Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第124巻第2号

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連載 ICD-11「精神,行動,神経発達の疾患」分類と病名の解説シリーズ
各論⑪
ICD-11で新設された「性の健康に関連する状態群」―性機能不全・性疼痛における「非器質性・器質性」二元論の克服と多様な性の社会的包摂にむけて―
松永 千秋
ちあきクリニック
精神神経学雑誌 124: 134-143, 2022

 本稿ではICD-11で新設された,第17章「性の健康に関連する状態群」について概観する.まず,ICD-11と先行するICD-10およびDSM-5との比較によって本章の特徴を明らかにすることを試み,次に本章に属するカテゴリーをWHOのウェブサイトおよびICD-11診断ガイドライン草案に基づいて紹介する.性的反応には生理学的プロセスと心理社会的プロセスの相互作用が認められるにもかかわらず,ICD-10では「非器質性」の性機能不全のみが「精神および行動の障害」に分類されていたため,当該領域に対する多領域専門職による対応が妨げられていた.ICD-11は「性の健康に関連する状態群」を新しい章として独立させることで,性機能不全および性疼痛を取り扱ううえでの「非器質性・器質性」の二元論を克服しようとしている.一方,ICD-10の「性同一性障害」が「性別不合」に改称・再概念化され,本章に組み込まれた.このことは,人格的な性の多様性を精神疾患の概念から分離してスティグマを回避するとともに,当事者が医療サービスにアクセスしやすくすることを意図している.最後に,精神科医が性別不合の診断やサポートをする根拠について言及する.

索引用語:性の健康に関連する状態群, 性機能不全群, 性疼痛症群, 性別不合, ICD-11>

はじめに
 本稿ではICD-119)で新設された,第17章「性の健康に関連する状態群」について概観する.本章が新設された背景には,性の健康を推進しようとする世界保健機関(World Health Organization:WHO)の方針7),性およびジェンダーに関連した知見の蓄積2),多様な性のあり方が社会において認知されてきたこと5)などがある.本章の主な構成を表1に示した.本章に含まれる「性機能不全群」「性疼痛症群」「性別不合」に対応するICD-108)のカテゴリーは,いずれも「F.精神および行動の障害」の章に入っており,精神疾患とされていたが,ICD-11では精神疾患の分類から外されたことになる.また,「性機能不全群」および「性疼痛症群」には,表2に示したように,「時間および状況に関連する特定用語」および「病因論的考慮事項に関連する特定用語」が用意されている.
 本章の「性機能不全群」および「性疼痛症群」は,ICD-10の「性機能不全,器質性の障害あるいは疾患によらないもの」(F52)に対応しているが,両者には違いがある.F52は分類名から明らかなように,器質性疾患によるものを除外していたのに対し,ICD-11では,器質性疾患による寄与が明らかであっても,性機能不全,性疼痛が独立した治療の焦点となる場合には「性機能不全群」「性疼痛症群」に属するカテゴリーの診断が可能になった.性的反応には身体的要因と心理社会的要因の相互作用が認められることがその理由である3).本章が精神疾患の分類から独立した意義の1つがここにあると言ってよいだろう2)
 注目すべきは,ICD-10の「性同一性障害」に対応する「性別不合」が精神疾患の分類から外れ,本章に分類されたことである.この変更は,「性同一性障害」は人格的な性のあり方の多様性を示すものであって,精神疾患ではないという認識の広がりを背景としており4),当事者に対するスティグマの排除と,医療サービスへのアクセスを容易にすることが意図されている5)
 なお,本稿の内容は,2021年5月時点のWHOのウェブサイト,および2020年5月時点のICD-11診断ガイドライン草案に基づいている.本章の分類がセカンダリー・ペアレントになったカテゴリーについては省略した.

