Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第123巻第2号

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特 集うつ病からの復職就労者の再発再燃を防ぐために精神科医と産業医ができること
4つのケアを念頭においた職域との連携
井上 幸紀
大阪市立大学大学院医学研究科神経精神医学
精神神経学雑誌 123: 81-86, 2021

 休職に至った労働者の診断名が同じうつ病であっても,本人側の要因,職場側の要因など,その病態背景は多様である.主治医として主に対応するのは本人要因となり,薬物療法,精神療法,休養などを行うとともに,復職に向けてできる限りの助言など対応を行う.認知行動療法的な対応を行い,復職後の再発再燃防止を念頭に価値観,行動パターンなどを患者とともに考えていくことも多い.ただ復職後には治療により獲得したそれら変化が減弱し,病前の性格や行動パターンに戻り,その結果,再燃に至ることも多い.その一因に,職域が,復職とは病気になる前の状態に戻ったことだから病前と同じ対応をしてかまわない,と考えることがある.それを防ぐためには復職にあたり,職域と本人の考え方や行動パターンの変化について話し合い,理解を得ておく必要があり,またその連携方法も重要となる.国から『事業場における労働者の心の健康づくりのための指針』が2000年に出され,そこには「4つのケア」と言われる内容が含まれる.すなわち,セルフケア,ラインによるケア,事業場内産業保健スタッフなどによるケア,事業場外資源によるケアの「4つのケア」から職域のメンタルヘルス体制を構築することが示されている.精神科主治医とは職域からみると事業場外資源であり,直接セルフケアやラインによるケアにかかわるよりは,事業場内産業保健スタッフと連携し逆行性に労働者本人(セルフケア)まで情報を共有することが重要である.職域に関して国が出す指針や手引きの知識を主治医がもちながら職域と連携することは労働者の健康保持増進に重要である.

索引用語:うつ病, 復職, 連携, 指針, 産業精神医学>

はじめに
 メンタルヘルス不調の労働者は増加しており,主治医として対応するなかで休職そして復職対応が必要となることも多い.また一旦復職しても再発に至ることも多く,それら治療過程においてどのように主治医として対応するのかは課題である.第115回日本精神神経学会学術総会ではシンポジウム「うつ病から復職就労者の再発再燃を防ぐために精神科医と産業医ができること」が行われ,「4つのケアを念頭においた職域との連携」をテーマに私見を述べる機会を得た.この背景には,著者が精神科診療医として,また精神科という専門性をもつ産業医として職域にかかわってきたという経緯がある2)3).医療現場と産業現場双方にかかわるときに,医療場面においては職域に詳しい精神科専門医として,職域ではメンタルヘルスに強い産業医として活動してきたわけである.著者の外来では職場不適応外来を標榜し,職域に詳しい精神科臨床医であることを表明していることから,内科などの外部主治医から,自分は産業保健に詳しくないので職場とのかかわりを含めた対応をしてほしいと紹介を受ける.産業医からは,精神疾患が疑われるが職域としての規則に従った対応を本人が受け入れない,主治医がいてもその主治医と連携がとれないなどの理由で紹介されてくる.本人や家族が病院のホームページを見て,職域対応への不満から,セカンドオピニオン的な目的で受診してくることもある.産業精神医学の知識があることを掲げることが労働者,職域,産業医学に詳しくない医師などの役に立っているようであり,その立場から「うつ病から復職就労者の再発再燃を防ぐために精神科医と産業医ができること」について検討する.

