Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第120巻第5号

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特集 治療抵抗性抑うつに対し外来診療でできること
外来治療レベルの治療抵抗性うつ病患者の復職に向けて精神科医が知っておきたいこと
堀 輝
産業医科大学医学部精神医学教室
精神神経学雑誌 120: 401-407, 2018

 厚生労働省の調査では,うつ病患者が2000年頃と比較して約2.5倍増加していると報告している.わが国では,休職に至るうつ病勤労者も少なくない.また,病状が改善して復職に至ったとしても,その後の再休職率が高いことが知られている.そのため,病状が改善した後に,リワークプログラムをはじめとした職場復帰準備性を高めるような取り組みが全国各地で展開されている.休職に至る勤労者うつ病治療において考えておく必要があることの1つとして,各企業において個別に定められている休職期間があるということである.つまり治療者は,その期間内にうつ状態の改善,職場復帰準備性の回復,就労能力の回復をめざさなければならない.しかし,現実には治療抵抗性うつ病のようにうつ状態が遷延するような症例がしばしばみられる.このような症例に対する復職支援の指針はほとんどないものの,休職開始時の情報収集,産業医との連携,睡眠覚醒リズムの回復をすることで復職成功率を高める必要があると思われる.

索引用語:治療抵抗性うつ病, 復職, 睡眠覚醒リズム>

はじめに
 厚生労働省の調査4)では,うつ病患者が増加しており,2014年には1999年の約2.5倍に増えているとされる.精神科への敷居が下がったこと,操作的診断基準が普及したこと,新規抗うつ薬の上市と同時に疾患啓発が進んだことなどがその一因だとされる.さらに,厚生労働省の2015年の調査5)においては,うつ病などのメンタルヘルス不調を感じている人の13.3%が会社を休職しており,その後1割の勤労者が結果的に退職しているという現状が明らかとなった.さらには,労災認定も増えており,厚生労働省によると,2014年度に,仕事のストレスなどで心の病を発症し,労災申請した人は,1,456人にのぼり,497人が認定された6).うつ病治療は薬物療法のみならず精神療法,心理社会的治療,環境調整なども重要であるため個別の対応が必要なことが多い.また,ある一定の割合でうつ状態が遷延する症例がみられる.本稿では,うつ状態が遷延した治療抵抗性うつ病患者の復職に関して現時点でできる対応について述べたい.

I.わが国のうつ病勤労者の復職をめぐる課題
 うつ病勤労者の復職に関する五十嵐6)の調査によると,クリニックの精神科医の約半数が,①復職可能な状態かの判断が難しい,②復職しても短期間で再休職してしまう,③不十分な回復状態だが本人や家族の強い希望がある,という3つの点で対応に悩んでいる.
 勤労者うつ病患者が復職する際には主治医による「復職可能」な旨を記載された診断書が必要であるが,その判断基準を示したものはない.厚生労働省が発表している「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」3)のなかでも,職場復帰可否について定型的な判断基準を示すことは困難であり,個々のケースに応じて総合的な判断を行わなければならないと記載されており,復職可能の判断には個別の要因を加味して臨床的な判断を下す必要があるといえる.
 また,うつ状態の改善が不十分にもかかわらず,ある日突然家族が本人の受診に同伴してきて,不十分な回復状態を承知のうえで強く復職を希望することも散見される2).その際に患者家族の勢いに押され「復職可能」の診断書を記載することもある.一方で産業精神保健現場では,そのような精神科医の診断書に対する批判や不信感を表す産業医もいる.もちろんそのような精神科医の事情に理解を示したうえで産業医活動を行っている産業医もいるがごくわずかだろう.

