Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第121巻第9号

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原著
妊娠中の統合失調症の治療はどうすべきか―何が児に影響するか―
馬場 美穂1), 伊藤 弥1), 鮒田 栄治1), 長島 健太郎1), 志村 浩1), 東 彦弘1), 鈴木 成治1), 飯島 隆史1), 手塚 佳明1), 中田 裕1), 窪地 智也1), 兵藤 博信2), 清水 光政3), 糸川 昌成4), 伊澤 良介1)4)
1)東京都立墨東病院神経科
2)東京都立墨東病院産婦人科
3)東京都立墨東病院新生児科
4)東京都医学総合研究所
精神神経学雑誌 121: 689-699, 2019
受理日:2019年5月22日

 【目的】統合失調症の女性が妊娠したときに,抗精神病薬の投与をどうすべきかの判断は難しい.母親に必要な抗精神病薬が児に何らかの影響を与えるとする報告があるが,その場合,要であるはずの母親の心身の状態について言及がないものがほとんどである.今回われわれは,統合失調症の母親が内服する抗精神病薬が妊娠出産に及ぼす影響を調べ,母親の精神症状が妊娠出産に及ぼす影響も同時に検討した.【方法】2012年4月から2016年3月の4年間に都立墨東病院産科に出産や妊娠合併症のために入院した統合失調症の母親21例とその児について母親の統合失調症の治療状況,抗精神病薬内服量,妊娠後の抗精神病薬減薬の有無,母親の精神症状と児の先天奇形の有無,出生体重,Apgar score,母親が産科に入院となった時期,乳児院入所の有無について,診療録を用いて後方視的に調査し検討した.【結果】21例に児の先天奇形はなかった.母親が内服していた抗精神病薬は児や妊娠の経過に有意な負の影響を与えていなかった.一方,母親の精神症状が悪いと児の出生体重とApgar scoreは低くなり,母親が産科に入院する時期が早まり,児が乳児院に入所する割合が高くなった.また妊娠を理由に母親が内服する抗精神病薬を減らすと児の出生体重は有意に低くなり,児が乳児院に入所する割合が高まった.【結論】今回の調査では,母親の内服していた抗精神病薬の児や妊娠の経過への影響は認められず,むしろ母親の精神症状と妊娠後の抗精神病薬の減薬が有意な負の影響を与えていた.妊娠後も抗精神病薬を減らさずに妊娠中の母親の精神症状の安定に努めることが重要であることが示唆された.

索引用語:統合失調症, 妊娠, 出産, 抗精神病薬, 精神症状>

はじめに
 統合失調症の女性が妊娠したときに抗精神病薬の児への影響を心配して,薬物の減量や中断を希望することは少なくない.抗精神病薬の児への影響に関する報告はあるが,母親の精神症状が児に与える影響についてはほとんど報告されていない.妊娠中に母親の精神症状が悪化した場合に,母親の精神症状が児に影響するのかどうかはわかっておらず,統合失調症の母親の児に生じた問題が母親の内服した抗精神病薬によるのか,母親の精神症状によるのか不明なまま,抗精神病薬の影響として認識されている可能性がある.このため統合失調症の母親の治療を考えるときには,児に対する抗精神病薬の影響だけでなく,母親の精神症状の影響も同時に検討する必要がある.
 統合失調症の母親が内服する抗精神病薬や母親の精神症状は児や妊娠の経過にどのような影響を与えるのだろうか.統合失調症の母親の治療はどうしたらよいのだろうか.われわれは統合失調症の母親が内服する抗精神病薬と同時に母親の精神症状の児に与える影響を墨東病院の神経科,産科,新生児科の診療録を用いて後方視的に調査し検討した.

I.方法
1.対象と方法
 当院では統合失調症の妊婦の精神科治療は当院産科に入院するまでの期間は,妊娠前から通院しているかかりつけ精神科医の外来通院治療を継続し,妊娠合併症や出産目的で当院産科に入院後は,神経科がコンサルテーションリエゾンサービス(consultation liaison service:CLS)として産科病棟に往診し精神科治療を行っている.2012年4月から2016年3月までの4年間に神経科がCLSを行った症例は2,473例,うち産科へのCLSが165例,うち統合失調症の母親は24例で,中絶,流産をのぞく21例が当院産科で出産していた.この21例と,その児について,診療録を後方視的に調査・検討した.
 本研究は当院倫理委員会の承認を得て施行した.

