Advertisement第117回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第123巻第10号

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連載 ICD-11「精神,行動,神経発達の疾患」分類と病名の解説シリーズ
各論⑥
ICD-11におけるストレス関連症群と解離症群の診断動向
金 吉晴
国立精神・神経センター精神保健研究所
精神神経学雑誌 123: 676-683, 2021

 ICD-11ではストレス関連症群,解離症群がICD-10の「神経症性障害,ストレス関連障害および身体表現性障害」の下位分類から独立したカテゴリーとなり,またICD-10ではこれらの疾患群とは別のカテゴリーに含められていた小児期の反応性愛着障害,離人・現実感喪失症候群が,それぞれ含められた.このことは,トラウマ,重度ストレスがストレス関連症群の発症の必要条件となること,および解離症状の病態についての見解が整理され,分類原理とした他の要因よりも重視されることになったことを示している.ICD-11のストレス関連症群は,反応性アタッチメント症を含めた点ではDSM-5と同じであるが,複雑性PTSD,遷延性悲嘆症を新たに採用し,他方で急性ストレス反応を診断項目から外し削除したことは相違点である.解離症群では,転換症という用語が廃止され,それに相当する解離性神経学的症状症が10の下位分類へと大幅に拡大された.他方DSM-5では,それに相当する変換症診断が拡大されたことは同じであるが,この診断群を解離症群ではなく身体症状症および関連症群に含めている.ICD-10でストレス関連障害に含まれていた急性ストレス反応が精神疾患という枠での診断から外されたことに示されるように,ICD-11では文化的に許容し得る反応を医学化しないという原則が採用されている.世界共通の死因統計という基礎をもつICDにとって,各国の文化的現象と医学概念との整理は常に大きな課題である.ストレス関連症,解離症と関連することの多い,抑圧,暴力,災害などの状況をどこまで医学的に有害な事象とみなすのかの判断は時代と文化に左右される.この2つのカテゴリーにおける議論と変化は,社会における精神科医の活動の広がりと,現実の状況における被害者とのかかわりを反映している.