II.治療抵抗性うつ病と復職
 治療抵抗性うつ病の定義にはさまざまあるが,十分な治療を複数回受けても十分に症状が改善せずに機能障害が残存する患者は1~3割くらい存在すると推定される1).つまり,休職したうつ病患者のなかには薬物療法などの治療が十分に奏効せずに症状が遷延している症例があり,休職期間内に十分病状が改善されていないことが推察される.
 そもそも,今までにうつ状態が改善しないなかでの復職に関して議論されることが少なかった.実際にうつ状態が遷延している勤労者の復職の指針は著者が知る限りない.図1にあるようにわが国では,臨床現場と産業保健現場が連携して,対象者の治療および復職支援にあたっている.簡単に述べると,臨床現場で休職が必要だと判断された際には,医師が休職を要する旨が記された診断書を作成し,休職後適切な診断,治療を施行することでうつ状態を改善させる.ある一定の改善がみられたらその後の再発予防の治療を行う.同時に復職に向けた調整や介入,リワークプログラムなどの導入を行う.そのうえで復職準備性の評価,主治医による復職可能な旨を記された診断書の提出,職場調整などを経て復職し,その後の再休職予防のためのサポートが行われる.その一方で,図2のように治療抵抗性うつ病患者の場合は,治療に難渋するためにその後の復職準備性を高めることや業務内容や勤務時間,残業などの調整や職場への介入,リワークプログラムへの導入が困難となる.多くのリワーク機関をはじめとした復職プログラムなどにおける導入基準にはうつ状態が改善していることが前提であると思われる.しかしながら,臨床場面では先ほど述べたようにある一定の割合で治療抵抗性うつ病患者がおり,またうつ状態の改善が不十分なまま休職期間満了退職日の直前に復職を強く希望し復職可能の診断書を書かなければならないような場面が少なからずある.しかも,そのような場面では診療の場面ではある日突然やってくるように思える.これが先ほどの五十嵐の報告にあるようなある日突然復職可能の診断書を求められる場面の1つであろう.そのような際には,主治医側も患者側も復職準備性が不十分であることが推察され,また職場との連携も不十分となりやすく復職成功率が低くなるのではないかと思われる.臨床現場(主治医)と産業保健現場の連携が有効か否かを調べたエビデンスはほとんどないが,オランダの研究で臨床現場と産業保健現場の連携の強化は復職までの期間を短縮したとしている10).臨床実感としても職場との顔の見える関係が可能となると比較的スムーズに復職が進んだり,臨床場面での微妙なニュアンスなども伝わりやすく具体的かつ効率的な支援ができることが多いように感じる.たしかに理想だけを述べればうつ状態の改善,認知機能や社会機能の改善,生活リズムの改善が望ましいと思われるがそれが不十分な際に臨床場面で何ができるかを考えていきたい.

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III.休職開始時に評価しておく必要がある点
に,休職開始時に評価しておくとその後の治療に役立つ点についてまとめた.初診時にある程度の職務などに関しては確認しているとは思われるが,その患者の職場での立場についても確認しておくとその後の対応も検討しやすい.可能であれば職場の上司などからも情報をきいておくと便利である.実臨床のなかでは,患者本人が考えていることと職場からみた本人の状態とでは,評価に乖離があることは少なくない.少なくともある程度のすり合わせをしたうえで,その後の治療に関しても考えていくことが望ましいと思われる.さらに,金銭面についてもきちんと確認しておく必要がある.わが国には傷病手当金の制度などがあるが,実際には今までの生活よりはマイナスの状態で家計のやりくりが必要になる.精神科医の興味としてはうつ病・うつ状態の治療に視点が向きがちだが,実際には患者は金銭的な問題での不安を抱えやすい.休職時にそのようなポイントを最初から押さえたうえで治療を開始することで焦りが生じやすい時期を把握し,その時期までの復職をめざした準備ができるようになる.

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IV.復職に向けた体調調整のポイント
 治療抵抗性うつ病でうつ状態が遷延しているなかで職場復帰を考える際には,最低限必要な要件として生活リズムの改善が必要である.朝きちんと起床して動けることが復職の際には必要だからである.しかし,実際には復職直前のうつ病勤労者でもスムーズな覚醒後の離床ができないといった報告9)もあるので,この指導には時間が必要だと思われる.治療抵抗性うつ病の状況での復職を考える場合には,休職期間満了退職となる前の段階である程度の準備が必要だと思われる.

