Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第124巻第10号

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連載 ICD-11「精神,行動,神経発達の疾患」分類と病名の解説シリーズ
ICD-11では重篤気分調節症(DMDD)の診断はなぜ採用されなかったのか
神尾 陽子
お茶の水女子大学,神尾陽子クリニック
精神神経学雑誌 124: 740-741, 2022

 児童期発症の重篤気分調節症(Disruptive Mood Dysregulation Disorder:DMDD)はDSM-5で新たに創られた診断の1つである.DSM-5作成の時点ではまだDMDDについてのエビデンスはなかったため当初から批判があった5).ICD-11ではDSM-5に合わせてDMDDを採用するかどうかについて注目されていたが,WHOはそれまでの研究成果4)に基づいてDMDDを採用せず,反抗挑発症(Oppositional Defiant Disorder:ODD)に特定用語「慢性の苛立ち・怒りを伴う」を追加するという解決法を選んだ.
 DSM-5でDMDDが導入された背景には,児童期の双極性障害(Bipolar Disorder:BD)の過剰診断と不適切処方の増加傾向があったという2).児童期BDの診断をめぐる混乱を防ぐために,非エピソード的な「いらいら/怒り(irritability/anger)」だけで(軽)躁状態と解釈可能なDSMを修正する必要があったのだ7).そこで子どもの病的ないらいらについて,(i)発達水準にそぐわない週3回以上のかんしゃく発作と,(ii)間欠期にも持続する慢性的ないらいら/怒りの気分,を診断基準とするDMDDが新たに設けられた.また子どものいらいらの長期転帰はうつ病と関連することから抑うつ障害群のなかに位置づけられた.
 では,なぜICD-11ではDMDDが採用されなかったのか.それは,DMDDと診断される子どもたちについて次第に次のような特徴がわかってきたためである.第一に,DMDD症状は単独でみられることは稀である.むしろODD,注意欠如多動症(attention deficit hyperactivity disorder:ADHD),その他多くの児童期の精神疾患にみられる疾患横断的な症状と考えられる1).確かに慢性的にいらいらを抱え,家庭や学校などどこででも怒りを爆発させる子どもは多い.にもかかわらず診断体系に位置づけられていないために評価方法や治療の選択肢が乏しく,治療ラインからドロップアウトしがちな現状がある.こうした事情を考慮すれば児童期の病的ないらいらを厳密に定義するという方向性自体は必要だった.しかしながら,診断単位をむやみに増やさないというDSM-5の方針と逆行して,新しくDMDDを創り,しかもODDの診断基準も満たす場合はDMDDの診断のみ下すというヒエラルキーを設定したことに対して,問題の解決にならないとみる向きが多かった.
 第二に,最も併存が多いODDからDMDDを分離することの是非について,検討が加えられた.ODDは観察可能な行動(易怒性,挑発的行動,執念深さ)でのみ定義されており,曖昧な診断概念といえる.研究の結果,ODDにはいらいらと挑発的行動の2つの側面があり,それぞれにライフコースが異なることがわかってきた3).したがってDSM-5でODD診断基準を満たしていてもDMDDと診断された場合,挑発的行動が未治療となったり,または過剰に医療化されるというデメリットが懸念された6).ICD-11はこれらを踏まえて,DMDDがめざした病的ないらいらの位置づけの別の解決法として,「慢性の苛立ち・怒りを伴う」ODDを特定用語で定義することで,併存する挑発的行動を切り離さずに診断し,治療する道を拓いたといえる.
 長期追跡研究9)から,成人期のすべての精神疾患で共通してODDなど外在化障害の先行が確認されていることから,児童期から成人期までの長いスパンでの連続性8)についてはさらなるエビデンスの蓄積が期待される.
 最後に,DMDDの議論の副産物として,子どもの病的ないらいらについての研究が加速したことは歓迎できる.またDMDDがあまり機能しなかった理由の1つとして,気分障害圏か行動障害圏かといった二分法から脱却しようという今日のアプローチに逆行したことが挙げられる.今後は,米国国立衛生機関(National Institute of Mental Health:NIMH)のReserch Domain Criteria(RDoC)アプローチを取り入れたマルチレベルでの病態解明が進むことを期待する10)

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) Baweja, R., Mayes, S. D., Hameed, U., et al.: Disruptive mood dysregulation disorder: current insights. Neuropsychiatr Dis Treat, 12; 2115-2124, 2016
Medline

2) 傳田健三: 重篤気分調整症. DSM-5を読み解く―伝統的精神病理,DSM-IV,ICD-10をふまえた新時代の精神科診断―(神庭重信総編集). 中山書店, 東京, p.138-144, 2014

3) Evans, S. C., Burke, J. D., Roberts, M. C., et al.: Irritability in child and adolescent psychopathology: an integrative review for ICD-11. Clin Psychol Rev, 53; 29-45, 2017
Medline

4) Evans, S. C., Roberts, M. C., Keeley, J. W., et al.: Diagnostic classification of irritability and oppositionality in youth: a global field study comparing ICD-11 with ICD-10 and DSM-5. J Child Psychol Psychiatry, 62 (3); 303-312, 2021
Medline

5) Frances, A. J., Nardo, J. M.: ICD-11 should not repeat the mistakes made by DSM-5. Br J Psychiatry, 203 (1); 1-2, 2013
Medline

6) Freeman, A. J., Youngstrom, E. A., Youngstrom, J. K., et al.: Disruptive mood dysregulation disorder in a community mental health clinic: prevalence, comorbidity and correlates. J Child Adolesc Psychopharmacol, 26 (2); 123-130, 2016
Medline

7) Goldstein, B. I., Birmaher, B., Carlson, G. A., et al.: The International Society for Bipolar Disorders Task Force report on pediatric bipolar disorder: knowledge to date and directions for future research. Bipolar Disord, 19 (7); 524-543, 2017
Medline

8) 神尾陽子: 児童青年期から成人期までのメンタルへルス―ライフコースアプローチの視点から―. 臨床精神医学, 50 (9); 929-935, 2021

9) Kim-Cohen, J., Caspi, A., Moffitt, T. E., et al.: Prior juvenile diagnoses in adults with mental disorder: developmental follow-back of a prospective-longitudinal cohort. Arch Gen Psychiatry, 60 (7); 709-717, 2003
Medline

10) Meyers, E., DeSerisy, M., Roy, A. K.: Disruptive mood dysregulation disorder (DMDD): an RDoC perspective. J Affect Disord, 216; 117-122, 2017
Medline

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