Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第123巻第2号

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特集 うつ病からの復職就労者の再発再燃を防ぐために精神科医と産業医ができること
休復職者の現状と実践的な対策
高野 知樹
医療法人社団弘冨会神田東クリニック
精神神経学雑誌 123: 87-93, 2021

 厚生労働省から『心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き』が公表されてから15年が経過した.この手引きがつくられた背景には,心の健康問題で休業している労働者が再発再燃を繰り返すケースが多いという実態があった.しかしながら,相変わらず精神疾患による休業者は減少しておらず,産業現場では再発再燃による再休業者も少なくない.その防止対策として,休養の判断,職場復帰の判断,事業場内外の連携,復帰後のフォローアップなど,休養前から復帰後までの各ステップにおいて,精神科医が行える重要な点を提示した.また事業場内外の連携における課題について考察した.

索引用語:うつ病, 職場復帰, 再発防止, 連携, 産業保健>

はじめに
 2004年に厚生労働省から『心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き』(以下『手引き』)3)が初めて公表されてから15年が経過した.この手引きが作られた背景には,心の健康問題で休業している労働者が精神科主治医の「復職可能」の診断だけで職場復帰を実施すると,間もないうちに再発再燃を繰り返すケースが多いという実態があった.『手引き』公表後も数回改訂されながら15年経過し,果たして労働者の職場復帰の状況は改善しているのだろうか.本稿は,主に『手引き』公表後の実態を振り返り,うつ病からの復職就労者の再発再燃防止に,精神科主治医として,産業医として,何ができるかについて考察したい.

I.精神障害の労災と職場復帰などの現状
 企業内の一般定期健康診断の結果では,何らかの身体的所見を有する労働者の割合が増加しているが,同様に仕事や職業生活に関する強い不安,悩み,ストレスを感じる労働者の割合も厚生労働省『労働安全衛生調査(実態調査)』4)によると6割近くを推移している.また,精神障害に係る労災認定件数も高い水準で推移している5)
 わが国の自殺者数は,1998年以降14年間連続して3万人を超えていたが,2010年以降減少が続き,2019年は20,169人となっている.しかしながら,過重労働などの「勤務問題」を原因・動機の1つとする自殺者の数は,以前より減少しているものの,2017年から減少の度合いは少なく高止まりの傾向がみられ,1,949人となっている(図16)
 同様に,実際に多くの事業場では,心の健康問題により休業している労働者の割合が,身体の健康問題による休業者に比し増加していて,大きな労働力の損失となっている.休業に関する情報は民間企業については非公開だが,公務員については公開されていて(図21),その傾向は民間企業も同様と考えられる.さらに,うつ病においては休業によるAbsenteeism(休業による労働力損失,企業コスト)以上にPresenteeism(就業しているが労働力が十分に発揮できない状態での損失,企業コスト)のほうが大きいというさまざまな実態の報告もある8)
 そのため,おおかたの事業場ではメンタルヘルス対策への関心をもたざるをえない状況にある.実際に大規模事業場では,精神科医が定期的に訪問し問題に対応する体制を整備している事業場も珍しくない.しかしその一方で,事業場の大半を占める中小規模事業場においては,必要性は感じているものの医師の助言を得る機会が少なく十分な対応が困難であるのが現状である.
 このような背景から,実際に一度は職場復帰したものの,やむなく再休業となり,休復職を繰り返す事例に苦慮することは珍しくないだろう.そのため,主治医であろうと産業医であろうと,職場のメンタルヘルスにかかわる精神科医が,なるべく早い時点で再発のサインに気づき,疾病の重症化の防止,再休業の防止,ひいては労働者が社会生活を維持し,組織にとっての労働損失の軽減に寄与しようという意識が大変重要と思われる.

図1画像拡大
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II.職場復帰の手引きにおける留意点
図3は『手引き』に示されている職場復帰支援の流れである.病気休業開始から職場復帰後のフォローアップまでの5つのステップで示されている.これはあくまで法令ではなくマニュアル的な位置づけであり,事業者が『手引き』を参考にしながら,個々の事業場の実態に即した職場復帰支援プログラムを策定することが望ましいとされている.改めて『手引き』を振り返り,精神科医が再発再燃防止のために留意したい点を述べたい.

