Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第122巻第5号

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特集 近年の自然災害から学ぶ精神保健医療支援の実際―身近な地域での災害発生に備えて―
北海道胆振東部地震における災害時精神保健医療活動
岡崎 大介
北海道立精神保健福祉センター
精神神経学雑誌 122: 370-377, 2020

 2018(平成30)年9月6日に発災した胆振東部地震は,マグニチュード6.7,最大震度7で,多くの人的被害と山林などの土砂崩れなどの被害のほか,北海道のほぼ全域にわたる停電をもたらした大災害であった.北海道は,発災直後から災害時精神保健医療活動を行った.被災者(住民)を対象とした精神保健医療活動は,発災後も平時と同様の精神科医療機能が保たれ,DPAT活動は短期間で収束したが,現在まで町の保健活動の一環としての心のケアに対する技術支援を継続して行っている.また,被災自治体職員を対象とした精神保健活動についても,定期的に出向き,職員の個別面接や健康教育などを行ってきた.北海道は,DPATの体制整備の遅れがあり,初動期の行動手順や連絡体制について混乱があったほか,他県への派遣要請を余儀なくされた.しかし,この1年あまりの活動を振り返ると,広い地域である北海道ならではの課題もみられた.今後は,次なる災害に対応できる体制整備を,北海道庁障がい者保健福祉課精神保健グループや関係機関とともに進めていきたいと考えている.

索引用語:精神保健, DPAT>

はじめに
 2018(平成30)年9月6日午前3時7分に発災した胆振東部地震は,マグニチュード6.7,最大震度7で,死亡42名,重傷者47名〔2019(平成31)年3月6日,北海道危機対策課)〕の人的被害をもたらし,山林などの土砂崩れ(山腹崩壊など)のテレビ映像も衝撃的であった.また,北海道で使用される電気の半分を供給していたとされる苫東厚真発電所の運転停止により,北海道のほぼ全域約295万戸で停電が起きた(ブラックアウト)ことで,いわば北海道全域の精神科医療機関が巻き込まれた大災害でもある.
 発災から1年あまりになるが,これまでに北海道が行ってきた災害時精神保健医療活動について考察を加えて報告する.

I.被災者(医療機関・住民)支援
1.北海道DPAT活動(9月6日~)
 胆振東部地震における災害派遣精神医療チーム(Disaster Psychiatric Assistance Team:DPAT)活動は,表1のとおりである.
 発災から約1時間後には,北海道庁障がい者保健福祉課精神保健グループ(以下,本庁)に,北海道DPAT調整本部(以下,調整本部)を立ち上げ,精神科病院の被災状況や食料や薬剤などの備蓄状況の確認,庁内やDPAT事務局などとの調整作業を行った.一方,北海道では,DPATを2013(平成25)年より地域防災計画に明記していたものの,運営要綱や活動マニュアルなどの整備が停滞し,人材育成(DPAT研修の開催など)も行われてこなかったため,登録体制がなく,DPAT先遣隊についても未整備であった.このため,発災当日午前にDPAT事務局に対し,DPAT先遣隊派遣要請を行った.この要請に,多数の県が応じ,派遣準備を進めていただいたが,北海道内のいずれの精神科医療機関も被害は少なく,診療機能を維持できており,患者の搬送などの支援は不要で,結果として岩手県および秋田県チームのみの派遣となった.両県のDPAT先遣隊は,発災翌日の7日に道庁に到着し,8日より現地活動が開始された.現地活動については,現地拠点本部を設けなかったため,DPATへの指示は調整本部が担ったが,これでは指揮命令系統が不安定であり,活動中のチームに負担をかけたと振り返っている.そのようななか,各チームによって急性期における精神保健医療活動が行われた.
 また調整本部業務については,発災直後の数日間は,ブラックアウトからの復旧時期でもあり,人的・建物など被害が甚大だった地域だけでなく,北海道内すべての精神科医療機関の(食料や薬剤,燃料などの備蓄も含めた)被災状況などの確認が必要となった.停電が日単位で続いた医療機関では,広域救急医療情報システム(Emergency Medical Information System:EMIS)による被災状況の入力は困難であり,未入力や更新の停滞がみられた.このため,調整本部ではこれらの医療機関に対して,電話による確認と入力代行を行った.また,厚生労働省主管課やDPAT事務局からの状況確認・報告に対しては,DPAT事務局からの派遣職員による支援が得られた.
 9月13日には,DPATの統括業務を担っていた本庁医療参事が現地に出向き,被災状況や精神科医療機関の状況を確認したところ,家屋の損壊やライフラインの断絶などによって避難所生活を余儀なくされている被災者が多く存在すること,精神科医療機能は平時と同様に維持されていることなどが把握された.このため,今後必要とされる支援については,災害精神科医療ではなく,災害後のメンタルヘルスケア(健康管理)と考え,9月15日をもってDPAT活動を終了とし,心のケアチーム活動に改編した.

