2020年から始まった新型コロナウイルス感染症の拡大のなかで,感染予防策の1つとして,遠隔医療が注目されることとなり,世界各国で規制緩和が行われ利用が促進された.わが国でも,種々の規制緩和により,従来利用が少なかった精神科領域でもオンライン診療が活用されることが増えた.日本精神神経学会オンライン精神科医療検討作業班では,オンライン診療の現状把握と課題分析を目的として,臨床現場でオンライン診療の実践に取り組む医療機関にヒアリング調査を行った.17の医療機関から調査の協力を得られた.回答した医療機関のうち6施設(35.3%)が2020年から新たにオンライン診療を導入しており,15施設(88.2%)で新型コロナウイルス感染症の拡大における時限的・特例的な措置に基づく診療を行っており,今般の規制緩和によって利用が拡大していることが示唆された.また,導入に際しての困難については,7施設(41.2%)が診療報酬の価格の低さや対象範囲の狭さを挙げており,精神科診療でオンライン診療を普及させるうえでの課題についての質問でも,診療報酬の価格を対面診療に近づけることと回答した医療機関が9施設(52.9%)であり,診療報酬が普及の障害となっていると考える医療機関が多かった.厚生労働省に対する要望についての質問でも,診療報酬の点数や施設基準の改善を求めるという回答が12施設(70.6%)と圧倒的に多かった.オンライン診療は患者のニーズに合わせた普及がなされるべきであり,普及の障害となっている規制で合理性に欠けるものについては,見直しがされていくことが望ましいといえる.一方で,オンライン診療の安易な多用は,医療の質の観点から問題となる場合もあると考えられるため,適切な規制のあり方についての議論も継続していくべきである.
2)国際医療福祉大学大学院医学研究科
3)千葉大学医学部附属病院次世代医療構想センター
4)医療法人社団和敬会谷野呉山病院
5)東京女子医科大学精神医学講座
6)社会医療法人仁厚会医療福祉センター倉吉病院
7)長崎県病院企業団長崎県精神医療センター
8)国立病院機構肥前精神医療センター
9)福岡県立精神医療センター太宰府病院
10)滋賀県立精神保健福祉センター
11)医療法人長尾会ねや川サナトリウム
12)みのクリニック
13)国立病院機構榊原病院
14)大阪精神医学研究所新阿武山病院
15)青山学院大学教育人間学部
16)青山学院大学保健管理センター
受理日:2021年8月19日
はじめに
ビデオ通話を用いた遠隔医療(オンライン診療)は,高齢化,引きこもり,医師の偏在などの多くの問題を抱えるわが国において有効活用しうるものであるが,一方で不適切な診察に用いられる可能性があるなどのリスクも有している.日本におけるオンライン診療は,2015年の厚生労働省通知を契機に適用が拡大され,2018(平成30)年度の診療報酬改定により保険適用も始まったが,2019年末までは保険診療の対象となる範囲が狭く,日本の医療において広く普及しているとは言い難い状況にあった.2020年に入り,新型コロナウイルス感染症の拡大と,それによる時限的・特例的な規制緩和により,従来よりも多くの医療者が遠隔医療を経験することになった.しかし,精神科領域においては,処方制限や診療報酬上の制約が特に強く,普及の障害となっているとみられる.また,安易な多用や,ビデオ通話を用いない電話のみの診察を長期に続けた場合の医療の質の低下も懸念されるところである.
今後,オンライン診療が適正に普及していくためには,実施しているなかでのメリット・デメリット,法制度や診療報酬などにおける改善すべき点などについて把握・分析する必要がある.そこで日本精神神経学会オンライン精神科医療検討作業班(以下,作業班)は,オンライン診療の現状把握と課題分析を目的として,臨床現場でオンライン診療の実践に取り組む医療機関にヒアリング調査を行った.
I.対象と方法
本調査では,オンライン診療の実施状況について,これまでの診療報酬改定や,今般の新型コロナウイルス感染症の拡大に伴う規制緩和の影響についても把握する目的で,ビデオ通話を用いた診療や認知行動療法(以下,オンライン診療等)に定期的に取り組んでいた医療機関を主な対象としてヒアリング調査を行うこととした.調査は,作業班内の会議にて質問項目を検討し,統一された調査票に基づいて行った.また,現場からの課題を抽出するため,多くの質問項目を複数回答可の自由回答方式とし,集計の段階において同一の趣旨と判断される回答はグルーピングして整理した.
