Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第124巻第5号

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特集 子どもの自殺を防ぐために精神科医ができること
児童と青年の自殺再企図防止―危険因子と保護因子に鑑みて―
三上 克央
東海大学医学部医学科総合診療学系精神科学
精神神経学雑誌 124: 330-339, 2022

 児童と青年(以下,子ども)にとって,自殺未遂歴は自殺既遂の重要な危険因子である.したがって,自殺未遂者の臨床的特徴を把握し再企図を防止できれば,子どもの自殺既遂者数の減少を導きうる.本稿では,自殺未遂した子どもの再企図防止を目的とした治療的介入について,自殺の危険因子と保護因子に鑑みて考察した.自殺未遂者の多くは,身体加療目的で救急施設に搬送される.この救急施設での医療介入が,子どもにとっては精神科医療と出会う貴重な機会となり,自殺再企図防止目的の治療の端緒となる.そして,子どもの自殺再企図防止のためには,自殺の危険因子と保護因子を踏まえ,危険因子の軽減と保護因子の強化が重要である.この危険因子のなかで,実際に介入できる因子は限られている.まず,自殺の誘因となったライフイベントへの介入は最優先の課題である.次に,家庭問題を心理社会的要因とした症例では,家族の問題を直接の誘因としてだけでなく,長年にわたり存在する心理社会的準備因子の問題としてとらえる必要がある.すなわち,このような症例では,治療者は,精神医学的診断の評価や薬物療法の要否にかかわらず,本人の生育歴を整理し,本人が幼少期から身近な者に適切な援助を求める経験が乏しいまま現在に至ったことを自殺の心理社会的準備因子ととらえたうえで,治療的介入を行うことが望ましい.さらに,精神疾患を考慮する際,子どもの症例では自閉スペクトラム症を念頭におく必要がある.一方,学校と家庭は,本人にそれぞれへの帰属意識があれば,保護因子となる.家庭の場合,情緒的に交流する家族であれば,本人は家庭に帰属意識を抱く.そのために治療者は,本人の心理社会的準備因子へ介入する必要がある.このように,生育歴を踏まえた自殺の心理社会的準備因子への治療的介入は,自殺の危険因子の軽減だけでなく,保護因子の強化にも資する.さらに治療者は,保護因子強化のため,地域施設との連携を強固にし,本人の心理的な居場所を確保する必要がある.

索引用語:子ども, 自殺再企図防止, 危険因子, 保護因子, 自殺の心理社会的準備因子>

はじめに
 国内では,15~19歳の世代の死因は男女ともに自殺が1位であり24),この傾向は2012年から続いている.過去40年ほどを振り返ると,国内の20歳未満の自殺者数は,1979年の年間919名をピークにおおむね減少傾向であったが,1997年を最後に,年間500名を下回ることはない23).1998年に年間700名を超え,2003年以降は年間600名前後で推移している23).2020年には,1998年以来22年ぶりに年間700名を超えた23).国内の自殺者数全体は,2009年を境に減少傾向であるのに対し,20歳未満の自殺者数は過去20年間,そのような減少傾向を見いだせない23)
 児童と青年の自殺者数を減らすためには,当該年代の自殺症例の臨床的特徴を認識しなければならず,この特徴を理解するためには,徹底した観察研究(横断研究と追跡研究)が必要である.欧米では,1970年代以降若年の自殺者数が増加し,1980年代以降アメリカやイギリス,オーストラリア,北欧を中心に観察研究が盛んに進められた.1990年代にはこれらの観察研究による成果はほぼ出そろい,2000年以降は自殺予防や自殺再企図防止を目的とした介入研究の段階に入った.これらの観察研究の成果によれば,自殺既遂の最大の危険因子は自殺未遂歴である9)16)42).そうであるならば,自殺未遂した児童や青年の再企図防止が,自殺既遂者を減らす重要な方策となる.一方,国内でも,2000年以降,児童と青年の自殺未遂者の横断研究が少しずつ蓄積され,その臨床的特徴が明らかになりつつある.
 児童と青年の自殺既遂者を減らすためには,本来は自殺既遂者の臨床的特徴を理解することが望ましい.しかし,自殺既遂者の特徴を把握するためには,自殺既遂者の心理学的剖検が必要となり,そのために必要な遺族や友人などへの聞き取り調査は困難を伴う.自殺未遂者と自殺既遂者の精神疾患など臨床上のプロファイルは類似することから4)15),児童と青年の自殺未遂者の臨床的特徴の把握は,自殺再企図防止策の構築につながり,ひいては自殺既遂者数の減少を導きうる.
 本稿では,児童と青年を対象に,自殺の危険因子と保護因子を踏まえ,自殺再企図防止を目的とした治療的介入を考察する.なお,本稿では,児童と青年の総称として「子ども」を使用する.

