Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第124巻第7号

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特集 倫理指針改正による多施設研究と試料・情報利用研究へのインパクト
精神科領域における多施設共同研究の実際と研究倫理
橋本 亮太
国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所精神疾患病態研究部
精神神経学雑誌 124: 472-478, 2022

 研究とは真理を探究するものであるがゆえに,行き過ぎると「人として守り行うべき道」=「倫理」を踏み外してしまいかねないところがある.よって医学的研究については倫理的な配慮が必要になり,研究を行うにあたっては研究計画について倫理審査を受け承認される必要がある.倫理はその定義から文化や風土の影響を強く受けるものであり標準化がなされにくい.従来の多施設共同研究においては,それぞれの研究機関の倫理審査委員会において研究内容の審査をされるため,この倫理審査委員会間の違いによる影響を受けてきた.本稿では,精神科領域の2つの多施設共同研究を例として紹介する.COCORO(認知ゲノム共同研究機構)は,39研究機関が参加して,中間表現型データと生体試料を用いた精神疾患の生物学的研究を行っている.これは,ゲノム研究のなかに位置づけられており,他の研究機関ですでに開始されているゲノム研究などとの共同研究という形で倫理承認を受けて進められ,共同研究機関同士の情報・試料のやり取りを可能としている.一方,EGUIDE(精神科医療の普及と教育に対するガイドラインの効果に関する研究)は,44大学240医療機関が参加しており,全国の精神科医がガイドラインの講習を受講した後の医療機関における処方行動の変化を検討している.こちらは中央倫理審査となっており,電磁的インフォームド・コンセントも導入している.研究倫理の本質を理解して遵守することが求められている.

索引用語:COCORO, EGUIDE, 多施設共同研究, 中央倫理審査, 研究倫理>

はじめに
 研究とは真理を探究するものであるがゆえに,行き過ぎると「人として守り行うべき道」=「倫理」を踏み外してしまいかねないところがある.よって医学的研究については倫理的な配慮が必要になり,研究を行うにあたっては研究計画について倫理審査を受け承認される必要がある.倫理はその定義から文化や風土の影響を強く受けるものであり,一般的な指針はあるもののその指針の運用については個別になりがちであり,標準化がなされにくい.従来の多施設共同研究では,それぞれの研究機関の倫理審査委員会において研究内容の審査をされるため,この倫理審査委員会間の違いによる影響を受けてきた.2021年に施行された『人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針』(以下「新指針」)においては,倫理審査についての標準化やまとめることのスケールメリットなどから,多施設共同研究の倫理審査を一本化する中央倫理審査が可能となった.
 本稿では,治験と異なって自由度の比較的高い観察研究の多施設共同研究について,新指針前の研究である「COCORO(Cognitive Genetics Collaborative Research Organization:認知ゲノム共同研究機構)」と,新指針施行前に開始されたが施行後に多数の施設が中央審査に切り替えた研究である「EGUIDEプロジェクト(Effectiveness of GUIdeline for Dissemination and Education in psychiatric treatment:精神科医療の普及と教育に対するガイドラインの効果に関する研究)」の2つの事例を紹介する.COCOROは,中間表現型データと生体試料を用いた39研究機関が参加する精神疾患の生物学的研究として行っている.これは,ゲノム研究のなかに位置づけられており,他の研究機関ですでに開始されているゲノム研究などとの共同研究という形で倫理承認を受けて進めており,共同研究機関同士の情報・試料のやり取りを可能としている.一方,EGUIDEは,44大学240医療機関が参加するものであり,全国の精神科医がガイドラインの講習を受講した後の医療機関における処方行動の変化を検討するものであり,約半数以上の医療機関が中央倫理審査に対応できている.

