Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第123巻第4号

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特集 「共同意思決定」を生む対話についての検討―患者の権利,意思とはなにか―
精神科診察のなかで患者の権利,意思を尊重するとはどういうことか―コンピュータシステム“SHARE”開発研究からみえてきたこと―
伊藤 順一郎1), 福井 里江2), 松谷 光太郎3), 山口 創生4), 藤田 英親5), 種田 綾乃6), 板垣 貴志7)
1)メンタルヘルス診療所しっぽふぁーれ
2)東京学芸大学教育心理学講座
3)武蔵野大学大学院人間社会研究科
4)国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター
5)国分寺すずかけ心療クリニック
6)神奈川県立保健福祉大学保健福祉学部
7)株式会社アクセライト
精神神経学雑誌 123: 206-213, 2021

 精神科の診察は,患者の自己申告による内容を主たる情報とすることが多い.この「自己申告」が安心できる安全な環境で行えるか否かで,診察の質は異なるものになってしまう.共同意思決定(SDM)は「少なくとも2人の人間(サービス提供者と利用者)が,情報を共有し,(支援の)選択肢や利用者の好み,サービス提供者の責任を議論し,ともに今後の行動(支援内容)について,両者が合意するための相互作用的なプロセス」(Matthias, 2012)と定義される.これは,処方などの治療内容を医療者と患者の対話のプロセスのうちに共同で決めていくということであり,患者の声を積極的に治療内容に反映しようとするものである.われわれは,SDMのためのコンピュータシステム『SHARE』を開発し,精神科診察を含めた,包括的なケアシステムに位置づけようとしてきた.SHAREは,ピアスタッフなどの協力を得ながら,診察の準備をするコンピュータシステムであるが,「わたしの意思」や「わたしの元気の鍵」「今日の診察での私の目標」などを明示することにより,患者が望んでいる生活や望んでいる治療内容を,日々の診察のプロセスで医療者に明確に伝え,中長期的な治療のながれが患者のあずかり知らぬものになることを防いでいる.SDMはその世界観として,医療者と患者の対等性の実現をめざしており,弱者の位置におかれがちな患者の人権を擁護し,患者・医療者の両者の責任のもとに治療内容を決めていく.したがって,SDMはその背景として,患者の処遇を非同意のうちに決めていくということが優位な環境では成立しない.SDMの発展は,日本の基本的な施策の方針である,地域生活中心の精神保健医療福祉システムの成熟とともにある.

索引用語:共同意思決定, コンピュータシステム, SHARE(Support for Hope And Recovery), 人権, 地域生活中心の精神保健医療福祉>

はじめに
 近年,「共同意思決定(shared decision making:SDM)」が医療のさまざまな分野で注目されている.SDMは簡易な定義としては「医師と患者がともに治療に関する決定を行うプロセス」のことを指す2).SDMでは,患者と医師が治療目標やお互いの役割,治療の好みや科学的エビデンスについて議論をして治療内容を決めるまでの「過程」が大切になる19).本論では,SDMがわが国の精神科医療で成立しうるものであるかの議論を行い,成立可能性を高めるためにわれわれが開発したコンピュータシステム『SHARE(Support for Hope And Recovery)』の役割について述べることにする.

