Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第122巻第10号

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特集 ICD-11 に収載された複雑性PTSD の理解と治療―トラウマケア技法の実際―
ホログラフィートークの複雑性PTSDに対する適応の可能性
嶺 輝子
アースシー・ヒーリング・セラピー
精神神経学雑誌 122: 757-763, 2020

 このたび,ICD-11において複雑性PTSD(CPTSD)が正式な診断基準として採択された.これにより,これまで正しい診断・治療を受けられなかったCPTSDの患者(Cl)達が治療を受けられる基盤が整ったわけだが,今後はその治療をどのように行うかが重要課題になる.CPTSDとは,傷を受けやすい若年期の発達段階において,養育者からの加害や放棄による重度のストレス要因に継続的あるいは長期間曝された結果,引き起こされるトラウマである.CPTSDからの回復にはそのトラウマを解消し,安定化を促進させ,ライフスキルを獲得させる必要がある.本論文では,重なり合うトラウマ記憶のなかから根源の問題を見いだし,物心もつかない時期に端を発する愛着の問題を解消する技法として著者が考案したホログラフィートークという心理療法を紹介する.この治療技法は,トラウマを処理し,安定化とリソースの獲得を行う心理療法であり,特にCPTSDや解離症群,物質関連障害および嗜癖性障害群,トラウマ由来の身体症状症に適応可能性がある.

索引用語:複雑性PTSD, 心理療法, トラウマ・インフォームド・ケア, 愛着障害, 心理的逆転>

はじめに
 複雑性心的外傷後ストレス障害(complex post traumatic stress disorder:CPTSD)とは,発達段階において養育責任を担う者からの加害や放棄による重度のストレス要因などに継続的あるいは長期間曝された結果,引き起こされるトラウマである4).患者(client:Cl)の状態によっては,感情調整の障害や自己破壊的および衝動的行動,解離症状その他の精神的な問題8)だけでなく,さまざまな身体症状にまで発展する14).本論文では,このようなCPTSDから回復を援助する際に欠かせない重要な視点,回復に必要なプロセス,予防の手立てについて論じたあと,著者が考案したホログラフィートーク(holographytalk:HT)の紹介を行いたい.

I.複雑性PTSDの患者の様相
 前述のとおりCPTSDとは,幼児から青年期などの傷を受けやすい発達段階において,保育者・養育者による加害や放棄などの重度のストレス要因に曝されて引き起こされたトラウマが長期にわたり継続した結果,文字どおり複雑化したものである.すなわちCPTSDは,類似する外傷性の出来事に複数回曝露したり,種類の異なる外傷性の出来事の曝露によって引き起こされる重篤なPTSDであり,①感情のフラッシュバック,②有毒な恥辱感,③自己放棄,④悪質な内なる批判,⑤社会的不安といった特徴によって通常のPTSDと一線を画している17).また,CPTSDのClは,脆弱な発達段階において長期間にわたり重度のストレスを受けるため,①生物学的調整機能,②感情調整機能,③行動コントロール,④認知能力,⑤自己イメージや意味の創出,⑥自己統合や意識,⑦愛着や対人関係など,さまざまな方面に問題が現れる.