索引用語:ストレス, トラウマ, アタッチメント, 解離, 転換>

はじめに
 ほぼ30年ぶりの改訂となるICD-1112)は,ストレス関連症,解離症の分類にも大きな変更をもたらした.ICD-1011)との疾患分類の対比は表1, 表2を参照されたい.特に重要と思われる大きな変更点は以下に記し,各診断項目において適宜補足をした.
 ICD-11では,ストレス因を発症の必要条件とする(十分条件ではない)「ストレス関連症群」がICD-10の「神経症性障害,ストレス関連障害および身体表現性障害」から独立したカテゴリーとして新設され,ICD-10では「小児期および青年期に通常発症する行動および情緒の障害」に含められていた愛着障害(アタッチメント症)も含むことになった.これは分類原理におけるトラウマ,重度ストレスの役割が強くなったことと,発達論的な分類原理が弱くなったためである.またこの診断グループは不安または恐怖関連症群ではなく解離症群に隣接しているが,これはPTSDなどの代表的疾患が解離症状を含むことが認識されたことを反映している.これらの点はDSM-5ともほぼ共通する特徴であるが,ICD-11がDSM-5と異なっている点は,後述の複雑性心的外傷後ストレス症(Complex post-traumatic stress disorder:CPTSD)と遷延性悲嘆症を新たに含めたことと,急性ストレス反応(Acute stress reaction:ASR)を第6章から第24章「健康状態または保健医療サービスの利用に影響を及ぼす要因」に移動したことである.加えてICD-11では,DSM-IVに対してICD-10が独自に認めていた,破局的体験後の持続的パーソナリティ変化(Enduring personality change after catastrophic experience:EPCACE)と身体表現性自律神経機能不全も削除された.またICD-11ではICD-10と同様に,診断基準とは別に「健康状態または保健医療サービスの利用に影響を及ぼす要因」(Qコード)という分類が設けられており,トラウマやストレス体験および,ASRなどの病的ではない反応はここで記載することができる4)
 ICD-10のASRは,DSM-IV,DSM-5における急性ストレス障害とは異なり,時期の規定は形式的には1ヵ月程度までを認めているが,主としてトラウマ的出来事後の2,3日程度の急性期の一過性の症状を意図したものであった.こうしたトラウマ的出来事直後の反応は自然に軽快することも多く,正常反応の医学化を抑制するというICD-11の方針に従って,精神疾患(第6章)から除外された.また,EPCACEは収容所体験者,難民などに生じやすいとされているが,そうした診断機会が少ないことを理由に削除された.この概念の一部はICD-11のCPTSDに吸収される可能性があるが,この基準の削除に対しては難民のような少数者の精神的困難の否認につながるとの反論が出されている9).また,米国の南北戦争で見いだされたDaCosta症候群は,ストレス因を必要条件としないことがICD-10ですでに言及されており,そのために重度ストレス反応ではなく身体表現性障害のなかの身体表現性自律神経機能不全に含められていた.ICD-10の身体表現性障害がICD-11の身体的苦痛症へと変更された大きな概念変化のなかで,これらの名称には特段の言及はされなくなった.
 解離症に関しては,ICD-10からの最も大きな変化は,「神経症性障害,ストレス関連障害および身体表現性障害」から独立したカテゴリーになり,ICD-10では解離性(転換性)障害〔Dissociative(conversion)disorder〕に含められていなかった離人感・現実感喪失症を含むようになったこと,また従来の転換性(変換性)障害という用語は廃止され,それに相当する解離性神経学的症状症が新設され,かつその症状の生じる領域(視覚,聴覚など)が10へと増加したことである.さらに遁走(フーグ,fugue)は解離性健忘の下位分類に移行した.ガンザー症候群はICD-10では「他の解離性(転換性)障害」のなかで疾患のガイドラインなしに診断コードだけが与えられていたが,ICD-11では言及されていない.解離性同一性障害(多重人格障害)はICD-10では発生が稀とされており,やはり「他の解離性障害」に含められていたが,ICD-11では「解離性同一性症」が独立した分類として認められている.これらの特徴はほぼDSM-5と共通するが,DSM-5とICD-11との大きな相違は,DSM-5ではDSM-IVの方針を引き継いで解離症群と身体症状症および関連症群が別のカテゴリーとして分離されていることである.またDSM-5では解離症のなかに威圧的説得(拷問,洗脳など)によるアイデンティティの混乱が「他の特定される解離症」の1つとして新しく設けられているが,臨床現象としては上述のEPCACEと近縁である場合も予想される.このことはICD-11ではCPTSDの自己組織化の障害(Disturbance in self-organization:DSO症状)がEPCACEと近縁であることと好対照といえる(後述).

表1画像拡大表2画像拡大

I.ストレス関連症群(Disorders specifically associated with stress)
1.心的外傷後ストレス症(Post-traumatic stress disorder:PTSD)
 PTSDの出来事基準はICD-10とほぼ同じであり,著しい脅威または恐怖を与えられるような体験に続発するとされる.しかしDSM-IVからDSM-5にかけて,出来事基準が整理され,死亡,重傷,性的被害およびその脅威と目撃と具体化されたことに比べると,抽象的である.
 主要な症状は,①再体験症状:恐怖などの圧倒される感情と身体感覚を伴った生々しい侵入性想起,フラッシュバック,悪夢,②回避症状:トラウマとなった出来事の記憶,それを想起させる活動や状況,人々の回避,③現在の脅威への過敏な知覚:覚醒亢進と物音への驚愕反応である.症状は少なくとも数週間持続し,重要な生活機能を有意に障害する.ICD-10では症状クラスターの区別が不明確で,定義となる症状と,併発することの多い自殺念慮,不安,抑うつが併記されていたが,ICD-11では定義となる上記の3症状のみが記されている.ICDは診断のクライテリアではなくガイドラインを示すことが原則であるが,ICD-11の記述はいくぶんクライテリアに近づいたとも感じられる.なおICD-10に含まれていた情動鈍麻の記載はみられない.またICD-10に記載されていた,発症にかかわるリスク要因としてのパーソナリティの特徴などの記載は省かれている.総じてICD-10にみられた解説的な記載がなくなり,ICD-11では疾患定義としての症状記載が中心である.
 これらの3症状はDSM-IVの基準に類似するが,DSM-IVで採用されていた麻痺症状という表現が用いられず,記憶への回避と表現されていることは,DSM-5の記述と符号する.他方,DSM-5で採用された認知と気分の陰性的変化の症状項目は含まれていない.このため,ICD-11のPTSD診断の症候論はDSM-IVのものと非常に近い.

