Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第121巻第12号

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総説
放射光ナノトモグラフィ法を用いた統合失調症における神経細胞の構造変化の解析―脳組織の幾何学―
糸川 昌成1)2), 大島 健一1)2), 新井 誠1), 鳥居 洋太3), 久島 周3), 入谷 修司2)3), 尾崎 紀夫3), 雑賀 里乃4), 水谷 隆太4)
1)東京都医学総合研究所
2)東京都立松沢病院
3)名古屋大学大学院医学系研究科
4)東海大学工学部生命化学科
精神神経学雑誌 121: 926-940, 2019
受理日:2019年7月10日

 Kraepelin, E. が早発性痴呆の概念を提案したとき,彼は将来に神経病理学的所見が発見されることを期待した.その後120年の間にさまざまな神経病理学的な特徴が発表されたが,いまだ確定した所見は得られていない.われわれは,ホルマリン固定された統合失調症4例,これらと年齢・性別の一致した対照4例の前部帯状回ゴルジ染色標本について放射光ナノトモグラフィ法を用いて三次元構造をナノメータースケールで解析した.測定は,大型放射光施設SPring―8と,米国アルゴンヌ国立研究所Advanced Photon Sourceにおいて行った.得られた三次元像から,専用のアルゴリズムを用いて広い意味でのいわゆるAIにより神経ネットワークを自動トレースさせ,神経細胞の構造をデカルト座標に変換して構造変化を幾何学的に検討し,統合失調症例の2,592本と対照例の2,069本の神経突起を解析した.その結果,対照4例と比較して統合失調症4例の神経突起で,有意に大きな曲率を見出した(1.5倍:P=0.020).興味深いことに,最も高い曲率の症例では,カルボニルストレスの除去酵素であるグリオキサラーゼ1遺伝子にフレームシフト変異が見出され,治療抵抗性の臨床像が同定されていた.これまで統合失調症での神経細胞の構造変化について,長年にわたって困難な検討が続けられてきた.放射光ナノトモグラフィ法による組織構造の幾何学的解析は,この長く続いてきた懸案に光明を与える可能性が期待できると考える.

索引用語:統合失調症, 神経細胞, 放射光, トモグラフィ法>

はじめに
 統合失調症の脳において,これまで神経細胞のさまざまな構造変化が報告されている7)14)16)21)23)45).しかし,これらの報告は一定せず既報の所見を否定する研究も散見されてきた14)16).統合失調症に関する遺伝子,脳画像,生化学など生物学的研究では,神経変性疾患などと比較すると結果の再現性が低いことが長年未解決となっている.それについては,①疾患定義(異種性を含む),②解析技術精度に原因を帰着させる議論がこれまで行われてきた1)6)
 19世紀末まで,精神疾患は横断面の症状の集合として捉えられていた39)40).光学顕微鏡の発達,および死後脳の固定法や染色技術の進歩に伴って神経病理学が隆盛期を迎えると,病理所見・症状・経過・転帰を単位とした疾患概念が提案され始める.Alzheimer, A. が神経原線維変化を認知症の典型としてAuguste症例で報告したのを嚆矢として,さまざまな神経病理所見が発見され多くの疾患単位が提案された.このような時代を背景にKraepelin, E. が初めて縦断面で精神障害を捉え,神経病理所見を示さない症例を対象に,慢性に経過して荒廃に至る早発性痴呆と予後の良好な躁うつ病の二大分類を提案した20).ここで,Kraepelinは神経病理所見が将来同定される可能性を期待していた.以後,120年間で,統合失調症の病理所見として報告されたもののほとんどは再現性が低く,この状況を表現して米国のPlum, F. が述べた「神経病理学者の墓場」が繰り返し引用された41).これは,統合失調症が多くの内科疾患のように物理化学的状態を根拠に定義づけられた単位ではなく,上述のように経過から二分した集合体,いわゆる症候群であるためである.つまり,研究者ごとに対象被験者が異なる母集団から抽出されている可能性が極めて高いから,再現性は当然担保されない.
 1990年以降は,神経疾患で同定されたような疾患特異的な封入体や異常蛋白よりは,神経構造の微細な変化として棘突起(スパイン)の減少が比較的再現性をもって報告されるようになった11-13)42)44).しかし構造変化に関しては,三次元的な存在である脳を二次元像で評価するところに無理があり,どこをどちらからみるかという点で人為性が入ってしまう.また,実際問題として薄切切片の作製で組織にゆがみが生じるため,組織の構造変化を同定するとなると,ここでも再現性の問題が伴う.
 われわれは,生化学マーカーを用いて,①の問題解決を試み,放射光と呼ばれる技術を用いて②の課題に挑んだ結果,興味深い所見を得た.本稿では,放射光による統合失調症例脳組織の解析を報告した論文37)を基として解説を加え,すでに臨床試験にまで進行中のカルボニルストレス(①)と,世界最先端の第三世代放射光施設(②)を融合させた研究の自験例について紹介し,統合失調症の脳病態を研究するうえで長年未解決だった再現性問題について一定の解決策を考察する.

