Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第124巻第4号

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連載 ICD-11「精神,行動,神経発達の疾患」分類と病名の解説シリーズ
各論⑬
パーソナリティ症および関連特性群―正常なパーソナリティ機能とパーソナリティ症,パーソナリティ特性―
加藤 敏1)2)
1)医療法人心救会小山富士見台病院
2)自治医科大学名誉教授
精神神経学雑誌 124: 252-260, 2022

 ICD-11における「パーソナリティ症および関連特性群」の項目は,ICD-10と比べ全面的な改変がなされている.一言でいえば,それはDSM-5第3部で従来のパーソナリティ障害分類を補足する形で提示されていた「パーソナリティ障害代替モデル」(以下,代替DSM-5モデル)を継承しつつ,その趣旨を発展させたものと位置づけられる.パーソナリティ症は,「自己」と「対人関係」の2つの側面から,それぞれの機能の障害,つまり「自己機能障害(self dysfunction)」と「対人機能障害(interpersonal dysfunction)」によって定義される.これはパーソナリティ症の内包を明確にする試みで評価に値する.パーソナリティ機能の不全のありように注目して,パーソナリティ症の診断が確定したら,次にパーソナリティ症の重症度を評価し,軽度,中等度,重度のいずれなのかを特定する手順が指示されている.従来の特定の下位分類は撤廃され,「否定的感情」「非社会性」「制縛性」など5つのパーソナリティ特性および「ボーダーラインパターン」の特定用語から,個別のパーソナリティ症の特徴づけがなされる.パーソナリティ構造に注意を払い,抑うつ症や不安症などさまざまの病態に光をあてる視点は臨床的に有用で評価に値する.他方,パーソナリティ症の外延が広がったことにより,ICD-10の場合と比べ,パーソナリティ症の診断閾値が下がり,過剰診断が生じる可能性があることが危惧されなくはない.

索引用語:ICD-11, パーソナリティ機能, パーソナリティ症, パーソナリティ困難, ボーダーラインパターン>

はじめに
 ICD-11は,従来の精神医学を脱構築する形で新機軸を打ち出したDSM-5を踏まえつつ,そこから一歩進み,燃え尽き(burn out)5),「複雑性PTSD(Complex Posttraumatic Stress Disorder)」「遷延性悲嘆症(Prolonged Grief Disorder)」6)など社会的脈絡(social context)を大切にし,患者が生きる現実に注意を払った新たな臨床単位を創出している.「パーソナリティ症および関連特性群」の項目もそのよい例で,ICD-10と比べ全面的な改変になっている.一言でいえば,それはDSM-5第3部で従来のパーソナリティ障害分類を補足する形で提示されていた「パーソナリティ障害群の代替DSM-5モデル」(以下,代替DSM-5モデル)1)3)を継承しつつ,その構想を発展させたものと位置づけられる.こちらは精神機能の異常をとらえる基本となるパーソナリティの問題を正面から扱っているだけに,ICD-11のなかでも最も影響力の大きな斬新な改訂といえる.以下,代替DSM-5モデルと必要に応じ比較しながら簡単に紹介し,著者の個人的なコメントを加えたい.
 なお,本稿は2021年8月11日時点でのICD-116)に従った紹介であることを断っておく.術語は,精神科病名検討連絡会・精神科用語検討委員会が採用している(現段階での)訳語に準じている.