2.複雑性心的外傷後ストレス症(Complex post-traumatic stress disorder:CPTSD)
 CPTSDはICD-11で初めて登場した概念であり,ICD-10以前,DSMにはこれに相当する診断はない.歴史的にはHerman, J. L. が同じ名称の概念を提唱したが別物である.児童期虐待や収容所体験などの持続的なトラウマ体験による,通常のPTSD症状以外の感情的不安定さ,人格の脆弱さなどを特徴とする病態をどのように概念化するのかは,長く論じられた課題であり,DSM-IVの委員会はDESNOS(Disorders of extreme stress, not otherwise specified)という概念を提唱したが,正式な診断カテゴリーとしては採用されなかった.
 CPTSDは虐待などを想定して作られた診断カテゴリーであるが,結局のところ,この診断に特異的な出来事基準を確定することはできず,PTSDと同じ基準が採用された.「多くの場合は持続的,反復的であり,そこから逃げることが困難または不可能」という但し書きがついているが,これはCPTSDに特有の出来事基準ではない.すなわち1回だけのトラウマ体験でもCPTSDになることはあり,反対に反復的なトラウマ体験から通常のPTSDが生じることもある.いずれの場合でも,出来事は生命の危険,脅威をもたらすことが必要であり,持続的,反復的という性質だけが十分条件となるわけではない.
 この基準をPTSDから独立させることの根拠となったのは症状の特異性である.通常のPTSD症状に加え,DSO症状として,感情の制御困難(affective dysregulation:AD),否定的な自己概念(negative self-concept:NSC),対人関係の困難(disturbed relationship:DR)が挙げられている.
 DSO症状はDSM-5のPTSDにおける認知と気分の陰性的変化という症状に近接している.DSM-5ではこの症状を含めることによって,CPTSDに相当する患者をPTSDとして診断することがある程度可能となった.他方,ICD-11のPTSD診断の症候論は,こうした認知,感情変化の症状を入れておらず,複雑性PTSDとの鑑別を重視したものとなっている3).なお,DSO症状は前述のEPCACEと近縁の現象を指しているが,EPCACEと異なり,症状を人格変化としてはとらえておらず,また記述症候論的にも相違がある2)

3.遷延性悲嘆症(Prolonged grief disorder:PGD)
 PGDは近親者の死亡の後で,故人への苦痛な感情を伴った思慕や追憶が,少なくとも6ヵ月以上にわたって,文化,社会,宗教的な規範を著しく超えて長期化した状態である.たとえ長期にわたったとしても,文化的に通常のことであると見なされる場合には,この診断はつけない.補足すると,文化によっては年余にわたる服喪と悲嘆感情の保持が求められることがあり,その場合にはこの診断はつけないことになる.なお,「複雑化していない悲嘆」は,「健康状態または保健医療サービスの利用に影響を及ぼす要因」(Qコード)の「他者の不在,喪失,死亡に関する問題」のなかに記載項目がある.同様の診断はDSM-5では正式な診断としては採用されていないが,「今後の研究のための病態」のなかで持続性複雑死別障害(persistent complex bereavement disorder)として記載されている6)