調査は,業務時間外にビデオ会議サービスを通じてオンラインで実施し,業務との兼ね合いなどの理由からヒアリングでの実施が難しい場合は,メールで送付した調査票への記入と,それに対する当方からの質問への回答という形式でも可とした.調査の実施および各施設からの回答の集計は,本稿の著者のうち,木下,成瀨,吉村,岸本が行った.
調査対象の医療機関は,調査開始時点でオンライン診療等の実施を公表している診療所,精神科病院および大学病院を対象とした.また,調査対象候補の抽出を容易にするため,診療所および精神科病院については,各種調査においてオンライン診療システムのシェア上位とされている1)5)「CLINICS(メドレー社)」「curon(MICIN社)」「YaDoc(インテグリティ・ヘルスケア社)」のいずれかを利用しビデオ通話での診療を行っている施設を対象として選定し,協力に同意した施設に調査を実施した.
調査対象候補として挙がった22施設に対し,2020年7月より調査依頼を順次行い,2020年10月までに調査が実施可能と回答した施設を最終的な調査対象とした.
主な調査項目は表の通りである.
なお,本調査は,日本精神神経学会の倫理委員会の承認を得たうえで実施しており,ヒアリング調査・調査票への回答につき患者の個人情報は含まれていない.
II.結果
1.調査回答施設の属性
最終的に調査への回答が得られたのは,22施設中17施設(回答率77.3%)であった.そのうち大学病院が2施設,私立精神科病院が2施設,診療所が13施設であった.診療所は月の総診療人数(のべ人数)別にみると,500名未満が5施設,500名以上1,000名未満が6施設,1,000名以上が2施設であった.
2.オンライン診療等について
1)実施状況
大学病院の2施設はいずれも認知行動療法を中心に行っていた.それ以外の15施設でのオンライン診療を用いた月あたりの診療人数(のべ人数)は,5名未満が5施設(33.3%),5名以上15名未満が4施設(26.7%),15名以上30名未満が4施設(26.7%),30名以上が2施設(13.3%)であった.オンライン診療を始めた時期については,1施設(6.7%)が2016年から,2017年からが6施設(40.0%),2018年からが1施設(6.7%),2019年からが1施設(6.7%),2020年の1~3月が2施設(13.3%),2020年の4月以降が4施設(26.7%)であった(図1).
2)好事例とメリット
「4.オンライン診療を用いたことが有効であった事例はあるか」についての質問(複数回答可)では,「通院に時間がかかる方の受診が容易になった」が17施設中8施設(47.1%),「帰省中・出張中・DV避難中などの際に診療継続ができた」が8施設(47.1%),「通院・外出が困難となる疾患・症状を有する患者に対して有効」が7施設(41.2%),「感染対策として有効」が5施設(29.4%),「有職者・学生の受診が容易になった」が4施設(23.5%),「災害などの通院困難時に診療を継続できた」が4施設(23.5%),「待ち時間のストレス緩和」が2施設(11.8%),その他,「通院に付き添いが必要な患者で家族の負担が減った」が1施設(5.9%)からあった(図2).
「5.オンライン診療全般について,どのようなメリットがあると考えるか」についての質問(複数回答可)では,「患者の通院時間・交通費などの負担軽減」が12施設(70.6%),「コロナ禍などにおける通院の心理的抵抗の軽減」が6施設(35.3%),「通院困難な疾患・症状を有する患者のフォローができる」が6施設(35.3%),「一時的に遠方に行った際の通院フォローができる」が2施設(11.8%),「自宅にいる際のリラックスした様子が確認できる」が2施設(11.8%),「在宅医療における移動時間など業務負担を軽減できる」が2施設(11.8%),その他「感染症流行時における感染予防策として有効」「訪問診療・訪問看護と連携できる」「電話で話を聞くよりも情報量が多い」「電話よりも双方の顔がみえるため患者満足度が高い」が各1施設(5.9%)からあった(図3).
「18.精神科診療で,どのような患者・診断名・治療内容であれば,オンライン診療によるメリットが得られると思うか」についての質問(複数回答可)では,「不安症(社交不安症,パニック症,強迫症,PTSD)」が6施設(35.3%),「有職者や学生など日中の受診が難しい人」が5施設(29.4%),「うつ病」が3施設(17.6%),「摂食障害」が3施設(17.6%)からあった.その他,「自宅でリラックスした状態で診察することが望ましい患者」「通院が負担となる高齢者」など,各施設から多岐にわたる回答があった.
