Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第124巻第9号

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原著
医療刑務所における神経性やせ症女性患者に関する研究―第一報:特徴的な諸群への分類―
瀧井 正人1)2), 岸本 淳司3), 遠山 岳詩3), 海原 美香1), 須藤 信行2), 迎 伸彦1)
1)北九州医療刑務所
2)九州大学病院心療内科
3)九州大学病院ARO次世代医療センター
精神神経学雑誌 124: 601-622, 2022
受理日:2022年4月12日

 わが国の矯正施設では近年摂食障害(ED)の受刑者が増加し,女子刑務所などの現場では対応に大変苦慮している.重篤で一般刑務所では対応困難な症例は,医療刑務所に移送される.北九州医療刑務所(以下,当所)では,患者の受け入れを2012年5月より開始し集約的な治療を行ってきた.【目的】当所に入所した100人の神経性やせ症(AN)女性患者を分類し比較することにより,その病態理解を進める.【方法】矯正施設初回入所以前の,EDの病歴と覚醒剤乱用歴の有無により,「ED病歴(+)覚醒剤歴(-)」群,「ED病歴(-)覚醒剤歴(-)」群,「覚醒剤歴(+)ED病歴(+)」群,「覚醒剤歴(+)ED病歴(-)」群に分類し,人口統計学的,臨床的,心理社会的データの比較を行った.【結果】大多数を占めたのは「ED病歴(+)覚醒剤歴(-)」群(n=74)であり,若くして典型的なEDを発症しきわめて長い病歴をもった,重症遷延性神経性やせ症(SEAN)であった.「ED病歴(-)覚醒剤歴(-)」群(n=13)は,中高年になり逮捕や収容を契機にEDを出現させていた.「覚醒剤歴(+)ED病歴(-)」群(n=9)は,矯正施設収容以後に,ほぼ矯正施設内限定でEDの症状を出現させていた.「ED病歴(-)覚醒剤歴(-)」群と「覚醒剤歴(+)ED病歴(-)」群は非典型的なEDの病像を示し,やせ願望は比較的軽度であった.重篤で長いED病歴をもつ「ED病歴(+)覚醒剤歴(-)」群においても,矯正施設初回入所以前にED治療を受けた者は,約半数にすぎなかった.【考察】ANの女性受刑者は均一の集団ではなく,治療や対応はそれぞれの病態に適合させる必要があるため,これらの分類は治療のために有益である.「ED病歴(+)覚醒剤歴(-)」群は,数の多さからもEDの典型性や重篤性からも臨床的に特に重要である.医療刑務所のAN患者の病態や治療について,今後も系統的多面的に研究を進め,報告する予定である.

索引用語:神経性やせ症, 摂食障害, 窃盗, 覚醒剤乱用, 医療刑務所>

はじめに
 摂食障害(eating disorder:ED)は今日若い女性を中心にかなり頻度の高い疾患となっている.しかし,その発症要因,病像,重症度,経過・予後などはさまざまであり,個々の症例により差異のある多様な疾患であるといえる.患者のなかには,窃盗や覚醒剤取締法違反などの犯罪行為を繰り返す者も稀ではない17-19)23)25)38)39).窃盗に関しては,(i)ED患者では一般人口に比べて窃盗を行う者が多い11)40),(ii)窃盗と過食との関連が大きい6)35)40),(iii)窃盗はEDの重症度のマーカーである6)16),(iv)EDは有罪判決を受けるリスクを増大させている40)などの報告がある.また,物質乱用との関連については,ED患者では物質乱用の合併頻度が高く,特に神経性過食症(bulimia nervosa:BN)1)で高頻度であり,神経性やせ症(anorexia nervosa:AN)1)においては,過食・排出型が摂食制限型に比べて高頻度であると報告されている5)13).覚醒剤とEDとの関連についての報告は多くないが,その食欲抑制効果が使用の動機となっているとの見解がある8)17)18)
 これらの犯罪行為はしばしば常習的であり,さまざまな訴追免除にもかかわらず,矯正施設に収容されるに至る者も少なくない2-4)30)34)37).窃盗などの犯罪を繰り返し,幾度となく逮捕されるがやめられないこれらの重篤なED患者の存在は,EDの専門家の間でも悩ましい問題となってきた23)25).しかし,その詳しい病態についてはEDの専門家の間でさえあまり知られておらず,適切な治療・対応についても見解は一致していないのが現状である.
 わが国の女子刑務所においては,近年EDの受刑者が増加し,対応の難しさや身体面の危機に対する懸念などにより,施設や職員の大きな負担になってきた14).受刑者におけるED患者の実数,頻度について,学術的な診断基準に基づいた統計はないが,「異常な食行動(拒食,食べ吐き等)を繰り返す等により,他の受刑者と異なる処遇を行う者」という定義による調査が,全国の女子刑務所および医療刑務所に収容された女子受刑者を対象に行われている.2014年7月の調査では,全女子受刑者4,027名中130名(3.2%)が,その定義に該当していたという14).EDのために死亡する例も稀ではなく,筆頭著者らが行ったアンケート調査では,2013年初頭からの3年間で,全国の女子刑務所および医療刑務所に収容中に死亡したED患者は,8人であった20)
 刑務所に収監中のED患者についての報告は,世界的にも稀である.Asamiらは,2002年10月から2011年12月の間に精神科治療目的に一般刑務所から八王子医療刑務所(東日本成人矯正医療センターの前身.わが国最大の医療刑務所であった)に移送された67名の女性ED患者の病態をレトロスペクティブに調査し,報告した3).その全例がANであり,実刑判決時の罪名で分類すると,最も多い罪名は窃盗(万引き)42名(63%),次いで薬物犯罪16名(24%)であり,万引き群はEDの病理がより重篤であった一方,反社会性や衝動性は小さかったという.
 EDを伴う受刑者の増加や彼女たちへの対応の困難さが,全国の女子刑務所や矯正局の最も大きな難題の1つとなっていくなかで,一般矯正施設からのED患者の受け入れを拡充する目的で,北九州医療刑務所(以下,当所)に女子収容区が創設され,2012年度より収容が開始された.以後今日に至るまで多数のED患者を引き受け,回避の許されない環境で長期間治療ができるなどの医療刑務所の特性をアドバンテージとして活用し,集約的な治療を行ってきた27-34).全国の矯正施設から要望のあったED患者のなかで,最も重症で身体的に緊急性が高いと思われる患者から受け入れてきたため,当所に移送されたED患者はほぼ全例がANであった.
 本研究は当所で治療したAN女性患者を対象とし,犯罪を伴うED患者の病態理解を深め,それに基づいた適切な治療・対応法の作成・確立をめざすものである.個々の症例に対して,過去の収容施設で集積された情報に加え,当所における調査,面接,さらには診療を通しての収集などにより,詳細な情報を得ている.研究全体としては,生育環境,病態,治療プログラム,その治療結果・予後,EDや窃盗の精神病理,EDと犯罪との関係など,広範囲に及ぶ.膨大な内容となることが予想されるために,いく編かの論文に分けて報告していく予定であるが,本稿はその第一報である.
 EDは一般に治療困難な疾患であるといわれている.そのなかでも,犯罪のために実刑となり,さらには医療刑務所に移送されるようなED患者は,治療や対応が一層困難であると考えられる.彼女たちのEDは概して罹病期間も長く慢性化・重症化しており,生育環境や心理面における問題も深刻であることが多い.このようなED患者の治療のためには,個々の患者の病態を十分に把握したうえでの対応が特に必要となる.それぞれの特徴を的確に把握するための分類がなされ,それに沿った治療指針が示されれば,対応がより可能となるのではないかという期待もある37)41).前出のAsamiらの報告3)の所見および結論は,われわれも同意できる点が多い.しかし,一層の理解のためには,浅見らの先駆的研究2-4)に引き続き,特徴のある群をさらに見いだしていくなどして,より多面的かつ総合的な理解を進めていく必要がある.
 医療刑務所における多数のAN女性患者の診療を行うなかで,彼女たちの病歴には大きく分けて,2通りあるという実感をもつようになった.すなわち,(i)矯正施設に初回入所する以前からの長いEDの病歴をもつ者と,(ii)矯正施設初回入所以前には目立ったEDの症状はなかったが,入所を契機に著明な体重減少などEDの症状が出現した者である.両者には異なった特徴があると思われ,それらを分類することが彼女たちの病態理解に寄与すると思われた.
 また,当所に移送されたAN女性患者のなかには,覚醒剤取締法違反により実刑となった者や,今回は他の犯罪により収容されてはいるが覚醒剤乱用歴のある者も認められた.覚醒剤乱用歴をもったED患者たちには,その生育環境やパーソナリティ,EDの病歴や病像などに典型的なEDとは異なった特徴があると思われる.前出のAsamiらの論文3)においても,薬物犯罪群は万引き群に比べて,衝動性,物質依存,反社会的性質,境界性パーソナリティ障害が高率であるなどと報告されている.覚醒剤乱用歴の有無により分類し比較検討することは,覚醒剤乱用を伴うED女性患者の特徴を知り,矯正施設におけるAN女性患者の全体像を理解することにも寄与すると思われた.
 以上より,矯正施設に収容される以前のEDの病歴*1の有無および覚醒剤乱用歴の有無により,当所に在籍したAN女性患者を4群に分類して,比較検討することとした.
 本報告においては,以下の仮説を立て,それを実証することを目的とした.
 (i)矯正施設初回入所以前のEDの病歴の有無および覚醒剤乱用歴の有無により,当所に入所したAN女性患者は異なった特徴をもつ4群に分類することができる.
 (ii)矯正施設初回入所以前に「EDの病歴があり,かつ覚醒剤乱用歴のない」患者群は,従来典型的なEDの病像として特徴づけられてきたものと,近似した病像を示している.
 (iii)その他の3群はそれとは異なった非典型的な病像を示しているが,矯正施設初回入所以前に「EDの病歴があり,かつ覚醒剤乱用歴のある」患者群には,(ii)の患者群と共通する側面もみられる.

