Advertisement第117回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第120巻第6号

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教育講演
第113回日本精神神経学会学術総会
適応障害の診断と治療
平島 奈津子
国際医療福祉大学三田病院精神科
精神神経学雑誌 120: 514-520, 2018

 適応障害の診断名はDSM-IIIで初めて登場し,ストレス因は必ずしも「圧倒される」ような質とは限らない「日常のストレス」とされ,また,精神病反応が除外されて「短期精神病性障害」に振り分けられて,「適応障害(adjustment disorders)」の現代的な概念が整った.しかし,その診断基準にはストレス因との時間的な因果関係以外に具体的な症状の記載がないことや,「他の精神疾患の基準を満たしていない」とする条件などから,しばしばゴミ箱的な診断と揶揄され,他の診断との異同などに関して議論の俎上に載せられている.同じようなストレス状況にあっても,適応障害と診断されるほどの症状を呈する人と,そうならない人がいる.それはパーソナリティの脆弱さゆえではなく,主観的な体験の差異にあることは,適応障害の診断にとって重要な認識である.適応障害との鑑別で最も重要なものはうつ病である.うつ病と診断するには症状数や持続期間が不足している場合,DSM-5では「他の特定される抑うつ障害(Other Specified Depressive Disorder)」に分類されるか,ストレス因の存在によって適応障害と診断される.しかし,適応障害の診断はストレス因の終息を見極める縦断的な診断が必要になるので,その時点では確定されず,一方,その病勢が進行中であれば,症状や持続期間が増して,うつ病の診断が濃厚になる.適応障害の治療研究は,極めて限定されている.薬物療法ならびに非薬物療法において,有意な有効性を示すものはほとんどみられない.その意味では,投薬は最小限にとどめる必要があるかもしれない.なお,適応障害では特に,治療自体が疾病利得となり,慢性化を招くことにならないように心がける必要がある.

索引用語:適応障害, うつ病, 閾値下, ストレス因, 疾病利得>

はじめに
 適応障害は,特に,産業現場,プライマリケア,リエゾン-コンサルテーション精神科臨床などにおける有病率が高いことが知られている6)8).しかし,その診断基準にはストレス因との時間的な因果関係以外に具体的な症状の記載がないことや,「他の精神疾患の基準を満たしていない」とする条件などから,しばしばゴミ箱的な診断と揶揄され,他の診断との異同などに関して議論の俎上に載せられている.
 本稿では,適応障害の診断について,その概念と診断の混乱を整理することを通して,臨床現場での診断における留意点を明らかにしたい.また,その治療について,若干の私見を述べたい.

I.歴史的経緯
 改めて言うまでもないが,操作的診断基準が作成される以前から,心因性精神疾患の概念はあった.最も一般的なものは,Freud, S.が提唱した神経症概念だろう10).彼の概念は熱狂的に受け入れられる一方で,記述的な説明と病因論的な説明が混在しているとの批判を浴びた.つまり,現実検討の障害がないことを神経症の前提とし,種々の精神症状を挙げる一方で,病因を無意識的葛藤とその妥協形成に求めた点は精神分析の門外漢にとっては難解に映ったということだろうか.ちなみに,このFreud的な病因論(特に「無意識」という概念)を排除したいという意図(力動)はDSM分類の診断基準全般に作用したようである.
 一方,記述精神医学では,Schneider, K. が「異常体験反応(abnorme Erlebnisreaktion)」という概念を提唱している9)13)14).Schneiderは,体験反応の要件として①原因となった体験がなければ,その反応性の状態は出現しなかった,②状態の内容や主題はその状態の原因と了解可能な関連がある,③その状態の時間的経過は原因に依存し,特に原因が解消されると,その状態も終わる,の3点を挙げたが,②と③についてはあてはまらない場合もあると述べている.また,異常体験反応については,体験(心因)に比して①反応が強すぎる,②反応の持続が長すぎる,③反応の内容が正常な反応と質的に異なっているものであるが,正常な体験反応との境界は明瞭ではないと述べている.さらに,Schneiderは,体験反応において,体験に対する主観的な重みづけ―すなわち生活史や現況,パーソナリティなどによって異なる体験の意味するところ―が重要であり,客観的には類似ないし同一の出来事であっても,それぞれの個人にとってそれぞれの意義を有し,さまざまな反応を生じ得るという力動的観点にふれていることは特筆に値するように思う.
 適応障害の診断名はDSM-III3)で初めて登場したが,その先駆け的な診断名はすでにDSM-I1)に「Transient situational personality disturbance」として挙げられている.それは,「圧倒されるような環境的ストレス因に対する急性の反応として一過性に発現する障害で,その重症度はさまざまであり,明らかな他の精神障害が認められないもので,ストレス因がなくなれば,症状は速やかに軽快する」と定義され,Ganser症候群や精神病反応も含んだ広い概念であった.にあるように,その亜型分類で「適応反応(adjustment reaction)」という用語が使われ,ライフステージによる項目と「gross stress reaction」という項目で構成されていた.DSM-II2)でも,DSM-Iの定義は踏襲されたが,診断名は「Transient situational disturbance」と変更され,亜型分類はライフステージによる分類のみに変更された.
 DSM-III3)では,そのストレス因は必ずしも「圧倒される」ような質とは限らない「日常のストレス」とされ,また,精神病反応が除外されて「短期精神病性障害」に振り分けられて,「適応障害(adjustment disorders)」の現代的な概念が整ったが,そこに不均一な臨床像が含まれることは変わらぬ問題点として残った.
 なお,ICD-9で「不適応反応」として分類されていた診断名は,ICD-1015)ではDSM-IIIと同一の「適応障害」が使用されるようになった.

