Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第122巻第6号

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総説
精神科における高齢者てんかん診療のこつを探る
田久保 陽司1)2), 根本 隆洋1), 渡辺 雅子3)
1)東邦大学医学部精神神経医学講座
2)済生会横浜市東部病院精神科
3)新宿神経クリニック
精神神経学雑誌 122: 411-423, 2020

 海外の疫学研究で高齢発症てんかんは小児と同等かそれ以上に多いことが明らかになり,日本の久山町研究でも65歳以上のてんかんの有病率は10.3人/1,000人と報告され,精神科領域でも遭遇する頻度が増している.高齢者てんかんは,てんかん病型分類では焦点てんかん,発作型分類では焦点意識減損発作が多い.全身のけいれんに至らないことも多く,てんかんの症状であると認識されていないこともあるので,本人・家族に対する慎重な問診と家族による発作症状のビデオ撮影が診断のために有用である.非けいれん性てんかん重積状態では軽度意識障害が遷延し,診断には脳波検査が重要となるが,抗うつ薬などの精神科治療で惹起されることがあることを念頭におく.焦点意識減損発作が認知症症状と誤診されることや,一過性てんかん性健忘という健忘発作をきたす特殊な病態もあるため,認知症との鑑別が必要となる.また,軽度認知障害の段階からてんかんを併存しやすいことや,てんかん性放電が認知症を進行させることも報告されている.そのため,てんかんは認知症との鑑別疾患だけでなく,併存疾患でもあり,悪化要因であるといえる.高齢者てんかんは治療反応性が良好で,適切な治療が有効であるのみならず,認知機能に対して保護的に作用する可能性がある.抗てんかん薬の選択において,酵素誘導系抗てんかん薬は他の薬剤との相互作用により薬剤性骨粗鬆症や脂質代謝異常の原因にもなりうるために,非酵素誘導系抗てんかん薬の使用を優先的に考慮すべきである.意識減損する発作は交通事故などの原因になりうるために,適切な診断治療は社会的にも意義深いが,てんかんと診断されることへの心理的背景にも配慮しつつ治療すべきである.

索引用語:高齢者てんかん, 認知症, 一過性てんかん性健忘, 脳卒中後てんかん, 抗てんかん薬>

はじめに
 てんかんが高齢者に好発することが近年知られ,日本の高齢化率の上昇もあり,精神科領域でも高齢者てんかんに遭遇する頻度は増している.高齢発症てんかんは適切な診断治療で良好な発作コントロールが得られることが報告されているが,認知症との鑑別を含め,診断に難渋することもある.てんかん発作は交通事故や転倒・受傷などの原因にもなりうるために,早期に適切な治療とケアをすることは臨床的のみならず社会的な意義も大きい.そのため,本論文では高齢者てんかんに特有な病態を含めて,疫学,診断,治療に関して概観する.
 なお,本文中および表中の略語は次のとおりである.
 CBZ:carbamazepine, CLB:clobazam, CZP:clonazepam, DZP:diazepam, ESM:ethosuximide, GBP:gabapentine, LCM:lacosamide, LEV:levetiracetam, LTG:lamotorigine, PB:phenobarbital, PER:perampanel, PHT:phenytoin, PRM:primidone, TPM:topiramate, VPA:valproic acid, ZNS:zonisamide.

I.ILAEてんかん分類2017
 国際抗てんかん連盟(International League Against Epilepsy:ILAE)は2017年に新しいてんかん分類を発表した.てんかん診療において重要な変更点もあるために,高齢者てんかんの本論に入る前に簡単に概説する.
 大きな変更点として,診療環境が異なってもてんかんを分類できるように「発作型」診断,「てんかん病型」診断,「てんかん症候群」診断の3つのレベルで診断を行うことになった.また,原因遺伝子の解明や自己免疫機序のてんかん発症への関与が知られるようになり,6つの「病因」診断も組み入れられた.新てんかん分類では可能な限り3つのレベルすべての診断を追求し,同時に個々のてんかんの病因検索を行うべきとされた29)図1).
 発作型分類をみると,旧用語における「部分(発作)」は「焦点(発作)」,「単純部分発作」は「焦点意識保持発作」,「複雑部分発作」は「焦点意識減損発作」に用語が変更となった10)図2).「良性」という用語は,長期に持続する認知機能への影響や心理社会的影響を考慮し,「自然終息性」と「薬剤反応性」という用語に置き換わった.また,てんかんは知的障害や自閉スペクトラム症,うつ病などを併存することがあり,その適切な診断治療が重要であることから「併存症」の記載も重視された29)
 本論文における用語は新しいてんかん分類に準拠して記す.

