Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第122巻第3号

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特集 双極性障害の予後を悪化させる要因と対応
双極性障害に対する抗うつ薬使用の功罪
田中 輝明
KKR札幌医療センター精神科
精神神経学雑誌 122: 212-220, 2020

 双極性障害の多くは抑うつエピソードで発症し,(軽)躁状態よりも抑うつ状態を呈する期間が長いため,臨床場面でも抑うつエピソードの治療にあたる機会が多い.しかしながら,急性躁病に比べて双極性障害抑うつエピソードの薬物療法は選択肢が限られており,標準的治療のみでは手詰まりとなることも少なくない.主要な治療ガイドラインではlithium,lamotrigine,quetiapine,olanzapineなど気分安定薬や非定型抗精神病薬が第一選択とされ,新規治療薬が登場する約20年前に比べて薬物療法は大きく様変わりした.かつて主たる治療薬であった抗うつ薬は知見の蓄積とともに負の側面が強調されるようになり,その位置づけは大きく後退した.それでもなお,実際の臨床では多くの患者が抗うつ薬を服用しており,抗うつ薬が有効な症例も確かに存在する.抗うつ薬による躁転や不安定化,急速交代化などの問題も懸念されるが,国際双極性障害学会のタスクフォースによる勧告でも示されているとおり,単独使用を避けて気分安定薬や非定型抗精神病薬と併用し,比較的安全なSSRIやbupropionを選択することで,その恩恵を受けることも可能であろう.最近のメタ解析でも,気分安定薬と新規抗うつ薬(三環系抗うつ薬やMAO阻害薬ではない)の併用は小さいながらも有意な効果を認め,短期使用では躁転率を上昇させないことが示されている.躁転を増やすことなく,再入院や気分エピソードを予防したとの結果も報告されている.確かにエビデンスは十分といえないが,抗うつ薬の使用はリスクばかりでなく,症例によっては有用な場合もある.抗うつ薬を一括りにして使用の是非を論じるのではなく,新規抗うつ薬と三環系抗うつ薬,双極I型と双極II型,混合性や不安性の特徴,急速交代型,薬物依存など,個別に状態像や診断,症候,併存症などを吟味したうえで,適切かつ慎重に用いることが望まれる.

索引用語:抑うつエピソード, 抗うつ薬, 併用療法, 躁転, 継続的使用>

はじめに
 双極性障害の多くは再発を繰り返しながら慢性に経過するが,再発とともに病相間隔は短縮し,急速交代化や不安定化,治療抵抗性を示す場合が少なくない.長期予後は良好といえず,高血圧や糖尿病などの慢性疾患と比べても社会的機能はより障害され,WHOの報告によれば,障害生存年数(Years Lived with Disability:YLDs,障害によって損なわれた健康的な生活の年数)は上位10疾患に位置している.再発が予後悪化の大きな要因となることから,双極性障害の診療においては再発予防を見据えた治療介入が重要である.
 近年,第二世代抗精神病薬を中心とする新規治療薬の相次ぐ登場により,双極性障害の薬物療法は大きく様変わりした.Lithiumは従前からの第一選択薬の座を守り続けているものの,古典的気分安定薬であるvalproic acidやcarbamazepineはquetiapineの後塵を拝し,olanzapineやlamotrigineも主たる治療薬として地位を築いている.他方,単極性うつ病と同じく,双極性障害の抑うつエピソードに対しても古くから抗うつ薬が用いられてきたが,その是非についてはいまだ議論が続いている.当初は抗うつ薬の有効性を支持する意見が主流であったが,次第に躁転や不安定化などの副作用が懸念されるようになり,2007年に報告された大規模ランダム化比較試験(randomized controlled trial:RCT)(STEP-BD)16)の結果が決定打となって,以降,抗うつ薬使用を回避する論調がスタンダードとなった.しかし,近年のメタ解析9)10)の結果が示すように,以前ほどではないにせよ,抗うつ薬の有効性が再認識・再評価され,双極性障害治療における抗うつ薬の位置づけはまた変わりつつある.
 本稿では,双極性障害の予後に影響を及ぼす要因として抗うつ薬治療を取り上げ,その功罪について最新の知見を踏まえて再考する.