3)デメリットと困難
「6.オンライン診療全般について,どのようなデメリットがあると考えるか」についての質問(複数回答可)では,「対面と比較してとれない情報(匂いなど)がある」が5施設(29.4%),「デバイスがない患者(高齢者など)が利用できない」が4施設(23.5%),「通信環境に左右される」が4施設(23.5%),「薬目当ての人など不適切処方が起こる可能性がある」が3施設(17.6%),「オンライン上での決済手段が限られており,使えない患者がいる」が2施設(11.8%),その他「視線が合わない」「自閉的な患者が外に出る機会を減らしてしまう」「システム利用料により,患者の自己負担額が増える場合がある」「処方箋が届くまでにタイムラグがある」「患者側のデメリットはない」が各1施設(5.9%)からあった(図4).
「6.また,導入に際してどのような困難・支障があったか」についての質問(複数回答可)では,「診療報酬の価格が低い,対象範囲が狭い」が7施設(41.2%),「慣れるまで手間がかかる」が2施設(11.8%),その他,「待ち患者の人数がわからないため,患者側が開始時間を予想できない」「自立支援医療など,精神科特有の手続きで,オンラインでの実施に支障がある」「処方箋のFAXなどの事務作業が大変」「前後の時間を含めて,対面よりも時間がかかる場合がある」が各1施設(5.9%)からあった(図5).
「19.精神科診療で,どのような患者・診断名・治療内容であると,オンライン診療によるデメリットが大きくなると思うか」についての質問(複数回答可)では,「睡眠薬,抗不安薬などへの依存傾向のある患者」が5施設(29.4%),「詳細な診察を拒否するなど,関係構築が困難な患者」が4施設(23.5%),「不安定な統合失調症」が3施設(17.6%),「パーソナリティ障害」が3施設(17.6%),「外出が治療に対して良い影響を与える患者」が3施設(17.6%),「特段のデメリットはない」が2施設(11.8%),その他,「デバイスをもつ金銭的余裕がない人」「摂食障害など全身を診察する必要がある疾患」「定期的な採血を必要とする患者」「集団精神療法・デイケアを必要とする患者」「病識がない発達障害」「多重受診を疑う患者」が各1施設(5.9%)からあった(図6).
4)診療報酬について
「8.オンライン診療の費用は自費診療と保険診療のいずれで行っているか または患者によって両者の使い分けを行っているか」についての質問では,「保険診療のみ」が7施設(41.2%),「保険診療と自費診療を使い分けている」が7施設(41.2%),「自費診療のみ(カウンセリングなど)」が3施設(17.6%)であった.
「9.保険診療を行っている場合,オンライン診療料等について届け出を行っているか(施設基準をクリアしているか)」についての質問では,「届け出をしていない」が9施設(52.9%),「届け出をしている」が8施設(47.1%)であった.
「10.〔2018(平成30)年4月~2020(令和2)年3月までの間〕保険診療を用いている場合,どの項目を算定しているか」という質問では,「電話等再診料(経過措置など)」が13施設(76.5%),「オンライン診療料等」が1施設(5.9%)であった.
「12.2018(平成30)年度の診療報酬改定においてオンライン診療料等が保険診療に含まれて以降,使い勝手や患者数などの変化があったか」という質問(複数回答可)では,「変わらなかった」が14施設(82.4%),「制限が多くなり,逆に使いづらくなった」が3施設(17.6%)であった.
「13.新型コロナウイルス感染症の拡大に際して,電話や情報通信機器を用いた診療等の時限的・特例的な取扱いが認められたことを知っているか」という質問では,全施設が「知っている」と回答した.「14.上記の時限的・特例的な取扱いに従い,実際に診療を実施しているか」という質問では,「やっている」が15施設(88.2%),「やっていない」が2施設(11.8%)であった.
5)その他規制について
「21.オンライン診療従事者研修は受講しているか」という質問では,「受講している」が11施設(64.7%),「受講していない」が6施設(35.3%)であった.「23.2020(令和2)年度以降,オンライン診療を行う場合に上記研修が必修となったことは知っているか」という質問では,「知っている」が15施設(88.2%),「知らなかった」が2施設(11.8%)であった.
