Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第123巻第10号

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特集 児童虐待を予防する―産婦人科医,小児科医,精神科医のコラボレーション―
小児総合病院における複数診療科,多職種連携による虐待予防―安定した精神状態での子育てを支援すること―
三宅 和佳子
大阪府立病院機構大阪母子医療センター子どものこころの診療科
精神神経学雑誌 123: 661-665, 2021

 養育者の安定した精神状態での子育てを支援することは,虐待予防にとても大切なことであると考える.小児総合病院である大阪母子医療センターでは,周産期部門,小児医療部門など多くの診療科と,診療を支えるさまざまな職種があり,虐待リスクが高い事例などには連携して対応している.周産期部門の産科では,妊娠期からの虐待予防に対する意識が定着しつつあり,ドメスティック・バイオレンス(DV)のスクリーニングや社会的ハイリスク妊婦の調査(若年,精神,社会的)を行い支援している.2012年に調査を開始したが,2016年の調査では年間分娩数1,547件のうち233件(15.1%)が該当し,精神的な問題を抱えている事例は64件(4.1%)であった.受診時,精神科に通院を続けている事例もあるが,通院を中断している事例,未治療の事例も多くある.妊娠継続して出産に備えるため同意が得られた事例では精神科の診察を実施し,出産後も継続した精神科通院が必要な場合には地域の精神科へ紹介し,保健師などを通じて連携するように努めている.出産後に子どもが通院する必要がある場合は,新生児科や小児医療部門と情報共有している.小児医療部門においても,養育者に精神状態の不安定さや精神疾患がある場合は多い.その際には,心理士や保健師などもかかわり,カンファレンスを行い,養育者の精神状態を考慮して子どものケアの負担を決めることや,関係機関と協力体制を作ることが重要となる事例もある.不適切な対応が子どもの発達に影響がある場合などには,児童精神科と連携して養育を支えるようにしている.虐待ハイリスクと判断した事例では,子ども虐待防止委員会において病院全体で情報共有し,周産期部門,小児医療部門,医療ソーシャルワーカー,保健師,心理士など複数科,多職種で連携して継続的に対応するようにしている.本稿では当院における,院内,院外のコラボレーションの現状について報告する.

索引用語:児童虐待, 小児総合病院, 産科, 精神科, コラボレーション>

はじめに
 大阪母子医療センター(以下,当院)は,大阪府域における周産期医療の専門的な基幹施設として,地域の医療機関では対応が困難な妊産婦や低出生体重児,新生児に対し,高度・専門医療を行うため,1981年10月診療を開始した.1991年には,小児医療部門(子ども病院)を開設し,乳幼児などに対しても新生児期からの一貫的な医療を行っている.
 併設の研究所では,母と子にかかわる疾病の原因の解明,診断,治療,予防法の開発に取り組んでいる.小児総合病院,日本小児総合医療施設協議会に加盟している施設は2021年4月時点で全国に38施設あり,当院もその1つである.診療科は周産期部門,小児医療部門(外科系,内科系),中央診療部門と分けられ多岐にわたる.周産期部門の産科,新生児科は,当初,周産期医療の専門的な基幹施設として,地域の医療機関では対応が困難な妊産婦や低出生体重児,新生児に対し,高度・専門医療を行うため開設された経緯もあり,府下全域から身体的,精神的,社会的にハイリスクな妊婦が多く紹介されて受診している.また,小児医療部門に種々多様な先天性疾患の対応を目的として紹介受診される子どもだけでなく,近年では出生前診断の段階で胎児の先天性疾患などが判明し紹介受診する妊婦も多くいる.このように当院には虐待ハイリスクと考えられる事例が多く,対応を迫られている.