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II.高齢者てんかんの特徴
1.高齢者てんかんの疫学
 米国ミネソタ州におけるてんかんの年間発症率は70歳代では10万対100,80歳代では10万対173と,全年齢平均の10万対44と比較し,高齢者により高率にてんかんが発症することが判明した13).この報告を端緒に,これまで小児期に発症しやすいと考えられていたてんかんが,高齢者においても注目が集まるようになった.同様の傾向はスウェーデンやアイスランドなどの別の地域における海外の疫学調査でも確認された8)11)25)図3).高齢化による,高齢者てんかんの経時的な増加もフィンランドにおける調査で明らかとなっている31)
 日本の疫学調査34)は,福岡県久山町の40歳以上の住民3,333人(40歳以上の久山町住民4,679人のうち調査に同意の得られた者,住民の71.2%)を対象として行われ,2019年に発表された.65歳以上のてんかんの有病率は10.3人/1,000人で,40~64歳(3.6人/1,000人)と比較して約3倍であり,日本の高齢者てんかんの有病率の高さが確認された.てんかん患者の57%は65歳以上で初回の発作を経験しており,日本における高齢発症てんかんの多さも示唆されている.日本の高齢化は急速に進み,1994年には14%であった高齢化率(総人口に占める65歳以上人口)は2017年には27.7%に達しており21),今後もさらなる高齢発症てんかんの増加が推測される.2017年の日本の65歳以上人口は3,515万人であることから,久山町研究の有病率から考えると日本には30万人以上の65歳以上のてんかん患者が存在していると推計される.

2.高齢者てんかんの診断
 てんかんの概念的定義によると「24時間以上の間隔で生じた2回の非誘発性発作」が認められた場合にてんかんの診断がなされることとなっていたが,2014年にILAEは2回の非誘発性発作の基準を満たさない状況にも対応できるようてんかんの実用的定義を発表した9).それは「1回の非誘発発作でも再発リスクが高いと判断できる場合にはてんかんと診断できる」というものである.
 Ramsay, R. E. ら26)は高齢者の初回発作後の再発率が66~90%と高いことを報告し,実用的定義を鑑みると,高齢者は初回発作の後の再発リスクが高いと考えられ,1回の非誘発発作でも治療の開始を検討すべきである23).特に,原因となる頭蓋内病変やてんかん性放電が明らかとなった場合には治療を開始することが望ましい.
 てんかんの診断において脳波検査が重要であるが,高齢者てんかんは発作間欠期のてんかん性放電の捕捉率が低い.繰り返し検査を行うか睡眠時脳波を確認すると捕捉率が上がるが,てんかん性放電が検出されないことも少なくない.そのため脳波検査のみならず,発作症状による診断が肝要である.実際の診察室で直接発作症状を観察することは稀で,問診にも限界がある.スマートフォンなどで簡便な動画撮影が可能となったこともあり,てんかんが疑わしい場合に家族に発作時の動画記録をしてもらうことは診断価値の高い情報になりうる39)

3.高齢者てんかんの臨床像
 高齢発症てんかんの66%は側頭葉てんかんであり33),最もよくみられる発作型は焦点意識減損発作(43%)である27).そのため,日常診療においては側頭葉てんかんによる発作症状をまず念頭におく.先行する焦点意識保持発作として,上腹部不快感や幻嗅,既視感や未視感などが出現することがあり,自覚症状の問診が重要である.高齢者の発作症状の特徴として,無動や動作停止のみということもあり,自動症を伴うことは比較的少ない.発作後にはもうろう状態をきたしやすく,遷延しやすい.発作症状やもうろう状態が家族には認知症症状と誤解をされることも多いため,「一点を凝視したまま,呼びかけに応じず,口をもぐもぐさせたり,同じ動作を繰り返したり,その後周囲を無目的に歩き回ったりすることはないか」と具体的に確認するなど問診上の工夫も重要である.高齢患者においててんかんを疑うべき症候として表1のような臨床像が挙げられており3),疑わしい場合には診断のための積極的な情報収集を行う.

