野田村は岩手県内でも自殺率が高い久慈地域管内に位置している.2001年以降,管内市町村,保健所,岩手医科大学などの関係機関と連携して地域の重要課題として自殺対策の取り組みが始まった.従事者がネットワークとして顔の見える関係をつくり,包括的な自殺対策を進めてきた.2011年の東日本大震災津波による甚大な被害を受け,被災地のこころのケアに並行して取り組んできた.担当課と専門家が課題を共有して,計画策定を進めた.そして,首長を責任者とした推進体制を構築し,庁内の関係部局が広く参画した.自殺対策にあたって広く住民のニーズを把握するため,住民アンケートを実施した結果,相談窓口の充実,ゲートキーパーの養成,孤立を防ぐ地域づくりが課題として挙げられた.また,関係職員により構成される連携隊会議では,自殺対策の事業を包括的に把握し,基本理念を検討した.そして,計画の運用を効果的に広めるため,既存の委員会を活用し,地元の内科医,歯科医,保健所長,精神科医を含め13名の特別委員を任命し,20名の組織構成で「21世紀むらづくり委員会住民福祉部会」を実施した.最終的に岩手県のアクションプランや久慈保健所の計画と整合性を図りながら,管内住民への活動報告会などの場で広く計画を周知した.今後,計画を推進し,地域の支援体制づくりを進めていきたい.
2)岩手医科大学医学部神経精神科学講座
3)岩手医科大学医学部災害・地域精神医学講座
4)岩手県こころのケアセンター
はじめに
野田村は岩手県の東北部に位置し,総面積80.80 km2で,北は久慈市,南は普代村に接し,東部は三陸海岸を臨み三陸復興国立公園の一部をなす.夏は,やませと呼ばれる偏東風の影響で冷涼湿潤となり,冬は積雪も少なく温暖な気候である.
豊かな自然から生まれる特産品は,三陸の荒海に揉まれた肉厚で甘い「荒海ホタテ」,こだわりの餌で育てた「南部福来豚」,栄養豊富な「山葡萄ワイン」,日本唯一の玉川鉱山跡で発掘されるバラ色の宝石「マリンローズ」,昔ながらの直煮方式でつくられた「のだ塩」などがある.
2018年12月末現在で,人口4,251人,世帯数1,637戸,高齢化率36%,小・中学校が一村一校,歯科医院と内科クリニックが各1ヵ所,薬局が2ヵ所あるが,近隣の久慈市,二戸市,八戸市などの医療機関も受診し,過疎化と医療資源の乏しさに直面している.
本村の保健業務は,野田村役場住民福祉課保健班が中心となり,総括主査1名,主任保健師2名,保健師1名,栄養士1名,事務員2名で担っている.また課長が村社会福祉協議会の事務局長を兼務している.本論では本村における自殺対策の実践や,東日本大震災後のこころのケア,そして自殺対策計画の策定に関する概要について取り上げる.
I.自殺対策の始まり
2000年に行われた久慈保健所管内の保健師を対象としたワークショップで,久慈地域の自殺率が岩手県内でも高いことを認識したが,地域の課題として取り組むにあたり,偏見や知識不足から対策をどのように進めていくべきか悩み・不安が大きかった.
2001年には管内市町村と保健所,岩手医科大学など関係機関が連携し地域の重要課題として自殺対策の取り組みが始まった.この久慈モデルは,一次予防,二次予防,三次予防,ネットワーク,職域,精神障害への対応の6つの骨子を軸とし,関係機関の顔の見える連携が特徴で,要の1つが久慈地域メンタルヘルスサポート・ネットワーク連絡会である.久慈保健所,各市町村,医療機関,介護施設,社会福祉協議会,学校関係者,消防署,傾聴ボランティア,久慈地域こころのケアセンター,岩手医科大学など久慈地域の関係機関が連携し,世話人会が中心になり当初から毎月,研修や活動報告を続けてきた.
そこで市町村保健師が積み重ねた知識とネットワークは,乳幼児から高齢者までを対象にした啓発普及,健診,健康相談,健康教育,人材育成,家庭訪問,サロン,各種イベントなど保健業務のなかに,心の健康づくりとしてあたり前に定着している.
