自閉スペクトラム症の診断を受けていない成人の自閉スペクトラム特性についての評価や支援が,臨床的に重要な課題として提起されている.自閉スペクトラム症の行動特徴である,①対人的相互作用の障害,②コミュニケーションの障害,③想像力の障害と変化抵抗および反復的活動がみられるリワークプログラムの対象者への支援の手引きを作成し,有用性調査を行った.作成にあたりリワークプログラムのスタッフ,発達障害の専門家から情報収集を行った.手引きではリワークプログラムのスタッフによる診断を戒め,自閉スペクトラム症,発達障害に関する過剰診断が生じないように配慮するとともに,対象者に個別面接を行い,自己理解や自己認知を支援するよう勧めている.28施設のスタッフを対象にリワークプログラムの有用性調査を行い,26施設,27名のスタッフから回答を得た.「手引きのわかりやすさ」「対象のわかりやすさ」「診断にかかわらない支援の可能性」「スタッフへの有用性」「患者への有用性」「職域への有用性」について4件法で評価を行った.評価の平均は,3.37,3.31,3.04,3.22,3.08,2.85であった.手引きの内容や対象の患者はわかりやすく,スタッフの支援はやりやすくなるが,患者への有用性についてはやや疑問があり,診断にかかわらない支援は容易とはいえないという反応と思われた.職域との協働については,他の資料が必要とも考えられる.現在の自閉スペクトラム症に関する診断基準は,小児期の構造化された状況では大きな不適応を示さないが,成人後により高いストレスに曝されたときに不適応を生じる場合の診断について考慮していない.自閉スペクトラム特性をもつ成人が経験する困難については,小児期の自閉症を扱う専門家も経験に乏しく,今後,自閉症の専門家とリワークプログラムのスタッフなど成人後の支援を担当するスタッフが協力を進める必要がある.
2)国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所児童・思春期精神保健研究部
3)子どもとおとなの心理学的医学教育研究所
4)あつぎ心療クリニック
5)公益財団法人神経研究所
6)上智大学大学院総合人間科学研究科
7)長崎大学障がい学生支援室
8)名古屋大学大学院医学系研究科精神医学・親と子どもの心療学分野
受理日:2018年2月9日
はじめに
自閉症に関する認識の進歩,自閉スペクトラム概念の導入と自閉症の診断基準の緩和に伴い,古典的な自閉症に該当しない,あるいは自閉スペクトラム症の診断を受けていない成人の自閉スペクトラム特性についての評価が,臨床的に重要な課題として提起されている16)29).自閉スペクトラムの特性は連続的に分布し,高い自閉スペクトラム特性が成人期の社会適応に影響を及ぼしているが自閉スペクトラム症の診断がつかない事例もみられる12).男児においては,自閉スペクトラム特性の程度は1~20歳までのフォローアップ調査で変化せず持続するといわれており33),小児期には自閉スペクトラム症の診断閾値下であったと推測される人が,学校など構造化された保護的な環境を離れ,利潤をめぐって競い合う企業といったより負荷が高い環境におかれたときに,不適応が顕在化し不安,うつなどの症状を呈することがある23).
わが国でも,気分障害などの診断で受診する成人患者には,健常成人より高い割合で自閉スペクトラム特性がみられること15)19),診断閾値下であっても自閉スペクトラム特性を有すると,学校,職場,配偶者や子どもとの人間関係などにおいて不適応を生じることが,報告されている15).
自閉スペクトラム特性を有していても,小児期に何らかの発達障害と診断されなかった人は,成人後に精神症状が発現した場合,通常の精神医療を受診する.この際,小児期の発達障害の既往が把握されなければ,職場不適応で休職した場合,通常の患者と同じリワークプログラムで支援を受けることがある.リワークプログラムとは,就労している患者が,気分障害などの精神疾患による休職から復職をめざしている場合に,復職後の再発予防を目的として精神医療施設で提供されるリハビリテーションプログラムを指す25).リワークプログラムでは,生活リズムや作業能力の改善のほか,再発予防のために,特に疾病に関する心理教育や職場ストレスへの耐性を改善するための対人関係技能への支援が行われる.リワークプログラムは,もともと,症状が難治であったり職場での適応が難しいなど,復職に困難がある人が参加することが多い.現在リワークプログラムの参加者には小児期には自閉スペクトラム症と診断されていないものの,自閉スペクトラム特性をもつ人もある程度含まれると考えられる.
自閉スペクトラム特性をもつ人への支援は,うつ病,双極性障害といった「疾病」のみをもつ人への支援と,考え方や対応に異なる点があり,リワークプログラムのスタッフ自身も戸惑うことが多い.リワークプログラムにおいて自閉スペクトラム特性をもった人にどのような支援を行うべきかについて,従来,コンセンサスがまとめられてこなかった.本論文の目的は,小児期に自閉スペクトラム症の診断を受けていないが,自閉スペクトラム症の行動特徴,①対人的相互作用の障害,②コミュニケーションの障害,③想像力の障害と変化抵抗および反復的活動11)34)がみられるリワークプログラムの対象者に,どのような支援を行えばよいかについて,支援の手引きを作成すること,および手引きの有用性について調査を行うことである.
本研究は,平成26~28年度厚生労働科学研究費補助金障害者対策総合研究事業〔障害者政策総合研究事業(精神障害分野)〕精神障害者の就労移行を促進するための研究(H26-精神-一般-002)の助成を受けて行われた.本論文の骨子は,同事業の平成26~28年度総括報告書に掲載されているが,報告書では「診断と評価の問題」「リワークプログラムによる支援について」「今後の課題」などについて,十分な考察が行われていなかった.