4.高齢者のてんかん重積状態
 高齢者は重積状態を呈しやすいといわれ,けいれん重積状態(convulsive status epilepticus:CSE)と非けいれん性てんかん重積状態(non-convulsive status epilepticus:NCSE)のどちらも多い39).NCSEは,脳の過剰な興奮による,けいれんを伴わない持続性発作と定義されており,疾患名ではなく状態像である.NCSEはてんかん以外において,急性脳症などの重篤な脳器質性疾患を背景として生じることもあれば,抗精神病薬や電解質異常による意識障害の程度が軽いものも含む.重篤な脳器質性疾患を背景としたNCSEでは原疾患の治療が優先されるが,後者のタイプのNCSEにおいては慢性反復性に見当識障害や反応性の低下をきたす.高齢者はてんかんでなくてもNCSEに陥りやすい.Taniguchi, G. ら35)は高齢者で治療用量の抗うつ薬使用によるNCSEが認められた3症例を報告しており,うつ病性昏迷など精神症状の悪化との鑑別の重要性が示唆されており,精神科診療で遭遇する可能性がある.NCSEは脳波検査を行わないと診断が困難なことがあり,高齢者の変動する認知機能低下を認めた場合には脳波検査を検討すべきである.

5.高齢者てんかんの病因
 高齢者てんかんの病因として脳血管疾患,外傷,脳腫瘍,認知症などが挙げられるが,最も多いのは脳血管障害であり26),30~50%を占めるとされ,日本の疫学調査34)でも病因の48%は脳血管障害であった.次に多いのがアルツハイマー型認知症をはじめとする変性疾患であり,病因の確認された群のうち20%を占めている26).一方で明らかな病因が見つからない例も多く33),それらは近年特に研究が進んでいる.
 その1つとして自己免疫機序が関与するてんかんが注目されるようになり,亜急性から慢性に経過することや,症状がてんかん発作のみや精神症状のみの場合もあることから,他疾患と診断され治療されていることも少なくない.自己免疫性脳炎は辺縁系脳炎の病像を呈し,焦点意識減損発作のほか,記銘力低下・行動異常・精神症状などを伴うことが多いとされる28).自己免疫性脳炎を惹起する自己抗体の代表的なものとして,抗NMDA受容体抗体や抗VGKC抗体などがあり,VGKCを構成する蛋白のLGI1やCASPR2は特に辺縁系脳炎との関連が深いことが知られている36).3秒以内の片側顔面・上肢の頻回で常同的なジストニー発作をfaciobrachial dystonic seizure(FBDS)といい,自己免疫性脳炎で認められることがあり,前述の抗LGI1抗体脳炎で特異的とされている.
 2つめに,扁桃体腫大もてんかんの病因として注目されている.扁桃体腫大を伴う内側側頭葉てんかんは中年期以降に発症することが多いとされ,薬剤に対する反応性が比較的良好であり,治療でMRI上扁桃体腫大の改善を認めるなどの報告もあるが,まだ十分に解明されていない点もある.扁桃体腫大は前述の自己免疫機序との関連も示唆されている18)

