再発防止策の提言―. 2016 (https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12201000-Shakaiengokyokushougaihokenfukushibu-Kikakuka/0000145258pdf) (参照2021-12-24)

17) 久保真人: バーンアウト(燃え尽き症候群)―ヒューマンサービス職のストレス―. 日本労働研究雑誌, 558; 54-64, 2007

18) 熊谷晋一郎, 雨宮処凛: 「生産性」よりも「必要性」を胸を張って語ろう. この国の不寛容の果てに―相模原事件と私たちの時代― (雨宮処凛編). 大月書店, 東京, p.77-118, 2019

19) 松浦利江子: 患者に対して陰性感情をもつ体験に付随する倫理的葛藤. 日本看護管理学会誌, 14 (1); 77-84, 2010

20) 宮地尚子: 環状島=トラウマの地政学, 新装版. みすず書房, 東京, 2018

21) 村瀬嘉代子: 心理療法―統合的アプローチの視点から考える―. 臨床精神医学, 41 (増刊); 45-50, 2012

22) 日本精神神経学会法委員会: 相模原市の障害者支援施設における事件とその後の動向に対する見解. 2016 (https://www.jspn.or.jp/modules/advocacy/index.php?content_id=35) (参照2021-12-24)

23) 日本精神神経学会法委員会委員長 富田三樹生: 「報告書―再発防止策の提言―」をふまえた"相模原事件の再発防止策"について. 2017 (https://www.jspn.or.jp/uploads/uploads/files/activity/sagamiharajiken_houiinkaikenkai.pdf) (参照2021-12-24)

24) 日本社会精神医学会: 相模原事件特別委員会 見解. 2017 (http:/www.jssp.info/pdf/sagamihara.pdf) (参照2021-12-24)

25) 大澤真幸: この不安をどうしたら取り除くことができるのか. 現代思想, 2016 (10); 38-43, 2016

26) 太田順一郎, 井原 裕, 平田豊明ほか: 相模原事件が私たちに問うもの(太田順一郎, 中島 直編, メンタルヘルス・ライブラリー38). 批評社, 東京, p.14-60, 2018

27) 斎藤 環: 「日本教」的NIMBYSMから遠く離れて. 現代思想, 2016 (10); 44-55, 2016

28) Sechehaye, M. A.: Introduction à une Psychothérapie des Schizophrènes. Presses Universitaires de France, Paris, 1954 (三好曉光訳: 分裂病の精神療法―象徴的実現への道―. みすず書房, 東京, 1974)

29) 関谷大輝, 湯川進太郎: 感情労働尺度日本語版 (ELS—J) の作成. 感情心理学研究, 21 (3); 169-180, 2014

30) 武井麻子: ひと相手の仕事はなぜ疲れるのか―感情労働の時代―. 大和書房, 東京, p.50-122, 2006

31) 富田三樹生: 美しい日本―相模原事件について―. 相模原事件が私たちに問うもの(太田順一郎, 中島 直編, メンタルヘルス・ライブラリー38). 批評社, 東京, p.92-107, 2018

32) 津久井やまゆり園事件検証委員会: 津久井やまゆり園事件検証報告書. 2016 (www.pref.kanagawa.jp/documents/67597/852956.pdf)(参照2021-12-24)

33) 山田陽子: 働く人のための感情資本論―パワハラ・メンタルヘルス・ライフハックの社会学―. 青土社, 東京, 2019

34) 山上実紀: 医師の感情労働―日本の総合診療医を対象とした調査より―. 一橋大学大学院社会学研究科修士課程論文. 2011

35) 山上実紀: 感情と労働―医師の感情に焦点をあてる意義―. 日本プライマリ・ケア連合学会誌, 35 (4); 306-310, 2012

Advertisement

ページの先頭へ

Copyright © The Japanese Society of Psychiatry and Neurology