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II.現在の診断基準の特徴と問題点
 DSM-55)における「適応障害」の診断基準はDSM-IV4)のものと大きな変更点はないが,DSM-IVでは独立した診断カテゴリーとされていたところがDSM-5では「心的外傷およびストレス因関連障害」群の1つとして分類されることになった.原則として病因を問わないとするDSM分類にあって,ストレス因との因果関係を明示した一群に適応障害も分類され,この診断の立ち位置がより明確となった.
 DSM-5でもICD-10でも,その診断基準はほぼ変わらない.すなわち,ストレス因に対する反応であること,そのストレス因が始まってから速やかに発症し(DSM-5では3ヵ月以内とし,ICD-10では1ヵ月以内としている),ストレス因がなくなれば速やか(DSM-5,ICD-10ともに6ヵ月以内)に軽快すること,また,その症状の程度や強度は通常考えられるものよりも著しい苦痛をもたらしていることである.「障害(disorder)」の診断に欠かせない「個人の機能不全」が認められることも要件の1つである.
 ストレス因の終息に伴うように症状も速やかに消失することが適応障害の診断の原則であるが,長期間続くストレス因に曝露された場合,慢性化することがあるとしている.ICD-10の亜型分類では「持続は2年を超えない」という但し書きをつけた「遷延性抑うつ反応」をコード化しているが,これは十分な実証研究に裏書きされたものとは言い難い.
 留意すべきは,正常な死別反応は適応障害として記録してはならないということである.しかし,死別に対する反応に限らず,ストレス因に対するどこまでの反応を正常範囲内ととらえるのか,「障害」の域に達していると診断するのかに関する指針は述べられていない.ちなみに,Schneiderは,正常な体験反応と異常な体験反応とは連続線上にあると述べており,適応障害の診断にも同様のグレイゾーンが存在すると考えられる.
 診断基準における「他の精神疾患の基準を満たしていない」という要件は適応障害が軽症の病態であるとの誤解を招きやすい16)が,適応障害患者にも自殺企図が少なからず認められており11),あながち閾値下の診断と侮れないことを示唆している.
 診断基準にストレス因との時間的な因果関係以外に特徴的な症状の記載がない点は,結果的に不均一な臨床像が混在することとなり,診断を混乱させる要因となっている7)