I.わが国の精神科医療のなかでのSDM
 わが国の精神科医療において,SDMは成立するであろうか.
 厳然たるヒエラルキーがあるアウェーな場所では,人は自分の考えや思い,すなわち意思を表明し続けることは困難である.例えば,非自発的な入院によって入ることになった精神科病棟のなか.そこでは,症状のコントロールが困難で,「症状からみて,本人又は周囲の者に危険が及ぶ可能性が著しく高」いとか,「患者の生命を保護すること及び重大な身体損傷を防ぐ」ためにやむを得ないと判断されたときに,医療者は隔離や拘束を「治療上必要な行為」として行うことができる6).このような環境では,患者は治療やケアに対する「意思」を表明してもそれを否定され,言葉を奪われるというリスクに常にさらされている.この文脈において医師と患者の間に「共同」した「意思決定」が,果たして可能であろうか.医療機関スタッフのコミュニケーションの質に大きく左右されることではあるが,片方で非同意での治療手段があるという環境下で,意思表明を「症状」としてしか扱われず沈黙してしまった人々,「人として扱われなかった」という体験に絶望した人々はおり,それらの人々との信頼関係の再構築は,困難を極める.非自発的入院体験者のナラティブ研究からは,「人として尊重されていない」という中心的テーマが見いだされ,そのサブテーマとして「自分のためのケアを受けていない」「意味のない/よくないケアを受けている」「人として劣っている」の3つの認識が見いだされたという11).非自発的入院の体験は,普段の生活とは異なる場に収容されたうえ,人として尊重されていない体験となり,市民としてのあたり前の判断表明や行為を禁じられていると認識されるがゆえに,意思表明を禁じる者と禁じられる者という,人としての価値に明確な上下を意識させ,自らを貶めるような認識を招いてしまうのである5)
 医師と患者の二者関係になりやすい精神科の診察室にも,ともすれば似たようなヒエラルキーに陥るリスクが存在するのではないか.精神科の診察が身体科と大きく異なるのは,診察の内容が医師の客観的な観察や検査結果によるよりも,患者からの自己申告によるものが大きな比重を占めることである9).この「自己申告」が安心できる安全な環境で行えるか否かで,診察の質は異なるものになってしまう.しかし,短い診察時間のなか,その場で話題は誰が決めるのか,どんな情報を共有するのか,どのような話し合いができるのかなどは,医師の姿勢に任されていると言ってもよく,治療に関して患者が納得できる意思決定が恒常的に行われる保証はない.そして,その医師は,わが国では入院中心の精神科医療のなか,非自発的入院が46%8)を占め,任意入院といえどもその54%が終日閉鎖病棟で過ごしている12)精神科病棟のなかで研修の多くを受ける.
 「医師と患者がともに治療に関する決定を行うプロセス」が,特別の研修などしなくてもあたり前のように行われるには,現状は極めて悲観的であるというのが著者の印象である.