図3画像拡大

1.《第1ステップ》病気休業開始および休業中のケア
 労働者がうつ病に罹患してしまった際,まずは「働きながら治す」という視点が優先されることであろう.もちろん初診時所見においても,抑うつ気分や意欲の低下のみならず,思考力・判断力の低下も著しく社会生活上の支障が大きいなど,重症度が高ければ,その時点で「休んで治す」という判断をしなければならないのは言うまでもない.社会生活上の支障がまだ大きくなく,薬物療法,働き方の調整,睡眠衛生教育,余暇の過ごし方の助言などで,状態改善の余地がある場合には,可能な限り「働きながら治す」を選択すべきと著者は考える.
 一人の社会人が仕事を休むことは,職場や家庭生活にも大きな影響を与える.例えば何の前ぶれもなく「3ヵ月の休養を要する」という診断書を受け取った職場は,想像以上に急な対処に追われる.職場は安全配慮義務から,専門家の書いた診断書に従うことになり,休養をする労働者の業務を他の社員に引き継がせ,当面の対外的な支障が最小限となるような体制を整備しなければならない.周囲の疲弊感が不満感にすり替わってしまうと,休養をとる労働者や精神科医に対する負の感情も生まれ,その後の復帰環境を悪化させてしまう.
 そのため「休ませ方」にも診断書を受け取る労働者の背景の関係者にも配慮が必要である.急を要する休業診断でなければ,「上司に,数週間で改善がなければ休業して治療することになるかもしれないと,主治医から言われたと伝えておいてください」ということを患者にお願いすることで,職場が心構えをもち,もし休業になったらという体制を想定しておく余裕もつくることができる.このように休業による治療の要否の判断は,その後の患者の社会生活の善し悪しにもつながる重要な事項であり,また,「診断書」を受け取る側への配慮も,職場復帰後の再発防止についての協力体制の下地になるため,大変重要と考えている.
 職場での視点でも述べると,『労働安全衛生法』に基づいて職域における健康づくりが実施されている.この法律を紐解くと第1条には目的が以下のように示されている.事業者は,「職場における労働者の安全と健康を確保するとともに,快適な職場環境の形成を促進すること」.つまり,「働くこと(労働)によって,怪我をしない(安全),病気にならない(衛生),そのような職場環境づくり」ということが求められている.産業医などの産業保健スタッフは,労働者自身の不調に対する気づきを促すとともに,職場環境の改善につなげ,働きやすい職場づくりを進めることにより,労働者が心身の不調をきたすことを未然に防止することが主な役割となっている.
 具体的には,定期健診,雇い入れ健診,特殊健診,海外派遣者の健診,長時間労働者の面接,ストレスチェックに関する面接など,決められた面接のほか,事業場によっては随時健康相談窓口を設置して対応している.こうしたさまざまな面接の機会において,職域の医療職,つまり産業保健スタッフは,①診断区分(疾病の有無,重症度の区分),②就業区分(就業の可否,就業上の配慮の要否の区分),③指導区分(フォローアップの要否の区分)という3つの視点で働く人々の状態を把握する.疾病があるから即要休業ではなく,職場環境の調整により再発再燃・増悪防止を検討するような仕組みとなっている.
 「休んで治す」方向で対応することになれば,職場側は,労働者の精神的な孤独だけでなく,職場復帰や今後のキャリアについての不安などに対し,産業医をはじめとする産業保健スタッフに相談できる窓口を設けるなどの工夫が大切である.また,労働者が安心して休養生活を送れるよう,休業中の経済的・将来的な不安を軽減するために,職場の休業休職制度,傷病手当金制度,復帰時の支援の仕組みといった情報を提供することも重要である.
 職場側から休業している労働者への接触のタイミングは,休業者の状態によって一概に言えないが,診断書や傷病手当金申請書の提出の際に連絡すると,休業者にとっても違和感が少ないであろう.

