Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第122巻第11号

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総説
医師の3つの責務(診療・研究・教育)と利益相反
竹下 啓
東海大学医学部基盤診療学系医療倫理学領域
精神神経学雑誌 122: 812-821, 2020

 利益相反は,第一義的な利益と第二義的な利益があった場合に,第一義的な利益における判断が第二義的な利益によって歪められる可能性がある状態である.利益相反が存在するとは,実際に第一義的な利益が影響を受けたかどうかではなく,影響を受けるかもしれないように見える状態であることを意味する.利益相反を管理するとは,利益相反の存在を開示するとともに,利益相反による判断の歪みが生じるのを防止する処置を講じることである.利益相反の開示をすればそれで足りる場合もあるが,そうでない場合もある.医師にとっての第一義的な利益は,診療であれば患者の健康と福利,研究では研究公正と研究対象者の保護,教育では学習者の教育である.第二義的な利益には,経済的な利益のほか,名声,昇進,科学的探究心などがある.利益相反が原因で研究公正や研究対象者の保護が毀損され,研究対象者が死亡した事件や,研究不正の存在が強く疑われた研究の結果によって,診療や患者の受療行動に大きな影響を与えた事件がある.そのため,今日までに臨床研究における利益相反の管理のルールが構築されてきた.しかし,診療と教育における利益相反管理のあり方については十分に整備されていない.医師には,治療者,研究者,教育者としての使命があり,それぞれが対立することがありうる.そのような第一義的な利益同士がお互いに判断を歪めかねない状況が責務相反である.また,医師と患者の関係は,それぞれの場面で変化する.患者の最善の利益が,研究への参加や医学教育の題材になることで損なわれる可能性があることを,私たちは認識しておく必要がある.

索引用語:利益相反, 責務相反, 医師の使命>

はじめに
 倫理について説明するときに,「倫理への関心がたかまるのは,倫理が荒廃し混乱し危機にひんするとき―むしろ反倫理的なるときである」という佐藤俊夫の言葉がしばしば引用される16).それまで整っていたものが乱れたり欠如したりすると,注目を集めるということである.
 近年,利益相反とその管理に対して,大きな関心が寄せられている.本学会をはじめ多くの学会発表で,すべての演者に利益相反を開示することが求められるようになった.利益相反については,それまで整っていたものが乱れたというよりも,長い間あたり前のことのように行われていた慣習が,本当にそれでよいのか問い直されているのが現状であると思われる.
 本稿では,医師の利益相反について医師の使命に注目して振り返り,利益相反とどう向き合っていくべきかを考察する.

I.利益相反とは何か
 利益相反の定義としては,「第一義的な利益(=primary interest:患者の福利や研究の妥当性など)に関する専門家としての判断が,第二義的な利益(=secondary interest:経済的利益など)によって不当な影響を受けるような一連の状況」というデニス・トンプソンによるものが有名である21).医師が利益相反の開示を求められる機会が最も多いであろうと思われる研究の場面であれば,例えば,経済的利益のような第二義的な利益によって,研究の第一義的な利益である研究の妥当性,すなわち研究公正や研究対象者の保護が毀損されうる状況ということになる.実際,本学会でも主に経済的利益が利益相反の開示の対象となっている.
 利益相反の定義における第一義的な利益は,医師が担う使命によって異なる.まず,医師には,目の前の患者に最善をつくす治療者としての使命があり,さらに,新たな医学的知見を追求する研究者としての使命と,次世代・同世代の医療者になる人たちに対する教育者としての使命がある20).研究と教育は目の前の患者のためではなく,未来の患者に資することにある.医師の第一義的な利益こそが使命であって,医師には異なる第一義的な利益の追求が求められていると考えることもできる.ある医師が,治療者,研究者,教育者としての役割を同時に請け負っていれば,診療,研究,教育のそれぞれの文脈において異なる第一義的な利益のために働くことになる(表1).第二義的な利益としては経済的な利益が代表であるが,周囲からの評価,昇進,学問的探究心なども第二義的な利益となりうる.
 誤解されがちなことであるが,第二義的な利益の存在自体が利益相反の本質的な問題ではない.研究を行うのに研究費の調達は必須であるし,周囲の評価を上げるために一生懸命診療を頑張ったり,昇進のため医学教育に精力的に取り組んだりすることは非難されるべきことではない.避けなければならないのは,第二義的な利益のために,第一義的な利益に関する判断が歪められることである.
 それでは,第一義的な利益が第二義的な利益から不当に影響を受けていなければ,問題ないのであろうか.その回答は,“No”である.トンプソンの定義に立ち返れば,第一義的な利益と第二義的な利益が存在したときに,第二義的な利益が第一義的な利益に不当な影響を与える「状況」が問題なのである21).日本の利益相反管理に関する重要な指針の1つである「厚生労働科学研究における利益相反(Conflict of Interest:COI)の管理に関する指針」(厚労科研指針)では,利益相反について「外部との経済的な利益関係等によって,公的研究で必要とされる公正かつ適正な判断が損なわれる,又は損なわれるのではないかと第三者から懸念が表明されかねない事態をいう」とされており,事実として不適切な判断が行われなければ問題がないということではなく,周囲からどう見えるかという「見え方」が問われているのである8)

