Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第124巻第11号

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会長講演
第117回日本精神神経学会学術総会
精神科医として40年
木下 利彦1)2)
1)第117回日本精神神経学会学術総会会長
2)関西医科大学医学部精神神経科科学講座
精神神経学雑誌 124: 801-808, 2022

 第117回日本精神神経学会学術総会を2021年9月19日から21日の3日間,国立京都国際会館で開催しました.新型コロナウイルス感染症の蔓延で当初の6月の予定から3ヵ月の延期をさせていただいての開催でした.関西医科大学主催としましては,1988年前任の齋藤正己先生が大会長で大阪国際交流センターにて開催してから実に33年ぶりでありました.今回のテーマは,「革新と伝統が紡ぐ質の高い精神医学」とさせていただき,「最新の脳科学の知見」「精神医学を築いた巨人達の足跡」「精神医学と藝術」を3本の柱としてプロブラムを構成しました.新型コロナウイルス感染症が一旦下火になったときでありましたので,1日平均1,000名の会員に会場に足を運んでいただき,運営側としましては大変うれしく思いました.On demand配信が11月末に終了し最終的に8,800名の会員にご参加いただきました.会長講演としては「精神科医として40年」と題して,私自身の歩みを語らせていただきました.私は,大阪市の南部の平野という歴史のある町に出生しました.大阪の商家は放蕩の限りを尽くし没落する家が多いのですが,わが家も没落した商家です.このような環境が私に狂気に対する親和性を授けてくれたのだと思います.10歳代半ばから後半にかけての一番多感な時期に,三島由紀夫やジャズの巨星ジョン・コルトレーン,ジャズピアニストの本田竹廣,ヨーロッパのカソリック芸術などに魅入られてしまいました.この4つに共通するものはある種の狂気だと思います.このような狂気に対する親和性が,私を精神医学へと導いてくれたのだと思います.入局後は脳波学を研究対象に学位を取得し,その後チューリッヒ大学に留学しました.統合失調症の脳波学的研究と彼らの生み出す芸術(アール・ブリュット)に興味を抱くようになりました.入局した時代は,まだまだ精神科に対する偏見が強い時代でした.しかしこの40年間で精神科は最も変貌を遂げた科だと思います.すべての世代,男女を問わず必要な科になりました.研修医にとっても必修の科目になっています.当然といえば当然の変化ではありますが,このような変化には驚かざるを得ないというのが実感であります.精神疾患は,若年層での発症が多く,また罹病期間も長くなりやすいため,経済的損失が非常に大きいこともわかってきて,最優先克服疾患になってきました.そのような点も踏まえて,最近のわれわれの研究テーマは,精神疾患のプレシジョンメディスンの探索であります.

索引用語:EEG, LORETA, アール・ブリュット, プレシジョンメディスン>

はじめに
 第117回日本精神神経学会学術総会を日程変更し,2021年9月19日から21日の3日間,国立京都国際会館にて開催しました.今回の学術総会テーマは,「革新と伝統が紡ぐ質の高い精神医学」とさせていただきました.新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による甚大な影響は,当然のことながら社会生活全体に未曾有の変化をもたらしています.今回のパンデミックは,われわれが今まで経験したことのない速さで,一瞬にして全世界に広がってしまいました.社会に及ぼす影響は戦争による被害に比しても小さいものではなさそうです.また以前はあまり顧みられることのなかった精神医学に及ぼす影響も非常に大きなものになってきております.グローバルな世界を創成した人類が今まで経験したことのない試練を議論していただくことはもちろんでありますが,コロナ禍後の対応についても,精神医学的見地から広く議論を戦わせていただきたいと考えました.本学術総会は,「最新の脳科学の知見」,19世紀から20世紀にかけての「精神医学を築いた巨人達の足跡」「精神医学と藝術」という大きく3つのジャンルに関する内容にしました.大会のテーマである革新を経糸に伝統を緯糸に織り上げて参りたいと考え,広範囲に及ぶ企画を組みました.関西医科大学主催では1988年に前任の齋藤正己教授が大阪国際交流センターにて開催されてから33年ぶりになります.会長講演としましては,1981年に大学を卒業し40年にわたって精神科医として過ごしてきた足取りを,芸術との関連を中心にお話しさせていただき,若手の精神科医の参考になれば幸甚であります.