I.「自己機能障害」と「対人関係機能障害」
 パーソナリティ症は,「自己」と「対人関係」の2つの側面から,それぞれの機能の障害,つまり「自己機能障害」と「対人機能障害」によって定義される.そこには正常なパーソナリティを,(i)自分の拠り所をもった「アイデンティティ」をもつ,(ii)自分の存在に肯定的な価値を見いだす,(iii)将来へ向けた「自己志向性」をもつといった「自己機能」を保持し,(i)他者と親密な関係を確立し,維持できる,(ii)他者の立場を理解できる,(iii)他者との対立に首尾よく対処できるといった「対人関係機能」を保持できるという前提がみてとれる.そうしたパーソナリティ機能の考え方は,大枠では代替DSM-5モデルで定式化された「自己」と「対人関係」の2つの構成要素からパーソナリティ機能を定義する考え方をもとにしている.ICD-11において,代替DSM-5モデルと同様,正常なパーソナリティ機能を具体的に定式化している点は大いに評価に値する2)
 パーソナリティ障害を「自己機能」と「対人関係機能」の双方から定義することはパーソナリティ症の内包を精神病理学的に規定する試みで,評価に値する.「パーソナリティ症および関連特性群」の項目は精神科診断基準の基礎を示していることからして,今日の精神科臨床に対し大きな影響力をもつことは間違いない.
 パーソナリティ症の診断の必須条件は以下である.
 (i)(上述の)自己機能の問題および/または対人機能不全を特徴とする長期にわたる異常:パーソナリティは自己の側と対人関係の側が切り離し難く密接につながって成り立っている以上,いずれにも問題があることが多いと思われるが,自己機能あるいは対人機能障害のいずれかがあればよいとして,両方がともに障害されていることは要求していない.
 (ii)「異常は,長期にわたり持続している(例えば,2年以上)」:長期に続くといっても,「2年」続けば基準を満たすという規定は短いように思われる.代替DSM-5モデルでは,持続に関し「長期にわたって比較的おなじあり方で続く」というやや曖昧な規定がなされている.そこでは,2年を超えてもっと長く続くというニュアンスを含意しているように思われる.パーソナリティの評価にしてはやや短期間の異常でパーソナリティ症の診断がつけられるという規定は,世界のさまざまな国で使用しやすくするというWHOの実践的な事情が背景にあることも考えられる.
 (iii)「異常は,認知,情動体験,情動表出,および行動の非適応的な(たとえば,柔軟性を欠く,または統制が不十分な)パターンに現れる.ただし,そのようなパターンの表出は,特定の種類の状況により一貫して生じうる一方,他の状況では生じないこともある」(下線著者).「異常を特徴とする行動パターンは発達的に適切ではなく,社会的要因または文化的要因(社会政治的衝突を含む)で主に説明されるものではない」(下線著者).
 従来のパーソナリティ症は,青年期または成人期早期から現れ,社会に適応不全をきたす柔軟性を欠く行動パターンの持続と定義され,当人がおかれた状況の側は診断学的にはあまり顧慮されていなかったように思う.ICD-11では,「そのようなパターンの表出は,特定の種類の状況により一貫して生じうる一方,他の状況では生じないこともある」と明記していることからわかるように,患者がおかれている社会的脈絡に注意を向けている点に特徴がある.確かに,当人にとって負荷がかからない状況では,自己機能や対人関係機能の障害が露呈しないこともある.しかしながら,「他の状況では生じないこともあり,特定の種類の状況により一貫して生じうる」という「特定の状況」がどのような状況なのか,その内実につき何も述べられていない.
 パーソナリティ症は「社会または文化的要因(社会政治的衝突を含む)で主に説明されるものではない」という留保がなされていることから,国内外の政治的抗争のさなかにいる状況は除外されている.この留保を勘案すると,特定の状況の例として,当人が親との関係のなかで激しい心理的葛藤をかかえている状況,またそれまで親しかった学友との関係において決定的な断裂が生じる状況など,神経症性の病理を出現させる個人的な問題があがると思われる.
 興味深いことに,青年期前の子どもでも「共感性の欠落(非社会性の一側面)や完璧主義(制縛性の一側面)」など「顕著な不適応的な特性が観察されることはあり」,これが「青年期および成人期のパーソナリティ症の前兆」とみなされる事例もあるなどと具体的に明確に述べている.つまり,パーソナリティ症では,遡ると小さい頃からの発達過程にその前兆となる特性があり,連続したパーソナリティの病理もあることを認めている.
 実際,パーソナリティの発達には,生物学的素因とともに,心理的要因が重要となるわけで,精神分析が明らかにした首尾よい対象関係のなかでの自己・対人関係機能の確立というあり方が1つのモデルだろう.発達過程での病理が,課される課題が多い職場で顕在化したり,あるいは異性との関係のなかで顕在化することもあるだろう.
 (iv)「パーソナリティ異常が,苦痛や個人生活,家族生活,社会生活,学業,職業あるいは他の重要な機能領域における機能障害と関連している程度」
 パーソナリティ機能の障害は発現する領域が,「個人生活,家族生活,社会生活,学業,職業」などと明細化されている点も特徴的である.代替DSM-5モデルでは,「社会的状況の比較的幅広い領域に広がっている」としか述べられていないのだが,ICD-11では,どの社会的状況で問題になっているのか,社会的脈絡に注意を払う.患者が生きる現実を大切にする姿勢は,パーソナリティ症をもつ患者を具体的に知り,治療的にかかわるうえで有益だと思われる.