図3画像拡大
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III.高齢者てんかんの特徴的な発作と鑑別疾患
1.一過性てんかん性健忘
 特殊なてんかん性の発作として一過性てんかん性健忘(transient epileptic amnesia:TEA)があり,記憶障害を主訴に来院した患者では認知症との鑑別で重要である.1998年にZeman, A. ら40)は「頻回に目撃された健忘発作で,その他の認知機能は正常であり,発作がてんかんによると考えられるもの」をTEAとして表2に示す診断基準を提唱している6)
 Butler, C. R. ら5)の50例の報告によると,TEAの発症年齢は平均62歳,頻度は平均月1回で持続時間は平均30~60分とされ,その健忘発作の特徴としては睡眠からの覚醒時にみられやすく(74%),断片的な記憶の喪失(56%),繰り返しの質問(50%),幻嗅(40%),自動症(36%),動作停止(24%)がみられ,けいれん発作は少ないとされる.また,TEAも抗てんかん薬による治療反応性は良好(96%)であり,治療可能な病態である.
 TEAは健忘発作以外にも特徴的な3つの記憶障害を併存するといわれる6).その記憶障害は,①長期記憶の忘却加速(accelerated long-term forgetting):新たに記憶したことが数週間のうちに急激に失われてしまう,②自伝的記憶の健忘(autobiographical amnesia):遠い過去に経験した重大な個人的記憶が失われてしまう,③地誌的記憶の健忘(topographical amnesia):馴染みのある場所でさえもわからなくなる,というものである.上記の記憶障害の特徴が認められた際にはてんかん性の病態を鑑別する.健忘発作およびこれらの特徴的な記憶障害の病態は不明であるが,抗てんかん薬治療で著明に改善することから,神経細胞の過剰放電に基づくものであると考えられている.

2.高齢者てんかんとの鑑別疾患
1)失神
 失神の発生率は70歳以上で著しく増加する.高齢者が一過性意識消失発作を主訴に来院した場合,致死性を考えると失神の鑑別は重要である22).失神とてんかんの発作時状況は類似しているため,その鑑別には困難を伴うが,表3に示すような鑑別点に注目して詳細な病歴聴取を行う.発作時のけいれんは失神でもてんかんでも観察されるため,それだけでは鑑別にならないが,顔面蒼白は失神に特徴的であり,他方自動症があればてんかんの可能性が高くなる.前兆に着目すると失神では眼前暗黒感が認められるが,側頭葉てんかんでは既視感や腹部上行感などの焦点意識保持発作を自覚することがある1)
2)急性症候性発作
 急性症候性発作はしばしば救急領域で認められるけいれん発作である.急性期脳卒中,脳炎,代謝異常,電解質異常,感染症,薬物中毒・離脱などの急性疾患でけいれん発作が認められるときには,慢性疾患としてのてんかんとは区別される.原疾患の病態が落ち着けばけいれん発作も軽快することがあるため,原疾患の究明と治療が優先される15)
3)REM睡眠行動障害
 高齢期に生じやすいREM睡眠行動障害はしばしば焦点意識減損発作との鑑別で重要である.共通点としては夜間の行動異常をきたすことであるが,焦点意識減損発作の場合は反応性が保たれず,発作終了後にそのときのことを覚えていない.しかし,REM睡眠行動異常の場合は反応性が保たれているために,覚醒させることができ,後に自身の行動を振り返ることができる点で異なるとされる.

表2画像拡大表3画像拡大

IV.認知症との関連
1.認知症との併存
 認知症はてんかんの合併率が一般人口と比して高いといわれており,なかでもアルツハイマー型認知症(Alzheimer's disease:AD)の経過中に発作を呈する危険率は同年齢人口の6~10倍である14).Beagle, A. J. ら2)の報告では,ADとレビー小体型認知症(dementia with Lewy bodies:DLB)でそれぞれ発作の出現率は13.4%,14.7%とされ,DLBでは認知症の進行に伴って発作発現率が上昇していくという特徴があった.前頭側頭型認知症(frontotemporal dementia:FTD)では発作出現率が3.0%とAD,DLBと比較しててんかんの発病率は低い.
 ADとてんかん関連の研究は進んでおり,Vossel, K. A. ら37)によるてんかんを併発したAD 35人の調査では,ADの発症を基準とすると77%はAD発症と同時ないしはそれよりも早期にてんかんを発症していた.他方,何らかの認知機能低下が始まった時期を基準とすると91%が同時ないしはその後にてんかんを発症していた.また,てんかん発症時のMini-Mental State Examination(MMSE)得点が24点以上とカットオフを超えていたのは患者のなかで57%であった(図4).以前は,てんかんは認知症の末期になって初めて出現すると思われていたが,実はそうではなく,認知機能低下が認められ始めてからADの発症までの間にてんかんの発症が多いことが明らかにされた.
 ADでのてんかん性活動の増加を示唆する根拠としては,Lam, A. D. ら16)による症例報告が興味深い.AD患者で頭皮上脳波と頭蓋内の卵円孔電極を同時に記録したことで,頭皮上脳波では認められていない海馬領域のてんかん性放電が卵円孔電極で認められたのである.つまりは,AD患者において頭皮上脳波では捉えられていないだけで,実は海馬の過活動が始まっており,ADの病因に関係している可能性が示唆されている.VosselとLamの報告からは軽度認知障害からAD発症までの時期に海馬の過活動が起こり,てんかんの発症が増加することが示唆される.