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II.利益相反と責務相反
 厚労科研指針は,トンプソンの定義にあるような広い意味の利益相反を,さらに細分化して定義している(図a8).第二義的な利益が経済的な利益である場合を「狭義の利益相反」,さらにそれを「個人としての利益相反」と,大学や研究機関のような「組織としての利益相反」とに分類している.また,本務と兼業活動の責務や役割としての相反が生じる場合のことを「責務相反」としている.大学などの研究者を対象とした場合には厚労科研指針の分類はわかりやすいと思われる.
 医師の利益相反としては,利益相反と責務相反の定義について厚労科研指針と異なる考え方をしたほうが理解しやすい(図b).すなわち,責務相反を非経済的な利益相反の1つと捉え,外形的には役割の対立に見えても,実質的に経済的な利害の衝突が問題である場合には,経済的な利益相反と考える.具体的には,兼業活動の時間が多くて大学の業務がおろそかになるような状態は,厚労科研指針では責務相反に分類される.しかし,兼業活動に多くの時間を費やすのが経済的利益のためであれば,それは経済的な利益相反に含まれると考えるのが妥当である.一方,兼業活動で会社の産業医をしている医師が本務先の病院でも主治医としてその会社の社員の診療をする場合に,例えば診療情報の共有をめぐって病院の医師と会社の産業医の役割の第一義的利益同士が対立する可能性がある状況が医師の責務相反であると考えられる.
 実際のところ,「複数の役割における第一義的利益に関する判断がお互いに影響を与える状況」を責務相反であると定義すると,複数の役割をもつ医師が抱える倫理的葛藤が理解しやすくなる.医師はしばしば,いわゆる治療者,研究者,教育者としての役割を担っている(表1).したがって,本務においても複数の役割からの責務の対立が生じることがあり,役割が本務先のものか兼業活動先のものかは本質的ではない.例えば,研究者としての医師が,治療者として診ている患者を自分が行っている臨床研究にリクルートすることはしばしばある.その臨床研究に参加することによる患者の直接の利益がない場合やリスクがある場合,患者の福利を求める治療者と研究の遂行が大切な研究者としての第一義的な利益は基本的には相容れないものである.このように治療者としての責務と研究者としての責務はしばしば対立する.