I.抗うつ薬使用の現状
 世界中の数多くの学術団体から双極性障害の治療ガイドラインが発表されているが,総論ではおおむね一致しているものの,各論(各治療薬の位置づけ)はさまざまである.抗うつ薬の取り扱いについても同様のことがいえる.ほとんどのガイドラインでは「三環系抗うつ薬の使用」や「抗うつ薬単剤治療」は推奨されておらず,日本うつ病学会の双極性障害治療ガイドライン12)でも,抑うつエピソードならびに維持治療において,いずれも「推奨されない治療」として取り上げられている.気分安定薬や第二世代抗精神病薬との併用についても一致した見解は得られておらず,同ガイドラインでも実臨床での併用療法が多いことは認めつつも「しかし,気分安定薬と抗うつ薬の併用治療の有効性に関しては,エビデンス・レベルの高い報告はされていない」と記載されている.
 双極性障害に対する抗うつ薬の使用は,さまざまなガイドラインが発表されてもなお,実際の臨床場面で日常的に行われている.このことは,わが国だけに限らず,北米や欧州,アジアにおいても同様である.近年行われた調査によると,スペインや韓国では双極性障害患者の約3分の1に抗うつ薬が併用されており,デンマークでは40~60%もの高水準で抗うつ薬が処方されていたという3)5)23).スウェーデンに至っては,国内登録データから抽出した3,240名のうち,約35%に抗うつ薬の単剤治療が行われていたと報告されている21)
 双極性障害の薬物療法として,抗うつ薬は有効性が必ずしも証明されていない.むしろ,躁転や急速交代化,自殺といった問題が危惧されるにもかかわらず,それでも日常的に(世界的に)処方されているのはなぜであろうか.確かに,すべての抗うつ薬に等しくあてはまるかどうかわからないし,双極I型と双極II型では反応性が異なる可能性も指摘されている.気分安定薬の併用下ではより有効かもしれない.近年,数多くのエビデンスが報告されてはいるが,双極性障害の複雑性や個別性を克服できる段階には至っていない.現時点では,ひとつひとつの知見を拾い上げ,個別性に配慮しながら丁寧にアセスメントを行い,できる限りのリスクを避け,より安全な抗うつ薬治療を心がけるしかないだろう.

