Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第122巻第9号

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資料
岐阜県ひきこもり地域支援センターにおける相談記録の分析―どのようなひきこもりが相談につながっているか?―
西尾 彰泰1), 安田 照美2)
1)岐阜大学保健管理センター
2)岐阜県精神保健福祉センター
精神神経学雑誌 122: 658-665, 2020
受理日:2020年5月9日

 本研究は,岐阜県のひきこもり地域支援センターにおける新規相談者の記録を分析し,対象者の属性を明らかにするとともに,就労経験の有無,就労期間の長さに注目し,不登校経験や,学歴,精神科診断名の有無などの属性との関係を明らかにした.その結果,岐阜県ひきこもり地域支援センターに相談する者は,内閣府による調査や,他の自治体における民生委員などによる調査と比較して,若年・高学歴・不登校経験者に偏っていることがわかった.また,不登校経験者は,継続的な就労につながりづらく,外出さえしない者が多い傾向があった.また,23歳以上の対象者を分析すると,不登校経験者のおよそ半数(45.8%)は就労経験がなく,不登校経験がない者は,3年以上の就労経験を有する者が最も多かった.最終学歴との関係をみると,中卒者以外は,1年以上の就労経験をもつ者のほうが,まったく働いたことがない者よりも多かった.精神科診断名との関係では,3年以上就労した者に,精神疾患を有する者が最も多かった(12.2%).

索引用語:ひきこもり, 不登校, ひきこもり地域支援センター>

はじめに
 わが国において,全国的なひきこもりの実態に関する調査が行われたのは,内閣府による2009年の「若者の意識に関する調査(ひきこもりに関する実態調査)」5)が初めてである.この調査は,無作為に抽出された15~39歳の対象者5,000人に対して,調査員が調査用紙を訪問留置し,訪問回収するという方法によって実施された.この調査によればひきこもり状態にある対象年齢の者は,全国で69.6万人いると推定され,2015年に実施された同様の調査6)では,54.1万人と推定された.しかし,40歳以上のひきこもりが見逃されているという指摘を受け,2018年に,40~64歳の対象者5,000人に対しても同様の手法により調査7)が行われた.その結果,40~64歳のひきこもりは,全国で61.3万人と推定された.すなわち,2015年の調査とあわせれば,全国におよそ100万人規模のひきこもりがいると推定される.こうした状況に,政府も手をこまねいていたわけではない.厚生労働省では,従来から,精神保健福祉,児童福祉,ニート対策などにおいて,ひきこもりを含む相談などの取り組みを実施してきたが,2009年度からは,これらの取り組みに加え「ひきこもり対策推進事業」2)を創設し,ひきこもり対策の一層の充実に取り組んできた.「ひきこもり対策推進事業」の中核を占めるのは,ひきこもり地域支援センター設置運営事業である.これは,ひきこもりに特化した専門的な第一次相談窓口としての機能を有する「ひきこもり地域支援センター」を都道府県,指定都市に設置し運営する事業である.ひきこもり地域支援センターは,ひきこもりの状態にある本人や家族が,地域のなかでまずどこに相談したらよいかを明確にすることによって,より適切な支援に結びつきやすくすることを目的としたものであり,本センターに配置される社会福祉士,精神保健福祉士,臨床心理士などひきこもり支援コーディネーターを中心に,地域における関係機関とのネットワークの構築や,ひきこもり対策にとって必要な情報を広く提供するといった地域におけるひきこもり支援の拠点としての役割を担うものである.われわれがかかわっている岐阜県では,2016年6月に,県の精神保健福祉センター内にひきこもり地域支援センターを開設した.
 本研究の目的は,岐阜県のひきこもり地域支援センターにおける新規相談者の記録から,相談者の現状や,ひきこもりに至るまでの経過を明らかにすることである.また,対象者の就労経験の有無,就労期間の長さに注目し,不登校経験や,学歴,精神科診断名の有無などの属性との関係について分析を行う.さらに,上述の内閣府による調査や,地方自治体によって実施された民生委員などによるひきこもり実態調査と比較して,センターへの相談につながっている人,つながっていない人の属性についても明らかにする.われわれの知る限りでは,他県においても,ひきこもり地域支援センターの相談記録を分析した研究はない.ひきこもり地域支援センターの相談につながる人の属性を明らかにすることで,相談につながらない人の属性も明らかにすること,また,不登校経験や就労経験との関係を分析することで,今後必要な事業についての知見を得ることが,本研究のめざすところである.