I.COCOROにおける研究倫理とその実践
 COCOROは,精神疾患の病因・病態解明研究と脳機能の分子メカニズム解明のための多施設共同研究体制である3).COCOROは,2013年に24研究機関にて発足し,2021年11月時点で39研究機関が参加している.COCOROでは,脳科学分野を中心にさまざまな研究分野の研究者(神経科学,分子生物学,ゲノム科学,精神医学,脳画像学,認知科学,神経生理学,心理学等)が集まり,交流することにより新たな研究分野を開拓・推進している.また,狭い日本で研究者の垣根を取り払って本音でディスカッションし,いわゆる臨床研究者だけでなく,広く基礎研究者も参加して,基礎研究と臨床研究のトランスレーションへの理解と交流を推進している.その特徴としては,9,000以上の中間表現型情報(脳画像,認知機能,神経生理など)と20,000以上の生体試料(ゲノム,血漿,血清,リンパ芽球,iPS細胞など)を用いた多施設共同研究を行っていることである.この多施設共同研究を実施するためには,「試料や情報を共有することのできる共同研究倫理体制の整備」「研究機関間の独立性と補完性の両立」「共通の計測系の確立」「基礎研究者との連携」などの課題があるが,その大前提として信頼関係の構築が必須である.共同研究を行うためには,お互いに研究に関する常識・環境・立場が異なることを前提として,お互いを尊重して,誠実に対応することが大事である.本稿におけるテーマは研究倫理であるため,それ以外の詳細は割愛して,試料や情報を共有することのできる共同研究倫理体制の整備について解説する(図1).
 以前の共同研究体制においては,COCOROと研究機関A,COCOROと研究機関Bが共同研究機関として承認を取得すると,COCOROと研究機関Aの間,COCOROと研究機関Bの間で試料・情報の共有が可能となるが,研究機関Aと研究機関Bの関係は共同研究機関として位置づけられていないため,A・B間での試料・情報の共有ができなかった.このため,仮に30研究機関すべてが試料・情報の共有を行うためには,1研究機関あたり29回の変更申請のための倫理手続きが必要であり,30機関が同様にこれを行うとしたら全部で合計870回の倫理手続きが必要となる.これを実際に行うことはほぼ不可能である.そこで,旧倫理指針に基づくCOCOROの共同研究体制においては,COCOROに属する共同研究機関のなかでは試料・情報をお互いに共有するという研究計画とし,研究機関A,BにCが新たに加わるときには,COCOROと研究機関Cが,COCOROに所属する研究機関として研究機関Cを追加するという研究計画の変更を行い,倫理審査にて承認を双方で受けることによって,研究機関A,B,Cの間でCOCOROの共同研究機関として試料・情報の共有が可能となる仕組みとした.そうすることにより,仮に30研究機関であった場合に58回の変更申請のための倫理手続きとなり,COCORO自体では毎回,倫理審査が必要となるため29回の変更申請のための倫理手続きが必要であるが,各研究機関は1回でよくなり,全体としては大幅にエフォートが軽減することとなる.
 このようにして試料・情報の共有が可能になると,その次に利活用についてのコンセンサスを得る必要がある.それぞれの研究機関の独立性と補完性にも関係するが,共有した試料・情報を利活用する研究内容が重なった場合,試料・情報がある研究で使われてしまうと,他の研究ではその試料・情報を使うことができなくなる可能性がある.そのため,利活用についての仕組みをデータベース委員会にて整備した.具体的には,利活用は原則的にCOCOROでの共同研究として位置づけ,共同研究提案をCOCORO会議で提案者に発表してもらい,それを会議にて全体で承認を得る必要があるとしている.また,COCORO会議は年に2回であるため,それ以外のときにも対応可能となるような研究提案書による提案を併用している.利活用する試料・情報については,提供している研究者の同意が得られるときのみにおいて可能としており,個々の研究室の事情に応じて提供を判断できる仕組みとしている.
 COCOROでは,2020年に9編の論文成果が得られており,そのうちの1つを紹介する5).統合失調症には認知機能障害があることが知られているが,その脳病態についての研究は少ない.そこで,COCOROの健常者633例と認知機能障害のある統合失調症患者11例と認知機能が保持されている統合失調症患者54例の脳MRIデータを用いて,脳構造特徴を検討した.その結果,統合失調症においては認知機能障害の有無にかかわらず共通に認められる脳構造異常として,左右海馬の体積が小さく,右被殻や左淡蒼球が大きいなどの特徴が得られた.一方で,認知機能障害に特異的な脳構造特徴として,全脳の灰白質体積が小さく,左右の大脳皮質が菲薄化していることが認められた.そこで,統合失調症患者において認知機能保持群と認知機能障害群の脳の機能的結合性の違いを検討したところ,認知機能が保持された統合失調症患者においては,側坐核と前頭葉の機能的結合性が高かった(図2).この結果は,報酬系である中脳―皮質―辺縁系回路が認知機能保持に働いている可能性を示唆した.