4.適応反応症(Adjustment disorder:AD)
 適応反応症は特定できる心理社会ストレス因に対する非適応的な反応であり通常は1ヵ月以内に発症し,ストレス因が消失した後は6ヵ月程度で終息することが普通である.ストレス因とその結果にひどくとらわれており,過剰な心配や苦痛な思考,その意味についての反芻的思考がみられる.そうした症状はストレス因の想起刺激によって悪化し,結果として回避が生じる.抑うつ,不安症状や,衝動的な外在化症状,喫煙,飲酒,物質依存などを伴うことがある.ストレス因に適応できないことが社会的な不利益をもたらす.ICD-10ではストレス因の性質について死別など,対人関係を障害するものという規定があったが,ICD-11ではそのような規定はない.ICD-10,DSM-5では症状について,不安,抑うつ,行為の障害などが列挙されていたが,ICD-11では反芻的思考,想起刺激による悪化,回避などが中心となっており,これは軽度の出来事によってPTSD的な症状が生じた者を適応反応症と診断することを容易にすると思われる.DSM-5のような,抑うつ,不安,行動障害といった下位分類はない.

5.反応性アタッチメント症(Reactive attachment disorder:RAD)
 反応性アタッチメント症は適切な養育がなされなかった場合(重度のネグレクト,マルトリートメント,施設での養育)に生じる,アタッチメント行動の異常である.代わりの養育者を含む大人たちに対して,安心や支援を求めようとせず,安心が提供されても反応しない.この診断は5歳までの子どもにのみ下すことができ,またアタッチメント能力が発達していない1歳未満(または発達年齢で9ヵ月未満)や自閉スペクトラム症が存在する場合には下すことができない.児童期を超えた経過については明確ではないが,成人後,対人関係に困難を感じる場合がある.ICD-10のRADと比較すると,養育の不良が必要条件であることが明確になっている.

6.脱抑制性対人交流症(Disinhibited social engagement disorder:DSED)
 脱抑制性対人交流症は適切な養育がなされなかった場合(重度のネグレクト,マルトリートメント,施設での養育)に生じる,社会的行動の異常である.大人に対して無差別に,遠慮することなく近づき,知らない人に付いていったり,過剰に馴れ馴れしくしたりする.ネグレクトや施設生活が長期の場合は,その後里親に引き取られたとしても,この行動のパターンが長期化するリスクがある.養育を強化しても反応する者は少数であり,エビデンスのある治療が推奨される.診断年齢の規定はRADと同様である.ICD-10の脱抑制型愛着障害(Disinhibited attachment disorder)にほぼ相当する.

II.解離症群(Dissociative disorders)
 解離症の群は,自己同一性,感覚,知覚,感情,思考,記憶,身体運動の制御,行動のうち1つ以上の正常な統合における不随意的な破綻や不連続性によって特徴づけられる.破綻や不連続性は完全なこともあるが,多くの場合は部分的であり,日あるいは時間単位で変動する.以下のすべての解離症の下位分類に関して,①何らかの疾患や,中枢神経に作用する物質や医薬品の影響や離脱症状によるものではなく,②必ずしも他の解離症状を伴わない,という趣旨の注釈が付いている.

1.解離性神経学的症状症(Dissociative neurological symptom disorder)
 解離性神経学的症状症は正常な統合における不随意的な不連続性を示す,運動,感覚,認知症状
 視覚障害を伴う:盲目,視野狭窄,複視,視覚変容,幻視
 聴覚障害を伴う:聴力喪失,幻聴
 回転性めまいまたは非回転性めまいを伴う:静止時の回転(回転性めまい)やめまいの感覚
 他の感覚障害を伴う:麻痺,締め付けられる感じ,ちくちくする感じ,ほてり,痛みなど
 非てんかん性発作を伴う:発作やけいれんの症候的表出
 発話障害を伴う:構語障害,発声障害,構音障害
 麻痺または脱力を伴う:身体部分を意図的に動かしたり運動を協調したりすることの困難
 歩行障害を伴う:歩く能力や歩き方に関する症状(運動失調や介助がなければ立てないことなど)
 運動障害を伴う:舞踏病,ミオクローヌス,振戦,ジストニア,顔面けいれん,パーキンソン症状,ジスキネジア
 認知症状を伴う:記憶,言語などの認知能力における障害

2.解離性健忘(Dissociative amnesia)
 解離性健忘は多くは最近のトラウマ的,またはひどくストレス的な出来事についての自伝的記憶の重要な部分の想起不能であり,通常の物忘れとは異なる.遁走の存在の有無を記載する下位コードが設けられている.そのことによって家族,社会などの機能が有意に損なわれている.他の解離症状を必ずしも伴わない.またPTSDやCPTSDによっては十分に説明できない.時にはアイデンティティや生活史のすべてに健忘が及ぶことがある.健忘の範囲は時間経過によって変動することがある.本人が健忘を部分的に自覚しても,その重要性を過小評価し,その問題に取り組むよう促されると心地悪くなることもある.