II.軽度・中等度・重度パーソナリティ症
 パーソナリティ機能の不全のありように注目して,パーソナリティ症の診断が確定したら,次にパーソナリティ症の重症度を評価し,軽度,中等度,重度のいずれなのかを特定する手順が指示されている().その基準は,(i)自己機能の側面における障害の程度と広汎性,(ii)対人機能の障害の程度と広汎性,(iii)情動面,認知面,および行動面に顕在化するパーソナリティ機能不全の広汎性,重症度および慢性度,(iv)パーソナリティ異常によって引き起こされる,苦痛や個人生活,家族生活,社会生活,学業,職業あるいは他の重要な機能領域における機能障害の程度とされている.
 軽度パーソナリティ症,中等度パーソナリティ症,重度パーソナリティ症のそれぞれについて,診断に必要な特徴が自己機能,対人関係機能に主眼をおき,細かく挙げられている.診断指標をいくつ満たしたら中等度パーソナリティ症と診断できるといった操作的診断の形式になっていないため,実際の臨床場面で重症度を特定する際,医師の間で違いが大きくなることが危惧される.
 軽度パーソナリティ症では,以下のように診断に必要な特徴が挙げられる.
 「自己機能のいくつかの領域でみられるが,すべてではない(例えば,自己志向性の問題はあるが,アイデンティティや自己価値については安定性と一貫性があり,問題ない)」「または,障害による影響がすべての領域でみられるが重症度は軽度であり,状況によっては表面化しない場合もある」「対人関係の多く,または期待される職業上あるいは社会的な役割を果たすうえで問題があるが,維持できている関係がある,および/または遂行できている役割がある」
 「パーソナリティ異常の具体的な表れの程度は,通常軽度である」「軽度パーソナリティ症は,典型的には著しい自傷他害と関連しない」「軽度パーソナリティ症は,個人生活,家族生活,社会生活,学業,職業または他の重要な機能領域において著しい苦痛または機能障害と関連しうるが,それは特定の領域に限定されるか(例えば,交際関係,雇用),あるいはより多くの領域でみられるがより軽度である」.
 これを踏まえ,軽度パーソナリティ症の具体例がいくつか提示される.
 例えば「自己肯定感を傷つけられると回復が困難である」「ほんの些細なつまずきにも対処が困難である」,他者と「途切れてしまう関係もあるが,より一般的には間欠的あるいは頻繁なマイナーな衝突が特徴である」「ストレス下では状況や対人関係の把握にいくらか歪みが生じることがあるが,現実検討識は保たれる」など.
 以上の例から窺われるように,ICD-11のパーソナリティ症は,個人とその人がおかれた状況との関係に注目し,(負荷がかからない)「状況においては表面化しない場合もある」一方,「ストレス下」といった特定の状況,特定の生活領域で初めて自己機能や対人関係機能の障害が露呈するといったように,柔軟性をもつ動的理解をする姿勢を示している.その背景には,個人のパーソナリティのパターンは,生物学的素因をもった個人と家庭・学校・職場といった種々の環境との間の絶えざる相互作用のなかで生成するという考えが控えているように思われる.
 軽度パーソナリティ症に,「特定の領域に限定される」ものがあり,その特定の状況の例として「交際関係」と並び「雇用」つまり職場が挙げられていることはなかなか踏み込んだ言及である.職場などでの要求水準が上がった現代社会において,難治性ないし遷延性の抑うつ症や不安症が増えている.また,上司から(パワハラとはいえない質の)注意を受け,抑うつ,不安が出現する事例も多い.そうした職場のメンタル不調者において,パーソナリティの病理が伏在していることが少なくない.それゆえ,社会的脈絡を勘案したICD-11におけるパーソナリティ症の動的視点は,患者の病態理解を深めるうえで有用であると考えられる.
 ICD-10では,妄想性パーソナリティ障害や非社会性パーソナリティ障害,情緒不安定性パーソナリティ障害など特定のパーソナリティ障害に力点がおかれ,これらの特定のパーソナリティ障害は「性格構造と行動傾向の重度の障害」と定義されている.この基準からすると,ICD-11で提唱された軽度パーソナリティ症は「性格構造と行動傾向の重度の障害」ではないので,パーソナリティ症とは見なされないレベルのパーソナリティを問題にしているのである.ICD-11はICD-10に比べ,パーソナリティ症の診断閾値が下がったことは特筆すべきである.
 パーソナリティ症との鑑別疾患の項目では,気分変調症と気分循環症も挙げられ,パーソナリティ症の診断が下される事例があることを認め,必要に応じ併存診断も可能としている.そうした併存の場合,パーソナリティ機能の障害の程度は軽度のレベルが多いと思われる.実際,気分変調症と気分循環症にパーソナリティの病理が併存していると診断される事例はかなり多い.そうした事例には薬物療法だけでは限界があることだろう.
 中等度パーソナリティ症においても,社会的脈絡を勘案した動的視点が明確にみられる.「ストレス下では状況や対人関係の把握に大きな歪みが生じることがある」,つまり「軽度の解離状態あるいは精神症様の思い込み(例えば,被害観念)が生じることがある」などの具体例がそれである.
 同様に重度パーソナリティ症において,「ストレス下では状況や対人関係の把握に極度の歪みが生じることがある.解離状態あるいは精神症様の思い込み(例えば,極度の被害的な反応)がしばしば生じる」などの具体例が記述されている.
 確かに,精神科救急の臨床において,解離症や急性一過性精神症などの診断がなされる際,パーソナリティ症,それも中等度ないし重度レベルのパーソナリティ機能の不全が基礎になっている事例は少なくない.このような見方は,伝統的に重症神経症と呼ばれた神経症は,その根底にパーソナリティ機能の深い病理があると考えるよう促す.この点は,精神分析が明確にしたところである.ICDにおける動的な視点は,突き詰めれば精神分析の視点と重なる部分があるといえる.