I.方法
1.対 象
 当所に移送され治療したED女性患者は,一般刑務所において身体的な危機状態にあり,かつ,それを改善させる対応が困難であると判断された者であり*2,ほぼ全例がANであった.
 2012年5月から2021年6月までに,当所に在所したAN女性患者は,重複入所を含め延べ110人であった.そのうち,当所への入所が1回のみの者が91人,2回が8人,3回が1人で,重複入所を除くと100人であった.当所に重複入所した9人の患者の実刑判決時の罪名はいずれも窃盗であった.
 本報告の対象は,当所初回入所100人の患者であり,入所した時点において,全員DSM-5のANの診断基準1)を満たしていた.診断は主治医であった筆頭著者によったが,勤務以前の患者については診療録などにより確認した.

2.分類と比較
 「はじめに」で述べたように,EDの病歴の有無および覚醒剤乱用歴の有無によって,4群に分類した.すなわち,(i)矯正施設初回入所以前に,EDの病歴があり,かつ覚醒剤乱用歴のなかった患者(「ED病歴(+)覚醒剤歴(-)」群),(ii)矯正施設初回入所以前にはEDの目立った症状はなかったが,矯正施設入所が契機となりEDの症状が出現した,かつ覚醒剤乱用歴のなかった患者(「ED病歴(-)覚醒剤歴(-)」群)*3,(iii)矯正施設初回入所以前に,覚醒剤乱用歴があり,かつEDの病歴があった患者(「覚醒剤歴(+)ED病歴(+)」群),(iv)矯正施設初回入所以前に,覚醒剤乱用歴があり,かつ目立ったEDの症状はなかったが,矯正施設入所が契機となりEDの症状が出現した患者(「覚醒剤歴(+)ED病歴(-)」群)に分類した.

3.評価項目および尺度
1)人口統計学的,臨床的,心理社会的データ
 身上調査書(矯正施設で作成される,受刑者の生活歴,犯罪歴,病歴などを時系列的に記したもの),診療録などから,当所入所時年齢,EDの発症年齢・罹病期間,矯正施設に入所後(すなわち,拘置所入所時,一般女子刑務所入所時,当所入所時)のBMI・体重の経過,ANの病型(摂食制限型,過食・排出型),心理テストおよび知能検査の結果,矯正施設への入所回数,実刑判決時の罪名,婚姻状態,最終学歴,(矯正施設初回入所以前の)医療機関受診歴などのデータを収集した.
2)心理テストおよび知能検査
 以下の心理テストおよび知能検査を施行した.施行態勢が整うにつれて実施したため,各検査により施行数は異なる.
 (1)Zung Self-Rating Depression Scale(SDS)42)
 うつ病の症状を評価する自己記入式心理テスト.20項目4件法.
 (2)State-Trait Anxiety Inventory(STAI)21)
 不安を状態不安(STAI-S)と特性不安(STAI-T)の両面から評価する自己記入式心理テスト.状態不安,特性不安ともに,20項目4件法.当研究では,比較的安定した個人の性格傾向を示す,特性不安を用いた.
 (3)Eating Disorder Inventory-2(EDI-2)10)
 摂食障害の症状を評価する自己記入式心理テスト.91項目6件法.11個のサブスケールにより構成されている.
 (4)Wechsler Adult Intelligence Scale-Third Edition〔WAIS-III,ウェクスラー式知能検査(成人用)〕36)
 全般的な知的能力を示す全検査IQを,耳で聞いた情報の処理能力を測る言語性IQと,目で見た情報の処理能力を測る動作性IQに分けて算出する.被検者に課題を与え,その解答を検者が評価する.
 (1)~(3)は高得点ほど,症状が重度であるとされている.これらの諸検査は,原則として,当所入所後1ヵ月程度経過した時期と,出所前に施行した.本報告においては,前者の結果を用いた.
 心理テストおよび知能検査については,「覚醒剤歴(+)ED病歴(+)」群は実施数が2人のみと特に少なく,実態を表すデータとはなりにくいと思われた.そのため,覚醒剤乱用歴のある2群をまとめて「覚醒剤乱用歴」群とし,心理テストおよび知能検査については,「ED病歴(+)覚醒剤歴(-)」群,「ED病歴(-)覚醒剤歴(-)」群,「覚醒剤乱用歴」群の,3群間で比較することとした.

4.覚醒剤乱用歴をもつ2群の比較について
 覚醒剤乱用歴のある患者については,養育環境や生育・生活歴などの問題が大きく,それらが覚醒剤乱用やEDとも関連している可能性が大きいと思われた.そこで,彼女たちについては,原家族の顕著な問題,10代の不良交友,少年矯正施設への収容歴,10代の精神科受診歴,および性産業への従事歴の有無,また,シンナーおよび覚醒剤乱用の開始年齢,矯正施設(少年施設を含む)初回入所年齢についても調査し,両群で比較した.

5.分析の方法
 2群間の比較はstudent-t検定,3群以上の比較は分散分析,多重比較はTukeyの検定によった.カテゴリー変数同士の検定はχ2検定によった.有意水準は0.05とした.解析はJMP pro14.1(SAS Institute Inc. Cary, North Carolina, USA)により施行した.また,グループごとの平均値の差の程度を評価するために,効果量としてCohen's dを算出した.

6.倫理的配慮
 対象患者には口頭と文書で説明を行い,発表に関する同意を得た.個人情報の保護に配慮し研究を実施した.研究に際し,北九州医療刑務所および岡田内科クリニックの倫理審査委員会の承認を受けた.

II.結果
1.北九州医療刑務所のAN女性患者の全体像
 当所初回入所のAN女性患者100人の人口統計学的および臨床的特徴を,表1に示した.入所時の年齢は42.9±10.2歳(平均±標準偏差),EDの発症年齢は25.3±12.7歳,EDの罹病期間は17.2±10.8年であった.当所入所時のBMIは13.5±1.7 kg/m2,体重は33.2±4.2 kgであった.ANの病型は摂食制限型が26人(26.0%),過食・排出型が72人(72.0%),不詳が2人(2.0%)であった.
 最終学歴は高校中退以下が26人(26.0%),高校卒が31人(31.0%),それ以上が43人(43.0%)であった.婚姻状態は,未婚が44人(44.0%),結婚が24人(24.0%),離婚が32人(32.0%)であった.矯正施設への収容回数は2.1±1.6回であり,判決時の罪名(重複あり)は,窃盗87人(87.0%),覚醒剤取締法違反10人(10.0%),詐欺4人(4.0%),売春防止法違反1人(1.0%),殺人1人(1.0%),傷害1人(1.0%)であった.