I.方法
 2016年6月の岐阜県ひきこもり地域支援センターの開所から,2019年3月末までの来所相談のうち,新規相談者225人を対象とした.相談記録から,対象者の性別,年代,相談への来訪者,居住形態,来談時点でのひきこもり期間,最終学歴,不登校経験,最長就労継続年数,精神科受診歴,精神科診断名,行動範囲,およびひきこもりのきっかけに関する情報を収集した.ひきこもりのきっかけについては,ほとんどが家族からの聴取であり,正確なことは不明であるが,相談記録をもとに解釈した.おおむね次の13の分類が聴取されたので,いずれかに分類した.1)小中学校で不登校,2)高校で不登校・不適応・中退,3)大学・短大・専門学校で不適応・中退,4)短期での離職,5)精神疾患,6)会社倒産,7)就職失敗,8)(ある程度長く働いたのちの)職場での不適応,9)身体疾患,10)家族問題,11)再就職失敗,12)不明,13)その他.
 また,対象者の最長就労継続年数に注目し,A)就労経験なし,B)1年未満,C)1年以上3年未満,D)3年以上,E)不明,の5群に分類し,年齢,性別,来談時点でのひきこもり期間,不登校経験,最終学歴,精神疾患の有無,行動範囲について比較を行った.ひきこもりは,紆余曲折を経て通信制高校や通信制大学などに進学することが多く,進学実態はさまざまだが,4年制大学卒業年齢を1つの区切りとして,この項目の対象者は23歳以上とした.
 さらに,考察において,本調査で得られた対象者のデータと,内閣府による2009年と2015年に実施された15~39歳を対象とした調査,2018年に実施された40~64歳を対象とした調査,そして,長野県におけるひきこもり実態調査4)との比較を行った.長野県の調査を選んだのは,岐阜県と地理的条件が近いためである.なお,本研究は,岐阜県保健所等倫理審査委員会(承認番号 岐保倫032),および,岐阜大学医学研究等倫理審査委員会(承認番号2019-186)の承認を得ている.相談記録は,われわれが作ったガイドラインに従って,岐阜県ひきこもり地域支援センターの職員によってまとめられ,匿名化されたのち,われわれに提供された.

II.結果
 本調査における対象者の属性を表1に示す.平均年齢は,29.5±9.3歳で,うち男性が179人(79.6%),女性が46人(20.4%)であった.ほとんどの場合が,両親による相談であり(83.1%),居住形態も家族との同居が大半であった(94.2%).来談時点のひきこもり期間の平均は,不明の2名を除くと6.4±6.7年であった.最終学歴は高卒が最も多かったが(43.1%),大卒以上も24.0%いた.最長就労継続年数をみると,全体では37.3%の者は就労経験がなかったが,23歳以上の者に限れば,就労経験のない者は23.9%にとどまった.36.9%に精神科受診歴があり,そのうち55.4%が精神疾患と診断されていた.最も多い病名は気分障害であった.多くの者が外出しているが,家から出ないという者も27.1%に及んだ.
表2に,ひきこもりに至ったきっかけとして考えられることを示す.学校での不適応がきっかけと考えられる者が多く,小学校から大学まで含めると41.3%であった.なかでも大学や短大など高等教育機関における不適応が目立った.また,短期での離職を含めると,就職の失敗が17.8%と次に多かった.ある程度長く働いたのちに,ひきこもりに至るケースは14.7%であった.また,精神疾患や身体疾患がきっかけとなった者も9.8%いた.
 次に,23歳以上の対象者の最長就労継続年数と,年齢,性別,来談時点でのひきこもり期間,不登校経験,最終学歴,精神科診断名の有無,行動範囲との関係を表3に示す.対象者は,164人であった.3年以上就労したことがある者が最も平均年齢が高く,就労経験のない者が最も平均年齢が低かった.来談時点でのひきこもり期間は,就労が長く継続すればするほど短かった.また,不登校経験者のおよそ半数(45.8%)は就労経験がなく,不登校経験がない者は,3年以上の就労経験を有する者が最も多かった.最終学歴との関係をみると,中卒者以外は,1年以上就労した経験をもつ者のほうが,まったく働いたことがない者よりも多かった.精神科診断名との関係では,3年以上就労した者に,精神疾患を有する者が最も多く,次に1年以上3年未満,就労経験がない者と続いた.ほとんどのひきこもりは外出するが,就労経験のないグループに,外出しない者が突出して多かった(33.3%).