I.対象と方法
1.専門家らからの情報収集
発達障害の患者をリワークプログラムで受け入れていることを公表している8施設のスタッフを対象に問い合わせを行った.また,リワークプログラムについて知識がある発達障害の専門家4名に問い合わせを行った.発達障害の専門家は,リワークプログラムについて知識はあるが,自らがプログラムに従事してはいない.
リワークプログラムのスタッフからは,一般の患者と一緒に参加しているプログラムと該当の患者だけが参加しているプログラム,施行されていないが施行が望ましいと思われるプログラム,施行している心理検査,支援として重視していること,職場への情報伝達,職場との協働として望ましことについて情報を収集した.
発達障害の専門家からは,該当の患者が一般の患者と一緒に参加することが望ましいと思われるプログラム,該当の患者だけが参加することが望ましいと思われるプログラム,適切な心理検査,リワークプログラムのスタッフが支援として重視するべきこと,職場に伝達するべき情報,職場との協働として望ましいことについて情報を収集した.
リワークプログラムのスタッフ,発達障害の専門家とも,心理検査については選択肢を示さず,自由回答とした.
2.手引きの作成
リワークプログラムのスタッフおよび発達障害の専門家から得られた情報に基づいて,リワークプログラムの経験豊富な精神科医が,スタッフが留意するべき点をまとめて,手引きの原案を作成した.その後,臨床知見19)についての情報の入手,文献考察11)15)16)23)29)30)34)を行い,また,対象者への支援に関する困難についてリワークプログラムスタッフから意見聴取を行い,リワークプログラム担当精神科医が困難を解決するためにどのようにすべきかを記載した手引きに手を入れて修正を行った.手引きの修正案をそのつど発達障害の専門家に示し,内容の妥当性について意見を求めながら,合計28回の修正を行った.
リワークプログラムのスタッフの多くは,発達障害に関する教育,訓練を受けていない可能性が高いため,手引きの「はじめに」で発達障害に関する簡単な解説を行った.「対象」の項目では,「自閉スペクトラムでみられる特性を軽微にもつ未診断の人たちを対象としている」と述べ,自閉スペクトラム症に関する評価尺度だけでは,対象を選別できないことから,自閉スペクトラム特性がみられれば,手引きを参考にした支援を推奨している.
「目標の設定」の項目では,詳細な聞き取りに基づく,具体的な目標設定を推奨している.「プログラム」の項目では,一般のプログラムを通した支援の可能性について述べている.「個別面談の活用」の項目では,プログラムのなかでの体験について,個別面談でフォローすることを推奨している.「支援の要点」の項目では,「見てわかる情報の提示」「手順の明確化・具体化」「感覚過敏への対応」「リワークプログラム内の行動への対応」「段階的な他者交流の設定」「職場での『迷惑行為』への対応」について,具体的に述べている.「職場での処遇に関する助言」の項目では,「本人処遇のための情報共有(大まかな業務スケジュールの決定・伝達,指示だしの明確化・具体化,感覚過敏への対応,対人技能に関して,休職に至った経緯について得られた情報のフィードバック)」「相談役」「主治医への相談」について述べている.「その他の職場との協働」の項目では,合同面談,復職後のフォローや助言についてふれている.
「診断について」の項目では,スタッフが診断を行うことを戒め,「この手引きには自閉スペクトラムの特性を想定した対応が記載されていますが,この手引きに書かれた支援が有効だったとしても,それをもって自閉スペクトラムや発達障害だと診断してはいけません.発達的背景をもたない参加者でも,この手引きの内容が有用な場合はありうるからです」と加えて,自閉スペクトラム症,発達障害に関する過剰診断が生じないように配慮している.「おわりに」では,対象者について,多くのことが未確認な状況にあることを述べている.なお,手引きを論文末尾に参考資料として掲載するので参考にされたい.
3.有用性調査
作成された「手引き」について,うつ病リワーク協会の会員施設のうち,協会の調査事業に協力している28施設のスタッフを対象とした有用性調査を行った.28施設の地域分布は,北海道2,東北0,関東10,中部3,近畿5,中国1,四国0,九州7であった.「手引きのわかりやすさ」「対象のわかりやすさ」「診断にかかわらない支援の可能性」「スタッフへの有用性」「患者への有用性」「職域への有用性」について,4件法で評価を求めた.評価を間隔尺度とみなして1~4点の点数を与え,平均,標準偏差を算出した.
本研究は実施に先立ちNTT東日本関東病院の倫理委員会により審査され,承認された.参加者には本研究に関して十分な説明を行い,全員から書面による同意を得ている.
II. 結果
1.リワークプログラムのスタッフからの情報
問い合わせを行ったリワークプログラム8施設のうち北海道1施設,関東5施設の6施設から回答が得られた.
表1に回答のまとめを挙げる.一般の参加者と同じプログラムに参加させている施設が5施設あった.一方,該当の患者だけが参加するプログラムを設けている施設も5施設あり,対人関係における自己特性の理解やコミュニケーションスキルへの支援を挙げた施設が2施設,発達障害に関する心理教育を挙げた施設が2施設みられた.また,1施設は「復職時の就労継続のための対処やビジネスマナー・集団認知行動療法・職場で起きがちな問題の理解と対処・ライフスキル・運動療法」で構成されるプログラムを提供していた.該当の患者を一般の患者が参加するプログラムと,該当患者だけのプログラムの両方に参加させ,後者では「個別作業・集団作業・職場場面を想定したロールプレイ・ストレス対処や怒りのコントロール・キャリア再構築支援・問題解決技能トレーニング・職場対人技能トレーニング・リラクゼーション技能トレーニング・マニュアル作成技能トレーニング・運動・個別相談」からなるプログラムを提供している例があった.