表1画像拡大表2画像拡大

I.従来の診断分類との比較
1.ICD-10との比較
 本章の内容を把握する一助とするため,ICD-10からICD-11への改訂に際してどのような変更があったかをみていこう(表3).
 まず,全体的な相違点として,上述のように本章のカテゴリーが精神疾患ではなくなったこと,「性機能不全群」と「性疼痛症群」が器質性の病態を含むようになったことが挙げられる.また,ICD-11の「性機能不全群」は,性欲,性的興奮,オルガスム,射精,という性行為の機能面,および性別に基づいてより整理されたものとなっている.
 次に,個々の分類,カテゴリーについてみていく.
 ICD-11の「性欲低下症」は,性行為に対する欲望または意欲の欠如または顕著な低下であり,ICD-10の「性欲欠如あるいは性欲喪失」に対応している.
 ICD-10の「性の嫌悪」はICD-11では削除された.同様の状態像をICD-11で診断する際は,他のカテゴリー(「性疼痛・挿入困難症」「限局性恐怖症」など)の使用が検討されることになる.
 ICD-10の「性器反応不全」に対応するのがICD-11の「性的興奮不全群」であり,性的興奮の解剖学的,生理学的な性差を反映して,「女性の性的興奮不全」と「男性の勃起不全」の2つのカテゴリーに分けられた.「女性の性的興奮不全」は,生理的反応だけでなく主観的な反応の困難にも適用されるのに対し,「男性の勃起不全」は勃起という生理学的な反応の困難のみに関連したものとなっており,男女で非対称な扱いとなっている.ICD-10の「性の喜びの欠如」はICD-11の「性的興奮不全群」の主観面に対応すると考えられる5).また,ICD-10と異なり,「男性の勃起不全」には器質性の障害が含まれる.
 ICD-11の「無オルガスム症」はICD-10の「オルガズム機能不全」に対応しており,男女共通のカテゴリーとしてオルガスムの主観的経験に関する困難に関係している.
 ICD-10における「早漏」はpremature ejaculationの訳語であるが,ICD-11で原語がMale Early Ejaculationに変更されたのに伴い,訳語が「男性の早期射精」となった.この変更の背景にはpremature ejaculationがもつネガティブな語感を避ける配慮があったようである6)
 ICD-10にはなかった「男性の遅延射精」というカテゴリーがICD-11で導入されたのは,男性におけるオルガスム(主観的反応)と射精(生理学的反応)を区別しているためである5).なお,「男性の遅延射精」には射精ができない状態が含まれている.
 ICD-10の「非器質性膣けいれん」と「非器質性性交疼痛症」は,ICD-11では「性疼痛症群」の分類のもと,「性疼痛・挿入困難症」というカテゴリーに統合され,器質的な膣けいれんを含む概念となった.
 ICD-10の「過剰性欲」は本章から削除された.ICD-11でこれに対応するのは「強迫的性行動症」(6C72)(「精神,行動または神経発達の疾患群」の「衝動制御症群」に分類される)である.
 ICD-10の分類である「性同一性障害」は「性別不合」へと名称が変更された.ICD-10の「性転換症」および「小児期の性同一性障害」に対応するICD-11のカテゴリーは,それぞれ「青年期または成人期の性別不合」および「小児期の性別不合」であるが,後述のように概念上の変更が行われている4)
 ICD-10の「両性役割服装倒錯症」は,「性の発達と方向づけに関連した心理および行動の障害」(F66)と同様に,臨床的な存在意義が認められなかったため廃止された5)
 指定された性別にふさわしくない〔性別異型的(gender variant)〕行動や嗜好のみを示す事例を誤って診断しないため,「他の性同一性障害」に対応するカテゴリーは廃止された(表1).