3.トランス症(Trance disorder)および憑依トランス症(Possession trance disorder)
 トランス症の特徴は,本人の意識状態の著しい不随意的変容または習慣的なアイデンティティの感覚の喪失,現在の周囲の状況や周囲の刺激への意識の著しい狭窄,運動や姿勢の制限,限られた言葉を繰り返して話し,それをコントロールできないことである.このコントロールの主体が外的な憑依アイデンティティとなったときには,憑依トランス症と診断される.すなわち憑依とは,アイデンティティが外的な霊,魔力,神性などの霊的存在の影響下にあるとされる「憑依」アイデンティティに置換されることである.通常のトランス症では単純な行為を反復することが多いが,憑依トランス症では多彩で複雑な行動を示すことがあり,憑依する主体によってコントロールされていると感じている.いずれの場合も短期,一過性で終わる,文化,宗教的な体験として受容されるトランス状態には,これらの診断を下すべきではない.この状態が繰り返しまたは長時間生じ,集団的文化や宗教の一部として受容されず,個人や社会にとって著しい苦痛や不利益を生じるときに診断の対象となる.
 DSM-5では解離性トランスは他の特定される解離症のなかに含められている.また憑依は解離性同一性症の特徴として記載されているが,診断カテゴリーとしての地位は与えられていない.

4.解離性同一性症(Dissociative identity disorder)および部分的解離性同一性症(Partial dissociative identity disorder)
 解離性同一性症はICD-10では他の解離性障害の亜型として挙げられていたが,ICD-11では,DSM-5と同様に独立した診断となった.自己と主体性の意識において連続しない,2つ以上の異なったパーソナリティ状態(解離性アイデンティティ)の存在によるアイデンティティの障害である.それぞれのパーソナリティ状態には体験,知覚,解釈,自己や身体,環境への関係についての固有のパターンが存在する.少なくとも2つのパーソナリティ状態が反復して個人の意識と他者や環境との関係を独占的に制御する.パーソナリティの交代に伴って感覚,知覚,感情,認知,記憶,運動の制御,行動も変化する.あるパーソナリティが別のパーソナリティの活動を意識し,記憶していることもあるが,経過中に健忘を伴うことが一般的である.通常,主パーソナリティは他のパーソナリティによって「侵入され」,それを嫌悪的に感じている.このことは侵入的な思考(侵入思考),感情(恐怖や怒り,恥ずかしさなどの侵入),知覚(声や浮動性の視覚表象),感覚(触覚,痛覚など),運動(不随意的な手の動きなど),行動(能動感や所有感を欠いた行動)として生じることがある.しばしば身体的,性的,感情的虐待のような,重篤または慢性的なトラウマ的ライフイベントに伴って生じる.
 主パーソナリティが日常生活で正常に機能し,状況に応じて他のパーソナリティが一過性に限られた行動を行う場合には,部分的解離性同一症と診断する(例えば極度に感情的な負荷のかかる状況や,自傷行為の最中,トラウマ記憶を賦活する状況など).