I.生育
 私は,1957年に大阪の平野という町に生まれました.父親は繊維関係の会社を経営しておりました.母は父の会社の手伝いをしながら子育てをしてくれました.13歳離れた兄と9歳上の姉がおり,私は末子でした.上2人とはかなり年齢が離れておりましたので実質上は一人っ子のように育ちました.
 平野という町は大変歴史のある町で,平安時代から存在しておりましたが,16世紀あたりから,町全体を環濠で囲み町人による自治で運営される都市となりました.1592年からは豊臣秀吉正室おね(北政所,高台寺)の所領となり,徳川時代は1713年以降明治維新まで幕府の側用人の領地(大阪城代,京都所司代)でありました.
 イエズス会の宣教師ルイス・フロイスは,1584年1月20日の日記4)に「堺の彼方の所に,城の如く竹を以って囲ひたる美しい村あり.名を平野と言ふ.…此処に大いに富める人々居住せしが,羽柴は使いを遣し,其町を一層盛なるものとなさんため,大坂に移らんことをもとめたり」との記載があります.
 私の曾祖父が,江戸末期に図1にありますように平野郷のなかの流町出口の近くに居を構えて綿花の扱いで財を成したようです.子供達(女児は早世し,男児ばかりが成長したようです)に教育を付けず,放蕩の限りを尽くし(ある種の狂気性),ほとんどの財産を失ったようです.飲む打つ買うの三拍子が男の甲斐性という雰囲気が濃厚でした.大阪の商人の特徴として,娘にしっかりした婿を養子として迎え,商売を継続するやり方が多かったようです.息子ばかりが残ると,甘やかす傾向があったのでしょうか,多くの商家がそれで没落したようです.私の祖父もご多分に漏れず,男の甲斐性を地で行った人のようで,最後は神経梅毒に罹患し精神病院で亡くなりました.私が生まれる10年ほど前の話です.
 私がこの魅力ある精神医学の世界に魅了され,足を踏み入れた理由については,平野という狂気性を多分に含んだ町の影響があるのでしょう.私の遺伝子レベルでの狂気に対する親和性とでもいうような素地があったのでしょう.それが,中学2年生のときに三島由紀夫の割腹自殺があり,その後彼の耽美的な世界に取り込まれ,高校時代にはジャズの巨星ジョン・コルトレーンに魅入られてしまいました.彼の名曲『A Love Supreme(至上の愛)』などは幻聴体験のような演奏です.大学に入ってからは同じくジャズピアニストの本田竹廣の非常にパワフルな,狂気性溢れる演奏に魂を奪われました.当時の医学部の教養課程は2年間もあり,まったくの自由時間でした.長い夏休みを利用してヨーロッパの旅に出て,カソリック芸術にも魅入られてしまいました.中世の宗教弾圧の歴史にあのような癒しの場としての教会の圧倒的な存在感は荘厳でした.特にフィリッポ・リピの『マードレ・ピア(敬虔な聖母)』の憂いを湛えた表情には感動しました.この4人に共通するものはある種の狂気だと思います.私自身の体内にあるこのような狂気に対する親和性が,精神医学へと導いてくれたのだと思います.