施行が望ましいプログラムとしてはコミュニケーション能力への支援が挙げられ,心理検査としてはWAIS(Wechsler Adult Intelligence Scale)32),AQ-J(Autism-Spectrum Quotient Japanese Version)3)が施行されている例が多く,このほかPARS(Pervasive Developmental Disorders Autism Society Japan Rating Scale)10),ASRS(Adult ADHD Self Report Scale)13),KiSS-18(Kikuchi’s Scale of Social Skills)14),QOL(Quality of Life)37)が挙げられていた.支援として重視していることは多岐にわたり,職場に伝達している情報については,休職に至った発達障害特性への配慮,業務適性や職場の対処への助言を伝達している例が多かった.望ましい職場との協働については,フォローアップ,合同面談,コンサルテーション,ジョブコーチへの支援,職場における当事者の観察,プログラム見学の要請など,相互交流に関する項目が挙げられた.
2.発達障害の専門家からの情報
リワークプログラムについて知識がある発達障害の専門家4名に問い合わせを行い,そのうちの2名から回答が得られた.表2に回答のまとめを挙げる.参加が望ましいプログラムとして,該当の患者だけが参加するプログラムについては,個別面談だけが挙げられた.心理検査については,特有の心理検査は特に挙げられず,標準化された知能検査が挙げられた.リワークプログラムのスタッフが重視するべき点については,連絡ノートによる書面での確認の活用,言葉遣い・声の大きさなどの調整(基本的コミュニケーション),トラブル時の具体的提案の3点が挙げられた.職場に伝えたほうがよい情報・助言および望ましい職場との協働として,担当者の決定,大まかな業務スケジュールの決定・伝達,雑音の管理,チックや場にそぐわない不適切な表情などに関する情報が挙げられた.
3.手引きの作成
本文の後に掲載した資料が,「自閉スペクトラムの特性がある参加者へのリワーク支援の手引き」である.手引きは,①はじめに,②対象,③目標の設定,④プログラム,⑤個別面談の活用,⑥支援の要点,⑦職場での処遇に関する助言,⑧その他の職場との協働,⑨診断について,⑩おわりにという構成になっている.
4.有用性調査
問い合わせを行った28施設のうち26施設,27名のスタッフから回答を得ることができた.施設としての回答率は93%であった.近畿の1施設からは「対象の患者がいない」,九州の1施設からは「研究に協力できない」という理由で回答が得られなかった.
回答者27名の職種は,臨床心理士11名(41%),精神保健福祉士8名(30%),作業療法士5名(19%),看護師2名(7%),医師1名(4%)であり,対象の経験例数は表3の通りであった.「手引きのわかりやすさ」「対象のわかりやすさ」「診断にかかわらない支援の可能性」「スタッフへの有用性」「患者への有用性」「職域への有用性」について,評価(1~4)を求めたところ,それぞれの評価の平均および標準偏差は,3.37(0.69),3.31(0.68),3.04(0.65),3.22(0.85),3.08(0.57),2.85(0.80)であった(表4).
III.考察
1.リワークプログラムのスタッフからの情報
該当の患者を一般の患者と同じプログラムに参加させることを重視している一方,対人関係における自己特性の理解やコミュニケーションスキルへの支援,発達障害に関する心理教育を重視している状況がうかがわれた.心理検査では,標準的知能検査であるWAIS32),発達障害の特性を評価するためのAQ-J3)が重視されている.スタッフは,該当の利用者とのかかわりについては,かなり多岐にわたる配慮を行っており,職場との協力についても,情報共有にとどまらず相互交流を望む声が強かった.
2.発達障害の専門家からの情報
回答数が少なく,また全体的に各質問に対する回答がリワークプログラムスタッフより少なかった.これは,発達障害の専門家がリワークプログラムによる支援にかかわっていないために,具体的な意見が浮かびにくかったからかもしれない.心理検査では,標準化された知能検査が挙げられていた.一方,リワークプログラムのスタッフが重視するべき点として連絡ノートによる書面での確認の活用,言葉遣い・声の大きさなどの調整(基本的コミュニケーション),トラブル時の具体的提案が挙げられ,職場への助言として,担当者の決定,大まかな業務スケジュールの決定・伝達,雑音が大きくない環境の管理などが勧められた.
3.手引きの作成
手引きには具体的な提案・アイデアが記載されており,これは自閉スペクトラム症についての知識に乏しいリワークプログラムスタッフでも,手引きを使えるようにという配慮のためである.
発達障害への支援という観点からいえば,この手引きの特徴は,①自閉スペクトラム特性の疑われる参加者を支援するうえでの個別面接,②具体的な問題改善を通した,自己理解への支援の重要性を強調している点にあると考えられる.
完成された手引きは,うつ病リワーク協会のホームページにも掲載されている31).うつ病リワーク協会のサイトでは,本資料のほか,「リワークマニュアル」「職場復帰準備性評価シート」「基本性格判定プログラム」といったツールがダウンロードでき,「ドラマで学ぶリワークプログラム」「うつ病の人の職場復帰を成功させる本」「誰も書けなかった復職支援のすべて」といった資料も紹介している.
4.診断と評価の問題
自閉スペクトラム特性を有する成人への支援については,評価と診断が第一の難関となる.英国のNational Institute for Health and Clinical Excellence21)は,就労・就学の開始や継続,社会的人間関係の維持に関する困難がみられれば,評価を行ったほうがよいと述べている.スクリーニングツールとしては,Autism Spectrum Quotient(AQ-50項目または10項目版)1)6)36),Social Responsiveness Scale成人版(65項目)7)28),Ritvo Autism Asperger Diagnostic Scale改訂版2)24)が知られている.しかし,これらのスクリーニングツールのスコアには,根拠に基づいたカットオフ点は存在せず,例えばAQのスコアは,自閉スペクトラム症の患者とコントロール群の間で,かなりの重なりがみられる4).
