Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第123巻第9号

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特集 統合失調症とはどういうことか
統合失調症とは何か―精神病理学的視点から―
古茶 大樹
聖マリアンナ医科大学神経精神科学
精神神経学雑誌 123: 569-575, 2021

 「統合失調症とは何か」という問いに対して,われわれはいまだに物質的な水準で明確に答えることができない.統合失調症は明確な定義のできる単位として実在が保証されているものではなく,あくまで理念型としてわれわれの思考のなかにとどまり続けている.統合失調症の研究の歴史を俯瞰してみると,2つの方向性が浮かび上がってくる.1つは統合失調症の因果的関連の追究であり,もう1つは了解的関連による理解である.因果的関連の追究は,統合失調症を疾患単位として実在するものとみなしその身体的基盤を究明しようとする.疾患単位としての確立をめざしたKraepelinに始まり,診断学の洗練に尽力したSchneider,そしてDSM―III以降の実証主義的方法論がその流れを汲む.一方,了解的関連による理解は,統合失調症を身体的水準に還元しようとするのではなく,あくまで形而上の水準で統合失調症の本質を明らかにしようとした.Bleulerに始まり,人間学的精神病理学や米国の精神分析学派がその流れにあたる.精神医学は対象を把握する段階で理念型という社会科学的方法論を使いながら,身体医学的側面での追究には自然科学的方法論を駆使しようとする.「統合失調症とは何か」という問いを突き詰めると,現代精神医学の抱えるジレンマが浮き彫りになってくる.

索引用語:統合失調症, 精神病理学, 理念型, 了解的関連, 因果的関連>

はじめに
 精神障害のほとんどは身体医学で使われている意味での疾患単位としては確立していない.統合失調症も例外ではなく,その概念はその時々に提唱された類型概念(理念型)にとどまっている.百年前と現在とを比較して「統合失調症」と診断された患者の呈する病像は一致しない.この病像の変化に対して,しばしば統合失調症の「軽症化」が唱えられる.しかし,そう主張するためには,百年前と現在とで統合失調症と診断される患者がまさに同じ疾患に罹患していることが前提となるだろう.統合失調症が(実在が保証されていない)理念型であることに注意してほしい.統合失調症の定義そのものが変化してしまえば対象とする範囲も変化してしまう.かつてのように慢性的で予後不良であることを統合失調症の本質的な特徴とみなすなら,寛解した例はそもそも統合失調症とは診断されない(別の病名がつけられる)し,統合失調症は予後不良のままである.統合失調症の「軽症化」は,その時代ごとに何を統合失調症と呼んでいたのか,概念そのものの変遷と切り離して考えることはできない.
 「統合失調症とは何か」という問いに対して,精神医学がどのように答えを見つけ出そうとしてきたのか,精神病理学の視点から論じたい.紙幅の都合もあり概説にとどまるが,最後にこの問いには3つの答えがあることを示したい.本論文は既出の文献10)とかなりの部分で重複している.

I.統合失調症概念の起源―KraepelinとBleuler6)14)
1.Kraepelinの早発性痴呆(dementia praecox)
 今日の統合失調症概念の起源をどことみるのか.いろいろ意見はあるかもしれないが著者はKraepelin, E. の早発性痴呆と考える.彼の教科書第4版(1893)の精神的変質過程にその名称が初めて登場する.早発性痴呆,緊張病,妄想性痴呆の3つが挙げられていて,早発性痴呆とは急速に発展する持続性の精神衰弱状態によって特徴づけられHecker, E. の破瓜病(1871)が引用されている.フランスのMorel, B. A. の報告(1852)からその呼称を借用し病因論的には遺伝(変質理論)を重視していた.Kahlbaum, K. L. からの影響で疾患の横断面(症状構成)だけでなくその縦断的側面(人生全体にわたって症状を観察すること,特にその転帰)に注目している.自らが完成した最後の教科書第8版(1913)11)では変質過程は内因性鈍化に名称が変更され,ここに早発性痴呆とパラフレニーが挙げられている.内因性鈍化とは,外的なきっかけなしに内的な原因から生じ,大多数の症例において強弱の差はあるとしても精神荒廃(人格内部の関連の破壊と情意鈍麻)に至るものとされ,その大多数が早発性痴呆である.外見上は非常に多彩であるが,その共通する特徴ゆえに「単一の疾病過程の現れとみるのが妥当であろう」という.特に重視したのは転帰で,予後不良の早発性痴呆に対して予後良好な躁うつ病を対比させる構図を思い描いていた(内因性精神病の二分法).当時Kraepelinは,この1つにまとめられた早発性痴呆を疾患単位としてとらえようとしており,自然科学の発展によっていずれは病気の原因が明らかになるだろうと期待したのである.その定義から明らかなように,早発性痴呆は慢性的経過と予後不良性を強く印象づけることとなった.その影響はドイツ本国だけでなく,英国やスカンジナビア圏,そして日本に拡がり,後のchronic schizophrenia,process schizophrenia,nucleus schizophreniaという概念につながっていく.