I.職域におけるメンタルヘルス不調者数について―大阪における検討から―
 大阪産業保健総合支援センターが中心となり,2000年から2004年に職域に提出された精神疾患病名の休職診断書の枚数を2006年に468事業所の協力を得て(第1回調査),2010年から2014年の同様の枚数を2016年に274事業所の協力を得て(第2回調査),大阪府下で調査検討が行われている1).まったく同じ事業所が参加したわけではなく従業員数260人以上など一定規模の事業所からのデータではあるが,100事業所換算での休職者数の推移として,2000年から2014年の15年間で精神疾患により休職した労働者数は6.4倍,そのうちうつ病・抑うつ状態などの診断書は8.2倍となっている.これには純粋な患者数の増加だけではなく,「うつは心の風邪である」のような啓発活動による精神疾患診断名の増加や,労働者初診先の70%は内科など非精神科であるということもあり,啓発活動により非精神科医が精神疾患と診断することに対する抵抗が低減したことによる診断名の推移(過少診断から過剰診断へ)も関与していると考えられる.いずれにせよ,職域において精神疾患病名,特に気分障害の診断書は急増しており,精神科臨床医として,もしくは精神科を専門として産業保健分野で働く者として,これらの認識は必要である.また,休職させた労働者は症状の改善に伴い復職させる必要があるものの,その再発再燃防止が主治医にとっても職域にとっても課題であることは明らかで,適切な連携が必要である.

II.産業精神医学の基礎知識
 産業現場を含めた活動をする場合,産業医学的知識は欠かせない.では産業医学的知識として何が大事なのであろうか.著者は基本的事項として,主治医と産業医を含めた産業保健スタッフの立場の違い,また職域が従っている国の出すさまざまな指針や手引きへの主治医の理解という2点をまず挙げたい.
 医師は,主治医であっても産業医であっても,医師免許を所有しており,共通する知識は多い.一方,主治医は保険診療を行い,原則的には患者に寄り添う.疾患の治療が目的であり,復職などの就労能力の判定は症状の改善に注目して行う.産業医は事業所との契約に基づき,その収入は給与として与えられる.労働者(患者)に寄り添うことだけではなく職場の規則や価値観なども考慮に入れた対応を行うなど中立的な立ち位置となることが多い.薬物療法などは行わないことが多く,その労働者が職域で問題なく働けるのかどうか,事例性(給料に見合った労働ができない状態)を通して予防と早期発見を目的とすることになる.復職などの判定も病気の程度だけではなく業務遂行能力にも注目する必要がある.このように主治医と産業医には異なる視点があるものの,復職時の診断書の問題など連携が不可欠な事柄は多く,お互いの立場の理解が必要である.
 また別の重要なポイントとして,国の出しているさまざまな指針や手引きの知識も必要である.国の出しているメンタルヘルス関連の手引きや指針例(表1)を示すが,後述のように産業現場はこれらの指針や手引きに従って労働者に対応していることも多く,精神医学に関する連携においてもその知識が欠かせない.一例として,復職における主治医の立場を考えてみたい.主治医としては症状からその復職を判断する.では職域はどうであろうか.労働者から復職の意思が表明されたり,主治医から復職可能の診断書が出たりした場合,事業所の復職規定に則って対応が開始される.そしてその復職規定は国が2004年に出し数回にわたり改訂が加えられている,『心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き』5)が参考にされていることが多い().ここでは,休職が始まった時点から職場としてのケアは開始されており,主治医から「復職可能」の診断書が出るのは第2ステップに該当する.主治医は自己認識していなくともこの手引きの多くのステップのなかで一定の役割が設定されており,それに合う行動を職域から求められているのである.この手引きが出るまでは,主治医による「復職可能」の判断は何の疑問もなく受け入れられて間をおかずに復職となり,その結果,再発や再休職に結びつくことが多かった.そのためこの手引きでは,主治医から復職可能の診断書が出てもそれは第2ステップであり,職域として復職までに第3ステップ「職場復帰の可否の判断及び職場復帰支援プランの作成」,第4ステップ「最終的な職場復帰の決定」を行うことが求められる.主治医との連携も含まれ,日常生活記録表による行動確認などさまざまな書類準備や打合せのために復職準備で数ヵ月かかる場合もある.就労可能の診断書が出ればすぐに復職が可能になると思う主治医や労働者もいるが,国の指針や手引きに従って慎重に対応しているという事実を把握して対応しなければ,主治医や労働者と職場の間で不要な軋轢が生じ,それは労働者のためにならないのである.これはあくまで一例であるが,主治医が産業現場で当然とされるさまざまな知識を理解することは連携にあたって重要である.もし主治医がこれら知識をもっていれば,労働者と職域の対立を和らげることもできる.先述のように,産業医から主治医としての著者に紹介があるケースのなかには,職場の対応に納得がいかずに訴訟寸前までこじれた状態で,職場命令でしぶしぶ受診してくることもよくある.その場合も主治医として,本人の側に立つことができることを明確にしたうえで,職域がなぜ本人の意に反する指示をしているのかについて,一般的な職域ルール,事例性や安全配慮義務(事業者が労働者に負っている労働契約上の債務で,事業者が労働者に対し,事業遂行のために設置すべき場所,施設もしくは設備などの施設管理または労働の管理にあたって,労働者の生命および健康などを危機から保護するよう配慮すべき義務)など職域の判断背景などを含めて説明する.自分の味方である職場外の主治医から説明を受けることで,職域で説明を受けるより抵抗なく状況を理解できることも多く,それ以降の労働者と職域の関係が改善することも多い.

