Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第120巻第7号

※会員以外の方で全文の閲覧をご希望される場合は、「電子書籍」にてご購入いただけます。
特集 向精神薬による不眠治療にエビデンスはあるか?―現状と課題―
統合失調症の不眠治療―抗精神病薬は不眠治療に有用か―
稲田 健
東京女子医科大学医学部精神医学講座
精神神経学雑誌 120: 564-569, 2018

 統合失調症において,不眠は頻繁にみられる.不眠を統合失調症の症状の一部として考えるならば抗精神病薬を,不眠が統合失調症とは独立したものと考えるならば睡眠薬が治療薬となる.これらを用いるか否かは,有益性(有効性)とリスク(副作用)のバランスで決定される.抗精神病薬の睡眠への影響は,受容体への結合プロファイルによりある程度予測されており,ドパミン受容体,セロトニン1A,2A,2C受容体,α受容体,ヒスタミンH1受容体などとされる.ほとんどの抗精神病薬は総睡眠時間の延長,入眠潜時の短縮,中途覚醒の減少,深睡眠の増加など,不眠に対しては改善する方向に作用する.抗精神病薬のリスクとしては,日中の持ち越し,眠気,錐体外路症状や遅発性ジスキネジア,レストレスレッグス症候群の発症,認知機能障害を生じ得,転倒の可能性につながる.食欲亢進,体重増加,脂質や糖代謝の障害は,肥満へとつながり,肥満は睡眠時無呼吸症候群のリスクである.睡眠薬の代表はベンゾジアゼピン受容体作動薬(BZ-RAs)である.BZ-RAsの統合失調症に対する効果については,ごく短時間の鎮静には有効である.睡眠薬としては,統合失調症の不眠症状を改善する効果があるとする報告とないとする報告があるが,小規模な試験にとどまり,結論に至っていない.BZ-RAsのリスクは,日中の眠気,認知機能障害,転倒や骨折,交通事故,せん妄発生,睡眠時無呼吸の悪化,離脱症状などが知られている.統合失調症の不眠を治療する場合には,抗精神病薬と睡眠薬を適正に使用し,有効性とリスクのバランスを個別に判断すべきである.

索引用語:統合失調症, 不眠, 睡眠薬, 抗精神病薬, ベンゾジアゼピン>

はじめに
 統合失調症において,不眠は頻繁にみられる症状である.この不眠への治療戦略を考える場合には,不眠を統合失調症の症状の一部として考えるものと,不眠は統合失調症とは独立した不眠症という疾患が併存していると考えるものの,2つの考え方ができる.前者においては,統合失調症の治療薬である抗精神病薬を積極的に用いることが,後者においては不眠症の治療薬である睡眠薬を積極的に用いることが治療戦略となる.
 ある治療介入(治療法,治療薬)が有用であるか,否かは,有益性(有効性)とリスク(副作用)のバランスで決定される.生命に直結するような重篤な病態において,有効性の優れる治療介入を行う場合には,一定のリスクも許容される.重篤ではない病態に対する治療介入は,リスクがより小さなものであることが求められる.近年の,新規睡眠薬の開発状況を鑑みても,より副作用の少ない薬が評価されて,上市されている.一方で,統合失調症患者において,不眠を再発・再燃の前駆症状や悪化要因と考え,薬物療法が不眠を強力に改善するとすれば,統合失調症の不眠の治療においては,ある程度のリスクも許容されうる.
 有益性とリスクの判断は臨床試験の報告(エビデンス)に基づいてなされる.エビデンス評価においては,複数の無作為割り付け二重盲検比較試験のメタ解析が最も強いエビデンスとされる.有効性の評価においては,条件の整った少数例を対象に,比較的短期間の無作為割り付け二重盲検比較試験で評価される.他方,リスクは,短期間の試験では検出されにくく,長期間多数症例を観察し検証される.このような特徴から,短期の無作為割り付け試験においては,有効性と安全性が強調される結果であっても,臨床経験の蓄積によって,新たな危険性が指摘されうる(図1).
 本稿では,統合失調症の不眠に対する抗精神病薬と睡眠薬の有効性とリスクから考察する.