表1画像拡大表2画像拡大表3画像拡大

III.考察
 本報告は,相談者の属性を集計した簡単な報告を除けば,ひきこもり地域支援センターの相談記録を分析した初めての報告である.対象者が,すべて現在進行中のひきこもりであるため,「どのような人がひきこもりになるのか」 「ひきこもり期間が長くなるのは,どのような人なのか」という最も知りたい問いに答えることはできないが,それでも示唆に富む結果を得ることができた.まず,注目すべきは対象者の年齢の低さである.2015年に実施された15~39歳を対象とした内閣府の調査,2018年に実施された40~64歳を対象とした内閣府の調査をあわせて作成したひきこもりの年代別分布と,長野県で全県的に実施された民生委員・児童委員へのアンケート調査によるひきこもりの年代別分布をに示す.本調査の対象者の年齢は,内閣府調査と長野県での調査に較べて著しく低いことがわかった.他県のひきこもり地域支援センターの調査と比較すると,静岡県では,相談者のうち29歳以下が52.7%(2017年度)10),宮城県では29歳以下が73%(2017年度,南所を含む)3)と,同様に若い人が多かった.サンプル調査である内閣府による調査が最も実態に近いものと考えると,ひきこもり地域支援センターに相談に来る対象者は,若い世代に大きく偏っていることがわかる.一方で,長野県の調査は,中年以降のひきこもりを多く発見している4).これは,民生委員・児童委員の平均年齢が66.0歳と高齢の者が多いため8),調査者と比較的近い年代のひきこもりを発見しやすいと考えられる.また,他県での調査においても,10年以上ひきこもっていた者が39.3%(山梨県)12),40.1%(長野県)4),34%(島根県)9),42%(愛媛県)1)と高率であることから,民生委員・児童委員による調査では長期ひきこもりがより発見されやすいと考えられる.もっとも,民生委員などを活用した調査でのひきこもりの捕捉率は,0.13%(山形県)11),0.11%(山梨県)12),0.20%(長野県)4),0.15%(島根県)9),0.08%(愛媛県)1)と,内閣府による調査の1.58%(15~39歳),1.44%(40~64歳)と較べて著しく低いものであるから,民生委員などによる調査では,若い世代のひきこもりが捕捉され難いと理解するべきであろう.大学以上の卒業者が24.0%で,内閣府の調査では中退を含む最終進学先が大学以上の者が24.4%(15~39歳),23.7%(40~64歳)であることから,本調査の対象者は高学歴の傾向があるといえる.また,2015年の内閣府の調査では,ひきこもりの不登校経験は30.6%(15~39歳)であるが,これは小学校と中学校での不登校経験のみを数えている.2009年の調査では,不登校経験全体を数えており,23.7%(15~39歳)となっている.一方で,2018年の調査では,小学校から高校までの不登校経験を単純に足しても8.5%(40~64歳)にしかならなかった.この著しい差は,近年,社会が不登校を許容するよう変化していることに起因していると思われる.本調査では,不登校経験者は41.8%に及び,高い割合を示している.
 居住形態については,内閣府の調査では2.0%(15~39歳),10.6%(40~64歳)が独居であった.本調査では5.8%が独居であったが,比較的若い世代の相談が多いことを考えると,家族と同居している者に偏っているわけではなかった.
 ひきこもりのきっかけに関する分析は,ほとんど家族からの聴取であること,報告者の主観的な分類であること,ひきこもりのきっかけは重複的なものであることから,厳密な分析からはほど遠いものではある.しかし,他に類似の報告がないこと,ひきこもりのきっかけとなる各事象の大まかな割合を把握することは,ひきこもり政策を立案するうえで有用であると考えたので報告した.本調査によれば,学校での不適応がきっかけとみられる者が多く,小学校から大学まで含めると41.3%であった.なかでも大学や短大など高等教育機関における不適応が目立った.次に多かったのは,短期での離職を含めた就職の失敗であり17.8%を占めた.いずれにせよ,ひきこもり地域支援センターの相談者は,就学から就労へと至る過程での躓きに起因するものが圧倒的に多いことがわかった.内閣府の40歳以上への調査では,就労経験のないひきこもりは2.2%しかおらず,離職後何らかの理由でひきこもっている人が多数であることが想定されることを考えると,そうした人は,ひきこもり地域支援センターの相談につながっていない可能性が考えられた.
 次に,23歳以上の対象者における最長就労継続年数と,対象者の各種属性との関係について分析を行ったところ,年齢の高い者の最長就労継続年数が長く,最長就労継続年数が長いほど,来談時点でのひきこもり期間が短いことがわかった.これは,最長就労継続年数が長いほど,平均年齢が上がるにもかかわらず,「来談時点での」という条件付きではあるが,ひきこもり期間が短いことを意味している.就労経験が少ないほど,ひきこもりから脱出することに困難を呈することが客観的なデータで示されたといえるのではないか.また,不登校経験者のおよそ半数(45.8%)は就労経験がなく,不登校経験がない者は,3年以上の就労経験を有する者が多いことがわかった.最終学歴との関係をみると,中卒者以外は,1年以上の就労経験をもつ者のほうがまったく働いたことがない者よりも多かった.不登校経験のある者,低学歴の者が就労に困難を抱えることは容易に想像できる事態であり,この方面における支援が求められる.また,精神科診断名との関係では,3年以上就労した者に精神疾患を有する者が最も多く,次に1年以上3年未満,就労経験がない者と続いた.ある程度就労した後に,離職してひきこもる者たちのなかには,精神科医療的な支援が必要な者が一定数いることを念頭におかなければならない.
 まとめると,岐阜県ひきこもり地域支援センターへの相談につながっている者は,若年,高学歴者,不登校を経験した者が多い.これは,就学時から不適応を起こして就職に至らない,あるいは就職に至っても短期で離職してしまうという者に,親が強い危機感をもって相談に訪れるためと思われる.一方で,中高年になってからの離職に続くひきこもりや,若年時からの長期に及ぶひきこもりは,相談につながることが少ないと考えられる.