II.抗うつ薬治療の有効性と安全性(図1図2
 双極性障害に対する三環系抗うつ薬の使用と抗うつ薬の単剤治療は,いずれのガイドラインでも共通して推奨されていない.臨床研究に関しても,気分安定薬や第二世代抗精神病薬と新規抗うつ薬の併用療法を検証したものがほとんどである.よって,ここでは新規抗うつ薬と気分安定薬または第二世代抗精神病薬の併用を中心に議論を進める.
 古典的抗うつ薬である三環系抗うつ薬やMAO阻害薬を除いた,選択的セロトニン再取り込み阻害薬(selective serotonin reuptake inhibitor:SSRI)および選択的セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(serotonin and norepinephrine reuptake inhibitor:SNRI)などの新規抗うつ薬(第二世代抗うつ薬)の併用療法に関して,2016年にメタ解析が報告されている(図110).双極性障害抑うつエピソードに対する新規抗うつ薬と気分安定薬あるいは第二世代抗精神病薬の併用効果を検証した6試験(計1,383名)を対象として,治療期間は6~26週とばらつきがあるものの,その効果は小さいながらプラセボに比して有意な差を認めた〔標準化平均差0.165(95%CI 0.051~0.278),P=0.004〕.しかし,治療反応性や寛解率にプラセボとの差を認めなかった〔統合オッズ比1.158(95%CI 0.840~1.597),P=0.371;1.220(95%CI 0.874~1.703),P=0.243〕.さらに,抗うつ薬使用で懸念される薬剤性躁転についても同様に解析が行われており,急性期ではオッズ比0.926(95%CI 0.576~1.491,P=0.753)とプラセボとの有意な差はなかったが,52週まで期間延長した場合,オッズ比1.774(95%CI 1.018~3.091,P=0.043)と躁転リスクの上昇を認めた.この結果のみをもって結論づけることはできないが,双極性障害の抑うつエピソードに対する抗うつ薬使用は必ずしも意味がないとはいえず,寛解や治療反応性を高めることにはつながらないかもしれないが,症状軽減などの効果は期待できるだろう.
 また,抗うつ薬治療(単剤または気分安定薬併用)の予防効果と安全性に関するメタ解析も報告されている(図29).双極性障害に対する4ヵ月以上の抗うつ薬治療を評価した11のランダム化比較試験(N=629)を対象に,治療中の新規気分エピソード発生のリスク比やNNT(number needed to treat)/NNH(number needed to harm)が算出された.中等度のバイアスリスクはあるものの,抗うつ薬使用は新規の躁病・軽躁病エピソードのリスクを増加させることなく,プラセボに比べて新規抑うつエピソードを減少させることができたという.抗うつ薬単剤でも気分安定薬併用でも同様の結果が得られ,サブグループ解析では双極I型よりも双極II型で,その傾向がより明らかであった.多くのガイドラインでは「抗うつ薬は短期使用にとどめ,抑うつ症状が改善すれば減量中止すること」を推奨しているが,このメタ解析ではむしろ抗うつ薬の長期投与の有用性を示唆する結果となった.
 双極性障害に対する抗うつ薬の長期使用については,効果よりも躁転や不安定化,急速交代化のデメリットが懸念されることから,現在は推奨されていない.しかし,前述のメタ解析も含めて,過去の研究結果は必ずしもそのことを支持していない.Hooshmand, F. ら4)は2年間の後方視的調査の結果から抗うつ薬使用群では非使用群に比べて抑うつエピソードの再発が早まっていたと報告しているが,方法論上,両者の因果関係を証明することはできず,交絡因子も除外できない.実際,抗うつ薬使用と再発の関連を否定する報告も少なくない2)14).Tundo, A. ら19)は外来患者266名を対象としてエビデンスに基づいた長期治療を4年間実施し,介入前後で再発の要因を比較検討している.介入方法は構造化されておらず,一般的な診療に基づく前向き観察研究ではあるが,国際双極性障害学会(International Society for Bipolar Disorders:ISBD)の勧告14)に準じた抗うつ薬の適正使用(詳細は後述)は再発を増やさなかったという.

図1画像拡大
図2画像拡大

III.抗うつ薬治療と再入院
 上述のように,近年は双極性障害に対する抗うつ薬治療(主に気分安定薬や第二世代抗精神病薬との併用)の利点が再認識されるようになってきた.適切な抗うつ薬使用は抑うつ症状を緩和し,躁転をきたすことなく抑うつエピソードを予防する可能性がある.一方,データベースを用いた大規模調査(N=190,894)11)によれば,対象となった29の治療薬のうちSSRI(citalopram,fluoxetine,sertraline)およびSNRI(duloxetine,venlafaxine)の単剤治療はlithium単剤よりも入院リスクが高かったという(リスク比1.17~1.24).入院リスクがlithiumより下回った薬剤としては,valproic acid,aripiprazole,bupropion(リスク比はいずれも0.80)の3剤のみで抗うつ薬単剤は含まれていなかった.しかし,この調査では単剤治療を4ヵ月以上継続できた患者はほとんどおらず,過半数が60日未満で終了している.
 また,フィンランドで行われた大規模調査7)では,ICD-10で双極性感情障害と診断された18,018名を平均7.2年にわたって追跡し,治療薬ごとに再入院のリスクを比較している.指標として調整ハザード比(hazard ratio:HR)が用いられ,1回以上の再入院患者は9,721名(54.0%)であり,抗うつ薬全体でHR=1.07とベンゾジアゼピン系薬剤(HR=1.19)より低かったものの,気分安定薬全体(HR=0.91)に比べて再入院のリスクは高かった.なお,抗うつ薬の個別データは示されていないが,主な治療薬のHRはrisperidone-LAI(0.58)<lithium(0.67)<carbamazepine(0.74)<lamotrigine(0.78)<valproic acid(0.88)<aripiprazole(0.89)<quetiapine(0.92)<olanzapine(1.03)となっており,risperidone-LAIを除いて(通常のrisperidoneはHR=0.86),総じて第二世代抗精神病薬よりも気分安定薬のほうが再入院リスクは低い傾向にあった.
 これら2つの大規模調査の結果から抗うつ薬自体の(再)入院予防効果は否定的であるが,気分安定薬や第二世代抗精神病薬との併用ではどうであろうか.十分なデータはないが,入院患者の診療録を利用した小規模な後方視的調査(N=98)17)では,抗うつ薬非併用群に比べて,抗うつ薬併用群で再入院率が6ヵ月後(9.2% vs. 36.4%)および1年後(12.3% vs. 42.4%)で有意に減っていたと報告されている.抗うつ薬併用は再入院までの期間を延長し,新規の躁病エピソードによる再入院率も増やさなかったという.しかし,診療録による後方視的調査であり,この結果を一般化することはできない.抗うつ薬の長期使用が有効かつ安全な症例に限定した結果と解釈することもできる.