2.調査項目
 母親については,妊娠前後の治療状況,精神症状,内服していた抗精神病薬の種類と量,産科に入院となった理由とその時期(妊娠週数),出産週数,産科合併症の有無,出産方法,児については,先天奇形の有無,出生時の異常,出生体重,Apgar score,退院後の転帰(自宅に退院か乳児院に入所したか)を調べ,母親の内服していた抗精神病薬の児への影響と母親の精神症状の児への影響を検討した.
 妊娠前後の治療状況は妊娠が判明した前後のかかりつけ精神科での治療の状況(当院の産科や神経科に受診する前)を調査した.
 妊娠が判明する直前にかかりつけ精神科医から処方されていた抗精神病薬を妊娠判明後も同量で継続していた群(以下,妊娠判明後も薬物継続していた群),妊娠判明後から出産までに自己判断または,かかりつけ精神科医の判断で抗精神病薬を減量・中断した群(以下,妊娠判明後に薬物減量・中断した群),当院の産科に入院するまで未治療だった群(以下,妊娠判明前に統合失調症が未治療だった群)の3群に分けた.
 精神症状は母親が当院産科入院後に神経科医師が往診したCLS初診時の精神症状を簡易精神症状評価尺度(Brief Psychiatry Rating Scale:BPRS)で評価した.
 妊娠が判明する直前にかかりつけ精神科医から処方されていた抗精神病薬の量(以下,妊娠前の抗精神病薬量)と妊娠判明後に当院産科に入院する直前にかかりつけ精神科医に処方され内服していた抗精神病薬の量(以下,妊娠後の抗精神病薬量)は本人や家族の申告と,かかりつけ精神科医が記載した情報提供書,薬手帳から情報を得た.
 当院産科へ入院後に出産となった症例は全例CLS初診後に神経科医師が精神症状を評価し必要に応じて薬物調整をしている.出産の直前に内服していた抗精神病薬の量(以下,出産時の抗精神病薬量)は,当院産科に入院後に出産した症例は当院の診療録を調査し,当院産科に入院する前に自宅で出産した症例は出産直前に内服していた抗精神病薬の量を本人や家族の申告と,かかりつけ精神科医が記載した情報提供書から得た情報を記載した.また内服していた抗精神病薬はクロルプロマジン(CP)換算を行った.
 妊娠中の抗精神病薬量の増減を調べるために妊娠前後の抗精神病薬内服量の比(妊娠後の抗精神病薬内服量/妊娠前の抗精神病薬内服量)を計算した.妊娠前後の抗精神病薬内服量の比は妊娠後に抗精神病薬を増量すると>1.0,妊娠後に抗精神病薬を同量で続けると1.0,妊娠後に抗精神病薬を減量すると<1.0となる.
 産科入院の時期は,母親や児の経過に問題がなければ妊娠37週以降に出産のために産科に入院することになる.今回の調査では自宅出産後に当院産科に搬送された2例以外は全例が出産前に当院産科に入院し,一度も退院することなく出産まで入院を継続していた.出産時期は37週未満を早期産,37週以上42週未満を正期産,42週以降を過期産とした.Apgar scoreは病院で出産した症例は1分値を使用し,自宅で出産し当院産科に搬送された症例は病院到着時のApgar scoreを使用した.児の出生体重は日本人胎児推定体重曲線と比較をした.

3.統計解析
 BPRSと児の出生体重,母親の抗精神病薬内服量と児の出生体重,母親の抗精神病薬内服量とApgar score, BPRSとApgar score, BPRSと産科入院時の妊娠週数はPearson's correlationを使用し,妊娠前後の抗精神病薬内服量の比と児の出生体重はSpearman's rank correlationを使用した.乳児院入所の有無と妊娠前後の抗精神病薬の減量の割合,乳児院入所の有無とBPRSについてはMann-Whitney U testを用いP<0.05を有意とした.統計解析はすべてGraphPad Prism7を用いた.