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III.研究における利益相反とその管理
 診療,研究,教育のうち,最も古くから注目され,ルールの策定がなされてきたのは研究における利益相反である.これは,研究者の利益相反の結果,研究の第一義的利益である研究対象者の安全や研究公正が損なわれ,社会から糾弾されたり,疑念をもたれたりした歴史があるからである(表2).特に研究対象者の死亡に至ったゲルシンガー事件の衝撃は大きく5),利益相反の開示を定めた2000年のヘルシンキ宣言の修正につながったとされている.研究不正が認定されたりバイアスの存在が強く疑われたりした研究の結果によって,診療や患者の受療行動に大きな影響を与えた事件もある.パキシル事件15)24)やバイオックス事件10)22)は臨床試験の事前登録制度につながり,日本のディオバン事件7)は臨床研究法の制定の契機となった.
 利益相反によって,研究の計画,実施,公表までのさまざまなプロセスにおいてバイアスが発生しうることが知られている1).製薬企業の立場では,自社医薬品に不利な結果が予測されれば,その臨床研究に対して資金の提供をしないのは合理的な判断である.その結果,研究が行われない(介入研究バイアス).あるいは,臨床研究を行ったところ自社の営業戦略的に不利な結果であった場合は論文を公表しないかもしれない(出版バイアス).そして,企業にとって好都合な結果,つまり効果については過大評価し,有害事象は過小評価になりやすい(アウトカム報告バイアス).もし,期待通りの結果が得られなかった場合には,研究計画の段階では考えていなかったようなアウトカムのサブ解析を試みて,有利な結果を捻り出すというようなことが行われているという指摘もある.
 さて,利益相反を管理するとは,どういうことであろうか.厚労科研指針における利益相反を管理するうえでの原則を表3に示す.研究公正,研究参加者の保護,透明性の確保に加えて,研究者とその所属機関に管理を行う責任があることが明記されている.さらに,どのように管理を行うかというと,「客観性,公平性を損なうという印象を社会に与えることがないように管理を行うこと」となっていることにも注意が必要である.つまり,社会の人々がどう受け取るかによって,管理のレベルは変わってくることを示唆している.
 ともすると私たちは,利益相反の状況を公開して,研究であれば研究対象者に説明し同意を得れば(開示ルール),それで十分であると考えがちである.日本では,2003年に策定された「臨床研究に関する倫理指針」で初めて開示ルールが記載されたが,それ以外に利益相反管理のために何をしたらよいのかは不明確で,研究者の所属機関などが独自に判断する必要があった.この点,臨床研究法に伴い取りまとめられた,「臨床研究法における利益相反管理ガイダンス」では,利益相反管理について明確に記載されており,特定臨床研究以外にも参考にされるべきであると思われる(表49).このガイダンスでは,基準1で開示と同意のルールを定めているほか,基準4で研究責任医師の利益相反管理について詳細に規定され,一定の経済的関係がある場合には研究責任医師になることはできないのが原則とされている.もし,研究責任医師となる場合には,データ管理,モニタリング,統計解析に関与せず,かつ,研究期間中に監査を受けることが求められる.利益相反管理の対象は研究責任者と生計を同じくする配偶者や一親等の親族も含まれ,研究分担医師に関しても,基準4に準じてデータ管理,モニタリング,統計解析には関与しないこととされている.さらに,関係企業などに所属する研究者が研究に参加する場合には,原則として被験者のリクルート,データ管理,モニタリング,統計解析などに関与しないこととなっており,例外的にデータ管理や統計解析に関与が必要な場合は,研究期間中に監査を受けることが必要である.
 臨床研究法の制定後,厚労科研指針も一部改正されていて,特定臨床研究以外の研究についても,臨床研究法で定められているような基準を採用するか,これらの方法により解決が難しいと認められる場合には研究への参加の取りやめも検討するか,あるいは経済的な利益の放棄について検討するべきだと記載されている8).「日本医学会COI管理ガイドライン」では,一律に回避するべきこととして,金銭で誘引されて症例集積すること,研究に関係ない学会参加に関する資金提供を受けること,研究成果に応じた契約外での成功報酬が挙げられており,注意が必要である12)

