Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第120巻第7号

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特集 向精神薬による不眠治療にエビデンスはあるか?―現状と課題―
不眠症治療における鎮静系抗うつ薬
高江洲 義和
杏林大学医学部精神神経科学教室
精神神経学雑誌 120: 570-576, 2018

 不眠症診療の臨床現場において鎮静系抗うつ薬は広く使用されている.しかしながら,不眠症に対する鎮静系抗うつ薬の使用は保険適用外であり,その効果や安全性に対して十分なエビデンスが示されていない.そのため,国内外のガイドラインにおいても不眠症に対する鎮静系抗うつ薬の安易な使用は推奨されていない.その結果,不眠症臨床現場とエビデンスやガイドラインとの乖離が生じており不眠症における鎮静系抗うつ薬の適正使用については十分なコンセンサスが得られていない状況である.不眠症治療において定型的な睡眠薬が奏効しない場合に鎮静系抗うつ薬が代替治療として使用されることがあるが,その前に,睡眠衛生指導などの基礎的介入を重視し,不眠症状に対する適正な評価を行うことが重要である.近年は新しい作用機序をもった新規の睡眠薬や不眠症に対する認知行動療法の効果・安全性が示されており,鎮静系抗うつ薬使用の前に,これらの治療を優先して検討すべきである.以上を踏まえて,不眠症治療における鎮静系抗うつ薬使用の治療戦略について検討する.

索引用語:不眠症, 鎮静系抗うつ薬, 睡眠薬, ガイドライン, 睡眠衛生>

はじめに
 現在わが国における不眠症治療においてはGABA受容体作動薬が最も広く使用されている.GABA受容体作動薬は,高齢者における転倒・骨折14)や依存に伴う長期・高用量使用8)の問題が指摘されており,安全性の高い代替治療法の確立が求められている.近年はメラトニン受容体作動薬やオレキシン受容体拮抗薬などの新規作用機序を有する睡眠薬が登場しており,今後のエビデンスの集積により睡眠薬治療の選択肢が増えていくことが期待されている.また,非薬物療法として不眠に対する認知行動療法の有効性・安全性が示されている15).しかしながら,新規睡眠薬は効果の面からGABA受容体作動薬の十分な代替効果を示さないことも多く,安全性に関しても十分なエビデンスはない.認知行動療法は実施可能施設がいまだ少なく,本邦においては保険適用も得ていないために不眠症治療の第一選択とはならない.したがって,いまだ不眠症に対する十分な治療ストラテジーが示されているとは言い難い状況である.そのため,不眠症の日常診療においては通常の睡眠薬で十分な治療効果のみられない治療抵抗性不眠症に対して,抗精神病薬や鎮静系抗うつ薬が使用されることは少なくない.本稿では鎮静系抗うつ薬の不眠症に対する効果や安全性を概説し,実臨床における不眠症に対する鎮静系抗うつ薬の使用指針についても検討したい.

I.ガイドラインからみた鎮静系抗うつ薬
 うつ病に伴う不眠に対して鎮静系の抗うつ薬を使用することについては多くのガイドラインで推奨されており,十分にコンセンサスが得られているといっていいだろう1).本邦においても,うつ病治療ガイドラインの改訂版において,うつ病の不眠に対する鎮静系抗うつ薬の使用について示されている9).うつ病患者に重大な不眠症状がある場合や抗うつ薬治療で不眠症状が残遺した場合には鎮静系抗うつ薬が選択肢として挙げられているが,鎮静系抗うつ薬も他の抗うつ薬と同様に心血管系への影響については注意を払う必要があることが指摘されている.わが国で不眠症状に対して一般的に使用されている鎮静系抗うつ薬について表1に示す13)
 一方で不眠症単独の治療に鎮静系の抗うつ薬を使用することの是非については十分な議論がなされていない.鎮静系抗うつ薬はわが国の睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン6)においても睡眠薬の代替治療として提示されているが,決して安易な使用を勧めているわけではなく,「原発性不眠症に対して抗うつ薬を使用することは適用外処方であり勧められない」と記載されている.しかしながら,実際の不眠症の臨床現場では,睡眠薬を用いた薬物療法が奏効しない場合は鎮静系抗うつ薬や抗精神病薬を処方する臨床医は少なくない.米国における調査では不眠症状に対して,鎮静系抗精神病薬のクエチアピンとともに鎮静系の抗うつ薬であるトラゾドンやdoxepine(本邦では未承認,米国では不眠症に対する保険適用あり)が頻用されていることが明らかになっている(表22).一方で,これら鎮静系抗うつ薬の不眠症患者を対象とした有効性と安全性を支持するエビデンスは十分とはいえない.2017年に米国睡眠学会より公表された不眠症の薬物治療ガイドラインにおいては12),トラゾドンは不眠症に対する無作為化比較試験の結果より,その効果は十分ではなく,忍容性に対する評価がなされていないため,推奨されないと示されている(表3).また,トラゾドンの効果と日中の認知・運動機能を評価したプラセボ対照二重盲検無作為化比較試験においては,トラゾドン50 mg内服群はプラセボ群と比較して,睡眠改善効果を認めたものの,日中の認知・運動機能は低下していたことが指摘されている11)
 これらを踏まえて考えると,エビデンスを重視したガイドラインでは鎮静系抗うつ薬は不眠症治療に推奨されないと言わざるを得ないだろう.一方で,多くの臨床家の印象としてはトラゾドンを中心とした鎮静系抗うつ薬の不眠症に対する有用性はあると評価されており,実際の不眠の臨床現場において,鎮静系抗うつ薬が汎用されているという矛盾した状況となっている.この矛盾の背景には,トラドゾンを中心とした鎮静系抗うつ薬の不眠症に対する研究データが乏しく,上述の米国睡眠学会のガイドラインにおいては1つの無作為化比較試験の結果だけに基づき「使用を推奨しない」と結論づけていることがある.今後,わが国の睡眠薬治療ガイドラインは改訂作業に入っていくが,上記の問題点について慎重に議論する必要があるだろう.エビデンスに基づくガイドラインの作成が求められている半面で,臨床医の意見を反映しないガイドラインは臨床に活かされないだけではなく,臨床医のガイドライン離れを助長しかねない.今後はさらなる質の高いエビデンスの集積が期待されるが,現時点では限られた研究結果をもとに,臨床医の意見も反映させた実臨床において有用なガイドライン作成をめざすべきであろう.