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II.精神科入局
 大学6回生で精神科の臨床実習に参加し,精神科以外に興味を引く科がなかったのも事実ですが,迷わずに精神科入局を決めました.岡本重一先生が教授をされていた1981年のことです.岡本先生はてんかんを専門にされており,難治性てんかん患者が多数来院されていました.もちろん脳波検査が必須ですので,当時講師の齋藤正己先生に脳波学のいろはを教えていただきました.齋藤正己先生は脳波の定量化で有名なItil, T. M. 教授(当時ミズーリ大学)のもとに留学され,当時最先端のコンピューター技術を駆使した技法を学ばれました.それを本邦に導入され,向精神薬の中枢作用を測定する定量薬物脳波(quantitative electroencephalograhy:qEEG)学を専門研究領域とされました.私も齋藤先生のご指導のもと,定量薬物脳波(qEEG)学を研究してまいりました.当時は自発脳波をフーリエ変換で定量化し,各脳波帯域のパワー量をt検定でプロットするという比較的簡便な手法を用いておりました.『Nootropicの定量脳波学的検討』14)を精神神経学雑誌に投稿し学位を取らせていただきました.定量薬物脳波学的手法から,ミアンセリンの抗うつ効果の発見という輝かしい業績はありましたが,それ以降の定量薬物脳波学は新しい作用未知な薬の発見にはつながらず,定量薬物脳波学の限界を感じておりました.

III.留学
 学位取得後,海外留学,特にヨーロッパへの留学を強く希望しておりました.学生時代のヨーロッパ漫遊体験がその後の留学熱の源になっていました.特にフランスやイタリアに対する憧れが強くありました.もともと辻邦生,遠藤周作,森有正などのフランス文学者の小説やエッセイが好きで,中・高校生時代から強く影響を受けていました.大学1回生のときのヨーロッパの旅もフランス文学の影響によるものです.パリの街並みを唯々歩くだけで楽しかったことを思い出します.しかし,脳波学でラテン系の国に行くのは残念ながら無理でした.脳波はドイツ人Berger, H. が発見し,ドイツ語圏で発展したものです.1992年フランスのニースで開催された国際精神神経薬理学会(International College of Neuropsychopharmacology:CINP)に,脳波マッピングで有名なチューリッヒ大学神経科のLehmann, D. 教授が参加されていました.そのときに留学の希望を伝え,快諾していただきました.よりダイナミックな脳波変化を定量的に捉えることを目的に,翌年の1993年にチューリッヒ大学に留学する機会を得ました.チューリッヒは清潔で治安の良い素晴らしい町で,ヨーロッパ生活を満喫することができました.Lehmann教授は自発脳波の解析にFFT dipole analysis法やmicrostate analysis法という大変ユニークな解析手法を開発され,向精神薬の中枢における変化の推移15)29)や統合失調症を中心とする精神疾患の病態生理の解明に情熱を傾けられておられました.Microstate analysis法は当時128 Hzのサンプリング数で記録した脳波を用いておりましたので,7.8 msecごとの脳波変化を電位マップとして捉える方法です.GFP(Global Field Power)という優れた指標を用いて,7.8 msecごとのマップをクラスタリングして,4,5枚のプロトタイプ・マップにデータを要約する方法です.1つのプロトタイプ・マップは1つの脳活動を表しており,4つか5つの異なる脳活動に還元できるというものでした.それぞれのプロトタイプ・マップの持続時間や出現頻度,他のプロトタイプ・マップへの移行の順序などを健常者と比較しました.統合失調症患者では持続時間が健常者より短く,移行パターンも異なるという知見を得ました.脳が情報処理するのに必要な時間が,統合失調症の場合不十分でしかも偏位しているのではないかと解釈し,そのことが妄想や幻聴などの精神症状の出現と関係があるのではないかと推測しました5)19).さらに同じ時期にチューリッヒに留学していたキューバ出身のPascual-Marqui, R. D. 博士が開発されたLORETA(low resolusion brain electro-magnetic tomography)を用いた脳波解析研究も積極的に行っております24).LORETA法は,現在では非常に有名な解析法として認知されています.理論上は不可能とされる逆問題解を,解像度を落とすことで可能にした大変素晴らしい解析法です.