表2画像拡大表3画像拡大表4画像拡大

IV.診療における利益相反
 診療における第一義的利益は患者の健康や幸福である.しかし,診療における利益相反に関しては,明確な規範はない.世界医師会の「WMA医の倫理マニュアル」(日本医師会訳)には,「根底にある第一の倫理原則は,医師は自らの利益と患者の利益との間に利益相反があった場合,すべて患者の利益となる方向で解決しなければならないというものです」と解説され,第一義的な利益が第二義的な利益よりも優先される原則が説かれている6).しかし前述したように,第一義的な利益が第二義的な利益に優先されるのは当然のことであって,第一義的な利益が第二義的な利益に不当な影響を受けると思われないようにするにはどうしたらよいかが求められているのである.
 診療活動と製薬企業との関係については,主に製薬企業側が主導により見直されてきた.転換点となったのは2012年4月で,日本製薬工業協会が医療機関や医師などに支払った金銭の情報を開示する「企業活動と医療機関等の関係の透明性ガイドライン」の運用が開始され,医療用医薬品製造販売業公正取引協議会も医師への接待についての自主規制を強化した25).近年,特定非営利法人ワセダクロニクルが,この透明性ガイドラインに基づいて各製薬企業から公表された医師への講演料などを集計して,医師の個人名で検索できるデータベースを公開している23).製薬企業からの資金提供を中心とする利益相反の開示については,医師の外堀が埋められつつあるような状況にある.
 最近は,医師と製薬企業の関係について,研究費や講師謝礼以外の利益供与に関する報道も目立つようになったことに注意する必要がある.具体的には,製薬企業がいわゆる製品説明会において無料で提供している弁当についてまで報道されるようになった11)26).これらの報道にあるように,製薬企業の提供する無料の食事で医師の行動は変化するのかについては,製薬企業からの利益供与のデータと医師の処方履歴との横断的研究から,20ドル以下相当の食事を無料で提供することで医師の処方頻度が増える可能性が示唆されている4).また,米国のレジデント医師を対象としたアンケート調査では,多くの医師が,他の医師は製薬企業のプロモーションに影響を受けるが,自分は受けないと思っていることが示されている18).前述したように,利益相反は「他者からどう見えるか」が大切であるので,「他の医者が影響を受けるのではないか」という状態があるのであれば,やはり今後管理していくべき事柄であると思われる.例えば,役所内で営利企業が説明会を開催し,公務員に無料で弁当が提供されていたら,「弁当を食べても政策や発注の判断に影響を受けない」と説明されても,納得できる人は少ないのではないかと思われる.
 無料の弁当の提供を受けるのはやめたほうがよいのではないかという議論のときに,医師の処方が影響を受けることを示すエビデンスが弱いという反論があるそうだ.はたして,医師を無料の弁当あり群となし群に割り付けて,処方頻度の変化を検討する無作為化比較試験のようなエビデンスが必要なのだろうか.そうだとしたら,わが国におけるEvidence―Based Medicineの普及のすばらしさに苦笑せざるをえない.
 診療における利益相反は,製薬企業との関係だけではない.所属施設の利益や医師が所属施設から受ける入院件数や手術件数などに対するインセンティブも,患者の福利という第一義的利益に反することがありうる.また,専門医などの資格申請をするときに必要な手技数や手術数が,非経済的な第二義的利益となることも考えられる.

V.教育における利益相反
 教育における第一義的利益は,学習者の知識や技能の獲得である.教育における利益相反については,日本医学教育学会が2019年1月8日に「医療専門職教育における利益相反(Conflict of Interest:COI)についての考え方」を公表した19).この指針によれば,例えば,他に適切な教科書があるにもかかわらず教員の自著を学生に強制的に購入させることは不適切であり,教育教材の導入にあたっては,教育学的効果や必要性などについて透明性のある根拠が求められる.また,学習者を対象とした教育系の研究における倫理的配慮についても注意を喚起している.人を対象に行う医学系研究は臨床研究法や「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」などで細やかなルールが明文化されているが,医学系研究以外の人を対象とする研究については公的なルールは存在しない.そのため,教育方法についての研究が,教育者と研究者の責務相反に無自覚なまま十分な倫理的配慮を欠いて行われる懸念があり,貴重な指摘である.
 「医療専門職教育における利益相反(Conflict of Interest:COI)についての考え方」は,治療者としての医師の利益相反管理についても言及しており,「利益相反を開示することによりすべての道徳的な義務を果たしたと信じる医療専門職もいるかも知れないが,それだけでは利益相反に関する問題に対応したことにはならない」としたうえで,製薬企業からの贈答品,飲食物の提供,労務提供,医薬品製品見本の個人使用,企業主催のセミナーなどへの交通費受領などの禁止などが記載されている.今後,診療における利益相反管理のひな形となることが期待される.

