Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第121巻第2号

※会員以外の方で全文の閲覧をご希望される場合は、「電子書籍」にてご購入いただけます。
特集 今必要な精神医療における家族支援―家族への心理教育を軸として―
感情調節困難の家族心理教育―境界性パーソナリティ障害,神経発達障害,摂食障害,物質関連障害,双極性障害などで感情調節が困難な人の家族のために―
遊佐 安一郎1), 宮城 整1)2), 松野 航大1)3), 井合 真海子1)4), 片山 皓絵1)5), 成瀬 麻夕1)6)
1)長谷川メンタルヘルス研究所
2)碧水会長谷川病院
3)武蔵野大学通信教育部
4)帝京平成大学大学院臨床心理学研究科
5)東京大学大学院教育学研究科
6)東京医科大学精神医学分野
精神神経学雑誌 121: 131-138, 2019

 境界性パーソナリティ障害,双極性障害,物質関連障害,摂食障害,神経発達障害などに共通する特徴の1つに,感情調節の困難さがある.感情調節の困難さに対する認知行動療法的アプローチとして注目されているLinehan, M. M.による弁証法的行動療法(DBT)はその治療効果に関するエビデンスも多く,欧米では普及が進んでいるが,日本ではほとんど普及していない.また,感情調節が困難な人の家族も本人の衝動性などの影響で,苦難を経験し,家族自身も感情調節が困難になることも多く,その結果本人の改善のための効果的な支援ができない状態になり,本人と家族が悪循環に陥ることも多い.そのために欧米では弁証法的行動療法―家族スキル訓練(DBT―FST)やファミリーコネクション(FC)のようなDBTの家族心理教育への活用が進んでいるが,日本ではこれもまだほとんど行われていない.日本でのささやかなチャレンジとして著者らは7年前から感情調節が困難な人の家族のための心理教育,家族スキルアップグループを,DBT―FSTやFC,そして統合失調症の家族心理教育などを参考にして行っている.本稿ではこのグループの内容を紹介し,参加者のインタビューを通してグループの参加者たちの変化について学ぶことになった質的研究の結果などを参考にして,日本での感情調節困難の家族心理教育のあり方,可能性,そして課題についての考察を行った.

索引用語:境界性パーソナリティ障害, 感情調節, 弁証法的行動療法, 家族心理教育, ファミリーコネクション>

はじめに
 境界性パーソナリティ障害(borderline personality disorder:BPD),双極性障害,物質関連障害,摂食障害,神経発達障害など,「治療困難」と呼ばれることが多い障害(問題,困難)を抱える人に共通する特徴の1つに,感情調節の困難さがある.感情調節の困難さに対する認知行動療法的アプローチとして注目されているLinehan, M. M.による弁証法的行動療法(dialectical behavior therapy:DBT)はその治療効果に関するエビデンスも多く,欧米では普及が進んでいるが,日本ではほとんど普及していない.また,感情調節が困難な人の家族も本人の衝動性などの影響で,苦難を経験し,家族自身も感情調節が困難になることも多く,その結果本人の改善のための効果的な支援ができない状態になり,本人と家族が悪循環に陥ることも多い.そのために欧米ではDBTの家族心理教育への活用が進んでいるが,日本ではまだほとんど行われていない.
 そこで本稿ではDBTとDBTの家族心理教育への活用を概観し,日本で試行している感情調節困難な人の家族のための家族心理教育を報告し,日本での活用の可能性について考察してみたい.

I.境界性パーソナリティ障害と家族
1.家族の感情表出と患者の症状の関係―BPDと統合失調症の違い―
 患者に対する家族のかかわり方は,その疾患の予後の悪化と関連する.家族のかかわり方が患者に与える影響に関する研究は,統合失調症のexpressed emotion(EE)研究に端を発しており,統合失調症では,特に,家族の「批判的言動」と「情緒的巻き込まれすぎ」が,再入院や症状の悪化と関連する11).近年では,BPD特徴をもつ者に対して,家族の「批判的言動」がBPDの症状の悪化と関係する知見が報告されてきている1).他方で,BPD患者を対象として,家族のかかわり方とBPD症状の悪化と再入院の関連を検討した研究では,「批判的言動」はBPD患者の症状の悪化と再入院とは関連を示さず,「情緒的巻き込まれすぎ」の強さがBPD患者の症状の悪化と,再入院の割合を低下させていることが報告された8).このように,BPD患者に対する,家族のかかわり方については報告内容が一致しておらず,今後,検討の余地が残されている.現時点では,家族がBPD患者に対して「情緒的巻き込まれすぎ」ていることが疾患の経過に効果的に作用する点が,統合失調症と異なる可能性があるといえる.このことから,疾患によって,適切な周囲のかかわり方が異なる可能性が示唆される.