「23.2020(令和2)年度の診療報酬改定において,薬剤師による『オンライン服薬指導』が保険収載されたことは知っているか」という質問では,「知っている」が14施設(82.4%),「知らなかった」が3施設(17.6%)であった.同質問に関連した「それについてどう思うか」という質問では,「外出が困難な患者にとっては,薬剤を自宅で受け取れるのはメリットである」が2施設(11.8%),「薬の問い合わせなどがオンラインでできるのであれば,患者さんの安心につながる」が2施設(11.8%),その他,「訪問看護と組み合わせられる」「薬偏重になることへの危惧がある」が各1施設であった.
6)今後の展望と改善要望
「7.今後,オンライン診療を増やしていきたいと考えるか」という質問では,「増やしたい」が10施設(58.8%),「診療報酬が改善されないと増やせない」が7施設(41.2%)であった.
「25.新型コロナウイルス感染症の拡大を受けて,今後の精神科オンライン診療はどうあるべきか意見はあるか」という質問(複数回答可)では,「オンライン診療はニーズに合わせてより進めるべき」が10施設(58.8%),「診療報酬の見直しが必要」が3施設(17.6%),「非薬物治療を再評価し,オンラインで活用していくこと」が2施設(11.8%),その他,「対面診療が望ましい患者基準の整備」「オンライン診療のエビデンス構築をすすめる」「心理士のカウンセリングなど,コメディカルにも拡大していくべき」「電話のみでの診察は医療の質の低下につながるのでビデオ通話をもっと普及させていくべき」など,各施設から多岐にわたる回答があった.
「20.精神科診療でオンライン診療を普及させていく上で,どのような課題があると考えるか」という質問(複数回答可)では,「通院精神療法に相当する分など,診療報酬の点数を対面に近づけること」が9施設(52.9%),「初診の処方薬制限,オンライン診療料等の対象疾患の見直しが必要」が3施設(17.6%),「高齢患者などにおけるデバイスやリテラシーの課題への対応」が2施設(11.8%),「医療者側も質の高い医療を提供するための意識改革が必要」が2施設(11.8%),その他,「患者からの求めから薬が増量されやすくなるのではないか」「薬物療法よりも心理療法を主体に普及させるのがよいのではないか」など,各施設から多岐にわたる回答があった.
「17.診療報酬による評価以外で,オンライン診療を普及させていく上で,どのような方法があると考えるか」という質問(複数回答可)では,「不正な多重受診や重複処方を防止,確認する方法があった方がいい」「疾患ごとにガイドラインを作成する」「患者・医師双方への啓発が必要」など,各施設から多岐にわたる回答があった.
「26.オンライン診療の普及全般に関して,厚生労働省に対して要望はあるか」という質問(複数回答可)では,「診療報酬の点数や施設基準の改善を求める」が12施設(70.6%),「処方制限などの規制が厳しいので改善を求める」が3施設(17.6%),その他,「新型コロナウイルス感染症に伴う時限的・特例的措置がいつまで続くのか見通しを明らかにして欲しい」「特別養護老人ホームの療養指導についてもオンラインで可能としてほしい」「近隣病院の退院支援会議へのオンライン参加や,それを評価する仕組みをつくってほしい」など,各施設より多岐にわたる回答があった.
III.考察
1.現場での活用と新型コロナウイルス感染症の拡大に伴う規制緩和の影響について
本調査の対象となった医療機関からは,オンライン診療におけるさまざまな好事例やメリットについての回答があり,「7.今後,オンライン診療を増やしていきたいと考えるか」という質問でも,「増やしたい」という回答が10施設(58.8%)からあるなど,多くの医療機関でオンライン診療の有用性についておおむね好意的な評価を与えている様子がうかがえた.また,今般の新型コロナウイルス感染症の拡大や,それに伴う規制緩和が行われた2020年から利用を開始した医療機関が6施設(35.3%)であり,「13.新型コロナウイルス感染症の拡大に際して,電話や情報通信機器を用いた診療等の時限的・特例的な取扱いが認められたことを知っているか」という質問では全施設が「知っている」と回答し,「14.上記の時限的・特例的な取扱いに従い,実際に診療を実施しているか」という質問では,「やっている」と回答したのが15施設(88.2%)となっているなど,今般の規制緩和によりオンライン診療の利用が拡大している状況も明らかとなった.