I.救急施設での危機介入
1.救急施設の役割
 自殺未遂者は,通常身体加療目的で救急施設に搬送される.子どもの多くにとって,自殺企図による救急施設への搬送は,精神科医療と出会う貴重な機会となる3).われわれの報告では,男性や自閉スペクトラム症(autism spectrum disorder:ASD)の自殺未遂症例では精神科通院歴がない割合が高かった36).このような救急施設での危機介入は,子どもにとっては,救急施設への搬送が精神科医療とかかわる契機となり,その後の自殺再企図防止の重要な端緒になると考えられた36)

2.自殺企図の評価
 救急施設での子どもの精神医学的評価は,成人の場合と大きく変わらないが,診療手順や面接方法には工夫が必要である35).最初に,搬送された子どもが自殺企図症例か否かを評価する.自殺企図か否かでその後の対応が歴然と異なるため,この判断は重要である.意識障害の改善後は,子どもであっても自殺念慮の有無を躊躇なく確認する.
 次に,自殺再企図の切迫度を評価する.この切迫度は,積極的な自殺念慮や実際に実行する意思,自殺の方法や計画,自殺念慮の持続の有無を評価する点は成人と同様である.ただし,子どもの自殺未遂症例では,自殺の計画性が稚拙で曖昧なことが多く,計画に具体性が乏しくても実行する意思が明確であれば,切迫度が高いと評価すべきである.
 このような自殺の評価とともに,子どもの自殺未遂症例の場合,保護者との面接は必須である.その際,現病歴や既往歴,併存疾患,家族歴,精神科通院歴,家族構成といった通常の評価に加え,家庭や学校での様子,登校状況,養育環境(両親の存在や関係,経済状況など)を確認する.さらに,精神医学的現症を評価する.そして,退院後,当該症例を引き続き診療する場合,救急施設での危機介入を治療関係構築の機会ととらえ,入院中に本人の生育歴を確認することが望ましい.可能なら,後述する自殺の危険因子と保護因子を評価する.

3.評価に基づいた対応
 われわれの報告によれば,子どもの自殺未遂症例では,自殺企図歴や精神科通院歴がない割合が高かった(特に男性症例において)30)36).したがって,身体的に帰宅可能でも,救急施設に入院とし,再企図防止の方向性を定めたい.入院中,病床は医療従事者の目の届く場所とし,周囲から危険物を除去し,患者が病床を離れる際は必ず医療従事者が同伴する.救急施設に入院中に患者本人の話を聞く際は,いたずらに長時間とならぬよう,話を整理することを心がける.話を聞く時間と場所を設定することで,本人と医療従事者双方にとって不全感を軽減できる.
 自殺未遂後の子どもが救急施設を退院する際は,(i)自殺念慮を認めない,(ii)明らかなうつ状態を認めない,(iii)自殺念慮が出現したら精神科受診の約束ができる,(iv)保護者が同伴する,(v)保護者に本人の保護を期待できる,ことを確認する.以上の(i)~(v)を満たせば精神科への速やかな外来受診を,満たさない場合は精神科病院への入院を考慮する.子どもの症例に対応できる精神科病院や診療所は少ないことから,入院当初から社会福祉士に依頼し,退院後の受診先や入院先の目処をつける必要がある.

II.自殺の危険因子と保護因子
 救急施設は,子どもの自殺未遂者にとって,自殺再企図防止の道標として重要な役割を果たす.一方で,自殺未遂者の再企図防止の中核は,救急施設を退院後,精神科を中心とした医療と行政,学校,民間の支援団体などが一体となって担う.そして,子どもの自殺再企図防止を目的とした治療的介入に際しては,自殺の促進に働く危険因子と抑止に働く保護因子を十分に評価する必要がある.

