Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第121巻第2号

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特集 今必要な精神医療における家族支援―家族への心理教育を軸として―
認知症を介護する家族への心理教育
松本 一生
松本診療所(ものわすれクリニック)
精神神経学雑誌 121: 139-144, 2019

 認知症を介護する家族への支援は,これまで大きく分けて2つの流れで行われてきた.1つは精神医学,心理学からのものであり,いま1つは各地に展開している認知症家族会が行政や社会福祉協議会と協力して行う「家族支援プログラム」である.どちらも共通点として「共感」のなかで適切な「情報提供」が行われることが心理教育の特徴で,多くの場合には複数家族を対象として実施されてきた.著者は両アプローチに参加する機会を数多く得ることができ,これまで20年余りに2,301家族への心理教育を経験した.どのような場合にもプログラムに沿って行えば臨床効果につながったわけではなく,開催されたプログラムのなかに精神療法(心理療法)的な「ものの見方」が存在することによる効果が大きかった.心理教育が「特別なことをしなくても一定のことを学べばできる」ものであると同時に,集団あるいは単家族を対象とした疾病理解と共感から得られる心理療法的側面の効果が大きいことを忘れないようにしたい.心理教育には複数家族に行うものと単家族を対象にしたものがあり,著者は外来で集団心理教育と並んで外来診療の制約はあるものの,単家族を対象とした心理教育も行ってきた.複数家族の場合と同様に,ある介護家族内で疾患に対する共通の理解が及ぶことで当事者への理解が進み,介護の課題や有効な対応がみえてくる.その結果,介護家族は医療者と対等な発言者として日々の介護における変化を医療側に届けてくる.本稿では単家族の心理教育を中心にして,ケアする家族による「絶望する」という発言の減少,当事者の認知症の周辺精神症状の改善とともに,医療者として家族心理教育を行った著者自身が,かかりつけ医から引き継いだ処方薬の数を減らすことができたことを報告し,心理教育の効果を考察した.

索引用語:認知症, 家族支援, 心理教育, レジリエンス>

はじめに
 認知症を介護する家族をはじめ,住みなれた地域で住民がお互いを支える地域包括ケアはこれからの時代の要である.認知症当事者と家族が地域で安心できてこそ認知症の在宅介護は継続可能となる.著者もその一助となるべく心理教育プログラムを始めて20年以上経過した.昨今では高齢者はもとより若年性認知症も増えているため,当事者を対象とした心理教育アプローチも盛んになっているが,本稿では認知症を介護する家族を対象とした心理教育が臨床的にどのような効果をもたらしたかを,著者の診療所のカルテから考察する.

I.家族心理教育の流れ
 心理教育とはpsychoeducationを訳したものだが,決して無力な当事者や家族の「心理」を「教育」するといった傲慢な意味ではなく,適切な情報を得て当事者や家族が疾病による状況を「腑に落とす」ことで,家族自助力が改善して力を発揮することを意味している.これが第一の目的であり,次の第二プロセスとして共感による支えで介護者が孤立感を軽減し疾病への対処能力が向上することも目的にしている2)
 一般的に行われる複数家族が集うグループ形式の心理教育の場合には,時間的な配分は専門職による情報提供が毎回行われ(約30分),その後の60~90分(当院では90分)は参加家族同士による共感の時間とする.
 当事者・家族のみのピアグループとは異なり,情報提供の時間を専門職が担当し,その後の共感の時間にも専門職は同席し,参加者だけでは解決しない疑問を側面からサポートするのが特徴である.
 この際に大切なことは,あくまでも参加者主体の集会として,専門職は控えめに同席し,「どうしてもわからないことがあれば,さりげなく発言する」といったかかわりに終始することで,指示的,パターナリズム(家父長主義)にならないように気をつけることである.当初は統合失調症の当事者と家族を対象として行われたが,次第に対象が広がり現在では認知症にも適応されるようになった3)
 一般的な心理教育では,①複数の家族が一堂に会して情報提供と共感の時間をもち(複数家族の心理教育),②そこに当事者も参加するもの(複合家族の心理教育)があるが,③単一の家族を対象として心理教育を行うことも珍しくはない.著者の診療所では1992年から認知症の家族会ができ,心理教育プログラムも始められたが,2000年頃から単家族の心理教育も積極的に行うようになった.2000年の4月から介護保険が始まり,これまで医療でのみ語られていた心理教育は社会福祉協議会や家族会などが主体となって行う「認知症家族支援プログラム」として開催されることが増えた(表1).
 系統的に疾病に対する情報伝達を毎回行い,少しずつ基本的なことから家族の対応までを学び,介護家族がケアに巻き込まれ破綻することを防ぐ(表2).当院では同じ立場の家族が集まり,互いを支えあう共感的理解の場は各地で展開する家族支援に任せることとし,現在では開催していない.