1.起床後は,カーテンを開け,光を浴びて,着替えをする
 休職中は,仕事がないのでどうしても家でごろごろして過ごす症例が臨床場面でよくみられる.また,パジャマやジャージで生活をしている患者も多いように感じる.朝は,まず起床し,光を取り込む作業をするとともに着替えて生活をすることが復職準備性を高めることに有効である.

2.復職時の勤務時間に合わせた起床,就床を意識する
 復職をする場合には,勤務形態によって起床,就床時間が異なる.この場合には通勤時間まで加味したような起床,就床を考えなければならない.入院治療の場合,多くは病院で起床,就床時間が定められているが,復職をめざす際にはその個人個人の復職に合わせた形での起床,就床時間の指導をするべきである.最近われわれは,産業医科大学病院で行っている復職に向けた集団精神療法プログラムのなかで,アクチグラフを使った睡眠覚醒リズムの評価においてスムーズに覚醒できていない患者が多くいることを報告9)した.この研究ではうつ状態が十分改善している患者を対象としているため,治療抵抗性うつ病の患者で同じようなことが起きているかは明らかではないが,覚醒後にスムーズに起きて動き出すことができるかどうかもポイントの1つだろうと考えている.

3.早い時間帯(特に午前中)から動き出す
 わが国のうつ病治療においては,休養を重んじる文化が強い.実際にうつ病の急性期では,活動性を維持することは困難である.しかし,うつ状態が改善してきた際には,復職に向けて体力面の回復が必要となる.Moritaら8)は,うつ病で休職中の54人を復職決定時の活動性によって2群に分け,その後の2年間のフォローアップをした.この研究では,活動性が高い群のほうが復職継続率が高かったという結果が得られた.活動性が低い休職中のうつ病勤労者に対して,活動性を高めることが有効か否かは,はっきりとした結論は出ていないが,現実的には復職前には体力面も含めた活動性を高める取り組みが重要であると考えられる.

4.睡眠覚醒リズムを阻害する要因への介入
 睡眠覚醒リズム障害はうつ病患者で抱える頻度が高く,残遺症状としても多いことが知られている.治療抵抗性うつ病の患者の場合においても,うつ症状の遷延のみならず睡眠覚醒リズム障害が少なからず存在する.精神科医は初診の時点で,飲酒歴やカフェイン摂取などの聴取をして睡眠衛生指導を行うが,経過のなかで患者が飲酒を始めたり,カフェイン摂取が過剰になったりした際には見落とされやすい.また,最近ではスマートフォン,インターネットなどを長時間使用することで睡眠覚醒リズムを損なっていると考えられる症例も少なくない.このような症例では,朝スムーズに起きられない,動き出せないことが多いと思われる.実際に,復職目前のうつ病勤労者であってもなかなかスムーズに離床できないという報告9)もあり,必要に応じてこれらの要因に対して指導をする必要がある.

5.週末であってもリズムを大きくは崩さない
 週末や休日はゆっくり昼過ぎまで寝ていたいと考える患者も少なくない.おそらく患者もこの病気に罹患するまでは,長期休暇などの際に大きく乱れた生活をしていても,仕事が始まる初日には,きちんと朝起きて通勤していたと思われる.そのため,患者に対する衛生指導でこの話をすると,「復職すれば大丈夫です.朝からきちんと起きられます」などと述べる患者もいるが,リズムを整えるのが難しくなっていることを考えると,休職中の週末もリズムはある程度一定にしておくことが望ましいと思われる.