また,Autism Diagnostic Interview改訂版17),Diagnostic Interview for Social and Communication Disorders35),Developmental, Dimensional, and Diagnostic Interview27),Asperger Syndrome(and High-functioning Autism)Diagnostic Interview9)などの親などから情報を得て行う構造化面接法が知られている.しかし,ADOS(Autism Diagnostic Observation Schedule)第4版だけが,直接観察による評価法とされている18).現在のリワークプログラム施設で,ADOS第4版を用いて診断できるスタッフを配置しているところはなく,リワークプログラムにおいて,成人患者の自閉スペクトラム症の専門家による直接観察に基づく構造化された検査を実施することは,実施のための訓練と資格が別途必要なため,現実的にはできない.また,現時点ではこれらの経験を要する評価法よりも,臨床的に上位と考えられる熟練した発達障害の専門家による診断は,専門家の全体的不足からルーチンで行える状況にないのが現状である.
このような状況を踏まえ,また成人での複雑な臨床像を踏まえて診断基準についての議論自体を,より包括的な観点から見直す必要があると考えられる.現在の自閉スペクトラム症に関する診断基準は,小児期の不適応を抽出することを主目的としており,小児期の構造化された環境では大きな不適応を示さないが,成人後により高いストレスに曝されたときに不適応を生じる人たちについて考慮していない.ある精神的特性に基づいて主観的苦痛や機能障害をきたす事態に対する診断基準は,操作的診断基準の包括的な体系に含まれるべきであるという観点に立てば,生涯持続する自閉スペクトラム特性のために,職業上の不適応をきたす群に関する診断基準が用意されていない現在の自閉スペクトラム症に関する診断基準体系には不備があるといえよう.
この手引きが想定している対象者たちは,狭義の「自閉症」とは診断されない可能性が高い.しかし,「自閉症診断には合致しないが,自閉スペクトラム特性による困難を生じている事例」と判断され,こういった人たちを,どのような手順でどのように診断するべきかの議論は棚上げとなっている.成人の自閉スペクトラム特性に関する学術的知見が現在確立されていないという理由で,仮に,自閉スペクトラム特性に言及した議論を時期早尚として退ける,または避けるのであれば,こういった人たちは,「適応障害」「パーソナリティ障害」「現代型うつ病」「自己中心的,他責的で,性格的,対人関係に問題が多いうつ病」などとしか診断されないであろう.こういった診断のもとで適切な支援を受けられなければ,職場不適応が持続し,休職満了退職といった事態に至る可能性もある.
現在の診断基準,診断ツールによって,「自閉症」「自閉スペクトラム症」という診断がつかない成人でも,自閉スペクトラム特性によって,職場適応上の困難が生じうることを,臨床,産業の専門家が認識する必要がある.手引きでは,自閉スペクトラム特性による様態を示すリワークプログラムの対象者に手引きの適用を求め,支援策や本人ができる工夫について関係者がなるべく具体的に理解できることをめざしている.
ただし,今回の手引きでは,医師でないリワークプログラムのスタッフが,診断について言及することを戒めている.これは,診断が医師法により医師の独占業務であるという法令上の問題のほかに,現在の診断基準体系では重度の事例のみが「発達障害」の診断が確定するために,対象者について「発達障害の傾向がある」と職域などに不用意に伝えると,対象者が重度の事例と判断され不利益が生じる可能性があること,手引きに沿った支援が有用だったとしても自閉スペクトラム特性ゆえではない可能性があること,発達障害の診断はその判断に基づく支援に継続的に関与する立場の臨床医が行うことが望ましいこと,などの理由による.
今回作成された手引きは初歩的なものであり,これを現場で活用するためには,リワークプログラムのスタッフが参加者個々人に合わせた支援を行う必要がある.例えば,「手順の明確化」は当該参加者が最も活用しやすい表現と分量で作業過程を記述し,参加者が情報を確実に受け取れるよう支援することを意味する.こうした支援が可能となるためには,リワークプログラムのスタッフに手引き活用のための研修等を提供していく必要があるだろう.
5.有用性調査
回答者の職種は,リワークプログラムのスタッフ全般にわたっている.職種の分布にも大きな偏りはないと考えられる.19名の回答者が,この手引きの対象になる患者を11名以上経験していると回答しており,8名は51例以上経験していると回答している.自閉スペクトラム特性を有する患者へのリワーク支援が,現在,大きな課題になっている状況の一端がうかがわれる.
「手引きのわかりやすさ」「対象のわかりやすさ」については,「わかりやすかった」「大体わかりやすかった」の合計が26名,25名,評価の平均が3.37,3.31という結果であり,手引きのわかりやすさについては,問題はないと考えられる.
「診断にかかわらない支援の可能性」「スタッフへの有用性」「患者への有用性」については,上位2回答の合計が,22名,24名,22名,評価の平均が,3.04,3.22,3.08という結果であった.手引きは資料としてはわかりやすいが,診断にかかわらない支援は必ずしも容易とはいえず,患者への有用性についてもやや疑問があるが,スタッフにとっては,これまで何の資料もなかった状況よりは支援がやりやすくなるといった反応と思われる.
一方,「診断にかかわらない支援の可能性」について「不可能」という回答はなく,「発達障害」という診断名について,どう対象者や周囲にフィードバックするべきか迷うことが多い現状でも,この手引きがある程度は使用されうることが示された.自己理解支援を重視する観点からいえば,リワークプログラムにおいてまず有効な支援を行い,その有用性の整理を通じて,自己認知や診断への理解や受容を深められる可能性が示されたともいえる.発達障害に特化した支援が継続的に必要な患者は確定診断に進むのが望ましいと考えられるが,こういったケースについても,リワークプログラムを受けている期間に発達障害の診断を受けるレディネスを高めるとも考えられる.