II.SDMが問うもの―診察場面の変化の可能性―
 このような状況下,著者は,しかし,SDMということにこだわりたいと思う.以下の議論は,精神科の訪問診療,外来診療,デイケアなどの場における診察場面を念頭におく.
 山口ら18)はSDMの発展の背景には,①インフォームド・コンセントやインフォームド・チョイスから発展した治療内容などの契約の明確化(責任の所在は医療者と患者の双方にある),②パーソン・センタード(person centered view)の概念の発展,③根拠に基づく実践の発展,があるという.わが国の場合,上述したように非自発的入院がいまだ治療の主流から退いていない状況下では,山口の述べる背景は,日常的になっているとは言いがたい.今の時点では,わが国においてSDM普及の基盤が乏しいのである.
 しかしながら,国は2004年に「入院医療中心から地域生活中心へ」7)と精神保健医療福祉改革を行うという政策の基本的な考え方を示し,それは潮流としては変更されていない.ここで「地域生活中心」とは,治療の現場を単に地域社会におくということのみを意味しない.患者が自分にとって心地よい地域生活を送り続けることを支援する,そのような治療プログラム,支援プログラムを開発,実現することなども意味しているであろう.
 この文脈では,治療や支援の目標は,近年の精神保健福祉の概念でいえば,個々の「リカバリー」の過程に寄り添い続けることである.リカバリーとは,例えば「人々が生活や仕事,学ぶこと,そして地域社会に参加できるようになる過程であり,またある個人にとっては,リカバリーとは障害があっても充実し生産的な生活を送ることができる能力であり,他の個人にとっては症状の減少や緩和である」13).リカバリーの文脈では,治療や支援の目標は「症状の軽快,治癒」といった形に集約されるのではなく,病をもつことによって阻害されていること,被っている差別や偏見からの復権,あるいは市民としての生活を享受できることなどの多様な様相を示す.その文脈では,主治医の仕事は,患者の症状を身体や精神の不調といった単純な形で切り出して,それを治すように働きかける,とはならない.症状とともにある生活や対人関係の苦労,あるいはトラウマのフラッシュバックといったことと絡み合っている「困りごと」への対処をともに考えるということが,「寄り添う」姿勢には求められる.薬物療法でも,生理的な状態,精神状態の把握だけで処方内容を決めることはできない.患者が続けやすい剤型は何か,副作用を最小限にして日々の生活に支障のないように組み立てられる処方とは何かという問いへの答えも考慮に入れる必要があるからである.
 Matthias, M. S.らはいくつかの文献をまとめたうえで,より簡素で具体的に,SDMを「少なくとも2人の人間(サービス提供者と利用者)が,情報を共有し,(支援の)選択肢や利用者の好み,サービス提供者の責任を議論し,ともに今後の行動(支援内容)について,両者が合意するための相互作用的なプロセス」と定義した10)は,この定義に基づき,診察をSDMというプロセスで扱う場合に,どのような情報にふれることになるのかについて,患者発信で作られる文脈,主治医発信で作られる文脈に分けて整理を試みたものである.
 従来の精神科医療のかたち,すなわち,「医師が尋ね,患者が答え,治療方針を医師が決める」というプロセスのなかでは,症状を把握し,診断を決め,治療方針を差し出すということが主たる文脈になり,の右半分の領域のみに診療の会話が集中しがちである.だが,そのようにして差し出された治療方針を果たして患者が納得して受け入れるかどうかは,この領域の文脈だけではわからない.もし,患者が方針を受け入れがたいと感じるとすれば,それは,患者のわがままなどではなく,そこに患者側の今までの人生の歴史が反映しているのである.そこで,SDMの立場では,の左側の部分,例えば,治療についての患者の好み,生活上大切にしている価値観,あるいは患者の人生を左右したトラウマの体験なども患者が語ることができるように耳を傾けようとする.治療を患者との協働作業ととらえ,患者のこれまでしてきた対処や,患者やその取り巻く環境の強みについても知ろうとする.そして,医師ができることとその限界を表明しながら,患者に求めたいことの提案が妥当かどうかの吟味が進む.このような対話のなかで,治療の方針について納得のいく選択ができることが,患者の治療への積極的な参加を生み出すのである.
 「地域生活中心」の精神保健医療福祉施策を現実のものとするためには,リカバリーの過程に寄り添う診療の実現が必要であり,そのためには患者発信で作られる文脈を尊重する,生活の困りごとをともに考える診察を実現する必要がある.SDMはこのようなことにふれることのできる相互作用的なプロセスであるがゆえに,われわれは注目するのである.