II.複雑性PTSDにかかわる諸問題―治療が遅れる要因―
 Herman, J. L.によって問題提起されたCPTSD5)は,その後多くの治療者・研究者の訴えにもかかわらず13),DSM-5への採択を見送られ,今回ICD-11でようやく採択され,診断名と診断基準が定められた.そして採択によって,この病理の特徴である影響の範囲の広さや診断の難しさへの対応,治療法の確定といった新たな課題が生まれている.影響は,生物学的調整機能,感情調整機能,行動コントロール,認知能力(注意,集中,問題解決,学習),自己イメージと意味の創出,自己統合(解離と意識),愛着と対人関係など,多岐にわたるうえ,症状は精神的なものだけにとどまらず,線維筋痛症や慢性疲労,その他の自己免疫疾患など,多種多様な身体的症状を引き起こしうる14).このように精神科にとどまらず他の医療領域にまで広がった症状により,当該の専門医によってトラウマとはまったく関連のない疾患として診断をされた場合,複雑で深いトラウマの問題に光があてられないままとなる.加えて,トラウマが幾重にも蓄積されたり,遠く朧げな幼年期に原因となる出来事が起きていた場合には,CPTSDの原因となる出来事を突き止めることが非常に難しくなる.
 さらにCPTSDには,その診断だけでなく,治療においても困難が伴う.それぞれのClに必要な治療やケアを見つけにくいだけでなく,治療やケアが提供されても治療効果が上がらない事例がみられるからだ.特に留意したいのは,治療や治療者に対する抵抗が強く現れる点である.この困難な現象に注目したChallahan, R. J.は,上述のようなClがみせる抵抗的なふるまいを「心理的逆転」と名づけ,この問題の解消が難しいClの治療に不可欠であるとしている2).「心理的逆転」による抵抗がCPTSDのClにみられるのはなぜだろうか.Clの多くはきわめて自己否定的であり,慢性的な罪悪感と責任感,さらには激しい恥の感情によって苦しんでいる.長期間虐待され続けた個人(特に児童)は,虐待者による自らに対する意味づけを内面化する形で,自己の価値や意味を変容させてしまっているからである.被虐待者は,自己コントロールのしにくさに加え,このように強い否定感や自責,恥辱感や絶望感をもっているため,自分が助けてもらえるとも,救われるに値する存在とも思っておらず,自己を放棄し,惨めな人生が相応しいとさえと思い込んでいる可能性が高く7),それゆえに回復に対する強い抵抗が生じる.
 さらに,解離性同一性障害をはじめとする児童期心的外傷関連障害群における自己同一性の断片化は,それ以前は完全であった自己同一性が「粉砕」された結果ではなく,離散的意識状態の発達過程における整理統合の失敗ではないかと指摘されており9),解離の発達的見解は精神医学的条件の個体発生を理解するための豊かなモデルを提供するともいわれている11).しかし,その幼年期のトラウマを探り出し到達することは困難極まる.