スタッフへの有用性についての自由回答では,「この資料自体は有用であると思うが,この資料だけで,該当の患者への支援をすべて行えるとは思えない」というコメントがみられた.患者への有用性については,未実施または未回答が2名みられたが,25名は,患者への支援に適用したうえで回答しており,回答には妥当性があると考えられた.3名「あまり役に立たなかった」と回答したことについては理由を尋ねていないが,例えば,手引きでは個別面談の設定を前提にしており,仮にあるリワークプログラムで定期的な個別面談が設定されていなければ,この手引きは意味をなしにくいとも考えられる.リワークプログラムの現状にあわせた,手引きの改訂について今後も検討を進める必要がある.
「職域への有用性」については,回答者全体の半数以下の13名しか職域との協働に手引きを適用しておらず,結果の解釈の適用性に限界がある.職域への協働に手引きを使用した回答者の評価の平均は2.85であり,職域への協働については,今回開発された手引きにさらに他の資料を加えて,リワークプログラムのスタッフに提示する必要があるとも考えられる.
6.リワークプログラムによる支援について
自閉スペクトラム特性をもつ人への心理社会的な支援や,面接時の受け答えや職場における支援などの就労支援についての研究がいくつか行われており,おおむね効果があったとされているが,なお実証的な知見の集積には乏しい5)8)20)22)26)29).わが国のリワークプログラムにおいて,こういった対象への心理社会的な支援,就労継続のための支援,職場との協働を行い,その結果について実証的な研究を行うことは,世界的にみても必要性があると考えられる.
発達特性はその人の人となりともいうべき特徴である.欠点を指摘し技術を指導するだけでは,精神的安定や適応改善は得られ難い.得手・不得手に合わせた工夫や決断を本人が主体的に肯定的に選びとれることが重要である.そのためには,リワークプログラムでの支援(工夫)による成功体験を通じて,就業上の強み,苦手,苦手の補い方をスタッフが本人と共有することが欠かせない.リワークプログラムに参加している間に有効な支援を見出し,その具体例を活用して自己理解支援を個別面談で進めていくことが重要と考えられる.
7.今後の課題
小児期に自閉症と診断されなかった,言い換えれば,小児期には自閉症の診断閾値下であった自閉スペクトラム特性をもつ成人がどのような困難に遭遇するかについては,まだ十分に知見が集積されていない.自閉スペクトラム特性をもつ成人が経験する困難については,小児期の自閉症を扱う専門家も経験に乏しく23),学術的な根拠に基づいた対応を行うことは,現時点では不可能である.今後,自閉症の専門家と,リワークプログラムのスタッフなど成人後の支援を担当するスタッフが協力を進めていく必要がある.
復職時には,自閉スペクトラム特性をもった人たちに職場が行える「可能な配慮」について検討しなければならない.一般に,職場においてある社員に配慮を行うということは,他の社員への負担,他の社員のメンタルヘルスへのリスクを生じさせることである.であるから,自閉スペクトラム特性をもった社員に職場での配慮を行うためには根拠が必要である.成人後の自閉スペクトラム特性の評価についての知見を明らかにできれば,臨床的・制度的支援を行い,自閉スペクトラム特性をもつ人の能力を安定して職場で活用することが可能になる.リワークプログラムや職場の現場で,こういった対象への支援がより有効に進められるように,各領域の専門家が協力して,研究,臨床支援,職域へのコンサルテーションを進める体制が整備されることを望みたい.
おわりに
リワークプログラムのスタッフと発達障害の専門家からの情報に基づいて,「自閉スペクトラムの特性がある参加者へのリワーク支援の手引き」が作成された.この手引きの有用性について,リワークプログラムのスタッフを対象に調査を行い,おおむね有用性が認められた.今回作成された資料を,自閉スペクトラム特性を有するリワークプログラムの参加者への支援に活用することができると考えられる.しかし,小児期に自閉症と診断されなかった自閉スペクトラム特性を有する人の評価と診断については,今後さらに実証的な検討を早急に進める必要がある.
本研究は,平成26~28年度厚生労働科学研究費補助金障害者対策総合研究事業〔障害者政策総合研究事業(精神障害分野)〕精神障害者の就労移行を促進するための研究(H26-精神-一般-002)の助成を受けて行われた.
なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.
参考資料
「自閉スペクトラムの特性がある参加者へのリワーク支援の手引き」
1.はじめに
近年,うつ病など成人期のさまざまな問題の背景として発達障害注1の特性をもつ事例が存在することが知られてきました.
発達障害の特性は,あるかないかという二者択一のものではなく,無限の段階があり連続的にみられるものです.通常の社会参加をしている人たちのなかにも,診断基準に合致するかどうかはわからないけれども,特性を軽微にもつ人たちが存在することが明らかになっています.この手引きは,こうした人たちをリワークスタッフが支援する際の注意点をまとめて提示することを目的としています.
注1:厚生労働省「みんなのメンタルヘルス」による発達障害の解説は以下の通りです(http://www.mhlw.go.jp/kokoro/know/disease_develop.html).
発達障害とは生まれつきの特性で,「病気」とは異なります.発達障害はいくつかのタイプに分類されており,自閉症,アスペルガー症候群,注意欠如・多動性障害(ADHD),学習障害,チック障害などが含まれます.これらは,生まれつき脳の一部の機能に障害があるという点が共通しています.同じ人に,いくつかのタイプの発達障害があることも珍しくなく,そのため,同じ障害がある人同士でもまったく似ていないようにみえることがあります.個人差がとても大きいという点が,「発達障害」の特徴といえるかもしれません.
2.対 象
この手引きは,発達障害のなかでも,自閉スペクトラムでみられる特性(対人交流の乏しさや不自然さ,相互的な会話の困難,社会的な勘の悪さ,思考や行動の柔軟性の乏しさ,感覚の偏り,など)に焦点をあて,これらの特性を軽微にもつ未診断の人たちを対象としています.