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III.SDMのためのコンピュータシステム『SHARE』
 上述のような文脈のもと,われわれは,SDMのためのコンピュータシステム『SHARE』15)を開発し,精神科診察を含めた,包括的なケアシステムに位置づけようとしてきた.目標は,現時点でのわが国の精神科臨床のなかで,「地域生活中心」の精神科医療を行おうとしたときに,実現可能なSDMのシステムづくりである.
 SHAREを開発するうえで参考としたSDMツールは,アメリカにおけるリカバリー志向のSDMツールの先行例である『Common Ground』3),およびアメリカ連邦保健省薬物依存精神保健サービス部によるSDMツール14)である.
 SHAREには以下のような特徴がある.第一に,それは患者にとって使いやすい,リカバリーの過程に寄り添う診療を可能にする,診察前の準備ツールである4).SHAREはタッチパネル式のPCから,入力が可能である.後述するようなピアスタッフの力も借りながら,患者は,事前に自分についての情報を入力する.内容は,患者発信の,生活の困りごとを伝えるものとなっている.
 まず,入力するのが「希望とリカバリーのノート」である.これは,SHAREを使っての診察に臨むにあたって事前に記入するものである.そこには,主治医に伝えておきたい,自分の人生や生活のなかで何が大切か,これだけは知っておいてもらいたいということを意思表明する「私の意思」の項目や,日常的に(服薬以外のことで)自分自身の元気を保つためにしていることを書き込む「私の元気の鍵」の項目がある.また,自分で感じている「調子が悪くなるときのきっかけ」や「調子が悪くなるときに私のなかで起こるサイン」についても書き込む.書き込んだものは毎回の診察時に表示されるが,変更・更新をしていくこともできる.
 次に入力するのは,毎回の診察時に書き込む「SHAREシート」である.そこには前回の診察で語られたSDMの内容に振り返りがあり,また,それ以降「元気の鍵」を使ったかとか,調子が悪くなるきっかけや,体調の変化のサインなどがあったかを振り返る項目がある.さらに,診察に臨むにあたって患者が報告したい内容について,「私の体と心の状態」として「今日の元気度」や,症状についての困り具合,経済状況や住まいの環境などの「私の生活」についての困り度などを入力する.そして薬についても,副作用の報告や実は飲んでいない薬があることや変えてほしい薬の有無などを伝えるチェックシートにも入力する.
 このようにして,患者はタッチパネルで自分についての情報を入力することにより「今日の診察での私の目標(~について相談したい,話を聞いてほしい,質問がしたい,情報がほしいなど)」をまとめることになる.
 これら入力した内容は,一枚のシートの形になり,主治医との診察のときに活用される.
 このシートをめぐり診察が行われることで,患者自ら発信した情報が診療の中心話題となり患者の価値観や治療に対する好みなども話題にしながら相談が進み,そして,診察の終了時には患者・主治医が双方で合意したこととして「今日のSHARE」(SDMの内容)がまとめ上げられるのである.われわれがSHAREを開発するときに行ったパイロット研究では,SHAREを活用することにより,診察時間の長さには有意差がないにもかかわらず,大半の利用者が診察の満足度を高め,主治医との関係性の向上を実感していたという結果が得られた17).SHAREが患者自身が望んだ診療内容の実現に寄与したと考えられる.
 SHAREの第二の特徴は,診察前のSHAREの入力にあたって,原則としてピアスタッフによるサポートを受けることである.ピアスタッフとは,その人自身のもつ精神疾患の経験やサービス利用の経験,あるいはリカバリーの途を歩んでいる経験などの人生経験を生かして,患者とさまざまな場面で対話を重ね,患者のリカバリーに寄与する職員である1).ピアスタッフは.自らの経験により培われた知識や感受性,似たような体験をしたことから発せられる共感的なメッセージを活用する.SHAREの利用においては,ピアスタッフは内容の入力に協力しながら,診察前の準備のときに,患者自身が自らの言葉で伝えたいことを語り,診察に自らが積極的に参加することをサポートするという大きな意義を担うのである16)
 また第三の特徴は,作成されたSHAREは,患者の考え方によっては,他のコメディカルスタッフなども共有でき,それを支援に生かす可能性があるということである.患者発信の困りごと,あるいは「私の意思」や「私の元気の鍵」を共有し,主治医がそれらの文脈も踏まえどのようなSDM「今日のSHARE」を患者とつくるかを,支援にあたるコメディカルスタッフも共有できるということは,生活支援を患者目線で行ううえで役に立つであろうし,また,診察の場を密室にしないという意味でもSDMの質を担保するであろう.
 つまり,第二,第三の特徴は,主治医―患者間に生じてしまう上下関係をより穏やかなものとし,主治医も「支援チームの一員」であるという位置づけをあきらかにする.SHAREを通じて診察の内容をピアスタッフ,コメディカルスタッフといった第三者も共有し,彼らも患者のことをともに考えるメンバーになるからである.それはとりもなおさず,患者の希望や価値観を尊重し,患者の苦悩に寄り添い,ともに工夫を重ねることを支援の中心に据えるパーソン・センタード(person centered view)の概念を診察も含めた支援の場に具現化するという役割を果たす.