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III.パーソナリティ困難
 ICD-11は,代替DSM-5モデルに比べディメンジョナルな視点を押し進め,正常なパーソナリティ群と異常なパーソナリティ群の間には決定的な境界を定めることはできず,連続体をなすという考え方を鮮明にする.パーソナリティ困難(Personality Difficulty)なる新しい術語の提唱はその端的な現れである.それは軽度パーソナリティ症とまで診断できないものの,「個人が自身,他者および周囲について体験したり考えたりする様式における少なくとも2年間にわたる困難」を指し,「認知および情動体験と情動表出を通して観察されるパーソナリティ困難は,間欠的(例えば,ストレスを体験しているときだけ)で,あるいはより控えめな程度である」.「社会,職業,および対人関係で顕著な断絶を引き起こすほどには重度でないか,あるいは特定の関係性または状況に限定される」.
 精神科外来において,また産業医の現場で,パーソナリティに軽度の病理があって,職場での対人関係がやや不良で,仕事負荷がかかると,不眠,不安,抑うつなど適応障害の診断が下される事例がよく観察される.この種の病理が6ヵ月を超えて長く続く事例を理解するうえで,パーソナリティ困難というカテゴリーは一定の説得力があるように思える.
 代替DSM-5モデルでも,自己と対人関係の双方から評価されたパーソナリティ機能のレベルが連続体の形で構想されている.そしてその連続体には,0:「機能障害がほとんどない,または,ない」,1:「いくらかの機能障害」,2:「中等度の機能障害」,3:「重度の機能障害」,4:「最重度の機能障害」といったように5つのパーソナリティ機能の段階が区別される.そのうえで,代替DSM-5モデルではパーソナリティ機能が中等度の段階にあると判断されるとき,初めてパーソナリティ障害と診断されると規定している(p.755~760)1)
 このたびICDが提出した「パーソナリティ困難」は,「社会,職業,および対人関係で顕著な断絶を引き起こすほどには重度でないか,あるいは特定の関係性または状況に限定される」という文言からして,パーソナリティ機能の障害が顕在化する状況として,職場など1つの生活領域に限定される事例についても診断が下されるとみる姿勢を示している.そうすると,パーソナリティ困難は,伝統的診断によって今日でもなされている,例えば職場の上司などといった特定の人物に対する葛藤に由来する(慢性)神経症も包摂する布置をもっていることだろう.なお,パーソナリティ困難は,代替DSM-5モデルでいえば「レベル1:いくらかの機能障害」にあたるように思われる.この概念は遷延する抑うつ症や不安症などの病態把握には有用かもしれないが,パーソナリティ症には入らないにせよ,治療困難の響きをもつ「パーソナリティ困難」と告げられることにより,スティグマを助長することが危惧される.

