Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第122巻第11号

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会長講演
第115回日本精神神経学会学術総会
―ときをこえてはばたけ― 人・こころ・脳をつなぐ精神医学
染矢 俊幸
新潟大学大学院医歯学総合研究科精神医学分野
精神神経学雑誌 122: 861-873, 2020

 精神医学の裾野は広く,その対象や課題解決アプローチの多様さから,多くの関連学会が活動している.第115回日本精神神経学会学術総会では,本学会がそれらの基幹学会として重要な役割を担っていることを重視し,広い領域の各専門家が「主体的にかかわる心」をもって参加できるような会のあり方を模索した.テーマは「―ときをこえてはばたけ― 人・こころ・脳をつなぐ精神医学」.「こころ」の問題に適切に対応するためにはその現象をよく理解することが大切で,そのためには基盤にある「脳」機能の理解を深めなければならない.一方で,還元的理解ではなく総体としての人間,一人ひとりの「人」を主役において「こころ」・「脳」をつなぐ精神医学,その人の人生経験や価値観を理解する医学をめざしたいという思いを込めた.この思いを基調として,会長講演ではまずこの百数十年の精神医学の進歩や精神科診断学の変遷を概説した.精神科診断学に関しては,国際診断システムの導入により信頼性が向上し,治療や病態研究の進展を促したといわれるが,現行システムは発展途上の暫定的なものであるという認識が薄れ,症候や疾患理解の低下が懸念されている点を考察し,その対策を論じた.精神疾患の病因・病態解明においては,その理解を深めるさまざまな所見が報告されてきているが,それらのつながり,すなわち遺伝子レベルから心の機能に至る多くの層をつなぐ理解が十分ではないことを指摘した.こうした「こころ」を形成する多層性の理解は21世紀の精神医学における最重要課題と考える.精神科治療学の進歩は薬物および心理社会的治療の標準化・最適化をもたらし,多くの患者の社会生活を可能にした.一方で,薬物療法の副作用によるQOL低下や身体リスクが注目されるようになり,関連するエビデンスや取り組みが蓄積されつつあることを概説した.治療の進歩はまた,医療ニーズの変化をもたらしており,今後の精神科医療提供体制を正確な予測に基づいて考える重要性を論じた.最後に,災害精神医学を例に精神医学と社会とのつながりが重要であることについて述べた.

索引用語:精神科診断学, 病態解明研究, 治療学の進歩, 医療ニーズの予測, 社会とのつながり>

はじめに
 精神医学は裾野が広く,その対象や課題解決アプローチの多様さから,多くの関連学会が活動している.第115回日本精神神経学会学術総会を準備するにあたり,本学会がそれらの基幹学会として重要な役割を担っていることを重視し,広い領域の諸問題に取り組む各専門家が「主体的にかかわる心」をもって参加できるような会のあり方を模索した.この言葉は,副会長の松田先生が本誌に書かれたもの11)で「プロフェッショナル・オートノミー」と述べられている.また,副理事長の細田先生は「経験を語り合おう」と書かれていた5)が,そうした場こそが学会本来の姿であろうと著者は思う.
 本総会では従来の一般演題に加え,各団体,テーマごとに,現状や課題を概説する「総説」的な特別枠を新設した.各大学や専門学会,関連団体が取り組んでいるテーマやその成果を学ぶ場,各研修プログラムの魅力や問題点を共有し意見交換する場,研修医に向けて情報提供する場として活用いただきたいと思う.
 学会テーマは「―ときをこえてはばたけ― 人・こころ・脳をつなぐ精神医学」とした.“とき”は,「解き」「時」「朱鷺」を意味し,心や脳の機能・病気を解き明かし,時を超えて,新潟の象徴でもある朱鷺のように未来へ羽ばたいていけ,というメッセージである.「こころ」の問題に適切に対応するためにはその現象をよく理解することが大切で,そのためには基盤にある「脳」機能の理解を深めなければならない.たとえその道筋が困難でも,それを乗り越えていく必要がある.一方で還元的理解ではなく総体としての人間,一人ひとりの「人」を主役において「こころ」・「脳」をつなぐ精神医学,その人の人生経験や価値観を理解する医学をめざしたい,という意図,著者の願いを込めた.
 新潟での開催は,全国7番目の開催地となった1935年の第34回,第53回総会を経て,今回が63年ぶり3回目の開催になる.第34回は学会名が「日本神経学会」から「日本精神神経学会」に,機関誌も『神経学雑誌』から『精神神経学雑誌』に改められ,新潟革命とも呼ばれる総会となった.その大会長を務めた中村隆治先生は岡山医科大学の林道倫先生らと英文学会誌の『Psychiatry and Clinical Neurosciences(PCN)』の前身になる『フォリア』を創刊され,次の第53回大会長の上村忠雄先生は戦後休刊になっていた『フォリア』の再刊に力を尽くし,国際化に大きく貢献された.