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おわりに
 本研究は,ひきこもり地域支援センターの相談記録を分析した初めての報告である.ひきこもり地域支援センターの相談の対象者は,ひきこもり一般集団のなかでも,若年・高学歴・不登校経験者が多いことがわかった.今後,ひきこもり地域支援センター事業を展開していくうえで,示唆に富むデータであろう.また,不登校経験者は,継続的な就労につながりづらく,外出さえしない者が多い傾向がある.不登校から,学歴を積み,ある程度長期的な就労を継続することができるまで,途切れのない支援が求められるのではないだろうか.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) 愛媛県保健福祉部健康衛生局健康増進課: ひきこもり等に関する実態調査結果. 2018 (https://www.pref.ehime.jp/h25500/seisin/documents/chousakekka0621.pdf) (参照2020-01-21)

2) 厚生労働省: ひきこもり対策推進事業. 2019 (https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/seikatsuhogo/hikikomori/index.html) (参照2020-01-21)

3) 宮城県精神保健福祉センター: 宮城県精神保健福祉センター所報, 第46号. 2018 (https://www.pref.miyagi.jp/uploaded/attachment/711194.pdf) (参照2020-01-21)

4) 長野県健康福祉部・県民文化部: 「ひきこもり等に関する調査」の結果について. 2019 (https://www.pref.nagano.lg.jp/chiiki-fukushi/happyou/documents/20190618press.pdf) (参照2020-01-21)

5) 内閣府: 若者の意識に関する調査(ひきこもりに関する実態調査). 2010 (https://www8.cao.go.jp/youth/kenkyu/hikikomori/pdf_gaiyo_index.html) (参照2020-01-21)

6) 内閣府: 若者の生活に関する調査報告書. 2016 (https://www8.cao.go.jp/youth/kenkyu/hikikomori/h27/pdf-index.html) (参照2020-01-21)

7) 内閣府: 生活状況に関する調査(平成30年度). 2019 (https://www8.cao.go.jp/youth/kenkyu/life/h30/pdf-index.html) (参照2020-01-21)

8) 日本総合研究所: 民生・児童委員の活動等の実態把握及び課題に関する調査・研究事業報告書. 2013 (https://www.jri.co.jp/MediaLibrary/file/column/opinion/pdf/6812.pdf) (参照2020-01-21)

9) 島根県健康福祉部: ひきこもり等に関する実態調査報告書. 2014 (https://www.pref.shimane.lg.jp/kenpukusomu/index.data/hikikomori-jittaityousa.pdf) (参照2020-01-21)

10) 静岡県: 静岡県精神保健福祉センター所報(平成29年度実績)No. 48. 2018 (http://www.pref.shizuoka.jp/kousei/ko-845/documents/syohou48.pdf) (参照2020-01-21)

11) 山形県子育て推進部: 平成30年度「困難を有する若者等に関するアンケート」調査報告書. 2018 (http://www.pref.yamagata.jp/ou/kosodatesuishin/010003/wakamonoshien/research/h30houkoku.pdf) (参照2020-01-21)

12) 山梨県福祉保健部: ひきこもり等に関する調査結果. 2015 (https://www.pref.yamanashi.jp/shogai-fks/hikikomori/documents/hikikomoritou_tyousa.pdf) (参照2020-01-21)

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