IV.関西医大精神科での研究
 最近default mode networkなどのnetwork理論が注目され脳波学に対する関心も再び高まっているように思います.これからも脳波のもっている時間解析能の素晴らしさと非侵襲性を,若い医師に伝え,上記のユニークな解析法を用いて脳波の定量化の研究を続けてまいりたいと考えております.現在私は日本薬物脳波学会の理事長を拝命しております.臨床的にも高齢者のてんかん発症が著増しており,臨床脳波学にも関心が高まっていることには喜びを感じております.
 また数学理論の開発に伴いgraph theoryを用いたものや,独立成分分析(independent component analysis:ICA)を統計の補助に使用しているものがみられるようになりました.また,機能的MRIの知見と組み合わせてresting state networkといった脳内ネットワークとの関係を調べたもの22)23)や,遺伝的因子と組み合わせて状態評価の検討を行う研究も活発となりつつあります.このように近年の神経画像的手法をはじめとした脳科学分野の進歩に伴い,qEEG自身も新たな発展性を秘めている領域であると思われます.
 他に,私どもの教室では加藤正樹准教授を中心に,うつ病,気分障害研究を行っています.
 症例ごとの異なる生物学的背景や臨床的特徴に,より適切な治療をめざす,いわゆるプレシジョンメディスンを企図した研究です.無作為化臨床比較試験(RCT)をベースとした試験を開始し,この20年の間に,治療効果と関連し,薬剤選択の根拠になりうる遺伝子変異,サイトカイン,miRNAや臨床的特徴などを見出しています2)8)9)12).既存データを用いた,patient-level解析では,うつ病の新たなサブグループを提唱し,それに基づいた薬剤の最適用量を提案しています.メタ解析にも積極的に取り組んでおり7),なかでも抗うつ薬治療の出口戦略として,治療継続と中止の転機をまとめたものは,大きな注目を集めました11).日本臨床精神神経薬理学会(Japanese Society of Clinical Neuropsychopharmacology:JSCNP),日本うつ病学会(Japanese Society of Mood Disorders:JSMD)における活動も積極的に行っており,JSCNPでは,エキスパートコンセンサス(うつ病,双極性障害,統合失調症)21),双極性障害の大規模実態調査MUSUBI10),JSMDではガイドライン(うつ病,双極性障害)の作成に積極的に協力しています.気分障害は経過が重要であるため,今後は,短期・中期的評価だけでなく,1年,2年といった長期的経過と関連する因子と予後をより良くするようなプレシジョンメディスンをめざし研究を継続していきたいと考えています.
 さらに,嶽北佳輝准教授を中心に統合失調症関連研究も行っています.近年の統合失調症治療に関連した臨床研究の興味は,主に以下の3つに集中しているようです.
 (i)急性期治療の有効性/忍容性
 (ii)維持期治療の再燃・再発および認知機能への影響
 (iii)治療抵抗性統合失調症に対する治療法の確立
 (i)に対しては,遺伝子などの患者背景を中心としたプレシジョンメディスン,(ii)に対しては維持期治療の主役の座を担うようになった持効性注射製剤(long-acting injection:LAI),(iii)に関しては,最も伝統的な治療法であり,しかも依然として重要な治療技法である電気けいれん療法(electroconvulsive therapy:ECT)についての研究を継続しています.
 これまでの研究から,(i)については5-HT1Aの遺伝子多型が陰性症状の改善に影響を与える可能性があること27),(ii)についてはpaliperidone-LAIの使用がrisperidone-LAIに比較し,認知機能や社会機能に有益である可能性があること17)25),(iii)に関してはECTにおける全身麻酔の工夫が発作に大きな影響を与えること1)26),などを報告しています.
 今後も継続して,統合失調症患者の実臨床に貢献する研究を積極的に展開していきたいと考えています.