1.危険因子
1)性差と企図手段
 国外では,自殺既遂は女性よりも男性の割合が高く9)16),国内の状況も同様である23).これは,男性のほうが,うつ病と物質・アルコール依存の併存の割合が高いこと,攻撃性が高いこと,より致死的な企図手段を選択すること,などの複数の危険因子を有するためである9)16).一方,自殺未遂は女性の割合が高く9)16),国内でも同様である(表1).国内では,自殺未遂の企図手段は過量服薬の割合が最も高く,次に飛び降りの割合が高い(表1).
2)精神疾患
 国外では,自殺企図した子どもの90%以上に何らかの精神疾患を認め9)16),低年齢なほどその割合は低くなる16).精神疾患ではうつ病の割合が最も高く,自殺既遂者の50~60%に認める6)42).また,アルコールを含めた物質依存・乱用も重要な危険因子であり,年齢が高い男性ほどリスクが高い16).さらに,物質依存・乱用とうつ病の併存の割合も高い6)42)
 国内では,自殺未遂者の90%以上に精神疾患を認め,うつ病と適応障害を合わせた割合が最も高い点は共通し(表2),この点は国外の先行研究と同様である9)16).一方,物質依存・乱用は自殺の重要な危険因子として国際的にコンセンサスを得ているが9)16),国内の特徴として,子どもの自殺未遂症例という母集団で観察すると,物質依存・乱用の割合が低い傾向である(表2).
 国内の研究では,境界性パーソナリティ障害(borderline personality disorder:BPD)に該当する症例を一定数認める(表2).成人とは対照的に,BPDに該当する子どもの自殺症例の特徴を示した報告は少ない.自殺関連行動(自殺行動や自殺念慮)に広げて考察すると,BPD自体が自殺関連行動の危険因子となり18)43)50),症状では,特にBPDの感情の不安定さが関連する10).子どもの自殺未遂症例に焦点をあてたわれわれの研究では,BPD症例は,自殺企図歴があり,直前に自殺企図を促す出来事がない割合が高かった21).また,うつ病の併存症例の割合が高く,自殺企図後は深刻な身体状況を呈し,入院期間が長引いた21)
 さらに,われわれの横断研究では,ASDを子どもの自殺未遂症例の1割強に認めた31).2000年初頭の代表的な若年自殺の総説では,ASD症例の自殺への言及はない9)16).われわれは,ASDの自殺未遂症例の症例研究29)と横断研究31)を世界に先駆けて公表した17).さらに,成人ASDの自殺未遂症例についての横断研究も各国に先んじて公表した22)
 われわれの経験した子どもと成人のASDの自殺未遂症例では,(i)致死的な企図手段を選択する割合が高い,(ii)精神科通院歴がない割合が高い,(iii)自殺企図歴がない割合が高い〔(i)~(iii)より,ASD症例は初回の自殺企図で既遂に至る可能性が高い〕,(iv)直前に自殺企図を促す出来事がない割合が高い,(v)古典的な自閉症症例の割合は低い,(vi)うつ病だけでなく適応障害の併存も自殺のリスクとなる.さらに,特に子どもの症例では,(vii)自殺企図症例の1割強にASDを認め(男性の自殺企図症例に限れば4割弱に認める),(viii)いじめを受けた経験がある,(ix)対人関係の失敗を繰り返し自尊心が顕著に低下している,(x)幼少期より家族内葛藤が存在する,といった特徴を認めた17)22)29)31)33)34)36)44).子どもの自殺未遂症例に遭遇する臨床医は,特に男性症例では,常にASDの可能性を念頭におく必要がある.
3)自殺企図歴と精神科通院歴
 自殺未遂歴は自殺既遂の重要な危険因子の1つである9)16)42).自殺再企図のリスクは,企図後3~6ヵ月が最も高く,2年間はリスクが高い状態が続く11)25).自験例でも,自殺企図歴がある子どもの半数以上が前回の自殺企図から6ヵ月以内に今回のエピソードを認めた30).また自験例では,女性に自殺企図歴がある割合は60.0%,男性は25.0%(全体では55.9%)であり30),性別の傾向は国外の先行研究8)に類似した.さらに自験例では,精神科通院歴は,女性は76.9%,男性は42.9%(全体では70.2%)であった36)
4)家族歴
 自殺の家族歴は危険因子であり,特に母親の自殺既遂の影響が大きい2).また,家族の精神疾患歴も自殺の危険因子であり,特にうつ病と物質依存・乱用は重要である7).自験例では,第一度近親者に自殺企図歴がある症例は5.9%であった30).また疑い例を含むものの,第一度近親者に精神疾患歴がある症例は26.5%に認め,うつ病が最多で,次いで精神病性障害とアルコール依存であった30).第一度近親者のアルコール依存・乱用や気分障害は重要な危険因子であり7),自験例も国外の先行研究と類似した30)
5)心理社会的要因
 虐待20)や両親の死別や離婚,別居による喪失体験2),恋愛の破綻や懲戒処分14),学校不適応49)といったストレス因となるライフイベントは子どもの自殺の危険因子となる.また,本人と両親との希薄なコミュニケーション14)や,家族間の情緒交流の乏しい不安定な家族機能1)は危険因子となる.国内の臨床研究によると,心理社会的要因は家庭問題の割合が高い(表1).さらにわれわれは,幼少期から身近な者に適切な援助を求める経験が乏しいまま現在に至ったことを,自殺の心理社会的準備因子ととらえてきた27)28)32)36)
 さらに子どもの自殺症例では,模倣や伝播の影響による群発自殺は特筆すべき現象であり12)13),国内でも群発自殺の経験がある47).この群発自殺は,報道のあり方が影響すると考えられている.自殺報道は,過度に繰り返さないこと,手段や場所を詳細に伝えないこと,そして,自殺をセンセーショナルな行為や当然の行為,前向きな行為として扱わないことなど,慎重さが強く求められる41)48)

