近年依存症治療の領域でハームリダクションという考え方が広まっている.これは依存症患者に断酒,断薬を求めず,本人の健康被害が極力損なわれない程度に乱用を抑えるよう支援していくという考え方である.依存症になる者は,幼少時の虐待などのトラウマ,貧困などの劣悪な社会状況,民族あるいは性的マイノリティゆえの差別からくる精神的苦境から逃れるために薬物を乱用しているという自己治療仮説を根拠としている.忌避感情をもたれやすい薬物依存症患者に対し,偏見なく支援することを勧める姿勢には問題がない.ただこれまでの違法薬物の厳重な取締りをマイノリティ差別の問題に限局化し,違法薬物乱用の寛容化に向けて急激な構造改革を進めようとする姿勢には同調できない.特に覚醒剤は長期乱用により精神病を発病させ,時にそれが凶悪犯罪の原因になること,また精神病症状が慢性化し重篤化することもあるからである.ハームリダクションの論議のなかには中毒性精神病についての視点が抜け落ちている.本稿では当院で10年以上治療を続けている覚醒剤精神病患者の症例を報告した.わが国の薬物乱用状況のなかでどのような対策が適切であるかを考える参考資料としたい.
覚醒剤関連精神疾患の長期経過について―安易なハームリダクションへの警鐘―
国立病院機構下総精神医療センター
精神神経学雑誌
124:
763-770, 2022
受理日:2022年6月20日
受理日:2022年6月20日
<索引用語:覚醒剤精神病, ハームリダクション, 自己治療仮説>