IV.パーソナリティ特性領域およびボーダーラインパターン
 パーソナリティ症の診断に際し,またパーソナリティ困難と判断する際,「否定的感情(Negative Affectivity」「離隔(Detachment)」「非社会性(Dissociality)」「脱抑制(Disinhibition)」「制縛性(Anankastia)」からなる5つの「パーソナリティ特性領域」を提唱し,その位置づけが次のように明確にされる.「特性領域は,パーソナリティ症やパーソナリティ困難のない人にみられる正常なパーソナリティ特徴と連続性をもつものである.特性領域は診断カテゴリーではなく,潜在的なパーソナリティの構造と合致する一連の次元を表すものである」.
 「否定的感情」「離隔」「非社会性」「脱抑制」「制縛性」などのパーソナリティ特性は健常者にも認められ,潜在的なパーソナリティの構造であるという論点はなかなか踏み込んだものである.パーソナリティ症とパーソナリティ困難が連続するだけでなく,パーソナリティ困難は健常者とも連続するという見方には,健常群を含む「パーソナリティ症スペクトラム」とでも呼べそうな連続体を想定する姿勢が窺われる.
 5つのパーソナリティ特性とは別に,治療的視点を重視して,「ボーダーラインパターン(Borderline pattern)」を特定用語に加える.これらによって,パーソナリティ症およびパーソナリティ困難の特徴を浮き彫りにすることが意図されている.こうして,パーソナリティ症は従来の特定の下位分類の代わりに,「パーソナリティ症,軽度,否定的感情および制縛性を伴う」「パーソナリティ症,重度,非社会性および脱抑制を伴う」「パーソナリティ症,中等度,否定的感情,非社会性,および脱抑制を伴う,ボーダーラインパターン」などと記述される.
 代替DSM-5モデルでは,「反社会性パーソナリティ障害」「回避性パーソナリティ障害」「境界性パーソナリティ障害」「自己愛性パーソナリティ障害」「強迫性パーソナリティ障害」「統合失調型パーソナリティ障害」からなる6つの特定のパーソナリティ障害群が選ばれている1).こうしたパーソナリティ障害の単位がすべてなくされ,これに代わって「否定的感情」「離隔」「非社会性」「脱抑制」「制縛性」からなるパーソナリティ特性領域によってパーソナリティ症を個別に把握する指針を出したのである.
 「否定的感情」「離隔」「非社会性」「脱抑制」「制縛性」はそれぞれ,ICD-107)でいう「不安性(回避性)パーソナリティ障害」「統合失調質パーソナリティ障害」「非社会性パーソナリティ障害」「情緒不安定性パーソナリティ障害」「強迫性パーソナリティ障害」に対応するところが多いように思われる.しかし,質の違う要素を一緒にしたパーソナリティ特性が記述されているものが散見され,そうしたパーソナリティ特性を実際の臨床場面で評価するためにどのように運用するのか不明確になっているように思う.
 個別のパーソナリティ症のカテゴリーが撤廃されてしまい,パーソナリティ症を具体的にイメージしづらくなったという印象はぬぐえない.しかしながら,長所は多い.例えば,現行の診断体系では,自己愛性パーソナリティ障害,演技性パーソナリティ障害など特定の下位分類が決まらず「特定不能のパーソナリティ障害」としか診断できないことがしばしばあった.また「複数のパーソナリティ障害が併存する」と診断されることもよくあった.そうした曖昧になってしまった弊害をなくすことを目論み,ICD-11のパーソナリティ症の診断では,「パーソナリティ症,軽度,否定的感情および制縛性を伴う」などというように,カテゴリー診断に代わるパーソナリティ特性診断が採用され,具体的に把握しやすくなったように思う.
 注目に値するのは,臨床的有用性を考えて導入したと強調するボーダーラインパターンである.
 「見捨てられないためのなりふりかまわぬ努力(見捨てられるのが現実の場合も想像上の場合も)」「理想化と脱価値化を特徴とする不安定かつ激しい対人関係のパターン」「自傷エピソードの反復(たとえば,自殺企図またはその素振り,自傷〔self-mutilation〕)」「著しい気分の反応性による不安定な情動」「慢性的な空虚感」「不適切で激しい怒り,またはその制御困難」「一過性の解離症状または精神症様の特徴(たとえば,短時間の幻覚,被害妄想)」などの記述から明らかなように,ボーダーラインパターンは,アメリカで(境界性パーソナリティ障害についての論議が盛んになりだした)1960年代に精神分析の見地から提唱された「境界性パーソナリティ構造(borderline personality organization)」4)という術語で記述されている事項を積極的に取り入れたと考えられる.医師-患者関係のなかで精神分析的な意味での境界性パーソナリティの病理が顕在化することが多いという認識から,また精神療法の適応になるという認識から,ボーダーラインパターンが提唱されたと思われる.