図1画像拡大

I.抗精神病薬
 抗精神病薬とは,統合失調症の治療薬のことであり,現時点においては,すべてドパミンD2受容体神経伝達の調整が薬理作用である.第一世代(定型)と第二世代(非定型)に分類されており,その差は副作用である錐体外路症状の発現の程度にある.統合失調症の治療効果としては,第二世代薬のほうが第一世代薬よりも,治療継続率などの点において優れているとされる.効果や副作用の発現頻度,度合いにおいては,薬剤間の差よりも個体差が大きく,薬剤選択は,効果の差と副作用の発現程度を考慮して行われる8).副作用の発現頻度やプロファイルは,受容体への結合プロファイルによりある程度予測される.
 Roth, B. L.ら9)は各抗精神病薬の各種受容体への結合親和性をまとめて,レビューしている.ドパミンD2受容体への結合親和性は,主に抗精神病効果とドパミン遮断性の副作用と関連する.睡眠と関連するのは,ドパミン受容体のほか,セロトニン1A受容体,セロトニン2A受容体,セロトニン2C受容体,α受容体,ヒスタミンH1受容体などとされる.
 Rothらのレビューにあるような受容体機能についての知見は,向精神薬の薬理作用から考察されている.例えば,ドパミンD2受容体遮断作用とセロトニン5-HT2受容体拮抗作用をもったリスペリドンは,ハロペリドール単独よりも徐波睡眠を増加させる12).ドパミンD2受容体遮断作用をもたずに,セロトニン5-HT2受容体拮抗作用のみをもつritanserin(日本未発売)は,単独では抗精神病薬としての効果を示さないが,睡眠に対しては徐波睡眠を増加させた3).これらから考えると,セロトニン5-HT2受容体拮抗作用は,睡眠に影響することが推察される.Adrien, J.1)は,薬理作用のほか,遺伝子改変動物を用いた実験から得られた知見をまとめて,セロトニン受容体と睡眠の関係性をレビューしている.これによれば,セロトニン受容体にはさまざまなサブタイプが存在しており,このうち,セロトニン5-HT2受容体拮抗作用は徐波睡眠を増加させるが,セロトニン5-HT1A受容体作動作用は覚醒を促し不眠を生じる.
 Krystal, A. D.ら6)は,抗精神病薬の睡眠に与える影響についてレビューしている.これによると,リスペリドン,クエチアピン,オランザピン,クロザピンといった第二世代抗精神病薬も,ハロペリドールなどの第一世代抗精神病薬も睡眠に影響を与える.ほとんどは,総睡眠時間の延長,入眠潜時の短縮,中途覚醒の減少,深睡眠の増加といった影響があり,不眠に対しては改善する方向に作用する.

II.抗精神病薬のリスク
 抗精神病薬は,統合失調症に対する有効性とともに,さまざまな副作用を生じうることが知られており,複合的に服用者の生活の質(quality of life:QOL)を低下させうる.
 多くの抗精神病薬は,鎮静作用を有しており,眠気を生じる.夜間の不眠に対して改善方向の作用となるが,日中に持ち越すと,眠気を生じて生活に支障をきたすことがある.
 錐体外路症状や遅発性ジスキネジアは,第二世代抗精神病薬では第一世代よりも頻度や程度が軽くなったものの,高用量では生じる.これらの不随意運動は,眠気や認知機能障害とともに,転倒のリスクにつながる.
 抗精神病薬のドパミンD2受容体遮断作用は,アカシジアの誘発や,レストレスレッグス症候群(restless legs syndrome:RLS)の誘発,悪化因子となる.
 統合失調症の認知機能障害は,適正用量の第二世代抗精神病薬によりある程度の改善が期待できるが,高用量の抗精神病薬では認知機能障害を生じる.認知機能障害や統合失調症の陰性症状は,活動性低下を生じ,肥満と体重増加につながることがある.
 ヒスタミン受容体やセロトニン受容体の遮断作用と関連すると考えられる食欲亢進,体重増加,脂質や糖代謝の障害は,第二世代抗精神病薬が汎用されるに従って,注目されるようになった副作用である.ただし,第一世代であっても,ヒスタミン受容体やセロトニン受容体への作用を有する薬では,少なくない頻度で生じる副作用である.体重増加は肥満へとつながり,肥満は睡眠時無呼吸症候群の危険因子であり,持ち越し効果と合わせて,日中の眠気を生じる.
 抗精神病薬のうち,抗コリン作用を有するものでは,中断時にコリンリバウンドを生じ,離脱症状を生じることになり,中止困難となることがある.
 一部の抗精神病薬では,心電図上のQT延長や不整脈を生じるものがある.
 これらの副作用の生じ方は,個人差が非常に大きく,すべての患者に生じるわけでもなければ,すべての時期に同様に生じるわけではない.リスクの評価においては,有効性,必要性とのバランスを常に意識する必要がある(図2).