2.Bleulerの統合失調症(schizophrenia)
 Bleuler, E. は1911年に「早発性痴呆または精神分裂病群(Dementia Praecox or Group of Schizophrenias)」(原題はドイツ語)5)を発表した.彼の業績は,連合心理学の採用,症状の理論的理解,そしてschizophreniaという呼称を提唱したことに要約できる14).Bleulerはこの疾患群の症状の心理学的な関連を明らかにしようとした.早すぎる痴呆化よりもさまざまな精神機能の分裂が重要な特性であることから,その呼称を提唱している.
 Bleulerは診断体系としての基礎症状と副次症状,そして理論体系としての一次症状と二次症状を区別している.臨床的に観察しうる諸症状はまず基礎症状と副次症状に区別される.基礎症状とは,統合失調症に特徴的で多少なりとも常に認められる永続的な変化で診断学上重視すべきものである.ここでよく知られたBleulerの4A〔連合障害(disturbances of association),感情障害(disturbances of affect),自閉(autism),両価性(ambivalence)〕が登場する.基礎症状は常に認められるものではあるが,疾患が悪化して進行期に至ればより際だつとされる.日常生活では正常か少し変わった人のなかにも軽度の統合失調症症状があるとし,顕在化していない潜伏統合失調症に言及している.この潜伏型を統合失調症に含むとなるとその裾野は相当広がる.転帰を重視したKraepelinとの大きな違いであり,のちの人間学的精神病理学が注目した対象ともつながる.
 混同されやすいのが一次症状・二次症状である.一次症状とは,疾患過程から直接に生じてくる症状であり,これに対して二次症状とは患者の心性が二次的に反応して生ずるものである.一次症状は疾患の欠くことのできない部分現象であるが,二次症状はその有無も含め変動しうる.Bleulerは,早発性痴呆についてこれまで記載されているほとんどすべての症状は二次症状である意味では偶発的なものであると述べている.一次症状として確実なものはわかっていないと前置きしたうえで,連合障害,意識混濁,抑うつおよび躁性の発作,幻覚への素因,常同症,瞳孔不同,振戦をここに数え上げている.ここでの連合障害は,連合心理学における連合親和性の低下あるいは平坦化という意味である.一次症状以外の二次症状については感情的に強調されたコンプレクスの影響が述べられている.しばしば指摘されるFreud, S. の影響は,この二次症状つまり統合失調症性過程に対する人格の反応の説明に表れている.早発性痴呆に比べるとより広い統合失調症概念は,精神分析との親和性もありDSM-III誕生以前の米国に影響を与えることになる.