2.保護因子
 学校や家族との密接なつながり,本人の精神的な安心感は,子どもの自殺の抑止に働く5)39).学校の主たる役割は,生徒の学習の習熟と生徒間の仲間意識を育むところにある5).生徒がこれらの側面に充足感をもつことができれば,当該生徒は学校関係者に親近感を抱き,学校に帰属意識をもち,学校は生徒本人の保護因子になる5).また,凝集した家族,すなわち,ともに過ごす時間が多く,家族間の感情的な交流が盛んで,本人が情緒的に支援を享受していると感じる家族は,本人の保護因子となる5)26)39)40).このように学校や家庭に居場所があるという帰属意識は,子どもの自殺の抑止となりうる.

表1画像拡大表2画像拡大

III.自殺再企図防止を目的とした治療的介入
1.危険因子の軽減
1)誘因となったライフイベント
 子どもの自殺再企図を防止するためには,危険因子を軽減することが重要である.上述の自殺の危険因子のなかで,再企図防止目的で実際に介入し,軽減できる危険因子は限られている.心理社会的要因として,家庭問題や学校問題,恋愛関係の破綻などのライフイベントを直接の誘因として子どもが自殺企図に至った場合,再企図防止のためには,契機となった当該ライフイベントへの危機介入が最優先の課題である.
2)自殺の心理社会的準備因子
 国内の臨床研究によると,自殺の心理社会的要因は家庭問題の割合が高い傾向にある(表1).われわれは,自殺の心理社会的要因が家庭問題の場合,家族の問題を,直接のライフイベントとしてだけでなく,長年にわたり存在する自殺の心理社会的準備因子としてとらえ直し,当該因子に治療的に介入する必要があると考えてきた27)28)31)32)36)
 家族との葛藤を抱えた子どもは,自殺念慮や自殺に関連するストレス因子を保護者に相談することが容易ではない.そもそも,自殺念慮のような重大な事柄を保護者に相談できないことそのものが問題であることを,治療者と本人,そして保護者が共有することが,自殺再企図防止をめざした精神療法の出発点となる.ただし,本人は,幼少期から保護者に適切な援助を求める経験が乏しいまま育ってきたため,治療者が身近な者への援助希求を促しただけでは,容易に援助を求められるようにはならない.
 このような本人への個人精神療法の過程で,治療者は,本人の生育歴を保護者とともに丁寧に整理する必要がある.換言すれば,治療者は,本人がかかわってきた人々との関係性を紐解き,身近な者に対して困りごとや率直な感情の表出を躊躇するようになった過程を,幼少期から丹念にたどる必要がある.その結果,本人が幼少期から身近な者に適切な援助を求める経験が乏しいまま現在に至ったことが自殺企図の重要な背景,すなわち,自殺の心理社会的準備因子であることを,治療者は本人および保護者と共有することになる.
 このような生育歴の整理は,本人にとっては「自身と家族とのかかわり」を,そして保護者にとっては「本人をどのように養育したか」を整理することである.治療者は,この結果を本人と保護者それぞれからみた主観的な家族体験として真摯に受けとめ,自殺の心理社会的準備因子としてとらえ直す必要がある.生育歴を整理しても,家族がこれまで抱えてきた問題が解消するとは限らず,この作業は本人と保護者にとって苦渋を伴うやりきれない作業である.しかし,このような地道な作業を通じて,本人が少しずつ保護者に援助を求め,保護者がその求めを受け容れるようになれば,本人と保護者が交流できる余地が生まれ,結果として本人の孤立感の軽減につながる.一方,この作業を通じて,本人と保護者が関係性の構築をあきらめることもある.しかし,生育歴を整理する努力を治療者とともに両者でやり遂げ,その結果に折り合いをつけられたかどうかは,今後の両者の関係性に大きな影響を及ぼす.
 このように,家庭問題を心理社会的要因とした自殺未遂症例に対する治療者の役割は,精神医学的診断の評価や薬物療法の要否にかかわらず,子どもひとりひとりの生育歴を整理し,自殺の心理社会的準備因子を本人と保護者とともに理解するところにある.そして,生育歴を整理すること自体が自殺の心理社会的準備因子への治療的介入となるが,さらに治療者は,この生育歴を踏まえて,本人と保護者それぞれに交流促進的な介入を強力に行い,本人と保護者の円滑な情緒交流関係の構築をめざす必要がある.このように,自殺の心理社会的準備因子への介入は,危険因子の軽減だけでなく,家族機能の円滑化という保護因子を強化する側面も有することから,自殺再企図防止を目的とした治療的介入としてきわめて重要な意味をもつ.
3)精神疾患
 子どもの自殺未遂症例では9割以上に何らかの精神疾患を認めることから16)表2),適切な診断と根拠に基づいた精神療法や薬物療法による治療は,自殺再企図防止に寄与する.精神疾患に介入する場合,治療者は,子どもの自殺に割合の高いうつ病や適応障害を考慮することはもちろんであるが,特に男性症例では,ASDを見逃してはならない.われわれの経験したASDの自殺未遂症例では,治療者とともに本人と家族が,生育歴を踏まえた本人固有のASDの特徴を理解することが,自殺再企図防止に寄与した29)33)36)44)