VI.診療,研究,教育の責務相反
 いわゆる利益相反管理も極めて大切であるが,著者は,診療,研究,教育の3つの医師の役割の第一義的利益が対立しうることを強調したい.これは換言すれば医師の使命の対立であり,医師からではなく患者の視点で見直したときによりいっそう明らかとなる.診療の場面では,患者は治療者としての医師から,自らにとって医学的に最善な医療を提案される.もちろん患者の意向は尊重されるが,医師には一定の裁量がある.例えば医師が提案した治療と患者の意向が当初は一致しなくても,相談しながら患者にとっての最善を探ることが求められ,場合によっては医師が患者を説得することもある.医学的な適応と患者の意向や価値観についての対話を重ねて合意を形成するプロセスは,シェアド・ディシジョン・メイキングといわれる.他方,研究の場面では,医師と患者の関係は,研究者と研究対象者という関係になる.研究においては,基本的に患者に対する確定した医学的利益は期待されず,研究への参加は自己犠牲である.したがって,自己犠牲をしてもらうことについて厳密な意味での自発的なインフォームド・コンセントを受けることが求められる.研究倫理委員会によっては,患者の自発性を損なうことがないよう説明文書の題名として「研究協力へのお願い」と記載することが禁止されているほどである.
 診療と研究における役割の違いを患者が正しく認識していることは少なく,研究に参加することに自らの治療上の利益があると誤解していることも多い〔治療と研究の誤解(therapeutic misconception)〕.研究参加者を増やしたい研究者にとっては,治療と研究の誤解を解くインセンティブが働きにくいことから,私たちも治療者と研究者の役割の違いを自覚することは大切である.研究者としての医師も,研究対象者としての患者も,研究は治療でないことを理解すること,治療上の利益がある研究であれば,どこまでが治療でどこからが研究なのか十分に説明し,確実な理解を得ることが,研究参加におけるインフォームド・コンセントの重要なポイントである.意思決定に何らかの支援が求められることが多い精神神経科領域においては特に注意が必要である.
 診療と研究,場合によっては教育にもかかわる責務相反では,症例報告の問題を指摘したい.症例報告は若手医師が学会発表や論文執筆の作法を最初に学ぶ重要な機会であると思われる.一般に症例報告には「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」は適用されないため,倫理審査は不要である.倫理的配慮としては症例報告をすることにインフォームド・コンセントを受けているかや個人情報保護について強調されることが多い.しかし,もし症例報告のために通常の診療では行わないような過剰な検査が行われる場合には,それはまさしく研究としての審査が必要なのではないかという論点,著者資格を満たさないまま共著者や共同演者が決定されている可能性などが危惧される.症例報告が若手の研究者や医師にとって最初に学会発表や論文発表をする機会になるのだとすれば,倫理的な配慮やオーサーシップの問題などをきちんと学ぶ機会にもするべきである.
 教育の場面では,医師は教育者であり,患者は学習者の「教材」という関係になる.教育に関しても,医学生の実習の場合には患者から同意を受けることが多いと思われるが,研修医を含む医師の場合にどうするかは,今後検討が必要なところである.
 教育の場で学習者を対象とする研究の場合,研究者と教育者の責務相反が問題となる.新たな教育手法や教材の効果を検討する営みは介入研究である.人を対象とする医学系の研究であれば「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」の対象となるが,教育のような医学系以外の研究の場合は倫理審査についての公的なガイドラインが存在せず,今後の課題である.

おわりに
 2018年から2019年にかけて,医学部の不適切な入試の問題が指摘された大学は,「大学の経営上の都合を優先し,そのためならば入試の公正をおろそかにして省みない姿勢」などとの批判を受けた17).これは大学病院の経営者という役割と大学医学部の教育者という役割の責務相反の管理が不十分であった事例と理解することもできる.
 もう1つ重要な課題である働き方改革に関しても責務相反の文脈で理解できる.私たちは,医師であるということをあまりにも重視しすぎて,普通の生活者の視点というのがおろそかになっていた部分があるのではないだろうか.働き方改革を通じて,聖職者性というものと労働者性というもののバランスをどうしていくのか,あるいは職業人,プロフェッショナルとしての医師と,生活者,家庭人としての立場,責務をどう管理していくのか,ということが問われているのかもしれない.