IV.抗うつ薬治療と自殺関連事象
 双極性障害に対する抗うつ薬治療は,その有効性に関する疑問以上に,躁転や不安定化,急速交代化などの問題が懸念されてきた.関連する事象として,いわゆる「混合状態」が注目され,近年は抗うつ薬による自殺行動の背景因子と考えられている.実際,双極性障害の約20%が混合状態を経験するといわれており,混合状態では自殺に至る危険性が高い.しかし,そのことを実証する前向き研究は見あたらない.いくつかの後方視的調査13)20)22)で,抗うつ薬服用中の双極性障害患者では気分安定薬服用中の患者に比べて自殺行動が増加することが指摘されており,混合性エピソード(DSM-IV)では抗うつ薬の使用と自殺行動の増加が相関するという.一方,Leon, A. C. ら8)は,27年間の長期観察研究の結果から,双極性障害患者の自殺行動リスクが抗うつ薬治療中に有意に減少したことを報告している(双極I型:HR=0.46,双極II型:HR=0.65).Persons, J. E. ら15)は縦断的な長期観察研究を行い,混合状態の既往は確かに自殺行動の危険因子となるが,それ自体よりも抑うつ要素が優勢な病状経過が自殺リスクに関与すると指摘している.
 混合状態と自殺に関する問題は,かつては賦活症候群(activation syndrome)の文脈で議論されてきた.抗うつ薬投与初期の若年患者の一部に自殺関連行動が増え,世界的にも問題視され,わが国においてもマスコミでしばしば取り上げられるなど社会問題化した.われわれも北海道大学病院精神科を初診した13~24歳の未治療うつ病患者104名について調査し,抗うつ薬投与後8週間以内に生じた賦活症候群は,双極性障害も含めたその後の診断変更と関連していることを報告した.最近でも双極性障害のリスクを有する未治療の若年うつ病患者106名を対象とした前向き観察研究6)が行われたが,リスクの高低は治療反応性に影響せず,躁転率もリスクにかかわらず総じて低いという結果にとどまった.