I.近代精神医学の潮流
 ここ新潟に官立新潟医学専門学校が作られたのは1910(明治43)年,日本の近代医学教育が始まったばかりの明治時代に開校した医学校は,1922(大正11)年に官立新潟医科大学に昇格し,国立大学として6番目の医学部となった.
 当時の精神医学はというと,Kraepelin, E.が1899年に精神医学教科書第6版で早発性痴呆をまとめ,躁うつ病と対置して内因性精神病の枠組みを示し,Bleuler, E. が精神分析学を取り入れながらその横断面的症状,特にSpaltungに力点をおいて,1911年に統合失調症概念を提唱した,ちょうどその頃にあたる().そこから遡ること100年,19世紀のヨーロッパにおいて精神医学は次第に今日ある姿に近づいてきた.フランスではPinel, P.,Esquirol, J. E. D.,Morel, B. A.,Lasegue, C.,Magnan, V. J. J.,ドイツではGriesinger, W.,Kahlbaum, K. L.,Hecker, E.らが現れ,さまざまな精神病像の特徴を検討しながら疾患の輪郭を明らかにしていく.着目すべきは,現在の統合失調症に相当する概念はなく,その断片断片が異なる枠組みで捉えられていたことだ.メランコリーは現在用いられている意味とは異なり種々の慢性精神疾患を意味し,マニーも急性発症の妄想をもった病気を指していた.伝統的に精神病は理性の病気とされてきたが,感情の病気もあるというパラダイムシフトが起きたのもこの頃である.Morelは最初に早発痴呆という言葉を使った人で,早発性の荒廃過程という見方が現れているが,Kraepelinのように1つの疾患単位とは考えていなかった.
 当初はフランスが精神医学の主導的立場であったが,次第にドイツに移っていき,そこでは今でいう生物学的精神医学の考え方が中心になる.「精神疾患は脳の病気であり,その病因による分類が必要である」「しかし今はまだそれが不明なので,症候論的に(Griesinger),あるいは病態論的に(Wernicke, K.),あるいは仮定した病因と症候と経過によって(KahlbaumやKraepelin)分類しよう」という考え方だ.Kraepelinの疾患概念は20世紀を支配し,今なおわれわれはこの仮定された内因性疾患概念に対して挑戦を続けていると言っても過言ではない.近年になってこの仮定に否定的な証拠も出てきており,この仮定のもつ問題をしっかり見直すべき時期にきているだろう.
 さて,病因病態の解明がなされていない精神疾患の定義は,項目による心理行動現象の分類学であり,医学的疾病の定義に用いられる構造の病理,病因,生理学的規範からの偏り,解剖生理学的症状提示などを記述しているものはほとんどない.あるいは,構造の病理や生理学的規範からの偏りはマスとして検出されるものの,それによって個々の疾患状態を規定できるほどのものをまだ手にしていないといったほうが正しいだろう.本質的には,われわれはまずこの問題に挑戦しなければならない.一方で,生物学的脳科学的指標を手に入れたとしても個々の心理行動現象を理解する重要性はなくならないのである.
 臨床の現場では20世紀前半,Freud, S.,Kraepelin,Bleuler,Meyer, A. らの考え方が広く支持され,それぞれがそれぞれの理論に基づきそれぞれの診断を下すという状況だった.しかし一方で,臨床や医学教育,行政や法,疫学・成因論的・治療学的研究などにおける情報共有という現実的な必要性から精神科医の共通言語を求める動きが生じた.国際疾病分類ICDに初めて精神疾患が含まれたのは1938年のICD-5だが,採用されたカテゴリーはアルコール中毒,精神薄弱,早発痴呆,躁鬱病,心原精神病,癲癇の6つのみであった.その後,ICD-6,7そして8,9が作成され,それに対応する形でアメリカ精神医学会ではDSM-I,DSM-IIが作成されるが,ここに目立った変革はなく,ほぼ同様のものと考えて差し支えはない.
 だが,ここで問題が生じた.共通言語として作成したはずのICD-6,7の診断信頼性が著しく低いということがわかってきたのだ.これを受けて1960年代,1970年代には診断カテゴリーを工夫して作成し,実証的検討でそれを評価するということが盛んに行われるようになる.患者ビデオを用いた診断の英米比較で,同じ患者を診ても二国間で診断が大きくずれることが明らかになり衝撃を与えた.PSE/CATEGO,セントルイス診断基準,RDCなどが作成されていくが,特筆すべきは,アイオワ大学のグループによるIOWA500と呼ばれる一連の研究であろう.ここで診断の信頼性や妥当性,疾患ごとの家族歴や自殺,転帰などが調べられ,次々に明らかにされていった.得られた結果自体も新鮮だったに違いないが,それに加えてこうした方法で精神疾患に関連する有用な情報が次々に収集できることのインパクトのほうが強かったと思われる.
 1980年のDSM-IIIの作成により操作的診断基準が普及することになるが,DSMの基本思想やこれまでの経緯,「診断基準が規定するものが疾患である」という誤解,それに対応するための提言などの講演内容は紙幅の関係で割愛する.詳しくは拙著6)13)17)をご覧いただきたいが,「診断基準に内包された疾患の理念型を想定すること」に加えて「人間理解」の視点を強調しておく.DSMを正しく適用して診断名をつけたとしても,患者の真の実態を捉えたとはいえない.精神科診断学とは,その疾患の診断名や脳の病態を理解するためだけのものではなく,個々の患者の性格や社会・環境的背景を踏まえた多視点からの人間理解であるということを忘れてはならない.今回の学術総会テーマの最初に「人」をおいたのも,この所以である.