3.統合失調症研究の2つの方向性
 ほぼ同時期に確立したKraepelinの早発性痴呆とBleulerの統合失調症という2つの概念は,もちろん共有する部分は少なくないはずだが違いも明らかである.前者が縦断的経過・転帰を重視したのに対し,後者は横断面の症状分析により重きをおいている.両者の視点の違いは統合失調症研究の2つの方向性を示しているともいえる.Kraepelinは疾患単位の確立つまり形而下の身体的原因(因果的関連9))の追究を究極の目的としていた.それは自ずと診断学の洗練という方向性を打ち出すことになる.Schneider, K. の診断学や今日のDSM診断がその延長線上にあるわけだが,肝心の身体的基盤の追究については21世紀の今日においても目立った成果は報告されていない.一方,Bleulerは統合失調症をあくまで形而上の水準で理解しようとしている.臨床的に観察される基礎症状を重視し,一次症状から二次症状が生ずる過程を心理的に追うことができるという理論を展開した.これは了解的関連9)を拡げ統合失調症を理解しようとする志向性でもある.この方向性の研究は,人間学的精神病理学として花開き,わが国の精神医学史の一時代を築くことになる.
 KraepelinとBleulerはそれぞれの主張のなかに矛盾する側面があることにも注目したい.Kraepelinは1つの疾患単位を確立しようとしたのだが,全例に共通するような必須の症状を挙げていない.重要な判定基準となるはずの痴呆化(鈍化)についても,すべてがそうなるのではないとも述べていて症候学的には異質な集合体と言わざるをえない.一方のBleulerは必須の基礎症状を挙げていながら,あえて複数形の統合失調症群と表現することで病因論的には異質であることを認めている.これらのパラドックスは今日まで,統合失調症概念の背景に残されたままである.
 次項から統合失調症研究の2つの流れを俯瞰してみる.1つは因果的関連の追究を目的とするもので,主役は生物学的精神医学(科学検査技術)であり精神病理学の役割は診断学の洗練にとどまる.もう1つは了解的関連を拡げ統合失調症を心理的側面から明らかにしようとする流れで,精神病理学・精神分析学が主役となり自然科学は登場しない.これら2つの流れは並行して進むのだが,前者にはその目的を遂げることのできる科学技術の確立という条件が必要となるため,統合失調症研究の主流は最初に心理的側面の探究が優勢となり,時代とともに因果的関連の追究がより優勢となってくる.

II.了解的関連を拡げ統合失調症を心理的側面から明らかにする動き
 ここには数多くの精神病理学あるいは精神分析学研究があるのだが,了解不能9)を疾病性の根拠としていた統合失調症に対して,あくまで心理的に諸症状の関連を解明していこうとするなら,了解的関連を拡げることを可能にする仮説なり理論がどうしても必要になる.最大の影響はFreudの精神分析学であったように思う.人間学的精神病理学と米国の精神分析学派がその代表である.

1.人間学的精神病理学
 Freudの精神分析の実践から派生したBinswanger, L. の現存在分析は,記述精神病理学とは別の精神病理学の流れを生み出した.それが人間学的精神病理学である.彼らが注目したのは派手な症状のない寡症状性そして内省型と呼ばれる統合失調症患者であった.Binswangerの「自然な経験の障害」,Blankenburg, W. の「自然な自明性の喪失」,Minkowski, E. の「現実との生きた接触の喪失」,木村の「あいだ」など,間主観性の障害が統合失調症の精神病理の中心的問題として扱われた.これらの理論は精神医学以外の哲学領域から大いに興味や関心を惹くことになるのだが,その一方で臨床精神医学にどれだけ寄与したかと問われると答えに窮するところがある.患者の理解につながるとはいっても,それをどのように実践的治療に活かしてゆくかという展開にはうまくつながらなかった.ひとつひとつの概念は統合失調症の本質として提唱されたのだが,すべての統合失調症と診断される症例にあてはまるものでもなかった.主に統合失調症の臨床診断が難しい寡症状性(内省型)のケースが対象となっており,近年では自閉症スペクトラムの心性との連続性も指摘されている.

2.米国の精神分析学派13)
 スイスの精神科医Meyer, A. は1910年代から1930年代まで活躍した米国精神医学の創始者ともいうべき人物である.Meyer(1910)はKraepelinの著作の紹介に尽力したが,彼自身はむしろ米国精神医学をKraepelinの狭い統合失調症の記述的概念から遠ざけた.Meyerは,精神障害を生物学的・心理的および社会的要因の統合としての個人が,その個人特有の生活歴に基づいて示す不適応反応としてとらえた.統合失調症についても,そのような文脈からとらえようとして特異的症状や進行性の衰退を診断上重視しなかった.
 Sullivan, H. S.(1931)は,BleulerやMeyerと同じく統合失調症患者は必ずしも鈍化に至るものではないと考えた.彼の関心は対人関係の病理にあり,統合失調症もその側面からとらえ精神分析的原理に基づいた独特な治療論を展開する.Sullivanの理論は,当時の多くの米国精神科医に大きな影響を与えたが,統合失調症概念はさらに拡大することになる.精神分析学派は総じて統合失調症を「弱い自我(weak ego)」(ここでの自我は精神分析学でのそれを意味するもので記述精神病理学のそれとは異なる)の表れと考え,その診断は非常に広範囲の臨床状況で使われるようになっていた.Zilboorg, G.(1941)の外来統合失調症(ambulatory schizophrenia)はBleulerの潜伏統合失調症に近く,Hoch, P. H. とPolatin, P.(1949)は偽神経症性統合失調症(pseudoneurotic schizophrenia)として神経症様だが統合失調症と見なすべき症例を報告している.これらの神経症と精神病の中間状態が古典的な境界例(borderline case)概念の基礎を形作った(境界例研究は,その後パーソナリティ障害ととらえられるようになっていったことは周知の通りである).このように20世紀前半の米国における統合失調症概念は拡大の一途を辿ると同時に定義することがいよいよ難しくなっていた.その反動が後の実証主義的精神医学の流れを生み出すことになる.