V.抗うつ薬の適正使用
 近年,双極性障害に対する抗うつ薬使用は,その効果の不確かさと副作用への懸念から積極的には推奨されてこなかった.それでもなお,実臨床において抗うつ薬は日常的に処方されている.双極性障害抑うつエピソードに対する薬物療法は,躁病エピソードや維持治療に比べて有効な薬剤が限られている.日々の診療で治療に難渋することも珍しくない.抑うつ症状に苦しむ患者を診たとき,治療者は苦痛から速やかに解放すべく,できうる限りの治療手段を考慮するだろう.ゆえに,確かなエビデンスに欠け,躁転や急速交代化のリスクを知りながらも,その急性効果に期待して抗うつ薬を処方するのではないか.
 これまで論じてきたように,近年行われたメタ解析9)10)の結果から,抗うつ薬の併用は抑うつ症状を軽減し,新たな躁転をきたすことなく抑うつエピソードの発生も抑制する可能性が示唆される.また,長期使用も一部の患者では有益となる可能性がある.実際,臨床場面において,抗うつ薬の併用が有効で躁転や不安定化といった問題を生じない患者をときに経験する.いくつかの長期観察研究1)17)では,抗うつ薬の継続的使用が抑うつエピソードの再発・再燃を減らし,再入院率を低下させたと報告しているが,対象となった患者が“長期にわたって抗うつ薬を継続できた”群であることに注意する必要がある.言い換えれば,抗うつ薬を併用しても躁転や不安定化,急速交代化といった悪影響がみられず,抑うつ症状に対する臨床効果が確認できる場合には,その後の長期使用が安全かつ有効な治療手段となるかもしれない.もちろん,抗うつ薬の使用に際しては継続的な観察と評価が重要であり,細かな(閾値以下の)気分変動や混合状態の出現,希死念慮,病相の不安定化といった変化を見逃さないよう常に注意を払い,そのような徴候が懸念されれば速やかな抗うつ薬の減量中止が求められる.
 当然ながら,このことはすべての患者やすべての抗うつ薬にあてはまるわけではなく,処方にあたっては適正使用と慎重さが求められる.双極性障害に対する抗うつ薬の使用に関して,ISBDのタスクフォースから勧告(表114)が提出されており,そこでも気分安定薬との併用が推奨されている.急性期では過去に治療反応性を認めた場合に抗うつ薬の併用は許容され,抗うつ薬治療の中止により抑うつエピソードが再燃する場合には気分安定薬との併用が維持治療として考慮される.一方,精神運動焦燥や急速交代化の存在下で2つ以上の躁症状を認めた場合には,抗うつ薬の使用は避けるべきである.単剤治療に関しても,双極I型障害および2つ以上の躁症状の混在を認める場合には避けることが明記されているものの,双極II型障害で純粋な抑うつ状態に対しては必ずしも禁止されていない.また,抗うつ薬の使用開始後は慎重な観察とともに,混合状態や躁転の兆候があれば速やかに中止するよう記載されている.その他に,躁転や混合状態の既往,気分不安定性や急速交代型,現時点での混合状態などでは抗うつ薬は回避するよう提案されている.抗うつ薬の種別についても,三環系・四環系抗うつ薬の回避は当然として,新規抗うつ薬でもSNRI以外から開始することが推奨されている.
 Tundo, A. ら18)は自験例255名を組み込んだ観察研究を行い,抗うつ薬使用に関するISBD勧告の有用性を検証している.抗うつ薬使用の安全性および適応拡大を目的として,彼ら自身の臨床経験に基づき,特に勧告1(過去に抗うつ薬治療への反応を認めた場合,双極I型/II型の急性抑うつエピソードに対して抗うつ薬併用は許容される)と勧告4(双極I型障害に対する抗うつ薬単剤治療は避けるべきである)を適用した場合について検討した.単極性うつ病(UP)154名,双極I型障害(BP-I)49名,双極II型障害(BP-II)52名に関して,抗うつ薬治療の反応性はそれぞれUP 64.9%,BP-I 75.5%,BP-II 75.0%であった.一方,脱落率はUP 18.2%,BP-I 2.0%,BP-II 7.7%であり,双極性障害群では自殺企図1名(1.0%),躁転3名(2.9%)を認めたという.このことから,ISBD勧告1と4に従えば,双極性障害抑うつエピソードに対する抗うつ薬併用療法は,単極性うつ病に対する抗うつ薬治療と同程度の安全性と有効性を示す可能性がある.

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おわりに
 双極性障害の診療においてもガイドラインやエビデンスに基づく治療が推奨されるが,実際には抑うつエピソードの急性期治療に難渋して行き詰まる場面も少なくない.近年,双極性障害に対する抗うつ薬治療は忌避される傾向にあったが,新たなエビデンスの蓄積により,安全かつ有効に使用できる方法も提案されている.確かに,抗うつ薬の使用には慎重さが求められるが,安全性に配慮し,適用を厳密にあてはめれば,臨床効果が期待できることもある.何よりも以前に比べて双極性障害診断はより精緻になり,知見や経験の蓄積によって安易な抗うつ薬使用が少なくなったことで,躁転や不安定化,急速交代化に至る症例も減っているだろう.気分安定薬や第二世代抗精神病薬と併用することでリスクを下げ,効果を高めることが期待できる.実際,抗うつ薬の使用によって恩恵を受ける患者も少なからずいる.双極性障害に対して抗うつ薬を使用する際には,ISBD勧告が有用な基準となりうるだろう.双極性障害の薬物療法は,抗うつ薬回避から適正使用の時代へと変わりつつあるといえる.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

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