III.鑑別診断
 適応障害との鑑別で最も重要なものはうつ病である.しかし,適応障害の診断がストレス因と症状発現・消失との時間(縦断)的関連によってなされる一方で,うつ病の診断は横断的(症状の数と持続期間)であるため,両者の鑑別は簡単ではない7)16).特に,操作的診断の運用上のルールに基づけば,うつ病と診断するには症状数や持続期間が不足している場合,DSM-5では「他の特定される抑うつ障害(Other Specified Depressive Disorder)」に分類されるか,ストレス因との因果関係によって適応障害と診断される.しかし,適応障害の診断にはストレス因の終息を見極める縦断的な診断が必要になるので,その時点では確定されず,一方,その病勢が進行中であれば,症状や持続期間が増して,うつ病の診断が濃厚になる.
 Zimmerman, M.ら16)は,DSM-IVの「特定不能のうつ病性障害(Depressive Disorder Not Otherwise Specified)」患者と適応障害患者との比較研究を実施した.それによると,適応障害群では食欲不振,体重減少,不眠がより多く認められたのに比して,特定不能のうつ病性障害群では興味関心の喪失,食欲亢進,過眠,決断力低下,アンヘドニアがより多く認められ,また,特定不能のうつ病性障害群には適応障害に比してパーソナリティ障害の併存が有意に認められたという.この結果は,うつ病圏と診断するか,適応障害と診断するかということが,その治療や予後の見通しにも影響を与えるため,見過ごせない問題だということを示唆している.
 DSM-5で同じカテゴリーに分類された急性ストレス反応(Acute Stress Disorder:ASD)や心的外傷後ストレス障害(Posttraumatic Stress Disorder:PTSD)との鑑別も混乱が懸念される.ASDやPTSDで要件とされているような重篤なストレス因に曝露されている場合でも,その症状プロフィールがASDやPTSDの診断基準を満たさない場合には適応障害と診断される.また,症状プロフィールがASDやPTSDの診断基準を満たしていても,曝露されたストレス因がASDやPTSDの診断基準を満たさないストレス因である場合も適応障害と診断される.
 パーソナリティ障害単独でも不適応を生じるため,適応障害との鑑別が問題になる.もちろん,適応障害とパーソナリティ障害の併存はありうる.その場合,特定のストレス因によって発現した症状が,その個人が有するパーソナリティ障害に起因する長期的な症状の単なる悪化ではないこと,ならびに適応障害の診断基準を満たしていることが必要となる.これにもグレイゾーンが存在することが推察される.

IV.治療
 適応障害の治療研究は,極めて限定されている7).その理由は,「他の精神障害の診断基準を満たさない」という但し書きのために構造化診断のフォーマットにのりにくいことや,特定の症状プロフィールをもたない不均一な臨床像があるためだと考えられる.診断基準を鑑みて,ストレス因の消失によって速やかに軽快する経過に,果たして治療的介入が必要なのかという疑問がわいても不思議ではない.実際,産業精神医学の場面では,職種の不適合の是正のみで軽快する例がみられる.
 適応障害に対する薬物療法ならびに非薬物療法ともに,残念ながら,有意な有効性を示すものはほとんどみられない.その意味では,投薬は最小限にとどめる必要があるかもしれない.

V.治療介入に際する私見
 ここで,適応障害に対する治療介入に際して,著者が留意している点について私見を述べてみたい.
 ストレス因との時間的因果関係は目にとまりやすいが,それだけでは適応障害と診断できないことは言うまでもない.同じ出来事を体験しても,それが個人のストレス因となるか,さらには発病に導くほどの強度をもったストレス因になるかは,その個人の主観的体験による.上司に同じように叱責されても,何事もなかったかのように受け流せる人もいれば,その叱責を前向きにとらえ姿勢を正す人もおり,また叱責によって大きな苦痛や混乱を感じてしまう人もいて,個人の反応は千差万別である.
 ストレス因と目される出来事や状況に対する主観的な体験を理解する糸口として,それまでの人生のなかで同様の出来事や状況に遭遇した体験の有無を聴き,そのときの対処や心身の状態と現在の状態とを比較し,何がどう異なるのかを話し合うことは有用である.また,これまでに繰り返し同様のストレス状況に陥っていないかを探ることは,その人の「人生のテーマ」を見出す手がかりとなる12)
 これらの診断のための試みは,患者自身が適応障害の病状に陥った理由を理解することを促すので,治療的にも作用する.また,適応障害ではそのストレス因に対する実際的な対策として環境調整が実施されることが少なくないが,患者の主観的体験を理解することなしには適切な環境調整はできない.例えば,極端な場合,温厚な上司に対して,患者自身の「厳しく批判的な母親イメージ」を投影して,怯え,孤立し,疲弊してしまっていることさえある.その場合,発症した環境から遠ざけることだけでは解決にはならず,患者がどのような主観的な体験をしているかを理解したうえで,患者が自身の認知の偏りを理解できるよう促したり,周囲がその対応を工夫できるよう促す必要がある.その意味では,職場のストレスを契機として発病したと考えられる適応障害であっても,患者の生活史や家族の状況を理解することは有用である.さらに,ストレス因は1つとは限らず,複数の環境で複合的に作用していることさえある.
 ところで,適応障害に限ったことではないが,とりわけ,ストレス因という外側の要因が取沙汰される適応障害では,疾病利得について念頭におきながら治療にあたらなければならない.患者が負えるはずの義務や責任を回避する手助けを精神科主治医がしていないか,すなわち,治療自体が疾病利得になることに加担していないか,このような疾病利得によって慢性化を招く危険があることを肝に銘じておく必要がある.