図2画像拡大

III.睡眠薬
 睡眠薬は不眠症の治療薬である.現時点においては,ベンゾジアゼピン受容体作動薬(benzodiazepine receptor agonists:BZ-RAs),メラトニン受容体作動薬,オレキシン受容体拮抗薬がある.BZ-RAsは,ベンゾジアゼピン系薬と,化学構造式としてベンゾジアゼピン骨格をもたず,受容体サブユニットへの親和性がやや異なるZ-drugに分類される.
 睡眠薬の統合失調症の不眠に対する効果は,BZ-RAsについての検討はなされているが,メラトニン受容体作動薬やオレキシン受容体拮抗薬については検討が少なく,議論に耐えうる十分なエビデンスはない.
 BZ-RAsの統合失調症に対する効果については,研究はなされているものの,不眠に注目したものはほとんどない.それでも複数の無作為割り付け二重盲検比較試験が行われており,メタ解析が公表されている2).主な研究成果はBZ-RAsの精神症状への効果を,ごく短期間(1~12時間程度)について検討したもので,BZ-RAsはプラセボや抗精神病薬との単剤比較,あるいは抗精神病薬との併用において,効果に大きな差はない.つまり,BZ-RAsは短時間の鎮静効果においては有効であり,急速な鎮静を要する統合失調症患者には投与を検討しうる.しかし,これまでの研究は,試験期間がごく短時間であり,長期間にわたってのリスクについての評価は不十分である.
 BZ-RAsのうちZ-drugに限った効果についてはどうであろうか.統合失調症に対するZ-drugの効果を調べた研究は4本ある5).Minervini, M. G.ら7)によれば,alpidem(日本未発売のZ-drug)はプラセボよりも,統合失調症症状,不安,不眠尺度を改善した.Tek, C.ら10)によれば,エスゾピクロンはプラセボよりも不眠症状を改善したが,統合失調症症状への効果は認められなかった.これら2つの研究からは,統合失調症の不眠症状を改善する効果はあると考えられる.一方で,Wamsley, E. J.ら11)によれば,エスゾピクロンの追加投与は,睡眠尺度についてプラセボと比較しても有意差は認められなかった.さらに,Huang, Y.ら4)によれば,エスゾピクロンは鍼治療と比較して,睡眠尺度,精神症状尺度ともに有意差をもっての有効性は示されなかった.これら2つの研究からは,エスゾピクロンは統合失調症の不眠症状を改善しないと考えられる.
 以上のように,これまでの4つの二重盲検比較試験からは,相反する結果が得られている.いずれも症例数の少ない小規模な試験であり,結論を得るにはより多くの研究を要すると考えられる.