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II.生物学的精神医学研究の展開―新潟大学における統合失調症研究を例に―
 さて,こうした精神科診断学の発展を受けた最近の研究の展開を新潟大学の活動を例に考えてみたい.
 統合失調症に関しては3つの研究アプローチを行ってきた(図1).
 ゲノム研究では一般に,頻度は高いが個々の影響力は小さいリスク多型の同定をめざしたゲノムワイド関連解析,頻度は稀だが影響力は大きいリスク変異の同定をめざした全エクソーム解析が行われている.国内共同研究によって7),頻度の高い一塩基多型を網羅的に解析するゲノムワイド関連解析を実施し,NOTCH4遺伝子の一塩基多型と統合失調症との関連を示唆した.患者約6,600人という大規模な共同研究が行えるようになった最大の背景は,ゲノム解析技術の革新はもちろんだが診断学の整備にほかならない.問題はリスクの程度が小さいことで,これがリスク自体の本質なのか,この診断学で規定している臨床表現型の問題なのかは今後さらに検証が必要である.
 同様に,頻度は稀だが相対危険度の高いリスク変異を同定することも重要な課題である.多発罹患家系の全エクソームシーケンス2)では,UNC13B遺伝子の稀なミスセンス変異が,罹患者では6人中5人に認められたのに対して,非罹患者8人と罹患状態不明者1人には認められなかった.
 また,新潟大学脳研究所と共同で死後脳研究や動物モデル研究を行ってきた.死後脳研究では,前帯状皮質と海馬における脳由来神経栄養因子(brain derived neurotrophic factor:BDNF)の増加24),前頭前皮質におけるIL-1βとIL-1RA(受容体アンタゴニスト)比の増加など26)神経栄養因子やサイトカインの発現異常を明らかにした.また,新生仔期にサイトカインを投与された動物が,性成熟後に統合失調症様の行動学的特徴を呈することを報告してきた.これら死後脳研究や動物モデル研究の成果に基づいて,サイトカインのシグナル伝達異常が統合失調症の病態に関与しているとする「統合失調症のサイトカイン仮説」を『PCN』誌で提唱した29).2018年には新潟大学医学部とiPSポータルが連携協定を締結,今後はiPS細胞を用いた病態解明研究や創薬研究を行っていく予定だ.
 さらに,基礎的な研究により得られた成果を新たな診断/治療法開発につなげるための臨床研究にも取り組んできた.統合失調症の血液検査キットの開発をめざして,約55,000プローブのDNAマイクロアレイを用いて遺伝子発現解析を実施した25).ニューラルネットワーク解析によって,分類予測モデルに用いる14プローブを抽出し,その予測モデルで感度82.4%,特異度93.8%という高い精度で判別できることを示した.このような血液検査キットが実用化されれば早期診断の支援に役立つものと思われる.