2.BPDの家族が患者から受ける影響
 ここまで,家族が患者に与える影響について述べてきたが,家族が患者に影響を与えるだけではなく,家族も患者の症状の影響のために強い負担感,無力感を経験することが多い.すなわち,患者と家族の関係性は双方向的に生じていると理解する必要がある.例えば,家族が,患者に対して批判的,敵意的に接し,情緒的に巻き込まれすぎた対応を行う背景として,患者から家族に対する攻撃行動や妄想があること,および,患者の社会適応が低いことが指摘されている10)15).他方で,このような行動について,疾患理解を患者,家族,支援者で共有することや,その対処行動をともに考えるなどの家族心理教育によって,家族の負担感を減少させることや効果的なかかわり方をすることが可能となる18).現在,日本では統合失調症の家族心理教育が広がりつつあるが,BPDやその他の感情調節困難を主訴とする患者の家族心理教育は,試験的な実施にとどまっている.欧米では,後述する家族の支援プログラムであるファミリーコネクション(Family Connections:FC)のように家族を主体としたプログラムが定期的に地域で開催され,その効果の検証も進んでいる.今後は,日本においても,プログラムを整備し,統合失調症の知見を踏まえつつ,BPD患者に適した家族のかかわり方の工夫を提案していくことが必要であると考えられる.そのために,欧米で普及が進んでいるDBT,弁証法的行動療法-家族スキル訓練(dialectical behavior therapy-family skills training:DBT-FST)などが参考になる.

II.弁証法的行動療法
1.BPDの治療法として
 DBTはBPDの診断基準を満たす自殺関連行動を繰り返す患者を対象として,Linehanによって開発された認知行動療法を援用した治療法である12).DBTは従来の認知行動療法のようなプロトコル主導型ではなく,原理主導型の治療法であり,その治療原理の中核が弁証法哲学である.弁証法的な治療原理では,行動療法的な「変化」を促す問題解決戦略と,より受容的な承認戦略という2つの相反する核となる戦略が1つの治療体系のなかに内包されている9).DBTでは,スキル訓練に代表されるような変化の戦略と治療者による承認戦略をシーソーのようにバランスをとりながら治療を進めていく.

2.生物社会理論
 Linehanは,BPDの中核的な問題を感情調節不全と捉え,それを説明するモデルとして生物社会理論を提唱し,BPDは感情的刺激に非常に敏感な神経の特性という生物学的脆弱性と,非承認的な環境という環境要因の相互作用により形成されると仮定した9).非承認的な環境とは,患者の個人的体験が理解されない,普通ではない,受け入れられないと感じるような環境であり,そのために感情調節不全を促進する.DBTセラピストは,患者がスキル訓練などの「問題解決」戦略で感情調節のスキルを学ぶとともに,自身のあり方に妥当性があると感じられるような承認的な環境を体験し,患者の反応のなかにある強さ,正常さ,有効性も認識し育てることを通して,自分自身を承認することを支援していく2).この承認的かかわりを治療者だけでなく家族ももつことができるようになることは,承認的環境が促進され,患者が適切な感情調節をすることにも影響する可能性が考えられる.実際,BPDの家族支援においてもこの承認戦略が重視されている.

3.治療システム
 DBTは典型的には,週1回1時間の個人療法と週1回2時間半の集団スキル訓練,24時間利用可能な電話相談,週1回3時間の治療チームメンバーによるミーティングで構成され,治療期間は約1年間の個人療法と6ヵ月1クール×2(1年間)のスキル訓練である.スキル訓練では,マインドフルネス・スキル,苦痛耐性スキル,対人関係スキル,感情調節スキルを学ぶ.DBTはこのような高度に構造化された治療構造を有することで効果を示している.後述する家族スキルアップグループにおいても,DBTを活用して家族への心理教育を行っている.