2.各群の臨床的特徴の比較
 当所初回入所100人のうち,「ED病歴(+)覚醒剤歴(-)」群が74人(74.0%),「ED病歴(-)覚醒剤歴(-)」群が13人(13.0%),「覚醒剤歴(+)ED病歴(+)」群が4人(4.0%),「覚醒剤歴(+)ED病歴(-)」群が9人(9.0%)であった.
1)摂食障害の病像,生活歴,および犯罪歴
表2に,各群のEDの病像,生活歴,および犯罪歴と,その比較を示した.当所入所時の年齢は,「ED病歴(-)覚醒剤歴(-)」群が「ED病歴(+)覚醒剤歴(-)」群および「覚醒剤歴(+)ED病歴(-)」群に比べて,有意に高齢であった.EDの発症年齢は,「ED病歴(-)覚醒剤歴(-)」群が他の3群に比べて有意に高齢であり,「覚醒剤歴(+)ED病歴(-)」群は「ED病歴(+)覚醒剤歴(-)」群よりも有意に高齢であった.EDの罹病期間は,「ED病歴(+)覚醒剤歴(-)」群および「覚醒剤歴(+)ED病歴(+)」群が他の2群に比べて有意に長かった.当所入所時のBMIおよび体重は,「ED病歴(+)覚醒剤歴(-)」群が「覚醒剤歴(+)ED病歴(-)」群に比べて有意に低かった.ANの病型の分布には4群間で有意差があり,「ED病歴(+)覚醒剤歴(-)」群および「覚醒剤歴(+)ED病歴(+)」群で過食・排出型の割合が高く,他の2群では摂食制限型の割合が高かった.
 最終学歴の分布には有意差があり,「ED病歴(+)覚醒剤歴(-)」群では,高校中退以下が12人(16.2%),高校卒が26人(35.1%),それ以上が36人(48.6%),「ED病歴(-)覚醒剤歴(-)」群では,高校中退以下が2人(15.4%),高校卒が5人(38.5%),それ以上が6人(46.2%)と,この2群は受刑者としては比較的高学歴の割合が高かった.それに対し,「覚醒剤歴(+)ED病歴(+)」群では,高校中退以下が3人(75.0%),「覚醒剤歴(+)ED病歴(-)」群では,高校中退以下が9人全員と,低学歴が高率であった.婚姻状態は4群間に有意差はなかったが,各群とも未婚,離婚の割合が高かった.また,「覚醒剤歴(+)ED病歴(+)」群の結婚の1人は結婚回数が3回であり,「覚醒剤歴(+)ED病歴(-)」群の結婚の3人は,結婚回数が4回(2人),5回(1人)と,いずれも多数回であった.
 矯正施設への収容回数は,「覚醒剤歴(+)ED病歴(-)」群が「ED病歴(+)覚醒剤歴(-)」群および「ED病歴(-)覚醒剤歴(-)」群に比べて有意に多かった.今回実刑判決時の罪名(重複あり)は,「ED病歴(+)覚醒剤歴(-)」群では,窃盗が72人(97.3%)と圧倒的に多く,それ以外は「売春防止法違反」と「殺人」がそれぞれ1人(1.4%)であった.「ED病歴(-)覚醒剤歴(-)」群では,窃盗が11人(84.6%),詐欺が3人(23.1%),傷害が1人(7.7%)であった.「覚醒剤歴(+)ED病歴(+)」群では,覚醒剤取締法違反と窃盗がそれぞれ2人(50.0%),詐欺が1人(25.0%)であった.「覚醒剤歴(+)ED病歴(-)」群では,覚醒剤取締法違反が8人(88.9%),窃盗が2人(22.2%)であった.
2)BMI・体重の経過および医療機関受診歴
表3に,各群の今回矯正施設入所後のBMI・体重の経過および矯正施設初回入所以前の医療機関受診歴と,その比較を示した.拘置所入所時のBMIおよび体重は,「ED病歴(+)覚醒剤歴(-)」群が「覚醒剤歴(+)ED病歴(-)」群に比べ有意に低かった.拘置所におけるBMIおよび体重の減少は,4群で有意差はなかったが,他の3群が多少減少させていたのに対し,「覚醒剤歴(+)ED病歴(-)」群は多少増加させていた.女子刑務所入所時のBMIは,「ED病歴(+)覚醒剤歴(-)」群および「ED病歴(-)覚醒剤歴(-)」群は,「覚醒剤歴(+)ED病歴(-)」群に比べて有意に低く,体重は「ED病歴(+)覚醒剤歴(-)」群が「覚醒剤歴(+)ED病歴(-)」群に比べて有意に軽かった.女子刑務所におけるBMIの減少は,「覚醒剤歴(+)ED病歴(-)」群が「ED病歴(+)覚醒剤歴(-)」群および「ED病歴(-)覚醒剤歴(-)」群に比べて有意に大きく,体重の減少は「覚醒剤歴(+)ED病歴(-)」群が「ED病歴(+)覚醒剤歴(-)」群に比べて有意に大きかった.当所入所時のBMIおよび体重は,「ED病歴(+)覚醒剤歴(-)」が「覚醒剤歴(+)ED病歴(-)」群よりも有意に低かった.拘置所および女子刑務所を通算したBMIおよび体重の減少は,「覚醒剤歴(+)ED病歴(-)」群は「ED病歴(+)覚醒剤歴(-)」群に比べて有意に大きかった.
 矯正施設初回入所以前の医療機関への受診歴において,4群間に有意差が認められた.「ED病歴(+)覚醒剤歴(-)」群において,ED発症後5年以内にEDの治療を受けた者は30人(40.5%),その後にEDの治療を受けた者は6人(8.1%)であった*4.他の3群においては,「覚醒剤歴(+)ED病歴(+)」群において発症5年以後に治療を受けた1人以外,EDとしての治療を受けた者はいなかった.「ED病歴(-)覚醒剤歴(-)」群および「覚醒剤歴(+)ED病歴(-)」群においては,「身体科以外には受診歴なし」が最も多く,(EDとしての治療は受けていないが)「精神科などでED以外の治療を受けたことがある」が,それに次いで多かった.
 (EDとしての治療は受けていないが)「精神科などでED以外の治療を受けたことがある」のは,「ED病歴(+)覚醒剤歴(-)」群では15人(20.3%)で,その際の診断(患者の報告による.以下同様)としては,うつ病が8人,不安障害が4人,不眠症2人,自殺企図,アルコール依存症,心的外傷後ストレス障害,非定型精神病が各1人であった(重複あり.以下同様).「ED病歴(-)覚醒剤歴(-)」群では5人(38.5%)で,診断はうつ病5人,不安障害2人であった.「覚醒剤歴(+)ED病歴(+)」群では2人(50.0%)で,診断はうつ病1人,アルコール依存症1人であった.「覚醒剤歴(+)ED病歴(-)」群では3人(33.3%)で,診断はうつ病1人,不安障害2人,覚醒剤精神病1人であった.
3)心理テストおよび知能検査
 「方法」で述べたように,心理テストおよび知能検査については,「覚醒剤歴(+)ED病歴(+)」群の実施数がきわめて少なかったことから,「覚醒剤歴(+)ED病歴(+)」群と「覚醒剤歴(+)ED病歴(-)」群をまとめて「覚醒剤乱用歴」群として,他の2群と比較した.表4に,3群の結果とその比較を示した.
 心理テストおよび知能検査においては,「ED病歴(+)覚醒剤歴(-)」群以外の群の実施症例数の少なさもあり,EDI-2のIneffectiveness(無力感)サブスケールで,「ED病歴(+)覚醒剤歴(-)」群が「覚醒剤乱用歴」群に比べて有意に高得点であった以外,3群間で有意差は認められなかった.しかし,「ED病歴(+)覚醒剤歴(-)」群は,EDI-2の総得点および全11サブスケール中Impulse regulation(衝動制御の困難さ)以外の10サブスケールで,最も高得点を示し,Impulse regulationでは最も低得点であった.「覚醒剤乱用歴」群は,EDI-2の総得点および8サブスケールで最も低得点であったが,Impulse regulationは最も高得点であった.「ED病歴(-)覚醒剤歴(-)」群は,EDI-2の総得点および9サブスケールで「ED病歴(+)覚醒剤歴(-)」群と「覚醒剤乱用歴」群の中間的な値を示したが,Drive for thinness(やせ願望)およびBody dissatisfaction(身体への不満)では最も低得点であった.「覚醒剤乱用歴」群は,WAIS-IIIでは全検査IQ,言語性IQ,動作性IQのいずれも最も低得点であった.
 「ED病歴(+)覚醒剤歴(-)」群と「ED病歴(-)覚醒剤歴(-)」群の比較における効果量(Cohen’s d)は,EDI-2のDrive for thinnessで0.51,Body dissatisfactionで0.64であり,これらにおいて「ED病歴(+)覚醒剤歴(-)」群がより高得点である傾向が認められた.また,「ED病歴(+)覚醒剤歴(-)」群と「覚醒剤乱用歴」群の比較における効果量は,EDI-2の総得点で0.62,Ineffectivenessで0.93,Maturity fears(成熟恐怖)で0.54,Asceticism(禁欲主義)で0.65,Social insecurity(対人交流不安)で0.82,WAIS-IIIの全検査IQで0.71,言語性IQで0.79,動作性IQで0.61であり,これらにおいて「ED病歴(+)覚醒剤歴(-)」群がより高得点である傾向が認められた.また,「ED病歴(-)覚醒剤歴(-)」群と「覚醒剤乱用歴」群の比較における効果量は,EDI-2のBody dissatisfactionで0.51,Ineffectivenessで0.66,WAIS-IIIの全検査IQで0.70,言語性IQで1.05であり,「ED病歴(-)覚醒剤歴(-)」群がBody dissatisfactionでより低得点,他の3項目でより高得点である傾向が認められた.
4)「覚醒剤歴(+)ED病歴(+)」群と「覚醒剤歴(+)ED病歴(-)」群の比較
 両群の比較を,表5に示した.
 両群とも原家族の顕著な問題や10代の不良交友の割合がきわめて高く,大多数が15歳前後でシンナー乱用を開始していた.しかし,少年矯正施設への収容歴や性産業従事歴は,「覚醒剤歴(+)ED病歴(-)」群が有意に高率であった.また,「覚醒剤歴(+)ED病歴(-)」群は,覚醒剤乱用開始年齢がより若い傾向があり,矯正施設初回入所(少年施設を含む)年齢も有意に若かった.一方,「覚醒剤歴(+)ED病歴(+)」は,ED発症年齢がより若い傾向があり,罹病期間は有意に長かった.ANの病型については,「覚醒剤歴(+)ED病歴(+)」群で,過食・排出型が有意に高率であった.当所入所時年齢は分散分析では有意差は認められなかったが,効果量(Cohen's d)は1.22であり,「覚醒剤歴(+)ED病歴(-)」群がより若い傾向が認められた.
 拘置所入所時から当所入所時に至るBMI・体重の経過についても有意差は認められなかったが,効果量は,拘置所入所時の体重で0.71,女子刑務所入所時のBMIで0.81,体重で0.87,当所入所時のBMIで0.84,体重で0.65であり,いずれも「覚醒剤歴(+)ED病歴(+)」群がより低い傾向が認められた.また,拘置所におけるBMI減少の効果量は0.78,体重減少の効果量は0.67であり,両群間に差がある傾向が認められた.また,女子刑務所におけるBMI減少の効果量は0.58,体重減少の効果量は0.61であり,「覚醒剤歴(+)ED病歴(-)」群でより大きい傾向が認められた.
 実刑確定時の罪名(過去の収容を含む)については,両群のいずれにおいても,覚醒剤取締法違反が大多数を占めていたが,窃盗,詐欺などの他の罪名も認められた.