2.DSM-5との比較
 次に,ICD-11と米国精神医学会が作成した「精神疾患の診断・統計マニュアル,第5版」(DSM-5)1)を比較してみよう(表4).ICD-11ではDSM-5とのハーモナイゼーションが図られているが,相違点も多く存在している.
 全般的な相違点は,DSM-5が精神疾患の分類であるのに対し,すでに述べたように,ICD-11の「性の健康に関連する状態群」が精神疾患の分類ではないことである.また,DSM-5では,性機能障害と性疼痛に関し,その症状が,「性関連以外の精神疾患,物質の影響,医学的疾患,あるいは重篤な対人関係上の苦痛,パートナーからの暴力,または他のストレス因」1)による場合は「性機能不全群」の診断ができないのに対し,ICD-11では,当該症状が治療の独立した焦点となる場合には,「性機能不全群」や「性疼痛群」に属するカテゴリーの診断が可能になった.その際は「病因論的考慮事項に関連する特定用語」(表2)のあてはまる項目がすべてコードされることになる.
 また,性機能不全に関し,診断に必要な症状の持続期間がDSM-5とICD-11で異なっている.DSM-5の「性機能不全群」では,「物質・医薬品誘発性性機能不全」を除いて,持続期間が「少なくとも約6ヵ月」とされているのに対し,ICD-11では「少なくとも数ヵ月(several months)」とされている.
 以下で個々のカテゴリーを比較していく.
 DSM-5における「男性の性欲低下障害」「女性の性的関心・興奮障害」「勃起障害」の3つのカテゴリーは,ICD-11では性欲と性的興奮という性機能に基づいて整理され,「性欲低下症」(男女共通)と「性的興奮不全群」という分類にまとめられた.「性的興奮不全群」は「女性の性的興奮不全」と「男性の勃起不全」という2つのカテゴリーに分けられている.
 ICD-11の「無オルガスム症」は男女共通のカテゴリーである点で,DSM-5の「女性のオルガズム障害」と異なる.
 DSM-IV-TRに存在した「男性オルガズム障害」というカテゴリーは,DSM-5への改訂時に「射精遅延」に変更されている5).このことから,DSM-5では男性のオルガスムと射精を同等視していると考えることができる6).それに対し,ICD-11では「無オルガスム症」をオルガスムの主観的経験に関連した困難として男女共通のカテゴリーとし,「男性の遅延射精」を「射精不全群」に属する別のカテゴリーとすることで両者を区別している.
 DSM-5における「早漏」の原語はpremature(early)ejaculationであるが,上記の理由でpremature ejaculationの使用が避けられた結果,ICD-11ではMale Early Ejaculationに変更されたと考えられる.
 DSM-5では「性機能不全群」のなかに分類されていた「性器-骨盤痛・挿入障害」が,ICD-11では「性疼痛症群」として独立した分類となった.カテゴリー名は「性疼痛・挿入困難症」に変更されている.
 なお,ICD-11には,DSM-5の「物質・医薬品誘発性性機能不全」に対応するカテゴリーが存在しない.これに対応する診断が必要な場合は,状態像に合わせて性機能不全群または性疼痛症群に属するカテゴリーを用いて診断したうえで,「精神作用物質または医薬品の使用に関連するもの」(HA40.2)という特定用語が付加されることになる.
 DSM-5の「性別違和」に対応するICD-11分類は「性別不合」であり,後述のように概念上の変更がある.