II.結果
1.母親と児の基本データ
 患者背景を表1に示した.21例中19例(90.5%)が結婚しており,機能の全体的評定(global assessment of functioning:GAF)スコアが高く,社会機能が保たれていた.妊娠時パートナーが不明だった2例は,いずれも妊娠判明前に統合失調症が未治療でGAFスコアが低かった.
 母親と児の基本データを表2に示した.21例のうち,妊娠判明後も薬物継続していた群は6例(28.6%),妊娠判明後に薬物減量・中断した群は11例(52.4%),妊娠判明前に統合失調症が未治療だった群は4例(19.0%)だった.精神科治療歴のある17例のうち妊娠判明後も薬物継続していた群は6例(35.3%)と少なく,妊娠判明後に薬物減量・中断した群11例(64.7%)のうち6例(54.5%)は,妊娠を理由にかかりつけ精神科医の判断で薬物の減量・中断が行われていた.妊娠後にかかりつけ精神科医により抗精神病薬を増量された症例はなかった.
 妊娠判明後も薬物継続していた群は全例BPRSが45点未満で,産科入院から出産までの間の精神症状が安定しており,出産までに抗精神病薬の追加や増量などの薬物調整を必要としていなかった.
 BPRSが45点以上だったのは21例中5例(23.8%)で内訳は妊娠判明後に薬物減量・中断した群2例(症例7,9)と妊娠判明前に統合失調症が未治療だった群3例(症例18,19,21)だった.妊娠判明後に薬物減量・中断した群では11例中5例(45.5%),妊娠判明前に統合失調症が未治療だった群では4例中3例(75.0%)が,当院産科に入院後のCLS診察時に精神症状が不安定であり,産科入院後に抗精神病薬の薬物調整が必要だった.
 産科入院時に向精神薬を内服していた母親は21例中11例(52.4%)で,抗精神病薬,ベンゾジアゼピン系睡眠薬を内服していた.抗てんかん薬の内服はなかった.11例中8例(72.7%)が抗精神病薬の単剤投与をされており,抗精神病薬の多剤併用は11例中3例(27.3%)だった.第二世代抗精神病薬(SGA)内服は11例中7例(63.6%)で,第一世代抗精神病薬(FGA)内服は11例中4例(36.4%)だった.使用している抗精神病薬に一定の傾向はなく,CP換算量は最大で1,800 mg/日だった.
 産科入院の理由は21例中10例(47.6%)が出産のために産科に入院し,9例(42.9%)が切迫早産や児の発育不良など合併症のために入院となっていた.残りの2例は本人,家族ともに妊娠に気づいておらず自宅で分娩し救急搬送されており,いずれも治療自己中断例だった(症例7,8).症例7は推定出産週数が29週,出生体重が690 gの超低出生体重児であり自宅分娩により蘇生が遅れたために児に重篤な後遺症が残っていた.
 妊娠判明前に統合失調症が未治療だった群4例のうち2例がホームレス,パートナーが不明のまま出産していた(症例18,21).症例18は推定妊娠33週で公園に寝泊まりしているところを保護され,産科診察で羊水過多が疑われ産科に入院となっていた.症例21は路上で保護された後に精神疾患が判明し単科精神科病院に入院した症例で,入院後に妊娠が判明したため出産直前まで単科精神科病院に入院し出産目的で当院産科に転院となっていた.

2.児の奇形の有無
 抗精神病薬の内服有無にかかわらず,全21例に先天奇形は認めなかった.

3.児の出生体重
 児の出生体重に影響のある産科合併症は,2例(症例1,10)に妊娠糖尿病があったが,妊娠中毒症や妊娠高血圧はなかった.全例が在胎相当体重児(appropriate for gestational age:AGA)であり,在胎不当過小児(small for gestational age:SGA)や在胎不当過大児(large for gestational age:LGA)はいなかった.妊娠判明後も薬物継続していた群の妊婦の児はすべて正期産だった.低体重出生児(2,500 g未満)は4例(症例7,10,11,16)で,いずれも早期産のために出生体重が低下していた.早期産となった4例はすべて妊娠判明後に薬物減量・中断した群の母親の児だった.
1)母親の抗精神病薬内服量と児の体重の関係
 母親の抗精神病薬の内服量(妊娠前,妊娠後,出産時)と児の出生体重の間に有意な相関関係は認められなかった.一方で図1に示すように妊娠前後の抗精神病薬内服量の比(妊娠後の抗精神病薬内服量/妊娠前の抗精神病薬内服量)と児の出生体重の間には有意な正の相関関係が認められた.(ρ=0.55,P=0.029).妊娠後に抗精神病薬を減らした割合が大きいほど児の出生体重が低くなった.
2)母親の精神症状と児の出生体重の関係
図2に示すように母親のBPRSが高いほど,児の出生体重が低いという負の相関関係が認められた(r=-0.50,P=0.022).