I.当院を受診する妊婦における虐待リスク
 虐待に至るリスク要因には,子どもの要因として,乳幼児であること,未熟児出生であること,障害や病気があること,手のかかる子など,養育者の要因として,望まない妊娠,若年妊娠,精神的に不安定な産前産後,精神疾患,身体疾患をもった妊婦など,養育環境として,経済的不安定,親族や地域からの孤立,未婚を含むひとり親家庭,再婚家庭,繰り返す転居,ドメスティック・バイオレンス(domestic violence:DV)などが挙げられる.
 小児総合病院の周産期部門である当院の産科・新生児科では,出生前診断により,先天性外科系疾患,奇形症候群,先天性代謝疾患,感染症,染色体疾患などの疾患が胎児に見つかっている妊婦が受診する.このような妊婦の精神的な負担は大きく,よりきめ細やかな対応が必要と考えられる.また,先天性心疾患,悪性腫瘍,糖尿病などによって自身が幼少期より当院を受診してきた身体的にハイリスクな妊婦,未受診妊婦・飛び込み出産などの受診状況が不安定な妊婦,貧困,DV,精神疾患,知的障害,若年,高齢など社会的な援助が必要な妊婦,切迫早産などで転院してきた妊婦や,NICUに入院している早産児の母親などの受診も多い.
 このようなことから,当院では精神的な負担の大きさ,虐待のリスク要因の高さがうかがえる妊婦に対しては,出生した子どもが安全に過ごせるような環境を提供するために,妊婦の社会的状況・精神面にも配慮した,妊娠期からの多職種連携による支援体制が必要と考えている.

II.産科における社会的ハイリスク妊婦への支援
 産科では,妊娠期からの虐待予防という意識をもって社会的ハイリスク妊婦への支援を行ってきた3).社会的ハイリスク妊婦とは,高校生または18歳以下の若年妊婦,精神疾患などの精神面の課題を抱えた妊婦,経済的困窮,DV,シングル,産科未受診,飛び込み出産などの妊婦である.分娩数と社会的ハイリスク妊婦の数の変化をみると,支援開始前の2011年の調査では年間分娩数1,585件のうち49件(3.1%)であったが,支援開始後の2012年は1,591件のうち180件(11.3%),2013年は1,607件のうち226件(14.1%),2014年は1,622件のうち249件(15.4%),2015年は1,607件のうち249件(15.5%),2016年は1,547件のうち233件(15.1%)が該当し,系統的な調査と支援により社会的ハイリスク妊婦の存在が明確化した.
 社会的ハイリスク妊婦への系統的な支援は,STEP 1,2,3と段階的に行う.STEP 1では,妊婦・家族が抱えるリスクをピックアップする.妊婦健診時に医師の診察とは別に助産師が個別面談を行い,時期に応じた保健指導のほか出産育児のためのアドバイスを行う.また,初診時,妊娠中期,産褥1日目には,DVスクリーニングを行う.DVスクリーニングとして利用しているVAWS(Violence Against Women Screen)()は,「女性に対する暴力スクリーニング尺度」であり,日本の周産期で使用できる妥当性,信頼性を有し,妊婦のDV被害のスクリーニングに有用なツールと考えられている2).当院でのVAWS陽性者(9点以上)の割合は約20%で,身体的暴力,精神的暴力,性的暴力など結果に応じて,相談,受診時の対応の工夫,関係機関の紹介や連携などを行っている.
 STEP 2では,リスクを客観的に認識しやすくするため,若年(Young)(妊婦自身が高校生または18歳以下),精神(Psychosis)(精神科・心療内科の受診歴や内服歴),社会的(Social)(経済困窮・DV・シングル・未受診・飛び込み出産など)に分類している.それぞれの社会的リスクを把握して,若年者や不安が強い場合には安心して受診するために担当者を決めて個別面談を実施したり,経済的な困窮の際には医療ソーシャルワーカーの面談を設定したり,予約日に受診しないなど受診が途切れがちな場合には電話や手紙で受診を待っていることを伝えたり,DVを受けている場合にはパートナーとは別にスタッフと話をする機会を作ったりするなど,リスクを踏まえた対応を行っている.
 STEP 3では,多職種で情報を共有し方針を確認している.社会的ハイリスク妊婦ワーキンググループは,毎月産科医,新生児科医,公衆衛生医,看護師,助産師,院内保健師,医療ソーシャルワーカーなど多職種でカンファレンスを行いアセスメントしている.そして,必要に応じて,さらなる院内多職種との連携,地域との連携カンファレンス,院内虐待対応チームとの連携を行うこととなっている.