世界保健機関(World Health Organization:WHO)が130ヵ国を対象に行った調査では,今般の新型コロナウイルス感染症の拡大に伴い,世界中で精神科医療の需要が増加している一方で93%の国では医療やサービスの中断が生じており,その解決のために70%の国で遠隔医療が導入されていたことが報告されており6),今般のパンデミックは,日本以外の世界各国でも遠隔医療の普及を促進させたとみられている.また,従来,遠隔医療においては,法律などの規制が普及の障壁となっていたが,今般のパンデミックにより,わが国をはじめ多くの国で特例的な規制緩和が行われていると報告されており2),本調査の回答からみてもこれらの規制緩和が普及を加速させたとみられる.わが国の規制緩和においては,「時限的・特例的」と明示されてはいるが,こうした国際的潮流も踏まえ,オンライン診療を求める患者が適切にアクセスできるような規制緩和が今後も継続されることが期待される.
一方で,本調査でも,オンライン診療のデメリットについてもさまざまな回答が挙げられているように,すべてをオンライン診療で置き換えることは望ましくないため,状況によってオンライン診療を使うべきかどうか医師側が判断していくことも重要である.しかし,わが国においては後述する診療報酬などの問題から,精神科領域においてオンライン診療の活用が進んでこなかったため,現場での運用における知見や,有効性についての研究が不足している状況にある.今後は,わが国固有の環境におけるエビデンスの収集・構築により,対面診療と組み合わせた運用のあり方や,有効な症例・場面についても,検証されていくべきであるといえる.
2.診療報酬上の取り扱いについて
本調査では,「7.今後,オンライン診療を増やしていきたいと考えるか」という質問では,「増やしたい」が10施設(58.8%)からある一方で,「診療報酬が改善されないと増やせない」が7施設(41.2%)からあり,また,「25.新型コロナウイルス感染症の拡大を受けて,今後の精神科オンライン診療はどうあるべきか意見はあるか」という質問では,「オンライン診療はニーズに合わせてより進めるべき」が10施設(58.8%),「診療報酬の見直しが必要」が3施設(17.6%)あるなど,オンライン診療に対して前向きに取り組みたいと考える医療機関が多いなかで,診療報酬の改善を条件に挙げる医療機関が複数みられた.また,「6.オンライン診療全般について,どのようなデメリットがあると考えるか また,導入に際してどのような困難・支障があったか」についての質問でも,「診療報酬の価格が低い,対象範囲が狭い」が7施設(41.2%)からあり,「20.精神科診療でオンライン診療を普及させていく上で,どのような課題があると考えるか」という質問でも,「通院精神療法に相当する分など,診療報酬の点数を対面に近づけること」が9施設(52.9%)からあるなど,診療報酬上の取り扱いがオンライン診療の普及の障害であると考える医療機関が多く,「26.オンライン診療の普及全般に関して,厚生労働省に対して要望はあるか」という質問でも,「診療報酬の点数や施設基準の改善を求める」が12施設(70.6%)と圧倒的に多くなっているなど,オンライン診療の普及における課題としては診療報酬が一番の課題であるという認識を多くの医療機関がもっていることがわかった.
2020(令和2)年度診療報酬改定までの段階では,精神科領域の疾患の多くはオンライン診療料等の対象ではなく,保険診療における精神科のオンライン診療は大きく制限されていた.「9.保険診療を行っている場合,オンライン診療料等について届け出を行っているか(施設基準をクリアしているか)」という質問で「届け出をしている」という回答が8施設(47.1%)であり,「10.〔2018(平成30)年4月~2020(令和2)年3月までの間〕保険診療を用いている場合,どの項目を算定しているか」という質問で「オンライン診療料等」という回答が1施設(5.9%)しかないなど,オンライン診療を積極的に実施していた医療機関であっても,オンライン診療料等の利用は困難であったことがうかがえる.