4.児のApgar score
 妊娠判明後も薬物継続していた群の母親の児はすべてApgar scoreは8点以上だった.Apgar scoreが7点以下で,酸素投与以上の蘇生術を施されたのは3例で,妊娠判明後に薬物減量・中断した群の母親の児1例と,妊娠判明前に統合失調症が未治療だった群の母親の児2例だった.このうち1例は前述した出生体重が690 gの自宅出産した児(症例7)で,病院到着時のApgar scoreは0点の重症新生児仮死だった.
1)母親の抗精神病薬内服量と児のApgar scoreの関係
 出産時に母親の内服する抗精神病薬が多いと児のApgar scoreが低くなるのではないかと予想したが,母親の抗精神病薬の内服量CP換算値(出産時)と児のApgar scoreに相関関係はなかった.
2)母親の精神症状と児のApgar scoreの関係
図3に示すように,母親のBPRSの点数が高いと児のApgar scoreが有意に低くなった(r=-0.44,P=0.047).母親の精神症状と児のApgar scoreの間に有意な負の相関関係が認められた.

5.産科入院時期
 妊娠の経過中に母親や児に何らかの問題があると母親の産科への入院時期が早くなる.産科への入院時期が妊娠37週以降だった母親は21例中11例(52.4%),37週未満だった母親は10例(47.6%)だった(表2).治療継続群では6例中5例(83.3%)が37週以降に産科に入院していたのに対して妊娠判明後に薬物減量・中断した群では11例中6例(54.5%)が37週未満で産科入院していた.妊娠判明前に統合失調症が未治療だった群4例のうち37週以降に産科に入院したのは路上で保護されて単科精神科病院へ入院した後に妊娠が判明した1例(症例21)だけで,残りの3例(75.0%)は児の異常(羊水過多疑い)(症例18),切迫早産(症例19,20)のために早期入院し,産科入院後のCLS診察で統合失調症の診断となっていた.早期に入院になった10例のうち3例は食事摂取不良のために早期に産科に入院となっており,産科入院後のCLS診察の結果,亜昏迷や被害妄想など精神症状が悪化していると診断されていた.これらの症例では抗精神病薬の調整により精神症状が改善し食事がとれるようになり栄養状態が改善していた(症例9,17,19).
1)母親の精神症状と産科入院時の妊娠週数
図4に示すように,母親のBPRSの点数が高いほど,母親が産科に入院する時期が有意に早まっていた(r=-0.52,P=0.016).

6.児の転帰
 出産後の母親の精神状態が良好で育児も可能な状態であれば,母親と児はともに自宅に退院する.母の精神状態が悪く育児が困難な場合には,夫や親族の育児サポートが必要となるが,周囲のサポートが得られない場合には,児は自宅へ退院せず乳児院に入所する.児の退院先を調査すると,21例中5例(症例7,8,14,18,21)が退院後に自宅ではなく乳児院に入所していた(うち症例7は重症心身障碍者施設に入所).妊娠判明後も薬物継続していた群の母親の児は全例自宅に退院していたが,治療減量・中断群の母親の児は11例中3例(27.3%)が乳児院に入所し,妊娠判明前に統合失調症が未治療だった群の母親の児は4例中2例(50.0%)が乳児院に入所していた.
1)母親の抗精神病薬内服量と児の転帰の関係
 児が乳児院に入所した群と乳児院に入所しなかった群(自宅に退院した群)に分けて母親の抗精神病薬内服量CP換算値(妊娠前,妊娠後,出産時)を比較すると有意な相関関係はみられなかった.一方,図5に示すように児が乳児院入所した群の母親は,妊娠後の抗精神病薬の減量の割合が有意に高かった(z=-2.018,P=0.039,U=4.5).
2)母親の精神症状と児の転帰の関係
図6に示すように,乳児院に入所した児は自宅に退院した児に比べて産科入院時の母親のBPRSが有意に高かった(z=-2.106,P=0.038,U=14.5).