対人交流の困難といっても,その現われ方はさまざまです.「人とのかかわりが乏しく孤立しがち」という形で示される人もいれば,「集団場面で一方的な発言が目立つ」「場の空気を読まずに仕切ろうとする」といった形で示される人もいます.どちらの場合でも,この手引きに記載した支援(職場で現実に起きていた困難に焦点をあてた目標設定や,段階的な他者交流の設定,など)は有用な可能性があります.以下について違和感のある言動がみられたら,まずはこの手引きに沿った対応を試してみてください.
・人とのかかわり方や集団場面での振る舞いの乏しさや奇妙さ
・会話のすれ違いや言語指示での思いがけない誤解や聞き落とし
・「空気が読めない」「先が読めない」などの社会的な勘のわるさ
・切り替え・応用の苦手やこだわり
・感覚過敏や極端な不器用
・「聞きながら書く」など2つ以上の行為や活動を同時に行うのが極端に苦手
AQ注2やPARS-TR注3などの自閉スペクトラムに関する評価尺度は,研修を受けて適切に活用すれば一定の情報を提供します.しかし,これらの評価尺度の点数が低いからといって,この手引きの対応が不要であるとはいえません.先に述べた領域に違和感があれば,評価尺度の点数にかかわらず,一度この手引きを活用してみてください.
注2:AQ日本語版自閉症スペクトラム指数〔若林明雄,三京房,2016(http://www.sankyobo.co.jp/aaq.html)〕
注3:Parent-interview ASD Rating Scale-Text Revision(親面接式自閉スペクトラム症評定尺度テキスト改訂版)〔一般社団法人発達障害支援のための評価研究会,スペクトラム出版,2013(http://www.spectpub.com/parstr.html)〕
3.目標の設定
発達的背景が疑われた時点で,職場でどのような困難があって休職に至ったのか,なるべく具体的,詳細に聞き取りを行ってください.可能であれば,リワークプログラムのなるべく早い段階で,本人の同席のもと職場の人からも聞き取りを行えるとよいでしょう.聞き取りによって,復帰後に必要とされる技能や対人関係スキルを明確にして,リワークプログラムでどこまでの達成をゴールとするかを話し合うとよいでしょう.自閉スペクトラムの特性をもつ人は応用が苦手な場合が多く,職場で現実に起きていた困難に焦点をあてて支援するほうが,復帰後の安定に役立つことが多いからです.
4.プログラム
2.に述べたような特性はプログラム参加後に明らかになることが多いと思いますし,多くの施設では自閉スペクトラムを想定した特別なリワークプログラムは用意していないと思います.通常の職場への復帰をめざしているのであれば,評価の意味でも,一般のリワークプログラムでの様子を確認することに問題はありません.一般のプログラムに参加させながら,この手引きに記載した支援を追加することで,自閉スペクトラムの特性が推測される人たちへのリワーク支援が可能であると思います.
5.個別面談の活用
発達的背景が推測される人たちは,集団内でのできごとや指導内容を自分に結びつけて理解することが難しく,1対1の解説を必要とする場合があります.これに対応するため
1)定期的な個別面談を設定してください.
2)個別面談では,「6.支援の要点」で述べるようなことについて,本人の特性と有効だった工夫について具体的に確認しましょう.
3)リワーク中の自分の言動の解説を受け自分についての理解を深めることは,復帰後の安定を維持するうえで有益です.しかし,自分の特性と向き合うことが本人に心理的負担を生じる場合があります.自己を理解するための支援は,1対1の面談で,プログラム中に成功した工夫を振り返ることから始めることが望ましいでしょう.また面談では,本人はあたり前だと思って強みと認識していないような特性(真面目さや裏表のなさ,明確な手順やパターンを取り入れやすいこと,見て理解するのが得意なこと,など)についても確認してください.
6.支援の要点
以下に,リワークプログラムでの支援や工夫の要点を挙げます.こうした支援や工夫をリワークプログラム中に提供してみて,有効かどうかを個別面談で本人と確認してください.
1)見てわかる情報の提示
自閉スペクトラムの特性のために,耳で聞いて情報を把握するのが不得意で,目から情報を取り込むのは得意な場合があります.(参加者に困難があれば)見て確認したり,読んだりできる資料をリワークプログラム中に提供してその有用性を評価しましょう.不注意や読み書きに困難がある場合には,「全体の文字数・行数を減らす」「文字を大きくし,行間をあける」など読みやすいレイアウトにも配慮しましょう.有用だった工夫については個別面談で確認し,本人が自分にあった工夫を自覚できるように支援していきましょう.
2)手順の明確化・具体化
複数の作業を同時に行えなかったり,曖昧な指示では適切に理解できないために,作業が完了できないことがあります.(参加者に困難があれば)複数の作業指示を避け「1つ1つ順々に行う」「話が終わってから作業を始めてもらう」などの対応を試したり,適当に・だいたいなどの曖昧な表現を避け具体的な指示に変えてみて,作業の達成に差が出るかをプログラム中に確認してみましょう.そして個別面談で,どのような対応が有効だったかの確認を通じて,どのような不得手が推測されるのかを具体的に本人に確認し,本人が自分の特性を整理していくことを支援しましょう.