V.精神疾患一般の診立て,治療にとってもつパーソナリティ症の意義
 ICD-11のパーソナリティ症では,他の臨床症候群の診立て,治療にとってパーソナリティ症がもつ意義を強調している.

 パーソナリティ症は,しばしば他の臨床症候群の治療を複雑にし,また長引かせる.そのため,たとえば,さまざまな抑うつおよび不安症に対する標準的な治療に対する反応が不良また不完全な場合,パーソナリティ症の存在が疑われる場合がある.それに関連し,治療された臨床症候群が消退したのちにも機能低下が持続する場合,パーソナリティ症の存在が疑われる場合がある.

 このように,ICD-11のパーソナリティ症の項目は,精神科臨床の実際の経験に目をやり,実に治療的な視点が豊かで好感がもてる.パーソナリティ構造の観点から病態に光をあてる視点は,パーソナリティの病理に注意をはらう精神病理学的視点を打ち出しており,臨床的に意義深く,薬物療法,広義の精神療法,作業療法など,いずれの治療を優先させるのかを知るうえでも参考になるだろう.また,自己と対人関係の双方からパーソナリティ機能を評価することを旨とする基本指針は,すべての精神疾患の診立てをする際に励行してよいことである.
 実際,ICD-11において鳴り物入りで登場した家庭内で繰り返される虐待といった持続的なトラウマに由来する複雑性PTSDに関し,これをパーソナリティ機能の側から理解する見地も当然出てくることだろう.あわせて長期に持続するPTSDについても,パーソナリティ症の要素が強いとみる見地も出てくるだろう.
 また,対人関係機能に際立った問題が出る自閉スペクトラム症(DSM-5)について理解するうえで参考になると思われる.パーソナリティ機能を評価するなら,パーソナリティ症の診断がつく自閉スペクトラム症はかなりあるはずである.そのため,とりわけ青年期や成人になって顕在発症とされる高機能自閉スペクトラム症やアスペルガー症候群,あるいは最近わが国で注目されている「大人の発達障害」の事例については,パーソナリティ症との鑑別および併存をめぐり議論を呼ぶことが考えられる.例えば「制縛性の特性をもつ軽度,ないし中等度パーソナリティ症」と診断したほうが適切な事例も少なくないと思われる.