III.複雑性PTSDへの対策のポイント
 CPTSDに対応するためには,予防と治療の2つの対策が必要となる.予防とは,幼年期あるいは児童期にあってまだCPTSDとは診断されない予備軍へのアプローチであり,治療とは,青年期を過ぎてCPTSDと診断された人々に対して行うアプローチである.ここではまず,子どものトラウマを複雑化させないための予防について述べ,さらに大人のCPTSD治療の留意点を述べる.
 CPTSDは若年期の脆弱な年代における継続的な強いストレスによって引き起こされる障害だが,それは複数の継続的な虐待によって起こるばかりではなく,単回のトラウマ事象が,その後の不適切なケアによって複雑化することもありうる.そうした可能性を念頭におき,子どものトラウマを複雑化させないための有効な対処法として,「トラウマ・インフォームド・ケア(trauma-informed care:TIC)」10)という視点に基づいたサービスを参照したい.
 TICとは,トラウマを正しく理解した多重・多領域の環境のなかで,トラウマを負った人をケアすることで,その後に深刻化しうる問題を回避しようとする試みである.その方針に基づいてアメリカでは,『Parenting a Child Who Has Experienced Trauma』という冊子3)を配布し,親の養育トレーニングを行っている.両親や身近な人間がトラウマの影響を理解していない,あるいは親自身が問題を抱えている場合には,子どもがみせるトラウマ後の複雑な反応や行動に不適切な対応をする可能性がある.理解不足な親のケアは,効果がないばかりか有害にもなりうる.
 CPTSDを防ぐためにも,子どもに現れるトラウマの症状の理解と対処,そして回復の援助が重要になる.TICでは,子どもの問題行動や極端な反応をトラウマの影響であると認識し,周囲が落ち着いた対処・対応を行うことで,子どもの回復を促すことを図っている.親も一連の知識と望ましい対応の情報が得られることで,適応的な対処がしやすくなる可能性がある.
 しかし,適切な対応の重要性が理解できなかったり,出来事や子どもの状態に圧倒されたり,親自身が二次受傷に陥っている場合には適切な対応が難しくなりうる.さらに親自身が未解決の問題を抱えている際には,子どもの問題が,親の過去のトラウマのトリガーとなり,親自身の問題が溢れ出てくる可能性もある.それゆえ治療者は,親のケアも行いながら,不適切な対応や二次受傷の徴候が,彼らのトラウマの影響から派生していないかを心にとめておく必要がある.親自身の未解決の問題が解消され,安定すれば,対応や養育の質が向上したり,さらには加害行為や衝動行動を抑制できるだろう.
 次にCPTSDを発症している成人のClへの対策について考える.CPTSDの成人のClについても,通常のトラウマ治療と同じように,①安定した精神状態を取り戻す,②過去のトラウマを思い出しても過剰な反応をしなくなる,③「今ここ」を感じ,健全な他者とのつながりを構築するなどの健全なライフスキルを獲得する,④生存手段についての秘密も含めて出来事を理解することなどが必要となるが14),さらに,CPTSDのClに起こりがちな問題に留意する必要がある.
 CPTSDのトラウマ記憶は,重層的であったり,幼年期であるために想起が困難であり,通常の対話や認知に働きかける技法では解決に至らない可能性が高い.特に「愛着トラウマ」を抱える基底欠損(エディプス期以前に問題を抱える)のClには独特の力動があり,成人の言語がこの水準で起こる事象の叙述に役立たないか,誤解の原因となるからである1).そのようなClには,感覚から情動脳にアクセスし,トラウマに働きかけるセラピーを行う14)など,身体や感覚に働きかける技法が必要になるだろう.通常のPTSDのフラッシュバックでは,トラウマの原因となる出来事の具体的な場面がはっきりと現れてくるため,根本の問題が明確であり,その問題に対しての治療を行えばよいが,CPTSDのフラッシュバックは,具体的な場面を伴わず,感覚的なことも多く,それは捉えにくいかすかな違和感から身の毛がよだつような恐怖まで幅広い状態で現れる17).Cl本人もなぜそのような反応が出てくるかわからないことも珍しくない.そうしたClのなかに起こるさまざまな感覚を入口として,不具合を引き起こす原点の記憶に到達し,そのトラウマを処理し,よりよい状態をもたらす技法として,著者が考案したHTを紹介したい.

IV.ホログラフィートークとは
 HTは,著者自身が考案した,トラウマを処理し,Clの回復を援助する心理療法である.分類としては軽催眠を使ったトランスワークや自我状態療法の一種といえる.多くの心理療法が,セラピスト(therapist:Th)から提供される教示や対話,訓練を通して認知能力や情緒そして行動などに変容や変化をもたらす形をとるが,HTではCl自身が,感情や身体症状の意味を読み取り,解決し,自らを癒すプロセスを行う.そこではThは問題の軽減・解消をめざすプロセスを援助するガイドやコーチのような役割を担うことになる.Clが抱える問題を,それに対する感情や感覚・症状を起点として,起源となる原因を探り,問題の解決を図って安定化を行い,リソースを獲得するまでを1回のセッションのなかで行う.