IV.SDMとパーソン・センタード(person centered view)
 改めて診療の場とはどんな場であるかを考えると,それは病の性質を見定め,「治療」という行為を患者に加える場であると同時に,患者の不安や恐怖をやわらげ,希望や生きる喜びを膨らませるために存在しているといえよう.しかしながら,どんな治療にもリスクは必ず伴う.リスク・ベネフィットを勘案したうえで,手術や放射線治療のように「病を取り除く」のがよいのか,薬物療法のように「病の生活への影響をなるべく小さくするように治療する」のがよいのか,あるいは精神療法やリハビリテーションのように「健康な部分のちからをのばすことで,病の生活への影響を小さくする」のがよいのか,はたまた,「人生を全うするために何もしない」のがよいのか,いろいろな選択肢のなかから何を選ぶのかには,常に未知の部分が存在し,それゆえに「納得のできる選択肢」を選ぶことが必要になろう.SDMはこのプロセスを患者・医療者の共同で行うことをめざす.
 精神科の場合,先に述べたように,患者の立ち居振る舞い,表情,自己申告の内容などが診察で扱う情報の大半であり,これらの精神科医の受け止め方が診断や治療方針に大きくかかわる.一方で,患者の不安や恐怖をやわらげ,希望や生きる喜びを膨らませるのは,必ずしも科学的根拠のある治療内容が指し示されることによるばかりではない.SDMの原則に基づけば,その治療内容が患者の好みや価値観に合い,患者が日々の生活を楽しみながら送ることを妨げないという側面も重視される.そして,SDMがプロセスであるということに注目すれば,毎回の診療で,患者が主治医との対話の場で居心地よく過ごすことができ,自分の言葉がここでは受けとめられ承認されていると感じられることは,例えば治療としての処方内容を決める前提としても,極めて意味のあることである.
 毎回の診察で,常に新たな意思決定が行われるわけでもない.現実的には「また,同じ処方を出すことでよいですね」ということが,診察のしばしばの合意事項であるかもしれない.しかし,そこに至るまでの対話のなかで,自分が話したいと思ってもってきた話題が取り扱われ,内容によっては,それは精神医学の範疇を超えた「生活の悩みや喜び」であり,主治医にも答えがあるわけではなく,しかし,その話を共有することで,悩みながら楽しみながらの生活を承認され,そのことが希望や生きる喜びにつながるかもしれない.そういった,人と人との信頼のプロセスもSDMのプロセスには含まれよう20).先に述べたコンピュータシステムとしてのSHAREは,「わたしの意思」や「わたしの元気の鍵」「今日の診察での私の目標」などを明示することにより,日々の診察のプロセスをパーソン・センタードにひきつけ,主治医に患者が生活のなかで望んでいることを明確に伝えることで,中長期的な治療のながれが患者のあずかり知らぬものになることを防いでいるといえる.
で示したように,精神科医療領域でSDMがめざすものは,患者発信でつくられる文脈と,主治医発信でつくられる文脈があわさって,患者の人としての生き方が尊重され,納得のいく選択ができる相互作用的なプロセスである.この文脈でいえば,SDMはその世界観として,医療者と患者の対等性の実現をめざしているといってもよいであろう.弱者の位置におかれがちな患者の人権を擁護し,患者・医療者の対話のプロセスのうちに,両者の責任のもとに治療内容を決めていく.したがって,本論の冒頭で述べたところに戻れば,SDMはその背景として,患者の処遇を非同意のうちに決めていくということが優位な環境では成立しないのである.

おわりに
 SDMのプロセスを精神科臨床のなかに取り入れるためには,患者のリカバリーに寄り添う支援姿勢が治療の文化として根づくことが必要である.それは,「入院中心から地域生活中心へ」という施策を一層進めることと同義である.入院中心をやめる=脱施設化は,必ずしも精神科病棟の閉鎖をのみ意味しない.精神科病棟というシステムのなかであたり前であった関係性,医療者による一方的な患者の治療や生活の管理,個々の患者の人生を診ることなく患者に現れた症状の軽減に焦点をあてること,暴力や他者に迷惑をかけることへの抑止を医療の名のもとに行うこと,などの廃止をも意味するのである.そしてその代わりに,患者がどのような価値観をもち,自らの人生に起きたトラウマや苦悩から何を学び,どのように生きたいと望んでいるのかに耳を傾ける.医療者・患者関係,あるいは家族関係といった閉じた関係のなかでのみ患者を診ることもやめ,地域社会の開かれたネットワークのなかで,新たな対人関係,役割,報酬などが生まれるように,励まし,ともに工夫する.
 SDMは,このような地域生活中心の精神保健医療福祉システムの成熟とともにあるのである.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) 相川章子: 精神障がいピアサポーター―活動の実際と効果的な養成・育成プログラム―. 中央法規出版, 東京, 2013