今般の新型コロナウイルス感染症の拡大に伴う規制緩和により,対象範囲の拡大や,診療報酬の改善もみられたところであるが,「新型コロナウイルス感染症に係る診療報酬上の特例的な取扱いについて(その13)」〔2020(令和2)年4月22日厚生労働省保健局医療課事務連絡〕に基づく場合,対面診療だと330~660点の通院・在宅精神療法がオンライン診療では147点の管理料しか算定できないため,対面診療と比較して低い価格に抑えられている現状は変わっていない.なお,オンライン診療の場合,患者から徴収するシステム利用料(オンライン診療料の場合)や通話料等(電話等再診料の場合)などの追加費用を自由に設定することができるとされているが,これだけの点数差を患者の自己負担で埋めようとすれば,患者にとっては対面診療よりもオンライン診療のほうが高くなってしまい,医療機関側のハードルも高くなることが予想される.オンライン診療では,対面よりも情報が少ない分,患者と医師のコミュニケーションを丁寧に行う必要があり,通信機器の準備なども含めると対面よりも時間がかかることも多い.そして,対面診療であれば紙の処方箋のやりとりだけで済むところを,オンライン診療の場合は患者の自宅または最寄りの薬局にFAX・郵送するなどの作業が必要となるため,事務作業も増える.こうした手間を考慮すれば,対面診療よりも価格が低い現状では医療機関側の負担は確実に大きく,患者のニーズがあっても導入を躊躇するケースが多くあると考えられる.
世界に目を向けると,アメリカ,イギリス,イタリア,インド,エジプト,オーストラリア,カナダ,韓国,スペイン,台湾,中国,デンマーク,ドイツ,トルコ,日本,ブラジル,南アフリカの17の国と地域における精神科領域の遠隔医療の規制動向について調査した研究によれば,今般の新型コロナウイルス感染症の拡大に伴う規制緩和以降も,公的医療保険の価格が対面診療と同等以上でない国は日本と中国の一部地域のみとされている2).すなわち,わが国のような対面診療と比較して遠隔医療の価格が低く設定されている国は国際的にみて少数派であり,その価格差に関する客観的な根拠も明らかとはいえない状況にある.オンライン診療の適切な普及のためには,患者の自己負担や医療機関の持ち出しを前提としない,適切な診療報酬上の評価が必要不可欠であると考えられる.
3.不適切処方のリスクと処方制限について
本調査では,「6.オンライン診療全般について,どのようなデメリットがあると考えるか」という質問に対して,「薬目当ての人など不適切処方が起こる可能性がある」という回答が3施設(17.6%)からあり,「19.精神科診療で,どのような患者・診断名・治療内容であると,オンライン診療によるデメリットが大きくなると思うか」という質問に対して「睡眠薬,抗不安薬などへの依存傾向のある患者」という回答が5施設(29.4%)からあるなど,不適切処方に対する懸念が一定数みられた.一方で,「26.オンライン診療の普及全般に関して,厚生労働省に対して要望はあるか」という質問に対して「処方制限などの規制が厳しいので改善を求める」という回答が3施設(17.6%)からあるなど,現在の処方規制については改善を求める声も上がっていた.
現在のわが国の規制では,初診における『麻薬及び向精神薬取締法』に指定する麻薬および向精神薬の処方はすべてできないとされており,初診で処方できる薬剤についても処方日数が7日までとされているなどの規制が設けられている.これは,前出の国際比較調査で対象となった他国の規制と比較しても比較的厳しい規制であるといえる2).こうした規制が設けられている背景としては,「初診から電話や情報通信機器を用いた診療を行う場合は,患者のなりすましや虚偽の申告による薬物濫用・転売の防止が困難である」「電話や情報通信機器を用いた診療においては,患者の基礎疾患の情報等の診断に必要な情報が十分に得られないことが多いと予想される」などの問題意識が厚生労働省側にあることが考えられる4).通常の対面診療であれば,顔写真付きの身分証による本人確認や,お薬手帳の確認を通して過去や現在の処方状況を確認することができるが,遠隔医療においてはそうした確認が取りづらい部分はあるため,現場の医療機関側の懸念につながっている可能性がある点は否定できない.
しかし,現状,目の前の患者が,過去どのような治療を受けてきて,どの医療機関から何の薬を処方されているのか,ということを外来で診察している医師が知る方法としては,基本的には本人の申告に基づくほかないため,過去や現在の既往歴や処方状況の把握が困難となる場合があるというのは,対面診療でも変わらないといえる.処方薬についてはお薬手帳や過去の処方箋を確認する方法もあるが,その所持は義務ではないため,持参している患者は半数程度と普及が十分ではない現状がある3).また,仮に持参していたとしても,薬剤情報が正確に更新されていない場合,医療者側が処方状況を誤って認識する可能性もあり,患者の医療情報をとるためのツールとしての精度は完全ではない.また,患者本人が正直に申告しようとしている場合であっても,高齢者の場合,過去の記憶が曖昧である場合や,何種類も薬を飲んでいて名前や種類を理解していないなどの理由で,医療者が正確な情報をとることが困難となるケースは珍しくない.実際に,2019年の中央社会保険医療協議会で,複数の医院から同じ薬が出されてしまう問題について取り上げられるなど3),対面診療においてもこのような問題が発生する余地があるという点については同様である.