2.《第2ステップ》主治医による職場復帰可能の判断
 最終的に職場復帰が可能であると判断する目安としては,①医学的側面(就業に耐える状態,治癒している必要はない),②本人の側面(職場復帰の意思があり,かつ準備が整っている),③職場の側面(職場復帰を支援する準備が整っている),という3点が挙げられる.これらの条件がそろわないとスムーズな職場復帰は困難と考える.①の最低限の目安としては,所定労働時間(一般的には1日8時間)は職場に滞在し続けられる必要がある.企業によっては短縮勤務期間などの軽減の設定があることもあるが,そうでない場合は企業の文化に合わせて復帰できる状態まで,治療やアドバイスをしていく必要があるだろう.③については,内部の産業保健スタッフが中心となり整えていく領域であるが,②については精神科主治医としても十分なサポートが重要である.「症状の回復≠業務遂行能力の回復」であるからである.
図4は著者が休業中の労働者に対して,復帰までの道のりをイメージしてもらうために用いているもので,大きく3つのステップで説明している.1番目のステップを越えてすぐに復帰をしようとする患者もいるが,2番目も重視している.「休業以上に就業では精神力・体力ともに大きなエネルギーを使う.少なくとも休業中に基本的なエネルギー回復機能が不十分であれば,復帰してエネルギーが底をつくのは時間の問題」というような説明を加えている.3番目は「貯めたエネルギーを試運転させておかなければ,職場で十分に動かせない」と伝えている.

図4画像拡大

3.《第3ステップ》職場復帰の可否の判断および職場復帰支援プランの作成
 このステップでは「情報の収集と評価」も含まれており,産業医などにより精神科主治医からの意見の収集を推奨している.『手引き』には「職場復帰支援に関する情報提供依頼書」の書式も例示されていて,労働者のプライバシーに十分配慮しながら情報交換を行うことが重要としている.いわゆる精神科医による「主治医意見書」,すなわち精神科主治医の立場から,①現在の状態(業務に影響を与える症状および薬の副作用の可能性など),②業務上の配慮に関する意見(疾患の再発再燃防止のために必要な業務の注意事項など)といった意見を求める書類である.依頼の際には「本人の職場復帰を支援する目的のみに使用され,職場にそのまま送付されることは一切なく産業医が責任をもって管理する」という内容も書き添えることが推奨されている.会社内での医療情報の扱われ方を明らかにしなければ,精神科主治医から適切な医療情報が得られなくなるためである.

4.《第4ステップ》最終的な職場復帰の決定
 職場復帰の決定は最終的には事業者が行うものであるが,そこは産業医の意見が大変重要視される.そのため精神科医が産業医としてかかわることができれば,労働者の状態,就業上の配慮などに関する意見などを述べるうえで,その専門性が発揮できる点でもある.

5.《第5ステップ》職場復帰後のフォローアップ
 心の健康問題にはさまざまな要因が複雑に重なり合っていることが多いため,第3ステップのプランには多くの不確定要素が含まれることが少なくない.そのため周到に準備を行ったとしても当初の計画通りに職場復帰が進まないこともある.その際は臨機応変にプランの見直しを行っていくことが重要であるが,精神科主治医としても職場復帰後の病状やプランについて気になる点が生じた場合は,産業医などに労働者を介しながら意見を伝え,必要に応じては労働者の同意を得たうえで産業医などと情報交換を行うことが望ましい.また職場復帰は,療養生活から職場生活が始まる大きな変化点である.そのため仕事優先となり通院の中断,治療の中断,服薬の中断が生じやすく,再発を誘発してしまうことがある.少なくとも復帰直後は定期受診が継続できるような配慮が必要であり,その必要性の職場への説明は産業医がしっかり行うべきである.