V.休職期間満了退職が近づいたときに考えておくこと
 治療者は,抑うつ症状の改善のためにさまざまな介入を検討している.治療抵抗性うつ病で長期に外来フォローしている症例では,診断の再考,薬物療法の工夫(他の抗うつ薬への切り替え,併用,増強療法など),非薬物療法の併用(認知行動療法,対人関係療法など),環境調整などを行うが,休職期間満了の期日が近づいたときには今後のことを判断しなければならない.この点に対するガイドラインはなく,個々の症例に応じた判断が必要になる.さらに本来復職は精神症状が十分改善し,安定した状態で行うことが望ましいということを理解したうえで次のように考える.
 まず考えなければいけないことは,「うつ状態の改善・回復」という側面と「勤労者・社員であるという患者の地位保全」という点である.就労継続できる可能性がゼロでない場合には,治療者は通常復職可能レベルと考えている基準をやや下げて「復職可能」という診断書の作成を考えることもある.こういったケースでは事前に職場と臨床現場の連携を事前にしておくと復職がスムーズになる可能性がある.
 実際に,著者もうつ状態が十分改善していない患者であったが事前に職場と十分に議論したうえで復職に至った症例を経験した.事前に連携をとることで,職場が積極的かつ可能な範囲で最大限の配慮をしてくれる場合がある.連携が十分とれていないと,職場側は主治医の診断書に対して不信感をもつことも少なくない.職場への情報提供の際には個人情報に十分配慮し患者自身の同意が必要であることも留意する必要がある.

おわりに
 本稿では,エビデンスがまったくと言っていいほど乏しい,治療抵抗性うつ病勤労者の復職について述べた.
 おそらく,わが国の治療抵抗性うつ病勤労者は,①うつ症状が遷延している,②生活リズムが十分整っていない,③職場復帰支援やリワークなどの介入を受けられないケースが多い,④残休職期間内に十分改善しないケースが多いことが予測される.
 そのため,治療者は早期に診断および適切な治療を行うことは言うまでもなく,職場との良好な連携をとること,予見性をもったうえで治療や生活指導を行うことが現時点でできることではないかと考えられる.

 報告した研究の一部は,平成26~28年度労災疾病臨床研究事業補助金〔課題番号:14010101-01「うつ病患者の復職成功のカギは何か」(主任研究者:吉村玲児)〕によって行った.

利益相反
 講演料:エーザイ株式会社,MSD株式会社,大塚製薬株式会社,大日本住友製薬株式会社,武田薬品工業株式会社,日本イーライリリー株式会社,ノバルティスファーマ株式会社,ファイザー株式会社,ヤンセンファルマ株式会社,Meiji Seikaファルマ株式会社,持田製薬株式会社,吉富薬品株式会社
 原稿料:株式会社アークメディア,株式会社星和書店,株式会社メディカルレビュー社

文献

1) Furukawa, T. A., Kitamura, T., Takahashi, K.: Time to recovery of an inception cohort with hitherto untreated unipolar major depressive episodes. Br J Psychiatry, 177; 331-335, 2000
Medline

2) 堀 輝: 産業医と初対面の労働者が, 突然「復職可能」の診断書を持ってきた場合の対応. 安全と健康, 61 (5); 489-491, 2010

3) 厚生労働省: 心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き (http://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/anzen/101004-1.html) (参照2018-03-28)

4) 厚生労働省: 主な傷病の総患者数. 平成26年患者調査 (http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/kanja/14/dl/05.pdf) (参照2018-02-10)

5) 厚生労働省: 平成27年「労働安全衛生調査 (実態調査)」の概況 (http://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/h27-46-50_gaikyo.pdf) (参照2018-02-10)

6) 厚生労働省: 平成26年度「過労死等の労災補償状況」 (http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000089447.html) (参照2018-02-10)

7) 五十嵐良雄: 「精神科診療所におけるうつ病・うつ状態による休職者の復職支援」に関する実態調査. 日精診ジャーナル, 183; 104-112, 2009

8) Morita, G., Hori, H., Katsuki, A., et al.: Decreased activity at the time of return to work predicts repeated sick leave in depressed Japanese patients. J Occup Environ Med, 58 (2); e56-57, 2016
Medline

9) 玉崎愛美, 堀 輝, 松元知美ほか: うつ状態勤労者の復職支援を目的とした集団精神療法の効果. 精神医学, 59 (2); 139-145, 2017

10) Van der Feltz-Cornelis, C. M., Hoedeman, R., de Jong, F. J., et al.: Faster return to work after psychiatric consultation for sicklisted employees with common mental disorders compared to care as usual. A randomized clinical trial. Neuropsychiatr Dis Treat, 6; 375-385, 2010
Medline

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