これらの点を踏まえると,遠隔医療においてのみ,処方可能な薬剤や処方日数について厳しい制限を設けることの合理性については疑問が残る部分もある.過剰な規制は,オンライン診療を真に必要とする患者側にとって不利益となる可能性があるため,適切な規制のあり方について議論を継続していくべきである.
おわりに
オンライン診療等に取り組む医療機関を対象に,実施状況の把握や,適正な普及のための課題分析に関するヒアリング調査を行った.今回の調査は,自由回答方式でのヒアリング調査という形式にしたため,調査期間内に回答を得られた施設の数が限られており,本調査の結果が精神科臨床に携わる医師全体の意見を反映しているとは言い難い.しかし,臨床現場でオンライン診療に取り組んでいる精神科医の視点から,オンライン診療の有用性や制度上の困難についての意見が得られた意義は大きいといえる.特に,ヒアリング対象となった医療機関の多くで,今般の新型コロナウイルス感染症の拡大に伴う規制緩和を受けてもなお,従来の診療報酬の枠組みに困難を感じている実情が改めて示された.一方で,オンライン診療は患者のニーズに合わせた普及がなされるべきであるが,安易な多用や電話のみでの長期の診療継続は医療の質の観点から問題となる場合もあると考えられるため,一定のルールが必要であることも事実である.当作業班では,精神科領域でのオンライン診療の適正な普及のため,今後も実態把握や,課題分析,さらには解決策の提示,制度設計の提案を継続して行っていきたい.
利益相反
岸本泰士郎:(特許使用料)株式会社FRONTEO,(講演料)ヤンセンファーマ株式会社,大日本住友製薬株式会社,(研究費・助成金)大塚製薬株式会社,大日本住友製薬株式会社,積水ハウス株式会社,株式会社MICIN,JSR株式会社,(寄附講座)森ビル株式会社,(その他)株式会社テックドクター
押淵英弘:(奨学寄付金)エーザイ株式会社
稲垣 中:(原稿料)IQVIAサービシーズジャパン株式会社,(研究費・助成金)大塚製薬株式会社,塩野義製薬株式会社,大日本住友製薬株式会社,武田薬品工業株式会社,Meiji Seikaファルマ株式会社,ヤンセンファーマ株式会社
他の著者に開示すべき利益相反はない.
謝 辞 多忙な業務のなか,調査にご協力いただいた全国の医療機関の先生方に感謝いたします.
1) 神奈川県保険医協会政策部: 「オンライン診療」実態調査の結果 (詳細版). 2019 (http://www.hoken-i.co.jp/outline/02_20190412onlinesinryou-syousai.pdf) (参照2021-06-15)
2) Kinoshita, S., Cortright, K., Crawford, A., et al.: Changes in telepsychiatry regulations during the COVID-19 pandemic: 17 countries and regions' approaches to an evolving healthcare landscape. Psychol Med, 1-8, 2020 [Online ahead of Print]
3) 厚生労働省: 中央社会保険医療協議会総会 (第433回) 議事次第. 個別事項 (その9)〔医薬品の効率的かつ有効・安全な使用(その3)〕. (https://www.mhlw.go.jp/content/12404000/000566818.pdf) (参照2021-06-15)
4) 厚生労働省医政局医事科, 厚生労働省医薬・生活衛生局総務課: 新型コロナウイルス感染症の拡大に際しての電話や情報通信機器を用いた診療等の時限的・特例的な取扱いに関するQ & Aについて (令和2年5月1日事務連絡). 2020 (https://www.mhlw.go.jp/content/000627376.pdf) (参照2021-06-15)
5) 東京マーケティング本部第三部: 2020年医療ITのシームレス化・クラウド化と医療ビッグデータビジネスの将来展望No. 1医療IT・医療情報プラットフォーム編. 富士経済, 東京, p.254-261, 2020
6) World Health Organization: The impact of COVID―19 on mental, neurological and substance use services: results of a rapid assessment. 2020 (https://apps.who.int/iris/rest/bitstreams/1310579/retrieve) (参照2021-06-15)