表1画像拡大表2画像拡大表3画像拡大表4画像拡大表5画像拡大

III.考察
1.北九州医療刑務所におけるAN女性患者の全体像
 当所に入所し治療したAN女性患者は,概してEDの罹病期間が非常に長く,また,やせが著しく,過食・排出型が過半数(72.0%)を占めるなど,EDの病態も重篤なものであった.最終学歴が受刑者としては高学歴な者も少なくなかった一方で,婚姻状態では未婚や離婚の割合が大きかった.矯正施設への収容回数は平均2回を超え,罪名は窃盗が最も多く(87.0%),覚醒剤取締法違反(10.0%)がそれに続いていた.このように,ANが遷延化・重症化し,再犯の傾向も大きいなど,EDとしても社会適応の面からも大きな問題を抱えていることが,全体像として示された.
 しかしながら,EDは多様な疾患である.本報告の対象も全体としては以上のような特徴をもっているが,EDとして比較的典型的なものからそうでないものまで,多様な病像の症例が混在している.個々の患者の多様性を反映した的確な分類を行うために,当所初回入所のAN女性患者100人を,矯正施設初回入所以前のED病歴の有無と覚醒剤乱用歴の有無により4群に分類し,比較した.

2.矯正施設初回入所以前にEDの病歴をもち,かつ覚醒剤乱用歴をもたなかった患者群(「ED病歴(+)覚醒剤歴(-)」群)
 4群のなかで大半(100人中74人)を占めたのは「ED病歴(+)覚醒剤歴(-)」群であった.
 ED発症年齢は平均して21.0歳と若かったが,ED罹病期間が平均20.9年と非常に長く,当所入所時の平均年齢は41.9歳であった.拘置所入所時から当所入所時まで一貫してBMI・体重が著しく低く,ANの病型としては過食・排出型が約8割と多数を占めていた.比較的高学歴であったが,未婚や離婚の割合が高かった.これらの所見は,若年発症,持続する顕著な低体重,未婚,比較的高学歴など,典型的なANの特徴として報告されてきたこととおおむね一致している9)22)24).また,罹病期間がきわめて長く,過食・排出型の割合も高く*5,さらには窃盗などの犯罪行為の常習化など,EDの遷延化・重症化の特徴が顕著に現れていた.罪名は圧倒的に窃盗が多かったが,これは常習窃盗とEDの遷延化・重症化との間の深い関連を示していると思われ,第二報以下で詳細に検討する予定である.
 心理テストおよび知能検査の結果は,「ED病歴(-)覚醒剤歴(-)」群および「覚醒剤乱用歴」群(「覚醒剤歴(+)ED病歴(+)」群+「覚醒剤歴(+)ED病歴(-)」群)の実施数の少なさから有意差は限定的であったが,EDI-2の総得点およびサブスケールのほとんどにおいて3群中最も高得点を示していた.また,効果量(Cohen’s d)からは,「ED病歴(-)覚醒剤歴(-)」群よりもサブスケールのDrive for thinnessとBody dissatisfactionで,「覚醒剤乱用歴」群よりも総得点,Ineffectiveness,Maturity fears,Asceticism,Social insecurityで高得点である傾向が認められた.これらより,「ED病歴(+)覚醒剤歴(-)」群は,EDとしての典型的な心理特性を,3群中で最も備えていると思われた.
 以上のような「ED病歴(+)覚醒剤歴(-)」群の特徴は,前項で述べた当所入所AN女性患者の全体像と共通しているが,それらの特徴が一層明瞭になっている.「ED病歴(+)覚醒剤歴(-)」群では,それとは異なった非典型的な病像を示す他の群が除かれたため,典型的なED患者の密度がより濃くなり,その特徴がより鮮明に現れたためと考えられる.
 Asamiらは,八王子医療刑務所に入所したAN女性患者を「万引き群」と「薬物犯罪群」に分類し,比較した3).「万引き群」は,高学歴傾向,堅実な職歴をもつが,ED罹病歴は長期化し,社会での対人関係欠落が顕著で,ED治療からのドロップアウト率も高かった.低体重,摂食制限型の比率(29%),強迫行動および強迫性パーソナリティ率も,「万引き群」で高かった.パーソナリティに関しては本報告では詳しくはふれない(第二報以後でふれる予定である)が,それ以外では,当研究の「ED病歴(+)覚醒剤歴(-)」群とAsamiらの「万引き群」は,その多数の項目でよく符合している.「ED病歴(+)覚醒剤歴(-)」群の罪名の大多数は窃盗(万引き)であり,異なった医療刑務所における窃盗罪のAN女性患者の所見が,多くの点でほぼ一致していたという結果であった.
 本報告との数少ない相違点の1つは,ANの病型について,薬物犯罪群よりも万引き群のほうが摂食制限型の割合が高かったと,Asamiらが述べている点である.本報告においては,覚醒剤乱用歴のある患者全体としては,「ED病歴(+)覚醒剤歴(-)」群よりも摂食制限型の割合が高かった.これについては,「4.覚醒剤乱用歴のある患者群」において,言及する.
 今回特に注目される所見の1つは,一般社会内で長期にわたり重篤なEDの症状を呈していた「ED病歴(+)覚醒剤歴(-)」群の患者においてさえも,発症後比較的早期(5年以内)にEDの治療を受けていた者が約4割にすぎず,その後に治療を受けた者を含めても約半数にすぎなかったことである.約半数は,矯正施設初回入所以前にはEDについての治療はなされていなかったのである.こういったEDについての受診歴の乏しさの理由として,本人の病識のなさや治療への強い抵抗など,ED患者に特徴的な要因が大きかったことがまず考えられる.しかし,それに加え,わが国の社会や医療全体において,EDという病気に対する理解や治療の重要性が十分浸透しておらず,専門的な治療を受ける機会も少なかったであろうことも,重要な要因であったと思われる.
 また,EDの治療は受けたことはなかったが,他の診断によって精神科などを受診していた者が15人(20.3%)いたことも,重要な所見であると思われる.これはED患者に特徴的な,(EDという)本来の問題には向き合わず,他に転嫁して回避する傾向によるものとも思われる.しかし,彼女たちの問題がより広範であり,その苦痛から逃れるための処置を求めての受診であったとも考えられる.彼女たちはうつ病,不安障害その他の診断を受け,その症状を訴えて聞いてもらったり,それに関連した薬剤(抗うつ剤,抗不安薬,睡眠薬)をもらったりして,その日その日を何とかやり過ごしていたのかもしれない.身体科以外には受診歴のなかった患者も21人(28.4%)いたが,これらのなかには下剤,利尿剤,睡眠薬など,自分が望んだ薬剤の処方を求めての受診もあったのではないかと思われる.「ED病歴(+)覚醒剤歴(-)」群の患者の受診歴を振り返ってみるにつけ,一人一人の患者をその人全体として理解し対応することの重要性を,再認識させられる.EDの治療が単にEDの症状の改善(体重の回復や食行動の改善)のみを志向するものであったり,精神科の治療が診断や症状に限局したものであったりすれば,大きな問題や生きづらさを抱えた重症のED患者にとって,治療は真の回復を与えてくれるものにはなりえないであろう.彼女たちは行き場を失い,慢性化・重症化の経過をたどらざるをえなくなるように思われるのである.
 Asamiらは,八王子医療刑務所のAN女性患者の精神科治療歴を,万引き群では71%,薬物犯罪群では36%であったと報告している3).Asamiらの「万引き群」が当報告の「ED病歴(+)覚醒剤歴(-)」群に対応し,「薬物犯罪群」が「覚醒剤乱用歴」群に対応しているとし,浅見の報告が生涯にわたる精神科受診歴ということであれば,今回の結果と矛盾はしていない.しかし,今回の調査は,精神科などへの受診がED治療を目的としたものであったか,また,治療が比較的効果的であるといわれているED発症後早期の受診であったかという点に,特に注目したものである.その結果,EDの症状が明確に存在していた「ED病歴(+)覚醒剤歴(-)」群においてさえ,早期のED治療目的の受診は約4割であり,EDが慢性化した後の遅ればせともいえる治療を加えても,約半数であったのである.不良な経過をたどり当所への入所に至った患者のED治療歴は,このように乏しいものであり,慢性化・重症化を防ぐという二次予防という観点からも,ED患者としての受診率の低さや,ED発症早期からの治療内容などについて,真剣に検討していく必要があると思われる.
 近年,遷延化した重症ANを重症遷延性神経性やせ症(severe and enduring anorexia nervosa:SEAN)と呼び,その治療困難性が強調されている7)12)26).SEANの定義は研究者によって一定していないが,その項目として最も用いられているのは,ANの罹病期間の長さと,過去の治療の失敗である.罹病期間の基準としては,7年以上としている論文が最も多く,次いで多いのが10年以上である.本報告の「ED病歴(+)覚醒剤歴(-)」群の罹病期間の平均は20.9年(4~41年)であり,大多数がこの条件を大きく上回っている.
 しかし,過去の治療の失敗という点では,約半数の者が矯正施設初回収容以前にEDの治療を受けたことすらなく,治療効果が比較的得られやすいといわれる発症後早期のものとなると受診率はさらに低かった.治療の失敗という項目は,ANが重篤であることを客観的に示すための指標として加えられたものと思われる.しかし,ANには強固な治療拒否という特徴があり,EDとして重症であるからこそ治療を受けていないという場合も少なくないと思われる.そもそも治療がなされていなければ,失敗ということもない.治療の失敗という指標は,少なくともわが国のED治療の現状には適合しないのではないかと考える.EDが元々重篤であったからこそ治療を拒否する傾向が大きいことと,早期に適切な治療を受けられる環境になかったことの相乗効果が,SEANという病態を生む1つのメカニズムだとも考えられる.「ED病歴(+)覚醒剤歴(-)」群の患者のなかには,複数の病院を受診し専門家の治療を次々と受けたことのある者も少数ながらいる一方で,自分がEDだという自覚も乏しく,治療らしい治療を受けたことのない者も多いのである.いずれも重症で遷延したANであり,SEANとして認識し,その病態をさらに深く理解し,有効な治療・対応を考えていく必要があると思われる.