VI.考察
 著者の研修医時代は境界性パーソナリティ障害に代表されるパーソナリティ障害が大流行で,いかに病態を把握し治療するのか,盛んに議論された.ところが1990年代に入り,パーソナリティ障害にとって代わったかのように,広汎性発達障害(ICD-10,1992),次いで自閉スペクトラム症(DSM-5,2013)の臨床単位が前面に躍り出ている.従来ならパーソナリティ障害,あるいはその傾向をもつ,とまずもって診断されたであろう病理が今日では自閉スペクトラム症と診断される事例が多いのには驚く.
 その背景には,精神力動の視点から認知理論へのパラダイムシフトが大きな影響力を及ぼしていると考えられる.少なくとも現代の日本の精神科臨床では,患者がおかれた社会的脈絡への配慮はまったくなしに,他人との相互のコミュニケーションが首尾よくできているのか否かに最大の関心が向けられ,患者のパーソナリティ全般に周到な注意を払う問題意識が薄れてきているように思う.自閉スペクトラム症の診断が増えている一因はここにあるのではないだろうか.素人でもすぐ診断できそうな,あまりに単純化され一面的になってしまった見方を是正する意味でも,ICD-11で提唱された「パーソナリティ症および関連特性群」は啓発的である.
 この項目はまず,正常なパーソナリティのありようについて明確な規定を行っている点で,意義深い.Jaspers, K. は『精神病理学総論』のなかで「自我意識」は「能動性の意識」「単一性の意識」「同一性の意識」「自分は周囲や他人とは区別されるという意識」からなる4つの標識をもつと提示した2).これは正常な自我のあり方を定式化したものといえる.ICD-11において,(i)自分の拠り所をもった「アイデンティティ」をもつ,(ii)自分の存在に肯定的な価値を見いだす,(iii)将来へ向けた「自己志向性」をもつといった「自己機能」を保持し,(i)他者と親密な関係を確立できる,(ii)他者の観点を理解できる,(iii)他者との対立に首尾よく対処できるといった「対人関係機能」を保持できることを正常なパーソナリティのあり方に求めるという定式化は,現代社会において他人とともに生活するうえで,大人として期待されるパーナリティ機能を簡潔明瞭に示し,Jaspersによる自我意識の標識を心理学の見地から精緻化したものといえる.それは人間主体に関する人間学的な言説で,経験論的な科学の言説ではおよそない.
 精神医学が,人間の正常性の基準を「自分の存在に肯定的な価値を見いだす」「将来へ向けた自己志向性」をもつなどの「自己機能」や,「他者と親密な関係を確立できる」「他者の観点を理解できる」などの「対人関係機能」を発揮できることと明確に規定したことは注目に値する.これまでの精神科診断分類では―暗黙の裡に正常なパーソナリティのあり方は前提にされていたはずだが―このような正面からの規定はなかったと思う.この基準に照らして,「自己機能」や「対人関係機能」に不全がある事例が(軽度,中等度,重度)パーソナリティ症と診断されることになる.すでに述べたように,ICD-10に比べ,パーソナリティ症の診断閾値は下がり,「自己機能」や「対人関係機能」の不全が軽度である場合もパーソナリティ症と診断される布置をもっている.パーソナリティの正常規範のレベルが上がり,それを満たせず,パーソナリティ症と診断される人が増えることは間違いない.
 世界は始まってすでに3年目になる未曽有のコロナ禍に襲われ,その予防策がいろいろ講じられている.ワクチン接種がその代表的なものである.もともと個人の自由の尊重を最大の基調にしたフランスは,「衛生パス」法案のもと2021年8月9日から,世界に先駆けてワクチン接種をしていることを示す証明がないと,レストランや映画館に入ること,長距離列車や飛行機に乗ることを禁じる政策を大胆に打ち出した.ワクチン接種の義務化の制限措置は自由侵害(liberticide)だと激しく反対する人々に対し,マクロン大統領は,他人に感染させる危険があること,つまり他者のことに配慮することこそ自由の条件で,この政策を守らないことこそ民主主義の根本を揺るがすという考えを表明した.他者のことに配慮することこそ自由の条件であるという考えには,「将来へ向けた自己志向性」をもち「他者の立場を理解できる」あり方こそ正常規範であることが前提にされているのが窺われる.
 新型コロナウイルス感染症予防の施策によくわかるように,地球規模で文字どおりのグローバル化が進む今日,他者と共生をして持続可能な世界をめざす以上,人間はより高い正常規範を課されているように思う.このたびのICD-11によるパーソナリティ機能,およびパーソナリティ症の規定は,この趨勢に呼応したものであるといえる.そこには,世界の人々の健康の推進にあたる業務をより積極的に進めているWHOによる,高次の政治的判断の要素もあると考えられるかもしれない.