表1画像拡大表2画像拡大

II.単家族への心理教育―外来診療の場で―
 現在は毎回15分程度の単家族心理教育を外来診療で実践している.15分という限られた時間ではあるが,通常の診療とは別に心理教育の時間を確保するのが特徴である.診察の後,当事者は別室の検査にまわり,その間家族を対象に系統的な情報提供と家族の気持ちを受け止める時間をもつことで,家族との共感の時間を確保する.その結果,外来診療の形態としても単家族の心理教育を受ける家族が増加し,当事者のみ診察する形の個人面接は減ってきた(図1).当院の地域は高齢独居者が多いこともあり,家族心理教育ができないような遠距離介護の例も少なくない.そのような場合には日々の外来を活用した心理教育の提供ではなく,盆休みや年末年始に家族が一堂に会する際,集中して情報提供や心理教育プログラムを実施することもある.

図1画像拡大

III.心理教育の必要性―認知症の自覚との関係―
 1991年の外来診療開始以降,1995年頃から積極的に集団による心理教育や単家族心理教育を実践したが,これまでに受診したすべての認知症受診者のうち心理教育を展開することができたのが2,301家族であった.
 当院で当事者の「ものわすれ」への自覚や病感について調べた結果がある(図2).
 受診の傾向としてものわすれの自覚がある人の受診が多い(1,750名).一方,自覚できるまでに1年,2年を要する人も決して少なくはない.家族や知人からの「ものわすれ」の指摘に反発を覚え,受診の際には「私は認知症ではない」と否定し続ける場合もある.そのような場合には当事者の気づきが得られるまで,介護する家族のこころを支えていかなければならない.
 当事者が疾患を受容するまでに時間を要して,あるいは周囲は症状に気づきながらも当事者の抵抗があって医療機関などに受診ができない場合,介護家族には苦難の時期となる.当院のカルテ記録には当事者の気づきが得られるまで5年以上かかった場合もあり,その期間,あきらめることなく家族のこころを支えることが求められる.初診時にのみ当事者が来院し,その後の定期的な通院がかなわない場合にも,家族への心理教育が系統的に行われれば認知症への理解が進んでいく.それにより家族に安堵感やゆとりといった精神的な効果が期待できる.