III.因果的関連を追究する動き
 因果的関連の追究には2つの条件が揃わなければならない.1つは言うまでもなく身体的基盤の究明を可能にする科学技術の進歩である.しかしそれ以前に欠くことができない条件は対象を正確に把握すること,つまり統合失調症の診断学を洗練させることで精神病理学の役割はそこにある.

1.診断学の洗練―Schneiderの業績15)
 ここに大きく貢献したのはハイデルベルク学派で,特にSchneiderの業績である.Schneiderは内因性精神病に身体的基盤があることを疑ってはいない.注目したのは内因性精神病の症状は多くの場合体験とのつながりを有していないことで,これを「精神病は生活発展の意味連続性を切断する」と表現している.統合失調症については「内因性精神病の領域にあって多少とも定型的な循環病(注:躁うつ病のことである)を差し引いた残りを統合失調症と呼ぶ」という.統合失調症は積極的に定義することができないもので,「である」ではなく「呼ぶ」と表現したところに,疾患単位ではなく類型概念(理念型)であるという主張が込められている.この見解は重要で統合失調症の背景に想定される身体的な何かは1つの均一な疾患ではないということや人間学的精神病理学が追究しようする統合失調症の本質的なことは明らかにすることはできないことを暗に示している.せいぜい臨床診断学上のルール(鑑別)について述べることが精一杯であるという慎重な言い回しであるように思う.SchneiderはKraepelin以来の内因性精神病の二分法を容認し両者の鑑別に役立つ統合失調症の一級症状を抽出している.一連の一級症状は循環病および非精神病性の精神障害に対する鑑別的指標となっている.後のICDやDSMにも取り入れられたのだが,その意義について正しく継承されたかどうか疑問が残る.一級症状はその多くを自我障害と見なすことができるものだが,彼自身は「統合失調症の本質は自我障害である」と断言していないのも上記の慎重さゆえのことだろう.

2.DSM-IIIと実証主義的精神医学の台頭
 精神分析学派が隆盛を極めた米国だが,記述精神病理学的な症状・症候学の評価が疎かになり診断学は正確さを欠く事態に陥っていた.その一方で科学的検査技術の領域でいくつものめざましい推進がみられた.1970年代頃から始まる脳の画像診断や遺伝子研究の進歩があり,コンピュータ技術の進歩は複雑な統計学的検討を可能にした.米国精神医学は,精神分析学から実証主義的精神医学へ方向転換しようとする素地が次第に出来上がりつつあった.最大の目標である疾患の原因追究には,何よりも正確な診断(追究すべき対象を把握すること)が不可欠である.国際的に共有できる診断基準が必要となったのは自然な成り行きとみることもできる.しかし,そのようなポジティヴな側面だけではない事情もあった.反精神医学運動の勃発などにより,米国精神医学そのものの信用性が失墜し,より客観性の高い診断・分類学の確立が急務となっていた12)
 現代精神医学の方向性を決定づけたのが1980年のDSM-III2)である.操作的診断という方法論を採用することで診断基準を明確化した.理念型の本質ともいえるカテゴリー間の不明瞭な境界に,はっきりとした境界線を引いてみせたのである.その最大の功績は精神医学の科学化・医学モデル化を大きく推進したことにある.世界に共通する診断基準の確立は国際的な研究や疫学調査を可能とし創薬を促した.米国では精神医学教育や保険返済の判断に使われるまで広く深く社会に浸透することになる.明確な診断基準の確立(操作的診断)によって原因追究に必要な条件が揃い脳科学的側面(生物学的精神医学)での実証的研究が現実化することで,統合失調症の原因がいよいよ脳科学の水準で解明されるのではないかという期待が高まった.