おわりに
 DSM-5に引き続き,ICD-11においてパーソナリティ症の新たな切り分けがなされて,診断は高い専門性を要求されることになる.科学性という点では,生物学的知見への準拠はひとつもなく,パーソナリティ症の分類は,生物学的科学から一層離れ,実践的人間科学の様相を色濃くもつことになり,その運用にあたって精神分析を含む精神病理学の知を要求される布置をそなえている.ないものねだりかもしれないが,率直なところ,ICD-11のパーソナリティ症にはまだまだ曖昧な部分が残されているように思う.しかし,診断指標が明確でないため実用場面で診断の信頼性が下がらないか,またその閾値が下がって過剰診断が増えないかなどのリスクがあるのは否定できないが,精神医学にあらたな風を呼び起こすことは間違いない.
 今後,DSM-5における正規のパーソナリティ障害分類とICD-11のパーソナリティ症の分類のいずれに準拠するのかという問題が出るだろうが,この点に関しては,断然ICD-11が優勢になると思われる.個人的な予測の域を出るものではないが,将来,現行のDSM-5が何らかの形で改訂されることになれば,DSM-5「パーソナリティ障害代替モデル」を基礎にICD-11に近づけた分類が作成されることだろう.
 21世紀の精神医学は,自閉スペクトラム症(DSM-5),特に高機能群に対し定型発達,非定型発達といった見方が提出されているのがよい例だが,一旦正常と異常との境界を棚上げする姿勢を強めている.ICD-11のパーソナリティ症は,すべての人が病的になりうるパーソナリティ特性をもっているという見方を鮮明にしている.こうした趨勢は,精神科臨床においてとりわけ軽症例の病態把握,治療を進めるうえで重要な問題枠を提起していると考える.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) American Psychiatric Association: Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 5th ed (DSM-5). American Psychiatric Publishing, Arlington, 2013 (日本精神神経学会 日本語版用語監修, 髙橋三郎, 大野 裕監訳: DSM-5精神疾患の診断・統計マニュアル. 医学書院, 東京, 2014)

2) Jaspers, K.: Allgemaine Psychopathologie, 5 Auf. Springer-Verlag, Heidelberg, 1946 (内村祐之, 西丸四方, 島崎敏樹ほか訳: 精神病理学総論, 上巻. 岩波書店, 東京, p.185-199, 1953)

3) 加藤 敏: パーソナリティ障害およびパーソナリティ障害代替モデル. 精神経誌, 117 (2); 146-151, 2015

4) Kernberg, O.: Borderline personality organization. J Am Psychoanal Assoc, 15 (3); 641-685, 1967
Medline

5) World Health Organization: Burn-out an "occupational phenomenon": International Classification of Diseases. (https://www.who.int/news/item/28-05-2019-burn-out-an-occupational-phenomenon-international-classification-of-diseases) (参照2021-01-11)

6) World Health Organization: ICD-11 for Mortality and Morbidity Statistics, WHOFIC Maintenance Platform (https://icd.who.int/dev11/l-m/en) (参照2021-08-11)

7) World Health Organization: The ICD-10 Classification of Mental and Behavioural Disorders: Clinical Descriptions and Diagnostic Guidelines. World Health Organization, Geneva, 1992 (融 道男, 中根允文ほか監訳: ICD-10精神および行動の障害―臨床記述と診断ガイドライン―, 新訂版. 医学書院, 東京, 2005)

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