Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第124巻第7号

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連載 ICD-11「精神,行動,神経発達の疾患」分類と病名の解説シリーズ
各論⑯
ICD-11における症状性を含む器質性精神障害
西村 勝治
東京女子医科大学医学部精神医学講座
精神神経学雑誌 124: 496-500, 2022

 ICD-10における症状性を含む器質性精神障害(F0)はICD-11では3つの大疾患群に解体,分割された.すなわち(i)「神経認知障害群」,(ii)「他に分類される障害又は疾患に関連する二次性精神又は行動の症候群」,(iii)「物質使用症群又は嗜癖行動症群」である.F0には医薬品による精神障害が含まれていたが,ICD-11では(iii)の下位カテゴリーである「他の特定される精神作用物質(医薬品を含む)使用症群」のなかの「誘発症」にコーディングされる.F0が分割されるに至った背景には,ICD-10の後に刊行されたDSM-IVからDSM-5における「器質性」の用語廃止,物質・医薬品誘発症群の統合が色濃く反映されている.

索引用語:器質性精神障害, 神経認知障害, 他に分類される障害又は疾患に関連する二次性精神又は行動の症候群, 物質・医薬品誘発症群>

はじめに
 ICD-105)(1992年)における「症状性を含む器質性精神障害(Organic, including symptomatic, mental disorders)」(F0)は,長くわが国の精神医学に根を下ろしていた伝統的・古典的疾患概念である外因性精神病を包含していた.すなわち狭義の器質性(一次性の脳疾患によるもの),症状性(脳以外の全身性の疾患によるもの),中毒性(薬物や化学物質などによるもの)の各精神病である.ただし,中毒性精神病のうち,アルコールと特定の精神作用物質(オピオイド,大麻,コカイン,鎮静薬や催眠薬などのいわゆる乱用薬物)によるものは「精神作用物質使用による精神および行動の障害(Mental and behavioural disorders due to psychoactive substance use)」(F1)に分類され,一方,これらの物質以外の医薬品(ステロイド,抗うつ薬など)などによるものはF0に分類されたため,コーディングにあたり混乱をきたしていた3)
 ICD-116)ではF0は3つの大疾患群に解体,分割されることになった.本稿では,この疾患分類上の大きな改編に影響を及ぼしたDSM-IV1)ならびにDSM-52)における当該領域の分類システムの変遷を述べ,次にF0をICD-11でどのようにコーディングするかを解説する.

I.「器質性」の用語廃止
 ICD-10の2年後の1994年に刊行されたDSM-IVでは,器質性(organic)という用語が廃止された.当時,統合失調症や気分障害などは器質性と対比させて非器質性(non-organic)・機能性精神疾患と呼ばれていたが,この呼称はこれらの疾患に生物学的な要因やプロセスが関与していない印象を与えるため,用語として不適当と考えられたためである4).器質性精神疾患に代わって登場した疾患カテゴリーが,その中核症状と考えられた「認知障害(Cognitive Disorders)」であり,これにはせん妄,認知症,健忘性障害が含まれた.加えて,認知障害以外の器質性精神疾患(気分障害など)については「一般身体疾患による精神障害(Mental Disorders Due to General Medical Condition)」に分類された.DSM-5(2013年)でも基本的には同じ分類システムが引き継がれたが,後者には独立した章は用意されず,各大疾患群(例えば,抑うつ障害群など)の下位疾患カテゴリーとして配置された.

II.物質・医薬品誘発性精神疾患群の統合
 上述のように,ICD-10では精神作用物質によって誘発される精神障害を,それを誘発したのがいわゆる乱用物質か否かで区別し,F1とF0に振り分けられていた.DSM-IVではこのような区別はせず,医薬品を含む物質によって生じる精神障害はすべて「物質誘発性障害(Substance-Induced Disorders)」(DSM-5では「物質・医薬品誘発性精神疾患群」)として統合され,ICD-11にも引き継がれた.