2) Charles, C. A., Whelan, T., Gafni, A., et al.: Shared treatment decision making: what does it mean to physicians? J Clin Oncol, 21 (5); 932-936, 2003
Medline

3) Deegan, P. E., Rapp, C., Holter, M., et al.: Best practices: a program to support shared decision making in an outpatient psychiatric medication clinic. Psychiatr Serv, 59 (6); 603-605, 2008
Medline

4) 福井里江, 伊藤順一郎, 山口創生ほか: リカバリー志向のSDM支援システム『SHARE』の開発. リハビリテーション研究, 163; 16-21, 2015

5) 岩谷 潤, 伊藤順一郎: 障害をもつ人が社会で暮らすことと非自発的入院の存在. 精神科臨床サービス, 17 (3); 334-337, 2017

6) 厚生労働省: 精神保健及び精神障害者福祉に関する法律第37条第1項の規定に基づき厚生労働大臣が定める基準(昭和63年4月8日)(厚生省告示第130号). (https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataID=80136000&dataType=0&pageNo=1) (参照2021-02-13)

7) 厚生労働省精神保健福祉対策本部: 精神保健医療福祉の改革ビジョン(概要). 2004年. (https://www.mhlw.go.jp/topics/2004/09/dl/tp0902-1a.pdf) (参照2021-02-13)

8) 厚生労働省: 平成26年度(2014年度)6.30調査.

9) 黒木紀子: SHAREの意義―ピアサポーターとしてSHAREに関わって―(SHARE研修資料). 2019

10) Matthias, M. S., Salyers, M. P., Rollins, A. L., et al.: Decision making in recovery-oriented mental health care. Psychiatr Rehabil J, 35 (4); 305-314, 2012
Medline

11) Olofsson, B., Jacobsson, L.: A plea for respect: involuntarily hospitalized psychiatric patients' narratives about being subjected to coercion. J Psychiatr Ment Health Nurs, 8 (4); 357-366, 2001
Medline

12) 大阪精神医療人権センター: 日本の精神医療の現状と課題. (https://www.psy-jinken-osaka.org/feature1/) (参照2020-08-08)

13) President's New Freedom Commission on Mental Health: Achieving the promise: transforming mental health care in America: executive summary (SMA03-3831). 2003 (http://www.michigan.gov/documents/NewFreedomMHReportExSum_83175_7.pdf) (参照2020-08-09)

14) SAMHSA: Shared decision-making in mental health decision aids (HHS Publication No. SMA-12-4696). Substance Abuse and Mental Health Services Administration, Rockville, 2012

15) SHARE普及推進委員会: SHARE共同意思決定実践サポートツール. (https://share-sdm.accelight.jp/) (参照2020-08-11)

16) 種田綾乃: SDMの実践におけるピアスタッフの意義と役割. リハビリテーション研究, 163; 22-27, 2015

17) 種田綾乃, 松長麻美, 山口創生ほか: リカバリー志向型SDM支援システム『SHARE』を用いた実践モデルとその効果―利用者アンケートの声から―. 日本社会精神医学会雑誌, 25 (3); 243, 2016

18) 山口創生, 種田綾乃, 下平美智代ほか: 精神障害者支援におけるShared decision makingの実施に向けた課題―歴史的背景と理論的根拠―. 精神障害とリハビリテーション, 17 (2); 182-192, 2013

19) 山口創生, 熊倉陽介: 統合失調症患者における共同意思決定―新しいアプローチとシステム―. 医学のあゆみ, 261 (10); 941-948, 2017

20) 山口創生, 安間尚徳, 藤井千代: 日々の診察の中で当事者と一緒に悩む―共同意思決定の研究からみえてきたこと―. こころの科学, 210; 50-54, 2020

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