I.放射光ナノトモグラフィ法
 コンピュータ断層撮影法,いわゆるCTスキャンは,測定対象を周回してX線像を何枚も撮り,画像をコンピュータで処理して,内部の構造を可視化する19).1970年代に実用化されて以降,広く診断に活用されているのはご承知の通りである.精神科領域でも,統合失調症で脳室拡大が検討される18)22)など,さまざまな応用例が報告されている.
 それら医療用CTは,空間分解能がミリメータスケールであり,神経回路を構成する個々の神経細胞は観察できない.しかし,各種の精神疾患の症状は,巣症状を伴わず認知や判断の微細な褶曲であることから,脳の神経回路の変化を示唆している.神経回路を形作る神経細胞や,そのネットワーク構造を見ようとすれば,より高い分解能が必要になる.そのような高分解能で疾患例と対照例の脳組織の三次元構造を比較できれば,精神疾患で神経細胞の形がどのように変化しているか,あるいは,いないかが明らかにできる.
 そこでわれわれは,医療用CTより分解能が3~4桁高いX線マイクロトモグラフィ(microtomography:micro-CT)法やナノトモグラフィ(nanotomography:nano-CT)法を用いて,脳組織の構造を解析する研究を進めてきた25)26)28)31-33)35)37).その方法の概略を図1に示す.高い分解能を得るには,ピクセル幅を小さくする必要がある.ピクセル幅を小さくすると,輝度の高い光源が必要となる.光学顕微鏡でも倍率の2乗に比例して強い光源が必要になるが,X線も同様である.
 強いX線を発生させる方法はいくつかあるが,広く用いられるのは放射光(synchrotron radiation)である.放射光は,荷電粒子の軌道を曲げると発生する.加速器を使った素粒子の探求は,物理学の大きなテーマの1つであり,最近ではヒッグス粒子の存在が確認され5)10),ノーベル賞が授与されている.そのような加速器実験では,荷電粒子の向きを磁石で曲げたりする.その際,光が放出されて,エネルギーの損失となる.しかし,この光が広いスペクトルと高い指向性をもつことから,利用する研究者が現れるようになり,ついには専用の施設まで作られるようになった.これが放射光施設である.
 われわれは,そのような放射光施設のうち,大型放射光施設SPring-8(兵庫県)と米国アルゴンヌ国立研究所Advanced Photon Source(APS;イリノイ州)を利用している.これら日米両国が誇る放射光施設は,第三世代と呼ばれる最新のタイプのものであり,世界中のだれでも申請可能で,課題が認められれば測定実験を行うことができる.SPring-8は兵庫県西播磨の山中にある.三原栗山を一周する巨大なリング状の建物のなかに,各種の実験ステーション(ビームライン)が整備されている.実験では,ハッチと呼ばれるコンテナのような測定室のなかに検体をセットし,外から制御してX線像を撮る.SPring-8では,小惑星探査機「はやぶさ」の帰還サンプルの解析46)が行われたり,和歌山毒物カレー事件のヒ素の鑑定38)が行われたりなど,多種多様な研究・実験が進められている.
 もう一方の米国アルゴンヌ国立研究所は,人類史上初めて臨界に達した実験炉「シカゴパイル1号(CP-1)」が移設されて,発祥の地となった.米国の国立研究所はこのように核兵器の歴史と密接にかかわっており,現在でもものものしい警備体制が敷かれている.東京都千代田区のおよそ6割に相当する広大な敷地には,さまざまな施設・設備が設置されており,放射光施設であるAPSは,そのなかでも主要な位置を占めている.