4.BPD以外の感情調節不全の治療としてのエビデンス
 DBTはBPDのほかにも,薬物乱用13),過食症16),ADHD3),うつや不安に共通する感情調節不全14)など,感情調節不全に関連するさまざまな疾患に対して治療効果が報告されている.また,摂食障害や薬物乱用などはそれぞれの疾患に適したプログラムも開発されており,今後さらに感情調節不全に関連した幅広い疾患に対する治療法へと拡充することが期待される.

III.境界性パーソナリティ障害の家族心理教育
 BPDの家族心理教育は,DBTの専門家によって行われるDBT-FST6)と,訓練を受けた家族がリーダーを務めるFC5)が欧米では発達し始めている.

1.弁証法的行動療法―家族スキル訓練(DBT-FST)
 DBT-FSTの目的は,家族にDBTを学ぶ機会を提供すること,個人,そして家族関係に役立つスキルと関係性に対する具体的スキルを身につけてもらうことである.さらに,次の4つの具体的目標が設定されている.
 ①BPDに関する知識の提供
 ②承認的環境の維持
 ③互いに価値判断や非難をしない
 ④深刻な問題について安心して話せる場の提供
 DBT-FSTでは,毎週1回1時間半のセッションが6ヵ月にわたり実施され,各セッションはDBTスキル訓練とコンサルテーション・アワーから構成されている.前半45分では,標準的なDBTスキル訓練に基づく心理教育が行われる.後半45分は,スキルを問題解決に応用する(スキルの汎化)ためのコンサルテーション・アワーとなっており,各家族が自身の問題を持ち込み,習得したスキルを練習する機会をもつことができる.

2.ファミリーコネクション(FC)
 FCの目的は,BPDとかかわりのある人々における,BPDの理解と個人・家族(知人)としてのスキル習得および悲嘆と負担感の軽減であり,訓練を受けた家族がファシリテーターを務める.FCは6モジュール,12セッションで構成されており,週1回2時間のセッションが3ヵ月にわたり実施される.各セッションでは毎回宿題が出される.セッションの具体的な構造としては,チェック・イン,宿題の振り返り(説明・例の提示・モデリング,質問と明確化),経験の共有と相互サポートが含まれる.

3.FCのエビデンス
 FCプログラムの事前・事後での変化を検討した研究では,参加後には悲嘆や負担感が有意に減少,習熟度が有意に上昇したことがわかっており,この変化は6ヵ月後のフォローアップでも維持されていた7).また,FCとBPD家族への最適治療(optimised treatment-as-usual:OTAU)を比較した結果,負担感,悲しみ,抑うつ,習熟度すべての指標において,FCは有意な改善を示した4).OTAUも改善傾向はあったものの,有意差は認められなかった.以上のように,少しずつではあるが,FCのエビデンスが明らかになってきており,さらなる効果の検討が求められている.

IV.日本での家族心理教育の試み―感情調節困難な人の家族のための「家族スキルアップグループ」―
1.家族スキルアップグループとは
 長谷川メンタルヘルス研究所において,十数年前からBPDなどの本人のためのDBTのスキル訓練グループをスキルアップグループと称して行っている.その経験を通して家族の支援の必要性を強く感じてきた.そこで2011年に家族の支援を目的として家族スキルアップグループと称して家族心理教育的サポートグループを開始した.日本での前例が見あたらなかったために,統合失調症のための家族心理教育,DBTやDBT-FSTそしてFCなどを参考にし,参加者のフィードバックも参考にしながらプログラムを作ってきている.また,本人の診断名がBPDに加えてアルコール・薬物乱用,発達障害,摂食障害,双極性障害,抑うつ障害,不安障害,適応障害など多彩であり,さらに引きこもりなどで受診しておらず診断名のついていない場合もあるので,それらの総称として診断名の代わりに「感情調節困難」という共通言語を使用している.
 家族スキルアップグループの目的は以下のように要約される.
 ①感情調節困難に関する知識,理解のための情報提供
 ②感情調節スキル向上の支援の仕方の学習
 ③参加者の困難,負担の軽減
 ④参加者自身の感情調節スキルの向上
 この1回2時間半程度のグループは,3名程度の臨床心理士や作業療法士などが運営する形で,月1回の頻度で行われている.プログラムとして毎年1月に始まり12月までの12回1クール制.クールの途中から新規で参加することも可能である.また,繰り返し参加が可能であり,多くの参加者が複数年参加している.参加されている方々は感情調節が困難な本人の家族(母親,父親,配偶者,兄妹など)であり,毎回6~12名が参加している.