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III.医療と職域の連携の必要性とその方法
 主治医としては疾病性を改善し,就労状況に合わせ薬物療法,職場を考慮した認知パターンの修正などの精神療法を行い,適切な就労環境設定に関与したいという気持ちは強い.しかし,国が出すさまざまな指針や手引きを理解していても,各々の職場には各々の労務規約があり,また個別の職場環境が存在する.その個別性まで理解したうえで上述のような職域との連携を図ることは可能なのであろうか.実際,認知行動療法などでは,職域と十分に連携しておかないと治療がうまくいかなくなることも多い.例を挙げる.うつ病を中心としたメンタルヘルス不調者の急増には社会の変化,個人環境の変化が関連している.精神科医療で主治医が目的とすることは疾病性の改善であり,就労状況に合わせた薬物療法や職場を考慮した認知行動療法などの精神療法を行う.しかし実際の診療場面では,患者の疾病性に対応することは可能であっても,適切な職域情報がなければ事例性への対応は困難である.また主治医としてよかれと思った認知行動療法的アプローチであっても,実際の職場の現実にそぐわなければ認知の修正(再構成)が適切に活かされず,復職に伴い元の認知パターンに戻り再発してしまうことも多い(燃え尽きて抑うつ的になった労働者に無理をしないように理解させても,よくなったからと職場が労働者に以前同様の労務負荷をかけ,責任感からそれを受けて結局前回同様に燃え尽きてしまうなど).このように,主治医,家族,職場,時にリワークなどの担当者など,関係者が増えるほど統一した対応が困難になる.特に回復過程では,方向性は同一でも,時点時点での実際の判断(GoかStopか)に差が生じ,患者が混乱する(もしくは都合よくとる).治療により生じた認知の修正などの変化を関係者が共有することは,患者が混乱することを防ぎ,再発予防にも関連する.そのためには頻回の相互連携が必要である.
 次にどのように連携するのかが課題となる.主治医は診察室で診療を行うため,実際の就労環境を理解しにくいのは当然であり,その状況下で患者指導を行うことに困難を覚える.ここにも国の指針や手引きの理解が重要な役割を果たす.メンタルヘルスに関連する指針や手引きとして最初に出されたと言ってもよいものとして2000年の『事業場における労働者の心の健康づくりのための指針』があり,また2006年に『労働者の心の健康の保持増進のための指針』も出されている.最初に出された指針でもあることからその内容は,組織におけるメンタルヘルス不調に対応する体制をいかに構築するのか,に主眼がおかれており,その中心をなすのが「4つのケア」4)である(表2).「4つのケア」とは,1)セルフケア,2)ラインによるケア,3)事業場内産業保健スタッフ等によるケア,4)事業場外資源によるケア,の4つである.1つ1つのケアを充実させながらも1つのケアで抱え込むのではなく,4つのケアが連携することを求めている.ここで注意すべきことは,ここでもわれわれ主治医は知らない間に4)事業場外資源によるケアとして組み込まれてしまっていることである.ただこれを逆手にとれば,われわれは4)事業場外資源によるケアとして組み込まれているので,職場としても3)事業場内産業保健スタッフ等によるケアとの連携は想定されているはずであり,われわれが必要な情報をそこから得ることが可能であると理解して連携する.すなわち,治療行為はわれわれ4)とセルフケアに関する1)の直接関係と考えられるが,連携ではわれわれのかかわる4)から3)に,そして2)に指示・指導などの影響を及ぼすことで,職域にまで主治医の意見を浸透させることが可能になり,ひいては治療にも結びつくと考えられる.例として,仕事への義務感が強すぎるがゆえにさまざまな心身の不調をきたす労働者に,主治医として,病態の説明とともに症状軽減のためにも仕事の優先順位を意識することを指導した場合を想定してみる.主治医4)が3)と連携するときには医学的観点からその病態や治療指導内容を説明できる.それをもとに3)から医療者ではない2)に説明するときには,仕事で優先順位をつけ,すべてを引き受けないなど,労働者がどう変わろうとしているのかを具体的に説明したうえで,ラインの立場でしてほしいこと,すなわち仕事量や内容の設定,注意事項,サポートにつながる声かけなどを依頼し,労働者の健康維持に結びつく介入を行うことができる.