3.矯正施設初回入所以前にはEDの目立った症状はなく,かつ覚醒剤乱用歴のなかった患者群(「ED病歴(-)覚醒剤歴(-)」群)
 次に,「ED病歴(-)覚醒剤歴(-)」群(n=13)であるが,ED発症年齢および当所入所時年齢は4群のなかで最も高齢であり,罹病期間は最も短かった.典型的なEDの好発年齢である若年期にはEDの目立った症状は認められず,中高年になり逮捕や収容というイベントを契機に,不食,体重減少などのEDの症状が出現していた.拘置所入所時は多少やせ型であったが,拘置所および女子刑務所においてBMI・体重をさらに減少させ,医療刑務所に移送されている.ANの病型は,過食・排出型が38.5%と4群で最も低率であった.罪名(重複あり)は窃盗が11人(84.6%)で,残りは詐欺3人(23.1%)と傷害1人(7.7%)であった.「ED病歴(+)覚醒剤歴(-)」群と同様,比較的高学歴の傾向を示している一方,婚姻状態は未婚と離婚の割合が高かった.矯正施設入所以前のED治療歴をもつ者がいなかったのは,そもそもEDの目立った症状がなかったのであるから当然だといえる.心理テストの結果において,EDI-2のDrive for thinnessおよびBody dissatisfactionサブスケールが最も低得点であり,効果量(Cohen’s d)からも「ED病歴(+)覚醒剤歴(-)」よりも低得点である傾向が認められた.これらはEDの最も中核的な心理特性であり,食事量低下,体重減少など身体面・行動面の症状はあるにしても,EDの心理面の特徴は比較的乏しかったことがうかがえる.
 では,それまでEDの症状をもたなかった人が,なぜ矯正施設入所などを契機に,不食や体重減少などのEDの顕著な症状を生じたのであろうか.体重減少の要因として,「ED病歴(-)覚醒剤歴(-)」群の患者自身がしばしば述べるのは,刑務所内の人間関係のストレスや,逮捕・収容されたことへの心理的ショックにより,自然に食べられなくなったということである.刑務所は弱い者いじめなども日常的にみられる,ある意味で弱肉強食の世界であり,人間関係が苦手であったり,ストレス耐性が低い者にとっては,大変生きづらい環境であるといえる.そのようなストレス状況下で,受刑者が精神的に追いつめられて食欲が減退し,結果として体重も減少するということは,珍しいことではないと思われる.そして,それが職員など周囲の注目するところとなり,患者の症状と周囲の対応の相互作用により,ED的な行動・症状が強化され顕著なものとなっていくことも,少なくないのであろう.彼女たちにとっては,ED的な症状を示すことがSOS発信ともなり,刑務所内の過酷な現実から逃れてより生きやすい環境を手に入れるための,対処方法ともなったりするのではないだろうか.ED的な症状により,刑務作業を免除され,共同室(雑居房)から単独室(独居房)に移され,医療的な対応という特別待遇をしてもらうことなどによって過酷な状況を回避でき,それは彼女たちにとって救いとなったのではないかと思われるのである.
 しかし,このような相互作用は,典型的なED患者(「ED病歴(+)覚醒剤歴(-)」群の多く)では,まずもって起こらないであろう.典型的なED患者にとって,やせを追及し維持することが何にも代えがたい最大の価値であり,それを守るためには通常の受刑者として処遇されるほうが都合がよいからである.やせこけた身体であっても強迫的に刑務作業に従事し,運動時間には過活動に励み,職員の目を盗んで食事廃棄や嘔吐などを行える自由を,何としても手放したくないであろう.したがって,上記のような周囲の特別な配慮は,それらの自由を失わせる受け入れがたいものとして,むしろ強く回避・拒否される.医療的な介入を招きかねないギリギリの体重をめぐっての不毛な駆け引きが,一般刑務所においてしばしば繰り広げられているのである.
 「ED病歴(-)覚醒剤歴(-)」群の患者は,総じて,中高年,未婚・離婚の状態で,経済的にも不自由な傾向にあり,将来の保証の乏しい頼りない身の上であることが多い.このように弱い立場の者が一層追いつめられる状況のもとでEDを発症することは,一般的な環境においても起こりうることではないだろうか.年齢を問わず,適応力の乏しい弱者的な存在が,その弱さを示すことによって周囲の援助を受けやすくなることがあり,そこにED的病像が形成されるのである.EDは多因子疾患であるとされているが,そのような要因が優勢な患者の場合,EDを発症する要因として,SOS発信や現実回避という意味合いが大きく,典型的なEDにみられる顕著なやせへの執着という側面は,相対的に小さくなると思われる.
 もっとも,「ED病歴(-)覚醒剤歴(-)」群の患者のすべてが,弱者的であるというわけではない.例えば,罪名が詐欺の者のうち保険金詐欺を繰り返した2人の場合,安楽で有利な生活を手に入れるためにやせるという手段を意図的に利用しているような,したたかな面もあったようにも思われる.また,男子受刑者において,自分の主張や要求を通そうとして不食を続けるハンガーストライキ的なものも珍しくなく,頑固な不食や体重減少のため,EDとしての治療を求められることがある.これについては,やせ願望の関与はほとんどないと思われるのでEDとは考えていないが,女子受刑者においても,それに近い心理がある程度認められる者もいる可能性は否定できない.「ED病歴(-)覚醒剤歴(-)」群の病態にも幅があると思われ,今後さらに症例を積み重ね,理解を拡げていきたい.
 なお,食事摂取量低下,体重減少という症状はうつ病においてもよくみられ,うつ病との鑑別も必要である.しかし,SDSの得点において他の群との差はほとんど認められず,臨床的にもうつ病と診断した者はいなかった.抗うつ剤もまったく使用しなかったが,EDに対する治療によって十分な食事摂取が可能となり,心理的にも安定し,体重も順調に回復していったのである.元々ED患者のSDSの得点は高い傾向にあり,50点程度の得点はEDでは特別高いとはいえないと思われる.しかしながら,この群の患者のうちの比較的多数ともいえる5人(38.5%)が,矯正施設初回入所以前にうつ病の診断で精神科などを受診したことがあったのである.その詳細は不明であるが,その時点において,従来のメランコリー親和型うつ病とは異なってはいるが,拡大されたうつ病概念(いわゆる,新型うつ病)には含まれる病態であったということも考えられる.そのパーソナリティの特徴としての回避性が,矯正施設入所後に非典型的なEDを発症する要因となったのかもしれない.うつ状態は社会内においては現実回避の手段となりうるが,矯正施設内ではもっと目に見える回避の手段が必要であったという事情が,彼女たちに体重減少という手段を選ばせたのかもしれない.なお,当所において彼女たちに目立ったうつ傾向が認められなかった1つの要因として,当所のED治療の特徴である回避を容認せず強化しない基本姿勢が関与している可能性がある.すなわち,元来回避傾向の大きい「ED病歴(-)覚醒剤歴(-)」群の患者に対して,そのような治療の特徴が,EDの症状のみならず抑うつ症状の顕在化を許さなかったとも考えられるのである.