図2画像拡大

IV.心理教育の効果と限界
 著者はこれまでの臨床経験から家族心理教育に3つ効果を感じている.第一は系統的な心理教育を受けることによって,介護家族が介護に燃え尽きることを防ぐ点であり,第二に認知症に伴う周辺症状(behavioral and psychological symptoms of dementia:BPSD)の減少,第三に処方薬剤数の減少である.図3は1992年当時(心理教育なし)と2016年(心理教育あり:集団もしくは単家族)のカルテを比較し,初診から時間経過とともに家族介護者がケアに「絶望する」発言(縦の目盛りに回数を表記)の増減を示したものである.この発言はよい意味での諦観,あきらめといったものではなく,燃え尽きる寸前の絶望感を伴うものであり,家族の不適切行為を危惧したレベルの発言を指す.
 それぞれ20家族をカルテ記録から無作為に抽出し,経過を比較した.両群とも6ヵ月を過ぎた頃には家族の絶望感を口にする頻度が低下している.これは心理教育の力だけではなく,BPSDに対する薬物療法の効果もあろう.
 1992年の経過では,初診から2ヵ月ほど,心理教育をしていなかった20家族から,「絶望」発言が増えていることに気づく.受診時の期待が高すぎると「専門医療機関を受診したのに,思うほど効果が出ない」と家族が「期待外れ感」をもつのかもしれない.カルテには「期待が大きかったが,受診後,思ったより混乱が収まらない」といった家族発言もあった.
 しかし,2016年の経過では,初診から家族に対して心理教育を行うことで疾病の特徴への理解が進み,家族の期待が過剰になりすぎることを抑制できた.
 心理教育プログラムは一見,訓練を受ければ誰にでもできるようにみえるが,共感による心理療法的な働きがなければ効果が出ない.形だけのプログラムではなく心理療法的な効果と薬物療法の効果が両輪となったときにはじめて家族を支援できるのではないだろうか.この比較は過去と最近のデータの比較を行ったものにすぎず,統計的な比較もできていないが,市井の臨床の実感と理解いただきたい.
図4は2013年の10名の当院受診者のカルテの記載内容から,家族への心理教育が進むにつれて本人のBPSDの回数が減ってきたことを示唆するグラフである.心理教育による第二の効果として「心理教育で家族の情緒的巻き込まれが軽減すれば,当事者のBPSDも減る」と主張したいが,これら10名にも少量の抗精神病薬を投与していた.ここでも薬物療法+心理教育が効果を出したのか,心理教育のみで同様の効果が出たのかを厳密に比較できていない.あくまでもカルテ記載から感じとられる「印象」にすぎず,今後の検証を続けたい.
 心理教育の第三の効果として著者が最も実感しているのは2016年に初回受診をした10名の家族に心理教育プログラムを取り入れた外来診療を行った結果,家族が薬物療法に対する考え方を是正でき,当事者への処方薬剤数を減らせた点である.
 これまでの外来診療だけでは,投与されてきた薬剤を減らすことに対する著者自身の不安は大きく,なかなか思い切った減薬ができなかった.単家族の心理教育はこの点に対して大きな力を与えてくれた.認知症の薬物療法に関しては,医療者側よりむしろ介護家族から「少しでも効果がある薬剤の処方をしてほしい」といった希望があり,つい処方が多くなりがちであったが,薬剤の効果や限界をテーマとする情報提供の集会(表2)を経ると,家族が薬物療法の可能性と限界を把握するようになり,一方的な医療者側への処方を求める行為が少なくなる.その結果,当院に来院するまでの(前医療機関での)処方薬剤数に比べて,受診6ヵ月頃から処方を3種類程度まで減ずることができた.心理教育が介護家族の意識を変え,家族の意見をフィードバックすることで著者の処方も変化し薬剤数を減らす結果となった(図5).

図3画像拡大
図4画像拡大
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おわりに
 心理教育には家族,当事者そして医療者に対するさまざまな効果が考えられる.
 特に介護家族は認知症という長く難しい疾患と向き合う人と「ともに生きる」ことで絶望することもある.しかし,認知症はなったらおしまいの病気ではなく,なってからが勝負の病気である1).疾病の理解,介護に対する情報など,心理教育から得られるものは多い.心理教育は家族が認知症介護の困難さと向き合い,絶望にとらわれそうになっても,「それでもやってみよう」という解決志向や家族のレジリエンスを高める.日々の介護をくり返しながら,未来につながる希望を失わないように本人と家族は生きる.認知症の正しい理解と共感の支えから光が見えてくる可能性がある.心理教育がその光の始まりとなることを願ってやまない.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) 足立昭一, 足立由美子: 若年性認知症を生きる. 現代のエスプリ, 507; 200-210, 2009

2) 後藤雅博: 効果的な家族教室のために. 家族教室のすすめ方―心理教育的アプローチによる家族援助の実際― (後藤雅博編). 金剛出版, 東京, p.17-22, 1998

3) 松本一生: 家族と学ぶ認知症―介護者と支援者のためのガイドブック―. 金剛出版, 東京, p.87-88, 2006

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