表3画像拡大表4画像拡大

II.各カテゴリーの紹介
1.性機能不全群(Sexual Dysfunctions)
 性機能不全群は,性的反応または性的喜びを経験する能力の臨床的に有意な障害として特徴づけられる.性機能不全群に含まれる分類の多くが男女ともに適用されることに,性的反応の男女共通性が反映されている.診断が適用されるには,対象となる状態が少なくとも数ヵ月間持続し,臨床的に有意な苦痛を伴っていなければならない.しかし,前立腺全摘出術後や脊髄損傷後の「男性の勃起不全」や,乳がん治療に伴う女性の「性欲低下症」「女性の性的興奮不全」の場合などでは,治療を促進するため,持続期間が短くても当該診断が可能とされている.また,本人が満足を得ていれば,性行為の態様が他者と異なったものであったとしても,性機能不全群の診断は適用されない.診断のためのアセスメントは,主として本人から報告された主観的な体験に基づく.パートナー側の非現実的な願望やパートナーとの性的欲求の食い違いのみを根拠にして診断をすることはできない.
1)性欲低下症(Hypoactive Sexual Desire Dysfunction)(HA00)
 「性欲低下症」は,以下のいずれかによって示される,性行為に対する欲望または意欲の欠如または顕著な低下である.
 (i)自発的な欲望(性的思考または空想)の低下または欠如.
 (ii)性的なきっかけや刺激に反応して生じる欲望の低下または欠如.
 (iii)すでに開始した性行為に対する欲望または興味の持続不能.
 たとえ性的欲望が完全に欠如していたとしても,本人が満足していれば「性欲低下症」の診断は適用されない.特定の性的刺激(自己刺激など)を好む場合や,定常的にポルノグラフィを使用している場合などにおいて,パートナーとの性行為に対する欲望が低下することがある.この場合にも性欲低下症の診断は適用可能であり,「時間および状況に関連する特定用語」である「状況的」,および,「病因論的考慮事項に関連する特定用語」である「精神疾患を含む,心理的または行動的要因に関連するもの」(HA40.1)が付加されることになる.
2)性的興奮不全群(Sexual Arousal Dysfunctions)(HA01)
 「性的興奮不全群」では,性的興奮の生理学的または主観的な困難が存在している.
 「女性の性的興奮不全(Female Sexual Arousal Dysfunction)」(HA01.0)の特徴は,女性における性的刺激に対する生理学的または主観的反応の欠如または顕著な低下であり,以下のいずれかによって示される.
 (i)外陰部・膣の潤滑,生殖器の充血,および生殖器の刺激感応性を含む生殖器の反応の欠如または顕著な低下.
 (ii)乳頭の硬化,皮膚の紅潮,心拍数の上昇,血圧の上昇,および呼吸数の上昇を含む非生殖器反応の欠如または顕著な低下.
 (iii)あらゆる種類の性的刺激に対する性的興奮の感覚(性的感情の高揚および性的快感)の欠如または顕著な低下.
 「男性の勃起不全(Male Erectile Dysfunction)」(HA01.1)は,性行為に対する欲求および適切な性的刺激があるにもかかわらず,性行為を可能とするペニスの勃起を達成または持続する能力が欠如しているか,または顕著な低下をきたしていることを特徴とする.
3)オルガスム不全群(Orgasmic Dysfunctions)(HA02)
 「オルガスム不全群」はオルガスムの主観的経験に関連した困難である.「無オルガスム症(Anorgasmia)」(HA02.0)は,性欲や適切な性的刺激があるにもかかわらず,オルガスムの欠如または頻度の顕著な低下,あるいはオルガスム感覚の顕著な低下をきたしていることを特徴とする状態であり,男女とも診断可能である.
4)射精不全群(Ejaculatory Dysfunctions)(HA03)
 「男性の早期射精(Male Early Ejaculation)」(HA03.0)では,挿入や性的刺激の前または最中の非常に短い時間内に射精が起こり,射精に対する認知的制御が欠如しているか非常に弱いことが特徴である.「男性の遅延射精(Male Delayed Ejaculation)」(HA03.1)の特徴は,適切な性的刺激と射精の欲求があるにもかかわらず,射精が不能であるか,射精までに長い時間を要することである.しかし,本人が満足していればこれらの診断は適用されない.

2.性疼痛症群(Sexual Pain Disorders)
 「性疼痛・挿入困難症(Sexual Pain-penetration Disorder)」(HA20)は,以下の1つ以上があてはまる,顕著で持続的または反復して起こる困難を特徴としている.
 (i)挿入を試みた際に生じる骨盤底筋の不随意的な締め付け,またはこわばりなどに起因する挿入の困難.
 (ii)挿入あるいは挿入を試みた際の外陰部・膣あるいは骨盤の疼痛.
 (iii)挿入中あるいは挿入後の,外陰部・膣あるいは骨盤の疼痛に対する恐怖または不安.
 性欲が存在するにもかかわらず,「性疼痛・挿入困難症」の結果として,性行為を回避するようになることがよくある.時間経過とともに,回避は性的な状況に関連したさまざまな刺激へと汎化しうる.
 「性疼痛・挿入困難症」では性行為だけではなく,器物(タンポンなど)や医学的検査のための挿入にも抵抗が生じうる.症状が身体疾患によって完全に説明され,かつ,臨床的関心の独立した焦点とならない場合には,「性疼痛・挿入困難症」の診断は適用されない.しかし,身体疾患が症状に対する寄与因子となっているにもかかわらず,それによって症状が完全に説明されない場合は「性疼痛・挿入困難症」の診断が可能である.