4.覚醒剤乱用歴のある患者群(「覚醒剤歴(+)ED病歴(+)」群および「覚醒剤歴(+)ED病歴(-)」群)
 「覚醒剤歴(+)ED病歴(+)」群(n=4)と「覚醒剤歴(+)ED病歴(-)」群(n=9)は,いずれも拘置所入所時のBMI・体重は比較的高かったが,女子刑務所においてBMI・体重を顕著に減少させ,当所への移送に至っていた.矯正施設への入所回数がいずれも平均3回以上と多いのは,覚醒剤犯罪の顕著な累犯性を反映している.両群とも最終学歴の低さが顕著であったが,幼少時からの劣悪な家庭環境,小中学校での成績不良,不良仲間と遊ぶことが主体の生活を送っていた者がほとんどであり,勉学とは縁の薄い世界で生きてきたといえる.
 両群とも,家庭環境や生活歴において,原家族の顕著な問題,10代の不良交友,およびシンナー乱用歴が高率であるなど,共通した面も認められた.しかし,「覚醒剤歴(+)ED病歴(+)」群には,EDの発症年齢の若さ,罹病期間の長さ,低体重,過食・排出型優位の病型など,遷延化・重症化したEDの病像が比較的明瞭に認められた.それに対して,「覚醒剤歴(+)ED病歴(-)」群は,覚醒剤乱用開始年齢や矯正施設初回入所年齢(少年矯正施設を含む)が若く,少年矯正施設への収容歴や性産業従事歴が高率であるなど,一般社会の規範を逸脱した覚醒剤乱用者としての特徴がより顕著であった.「覚醒剤歴(+)ED病歴(-)」群は,拘置所において唯一BMI・体重を増加させていたが,拘置所では自弁で食材を購入することが可能であり,彼女たちはより多く食材を購入し摂取する傾向があったのだと思われる.
 前述したように,実施症例数の少なさから心理テストおよび知能検査の結果は両群を合わせた「覚醒剤乱用歴」群として集計し,他の2群と比較した.その結果については,実施症例数の比率から「覚醒剤歴(+)ED病歴(-)」群の寄与のほうが大きいと思われるが,EDI-2では,典型的なEDの心理特性は小さいという傾向が認められ,この群のEDの病理は,平均して比較的軽いことがうかがえた.WAIS-IIIでは,全検査IQ,言語性IQ,動作性IQのいずれも3群で最も低得点である傾向が認められたが,この結果には,素質,環境,覚醒剤の後遺症のいずれもが影響を与えている可能性がある.
 覚醒剤乱用歴をもつAN患者のなかで,13人中9人と多数を占めたのは,「覚醒剤歴(+)ED病歴(-)」群の患者であった.彼女たちは,矯正施設内でEDを発症しているが,発症後も矯正施設外においてはED的な行動や症状はほとんどなかったように述べている.一般社会内(矯正施設外)では自分の体重・体型について特別気にかけたことはなく,やせるための意図的な行動を行うことも特になかったというのである.直接確かめることのできない過去の話については,その真偽の判断に慎重を期すべきなのは当然である.しかし,医療刑務所内の態度においても,「ED病歴(+)覚醒剤歴(-)」の患者の多くに認められるほどの,やせていることに強く固執し続ける様子は,彼女たちにはあまり認められなかった.EDの治療においても,行動変容を促す治療的枠組みのなかで,比較的容易に行動を修正し,体重の回復も順調であることが多かった.通常の女性並みのやせ願望はあったとしても,収容前の覚醒剤の使用頻度が高く,それによる食欲低下で自然にやせられていたことで満足していたのではないだろうか.彼女たちにとって覚醒剤は,使うことに付随して自然にやせられる一石二鳥のような,気軽で便利な方法だったように思われるのである.やせるという究極の目的のために,たとえ人生を棒に振ってでも「禁断の薬」を使うのをやめられないというほどの,われわれが想像しがちな深刻さは,彼女たちからは感じられない.
 松本らは,EDを合併する女性覚醒剤乱用者21例を対象として,ED発症と覚醒剤使用開始との継時的な前後関係から,ED先行型とED後発型に分類し,両群のED発症の背景・契機と覚醒剤使用の動機,および臨床的特徴の差異を調べた17).その結果,ED後発型の全例が覚醒剤使用中断時の反跳性食欲亢進をBN発症の契機として陳述し,覚醒剤がBNを誘発する可能性が示唆されたとしている.本報告の「覚醒剤歴(+)ED病歴(-)」群は9人全員においてED発症が覚醒剤乱用に後発しており,松本らのED後発型に対応させて考えてみることができるように思われる.
 反跳性食欲亢進がEDの誘因となるという松本らの説によれば,「覚醒剤歴(+)ED病歴(-)」群のED発症の経過は,以下のようになる.(i)矯正施設収容による覚醒剤使用中断→(ii)反跳性食欲亢進→(iii)拘置所における食材の自弁購入・摂取による体重増加→(iv)やせ願望→(v)(食べ物の摂取が管理されている)刑務所におけるダイエット(排出行為を含む場合もある)→(vi)著明な体重減少.「覚醒剤歴(+)ED病歴(-)」群のBMI・体重が拘置所では多少増加し,その後女子刑務所において著明に減少しているという経過は,上記(iii)~(vi)に合致しているように思われる.
 このように,拘置所における食欲亢進や体重増加がそれまであまり意識することもなかったやせ願望を活性化し,刑務所におけるダイエットの動機づけの一因となったということは,十分に考えられる.しかし,彼女たちの医療刑務所内での態度やED治療への反応は前述した通りであり,そのやせ願望ややせへの執着は,「ED病歴(+)覚醒剤歴(-)」群におけるほど顕著なものではなかった.彼女たちに女子刑務所における体重減少の理由を聞くと,「みんなダイエットしているので,自分もしようかと思って」と,気軽な動機でダイエットを始めたと述べる者が多い.実際,女子刑務所において,多くの収容者がダイエットを試みるとのことである.
 しかしながら,「覚醒剤歴(+)ED病歴(-)」群と松本らのED後発型には,前者は矯正施設内で発症し全員ANであったのに対し,後者は一般社会内で発症し全員BNであったという相違点もある.これらの相違の1つの要因として考えられるのは,覚醒剤乱用の程度の違いである.「覚醒剤歴(+)ED病歴(-)」群は,その度重なる矯正施設収容歴にも反映されているように覚醒剤使用の程度はより重度であり,結果的に食欲は継続的に抑えられ体型もコントロールできており,一般社会内ではEDを発症する動機が生じなかったのではないかと思われる.安易に行動し深く考えることもなく,「危ない薬」をほとんど抵抗もなく使ってしまうというような,パーソナリティも関与しているであろう.一方,松本らのED後発型では,補導・逮捕経験は高率であるが,矯正施設への入所の記載はなく,「覚醒剤歴(+)ED病歴(-)」群に比べれば覚醒剤使用の程度は軽度で頻度も低かったのではないだろうか.覚醒剤の使用に多少の罪悪感・抵抗を感じる一方で,抑えきれずに使ってしまうというような葛藤もあるのかもしれない.そのようにして,覚醒剤の使用状況により食欲減退と反跳性食欲亢進を繰り返し,一般社会内でEDが誘発されたのではないかと思われるのである.
 このように両者はEDの出現場所を異にしているが,それがEDの病型を決定する要因にもなっていたと思われる.ED後発型では,過食の食材も覚醒剤も自分の意思で入手可能な,一般社会の環境においてEDを発症している.小沼は,覚醒剤使用の一様態として「周期的使用」という概念を提唱している15)が,「過食(体重増加)⇔排出行為・覚醒剤使用」というサイクルのなかで,体重は上下するが極端に減少することはなく,病型は(体重は正常範囲内の)BNで推移するのだと思われる.一方,「覚醒剤歴(+)ED病歴(-)」群では,覚醒剤も過食のための食材も手に入らない刑務所内で,不食などのやせる行動に専念し,そのような環境にも助けられて体重を顕著に減少させてANとなるのではないだろうか.
 しかし,ダイエットを試みた多くの女子受刑者のほとんどが,これといった成果を上げることもなくやめてしまうのに,「覚醒剤歴(+)ED病歴(-)」群の患者が女子刑務所内で平均12.5 kgの体重減少を実現できたのには,彼女たちなりの内的な理由もあったのではないかと思われる.彼女たちは,社会において,薬物,人間(異性など),物,お金などの対象に依存し,快楽的な生き方をすることで「生きている」という感覚を得ており,それによって生きづらい人生を生きのびてきたように思われるのである.しかし,刑務所内ではそれらに頼ることは許されない.そこで,得られなくなったものを埋めるために,それ以外の依存症的な行為を行うことになるのではないだろうか.EDには心の空白を疑似的に埋めてくれる側面もあり,そのために彼女たちはED的な行為に「はまる」のだと思われる.
 「やせていくことが楽しく,他の受刑者たちとダイエットを競うようになった」と,彼女たちは言う.ダイエットに励むことが,不本意で無意味に思える刑務所生活にとりあえずの目標・目的を与えてくれる.ダイエットで他の受刑者に勝つことにより,自分自身や自らの人生への肯定感をもつことができる.そして,他の受刑者よりも優位となり,「マウントをとる」ことができる.職員の指示に従わないことは,主体的に生きているような感覚を与えてくれるのかもしれない.刑務所内での彼女たちのダイエットは,やせへのあくなき執着のためというよりも,社会における依存対象に代わる,代償行為のように思えるのである.
 Asamiらの薬物犯罪群の実刑判決時のBMIは17.6 kg±3.1/m2であったが,医療刑務所入所時のBMIは11.5±0.7 kg/m2ときわめて低く,病型は全例ANの過食・排出型であった3).医療刑務所入所時のBMIの極度の低さは本格的なやせ願望の存在を示唆しているのかもしれない.しかし,ここまで低いことについては,Asamiらの対象が医療刑務所に入所した時期(2002~2011年)は,医療刑務所のED収容のキャパシティがきわめて乏しく,余程生命の危機状態でもなければ入所できなかったという背景があった.その点,本報告の対象は,当所での治療が始まって医療刑務所のED受け入れの枠がある程度拡がってからのものであり,より幅の広い病態の者が含まれていた可能性がある.「覚醒剤歴(+)ED病歴(-)」群は,ED的な要素よりも,覚醒剤乱用者としての特徴が勝っている一群であり,Asamiらの薬物犯罪群とは異なった病態であったと思われる.一方,「覚醒剤歴(+)ED病歴(+)」群は,拘置所入所時のBMIは平均17.7 kg/m2,医療刑務所入所時のBMIは平均13.4 kg/m2,病型は全例がANの過食・排出型であるなど,Asamiらの薬物犯罪群と似たプロフィールを示しており,覚醒剤乱用歴のあった患者のなかではED的な要素が大きいように思われる.医療刑務所入所時のBMIはAsamiらの薬物犯罪群に比べてやや高いが,医療刑務所への移送が遅れれば薬物犯罪群と同様のBMIの低下を示していたのかもしれない.
 Asamiらの報告における万引き群と薬物犯罪群のANの病型の割合の比較3)が,本報告の「ED病歴(+)覚醒剤歴(-)」群と覚醒剤乱用歴をもつ患者全体との比較と相反していることを,前述した.すなわち,覚醒剤乱用歴をもつAN患者における過食・排出型の割合が,Asamiらの報告では万引き群よりも高く,本報告では「ED病歴(+)覚醒剤歴(-)」群より低かったのである.これは,Asamiらの薬物犯罪群とは異なった病像をもつ「覚醒剤歴(+)ED病歴(-)」群が,本報告には多く含まれていたことによると思われる.Asamiらの薬物犯罪群に似たプロフィールをもつ「覚醒剤歴(+)ED病歴(+)」群に限れば,過食・排出型が100%であり,Asamiらの薬物犯罪群と,一致した所見となる*6.覚醒剤乱用歴のあるAN患者の病態も均一ではなく,特徴のある群に分類して比較したことで,病態理解を進めることができたと思われた.症例数の少なさもあり,今後のさらなる検討が必要である.