表1画像拡大表2画像拡大表3画像拡大

II.治療抵抗性不眠症の治療戦略
 定型的な睡眠薬治療で十分な効果が出ない治療抵抗性の不眠症に対して鎮静系の抗うつ薬が治療選択肢となるが,安易な使用はすべきではなく,十分な治療戦略の検討が必要となると考える.治療抵抗性不眠症は,定型の睡眠薬で十分な効果が出ないことのみで定義されるわけではないことを認識する必要がある.定型の睡眠薬で十分な効果がみられない場合,睡眠衛生が十分に整っているかを再確認する必要があり,必要に応じて睡眠衛生の指導を再度行う必要がある(表4).乱れた睡眠衛生のもとでの睡眠薬治療は見かけ上の治療抵抗性を生む可能性があり,睡眠薬の多剤化や鎮静系抗うつ薬や抗精神病薬の安易な併用につながる可能性があるため注意が必要である.
 また,患者の訴える不眠症状が本当に不眠症に起因するものかを再評価する必要もある.不眠を訴える睡眠障害の1つである睡眠時無呼吸症候群では,ベンゾジアゼピン系睡眠薬の使用により上気道筋のトーヌスの低下や低酸素血症に対する換気応答の減少をもたらし,無呼吸症状悪化のリスクがあることが知られている3).鎮静系の抗うつ薬であるミルタザピンは副作用として,食欲・体重の増加がみられることがあり,同様に睡眠時無呼吸症候群を悪化させるリスクがあることが報告されている5).そのため,不眠症状を有する患者において睡眠薬治療で改善がみられない場合は,睡眠時無呼吸症候群の鑑別や合併の評価を行うことが重要と考えられる.また,レストレスレッグス症候群4)や周期性四肢運動障害16)などの睡眠障害もSSRI/SNRIやミルタザピンなどの抗うつ薬により悪化するリスクがあることが報告されているため,これらの睡眠障害の鑑別を行うために,必要に応じて終夜睡眠ポリグラフなどの検査を考慮することが必要である.
 次に鎮静系抗うつ薬はわが国では保険診療の適用外使用であるということにも注意が必要である.近年は,これまでのGABA受容体作動薬に加えて,メラトニン受容体作動薬やオレキシン受容体拮抗薬などの新しい作用機序をもつ睡眠薬が保険適用となっている.言い換えると,十分に効果や安全性についてのエビデンスが示されている薬剤が存在するため,それらの薬剤の使用を優先すべきだろう.米国睡眠学会のガイドラインにおいては12),メラトニン受容体作動薬は入眠障害のみに対しての推奨であり,オレキシン受容体拮抗薬は睡眠維持障害のみに対しての推奨となっており,安全性はおおむね問題ないと考えられているが,効果面の限界は指摘されている.
 また,わが国の保険適用外であり実施可能施設が少ないという制約はあるものの,不眠症に対する認知行動療法は効果や安全性に十分なエビデンスが示されているため,鎮静系抗うつ薬を使用する前に,認知行動療法の可能性についても検討する必要がある15).不眠症に対する認知行動療法は短期的な効果・安全性のみならず,その効果が長期に持続しやすいというメリットがある7).また,治療抵抗性の不眠症に対する認知行動療法の有効性も示唆されているため10),薬物療法単独で効果が十分でない場合は積極的に実施を検討すべきである.そのうえで,他の代替治療法では効果もしくは安全性の観点から不十分であり,鎮静系の抗うつ薬を使用する有益性がリスクを上回っていると判断した場合に限り,慎重に使用すべきと考える(図1).

表4画像拡大
図1画像拡大

おわりに
 現時点では不眠症治療における鎮静系抗うつ薬の使用については十分なコンセンサスが得られていないため,慎重に使用を検討すべきであろう.一方で,国内外の不眠症治療現場で鎮静系抗うつ薬が汎用されている現状を考えると,ガイドラインで鎮静系抗うつ薬の使用を制限することはガイドラインと臨床との乖離を招く可能性がある.この問題は今後の睡眠薬適正使用ガイドラインの改訂での課題として挙げられるだろう.いずれにせよ,不眠症治療において最も重要な点は,薬物選択のみに偏重せずに,不眠症状に対する適正な評価や睡眠衛生指導の徹底により,長期的に安全で効果的な治療がなされていくことにあると考える.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

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