1.ホログラフィートークの特徴と構造
 著者は,1990年代よりさまざまな技法のトレーニングを受講し,Hermanが提唱するCPTSDとおぼしきClの治療に多く取り組んできた.用いた技法は,認知行動療法,プロセス指向心理学,フォーカシング,解決志向,催眠,キネシオロジーやその他の心理療法,オステオパシーなどのボディーワークまで多岐にわたった.しかし,顕在意識でそのようなClのトラウマを扱おうとすると,封印されたトラウマ記憶にアクセスできずに終わるケースや,アクセスできた途端に警報装置の誤作動によるフラッシュバックに襲われるケース,Clによっては抵抗が大きく出るものが少なくなかった.著者がより安全で効果的なセラピーを模索する過程において,各技法の有効と思われる要素を著者なりに組み合わせ,次第に構築していったものがHTである.
 HTは,DSM-5の心的外傷およびストレス因関連障害群,ICD-11のストレス関連症群に分類される疾患全般に適応となる可能性がある.また,Clの内部に閉ざされたまま格納されている問題の原因と解決法の双方にアクセスが可能な点から,ICD-11におけるCPTSDに対して特に効果を発揮する治療であると考えられる.加えて,身体症状を起点としてトラウマを扱うことから,トラウマ由来の身体症状症や,離散的意識状態の統合と制御の獲得がトラウマによって阻害された病態とされる解離症群,さらには心理的逆転と関連深い物質関連障害および嗜癖性障害群にも適応可能性がある.
 HTが治療目標として最も重要と考えているのは,トラウマの処理と健全さの構築である.HTでは4つのステップを通して,Clの症状や問題の根源となる過去のトラウマを処理し,境界の構築,健全な愛着の形成や基底欠損の解消を行い,それによって回復や健全な発達の基盤を整え,ストレスの軽減,情動耐性や反応調整の開発,自己感覚や自己共感の開発,重要領域での潜在能力の開花や,関係性の問題解決を図っていく.以下,ステップごとのポイントをより具体的に紹介したい6)
 【ステップ1】課題の決定と外在化
 まず,Clとともにその日に扱う課題を決定する.課題は精神的な問題だけでなく,身体疾病や痛み,CPTSDのClが抱える複雑な症状もその対象となりうる.問題に対する感情や感覚(あるいは心理的逆転の根拠となる感情),症状に意識を向け,深呼吸をしながらリラックスさせ,軽催眠状態に誘導する.ゆっくりと感情や症状に近づき,それを色や形にたとえて外在化していく.感情や感覚を,色や形にたとえて外在化することによって,感情や症状などの形態として特定しにくい対象との内的対話が可能となる.さらにそれらがバウンダリー(個人の境界線)の問題にかかわっていないかを確認し,バウンダリーの問題であると判明したら,それを処理する.外在化したものがバウンダリーの問題ではないと判明したら外在化したものに気分を聞く.Clによっては,自分のなかにある形容しにくかった感覚が,実は長年抑圧してきた感情であることに初めて気づくこともある.
 【ステップ2】問題の見極めと解消
 退行と判断できたら,退行誘導をしていく.退行誘導では,Clが感じていた感覚を起点に情動脳にアクセスすることによってトラウマ記憶への到達が可能となる14).問題が発生した起源に退行し,その場面が現れたら,今のClが過去のClの気持ちを聞き,状況の説明をしてもらう.さらに過去のClの望みを聞き,望みを深く承認しながら,その望みに沿った解決を施していく.
 過去のトラウマを扱うときには,Clの覚醒レベルが許容範囲内であること,およびClとThの双方が十分にコントロールできることが不可欠であるが12),軽催眠状態という安定した状態でトラウマ記憶を扱うため,過去の外傷的な場面に到達しても安定した意識で過去の自分を見つめやすく,過去の問題の理解とその解消が可能となる14).トラウマを受けたときに(逃げたり反撃するなど)果たせなかった未完の行動は,Clの精神エネルギーを消耗し,精神レベルを低下させ,それらが終了することができるまでClを悩ませる傾向があるため15),心的外傷性記憶の清算はトラウマの解決への重要な鍵となる16)
 【ステップ3】健全さの構築と安定化
 問題者の代わりとなる健全な人(人々)を連れてきて,その人々に過去のClが望むような愛着行為や,尊重の行為,正しい行為を十分にしてもらう.これによって軽催眠状態のClは,過去の自身とともに,健全な人(人々)から提供される愛着行為や尊重の行為を体感し,それを修正情動体験として記憶することができる14).この修正情動体験による置換は,その後のClのトラウマの感覚を中和する解毒剤として働く14).さらに次のセッションまで状態を安定させるために,日常的にある刺激によって,セッションで獲得した安定感が再賦活されるような後催眠暗示を含めた安定化の誘導を行う.過去のClと健全な人(人々)を今のClのなかに収めるのである.
 【ステップ4】リソースの獲得
 最初にClに外在化したものの変化を確認し,現在の気分を聞き,今後の望みを聞いてゆく.この望みこそ,Clの回復へのリハビリテーションのためのリソースとなる.それを聞き出し,最後にこの良好な状態維持の方法を聞いて,現実の世界に戻る.Clが現実世界に戻ってきたら,感想を聞き,得られたリソースを実際の生活で行っていくための行動課題を決め,安定化のための簡単なエクササイズを提供し,その日のセッションを終了する.
 このセッションを,Clの状態に応じて複数回重ねていくことによって,ストレスを軽減して安定させる.同時にClの心的状態の底上げを行い,レジリエンスを向上させながら,ライフスキルの獲得・向上を行い,Clの回復を促す.回復は,多くの場合はアップダウンを繰り返しながら,螺旋を描くように進んでいくものになる.また,状態悪化や,新たな問題の発生も問題解決の糸口として活用することができる.
 HTの治療モデルは,より効率的なClの精神行動の開発をどのように支援するかということを軸に構築される15).したがって,治療の原則は,適応行動に必要なバランスの獲得を促進することを目的とし15),そのバランスを乱しているものを課題として取り上げていく.CPTSDのトラウマ治療は,一般的にはClの安定化,トラウマの処理,リハビリテーションという3つのステップが段階的に進むようにするが15),HTはトラウマの処理から着手する形となる.そして,それが安定的に行われるのも,HTがセッションのなかで,過去のトラウマを表出させるだけでなく,処理と統合,そして安定化までを1回のセッションで行うからであり,Clの安定した状態を保ちながら,回復を進めていくことが可能となる.また,そのように回復を促進させるためにも,最初の段階でClに「心理的逆転」問題を課題とし,それを解消しておくことが重要になる.Clは長期にわたる虐待によって,自己の評価が変容し,それが治療への大きな抵抗として働いてしまう問題を解消しておくことで,CPTSDの回復に起こりがちな抵抗による空転を防ぐことが可能となる.