2.てんかんが認知機能に与える影響
 Vosselら38)はAD患者を対象として,てんかん性放電が認知機能に与える影響に関しても調査をしている.長時間ビデオ脳波と脳磁図でてんかん性放電が補捉されたAD群とてんかん性放電を伴わないAD群を比較すると,てんかん性放電を伴う群ではMMSE得点の経時的な低下が顕著であった(3.9点/年vs. 1.6点/年,P=0.006).そのため,てんかん性放電はAD患者の認知機能低下の進行を早めることが示唆されている.
 続いて,てんかん性放電を治療した場合の認知機能の変化をShiozaki, K. ら30)が報告した.50人の認知機能障害に脳波上でてんかん性放電を伴う患者を対象として,抗てんかん薬投与前後でのMMSEの変化を記録した.結果として抗てんかん薬治療で6割の患者のMMSE得点が上昇し,特にSerial 7のスコアで有意な上昇がみられた.Serial 7は注意力を基盤とした計算能力を反映しており,てんかん性放電が治療されたことで注意力の回復をもたらしたと考えられている.てんかん性放電が正常な脳機能を妨げ,認知機能障害をより進行させる増悪因子であると考えられ,適切な治療は認知機能に対して保護的に働く可能性がある.
 上記からてんかんは認知症との鑑別疾患だけでなく,併存疾患,悪化要因であることがいえる.

図4画像拡大

V.高齢者てんかんの治療
1.高齢者の抗てんかん薬治療
 高齢者では薬物代謝が加齢により低下・遅延し,一般に加齢に伴いてんかん原性は低下すると考えられ,投与量は少なくても発作抑制効果が得られることが多い.そのため,標準的な成人の投与量よりもかなり少なめの量(1/4~1/2)で開始し,十分な時間をかけて漸増し,少量で維持していく.

2.高齢者てんかんの予後
 てんかんの発症年齢別の発作消失率の研究19)では,20歳未満発症では65%の発作消失がみられ,20~64歳では53%,65歳以上は85%と,高齢発症てんかんの治療反応性は極めて良好である.日本のTanaka, A. ら33)の65歳以上で発症した高齢者てんかん患者54人の経時的調査でも,抗てんかん薬治療で96%は1年間の発作消失が維持されている.