5.本報告の意義
 医療刑務所に治療のために移送されてきたAN女性患者には,矯正施設に特有な性質をもちEDとして非典型的な病像を示す症例群が認められた一方で,大多数を占めたのは,若年期に比較的典型的なEDを発症し,長い病歴の間に遷延化・重症化した症例群(「ED病歴(+)覚醒剤歴(-)」群)であった.これらのグループ分けは,犯罪を伴うAN女性患者の個々の病態や全体像を理解するうえで役立ち,適切な治療・対応にもつながると思われ,臨床的意義があると考える.
 本報告の「ED病歴(+)覚醒剤歴(-)」群とAsamiらの先行論文における万引き群の間に,基本的な点で多くの一致をみた.異なった医療刑務所の間で,AN女性患者の主要な集団の病像に大きな差がなかったことが示され,矯正施設内のED患者の基本的な病像を確認することができた.
 「ED病歴(+)覚醒剤歴(-)」群は,きわめて長いEDの病歴をもち非常に治療困難な状態となっており,SEANのなかでも重篤な一群であると思われる.世界的にEDが多発するようになって以来かなりの年数が経過し,治癒せず重症化したED患者がSEANとして集積し,その多数の患者への対応がますます大きな課題となっている.しかし,その病態は十分明らかになっているとは言い難い.その一因として,SEANの患者は概して医療機関への受診に消極的・拒否的であり,受診しても容易にドロップアウトするなどして,得られる情報も部分的,限定的なものとなりがちであることが挙げられる.その点,今回の報告は,医療刑務所という逃れられない環境において,継続的に治療・観察されることにより収集された詳細な情報に基づいており,SEANについての資料としても,貴重なものであると考えられる.
 「ED病歴(-)覚醒剤歴(-)」群や,「覚醒剤歴(+)ED病歴(-)」群は,矯正施設以外で臨床家の目にふれることは少ないが,矯正施設内では一定の割合で存在するED患者群であると思われる.EDは多因子的疾患であるといわれているが,そういう面からみると,「ED病歴(-)覚醒剤歴(-)」群は弱者的な人のSOS発信,回避性,生き延びる手段という側面,「覚醒剤歴(+)ED病歴(-)」群は依存を生きる方法にした人の代替的な依存の方法という側面が,大きな役割を果たしていると考えられる.EDの多様性を考えるための資料としても,興味深いものであると思われる.
 治療とその結果・予後に関しては,今後の報告で詳しく取り上げる予定であるが,それぞれの群の特徴に合わせた効果的と思われる治療方針について,簡単に述べたいと思う.「ED病歴(+)覚醒剤歴(-)」群の患者はEDとして最も重症であり,その改善のためにはEDに対する本格的な治療がなされる必要があり,それが再犯・再入所の防止にもつながると思われる.彼女たちのEDは非常に重症化・難治化しており,治療への抵抗も大きく,通常の治療環境や対応ではその改善は非常に難しい.しかし,医療刑務所には,重症ED患者を治療するうえでの大きなアドバンテージがある.すなわち,絶対的な物理的枠組み(回避が許されないが,同時に守ってくれる環境),比較的長期間の治療が可能(刑期いっぱい治療できる),豊富なマンパワー(刑務官,看護師,心理士,ソーシャルワーカー)などである.それらを活用した強力な治療プログラムによって,通常では望めない大きな成果が得られる可能性がある*7
 「ED病歴(-)覚醒剤歴(-)」群や「覚醒剤歴(+)ED病歴(-)」群は,「ED病歴(+)覚醒剤歴(-)」群と比べてEDとしての重症度は低いが,それぞれ特徴的な困難を抱えている.そのため,たとえ医療刑務所などにおいてEDの症状が改善したとしても,社会に出たときに再犯し再入所することを繰り返す可能性が大きい.EDへの治療・対応を行う以外に,それぞれの困難に特化した効果的な治療・援助を行うことが重要である.すなわち,覚醒剤乱用歴のある群に対しては覚醒剤依存に対する治療・かかわりが,「ED病歴(-)覚醒剤歴(-)」群に対しては出所後の経済面,生活環境に対する行政のきめ細かいバックアップなどが,予後改善のキーポイントになると思われる.
 以上のように,各群の患者の病態には違いがあり,それによって治療・対応の戦略を適合させることが望ましい.今回示した分類が,各患者の病態を知るための1つの指針となり,それによって適切な治療・対応が可能となるとすれば,臨床的な意義は大きいと考える.