IV.BZ-RAsのリスク
 BZ-RAsも抗精神病薬と同じように副作用の危険性が指摘されている.日中の眠気や認知機能障害は,転倒や骨折,交通事故,せん妄発生のリスクとなる.筋弛緩作用は睡眠時無呼吸の悪化要因である.BZ-RAsは長期服用後に離脱症状を生じることはよく知られた事実であり,離脱症状のために中止困難となる.
 これらのリスクをまとめると,1つ1つの事象は頻度が低く,程度も軽いものかもしれないが,無視できるほどの軽いリスクともいえない(図3).

図3画像拡大

おわりに
 統合失調症の不眠を治療する場合には,抗精神病薬と睡眠薬を適正に使用し,有効性とリスクのバランスを個別に判断すべきである.抗精神病薬を,統合失調症ではない不眠症に対して用いることは,適応外使用となる.リスクは相対的に増大すると考えられ,使用するか否かについてはより慎重な判断,患者への十分な説明と同意が求められる.

COI開示
 ・2016~2017年に以下の企業より講演料などの謝礼もしくは執筆などの原稿料(1円以上)を受領:エーザイ株式会社,MSD株式会社,大塚製薬株式会社,塩野義製薬株式会社,大日本住友製薬株式会社,ノバルティスファーマ株式会社,ファイザー株式会社,Meiji Seikaファルマ株式会社,メビックス株式会社,持田製薬株式会社,吉富薬品株式会社
 ・2016~2017年に以下の企業より奨学寄附金を受領:MSD株式会社,田辺三菱製薬株式会社

文献

1) Adrien, J.: Neurobiological bases for the relation between sleep and depression. Sleep Med Rev, 6 (5); 341-351, 2002
Medline

2) Dold, M., Li, C., Tardy, M., et al.: Benzodiazepines for schizophrenia. Cochrane Database Syst Rev, 11; CD006391, 2012
Medline

3) Grant, S., Fitton, A.: Risperidone. A review of its pharmacology and therapeutic potential in the treatment of schizophrenia. Drugs, 48 (2); 253-273, 1994
Medline

4) Huang, Y., Zheng, Y.: Sleep disorder of schizophrenia treated with shallow needling: a randomized controlled trial. Zhongguo Zhen Jiu, 35 (9); 869-873, 2015
Medline

5) Kishi, T., Inada, K., Matsui, Y., et al.: Z-drug for schizophrenia: a systematic review and meta-analysis. Psychiatry Res, 256; 365-370, 2017
Medline

6) Krystal, A. D., Goforth, H. W., Roth, T.: Effects of antipsychotic medications on sleep in schizophrenia. Int Clin Psychopharmacol, 23 (3); 150-160, 2008
Medline

7) Minervini, M. G., Priore, P., Farolfi, A., et al.: Double blind, controlled study of the efficacy and safety of alpidem in the treatment of anxiety in schizophrenic in-patients. Pharmacopsychiatry, 23 (2); 102-106, 1990
Medline

8) 日本神経精神薬理学会編: 統合失調症薬物治療ガイドライン. 医学書院, 東京, 2016

9) Roth, B. L., Sheffler, D. J., Kroeze, W. K.: Magic shotguns versus magic bullets: selectively non-selective drugs for mood disorders and schizophrenia. Nat Rev Drug Discov, 3; 353-359, 2004
Medline

10) Tek, C., Palmese, L. B., Krystal, A. D., et al.: The impact of eszopiclone on sleep and cognition in patients with schizophrenia and insomnia: a double-blind, randomized, placebo-controlled trial. Schizophr Res, 160 (1-3); 180-185, 2014
Medline

11) Wamsley, E. J., Shinn, A. K., Tucker, M. A., et al.: The effects of eszopiclone on sleep spindles and memory consolidation in schizophrenia: a randomized placebo-controlled trial. Sleep, 36 (9); 1369-1376, 2013
Medline

12) Yamashita, H., Morinobu, S., Yamawaki, S., et al.: Effect of risperidone on sleep in schizophrenia: a comparison with haloperidol. Psychiatry Res, 109; 137-142, 2002
Medline

Advertisement

ページの先頭へ

Copyright © The Japanese Society of Psychiatry and Neurology