II.自殺対策と発災後のこころのケア
野田村は,2011年3月11日の東日本大震災大津波により,村の中心部が甚大な被害を受けた.防潮堤のはるか上を超えた津波は,37.8 mに到達し,村内11ヵ所の避難所に912人が避難した.村内死亡者28人,家屋被害は515棟と被災世帯は村の3分の1に及んだ.瓦礫は16万7,336 tで,村の100年分のゴミ処理量に相当する.村内唯一の内科クリニックと歯科医院,薬局2ヵ所,村保健センターも被災し,野田村役場は1階が浸水したため2階に災害対策本部が設置された.
村の状況を受けて,地域保健活動を立て直すため,被災状況に応じて介入の強度を3段階に分けた.久慈保健所を中心に管内の市町村保健師などと協力し,家庭訪問で把握した情報をもとにリスク判断し,住宅地図に落とし込み見えやすい形にして支援者間で共有した.さらに変化する村の状況をタイムラインで予測しながら,関係機関で役割分担し介入強度別にニーズに沿った支援を進めることができた.
同時に全壊流出した内科クリニックが臨時診療所を開設し,久慈医師会や岩手医科大学との連携や久慈歯科医師会,薬剤師会の支援活動などにより医療が途絶えることなく村民の身心の健康を支え続けたことは,地域保健活動の立て直しの大きな後押しとなった.
また,本村では震災前に自殺対策にかかわる人材養成事業として,傾聴の技を学び皆で支え合える村をつくろうという試みで,民生委員や保健推進委員を対象にけっけびと養成講座を実施していた.「けっける」とは方言で,相手を思い心配するという意味でありそこから名づけた.精神科医や臨床心理士を講師に「心の病気への対応」や「よい聴き手になるため―気持ちに寄り添う傾聴―」と題して講演やロールプレーを実施した.参加者からは,「身近な人から相談を受けたり,自分が悩んだときに役立てたい」との感想が聞かれた.
震災後,村の養成講座を受講した地域住民が避難所や仮設住宅で,村が実施する健康相談と併せて,サロンたんぽぽを78回実施し,のべ156名がボランティアとして傾聴活動などを行い参加したのべ768名の被災者をともに支え,その後の保健活動にも大きな推進力となった.サロンたんぽぽの名称には,傾聴活動がタンポポの花のように過酷な条件でも強く根を張り,花を咲かせ,綿毛になり地域全体に広がり,また根づいていくようにと思いを込めた.
さらに岩手医科大学こころのケアチームの協力のもと,避難所の巡回訪問やアンケートを実施した.
その結果,運動不足,避難所での集団生活に疲れている,疲れやすい,イライラや不安,眠れないなどの訴えが多くみられた.不眠の訴えに対し,環境改善のため,ケアチームとともに支援物資から布団や枕を届け喜ばれた.
避難生活でストレスが長期化するなか,循環器疾患やこころの不調を訴える住民が増加する可能性が懸念され,村民の健康診査が年間計画どおりに実施されることが必要であり,ケアチームに協力を求め,実施会場の掃除から始めた.特定健診などを無料化しこころの健康づくり健診として,うつスクリーニングを実施した.健診後の事後指導会では,結果説明や保健指導と併せて,精神科医よりこころの健康づくりについての助言や,セルフケアの実技指導も実施した.
このような地域に根差した岩手医科大学こころのケアチームの活動を受けて,岩手県が岩手医科大学に委託し岩手県こころのケアセンターの運営が始まり,県内沿岸部4ヵ所の地域センターで7ヵ所の相談室を開所している.久慈地域センターは2012年3月に開所し,震災から10年経過した現在も保健センターで実施し,毎週水曜日には十数名の来所がある.
東日本大震災大津波の被災以降,自殺対策事業で培ったネットワークを活かし,こころのケアや生活再建と自殺対策を連動させ,協働し取り組みを継続してきた.
被災者は,自力再建や災害公営住宅に転居してからも環境の変化や高齢化,長く続くストレスによって新たな困難に直面している方も多い.