2.家族スキルアップグループの流れ
 グループのセッションは以下のような流れで行われる.参加者のニーズに応じて,臨機応変に調整するが,基本的には以下のような流れで行っている.
1)オリエンテーション(5分程度)
 グループ開始時には参加者が安心して語り合うための個人情報保護の確認を行い,お茶を配りながらこの日の流れの案を共有する.
2)マインドフルネス・スキルの練習(15分程度)
 本人もつらいが参加者(家族)にとっても感情的につらい状況で自分自身に起きていることを客観的に捉えることは,感情に圧倒されずに自分を保つこと,そして対処法を選択して行動するために有用である.参加者から「自分自身の感情や考えに気づけるようになった」「自分の気持ちに素直になれた」「落ち着くための対処行動がとれた」「承認につながるスキルだと理解できた」などの感想が話されることが多い.情報提供のテーマとして年に最低1回は取り扱うが,毎回短時間の練習をウォーミングアップも兼ねて行っている.
3)一人一言:よかったこと,困っていること,持って帰りたいこと(30分程度)
 一人ずつ,参加者にこの1ヵ月でのよかったこと,今困っていること,そして今日の体験を通して持って帰りたいことについて話してもらう.日々困難な状況におかれている参加者は本人とのやりとりに疲れ,不安や心配,絶望感などネガティブな感情にとらわれていることが多い.「よかったこと」では,そのような状況でもポジティブな体験(嬉しさ,楽しさ,安堵など)を見つけ出し,皆で共有する.本人について嬉しかった報告をすることもあれば,本人とは関係なく自分が感じたことを報告することもある.グループに参加した当初はよかったことなんてひとつもなかったと話す参加者も,徐々にポジティブな感情に目を向けたり体験しようとする姿勢がみられたりする.また「困っていること」や「持って帰りたいこと」を表現することで,参加目的を明確にし,相互に動機を高め合うことにもつながるように思われる.
4)テーマ:情報提供(60分程度)
 本人の強烈な感情反応を理解し,より効果的な支援に役に立ちそうな情報を提供する.テーマとしては感情調節困難に関する理解と承認の重要性の理解のための「DBTの生物社会理論」,本人も家族もトラウマを体験していることが多いことから「トラウマと脳と感情調節困難」,気づきと受容のための「マインドフルネス・スキル」,本人と参加者自身の関係の気づきと理解のための「対人関係のマインドフルネス」,DBTの核となる方略でもある本人を理解して認めるスキルとしての「承認」などが取り上げられる.また,必要に応じてGunderson, J. の「BPD家族のためのガイドライン」や,家族による家族のためのネット上のサポートネットワークの主催者であるKreger, R. の「BPDの家族のためのパワーツール」,スキーマ療法の「スキーマとスキーマモード」など,参加者の興味や問題に役に立ちそうなトピックを適宜選択して情報提供を行うこともある.
5)コンサルテーション(60分前後)
 参加者の本人との関係での困難な状況に関して,他の参加者に相談する時間である.参加者が1回に一人ずつ困っていることを報告し,その人の問題を参加者全員で理解し,アドバイスをする.参加者が自分自身でついとりがちな反応への気づきを増やしたり,本人との関係で起きていることへの気づきを増やす場となっている.家族同士で実体験に基づいた工夫を話し合えるため,具体的なかかわり方などの効果的な行動レパートリーを増やす機会にもなっている.
 時間の制限から,情報提供とコンサルテーションは毎回そのどちらかを取り上げるが,時には短略版の情報提供とコンサルテーションを組み合わせて行うこともある.
6)振り返りとフィードバックシートへの記入(30分程度)
 最後に参加者一人一人が感じたこと考えたことを共有して終了する.