3.性別不合
1)青年期または成人期の性別不合(Gender Incongruence of Adolescence or Adulthood)(HA60)
 「青年期または成人期の性別不合」は,青年期以降における,体験されたジェンダーと指定された性との間の顕著な不一致であり,以下の2つ以上があてはまる.
 (i)一次および/または二次性徴(思春期では予期される二次性徴)に対する強い嫌悪または不快感.
 (ii)一次および/または二次性徴(思春期では予期される二次性徴)の一部または全部をなくしたいという強い欲求.
 (iii)体験されたジェンダーの一次および/または二次性徴に対する強い欲求.
 (iv)体験されたジェンダーの人として扱われたい(生きたい,受け入れられたい)という強い欲求.
 この不一致は少なくとも数ヵ月間持続していなければならない.
 当事者がおかれている環境によっては,臨床的に有意な苦痛,または,社会的,職業的あるいは他の重要な領域における機能障害を引き起こしうるが,苦痛,機能障害はどちらも診断に必須ではない.
 また,指定された性別にふさわしくない〔性別異型的(gender variant)〕行動や嗜好のみに基づいて診断することはできない.すでに本人が望む「移行」を果たしている(すなわち,もはや不一致の主観的体験がない)場合は,診断は適用されない.ただし,本人が公的医療サービスに対する持続的なアクセスを希望する場合はこの限りではない.性別不合の治療を求めて受診する成人の発症年齢はすべてのライフサイクルにわたっている.異性装に伴う性的興奮は診断を妨げない.
2)小児期の性別不合(Gender Incongruence of Childhood)(HA61)
 「小児期の性別不合」の特徴は,思春期前の小児における,体験/表現されたジェンダーと指定された性との間の顕著な不一致であり,以下のすべてがあてはまる.
 (i)自分の性器が指定された性とは異なったものでありたいという強い欲求,または自分の性別が指定された性とは違うという強い主張.
 (ii)自分の性器に対する強い嫌悪感,または,予期された二次性徴に対する強い嫌悪感,および/または,自分が体験するジェンダーに一致した一次および/または予期される二次性徴に対する強い欲求.ごっこ遊び,空想遊び,玩具,ゲーム,参加する活動や遊び友達が,指定された性ではなく,体験するジェンダーに典型的なものであること.
 診断には不一致の体験が約2年間持続していることが必要である.
 性別異型的な行動や嗜好のみでは,たとえそれに対する周囲の否定的な態度のために苦痛を経験しているとしても,診断をすることはできない.