III.自殺対策計画策定への着手
野田村では,2013~2017年の自殺者数は6人であり,一人でも多くの命を救うことを目標に生活苦や病気などの状況を踏まえ,課題を共有することから計画策定に着手した.
計画策定を進めるにあたり,精神科医にスーパーバイザーを依頼した.自殺対策推進本部会議の開催においても,事前に説明内容などを精神科医,担当総括,保健師で打ち合わせを行った.会議では,自殺対策について国の動向や被災地の状況などの情報と村の自殺の状況を踏まえた課題を共有した.
また,首長が責任者となり推進本部と連携隊を組織し,意思決定の体制構築を提案した.計画の概要,方向性,スケジュールについて関係者の同意を得た.
庁内の関係部局が広く参画し,行政全体として自殺対策を推進できるよう,各課長の理解のもと連携隊員(実務者)が連携できたことは,その後のスケジュールを円滑に進めるために有効であった.
同時に,計画に住民の声を反映させることと,人口規模が少ないため自殺者数だけではなく,事業の実施率やプロセス評価などの副次的な指標を用いるため,スーパーバイザーの指導のもと住民アンケートを実施した.アンケート結果によれば,相談窓口の充実,悩みを抱える人を支えるゲートキーパーの養成,孤立を防ぐ地域づくりが望まれていた.
連携隊会議では,住民アンケートの結果報告や各課の関係組織を含めた自殺対策に関連する事業を一覧にする棚卸作業や計画の基本理念が検討された.会議で情報共有するにあたり岩手県精神保健福祉センター長や精神科医から次のアドバイスを得た.住民の暮らしやサービスはすべて対策に含まれること,ゲートキーパーの視点をもつこと,問題があってからの連携ではなく事前の連携であること,である.一見自殺対策とは関係のない村の事業や関係組織の事業に新たな視点や取り組みの可能性を見いだし,各課の考え方の違いを再認識し,役割分担について考える場になった.さらに,精神科医からの講義は,職員の窓口対応など住民に対する日常業務の質の向上にもつながった.
計画の運用を効果的に広めるため,外部団体(老人クラブ,NPO,保育会,高等学校,商工会,警察,消防など)の参画が必要となるが,人選や予算などの課題が多数みられた.そこで,既存の委員会を活用し,地元の内科医,歯科医,保健所長,精神科医を含め13名の特別委員を任命し,20名の組織構成で「21世紀むらづくり委員会住民福祉部会」の実施に漕ぎつけた.
本村の計画の基本施策は,これまで村民がよりよく生きるための包括的な取り組みとして実施してきた,エビデンスに基づく久慈モデルをさらに継続し,新たな基本方針の策定にあたり,現状を整理し取り組みを拡充する.重点施策は,ハイリスク者に応じた対策の推進,被災者のケアや支援,ゲートキーパーの充実・強化である.
岩手県のアクションプランや久慈保健所の計画と整合性を図るため,進捗状況など情報を共有し,進めてきた.その1つが久慈地域で毎年開催される「生きる支援セミナー」で,保健所,各市町村担当者による地区住民への活動報告である.2019年2月には久慈保健所長を座長,岩手医科大学の精神科医が助言者となり「久慈地域における自殺対策計画と今後の自殺対策推進に向けて」をテーマに273人が集い,意見交換を行った.
おわりに
自殺対策を開始してから20年が経過し,長年の取り組みで地域の意識も高まっている.久慈地域の自殺率の推移は上下しながらも減少しており,全国の自殺率を下回る年も増え,取り組みの手ごたえと取り組み続ける久慈地域の熱い思いを実感している.
2019年3月に策定された「のだむらいのちを支える推進計画」策定の過程で得たネットワークを活かし,現在の取り組みを継続しながら,より綿密な連携のもとさらに広がること,そして,道半ばである野田村の復興の架け橋として,一人でも多くの命を救える「心豊かで安心安全な村」をめざして邁進したい.
なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.
謝 辞 計画策定にあたり,岩手医科大学,久慈保健所など多くの関係機関の皆様のご理解とご協力に感謝する.