2.心のケアチーム活動(9月15日~)
 心のケアチーム活動への改編にあたり,調整本部や各活動チーム,現地他チームとの連絡調整などを目的に,現地拠点本部を東胆振東部3町医療救護保健調整本部がおかれていた厚真町総合ケアセンターゆくりに設置し,図1の体制とした.
 各活動チームは,東胆振東部3町(厚真町,むかわ町,安平町.以下,被災3町)において,被災者の被災による精神的ダメージと避難所生活の長期化に伴う心労など,心のケアを必要とする方々の相談支援を実施し,特に子どもたちへの心のケアを手厚くするために,子どもを対象としたチーム(子どもの心のケア班)を派遣した.また,東胆振東部3町医療救護保健調整本部の調整のもと,日赤心のケア班などと連携し,心のケアに従事した.
 心のケアチームにご協力(人員派遣)いただいた機関,チームの活動期間は,表2のとおりである.北海道の機関だけでなく,札幌市内の2大学(医学部精神科)や被災地域周辺の精神科医療機関などのご協力をいただいた.また子どもの心のケア班については,北海道児童青年精神保健学会の全面的な協力が得られ,2019(平成31)年度3月末までの活動となった.どちらのチームも,時間経過とともに支援ニーズが縮小し,それに合わせて派遣回数を減らし対応した.また,現地拠点本部についても10月10日に撤収し,10月11日以降は本庁が,現地との調整を実施した.
 心のケアチームについては,のべ10チームが活動し,「地震を思い出し,眠れない」「訳もなく涙が出る」「ちょっとした物音に過敏に反応する」といった個別相談に対応した.また子どもの心のケア班については,個別相談のほか,保育士や保護者などに向けた講話などの集団支援を行った.

3.その後の被災者(住民)支援
 心のケアチームで対応した事例については,被災地域の支援者(町の保健部門など)に情報提供し,町保健師らによる「住民の健康管理」の一環としての「心のケア」に引き継いだ.私ども北海道立精神保健福祉センター(以下,精保C)は,定期的に被災3町を訪問し,必要に応じて3町の被災者(住民)支援に対し,苫小牧保健所と連携し,継続した支援を行っている.その一環として,2019年3月25日には,岩手医科大学医学部神経精神科学講座の大塚耕太郎教授らを講師として,被災3町職員や苫小牧保健所職員らを対象とした災害後精神保健活動研修会を開催した.また,2019(令和元)年11月15日に苫小牧保健所が開催した東胆振東部3町自殺対策計画策定にかかる検討会において,災害後のメンタルヘルス課題と今後の対策について助言などを行った.

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II.被災自治体職員支援
1.発災早期の取り組み
 発災翌日の9月7日以降,保健師活動報告などにおいて,各町職員の疲労や住民対応の苦労についての記述があり,保健所および災害時健康危機管理支援チーム(Disaster Health Emergency Assistance Team:DHEAT)では,発災早期から町職員支援が必要であると判断していた.このため,保健所およびDHEAT,本庁,精保Cは,9月13,14日に被害の大きかった被災3町の町長,副町長に対し,職員のメンタルヘルスを視点においた休養確保の必要性を説明するとともに,日赤心のケア班と連携し,職員トイレへのリーフレット掲示やリラクゼーションルームでのリーフレット配布などを実施した.また,その後10月にかけて,北海道心のケアチームは,被災3町の幹部職員や職員健康管理担当者などと,各町職員の業務状況,健康状態を共有し,職員支援の方策などの協議を行った.その結果,厚真町,むかわ町では,職員の個別面接を実施することとなり,安平町での具体的取り組みについては今後改めて検討していくこととなった.また,その後の町職員支援は精保Cが担当することとなった.
 一方,静内保健所管内・千歳保健所管内市町村職員については,各保健所を通じてその状況を把握し,引き続き保健所から市町村に対して職員支援についての声かけを行うよう依頼した.ある市町村の職員支援の課題について外部からの情報があったが,確認をしたところ,早期からすでに体制が構築され,対応されていた.

2.厚真町,むかわ町における個別面接(健康チェック)
 厚真町,むかわ町職員に対し,精保C職員(医師および保健師)による個別面接(健康チェック)を行った.
 各町の実施状況は,以下のとおりである.
1)厚真町実施状況
 対象:こども園を除く全職員.
 全体調整:町総務課主幹.
 実績:10回(10月4日~11月19日),計94名に実施.開始当初は,業務を抜けることが難しい職員が散発していた.
 要注意者状況:疲労蓄積,高血圧(治療中断),心身症症状など.
 事例管理:管理方法の検討が不十分であり,要注意職員のタイムリーな情報共有が一部困難であった.
 事後支援:2019年2月以降,要注意者などに対し継続的に実施.また,同年3月から,生活支援相談員(life support adviser:LSA)を支援対象に追加し,面接を実施.
2)むかわ町実施状況
 対象:災害,危機管理対応部署・担当者から選定(その他の職員に対しては,町委嘱心理士が実施).
 全体調整:衛生管理者である保健師(主幹職).
 実績:5回(うち穂別地区2回,10月15日~11月27日),計82名に実施.職員の流れは比較的スムーズであった.
 要注意者状況:疲労蓄積,高血圧(治療中断),飲酒量増加,11月末まで休暇未取得など.
 事例管理:面接実施後,全体調整者(衛生管理者)とカンファレンスを行った.
 事後支援:2019年3月以降,要注意者などに対し継続的に実施.