図1画像拡大

II.検体と測定
 次に,ナノトモグラフィ測定で用いる脳組織検体に関して説明する.X線で観察するためには,観察対象がX線と相互作用する必要がある.しかし,残念ながら脳組織は軽元素でできており,X線ではみえにくい.このような場合は,何らかの方法でコントラストを強調する必要がある.われわれは重元素がX線と相互作用しやすいことを利用し25)32),ゴルジ法により神経細胞を銀で染色して,X線可視化している26)28)31)37)
 脳組織検体は書面により遺族の同意を得たうえで,プライバシー保護に配慮して取り扱っている.ヒト組織を研究に用いることに関しては,東海大学「人を対象とする研究」に関する倫理委員会,同医学部臨床研究審査委員会,東京都医学総合研究所倫理審査委員会,米国アルゴンヌ国立研究所Institutional Biosafety Committeeを含め,関連各機関での審査を経て,認められた条件に従って研究を実施している.ゴルジ染色した検体は,実体顕微鏡の観察下でおおよそ0.5×0.5×5 mm3の大きさに細切する.測定は数~数十分であるが,その間は検体がナノメータースケールで変形しないようにする必要がある.このため,ガラスキャピラリ中で脳組織をエポキシ樹脂に包埋して固めている.米国で実験する際は,航空機で運ぶ必要があることや,ヒトの神経組織をアルゴンヌ国立研究所で用いるにはバイオセーフティ審査を経る必要があるなどの事情から,何らかの樹脂に包埋することは必須と思われる.エポキシ樹脂には電子顕微鏡で用いられるものもあるが,われわれはより透明度の高い岩石試料用の樹脂を用いている36)37).光学的に濁った樹脂など(例えばパラフィン)は,X線であっても微粒子による散乱の影響を受けるので,あまり勧められない.このようにして準備した検体の様子を図1bに示す36).日本のSPring-8と米国のAPSで測定装置の仕様が異なるため,それに合うようにアダプタを製作し,マウントに使っている.
 これら放射光施設では,年に2期ないし3期の配分時期が設定されており,われわれは両施設合わせて最大で年数回の測定実験を行っている.施設は24時間稼働しており,昼夜交代で実験を行うことになる.測定検体をいくつも持ち込んで,数日間は測定ばかり繰り返し,年間で数十テラバイトのデータを得る.
 得られたX線像は,コンピュータを用いてトモグラフィ再構成という計算を行い,断層像に変換する.これがコンピュータ断層撮影法といわれるゆえんである.十数年前にこの研究を始めた頃は,1枚の再構成計算に3分以上かかったが,その後の関連技術の発展はすばらしく,現在では1秒以下で計算が済んでしまう.図2に,ヒト脳の神経細胞のX線像と断層像の1例を示す.われわれの場合は,計算を測定施設の間で統一する必要があるため,独自に開発したソフトウェア(https://mizutanilab.github.io/)を用いて再構成計算を行っているが33)37),各放射光施設でも,それぞれ専用のソフトウェアが用意されている.
 断層像を積み重ねれば三次元像となる.1例を図3aに示す.X線マイクロトモグラフィ法あるいはナノトモグラフィ法の主な利点は,①不透明な物質にも適用可能,②等方的な分解能,③歪み・補正不要の三次元可視化,の3点である.光学顕微鏡を用いる場合には,何らかの透明化処理を施したり,表面近くだけ測定したり,波長を選んだりする必要があるが,X線にはそういう制約がない.分解能は,可視光では光軸方向とそれ以外で変わったり,表面からの深さに依存して変わったりするため,得られる構造に異方性が生じてしまう.X線トモグラフィ法では方向によらず均一な分解能が得られるので27)29)30)34)43),原理的に異方性を伴わない.また,電子顕微鏡などで切片を作製して積み重ねて三次元像とする方法が報告されてきているが,切片作製では組織の変形が避けられない.それを1枚1枚補正して三次元像を再構成すると,その過程で組織の重要な特徴が失われる可能性がある.特に,今回注目する構造パラメータは影響を受けることが容易に想像される.X線では切片を作製しないので,画像の補正は一切しない.