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図2画像拡大

II.EGUIDEプロジェクトにおける研究倫理とその実践
 EGUIDEプロジェクトは2016年に22医療機関で開始して,徐々に参加機関が増え,2021年11月時点では44大学と240の医療機関から構成されている多施設共同研究である.『統合失調症薬物治療ガイドライン』と『うつ病治療ガイドライン』の講習を全国の精神科医に対して行い(年間計20回程度,受講者のべ約3,000名),ガイドラインの効果を検証する研究を行っている.研究対象者である精神科医に対するガイドラインの講習の効果を検討するために,そのアウトカムとして患者への診療の質を定量的に測定するQI(Quality Indicator)を作成している.QIとは,理想的な治療を行われている患者の割合のことを指しており,例えば統合失調症においては,分子を退院時の抗精神病薬単剤治療を受けている統合失調症患者として,分母を退院した統合失調症患者として,その割合を算出する.この割合は高ければ高いほどよいとされるが,実臨床では必ずしも理想的な状況の患者ばかりではないため,100%でなければならないものではない.このQIの算出に必要な情報は,一般診療で診療録に記載されている既存情報を,患者に対して情報公開することで拒否の機会を提供する(オプトアウト手続き)ことにより収集している.講習の効果を検証するために必要な現状についての調査を行った結果,統合失調症とうつ病のそれぞれに対する標準的な治療である抗精神病薬単剤治療率と抗うつ薬単剤治療率のQIが0~100%と施設によって大きくばらついており,均てん化が必要であることが明らかとなった1)2)図3).ガイドラインを作成している日本神経精神薬理学会,日本うつ病学会,日本臨床精神神経薬理学会と連携して運営を行ってきたが,2021年度から日本精神神経学会が作成した『精神疾患を合併した,或いは合併の可能性のある妊産婦の診療ガイド』および『統合失調症に合併する肥満・糖尿病の予防ガイド』の内容も含めた講習を行い,4学会と連携したプロジェクトとなっている.講習においては,ガイドラインそのものに対する誤解をもっている精神科医も少なくないため,ガイドラインは,「患者と医療者を支援する目的で作成されており,臨床現場における意思決定の際に,判断材料の1つとして利用することができる」ものであるということをしっかり伝えるようにしている.そのうえで,ガイドラインの具体的な内容についての講義を行い,小グループに分かれて症例グループディスカッションを行い,ガイドラインの実際の使い方やエビデンスがない臨床の考え方について学ぶ.このような統合失調症とうつ病の治療ガイドラインについてそれぞれ1日の講習を受講することにより精神科医のガイドラインに対する理解度が顕著に向上することから,このプロジェクトが精神科の標準的な治療の普及に寄与することが期待されている4).また,ガイドラインの理解度だけでなく,その実践についてアンケートをとったところ,講習の1年後にすべての項目で向上し,それは2年後も保たれていた.そして,統合失調症の抗精神病薬単剤治療率やうつ病の抗うつ薬単剤治療率は主治医が受講している患者で主治医が受講していない患者より高く(主治医の群分けは行っておらず,後ろ向きのデータ収集による),しかも,経年的にその率が向上するという結果も得られている.このようにして,ガイドラインの作成→ガイドラインの講習→ガイドラインの理解度の向上→ガイドラインの実践度の向上→処方行動の向上を進めていくことにより,最終的に患者のQOLが向上することをめざしている(図4).
 このEGUIDEプロジェクトは,新指針に対応すべく,多施設共同研究の中央一括審査が可能な施設においてはこれを導入することとし,2021年11月時点で65共同研究機関中42が一括審査となっている.また,COVID-19対策を踏まえて,電磁的インフォームド・コンセントを行うことも可能とした.徐々に研究参加施設が増えていくため,年に何度も研究計画書の修正申請を行っており,そのたびに,分担研究機関は修正した内容を各倫理委員会にて修正申請を行う必要があり,各研究者の負担が大きかった.これが,一括審査になったことで,分担研究機関のエフォートは大幅に軽減されたと考えられる.