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III.多層的,網羅的な病態解明研究をめざして―神経発達症の研究を例に―
 神経発達症の病態解明に関しては,より多層的,網羅的な研究戦略をめざしてきた(図2).すなわち症状や脳機能を構築するさまざまな階層について多層的な理解を進めようというもので,ここでは脳部位,遺伝子,脳回路に関する研究の結果を紹介する.
 まず,脳部位探索に関する研究では3),MRスペクトロスコピー(magnetic resonance spectroscopy:MRS)を用いて神経発達の成熟度の指標であるNAA/Cr値を測定し,病型ごとの神経発達症,定型発達群で比較したところ,症状の強さとNAA/Cr値の相関から,自閉スペクトラム症(autism spectrum disorder:ASD)には扁桃体における神経発達の障害があり,病型が重症で,症状が重症であるほど神経の発達が悪いことを示した.
 遺伝子レベルでは,3人同胞すべてがASD患者の家系について全エクソームを解析,CLN8という遺伝子にミスセンス変異を同定した1).また,この遺伝子に注目し,当教室が有する約300のASDのDNAサンプルについてCLN8のエクソン領域のリシークエンスを行ったところ,定型発達者と比較して患者に頻度の高い変異を複数同定した.
 ニホンザルを用いてASDの中核症状ともされる,事実とは異なる他者の心の状態を推し量る機能「心の理論」について調べる実験も行った4).言語を用いない非言語的課題の動画を見せて被験ザルが最初にどこを見るか,それによって動画登場人物の心を正しく推し量れているか計測した結果,動画の登場人物の心,事実とは異なるその心のなかを正しく推量できたときに見る方向を有意差をもって見ることを示した.近年,大型類人猿に心の理論の機能があることが示されて大きな話題となったが9),進化的により遠いニホンザルにおいても心の理論の機能があることを示した所見である.さらに,抑制型DREADD(designer receptors exclusively activated by designer drugs)であるhM4Diを内側前頭前野のBrodmann9野相当部位に注入したうえで,その抑制型DREADDを働かせるリガンドを注入すると,動画の登場人物の心を推し量る傾向が消失するということも明らかにした.このことは,ニホンザルには心の理論があり,内側前頭前野がその脳回路の一部である可能性を示している.
 今後はこれらを横につなぐ理解,どのような遺伝子の異常がタンパクやシナプスレベルでの異常を生み,それらが脳部位の異常,脳回路の異常,認知行動レベルの異常を形成していくのかという多層的な理解,病態形成の構造的な理解を進める必要があり,これが21世紀の精神医学,脳科学の最重要課題だと考える.