図2画像拡大
図3画像拡大

III.神経細胞の幾何学
 以上により得られる三次元像は画像であり,そのままでは比較が難しいため,神経細胞の構造をパラメータ化し,数値で表さなくてはならない.画素の濃さは確かに数値で表されているが,それでは疾患例と対照例をうまく比較できない.何か変換操作が必要である.
 そこでわれわれは,神経細胞の三次元像をトレースし,その構造をデカルト座標系で記述して,構造モデルを構築している.その様子を図3に示す.構造モデルの構築では,まず細胞体や頂上樹状突起,毛細血管などの大きな構造を見つけて,おおまかな初期モデルを組む.次に画像全体を専用のアルゴリズムを用いた広い意味での人工知能(artificial intelligence:AI)技術で処理して,神経突起を自動的にトレースさせる.その際には,gradient vector flow法を用いて三次元像のなかで神経突起を検出した後,Sobel filterにより突起の画像をたどってトレースした37).その後,三次元像とモデルをグラフィックス上で重ね合わせて観察し,モデルを修正したり,足りないところを追加したりする.最後に,画像への一致度を表す目的関数を設定して,最小二乗法により座標を最適化する.図4に示すのは,このようにして解析した一群の構造モデルである.これらは,統合失調症4例それぞれの大脳前部帯状回BA24野から,検体を準備して解析した.年齢・性別を合わせた対照4例も,同様に解析を行った37)
 この方法で得られるモデルは完全に三次元座標で記述されており,容易に幾何学的パラメータが算出できる.神経突起は,三次元空間の曲線と捉えることができるが,三次元的な曲線は曲率と捩率で表現できる.曲率は半径の逆数であり,値が小さいほど急カーブであることを表す.捩率はねじれのパラメータで,曲線の平面からのずれを表す.捩率には円とラセンの違いが反映され,右巻き・左巻きに対応した正負の値をとる.これら幾何学的パラメータを各神経突起から計算して,その分布を表す蜂群図(beeswarm plot)としたのが図5である.神経突起は枝分かれで分けて,各分枝の平均値を求めている.したがって,1つ1つの点が,1本1本の突起やその分枝に相当する.棘突起(スパイン)は別途同様の解析をしているので後述する.
 この図をみると,まず第一に曲率の分布が個人ごとにずいぶん異なることがわかる.対照4例の間だけでも,分布の中央値に統計的な有意差がある(Kruskal-Wallis test,P<2.2×10-16;ここでは有意水準をP=0.05とする).統合失調症4例でも同様である.これは,神経突起の形が人それぞれ違うことを示している.神経突起の構造が異なるということは,神経回路の構成が個人の間で異なるということである.今回解析した前部帯状回は情動機能・認知機能に関与するとされており8)9),それら機能を担う神経回路が異なることになる.すなわち,精神的な個性が神経突起の幾何学的パラメータとなって現れたことを示唆している.そのような細胞レベルの物理パラメータはこれまでに報告がない.
 第二に,統合失調症例と対照例を比較すると,統合失調症では曲率の分布が上に伸びており,神経突起の曲率が大きいことがわかる(図5a).毛細血管がおおむね半径3~5 μmであり,曲率では0.2~0.3 μm-1に相当するが,その何倍もの曲率で曲がっている神経突起が多くある.このような突起が一体どこにあるのか検討するため,神経突起を2つのグループに分けてプロットしたのが図5c,dである.グループ分けは突起が細胞体につながっているかどうかで行った.三次元像の神経突起には,細胞体までたどれるものと,視野で見切れたりして,細胞体につながっていないものがある.