V.アール・ブリュット
 最後に芸術関連の話題をご紹介します.アール・ブリュット(Art Brut)です.聞きなれない言葉かもしれませんが,アール・ブリュットとは,芸術教育を受けていない人々の,内的衝動に突き動かされて作り上げられた芸術を意味しています.フランス人職業画家であるジャーン・デュビュッフェ(Jean Dubuffet)が提唱した概念です.主体は知的障害や精神障害の人々で,特に統合失調症患者が多いです.それらの人々がギャラリーや美術館から隔絶された世界で作品を生み出しており,「生の芸術」と訳されています.デュビュッフェは,アール・ブリュットを「うまい歌手の歌よりも,ひとりの娘が階段を磨きながら,がなりたてる歌のほうが,私の心に響いてくる.…萌芽の状態を,不細工さを,そして未完成さを,雑多さを.私は殻の中のダイヤモンドの原石を好む.その不純物とともに…」と表現しています16).彼はまた彼らの作品を収集し展示する施設として1976年に「アール・ブリュット美術館(Collection de l'Art Brut)」をスイスのローザンヌに開設しています3)28)
 まずは,アドルフ・ヴェルフリ(Adolf Wölfli)を紹介します.アール・ブリュットの世界で最も有名な1人です.ヴェルフリは1864年,スイスの首都ベルンで生まれました.生育環境は劣悪で,幼児期より身体的・性的虐待を受け,10歳で孤児となり,養護施設で育てられました.10歳代後半から強制わいせつを繰り返し逮捕.その後1895年にベルン大学病院精神科に収容されています.大学病院に収容当初は激しい幻覚に襲われ,興奮が激しく,長期間隔離拘束されていました.診断名は統合失調症の妄想型です.9年後の1904年ごろから絵を描き始めました.1908年から自伝的叙事詩を作成し,1930年に亡くなったときには,45巻25,000ページに及ぶ膨大なものになっていました(図220).内容はヴェルフリ自身の冒険譚で騎士アドルフから皇帝アドルフになり,最終的には聖アドルフ2世に上り詰める話です.非常に誇大的な内容です.主治医モルゲンタイラー(Morgenthaler)は,病跡学に大変関心があり,国際ロールシャッハ学会の理事長も務めた人ですが,ヴェルフリの絵画に非常な興味を示し,近年のヴェルフリの評価の高まりに大きく寄与した方です.現在ヴェルフリの作品はベルンのクンストハウス(Kunst House)の至宝になっており,世界中の芸術愛好家を引きつけています.
 次に佐伯祐三をご紹介します.著者の最も好きな画家であります.佐伯は1898(明治31)年に大阪中津の寺の7人同胞第5子次男として生まれ,中学生の頃から,美術と音楽に興味をもち,1918年東京美術学校西洋画科に入学しました.美術学校時代は,藤島武二をはじめとする黒田清輝門下に学びました.1924年1月から1926年1月までの2年間と1927年8月から1928年8月までの1年間,計3年をパリで過ごしています.2回目のパリ滞在で徐々に精神的変調をきたし,被害妄想を認めていたようです.佐伯の描くテーマは,「ファサード」「壁」「広告」「文字」などに限局され,色調は暗いですが独特の美しさがあります16).芸術教育を受けているという点では,狭義のアール・ブリュットには該当しませんが,広義のアール・ブリュットと考えてよいと思います.
 1927年の『ガス塔と広告』(図313)18)は佐伯絵画の頂点を極めているように思います.線のようになった人物が,統合失調症の人物画の1つの特徴といわれています.文字が画面のなかに溢れ,意味をなすものとなさないものが混在し独特の美しさを醸し出しています.1928年6月に精神科医の阪本三郎博士に統合失調症との診断を受け,1928年8月にパリで客死しています.『煉瓦焼』(図4)は,大阪の資産家で蒐集家の山本發次郎氏が一目ぼれし,「胸に動悸打つ異様な感じで長い間我を忘れて眺めいった」と述べ,その後の佐伯祐三コレクションにつながる名作です.パリ近郊のモラン郊外の断片のように佇む煉瓦焼の窯屋を描いたものです.青黒い空に吸い込まれてゆくようであり,煉瓦の赤は燃え盛る劫火のようです.青と赤の対比が素晴らしく,それぞれの色彩は澄み切っており,この世のものならぬ雰囲気を湛えているといわれています.『工場』(図5)と題する死の直前に描いた作品は,キュビズムの萌芽を感じさせるもので,死に瀕しても絵画技法の新たな試みを追求している点で,まさに絵画の求道者という印象を強く受けます.ユングが述べているように,優れた芸術作品は,神的操作により無意識のレベルから暫しの休養の後,創造のエネルギーがほとばしり出ているようです6).ゴッホなどはその典型かと思われますが,佐伯祐三も該当するのではないでしょうか.
 統合失調症は病跡学的には創造の病といわれていますが,創造とはかくも苛烈な状況のなかにおいてのみなされるものであるように思われます.