3)感覚過敏への対応
自閉スペクトラムの特性から感覚過敏が示されることもよくみられます.パソコン空冷音などの小さな音でいらいらしたり,大声に不安や苦痛を感じたり,雑音で作業効率が著しく低下したりします(聴覚).また,眩しさを強く感じたり,蛍光灯やLEDに苦痛を感じることもあります(視覚).肩に触れて呼びかけられると強い不快や驚愕を生じたり,作業衣など特定の肌触りに痛みに近い不快感をもつ人もいます(触覚).煙草の残り香など弱い臭いでも気分が悪くなったり(嗅覚),温度感覚にズレがあって平均的室温では体調不良や作業効率の著しい低下をきたす人もいます.感覚過敏が心身の不調を悪化させているのに,本人が感覚過敏と不調の関連に気づいていない場合もあります.これらについて本人と一緒に振り返りを行い,静かな環境での作業やサングラス着用での作業などをプログラムのなかで試させてください.リワークプログラムでの経験に基づいて,職場に戻ったときにどのように感覚過敏に対応できるかについて個別面談で話し合うとよいでしょう.
4)リワークプログラム内の行動への対応
「生真面目」「一本気」「ルール遵守」などが裏目に出て,「プログラムの手順や進行の順序にこだわる」「言い分を譲らない」「正しいことに過度にこだわる」などして,他の参加者とトラブルになる場合があります.プログラム中に不適切な行為がみられた場合は,まず本人なりの考えや経緯を個別面談で確認してください.次に,本人の行動に対して他者が感じることについて,図なども交えながら整理し,代わりにとれる行動や問題を避ける手段について,本人が実行できる具体的提案について話し合ってください.そして工夫実行後に面談で振り返りを行い,必要なら提案の修正を行ってください.リワークプログラム中にみられる他人の迷惑となる行動と類似の行動が,職場でもとられていた場合,リワークプログラムのなかでの行動の振り返りが,職場での行動についての気づきや修正につながる可能性があります.
5)段階的な他者交流の設定
リワークプログラムの通常の集団活動への参加に,本人の負担感が大きかったり他の参加者の不利益が大きい場合は,枠組みや役割の不明確な集団活動への参加は見合わせ,問題や課題を絞り込んだ構造化されたプログラムから始めることを,本人と相談してみてください.例えば,集団認知行動療法で気分,自動思考の理解やセルフアセスメント,アサーショントレーニング,会社のさまざまな状況を想定したロールプレイを行うとよいかもしれません.SSTも目的や作業を明確にし,成果をその場でフィードバックすれば,参加しやすいと思われます.
プログラム中の対人交流の様子を個別面談で整理することで,職場で生じていたトラブルの理由やアフターファイブの付き合いでの疲労感など,自分の特性について理解が深められるように支援しましょう.また,復帰後の対人交流についても「気を遣いすぎて疲れてしまうなら,昼休みは一人で過ごしてもよい」「歓送迎会・忘年会などでは,サポートしてくれる同僚・上司を軸に参加する,聞き役に徹する参加の仕方もある,不参加という選択もある」など,自分に合った対人交流を前向きに選択できるように,個別面談で本人と整理していきましょう.
6)職場での「迷惑行為」への対応
個別面談では職場で起きていたことの振り返りも行いましょう.職場からの聞き取りで他の社員の迷惑となる言動が報告された場合には,そのような行動に至った本人なりの理由を聞き取ったうえで,「その行為は(本人の考えとは別に)他者からは迷惑とみなされていた」ことを確認し,「会社には,他の社員も快適に業務に従事できるよう配慮する義務があり,他の社員への心身の健康に影響が及ぶことは会社の安全配慮義務の観点から許容されない」という原則を説明し,復帰後はどのように振る舞えば迷惑とみなされる行為を回避できるのか,個別面談で取り扱ってください.職場で生じていたことを本人と一緒に振り返る際に,リワークプログラムの集団活動でみられた言動や対処方法を手がかりにすることが有効な場合もあります.迷惑行為については,「他の社員の迷惑になっていることに気づいていない」「自分の言動が会社に貢献すると誤解している」「他の社員の安心・快適よりも自分の理屈を優先させている」など,いくつかのパターンがあることをスタッフが理解したうえで,本人からの理由の聞き取りを行うといいでしょう.
7.職場での処遇に関する助言
復職に際して,職場からリワークプログラムのスタッフに職場での処遇に関する助言を求められることがあります.この場合は,以下の点をポイントとしてください.
1)本人処遇のための情報共有
職場への助言の原則は,「本人への適切な処遇のために,本人の依頼を受けて職場と情報共有する」ということです.職場への助言は,本人にとってもメリットがあります.本人から情報提供の依頼を受け,職場に助言するという形をとってください.また,職場には,「適切な処遇を行うという目的のためだけに情報を使用する」ことを約束してもらってください.助言には,以下の内容を含めるとよいでしょう.
(1)大まかな業務スケジュールの決定・伝達
大まかな業務スケジュールがわかっていると,こころの準備ができますので,可能な範囲で前もって本人に伝えてもらってください.業務スケジュールが見てわかるように示されていると,変更が生じたときに,本人がスケジュールを書き直すことで変更に対しての気持ちの切り替えをしやすく,心配になったときに何度でも見て確認できるので,安心して業務が遂行できるかもしれません.
(2)指示だしの明確化・具体化
複数の指示に適切に優先順位をつけて処理したり,ほどほどのところで1つの課題を切り上げて別の課題に移ることが,苦手な場合があります.取り組むべき課題の順番や,課題を終結させる判断の基準を具体的に説明してもらえると,本人の作業効率があがるかもしれません.いくつかの課題を並行してこなすことも苦手な場合もあります.手を休めずに話を聞くといった複数の活動を同時に行わせることはミスや不安の誘因になりやすいことを伝え,同僚や上司の話が終わってから業務を開始させるなどの配慮も検討してもらいましょう.
(3)感覚過敏への対応
感覚過敏について,職場の人は気がついていないことが多いと思いますので,助言してください.可能な場合には,音,光,温度などについて調整してもらえるとよいでしょう.また,本人が感覚過敏や苦痛を避けるための,色の付いたメガネ,調整可能な服装,クールタオルなどの冷却グッズ,完全遮音しない程度の耳栓などの使用は,職場の迷惑にならない限りは,承認してもらえるとよいと思います.