視野のなかで細胞体につながっていない突起は,視野よりも遠いところに細胞体があると考えられる.これらを別々にプロットすると,細胞体につながらない突起(図5c)が,統合失調症例で明らかに曲率が大きい.それら突起の曲率の平均値を,統合失調症4例と対照4例で比較すると,統計的に有意な差がある(Welch's t-test,P=0.020).したがって,本研究で解析した統合失調症4例では,遠位の神経突起の曲率が有意に大きくなっていると結論できる.
 このような曲率の上昇は,構造全体では神経突起の蛇行となる.図6a,bには最も曲率の大きい統合失調症例S4の構造と,年齢・性別を合わせた対照例N4の構造を示している.S4例では神経突起が蛇行して縮れているのに対し,N4例では神経突起の走行がなめらかである.統合失調症での神経突起の蛇行は,ヒト組織切片でも報告されており45),NMDA受容体の遮断薬MK-801を投与したラットでも観察されている47).しかし,二次元的な組織像では,切片を作製する方向によって円弧が直線にみえる可能性もあり,どのように切片を作製するかという点で,構造の評価に人為性が伴う.われわれの方法では,三次元構造そのものを数値で評価しており,構造の解釈に偶然や解析者の意思が入り込む余地がない.
 統合失調症で観察された神経突起の蛇行あるいは曲率の上昇は,神経突起の太さと関連している.図6c,dでは,各神経突起の曲率と太さの関係をプロットしている.このように曲率と太さは反比例しており,太い神経突起は曲率が小さく,細い突起は曲率が大きい.統合失調症で遠位の神経突起の曲率が大きいことと考え合わせると,細胞体から遠い位置で神経突起がやせ細って蛇行している様子がうかがえる.図6aで示した最も曲率の大きい統合失調症例S4では,GLO1遺伝子にフレームシフト変異が見出され3),治療抵抗性が報告されている24)GLO1遺伝子の変異を伴ったS4例では,カルボニルストレス4)が,神経突起にダメージを与えた可能性が示唆される.
 スパインについても同様に解析した37)が,スパインの曲率(図7a)と捩率(図7b)には統合失調症例と対照例で有意な差はみられなかった.スパインは,長くて首のあるものや,短くて首のないもの,細くて頭のないものなど,構造からいくつかのタイプに分類されている15).そこで,それらスパイン特有の構造パラメータでもプロットしてみたのが図7c~fである.長さと最小の太さ(首の半径)のプロット(図7c,d)では,左側のくさび形分布のグループと,右側の三角形のグループに明確に分かれており,それぞれ,短いstubby spineと首のあるnecked spineに相当すると考えられる.このような構造パラメータからスパインが分類できることを示したのは初めてであるが,それでも統合失調症例と対照例の間で違いがなかった.頭と首の太さを比べることを考えて,最大半径/最小半径の比と長さでもプロット(図7e,f)してみたが,明確なグループに分かれず,また,統合失調症例と対照例の違いも見出せなかった.統合失調症に関しては,神経突起の単位長さあたりのスパイン密度の減少が,一部の部位で報告されている12)44).今回解析した症例でもスパイン密度を求めたが,統合失調症例と対照例に有意差はみられず(Welch's t-test,P=0.56),むしろ,スパイン密度は死後時間と強く逆相関していた(Spearman's ρ=-0.95,P=0.0011).これまでの報告では,この点について必ずしも配慮されておらず,統合失調症で本当にスパインが減少しているのかどうか,死後時間も踏まえて綿密に検討しなおすことが求められる.