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おわりに
 私の40年のあゆみを中心に,関西医科大学精神神経科学講座の現状を紹介させていただきました.精神医学はこの40年で驚くほどの変貌を遂げましたが,科学的な知見や客観的なデータの蓄積は他の診療科に比べて少ないのが現状です.今後は知見の蓄積を図りプレシジョンメディスンを目指していければと考えています.また若い精神科医には,芸術に対する鑑賞眼や幅広い教養を身につけていただきたいと思います.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

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3) はたよしこ編: アウトサイダー・アートの世界―東と西のアール・ブリュット― 紀伊国屋書店, 東京, 2008

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13) 河崎晃一 (監修): 山本發次郎コレクション-遺稿と蒐集品にみる全容―. 淡交社, 京都, 2006

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16) 木下利彦: 統合失調症の世界. 日本病跡学雑誌, 87; 4-9, 2014

17) Koshikawa, Y., Takekita, Y., Kato, M., et al.: The comparative effects of risperidone long-acting injection and paliperidone palmitate on social functioning in schizophrenia: a 6-month, open-label, randomized controlled pilot trial. Neuropsychobiology, 73 (1); 35-42, 2016
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18) 熊田 司, 橋爪節也ほか編: 生誕100年記念 佐伯祐三展(展示カタログ) 西日本新聞社事業局, 福岡, 1998

19) Lehmann, D., Faber, P. L., Galderisi, S., et al.: EEG microstate duration and syntax in acute, medication-naïve, first-episode schizopherenia: a multi-center study. Psychiatry Res, 138 (2); 141-156, 2005
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20) Lèvy, S., ed: Adolf Wölfli Univers Lille Métropole Musée d'Art Moderne d'Art Contemporain et d'Art Brut, Lille, 2011

21) 日本臨床精神神経薬理学会医学教育委員会編: そこが知りたかった!精神科薬物療法のエキスパートコンセンサス. 新興医学出典社, 東京, 2022

22) Nishida, K., Morishima, Y., Yoshimura, M., et al.: EEG microstates associated with salience and frontoparietal networks in frontotemporal dementia, schizophrenia and Alzheimer's disease. Clin Neurophysiol, 124 (6); 1106-1114, 2013
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23) Nishida, K., Morishima, Y., Pascual-Marqui, R. D., et al.: Mindfulness augmentation for anxiety through concurrent use of transcranial direct current stimulation: a randomized double-blind study. Sci Rep, 11 (1); 22734, 2021
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24) Pascual-Marqui, R. D., Michel, C. M., Lehmann, D.: Low resolution electromagnetic tomography: a new method for localizing electrical activity in the brain. Int J Psychophysiol, 18 (1); 49-65, 1994
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25) Takekita, Y., Koshikawa, Y., Fabbri, C., et al.: Cognitive function and risperidone long-acting injection vs. paliperidone palmitate in schizophrenia: a 6-month, open-label, randomized, pilot trial. BMC Psychiatry, 16; 172, 2016
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26) Takekita, Y., Suwa, T., Sunada, N., et al.: Remifentanil in electroconvulsive therapy: a systematic review and meta-analysis of randomized controlled trials. Eur Arch Psychiatry Clin Neurosci, 266 (8); 703-717, 2016
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28) タックマン M, エリエルC. S編: パラレル・ヴィジョン―20世紀美術とアウトサイダー・アート― 淡交社, 京都, 1993

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