感覚過敏やこだわりは不安や緊張が高いと悪化するので,復帰後に職場での不安や緊張が軽減すれば,感覚過敏やこだわりは軽減していく可能性があることも,職場に伝えてください.
(4)対人技能に関して
リワークプログラムで自覚や工夫が進んだとしても,復職後も対人技能の能力的困難は一定程度は続く可能性が高いでしょう.業務に付随する対人交流の内容や分量が本人の対人技能に適したものになれば,本人の本来の業務能力が発揮され,再休職予防につながる可能性があります.本人の同意が得られれば,このことを職場にも伝えてください.
(5)休職に至った経緯について得られた情報のフィードバック
聞き取りやプログラム参加中の状況から把握された,休職に至る誘因となった可能性のある作業上,対人関係上の困難を職場に説明してください.再休職予防のためには,本人の工夫や努力だけでなく,(1)~(4)に述べたような対応の見直しも必要と思われることを伝えてください.
発達的背景のために,恐怖や不快を引きずりやすく,些細なきっかけで以前の恐怖や不快が再燃しやすい人たちがいます.職場内の特定の人間関係が休職の誘因と強く疑われる場合には,配置転換など受け入れ体制の検討が有効である可能性が高いことをアドバイスしてください.
2)相談役
職場では,上司,先輩などを復職時の相談役にすることが多いと思います.誰に相談すればよいか決まっていると混乱が避けられます.自閉スペクトラムの特性のために,相談の意思がないのではなくて相談の技術が乏しくて,相談役が決まっていても相談を切り出せなかったり,相談すべき状況にあると自覚できなかったりする場合があります.復職当初は,業務や体調管理のうえで必要な事柄を,相談役から定期的に確認することが問題の早期発見につながると思われます.逆に,本人が頻繁に相談しすぎて相談役の負担が過度となる場合には,相談可能な時間帯などを決めてください.また,頻回の相談が必要な業務や指示のだし方が本人の特性や能力に合っているのかどうかも検討が必要かもしれません.
上司や相談役には物理的・精神的な負担がかかります.上司や相談役の負担が過重とならないように,上司や相談役への支援体制も検討する必要があります.具体的には,管理職同士や相談役と管理職の間での情報共有,相談役と産業保健スタッフとの定期面談,3)に述べる主治医との相談などによって上司や相談役が孤立しないようにしてください.
3)主治医への相談
本人処遇のための情報共有と同じように,主治医が上司や相談役への助言を与えることについて,復職時に本人から依頼を得ておくとよいでしょう.主治医との相談によって,復職者への対応に助言が得られるだけでなく,上司や相談役の心理的な負担軽減にも役立つでしょう.
8.その他の職場との協働
可能な場合は,職場と以下のような協働ができれば望ましいでしょう.
1)本人,治療スタッフ(主治医,リワークスタッフなど),職場のキーパーソン(上司,人事担当者,産業保健スタッフ,社労士など),家族(可能であれば)など関係者との合同面談を行い,リワークプログラムで役だった支援や工夫などを共有し,復帰後の支援について意見交換できると有益だと思われます.
2)復職後のフォローや助言:リワークプログラムを行った施設(主治医,リワークスタッフなど)が,継続的な職場定着のために本人へのフォローや職場への助言を行うことができれば,望ましいでしょう.
9.診断について
自閉スペクトラムや発達障害についての安易な診断,過剰な診断は,本人の不利益になる場合があり,避けなければなりません.この手引きには自閉スペクトラムの特性を想定した対応が記載されていますが,この手引きに書かれた支援が有効だったとしても,それをもって自閉スペクトラムや発達障害だと診断してはいけません.発達的背景をもたない参加者でも,この手引きの内容が有用な場合はありうるからです.
自閉スペクトラムや発達障害が疑われるとスタッフが判断した場合には,なぜそのように判断したのかを,リワーク担当医を含めたスタッフ間で整理してみましょう.そして,主治医への情報提供の依頼が本人から得られている場合には,自閉スペクトラムを疑う根拠とした事柄(プログラム中の具体的な言動や,職場からの聞き取り情報,対応の変更による変化など)を具体的に主治医に伝え,主治医もしくは主治医が依頼した専門医に診断について検討してもらいましょう.
また,就労に関する支援として,発達障害に特化した公的サービスがあることを,主治医が十分には把握していない可能性もあります.発達障害に対する就労支援サービスについて,下記の厚生労働省のウェブサイトなどの情報を主治医に提供することも参加者の利益につながる可能性があります.
厚生労働省:発達障害者の就労支援(http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/shougaishakoyou/06d.html)
参加者本人から,「自分は自閉スペクトラムや発達障害ではないか」と質問される場合もあるでしょう.その際には,医学的診断は主治医(もしくは主治医が依頼した専門医)が担う役目であることを説明し,相談するように勧めましょう.本人が受診を希望する場合には,リワークプログラムでみられた特性や対応による変化について改めて本人と個別面談で整理し,受診の参考資料としてもらうとよいでしょう.
10.おわりに
自閉スペクトラムの特性をもちながら,成人期まで評価・対応されずに経過した人たちが,職域でどのような困難を経験しているのか,一般就労やリワークプログラムによるどのような支援が可能なのか,今後系統的に検討を進めなければなりません.
一方,現実問題として,こうした人たちへの支援に,職場やリワークプログラムのスタッフが困難を感じることもあります.多くのことが未確認な状況にはありますが,現時点で現場のスタッフに何らかの手がかりを提示したいと考え,この手引きを作成しました.この手引きを1つの足がかりとして,今後,自閉スペクトラムの特性が想定される困難についての産業領域での知見が集積され,さまざまな資料やツールが作成されていくことが望まれます.
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