III.症状性を含む器質性精神障害(F0)のICD-11草案におけるコーディングの実際
 F0のうち,認知症,健忘症候群,せん妄(F00~05)はICD-11草案における「神経認知障害群(Neurocognitive Disorders)」に,認知障害以外の器質性精神疾患(F06,F07)はICD-11における「他に分類される障害又は疾患に関連する二次性精神又は行動の症候群(Secondary Mental or Behavioural Syndromes Associated with Disorders or Diseases Classified Elsewhere)」に該当し,それぞれをプライマリー・ペアレントの大疾患群としてコーディングする(表1).後者はさらに「精神,又は行動の症候群」の類型(精神症,気分症,不安症など)に従って下位の疾患カテゴリーにコーディングされるシステムとなっている(例えば,6E63二次性不安症候群).
 一方,上述したようにF0には医薬品による精神障害が含まれていた.これについては,ICD-11では「物質使用症群(Disorders Due to Substance Use)」の下位疾患カテゴリーである「6C4E他の特定される精神作用物質(医薬品を含む)使用症群(Disorders Due to Use of Other Specified Psychoactive Substances, Including Medications)」における「誘発症(Substance-induced Disorders)」に相当し,個々の精神症状の類型に従ってコーディングされる〔例えば,6C4E.71他の特定される精神作用物質誘発性不安症〕(表2).これらのうち,せん妄,精神症,気分症,不安症,強迫症又は関連症,衝動制御症については「物質使用症群」をプライマリー・ペアレントとしてコーディングされる.一方,認知症,健忘症については「神経認知障害群」,カタトニアについては「カタトニア(Catatonia)」をプライマリー・ペアレントとしてコーディングされるが,これらは「物質使用症群」のリスト内にも参考までに提示される(cross-listed).
 精神疾患が複数の医薬品,物質によって複合的に生じているとみなされる場合もある.そのために,「6C4F複数の特定される精神作用物質(医薬品を含む)使用症(Disorders Due to Use of Multiple Specified Psychoactive Substances, Including Medications)」が用意されている.
 なお,「他に分類される障害又は疾患に関連する二次性精神又は行動の症候群」ならびに「物質使用症群」をプライマリー・ペアレントとしてコーディングされた疾患は,個々の精神症状の類型に沿った大疾患群(精神症群,気分症群,不安症群など)をセカンダリー・ペアレントとしてもコーディングされる(例えば,「不安症群」の下位疾患カテゴリーとしても「二次性不安症候群」と「物質誘発性不安症」が配置されている).

表1画像拡大表2画像拡大

おわりに
 ICD-11草案で解体,分割されたF0の疾患がどのようにコーディングされるかについて,ICD-10以後に発刊されたDSM-IV,DSM-5における症状性・器質性精神疾患の分類システムの変遷を引き合いに出しながら概説した.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) American Psychiatric Association: Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 4th ed (DSM-IV). American Psychiatric Association, Washington, D. C., 1994 (髙橋三郎, 大野 裕, 染矢俊幸訳: DSM-IV 精神疾患の診断・統計マニュアル. 医学書院, 東京, 1995)

2) American Psychiatric Association: Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 5th ed (DSM-5). American Psychiatric Publishing, Arlington, 2013 (日本精神神経学会 日本語版用語監修, 髙橋三郎, 大野 裕監訳: DSM-5精神疾患の診断・統計マニュアル. 医学書院, 東京, 2014)

3) 西村勝治: 器質性, 症状性精神疾患―総論(概念と分類)―. 精神科, 35 (Suppl1); 316-320, 2019

4) Spitzer, R. L., First, M. B., Williams, J. B., et al.: Now is the time to retire the term "organic mental disorders". Am J Psychiatry, 149 (2); 240-244, 1992
Medline

5) World Health Organization: The ICD-10 Classification of Mental and Behavioural Disorders: Clinical Descriptions and Diagnostic Guidelines. World Health Organization, Geneva, 1992 (融 道男, 中根允文ほか監訳: ICD-10精神および行動の障害-臨床記述と診断ガイドライン-, 新訂版. 医学書院, 東京, 2005)

6) World Health Organization: ICD-11 for Mortality and Morbidity Statistics. (https://icd.who.int/browse11/l-m/en) (参照2022-01-31)

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