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III.精神的なリスクを抱えた妊婦への支援
 社会的ハイリスク妊婦のうち精神的な問題を抱えている事例も,支援開始前の2011年には年間分娩数1,585件のうち16名(1.0%)であったが,開始後は2012年1,591件のうち54件(3.4%),2013年1,607件のうち76件(4.7%),2014年1,622件のうち88件(5.4%),2015年1,607件のうち64件(4.0%),2016年1,547件のうち64件(4.1%)と一定割合でみられ,調査と支援を系統的に行うことで精神的なリスクを抱えた妊婦の認知度が高まった.
 心療内科・精神科の受診歴または内服歴や本人からの精神疾患既往の申告のあった妊婦のなかには,うつ状態,パニック障害,不安神経症などと診断されていた妊婦もいた.また,当院産科受診時に精神科に通院をしている事例,していない事例があり,精神疾患の妊婦に関しては,他院に通院中の事例では通院の継続を促し,通院を中断している事例や未治療の事例に対しては妊娠を継続して出産に備えるために精神科受診が必要であることを説明し,同意が得られれば当院の妊婦に対応する精神科医の診察を勧めている.出産し当院での産科フォローが終了後も継続した精神科通院が必要な場合は地域の精神科へ紹介し,保健センターの保健師などを通じて情報提供し連携している.

IV.当院の子ども虐待への取り組みと多職種連携
 当院では,子ども虐待防止委員会を設置して事例検討,マニュアル作成,啓蒙活動など虐待防止に関する取り組みを行うとともに,事例発生時には会議などを行って方針を決定している.また,虐待が危惧される場合のため,虐待対応チームが具体的な事例の相談の場を設け,各病棟にはラウンドを行って相談できる体制を作っている.虐待予防の視点で,虐待が疑われる事例,気になる事例,対応困難な事例に関し,介入方法や対応について,児童精神科医,看護師,保健師,医療ソーシャルワーカー,心理士などの多職種チームが相談を受け,事例への早期対応を支援し,虐待の評価,チームにおける情報共有,必要時には院内や,地域の多くの機関との連携を行っている1)
 産科の社会的ハイリスクワーキンググループなどで虐待のリスクが指摘された場合にも虐待対応チームと連携して対応している.連携することにより,出産後も養育者に精神状態の不安定さが継続している場合などに支援体制を作ることができる.虐待防止委員会の連携体制に則り,小児医療部門を含む院内関係部署への周知,関与依頼を行う.具体的には,小児外来看護師,予定される入院病棟の看護師,子どもの受診する小児医療部門診療科の医師,保健師,医療ソーシャルワーカー,心理士,事務員など多職種にわたる連携を行う.また,関係機関と協力体制を作ることが重要となる事例では,保健センター,家庭児童相談室,児童相談所,保育所,幼稚園,学校などと連携して対応している.このようにシステムを作り多職種連携をすることにより,虐待予防の取り組みを行っている.

おわりに
 小児総合病院における,産科,精神科,小児科,外科,など多くの診療科,多職種による虐待予防の取り組みについて報告した.虐待ハイリスクと考えられる,社会的ハイリスクの妊婦,精神面の配慮を要する妊婦では,妊娠期からの評価・支援体制が重要であり,出産後も,周産期部門,小児医療部門など複数科,外来,病棟など複数部門,虐待対応チームなど院内での多職種連携,加えて院外との連携につながるシステムをいかに構築していくかが重要である.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) 三宅和佳子: 小児総合病院の精神科医の立場からみた児童虐待. 精神経誌, 119 (9); 628-633, 2017

2) 聖路加看護大学女性を中心にしたケア研究班編: EBMの手法による周産期ドメスティック・バイオレンスの支援ガイドライン 金原出版, 東京, 2004

3) 和田聡子: 産科医療機関でできる周産期メンタルヘルスケア―医療・保健・福祉の連携を目指した妊婦支援を考える―. 母子保健情報誌, 4; 32-36, 2019

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