3.抗てんかん薬の酵素誘導作用
 高齢者の抗てんかん薬治療においては,他の身体合併症の治療薬との相互作用を考慮した薬剤選択が必要不可欠である.酵素誘導系抗てんかん薬であるPHT,CBZ,PB,PRMは,肝臓でチトクロムP450(CYP)やグルクロン酸抱合を誘導することが知られている.これらの薬剤は併用している他の抗てんかん薬に与える影響だけでなく,抗てんかん薬以外(Xa阻害薬,抗血小板薬,ワルファリン,スタチン,アセトアミノフェン,プレドニゾロン,カルシウムチャネルブロッカーなど)との相互作用もあり,併用薬の代謝を促進し効果を減弱させる.精神症状を合併したてんかん患者では,抗うつ薬や抗精神病薬を併用することがあるが,酵素誘導系抗てんかん薬はこれらの薬剤の効果も減弱させるために注意が必要である.酵素誘導系抗てんかん薬が向精神薬の血中濃度に与える影響を表4に示す20)
 また,酵素誘導系抗てんかん薬によるCYPの誘導は肝臓の活性型ビタミンD〔1,25-(OH)2-D3〕の異化を亢進させ,薬剤性骨粗鬆症をきたす.同様にCYPはコレステロール産生を増加させるため脂質代謝異常のリスクにもなり,虚血性心疾患や脳血管障害を増加させる4).そのため,酵素誘導系抗てんかん薬の高齢者への処方は勧められない.
 LTG,TPM,CZPは酵素誘導作用と阻害作用両方を有するといわれ,LEV,ZNS,GBP,CLB,ESM,LCM,PERは酵素誘導作用のない非酵素誘導系抗てんかん薬である.高齢者は合併症が多い,もしくは後に発症してくる可能性が高いことから非酵素誘導系抗てんかん薬が高齢者てんかん治療にもたらした恩恵は大きい.てんかん診療ガイドライン201823)でも,合併症・併存症のある高齢者の焦点てんかんにはLEV,LTG,GBPが推奨され,酵素誘導系であるCBZは外されている.最近の高齢者てんかんの薬物治療のメタアナリシス17)では,LTGとCBZの比較では有効性には差がないもののLTGは忍容性が高く,LEVとLTGの比較ではLEVのほうが良好な発作抑制が得られる可能性があると報告されている.ただし,LTGによる重症薬疹には十分に留意すべきである.

4.抗てんかん薬の副作用
 抗てんかん薬に共通の副作用として,眠気,ふらつき,集中力の低下などが挙げられ,近年のシステマティックレビュー12)では高齢者の抗てんかん薬使用と転倒との関連が報告されている.転倒はADLを著しく損なう原因となりうるため注意を要し,高齢者にはベンゾジアゼピン系の抗てんかん薬(CLB,CZP,DZP)は避けるべきである.
 抗てんかん薬が認知機能に与える影響を鑑みると,抗てんかん薬の定期的な服用で認知症発症のリスクが有意に増加する(調整済みodds ratio=1.28,95% confidence interval=1.14~1.44)と報告され,認知機能への悪影響があると知られる抗てんかん薬(PB,PRM,PHT,ESM,CZP,CBZ,VPA,TPM,ZNS)では特にそのリスクが高い32).高齢者の抗てんかん薬選択には副作用としての認知機能低下も考慮する必要があり,認知機能に悪影響がないと知られる抗てんかん薬(LTG,GBP,LEV,LCM)の使用を考慮する.

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おわりに
 精神科領域では,高齢者の精神科疾患(不安障害,うつ病,精神病エピソード)はてんかんやその併存症と鑑別を要する.精神科疾患として治療を受け,長期間難治に経過していたが,実はてんかんの症状であったということも少なくない24).多くの抗精神病薬はけいれん閾値を下げることも知っておくべきである.
 近年,高齢者の自動車事故が数多く報じられており,もちろんそのすべてではないが,その原因の一部にてんかん発作が含まれている可能性は考えられる.てんかん患者で自動車事故のリスクが上昇することも報告されており7),適切な診断は社会的にも意義が深い.
 最後に,高齢者では特にてんかんに対しての認識や診断されることによる心理的負担もさまざまである可能性があり,診断告知の際には心理社会的側面に寄り添うことが重要であることを忘れてはならない.
 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

 編注:第115回日本精神神経学会学術総会教育講演(演者:渡辺雅子)をもとにした総説論文である.

 謝 辞 本稿は,第115回日本精神神経学会学術総会での教育講演(渡辺雅子:精神科における高齢者てんかん診療のこつを探る)をもとに作成したものである.
講演の機会をいただいた,学術総会会長の染矢俊幸教授(新潟大学大学院医歯学総合研究科精神医学分野)に心より感謝申し上げます.また当論文作成にあたり,ご指導をいただいた水野雅文教授(東邦大学医学部精神神経医学講座)に深く御礼を申し上げます.

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