5.離人感・現実感喪失症(Depersonalization-derealization disorder)
 離人感・現実感喪失症はICD-10では「解離性(転換性)障害」ではなく「他の神経症性障害」のなかに神経衰弱などと並んで含められていたが,ICD-11では「解離症群」に含まれる.離人感の特徴は自分が奇妙な非現実的なものと体験したり,または自分自身の思考,感情,感覚,身体,行動について,それらから離隔されている,外部の観察者であるかのように感じることである.離人感の表現型としては,感情的,身体的麻痺や,離れたところから自分を見ていたり「劇のなかにいる」感覚,または知覚変容(時間感覚の変容など)がある.
 現実感喪失症とは他者や事物,世界を奇妙な非現実的なものとして(夢のような,遠い,霧にかすんだ,生気感のない,色のない,歪んで見える,など)体験したり,周囲から離隔されていると感じることである.
 いずれの体験においても,現実検討は保たれている.幻覚や,外部の人間や力によって支配されているとの信念は伴わない.PTSDなどの他の疾患によってより十分に説明されない.
 補足:児童期虐待,難民などの反復的,持続的トラウマ体験の影響については,ICD-10では主に難民を想定した「破局的体験後」の人格変化に関してEPCACEという診断基準が作成されたが,ICD-11では廃止された.ICD-11のCPTSDの出来事基準には持続的,反復的なトラウマ体験についての詳しい説明があるが,出来事基準の定義とはなっていない.またCPTSDのDOS症状はEPCACEに近い現象を扱っているが,人格ではなく,感情,認知といった要素心理学的な記載となっている.DSM-5の解離性障害の「他の特定される解離症」には威圧的説得(拷問,洗脳など)によるアイデンティティの混乱が記されており,これもEPCACEに近い現象のうち,解離症状を取りだしたものとなっている.なおDSM-5のPTSD診断では持続的,反復的トラウマを出来事基準に含めることができ,CPTSDのDOS症状は「気分と認知の陰性の変化」に含めることができる.

おわりに
 中核的な生物学的所見の乏しい精神医学においては,症状,経過,発症様式の組み合わせによって疾患分類がなされている2).各概念の妥当性については項目反応理論などを用いた統計的な検証がなされている4)が,そもそもどのような要因を検討の対象に含めるのか,また医学的疾患として検討すべきか,それとも本人の文化のなかでの正常反応とみなすのかについては,時代背景の影響がある10).第二次世界大戦の頃までは戦争による精神健康への影響を頑なに否定する見解があり5)8),虐待,性被害などのトラウマについては,近年に至るまでその存在を否認する傾向が日本においても認められた.このような疾患概念の文化的選択はICD-10からICD-11に至る変化のなかにも認められる7).体験後2,3日の症状に焦点をあてたASRは,精神科医が直接診断する機会に乏しいことを理由として第6章の精神疾患のリストからは削除され,難民,政治犯などを主たる対象としたEPCACEも削除された.後者が削除されたことについては,そうした被害者を専門的に支援する立場からの反論がでている11).このような経緯は,米国が戦争に参加する機会が減少したことを背景としてDSM-IIから重度ストレスに関する基準が姿を消したことを彷彿とさせる.その後,ベトナム戦争を経てDSM-IIIにPTSDが採用されたことを考えると,その時々の時代背景によって診断基準を変更,選択することはいくぶん機会主義的な印象を免れない.他方,注目されるのは,解離症群のなかに虐待などのトラウマ的出来事への言及がみられることであり,それらには決して必要条件という立場は与えられていないが,冒頭に述べたようなストレス症群と解離症群の病因的近さを反映している.DSM-III以降,今日に至る操作診断基準の改訂のなかで,両疾患群の近接性は次第に注目されるようになっており,DSM-5の解離症群のなかに「(拷問,洗脳などの)威圧的説得による」という出来事要件を伴った解離症の診断が含まれていることもその流れから注目される.今後,2つの疾患群の関係についてはさらに検討が重ねられることと思われる.DSM-IIIでは心因反応概念が放棄され,PTSDだけがその痕跡をとどめているかのようであったが,ストレス症と解離症の関連が議論されることによって,精神医学の少なからぬ部分が心因的な観点から新たに検討を加えられることも期待される.と同時にその議論は,抑圧,暴力,災害などと関連した反応をどこまで医学的にとらえるのかという議論に関連してもいる.それについての判断は時代と文化に左右されるだけではなく,精神科医が社会のどの立場で何を目撃し,誰を治療するのかという役割と責任を反映したものになろう.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

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