おわりに
 適応障害は「明らかなストレス因が先行し,ストレス因がなくなれば症状も速やかに軽快する」という縦断的な診断であることを述べた.その意味では,適応障害の診断は適宜,見直されるべきである.
 また,同じようなストレス状況にあっても,適応障害と診断されるほどの症状を呈する人と,そうならない人がいるという,あたり前のことも強調しておきたい.そして,そのようなことが起こるのはパーソナリティの脆弱さゆえではなく,主観的な体験の差異にあるということも適応障害の診断にとって重要な認識である.

 第113回日本精神神経学会学術総会=会期:2017年6月22~24日,会場=名古屋国際会議場
 総会基本テーマ:精神医学研究・教育と精神医療をつなぐ―双方向の対話―
 教育講演:適応障害の診断と治療 座長:宮岡 等(北里大学医学部精神科)

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) American Psychiatric Association: The Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders (DSM-I). American Psychiatric Association, Washington, D. C, 1952

2) American Psychiatric Association: Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 2nd ed (DSM-II). American Psychiatric Association, Washington, D. C., 1968

3) American Psychiatric Association: Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 3rd ed (DSM-III). American Psychiatric Association, Washington, D. C., 1980 (髙橋三郎, 花田耕一, 藤縄 昭訳: DSM-III精神障害の分類と診断の手引き. 医学書院, 東京, 1982)

4) American Psychiatric Association: Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 4th ed (DSM-IV). American Psychiatric Association, Washington, D. C., 1994 (髙橋三郎, 大野 裕, 染矢俊幸訳: DSM-IV精神疾患の診断・統計マニュアル. 医学書院, 東京, 1995)

5) American Psychiatric Association: Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 5th ed (DSM-5). American Psychiatric Publishing, Arlington, 2013 (日本精神神経学会 日本語版用語監修, 髙橋三郎, 大野 裕監訳: DSM-5精神疾患の診断・統計マニュアル. 医学書院, 東京, 2014)

6) Buselli, R., Veltri, A., Baldanzi, S., et al.: Work-related stress disorders: variability in clinical expression and pitfalls in psychiatric diagnosis. Med Lav, 107 (2); 92-101, 2016
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7) Casey, P.: Adjustment disorder: new developments. Curr Psychiatry Rep, 16 (6); 451, 2014
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8) Hund, B., Reuter, K., Härter, M., et al.: Stressors, symptom profile, and predictors of adjustment disorder in cancer patients. Results from an epidemiological study with the composite international diagnostic interview, adaptation for oncology (CIDI-O). Depress Anxiety, 33; 153-161, 2016
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9) 針間博彦, 古茶大樹: 心因反応, 異常体験反応. 精神医学, 53 (12); 1224-1227, 2011

10) 平島奈津子: 神経症論. 精神分析入門 (牛島定信編). 日本放送出版協会, 東京, p.73-83, 2007

11) Kryzhanovskaya, L., Canterbury, R.: Suicidal behavior in patients with adjustment disorders. Crisis, 22 (3); 125-131, 2001
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12) Malan, D. H.: Individual Psychotherapy and the Science of Psychodynamics. Butterworth & Co, London, 1979 (鈴木 龍訳: 心理療法の臨床と科学. 誠信書房, 東京, 1992)

13) 大熊輝雄: 現代臨床精神医学, 改訂第7版. 金原出版, 東京, 1997

14) Schneider, K.: Klinische Psychopathologie. 15. Aufl. mit einem aktualisierten und erweiterten Kommentar von Huber, G. und Gross, G. Thieme, Stuttgart, 2007 (針間博彦訳: 新版臨床精神病理学. 文光堂, 東京, 2007)

15) World Health Organization: The ICD-10 Classification of Mental and Behavioural Disorders: Clinical Descriptions and Diagnostic Guidelines. World Health Organization, Geneva, 1992 (融 道男, 中根允文ほか監訳: ICD-10精神および行動の障害―臨床記述と診断ガイドライン―, 新訂版. 医学書院, 東京, 2005)

16) Zimmerman, M., Martinez, J. H., Dalrymple, K., et al.: "Subthreshold" depression: is the distinction between depressive disorder not otherwise specified and adjustment disorder valid? J Clin Psychiatry, 74 (5); 470-476, 2013
Medline

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