図3画像拡大
図4画像拡大

おわりに
 本稿では,COCOROとEGUIDEを例として,精神科領域における多施設共同研究の実際と研究倫理について概説した.共同研究機関においては,研究代表機関の倫理審査委員会にて承認されている研究については,そのまま承認されることが多いが,時にそうではない場合もある.このような大規模な多施設共同研究では,共同研究機関からのさまざまな問い合わせに対応する必要があり,倫理審査委員会ごとの違いについて驚くことがある.ある倫理審査委員会で承認された研究が,他の倫理委員会では承認されなかったりすることもある.このようなことがなぜ起こるのであろうか.精神科医療において病院によって治療のばらつきが大きく均てん化が必要であるためEGUIDEプロジェクトを進めているが,倫理審査委員会においてはこのようなばらつきはどの程度許容されるものであろうか.EGUIDEプロジェクトのように倫理審査委員会の質を定量的に評価して比較を行い,それが向上するような標準化の試みがなされているのだろうか.中央審査が原則とされる新体制のなかで,今後は倫理審査委員会の倫理性についての評価が必要なのかもしれない.

 編注:本特集は,第117回日本精神神経学会学術総会シンポジウムをもとに栗原千絵子(量子科学技術研究開発機構)を代表として企画された.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) Ichihashi, K., Hori, H., Hasegawa, N., et al.: Prescription patterns in patients with schizophrenia in Japan: first-quality indicator data from the survey of "Effectiveness of Guidelines for Dissemination and Education in psychiatric treatment (EGUIDE)" project. Neuropsychopharmacol Rep, 40 (3); 281-286, 2020
Medline

2) Iida, H., Iga, J., Hasegawa, N., et al.: Unmet needs of patients with major depressive disorder: findings from the`Effectiveness of Guidelines for Dissemination and Education in Psychiatric Treatment (EGUIDE)' project: a nationwide dissemination, education, and evaluation study. Psychiatry Clin Neurosci, 74 (12); 667-669, 2020
Medline

3) Onitsuka, T., Hirano, Y., Nemoto, K., et al.: Trends in big data analyses by multicenter collaborative translational research in psychiatry. Psychiatry Clin Neurosci, 76 (1); 1-14, 2022
Medline

4) Takaesu, Y., Watanabe, K., Numata, S., et al.: Improvement of psychiatrists' clinical knowledge of the treatment guidelines for schizophrenia and major depressive disorders using the "Effectiveness of Guidelines for Dissemination and Education in psychiatric treatment (EGUIDE)" project: a nationwide dissemination, education, and evaluation study. Psychiatry Clin Neurosci, 73 (10); 642-648, 2019
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5) Yasuda, Y., Okada, N., Nemoto, K., et al.: Brain morphological and functional features in cognitive subgroups of schizophrenia. Psychiatry Clin Neurosci, 74 (3); 191-203, 2020
Medline

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