V.感情調節困難の家族心理教育の可能性
1.家族スキルアップグループの効果
 家族スキルアップグループを含め,感情調節困難を抱える人の家族を対象とした研究や臨床実践は現在のところほとんどみられないが,本邦では,須川らによって,家族スキルアップグループの効果について検討が行われている.
 須川ら17)によれば,家族スキルアップグループでの学びや経験を通して,【反応しないことも・本音で反応することも許されない悪循環】【自分の状態への気づきが増したことで感情的になった後の回復が早まる】【相手を変化させようとしないことで修羅場に発展しにくくなる】といった3つの位相をたどり,感情調節困難を抱える本人とのかかわりにおける家族の体験が,次第に変化していくと考えられる.その際,家族の体験は,これらの3つの位相を直線的に移行していくのではなく,家族スキルアップグループでの経験の積み重ねとともに,前後の位相を行ったり来たりしながら進んでいく.つまり,漸進的移行がみられる.
 この漸進的移行をもたらす要因としては,【自分のなかでのぎくしゃくした作業】と【他の家族の体験を聞くことでの穏やかな気づき】が挙げられる.【自分のなかでのぎくしゃくした作業】とは,家族スキルアップグループで得た新しい知識やスキル,気づきなどを,自身の現状と結び付けて捉えなおすといった試みである.家族スキルアップグループで得たものを,ぎくしゃくとした感覚を伴いながら,自身に合う方法で意識的に行い習慣にしていこうと試行錯誤を繰り返す.一方,【他の家族の体験を聞くことでの穏やかな気づき】とは,家族スキルアップグループのなかで他の家族の話を聞くことによって,家族自身がもっている本人や自身に対する価値観や先入観に気づくといった経験である.この気づきによって自身の行動にも変化が生じていく.家族スキルアップグループを通じてこのような経験をしていくことによって,家族自身の心境や行動に徐々に変化がみられるようになっていくと考えられる.
 須川らの報告17)では,このような家族スキルアップグループによるさまざまな効果が示されているが,これにはグループ・セラピーという形態が果たす役割が大きく影響していると考えられる.似たような境遇にある家族が対等な立場でお互いを語り合うという経験は,グループ・セラピー特有のものである.そのため,個人療法では得がたい,家族同士のたくさんの承認やそれに伴う数多くの変化がもたらされているのであろう.

2.承認的環境としてのグループ―共感,承認,弁証法的スタンス―
 このグループでは同じような経験で苦しむ家族同士が,お互いの存在を認め合い,苦しい状況での感情体験に共感し,受け止め,認め合い,そしてエンパワメントする姿がみられる.これらはYalomが提唱した集団精神療法の治癒的因子(希望をもたらすこと,普遍性,情報の伝達,愛他主義,カタルシス,集団の凝集性など)を多く含む.例えば,本人から「こんなにつらい思いをするなら産まれなければよかった! 産んだあなたが悪い!」と激しい気持ちをぶつけられてつらい思いをしていた家族が相談したとき,多くの参加者がうんうんと頷きながら「わかるわ! その気持ち.私も同じように言われたわ.何度も何度も」と言葉をかける場面がみられる.相談した家族はこのような状況になるのは自分だけではなかったと気づいて楽になったと話す.「こんな話は友人にも親戚にもしづらい.誰に話したらよいのかわからなくて長年一人で抱えてきた」と語る家族もいる.

3.感情調節困難の家族心理教育―今後の展望―
 本邦において,感情調節困難に対する支援はいまだ発展途上であるが,特にその家族を対象とした支援については,臨床実践や先行研究は極めて少ない.感情調節困難を抱える人の家族に対する支援において,承認や変化に重点をおいた介入技法の開発やその基礎研究・効果研究が急務である.また,欧米では複合家族療法的な介入も実施され始めている.個人療法や集団スキル訓練のような感情調節困難を抱える人に対する支援と,その家族への支援をどのように統合・連動させていくのかということも今後の課題となるだろう.
 さらに感情調節困難の家族心理教育の普及のためには,教育研修が必要である.著者らも試行錯誤で教育研修プログラムを構築,実践してきているが,他の治療,支援機関,そして教育研修機関との連携の必要性を強く感じている.そのような連携を通しての感情調節困難な人とその家族の支援のネットワークの発展が求められる.