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IV.治療学研究の重要性
 さて,本誌掲載の神庭重信先生の文章8)の一部をご紹介しよう.

 効果サイズが小さい,分散が大きいなどの問題を克服する必要が残されているものの(中略)「精神疾患は医学的疾患であり,精神医学は医学の一分野である」と認めさせるに至っている.

 革新的技術の創出が,精神疾患の神経基盤について飛躍的な理解をもたらすだろう.

 統合失調症や双極性障害,強迫症,パニック症,PTSDなどを神経疾患の章に分類しようとする動きが出てこないとも限らない.(中略)精神科医でなくても,統合失調症を治療できるという主張に出会うかもしれない.その主張の是非を決めるのは,誰が最もよい治療を提供できるのかという判断だと思う.

 きちんと診断してきちんと治療できる,これが精神科医にとって一番重要で,一番の強みでもあり,だからこそ臨床に役立つ研究も推進していかなければならない,という話を以下に述べる.
 新潟県において,1990年に4,337人いた統合失調症入院患者がその後40年をかけて2,355人に減ることを予測した(図314).全国では21~22万人が12万人に減るという数字に相当する.この推計は2000年から2003年にかけて行ったものであるが,それから16年が経過し,実際にほぼ推計通りに,あるいはそれ以上に減少してきている.約40年かけて統合失調症入院患者が50数%に減少するという変化の大体8合目くらいに到達したということだろう.
 全国のデータでみても(図416),20,000人(右軸)の統合失調症に対して7,000人(左軸)の入院患者という割合できれいな重なりが続いていたことがわかる.すなわち統合失調症になると横断的にその35%が入院しているという世代,時代があった.1953年生まれ以降乖離が始まって,われわれ1958年生まれになると統合失調症になっても入院しているのは20%,さらにその15歳下の第二次ベビーブーマーは入院するのは約1割という時代を迎えたわけである.
 この原動力になったのが1952年のクロルプロマジンの発見に始まる抗精神病薬治療,精神科薬物治療と,地域支援の意識の高まりであった.抗精神病薬の開発から60数年が経ち,多くの患者が地域で生活できるようになった.このことは精神科薬物治療の果たした大きな貢献だが,一方でこの10数年新たな問題が浮かび上がってきている.それが統合失調症患者の平均余命の短縮という問題である.15歳を1として何歳のときにどれだけが生存しているかという解析によると(図510),男性も女性も一般人口の生存曲線(60歳までは緩やか)に対して,統合失調症では若いときからかなりの傾斜になる.双極性障害が緑とオレンジの間の曲線なので,統合失調症のほうは緑とオレンジを合わせた生命を失っていることになり,それが男性で18年,女性で16年に及ぶという結果であった.
 これが心血管疾患の増加によることがわかってきて,その原因の1つが向精神薬による心臓への影響,QT間隔が延長してなかには致死性の不整脈が起こるという問題である.われわれの研究では27),リスペリドン,オランザピン服用群とコントロール群とでQT間隔の日内変動を調べた結果,薬剤によってQT間隔の延長が異なるという薬剤間差があることが示された.この薬剤誘発性のQT延長という問題に注意を払って治療を行うことで死亡リスクを減少できる可能性がある.
 心血管死亡リスクのもう1つが,メタボリック症候群(metabolic syndrome:MetS),肥満や糖代謝・脂質代謝の異常を介して動脈硬化が進み,心筋梗塞などの虚血性心疾患で亡くなるというルートである.治療中の統合失調症患者における空腹時血糖と2時間血糖の関係を調べた結果12),空腹時でみると境界値を示したのが約250人中3人で約1%なのに対して,2時間血糖でみた耐糖能異常は糖尿病型が3.1%,境界型が18.4%で,合わせて21%となり,100人の患者のうち21人が耐糖能異常をきたしていることがわかった.空腹時血糖に異常がない人に絞って抗精神病薬服用群の耐糖能をコントロール群と比べても,服薬群では明らかに高い血糖値が持続し,その結果インスリンの過剰分泌が起きていることも明らかにした19).われわれ精神科医はこの糖代謝異常に一層の注意を払わなければならないと考える.
 一方で,第二世代抗精神病薬(second-generation antipsychotics:SGA)によって糖尿病でない統合失調症患者に反応性の低血糖が引き起こされるという現象を発見し,BMJに発表して警鐘を鳴らした23).また,善玉コレステロールとされるHDLコレステロール値は,SGAを服用している群では,コントロール群に比べて有意に低下しているという結果も発表し,これらをきちんとモニターする重要性を提示した28)