2.ホログラフィートークのメリットと限界
 HTの基本的な治療目的はトラウマの解消であるが,CPTSDに対しては以下に挙げるような複数のメリットがある.①安全性が高く,使われる技法が誘導レベルなので,技法が習得しやすく,初学者でも効果を上げられる.②軽催眠であるため,Clの意志を確認しやすく,Clの意志を尊重し,逸脱した形になるおそれが少ない.③軽催眠状態なので,問題場面に戻ってもClの意識は安定しており,誘導を得ながら過去の問題を解決していくため,フラッシュバックやパニックを起こしにくい.④幼年期や,重積しているためClの顕在意識では明確になりにくい問題の場面に到達できるため,問題の根本からの解決が図れる.⑤トラウマの起源に戻れるため,不可解な症状や困った感情・反応に対する理由が明確になり,Clの理解や満足度が高い.⑥通常は扱いが難しい衝動や行動化を焦点化して扱えるため,問題介入が可能となり,Clの安定化を積極的に行える.⑦イメージのなかで適切な愛着行動を与え,体感させるため,愛着障害の解消に役立ち,そこから派生するさまざまな問題や影響を緩和・解消できる.⑧愛着の問題を解消する一次愛の対象は,セッションで出てきた健全な人(人々)が担うため,治療者への強烈な投影転移による妨げが起こりにくい.
 限界としては,コミュニケーションが可能であることが前提となるため,コミュニケーションをとりにくい急性期や依存物質断薬期のような過度に不安定な状態のClへの応用は難しい.また,発達障害その他の問題で,イメージワークがしにくいClにも応用は難しい.さらに子どもについては,特に集中力などの問題から適用が難しいので,短時間でストレスの度合いが下がるような別の技法を用いるほうがより望ましいであろう.