 編注:第115回日本精神神経学会学術総会教育講演をもとにした総説論文である.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) Bero, L.: Addressing bias and conflict of interest among biomedical researchers. JAMA, 317 (17); 1723-1724, 2017
Medline

2) Deer, B.: How the case against the MMR vaccine was fixed. BMJ, 342; c5347, 2011
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3) Deer, B.: Secrets of the MMR scare. How the vaccine crisis was meant to make money. BMJ, 342; c5258, 2011
Medline

4) DeJong, C., Aguilar, T., Tseng, C. W., et al.: Pharmaceutical industry-sponsored meals and physician prescribing patterns for medicare beneficiaries. JAMA Intern Med, 176 (8); 1114-1122, 2016
Medline

5) Gelsinger, P., Shamoo, A. E.: Eight years after Jesse's death, are human research subjects any safer? Hasting Cent Rep, 38 (2); 25-27, 2008
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6) 樋口範雄訳 : WMA医の倫理マニュアル原著第3版. 日本医師会, (http://www.med.or.jp/doctor/rinri-rinri/000320.html)

7) 厚生労働省高血圧症治療薬の臨床研究事案に関する検討委員会: 高血圧症治療薬の臨床研究事案を踏まえた対応及び再発防止策について(報告書). 平成26年4月11日 (https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10801000-Iseikyoku-Soumuka/0000043426.pdf) (参照2020-04-01)

8) 厚生労働省: 厚生労働科学研究における利益相反(Conflict of Interest: COI)の管理に関する指針. 平成30年6月26日一部改正. (https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10600000-Daijinkanboukouseikagakuka/0000152586.pdf) (参照2020-04-01)

9) 厚生労働省: 臨床研究法における利益相反管理ガイダンス. 平成30年11月30日一部改訂. (https://www.pref.okayama.jp/hoken/hohuku/tuuchi/tuuti30_3533_04_02.pdf) (参照2020-04-01)

10) Krumholz, H. M., Ross, J. S., Presler, A. H., et al.: What have we learnt from Vioxx? BMJ, 334 (7585); 120-123, 2007
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11) クスリの大罪―製薬会社, 医師, 薬局…知られざる癒着の構図(特集)―. 週刊東洋経済, 2019年6月1日号

12) 日本医学会利益相反委員会: 日本医学会COI管理ガイドライン. 2017年3月改定. (http://jams.med.or.jp/guideline/coi_guidelines.pdf) (参照2020-04-01)

13) 臨床試験医に未公開株. 日本経済新聞, 2004年6月12日

14) 論文バイエル社が下書き 医師名で発表 営業に活用. 朝日新聞, 2017年4月20日

15) 佐藤 元, 藤井 仁, 湯川慶子: 臨床研究(試験)の登録制度と情報公開―臨床試験登録の歴史・現状・課題―. 保健医療科学, 64 (4); 297-305, 2015

16) 佐藤俊夫: 倫理学. 東京大学出版会, 東京, 1960

17) 社説: 東京医大入試 「公正より経営」の腐臭. 朝日新聞, 2019年1月8日

18) Steinman, M. A., Shlipak, M. G., McPhee, S. J.: Of principles and pens: attitudes and practices of medicine housestaff toward pharmaceutical industry promotions. Am J Med, 110 (7); 551-557, 2001
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19) 鈴木康之: 医療専門職教育における利益相反 (Conflict of Interest: COI) についての考え方. 医学教育, 50 (1); 47-51, 2019

20) 竹下 啓, 堂囿俊彦, 長尾式子ほか: 医師の使命を考える―医師・医学生の立場から2―. 生存科学B, 23 (2); 87-93, 2013

21) Thompson, D. F.: Understanding financial conflict of interest. N Engl J Med, 329 (8); 573-576, 1993

22) Topol, E. J.: Failing the public health: rofecoxib, Merck, and the FDA. N Engl J Med, 351 (17); 1707-1709, 2004
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23) ワセダクロニクル: マネーデータベース「製薬会社と医師」―あなたの医者をみつけよう―. (https://db.wasedachronicle.org) (参照2020-04-01)

24) Whittington, C. J., Kendall, T., Fonagy, P., et al.: Selective serotonin reuptake inhibitors in childhood depression: systematic review of published versus unpublished data. Lancet, 363 (9418); 1341-1345, 2004
Medline

25) 山崎大作: 縮小する製薬会社の奨学寄付金, 今後どうなる? 日経メディカルオンライン, 2012年5月9日. (https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/blog/yamasaki/201205/524842.html) (参照2020-04-01)

26) <税を追う>高級弁当=営業ツール 1個3000円 製薬会社が医師側に提供. 東京新聞, 2019年6月11日

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