2.保護因子の強化
1)学校や家族とのつながり
 自殺未遂をした子どもの再企図を防止するためには,危険因子の軽減に加えて,本人の保護因子の強化が重要な課題となる.そして,保護因子の強化には,学校や家族との良好な関係を構築する必要がある.換言すれば,本人が,学校や家庭に居場所があると認識することができれば,この帰属意識は自殺の抑止に働きうる.学校との良好なつながりを構築するためには,仲間や教師との関係性,学習の習熟などの支援を要する5).そしてそのために治療者は,学校と連携して治療を進める必要がある.
 また,家族それぞれが情緒的に交流し,家族が円滑に機能していれば,本人は家庭に帰属意識を抱く.このような安定した家族機能は,本人の保護因子として働く5)26)39)40).本人と保護者が,円滑な情緒交流関係を構築するためには,自殺の心理社会的準備因子への治療的介入が重要であることは詳述した.ただし,そもそも家族機能が非常に脆弱な場合は,自殺の心理社会的準備因子への治療的介入は,家族の大きな負担となり,治療的意義を見いだせない.このような場合には,地域の行政組織との連携が必須となる.
2)地域施設との連携
 子どもの症例の場合も成人同様,自殺未遂歴は自殺既遂の最大の危険因子であり9)16)42),自殺再企図防止は決して容易ではない.治療者が単独で再企図防止を担うと,その重責を背負いきれなくなる.したがって治療者は,地域施設との連携を強固にし,本人の支援者を1人でも増やす必要がある.
 地域施設とは,具体的には,学校や児童相談所,地方自治体の担当部署,民間の支援団体などである.これらの施設との連携のためには,治療者が中心となり,関係者が顔を合わせ,役割分担を確認する.特に,学校との良好なつながりは,自殺企図した本人の保護因子となることから5)39),学校関係者との強固な連携が必要となる.ただし,学校との関係構築が困難な症例では,児童相談所や地方自治体の担当部署,民間の支援組織との関係を模索する.また,治療者は,脆弱な家族機能ゆえに本人の保護因子の強化が困難な家族が存在することを念頭におく必要があり,その場合には,地域自治体の担当部署と連携し当該家族自体を支える体制を構築する必要がある.
 このような連携と適切な役割分担により,関係者が一枚岩となり本人の心理的な居場所を確保することが,ひいては本人の保護因子の強化につながる.社会福祉士や精神保健福祉士は,各施設間の連携に不可欠であることはもちろん,本人や家族の直接の支援者としても重要な役割を担う.

おわりに
 子どもの自殺者数を減らすためには,自殺の予防や再企図防止に対して,行政や教育機関,民間の支援団体,医療などが一体となって取り組まなければならない.そのなかでわれわれ精神科医が寄与できることは,臨床現場で遭遇する子どもの自殺未遂者への再企図防止を目的とした治療的介入である.子どもの自殺再企図防止のためには,危険因子の軽減と保護因子の強化が重要である.家庭問題を心理社会的要因とした自殺企図症例では,治療者は,子どもひとりひとりの生育歴を本人と家族とともに粘り強く整理し,本人が幼少期から身近な者に適切な援助を求められずに現在に至ったことを自殺の心理社会的準備因子ととらえる必要がある.この生育歴を踏まえた心理社会的準備因子への治療的介入は,自殺の危険因子の軽減と保護因子の強化という両面に資することから,子どもの自殺再企図防止を目的とした治療としてきわめて重要な意味をもつ.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

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