おわりに
 著者のところに紹介されてくるClは,さまざまな不調を抱えており,身体症状やその他の問題が重積している場合が少なくない.そのなかにはCPTSDと診断されうるClも多く含まれている.長く病状を抱えるClに対しては,トラウマの統合という観点からみても,影響を与え続ける過去の問題をきちんと解決し,獲得し損ねた健全さを取り戻させるような治療が必要であろう.トラウマを処理し,安定化をもたらし,基本的なライフスキルを獲得させる統合的な治療法がこれまで以上に明確な目的をもって施されることがCPTSDからの回復には必要である.HTは上記のようなClの回復の必要に応えるプロセスを含んだ技法であり,従来の方法で回復できなかったClの回復を促せる技法であると考えられる.しかし,新しい技法であるため,この技法の有効性については,今後さらなる科学的な精査が必要であり,理論に基づいた治療法の管理された検証を行う必要がある.今後はさまざまな研究者とともに,その部分にも着手したい.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

 謝 辞 本論文執筆にあたり新谷宏伸先生(本庄児玉病院)より貴重な助言をいただいた.この場を借りて深謝申し上げる.

文献

1) Balint,M. (中井久夫訳) : 治療論からみた退行-基底欠損の精神分析―. 金剛出版, 東京, p.32-34, 1978

2) Callahan, R. J.: Voltmeter and psychological reversal. An Authoritative Presentation of Vital and Important Information on the Accurate and Effective Use of a Voltmeter with Thought Field Therapy. TFT Training Center: Callahan Techniques, La Quinta, p.10-20, 2006

3) Child Welfare Information Gateway(CWIG): Parenting a Child Who Has Experienced Trauma. 2014 (https://www.childwelfare.gov/pubPDFs/child-trauma.pdf) (参照2019-12-24)

4) Ford, J. D., Courtois, C. A.: Treating Complex Traumatic Stress Disorders in Adults: Scientific Foundations and Therapeutic Models. Guilford Press, New York, p.1, 2009

5) Herman, J. L. (中井久夫訳) : 心的外傷と回復 増補版. みすず書房, 東京, p.181-201, 1999

6) 嶺 輝子: ホログラフィートークとトラウマ治療. そだちの科学, 29; 69-74, 2017

7) 嶺 輝子: 「楽になってはならない」という呪い―トラウマと心理的逆転―. 「助けて」が言えない (松本俊彦編). 日本評論社, 東京, p.33-36, 2019

8) 宮地尚子: トラウマとジェンダー―臨床からの声―. 金剛出版, 東京, p.11, 2004

9) Putnam, F. W. (中井久夫訳) : 解離―若年期における病理と治療―. みすず書房, 東京, p.226, 2001

10) Substance Abuse and Mental Health Services Administration: SAMHSA's Concept of Trauma and Guidance for a Trauma-Informed Approach. 2014 (https://store.samhsa.gov/product/SAMHSA-s-Concept-of-Trauma-and-Guidance-for-a-Trauma-Informed-Approach/SMA14-4884.html) (参照2019-12-24)

11) Schore, A. N.: Attachment trauma and the developing right brain: origins of pathological dissociation. Dissociation and the Dissociative Disorders: DSM-V and Beyond (ed by Dorahy, M., Gold, S.). Routledge, New York, p.107, 2009

12) Steele, K., Boon, S., van der Hart, O.: Treating Trauma-Related Dissociation: A Practical Integrative Approach. W. W. Norton & Company, New York, p.441, 2016

13) van der Kolk, B. A.: Developmental trauma disorder: toward a rational diagnosis for children with complex trauma histories. Psychiatric Annals, 35 (5); 401-408, 2005

14) van der Kolk, B(柴田裕之訳, 杉山登志郎解説): 身体はトラウマを記録する. 紀伊国屋書店, 東京, p.91-514, 2016

15) van der Hart, O., Nijenhuis, E. R. S., Steele, K.: The Haunted Self. W. W. Norton & Company, New York, London, p.15-323, 2006

16) van der Hart, O., Brown, P., van der Kolk, B. A.: Pierre Janet's treatment of posttraumatic stress. Rediscovering Pierre Janet (ed by Craparo, G., Ortu, F., et al. (ed by Routledge, New York, p.169, 2019

17) Walker, P.: Complex PTSD: From Surviving to Thriving: A Guide and Map for Recovering from Childhood Trauma. Azure Coyote Publishing. Lafayette, p.3, 2013

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