図3画像拡大
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V.抗精神病薬治療と身体リスクに関する合同プロジェクト
 日本精神科病院協会と日本臨床精神神経薬理学会との協力体制で,抗精神病薬治療と身体リスクに関する合同プロジェクトを立ち上げ,身体リスクに関する全国レベルでの実態調査を行うとともに医療スタッフへの啓発活動を行った.このプロジェクトのなかで多数の症例データをいただき,その解析によっていずれのMetSの基準においても外来患者ではMetSのリスクが高いことを明らかにした21).しかし,入院患者においてもMetSリスクが低いのは高齢者であって,若い男性ではそのリスクが高いこともわかり,こうした特徴,所見を積み上げて臨床に活かしていくことが重要であると思う.
 さらに肥満やMetSという身体リスクに対して,全国の病院から265人の患者を対象に医師,栄養士にかかわってもらい,患者を群分けして介入研究を実施した22).体重測定後に,それを手帳に記入してフィードバックする群,体重測定と栄養指導を行う群,何もしない群の3群に分け,介入と評価を行い,7割以上がfollow-upを完了した.その結果,体重測定と栄養指導を行った群では,有意な体重減少,BMIの減少がみられ,このような介入が有効であることが確認された.MetS罹患率も体重測定と栄養指導を行う群だけ明らかに減少した.臨床的に有意な体重減少とされる7%の体重減少,5%の体重減少でみても,その群だけ明らかに改善することが示された.
 一方で,入院患者には別の深刻な身体リスク,低体重という問題があることも明らかになった20).神経性やせ症の体重基準を満たすような方が,入院患者では約8%もいるという問題だ.これは病態の解明,効果的な治療の探索を含め,今後の研究が必要である.
 これら合同プロジェクトの成果をまとめ,提言を行った18).今後,精神科医療スタッフがこの問題にどう取り組むかということが重要となるが,この一連の身体リスク研究をまとめると以下のようになる.
 第一世代抗精神病薬(first-generation antipsychotics:FGA)の登場によって統合失調症の治療は飛躍的な進歩を遂げ,SGAへのモデルチェンジはさらなる進歩をもたらしたといわれている.しかしながら,統合失調症患者の平均寿命は約15年短く,心血管疾患による死亡率が一般人口の約2倍高いこと,SGA服用者ではFGA服用者と比べてより心臓突然死のリスクが高く,その背景としてMetSの有病率の高さが統合失調症患者で心血管疾患による死亡率が高い原因の1つになっていることが示唆されている.生命と健康を脅かすこのようなリスクから患者をどう守っていくかは臨床精神医学における大きなテーマである.