III.主治医意見書に関する課題
 厚生労働省による『労働者の心の健康の保持増進のための指針』7)や『手引き』により,事業場外資源との連携を強化することが述べられている影響により,産業医をはじめとする産業保健スタッフから,精神科主治医による「主治医意見書」を求められる機会が増えてきた.
 事業場内外の適切な情報交換を含めた連携は,労働者の健康づくりに大変重要なことである.しかし,そこにはいくつか課題もある.連携には,時間と手間がかかる.ところが,時間・手間の対価が支払われるシステムが明確に確立されていない.例えば,産業医からの情報提供依頼に対しての「主治医意見書」の発行では,多くは休職者が費用負担もしくは,医療機関が無料で対応しているのが現状である.時に事業所負担の場合もあるが希有である.図5は本野らによる産業医が依頼する「診療情報提供書」に対して,病院での対応について調査した結果である2)
 おそらく就業規則により,労働者が健康問題により休業や職場復帰をする際には,主治医による診断書などの「証明書」を事業場に提出することが労働者には義務づけられていると思われる.そのためこの証明書については労働者本人の負担でよいのだろうと思われる.
 一方で,証明書提出後,産業医が職場復帰の可否を判定する際に「主治医意見書」の依頼を追加で行うことがある.判定のために追加情報が欲しいのは,産業医,産業保健スタッフ,広くは事業場側である.「主治医意見書」にかかる費用については,情報を得たい者が支払うという考え方もあるのではないだろうか.休職者の負担を鑑み,主治医が無償で発行しているケースさえある.上司や人事担当者などが患者に同行して,直接対面で主治医に意見を求める場合も,対応には決まりがなく,患者が診療費用を支払うのみで,相談には無償で対応することも珍しくないだろう.ちなみに,著者が産業医を担当している事業場では,「主治医意見書」や「診察同行」にかかる費用は,事業場が支払う形としている.
 専門家が時間をかけて専門的意見をまとめる業務であり,曖昧にやっている限り専門性の高い良質な連携は育たないのではないだろうか.専門家同士の質の高い連携が平準化されることは,復職就労者の再発再燃防止にもつながると考えられ,何らかの経済的裏づけのシステムも今後検討課題と思われる.

図5画像拡大

おわりに
 精神科医が主治医の立場であろうと,産業医の立場であろうと,労働者が健康になり元気に働けるようになることは,共通の願いである.同じ目的に向かってさまざまな立場の人材が協働すること,それこそが連携と思われる.本稿では,復職就労者の再発再燃防止のために,休業前から職場復帰後のフォローアップを通して,精神科医としてのかかわり方について述べた.
 精神科主治医としてももちろんのこと,産業現場内で精神科医による精神保健活動が機能すれば,①個人だけでなく職場環境にもかかわれる,②じっくりと面接する時間を設けやすい,③事業場内窓口という利便性(来談しやすい,費用負担がない)がある,などの利点が大いに活かせるはずである.おそらく医療機関での診察時間より十分な時間の確保,産業現場ならではのあらゆる方面からの情報収集が可能なはずである.必要な情報を事業場内外でうまくやりとりすることで,労働者の再発再燃防止につながると思われる.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) 地方公務員安全衛生推進協会: 地方公務員健康状況等の現況(平成30年度)の概要. 2019 (http://www.jalsha.or.jp/tyosa/result) (参照2020-06-12)

2) 本野勝己, 藤野善久, 村松圭司ほか: 産業医が依頼する「診療情報提供書」についての病院対応に関する実態調査. 日本診療情報管理学会誌, 28 (4); 60-63, 2017

3) 厚生労働省: 改訂心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き. 2019 (https://www.mhlw.go.jp/content/000561013.pdf) (参照2020-06-12)

4) 厚生労働省: 平成30年労働安全衛生調査(実態調査). 2018 (https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/h30-46-50.html) (参照2020-06-12)

5) 厚生労働省: 平成30年度「精神障害に関する事案の労災補償状況」. 2019 (https://www.mhlw.go.jp/content/11402000/000644251.pdf) (参照2020-06-12)

6) 厚生労働省自殺対策推進室, 警察庁生活安全局生活安全企画課: 令和元年中における自殺の概況. 2020 (https://www.mhlw.go.jp/content/R1kakutei-01.pdf) (参照2020-06-12)

7) 厚生労働省: 労働者の心の健康の保持増進のための指針. 2015 (https://www.mhlw.go.jp/content/000560416.pdf) (参照2020-06-12)

8) Loeppke, R., Taitel, M., Richling, D., et al.: Health and productivity as a business strategy. J Occup Environ Med, 49 (7); 712-721, 2007
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