表1画像拡大表2画像拡大
図1画像拡大
図2画像拡大
図3画像拡大
図4画像拡大
図5画像拡大
図6画像拡大

III.考察
 母親の内服していた抗精神病薬と母親の精神症状の児に与える影響を同時に調査した.今回の調査の結果では,母親の内服していた抗精神病薬の児や妊娠の経過への影響は認められなかった.一方で母親の精神症状が悪いと児の出生体重と出生時のApgar scoreは低くなり,母親の産科入院時期は早まり,児が乳児院に入所する割合が高くなっており,母親の精神症状は児に影響を与えていた.また妊娠後に,これまで内服していた抗精神病薬を減らせば減らすほど,児の出生体重が低くなり,児の退院先が乳児院となる割合が高まっており,妊娠後の抗精神病薬の減薬は児に影響を与えていた.この結果からは児や妊娠の経過に影響を与えるのは抗精神病薬よりもむしろ母親の精神症状であり,妊娠期間中に母親の精神症状を良好に維持するためには,妊娠後も妊娠前の抗精神病薬治療を減薬せず継続することが望ましいといえる.
 妊娠から出産までのさまざまな心理的負荷や内分泌学的変化の加わる時期は統合失調症の女性にとっても精神症状悪化のリスクが高まりやすい時期であることが知られている6).一方で,アメリカの統計(Medicaid Analytic eXtract data 2001-2010)に基づく調査では妊娠前に抗精神病薬を服薬していた女性の50%以上が妊娠中に薬物治療を中断していたと報告されている16).樋口らは21例の統合失調症妊娠例をフォローアップし,およそ半数が服薬を中断し,その結果服薬継続例を含め5割以上の患者が妊娠中に症状が再燃しているとし5),Nishizawa, O.ら15)は統合失調症において妊娠に伴って症状悪化をきたして受診した12例中3例が未治療で7例が服薬中断例であり,妊娠中に適切な薬物治療が行われていないことが再燃・再発の最大因子としている.今回の調査でも妊娠後に妊娠前の内服量を変更せず継続していた母親は,全例が産科入院時の精神症状が安定しており出産までに抗精神病薬の調整を必要としなかったが,妊娠後に抗精神病薬を減量・中断した母親では45.5%が産科入院時の精神症状が不安定で,出産までに抗精神病薬の調整を必要としていた.
 このように精神症状が悪化しやすい時期にもかかわらず,多くの母親が抗精神病薬を中断する理由は,抗精神病薬の児への影響を懸念してのことだと推測される.母親に対する抗精神病薬投与の最大の懸念は奇形の問題であるが,Huybrechts, K. F.らは1,340,715人の妊婦を調査し抗精神病薬を内服していない妊婦の児の先天奇形が32.7(対1,000人)であったのに対して,first trimester(第1三半期)に抗精神病薬を内服した妊婦の児では非定型抗精神病薬内服群では44.5(対1,000人),定型抗精神病薬内服群では38.2(対1,000人)であり,有意な奇形リスクの増加はなかったと報告している7).今回の調査でも21例全例で先天奇形は認めておらず,抗精神病薬の奇形リスクは決して高くないというこれまでの報告と矛盾しなかった1)3)
 奇形の問題以外については,抗精神病薬による早産や低出生体重児の報告や4)9-12),出産時の抗精神病薬の内服の影響としてApgar score低値4),統合失調症では一般妊婦との統計学的比較において,胎盤早期剝離,分娩前出血および早産などの産科合併症のリスクが高い2)8)14)などの報告がある.これらの報告では母親の内服していた抗精神病薬の調査はしているが,母親の精神症状については調査されておらず原因が抗精神病薬によるものなのか,母親の精神症状によるものなのかを判断できなかった.
 「周産期メンタルヘルス コンセンサスガイド2017」では,統合失調症では原則として妊娠中の治療継続を推奨する一方で,うつ病については母親の精神症状の重症度にあわせた治療を推奨している13).このように妊娠中の精神疾患に対する治療ガイドラインを作成する試みが始められているが,実証的な研究は乏しいのが現状であり,今回の研究の意義は大きい.
 統合失調症の母親の内服する抗精神病薬や母親の精神症状は児にどのような影響があるのだろうか,統合失調症の母親に対する薬物治療はどうしたらよいのだろうか,という疑問の答えは今回の調査の結果からは「児に影響を及ぼすのは抗精神病薬ではなく母親の精神症状である」「妊娠後も妊娠前の抗精神病薬治療を減薬せず継続し妊娠中の母親の精神症状の安定に努めることが重要である」という単純な結論となった.統合失調症の女性が妊娠したときには,妊娠前に内服していた抗精神病薬を減量せずに継続が望ましいことが示唆された.
 本研究の限界として症例数が21例と少ないこと,流産や中絶例は除いていること,抗精神病薬以外の向精神薬の評価をしていないこと,BPRSはCLS初診の時点のみの評価であることなどがある.今後より多くの症例について詳細に調査することが必要である.

おわりに
 妊娠中の母親の内服する抗精神病薬は児や妊娠の経過に予想以上に影響を与えていなかった.統合失調症の女性が妊娠し精神科治療をどうすべきか考えるときには本研究の結果も治療の参考になればと思う.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

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