3.期待から失望へ
 DSM-III誕生によって生じた動きはプラスの側面ばかりではない.DSMに準拠していない研究や学術論文は認められない傾向が生まれ,了解概念は実証できない・診断の信頼性を損なうものとして退けられた.客観的診断基準の登場,科学技術・コンピュータ技術の進歩は,精神医学の著しい発展を大いに期待させるものであった.そして実際に膨大な時間とお金を費やし,数多くの研究・調査が行われてきたのである.DSM-III以降の精神医学に対する評価は悩ましいものである.多くの進歩はあったが期待外れという声もある4).統合失調症の原因究明という精神医学に課せられた最大のミッションはいまだ達成できていない.期待は徐々に失望へと変わり始める.実証主義の前提となっていた(不問に付されていた)カテゴリーそのものの妥当性が問われるようになりDSM分類への批判は強まっていく.カテゴリーからディメンショナル・アプローチへと診断学の枠組みそのものを変えるべきという声も上がった1).診断基準を満たさない患者をうまく分類できないことはスペクトラム(spectrum)診断という概念を促進することにもなった.

4.現代の統合失調症(DSM-5)
 2013年にはDSM-5が発表された.現代の統合失調症としてDSM-53)をみてみよう.
 統合失調症は「統合失調症スペクトラム障害(schizophrenia spectrum)および他の精神病性障害群」という章に含まれていて,統合失調症そのものより広いスペクトラムとしてのまとまりが強調されている.このスペクトラムを特徴づけるのは,5つのドメインの異常,すなわち妄想,幻覚,まとまりのない思考(発話),ひどくまとまりのないあるいは異常な運動性行動(緊張病を含む),陰性症状である.スペクトラムとあるように,統合失調型(パーソナリティ)障害,妄想性障害,短期精神病性障害,統合失調症様障害,統合失調症,統合失調感情障害,物質・医薬品誘発性精神病性障害がその順に並んでいる.従来の分類学的視点からみるなら,生来性,心因性,内因性,そして中毒性精神障害の類型を等しく並べることで,病因論によらない症候学的スペクトラムとしてのまとまりを重視している.各精神障害の配置にもDSM-5の特徴が現れている.従来は器質性・症状性・中毒性精神障害に続く形でおかれていた統合失調症が神経発達障害の次に位置づけられている.統合失調症そのものを神経発達障害により近づけてみようという着想かもしれない.

おわりに―「統合失調症とは何か」に対する3つの答え―
 「統合失調症とは何か」という問いに対して,われわれはいまだに物質的な水準で明確に答えることができない.統合失調症は実在ではなく,あくまで理念型としてわれわれの思考のなかにとどまり続けている.統合失調症の研究の歴史を俯瞰してみると2つの方向性が浮かび上がってくる.1つは統合失調症の因果的関連の追究であり,もう1つは了解的関連による理解である.因果的関連の追究は,統合失調症を疾患単位として実在するものとみなしその身体的基盤を究明しようとする.疾患単位としての確立をめざしたKraepelinに始まり,診断学の洗練に尽力したSchneider,そしてDSM―III以降の実証主義的方法論がその流れを汲む.もちろんそのミッションの達成には科学技術の進歩が必要不可欠である.顕微鏡的な大脳病理学に始まり,現代の脳科学や遺伝子研究といった生物学的精神医学の系譜は,まさに「統合失調症とは何か」という問いに対して身体医学の水準での答えを探し求めてきたわけである.しかし最先端の科学技術をもってしても依然としてその答えには到達することができていない.
 了解的関連による理解は,統合失調症を身体的水準に還元しようとするのではなく,あくまで形而上の水準で統合失調症の本質を明らかにしようとした.Bleulerに始まり,人間学的精神病理学や米国の精神分析学派がその流れにあたる.統合失調症の症状は多くの点で発生的了解不能であるから,この方向性は了解的関連による理解の範囲を大きく広げる理論を必要とした.その研究は哲学的領域で一定の成果をあげたが,統合失調症の臨床にどれだけ寄与したのかという疑問符がつく.因果的関連を追究する実証主義的精神医学の視点からすると同じ土俵に上がることすら難しい.
 本論では取り上げられなかったが,第三の動きも付け加えておかなければならない.それは統合失調症が理念型であることに起因する本質的な批判である.反精神医学運動とInsel, T. の脱DSM宣言7)(Research Domain Criteriaの提唱8))は別次元の話のように聞こえるが,統合失調症の実在の否定という意味では足並みをそろえている.とりわけ生物学的精神医学の側から突きつけられた大きな失望によって,統合失調症概念の行く末には暗雲が立ち込めていると言えなくもない.
 精神医学は対象を把握する段階で理念型という社会科学的方法論を使いながら,身体医学的側面での追究には自然科学的方法論を駆使しようとする.「統合失調症とは何か」という問いを突き詰めると,そこには現代精神医学の抱えるジレンマが浮き彫りになってくる.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) Allardyce, J., Gaebel, W., Zielasek, J., et al.: Deconstructing Psychosis Conference February 2006: The Validity of Schizophrenia and Alternative Approaches to the Classification of Psychosis. Deconstructing Psychosis: Refining the Research Agenda for DSM-V (ed by Tamminga, C. A., Sirovatka, P. J.). American Psychiatric Publishing, Arlington, p.1-10, 2010