3.安平町職員支援
 11月に安平町に出向き,職員のメンタルヘルスや健康状況について,町総務課担当者,衛生管理者からのヒアリングを実施し,今後の職員支援について協議を行った.その結果,町長など特別職を含む課長以上の職員を対象にメンタルヘルスに関する講話を実施することとなり,11月21日に著者(精保C所長)を講師として,震災後のメンタルヘルスケアと支援者支援についての講話を行った.また,精保Cが町職員を対象にメンタルヘルス支援を継続して行うことや,相談先,リラクゼーション呼吸法を記載したリーフレット(図2)を全職員に配布した.
 年度が変わった後の5月下旬に改めて個別面接(健康チェック)の実施について協議・検討したところ,全職員を対象に実施することとなった.
 安平町では,他の2町と同様の医師および保健師の面接のほか,作業療法士(2019年1月より欠員補充)によるリラクゼーションルーム(ホットパック,ハンドマッサージ,ストレッチ法,呼吸法の情報提供などを実施)を設置し,計9回(6月17日~7月16日),計127名に実施した.被災後,時間が経過しており所管している業務による職員間の負担感の差が存在しているなどの課題がみられたが,面接の流れはスムーズであった.面接実施後に,全体調整者である総務課担当者とカンファレンスを実施し,要注意者などの情報共有を図った.事後面接については,11月から行っている.

4.健康教育など
 被災後1年を前にした8月,被災3町の全職員向けに記念日反応について記載されたリーフレット(図3)を配布した.また,8~10月にかけて,メンタルヘルスに関する健康教育を町ごとに実施した.全職員が聴講できるように1回あたりの時間を被災3町それぞれで調整(30~90分)し,同様の講話を複数回実施したほか,講話内にリラクゼーションの時間を組み入れた町もあった.

図2画像拡大
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III.考察
1.DPATなどの体制整備について
 北海道南西沖地震〔1993(平成5)年〕以降,北海道では精保Cが中心となり,災害時こころのケアチーム活動が行われてきた.しかし既述したように,胆振東部地震発災時においては,DPAT体制整備はほとんど進んでいなかった.このため,発災直後の初動期には,行動手順や連絡体制の面で大きな混乱があった.また,人材育成がなされておらず,他県へのDPAT先遣隊派遣要請を余儀なくされたほか,道DPATは1チームしか編成できなかった.
 この状態では,今後発生する災害の被害状況によっては,必要な支援を十分に届けることができない.その対策のため,胆振東部地震以降,本庁が事務局となり計4回のDPAT検討会議を開催し,北海道DPAT設置運営要綱(案),北海道DPAT活動マニュアル(案)を協議している.また,11月23日にはDPAT研修を開催した.
 今後は,DPAT編成・登録を進めていくが,広い地域である北海道のどの地域での発災にも対応可能な地域偏在の少ない体制整備が必要である.また,行動手順や連絡体制などの不備,経験不足を補えるよう,発災を想定した訓練への参画が必要である.
 一方,被災地における精神科医療機関の診療機能が平時と同様に保たれている場合においては,胆振東部地震と同様に心のケアチームが編成される可能性が考えられる.このため,心のケアチーム派遣の体制整備についても検討する必要がある.

2.精保Cの体制整備について
 被災3町は,広い地域である北海道において面積は1.6%であり限定的で,人口は0.4%と人口密集地ではない.一方で,全道域の停電は比較的早期に復旧したため,大部分の地域では,被災の影響を短期間で乗り越えた.これは,発災後早期に復興ギャップを生み,全道(札幌市を除く)を所掌する精保Cは,被災3町から離れた地域を対象とした平時の業務(精神障害者保健手帳や自立支援医療の判定など)を一時保留し,被災地支援に注力することが困難であった.また,被災3町は精保Cからの利便性が比較的高く,日帰り活動が可能な地域であった.しかし,北海道の一部の地域であっても,必要な支援は発災早期から一定程度あるほか,遠隔地での発災も十分想定される.
 精保Cでは従来から,大規模災害などが発生した場合の業務継続計画が作成されていたが,その内容は平時の業務の継続計画であり,災害などに伴い発生する精神保健などの業務の影響を踏まえたものではなかった.また,北海道DPAT活動マニュアル(案)では,調整本部業務を本庁職員とともに精保C職員が担うこととされている.
 以上より,当センターの業務継続計画には,平時業務の継続のほか,調整本部業務,地域支援業務を踏まえた体制が必要であり,現在見直し中である.

おわりに
 北海道胆振東部地震から1年あまりが経過した.この間の活動を振り返ると,体制整備の遅滞だけではなく,広い地域である北海道ならではの課題もみられた.今後は,次なる災害に対応できる体制整備を,今回の経験を踏まえ,本庁や関係機関とともに進めていきたいと考えている.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

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