6.本報告の限界と今後の課題
 対象の大多数を占めた「ED病歴(+)覚醒剤歴(-)」群は,比較的まとまった病像を示しているが,より詳細にみればさまざまな要素を含んだ均一とは言えない集団であり,タイプ分けがさらに可能であると考える.しかし,今回の報告では,「ED病歴(-)覚醒剤歴(-)」群,「覚醒剤歴(+)ED病歴(+)」群,および「覚醒剤歴(+)ED病歴(-)」群との区別を中心にして,「ED病歴(+)覚醒剤歴(-)」群という集団を同定し,その全体的特徴を示すことにとどめた.今後の課題として,心理社会的背景やさまざまな心理尺度の結果などを用いて,「ED病歴(+)覚醒剤歴(-)」群をさらに分類するなど,その病態理解を進めたい.また,逆境的体験,発達障害,パーソナリティ障害などの問題の比率も高く,これらの面からの検討も進めたい.
 症例数や検査実施数が少ない群もあったため,特に心理テストについては3群の比較となったうえ,有意差を示すことができないことも少なくなかった.効果量によって群間の相違を示唆したが,より多くの症例によって病像の違いを明確にしていくことが望ましいと思われる.症例の性質上,数を大幅に増やすことは簡単ではないが,多施設共同研究の実施なども視野に入れ,症例を積み重ねていきたい.
 EDを合併する覚醒剤乱用者についての詳細な報告は非常に限られ,その実態についての理解はまだ不十分である.今回,当所で認められた「覚醒剤歴(+)ED病歴(-)」群について,松本らのED後発型と比較することで,その病態の理解を試みた.しかし,ここで示した病態は,医療刑務所という特殊な環境においてこそみることのできる,1つの特別な病態であるようにも思われる.今後より幅広く臨床経験を重ねることなどにより,覚醒剤乱用歴のあるED患者の全体像の理解に近づけていければと思う.

おわりに
 一般矯正施設から医療刑務所に治療のために移送されたAN女性患者100人を,矯正施設初回入所以前のEDの病歴の有無と覚醒剤乱用歴の有無により,「ED病歴(+)覚醒剤歴(-)」群,「ED病歴(-)覚醒剤歴(-)」群,「覚醒剤歴(+)ED病歴(+)」群,および「覚醒剤歴(+)ED病歴(-)」群に分類・比較し,それぞれ異なった病像が認められた.
 「ED病歴(+)覚醒剤歴(-)」群は若くしてEDを発症し,きわめて長い病歴とともに慢性化・悪化した,最も重篤なSEANであった.全体の約4分の3という数の多さや,EDとしての典型性,重篤性から,臨床的にも最も重要な群であると考える.
 「ED病歴(-)覚醒剤歴(-)」群においては,刑務所という過酷な環境のなかで,EDが弱者的な人のSOS発信や回避の手段となっているように思われた.覚醒剤乱用歴のあるAN女性患者群のなかでも,矯正施設初回入所以後にEDを発症した「覚醒剤歴(+)ED病歴(-)」群は,ED患者としてよりも覚醒剤乱用者としての要素が大きく,重度の覚醒剤乱用と矯正施設への収容という環境がED発症の要因となっているものと思われた.「覚醒剤歴(+)ED病歴(+)」群は症例数が少なくその病像を明確にすることはできなかったが,「覚醒剤歴(+)ED病歴(-)」群に比べればED的な要素が大きいと思われた.
 本報告は,犯罪を伴うED患者の病態理解を深め,それに基づいた適切な治療・対応法の作成・確立をめざす研究の一部であり,その第一報である.今後,多面的,系統的にさらに研究を進めていく予定である.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

 謝 辞 本研究への情報提供にご協力いただいたすべての患者さん,治療・処遇や情報収集に携わっていただいた北九州医療刑務所職員の皆さん,研究や原稿への貴重なアドバイスをいただいた中村学園大学大学院 野崎剛弘先生,九州大学病院心療内科 高倉修先生,占部宏美先生に,深く感謝を申し上げる.

文献

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注釈

*1 診察による病歴聴取,身上調査書や診療録の記載などにより,矯正施設初回入所以前に,DSM-5のEDの診断基準1)を満たしていた病歴が確かめられた場合,「EDの病歴あり」とした.

*2 矯正施設入所から医療刑務所への移送の流れは,拘置所入所→(刑の確定後)一般刑務所へ移送→EDの問題が顕在化し,対応困難と評価→(医療刑務所との協議のもと)医療刑務所へ移送,というのが一般的であった.移送の明確な基準があったわけではなく,対応困難という評価はその施設の考え方や状況にもより,当該患者のBMIなどにもばらつきがあった.一般刑務所の依頼に対し,医療刑務所は自らの収容キャパシティも考慮に入れたうえで,患者の重症度をなるべく客観的に評価し,身体状況の逼迫度や治療困難性が最も高いと思われた患者を優先して,受け入れを決定していた(2019年度からは,女子刑務所と医療刑務所間のED患者の移送協議は行われなくなり,矯正局が一括管理して移送を決定することになった).なお,多くの一般刑務所においては,EDを十分に理解し効果的な治療ができる医師がいることは稀であり,通常の医療的対応が通用しない患者たちへの扱いに大変苦慮していたというのが実情であった.

*3 逮捕後の留置場(代用刑事施設として,拘置所の役割を兼ねることがある)への収容中や保釈期間中にEDの症状が出現(初発)した者も少数ながら認められ,それも「ED病歴(-)覚醒剤歴(-)」群に含めた.

*4 ED治療歴があったとしても,ドロップアウトして,治療機関と縁が切れていたということが多かった.治療が比較的長く続いた場合としては,身体的な危機状態のために入院を余儀なくされたり,(治療を求める)周囲との妥協として義務的にカウンセリングを受けるなどが,主なものであった.その一方で,逮捕後に(実刑回避のための)裁判対策として,司法関係者からの勧めにより医療機関を受診した者は14人に及び,そのうちの7人はそれまでED治療歴がなかった者であった.

*5 一般にANの自然経過として,摂食制限型から過食・排出型に移行することが多く,過食・排出型の患者は摂食制限型の患者に比べて罹病期間が長い傾向がある.「ED病歴(+)覚醒剤歴(-)」群においては,その経過とともに過食および排出行為が出現したという症例も多く認められており,過食・排出型が高率であることと,そのきわめて長い罹病期間との関連は大きいと思われる.

*6 「覚醒剤歴(+)ED病歴(+)」群とAsamiらの薬物犯罪群において,なぜ過食・排出型の割合がきわめて高かったのかについては,「覚醒剤歴(+)ED病歴(+)」群においてED発症早期から過食・排出型であったことが認められており,Asamiらの薬物犯罪群においてもED罹病期間は6.7±5.9年(万引き群では15.7±6.7年)と比較的短く,病歴の長さよりも衝動性などの覚醒剤乱用者の心理特性が関与していることが考えられる.

*7 重症EDを治療するうえで大きなアドバンテージとなりうる以上のような要素がある一方で,矯正施設という本来医療とは異なった使命・目的をもった機関において,本格的な医療を行うことには特有の困難もあった.すなわち,EDを病気として扱うことについてのコンセンサスの得にくさや,受刑者の権利や平等といった矯正施設の基本原則と,個別性を前提とする医療行為との兼ね合いなど,乗り越えなければならない問題も少なくなかった.施設内で理解を得て治療プログラムを完成していくとともに,矯正全体に対して,矯正協会機関誌などへの寄稿27-29)31-33),EDに関する研修会,女子刑務所職員の当所での実地研修などの働きかけを継続して行った.研修会は,2014年から2018年に当所において毎年泊りがけで行われ,全国の矯正施設から各年100人以上の職員の参加があった.

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