2) American Psychiatric Association: Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 3rd ed (DSM-III). American Psychiatric Association, Washington, D. C., 1980 (髙橋三郎, 花田耕一, 藤縄 昭訳: DSM-III精神障害の分類と診断の手引き. 医学書院, 東京, 1982)

3) American Psychiatric Association: Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 5th ed (DSM-5). American Psychiatric Publishing, Arlington, 2013 (日本精神神経学会 日本語版用語監修, 髙橋三郎, 大野 裕監訳: DSM-5精神疾患の診断・統計マニュアル. 医学書院, 東京, 2014)

4) Andreasen, N. C.: DSM and the death of phenomenology in America: an example of unintended consequences. Schizophr Bull, 33 (1); 108-112, 2007
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5) Bleuler, E., Aschaffenburg, G.: Dementia praecox oder Gruppe der Schizophrenien. Franz Deuticke, Leipzig/Wien, 1911 (飯田 真, 下坂幸三, 保崎秀夫ほか訳: 早発性痴呆または精神分裂病群. 医学書院, 東京, 1974)

6) Hoenig, J.: Schizophrenia. A History of Clinical Psychiatry: The Origin and History of Psychiatric Disorders (ed by Berrios, G. E., Porter, R.). New York University Press, New York, p.336-348, 1995

7) Insel, T.: Post by Former NIMH Director Thomas Insel: Transforming Diagnosis. 2013 (http://www.nimh.nih.gov/about/directors/thomas-insel/blog/2013/transforming-diagnosis) (参照2020-12-20)

8) Insel, T., Cuthbert, B., Garvey, M., et al.: Research domain criteria (RDoC): toward a new classification framework for research on mental disorders. Am J Psychiatry, 167 (7); 748-751, 2010
Medline

9) Jaspers, K.: Allgemeine Psychopathlogie. Speinger Verlag, Berlin, 1913 (西丸四方訳: 精神病理学総論. みすず書房, 東京, 1971)

10) 古茶大樹: 臨床精神病理学―精神医学における疾患と診断―. 日本評論社, 東京, 2019

11) Kraepelin, E.: Psychiatrie. Achte Auflage. Verlag von Johann Ambrosius Barth, Leipzig, 1913 (西丸四方, 西丸甫夫訳: 躁うつ病とてんかん. みすず書房, 東京, 1986)

12) Lieberman, J. A., Ogas, O.: Shrinks: The Untold Story of Psychiatry. Little, Brown and Company, New York, 2015 (宮本聖也監訳, 柳沢圭子訳: シュリンクス―誰も語らなかった精神医学の真実―. 金剛出版, 東京, 2018)

13) Peters, C. P.: Concepts of schizophrenia after Kraepelin and Bleuler. The Concept of Schizophrenia: Historical Perspectives (ed by Howells, J. G.). American Psychiatric Press, Washington, D. C., p.93-107, 1991

14) Peters, U. H.: The German classical concept of schizophrenia. Ibid, p.59-73

15) Schneider, K.: Klinische Psychopathologie. Mit einem aktualisierten und erweiterten Kommentar von Gerd Huber und Gisela Gross. 15. Auflage. Georg Thieme, Stuttgart, 2007 (針間博彦訳: 新版臨床精神病理学. 文光堂, 東京, 2007)

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