図4画像拡大
図5画像拡大
図6画像拡大
図7画像拡大

おわりに
 放射光ナノトモグラフィ法を用いて,統合失調症例と対照例で前部帯状回の神経細胞の構造を解析し,個人の間で神経突起の曲率に違いがあり,統合失調症では曲率が有意に高くなることを見出した.統合失調症の死後脳について放射光を用いて解析した報告は前例がなく,カルボニルストレスを伴った症例の死後脳の所見も報告がない.しかし,現状では症例数が限られており,ごく一部の脳組織を解析しただけであるため,症例も部位も対象を広げて解析を進める必要がある.ただし,DSMの基準を満たす統合失調症がKraepelinの二分法から敷衍された症候群であることから,今回の所見を反映する症例と反映しない症例が存在することを前提に対象を拡大する注意が必要である.拡大したサンプルで,曲率が亢進する群としない群を比較して,臨床像や遺伝子・生化学的な違いを検討する意義があると考える.神経細胞の染色に用いたゴルジ法は,一部の神経細胞を標識するのみで,すべての細胞を可視化しているわけではない.このため,解析対象が限られた細胞であることに留意が必要である.また,統合失調症例では薬物の投与による影響が除外できず,構造変化が疾患によるものか,治療によるものかは明らかでない.しかし,もし,治療による構造変化があるとすると,統合失調症で用いられる薬物が,精神にかかわる脳の領域で神経細胞の構造を変化させていることになり,また別の意味で検討を要する.
 統合失調症に関しては,以前より神経細胞の構造変化21)23)45)が報告されている.一方で,それを否定する説もあり14)16),再現性が低いことが統合失調症の組織学的研究の妨げとなってきた.しかし,脳室拡大などのマクロな構造変化14)18)22)は,つきつめれば脳組織を構成する細胞の変化に帰着されるはずであり,組織学的変化を想定するほうが自然である.これらのことは,従来の脳組織の解析法が,薄切の操作で神経細胞に歪みを生じ,さらに,二次元的な投影像にすることで神経突起の幾何学的情報を失ってしまっていた可能性を示唆している.
 そもそも脳組織は三次元的な存在であり,三次元のままで計量・解析しなくては,本当の意味での比較は不可能である.しかし,薄切せずに組織を可視化しようとすれば,組織を通り抜ける光によるしかなく,X線ではナノメータースケールの解析がようやく緒についたところである.また,解析対象が二次元から一次元増えるとなると,通常の顕微鏡像の数千枚分を一度に分析しなくてはならない.それを何十回も繰り返すには,計算機関連技術とソフトウェアの力が必須となる.それら解析で得られた知見を素直に解釈すれば,精神は物体から遊離した測定不可能なものではなく,神経細胞という物の構造に依拠した数値化できる存在のようである.
 統合失調症がKraepelinの二分法に依拠している以上,これが巨大な症候群であり複数の異なる疾患が内包されていると考えることに妥当性がある.そこで,われわれは化学的病理(カルボニルストレス)をマーカーとして症候群から比較的均一な集団を抽出することで,科学的所見の再現性を高める研究手法を提案し,治療薬の臨床試験にまで至った経緯がある17).今回得られた所見で最も著しい変化を示した症例が,カルボニルストレスを伴う統合失調症であったことが興味深い.カルボニルストレスを伴う統合失調症は陰性症状が主体となり,治療抵抗性の転帰と関連がある2).カルボニルストレスと神経突起の曲率亢進が追試でも確認されることがあれば,Kraeplinがめざした病理・症状・経過・転帰(高い神経突起曲率・陰性症状・慢性経過・転帰不良)を初めて確認することも期待できると考える.

 本研究の一部は,文部科学省科学研究費(21611009,25282250,25610126)ならびに関連各機関からの各種補助により行っている.大型放射光施設SPring-8における実験は,以下の課題により実施している:2011A0034, 2013A1384, 2013A1865, 2014A1057, 2014B1083, 2015A1160, 2015B1101, 2016B1041, 2017A1143, 2018A1164, 2018B1187. Synchrotron radiation experiments at the Advanced Photon Source were performed under GUP-45781 and GUP-59766. This research used resources of the Advanced Photon Source, a U. S. Department of Energy(DOE)Office of Science User Facility operated for the DOE Office of Science by Argonne National Laboratory under Contract No. DE-AC02-06CH11357.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

 謝 辞 本稿で取り上げた研究は,竹腰進,井野元智恵,中村直哉,坪井秋男,大澤資樹(東海大学医学部),井手聡一郎,池田和隆(東京都医学総合研究所),竹内晃久,上杉健太朗,寺田靖子(JASRI/SPring-8),鈴木芳生(東京大学大学院新領域創成科学研究科),Vincent De Andrade, Francesco De Carlo(米国アルゴンヌ国立研究所)各氏との共同研究である.加えて多くの方々のご指導お力添えをいただいており,すべて挙げられなくて恐縮ながら,関係各位に心より謝意を表する.

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