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IV.精神科臨床医が産業現場に入ること
 精神科診療を主な業務としながらも,嘱託産業医として企業にかかわっている,もしくはかかわりたい医師もいるのではないだろうか.精神科医がメンタルヘルスに強い産業医として職域にかかわるメリットについても述べておきたい.専属の産業医活動であれば,職場巡視,健康診断の事後措置,さまざまな委員会への出席など産業医全般の活動が必要になるが,非精神科医の統括産業医を支援しメンタルヘルスを主に扱う契約(純粋な産業医ではない)で精神科医が嘱託産業医業務を行うことは可能である.この場合短時間勤務ではあるが,精神医学的観点から職場固有の状況把握,事例性の評価などで,産業保健スタッフと連携することが求められる.すなわち,職場内で,メンタルヘルス不調者への正しいアセスメント,事例性を中心とした基本的職場対応指導(ラインによるケア),精神科主治医の適切性の判断などを行うことになる.また労働者にメンタルヘルス不調が疑われた場合,精神科開業医は専門性が高く紹介先に悩む職場は少なくない.精神科臨床医であるからこそ地域の精神科医の評価や治療内容の理解があり,適切な受診先を紹介することができる.また,専門性の異なる主治医にすでに通院している場合でも,相手の専門性や職域に関する知識レベルに合わせて精神科主治医と連携や説明を行うことができる.なお,時に内科医などでは産業医が主治医を兼務している場合もみられるが,精神科に関しては,産業医と主治医の立場の違いから復職などで労働者と職場の板挟みになることもあり,産業医が主治医を兼ねることはお勧めできない.

おわりに
 われわれは精神科医として診療行為を行うが,労働者のうつ病などでは復職後の再発再燃は多い.主治医のできることとその限界の理解が必要であり,職域との緊密な連携はその対策の1つとなる可能性がある.また職域との連携には4つのケアの知識が重要であり,主治医は主に事業場内産業保健スタッフと連携することになる.主治医も労働者のために国が出す指針や手引きの知識をもちそれを職域と共有することが望ましい.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) 伯井俊明, 井上幸紀, 鍵本伸明ほか: 精神障害による休職からの職場復帰の現実と課題―10年前との比較検討を含めて―. 労働者健康福祉機構大阪産業保健総合支援センター, 2016

2) 井上幸紀: 産業現場に対し精神科主治医ができること, できないこと. 精神経誌, 116 (8); 697-701, 2014

3) 井上幸紀: 精神科医療と職域の連携はなぜ重要か. 産業精神保健, 25 (4); 322-324, 2017

4) 厚生労働省: 事業場における労働者の心の健康づくりのための指針. (https://www.mhlw.go.jp/www2/kisya/kijun/20000809_02_k/20000809_02_k_shishin.html) (参照2020-01-27)

5) 厚生労働省: 心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き―メンタルヘルス対策における職場復帰支援―. (https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/anzen/101004-1.html) (参照2020-01-27)

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