III.考察
 ICD-11の「性機能不全群」は,性欲,性的興奮,オルガスム,射精,という性行為の機能面,および性別に基づいて整理されており,全体の構成が把握しやすくなっている.一方で,性別に関しては男女二元論が前提とされており,トランスジェンダー(典型的な男女の枠にあてはまらない性のあり方)やノンバイナリー(性別二元論にあてはまらない性のあり方)に対する明確な配慮は認められない.
 「性別不合」に関し,ICD-10からICD-11に改訂された際の主な変更点を表5に,ICD-10,DSM-5,ICD-11の比較を表6にまとめた.「性別不合」が精神疾患に分類されなくなったこと,および「障害」を含まない名称になったことで,診断に伴うスティグマが軽減され,当事者の医療サービスへのアクセスが容易になることが期待されている.
 ICD-10の「性転換症」は,「異性の一員として暮らし,受け入れられたいという願望であり,通常,自分の解剖学上の性について不快感や不適当であるという意識,およびホルモン療法や外科的治療を受けて,自分の身体を自分の好む性と可能な限り一致させようとする願望を伴っている」と説明され,診断にはその状態が少なくとも2年間持続していることが必要とされていた.このように,「性転換症」は性のあり方が男女の2つだけであるという性別二元論を前提とし,「反対の性別の身体に近づくこと」を望む状態として定義されていた.一方で,性別二元論にあてはまらないか,身体の移行までは希望しない当事者に対しては,適切なカテゴリーがICD-10には存在しなかったため,「他の性同一性障害」というカテゴリーを用いざるをえなかった.
 それに対し,ICD-11の「青年期または成人期の性別不合」は,「体験されたジェンダーと指定された性との間の顕著で持続的な不一致」と説明され,反対の性への移行願望ではなく「不一致」を重視する概念となった.また,性別二元論を前提とせず,典型的な男女のあり方と異なった多様な性のあり方を含むものになっている.一方で,「性別異型的な行動や嗜好のみでは診断されない」という除外規定を明示することにより,診断範囲を明確化しようとする意図も認められる.持続期間は「少なくとも2年間」から「少なくとも数ヵ月間」に短縮された.このように「青年期または成人期の性別不合」は「性転換症」よりも診断概念が拡大されており,著者の印象では,性別違和感を訴えて受診する当事者の実態に沿った,臨床的に使いやすいものとなっている.
 一方,ICD-10の「小児期の性同一性障害」では症状の持続期間が特定されていなかったのに対し,ICD-11の「小児期の性別不合」では約2年間の持続が診断に必要とされた.これにより,「小児期の性別不合」は,「小児期の性同一性障害」よりも持続期間に関しては診断対象が限定されたものになった.幼児期から思春期に至る発達過程は可変性に富んでおり,「性別違和」と診断された小児の多くが,青年期または成人期になると診断要件を満たさなくなることが知られている3).「小児期の性別不合」における2年間という持続期間の設定には,そのような背景があると考えられる5).一方で,性別違和感をもつ思春期前の小児が指定された性別として扱われることに強い苦痛を感じ,学校などにおける対応を希望して受診する事例を著者は数多く経験している.臨床の場では,内的に体験された性のあり方が発達過程で変化しうることを前提にしつつ,そのような事例に対する援助が必要とされているのが実情である.思春期以降に診断対象から外れる可能性があることを理由に,深刻な性別違和感をもつ小児に対する支援が遅れることがないようにしなければならない.
 DSM-5の「性別違和」では,「その人が体験し,または表出するジェンダーと,指定されたジェンダーとの間の著しい不一致」が存在するだけでなく,それによる「臨床的に意味のある苦痛,または重要な領域における機能の障害」があることが診断に必要とされている.この「苦痛・機能障害」に関する項目は,DSM-5における精神疾患の定義にかかわるものであるが,当事者の性のあり方を病理化し,スティグマになっているとの批判があった.それに対し,ICD-11診断ガイドライン草案には,「苦痛・機能障害」がICD-11の「性別不合」の診断に必須でないことが明記されている.このことも,ICD-11の「性別不合」を臨床的に使いやすくしているだけでなく,当事者から受け入れられやすいものにしていると考えられる.

表5画像拡大表6画像拡大

おわりに
 ICD-11で新設された,第17章「性の健康に関連する状態群」について概観した.
 ICD-10では「精神および行動の障害」に分類されていた「性機能不全」と「性同一性障害」が本章に入り,分類上精神疾患ではなくなった.「性機能不全群」と「性疼痛症群」に関しては,「非器質性・器質性」の二元論に基づく分類ではなくなり,多領域のケア従事者が使用しやすい診断概念になったと考えられる.
 それでは,精神疾患ではなくなった「性別不合」の診療に精神科医があたることに,どのような正当な理由があるのだろうか.まず,「体験されたジェンダーと指定された性との間の顕著な不一致」を検討するには,当事者の内的体験を含む「体験されたジェンダー」や「不一致」の感覚を評価することが必要になる.そのため,診断をする際には精神科医の関与が求められることになるだろう.また,他の精神疾患との鑑別も精神科医の重要な役割である.さらに,多くの当事者が程度の差はあるが,性別移行という長く,負荷のかかる過程を経験するため,精神療法的な援助が必要となりうるという点も挙げておかなければならない.
 しかし,精神科医が関与することによって,「性別不合」を精神疾患として暗に印象づける結果になるのではないかというジレンマもある.このジレンマを解消するには,精神科医が精神疾患の診断・治療にあたるだけではなく,精神的に健康な状態で人生を送るための援助を提供する存在として認知されるようになればよいのかもしれない.「体験されたジェンダーと指定された性との間の顕著な不一致」を軽減し,「性の健康」を増進する役割の一端を,精神科医は担えるのではないだろうか.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

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