おわりに
 家族スキルアップグループは,家族が困難な状況を乗りきるための方法や工夫を探していく場である.支援者を含め,参加者がともに紡ぐ承認的環境のなかで,お互いに認め合い,癒し,工夫やヒントを与えあい,生きていくエネルギーを得る.そしてまた家族はそれぞれの場へと帰っていく.「来月まで,とにかく頑張ってくるね」と声をかけ合うなど,この場があることで心理的に大きなサポートを得ている方々は少なくない.著者らもこのグループと家族の皆さんにエンパワメントされている.大変な状況のなかで日々努力している家族の皆さんに尊敬の念を抱くとともに,このグループでともに関与することで多くの学びをいただいていることに感謝している.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) Cheavens, J. S., Zachary Rosenthal, M., Daughters, S. B., et al.: An analogue investigation of the relationships among perceived parental criticism, negative affect, and borderline personality disorder features: the role of thought suppression. Behav Res Ther, 43 (2); 257-268, 2005
Medline

2) Dimeff, L. A., Koerner, K.: Dialectical Behavior Therapy in Clinical Practice. Guilford Press, New York, 2007〔遊佐安一郎訳: 弁証法的行動療法 (DBT) の上手な使い方―状況に合わせた効果的な臨床適用―. 星和書店, 東京, 2014〕

3) Fleming, A. P., McMahon, R. J., Moran, L. R., et al.: Pilot randomized controlled trial of dialectical behavior therapy group skills training for ADHD among college students. J Atten Disord, 19 (3); 260-271, 2015
Medline

4) Flynn, D., Kells, M., Joyce, M., et al.: Family Connections versus optimised treatment-as-usual for family members of individuals with borderline personality disorder: non-randomised controlled study. Borderline Personal Disord Emot Dysregul, 4; 18, 2017
Medline

5) Fruzzetti, A. E., Hoffman, P. D.: Family Connections Workbook and Training Manual. National Education Alliance for Borderline Personality Disorder, Rye, 2004

6) Hoffman, P. D., Fruzzetti, A. E., Swenson, C. R.: Dialectical behavior therapy: family skills training. Fam Process, 38 (4); 399-414, 1999
Medline

7) Hoffman, P. D., Fruzzetti, A. E., Buteau, E., et al.: Family connections: a program for relatives of persons with borderline personality disorder. Fam Process, 44 (2); 217-225, 2005
Medline

8) Hooley, J. M., Hoffman, P. D.: Expressed emotion and clinical outcome in borderline personality disorder. Am J Psychiatry, 156 (10); 1557-1562, 1999
Medline

9) 井合真海子, 松野航大, 山崎さおりほか: 感情調節困難のための弁証法的行動療法の日本での応用. 精神科治療学, 30 (1); 117-122, 2015

10) Kavanagh, D. J.: Recent developments in expressed emotion and schizophrenia. Br J Psychiatry, 160; 601-620, 1992
Medline

11) Leff, J., Vaughn, C.: Expressed Emotion in Families. Guilford Press, New York, 1985 (三野善央, 牛島定信訳: 分裂病と家族の感情表出. 金剛出版, 東京, 1991).

12) Linehan, M. M.: Cognitive-Behavioural Treatment of Borderline Personality Disorder. Guilford Press, New York, 1993

13) Linehan, M. M., Dimeff, L. A., Reynolds, S. K., et al.: Dialectical behavior therapy versus comprehensive validation therapy plus 12-step for the treatment of opioid dependent women meeting criteria for borderline personality disorder. Drug Alcohol Depend, 67 (1); 13-26, 2002
Medline

14) Neacsiu, A. D., Eberle, J. W., Kramer, R., et al.: Dialectical behavior therapy skills for transdiagnostic emotion dysregulation: a pilot randomized controlled trial. Behav Res Ther, 59; 40-51, 2014
Medline

15) 大島 巌, 三野善央: EE研究の起源と今日的課題. 精神科診断学, 4 (3); 265-282, 1993

16) Safer, D. L., Robinson, A. H., Jo, B.: Outcome from a randomized controlled trial of group therapy for binge eating disorder: comparing dialectical behavior therapy adapted for binge eating to an active comparison group therapy. Behav Ther, 41 (1); 106-120, 2010
Medline

17) 須川聡子, 井合真海子, 松野航大ほか: 感情調節困難な人との家族の関わりの変化―DBTを取り入れた家族グループ参加による体験の探索的研究―. 家族療法研究, 30 (1); 72-82, 2013

18) Whalen, D. J., Malkin, M. L., Freeman, M. J., et al.: Brief report: borderline personality symptoms and perceived caregiver criticism in adolescents. J Adolesc, 41; 157-161, 2015
Medline

Advertisement

ページの先頭へ

Copyright © The Japanese Society of Psychiatry and Neurology