VI.新潟の災害精神医療を通して
 最後に災害精神医療にもふれたい.この1世紀,新潟は大きな災害を経験してきた.1964年の新潟地震では「そのショックで入院となる症例が増加し病室が超満員」との記録が残っている.2004年の新潟・福島豪雨災害では,新潟大学精神医学教室として初めて組織的活動を行い,以来,新潟では何か災害があると,大学,公的病院,民間病院,看護や心理,ソーシャルワーカーの団体が一致団結して対応にあたる「災害時におけるこころのケア対策会議」15)という仕組みができ,とてもうまく機能している.同年,中越地震が起こったが,豪雨災害の経験を活かし,教室と関連病院が協働して対応にあたることができた.このときのこころのケアチームのノウハウはその後,全国の災害活動に活用されていくことになる.また,復興期の地域支援のために立ち上げた「新潟こころのケアセンター」の援助スタイルは東日本大震災後に宮城を中心に活用された.
 2007年には中越沖地震を経験し,2011年には「新潟大学災害・復興科学研究所」を設立,災害精神医療やその研究に従事するなかで,災害ストレスに脆弱な下位集団を効率的に同定し,集中的支援を行う必要性を実感した.直接の支援のほかに,災害支援ロジスティックがとても重要であることを認識し,現在,新潟大学災害医療教育センターのなかでその実践を進めている.
 今後もさまざまな場所でさまざまな災害の可能性があるが,必要な支援をタイムリーに行える体制整備,関連機関との協力関係の構築が最も重要で,こうした社会とのつながりが災害精神医学に限らず,精神医学全般にとって重要だと考える.

おわりに
 本学会は,精神神経領域を代表する基幹学会として極めて重要な役割を担っている.精神医学の学問としての発展に寄与することはもちろん,関連学会や関連団体との連携によって,学術総会の参加者が専門外の領域についての現状と課題を知ることができるような学会として,そして社会に貢献できる精神医学や精神科医療の姿を発信する学会として,より一層の国際化をめざし,発展していくことを祈念したい.

 第115回日本精神神経学会学術総会=会期:2019年6月20~22日,会場:朱鷺メッセ
 総会基本テーマ:―ときをこえてはばたけ― 人・こころ・脳をつなぐ精神医学
 会長講演:―ときをこえてはばたけ― 人・こころ・脳をつなぐ精神医学 座長:神庭 重信(九州大学大学院医学研究院精神病態医学)

 利益相反
 本稿に関連し,開示すべきCOI関係にある企業
 講演料:旭化成ファーマ株式会社,アステラス製薬株式会社,アッヴィ合同会社,アボットジャパン株式会社,エーザイ株式会社,MSD株式会社,大塚製薬株式会社,小野薬品工業株式会社,協和発酵バイオ株式会社,グラクソ・スミスクライン株式会社,興和創薬株式会社,塩野義製薬株式会社,第一三共株式会社,大正ファーマ株式会社,大日本住友製薬株式会社,武田薬品工業株式会社,田辺三菱製薬株式会社,株式会社ツムラ,日本イーライリリー株式会社,ノバルティスファーマ株式会社,ファイザー株式会社,マイランEPD合同会社,Meiji Seikaファルマ株式会社,持田製薬株式会社,ヤンセンファーマ株式会社,吉富薬品株式会社
 奨学寄附金:旭化成ファーマ株式会社,アステラス製薬株式会社,アボットジャパン株式会社,エーザイ株式会社,MSD株式会社,大塚製薬株式会社,小野薬品工業株式会社,協和キリン株式会社,グラクソ・スミスクライン株式会社,塩野義製薬株式会社,積水化学工業株式会社,第一三共株式会社,大日本住友製薬株式会社,武田薬品工業株式会社,田辺三菱製薬株式会社,中外製薬株式会社,日本イーライリリー株式会社,ノバルティスファーマ株式会社,バイエル薬品株式会社,ファイザー株式会社,富士フィルム富山化学株式会社,Meiji Seikaファルマ株式会社,持田製薬株式会社,ヤンセンファーマ株式会社,吉富薬品株式会社

文献

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