Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第120巻第4号

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会長講演
第113回日本精神神経学会学術総会
当事者・家族のニーズに応える研究成果をめざして―精神医学研究・教育と精神医療をつなぐ―
尾崎 紀夫
名古屋大学大学院医学系研究科精神医学・親と子どもの心療学分野
精神神経学雑誌 120: 302-312, 2018

 当事者の方から,例えば「自動車運転の必要があるが,『病状や服用している薬剤の関係で,運転は控えるように』と主治医に言われている.このままずっと運転はできないのでしょうか」といった質問を受けることがある.これは同時に,われわれももつ臨床疑問であり,その答えを文献などで見つけることができない場合,自分たち自身で疑問を解決すべく研究をすることになる.これまでわれわれが,研究対象として選んだ臨床疑問として,精神疾患や向精神薬と自動車運転技能との関係などがある.また,神経性やせ症患者の家族から,「食事を摂らずやせてしまった娘は,自分をやせていると思わず,親の意見も聞かずイライラしているのですが,一体どうなっているのでしょうか」など,家族として当事者の疾病を受け入れ,支えるために必要な,病態理解に関する疑問もよく聞かれる.治療上も,validation(当事者の感情体験の正当性を治療者が承認して,適応的な側面を支持強化すること)を基本として関係性を構築するためには,病態の理解が欠かせない.われわれは,病態理解のために,摂食障害の画像研究などを実施してきた.同じく家族から,「息子は,統合失調症との診断がつかないまま抗うつ薬で治療を受けているうち調子が悪くなり入院しました.幻聴は消えたようですが,もとの元気な息子には戻りません.こんなことのないよう,診断法はないのでしょうか」との思いも寄せられる.病因を明らかにして診断法や病因に基づく根本的治療法の開発をめざし,統合失調症,自閉スペクトラム症,双極性障害など,精神疾患横断的なゲノム解析を出発点として,モデル動物やiPS細胞などを用いた病因の分子メカニズムを解明すべく基礎研究者と連携をとった研究も実施している.これら当事者・家族のニーズに応える多岐にわたる研究を行い,成果を得るためには,多様な志向性をもったphysician scientistと,研究を理解する臨床医の育成が肝要である.本論では,これまで著者が実施してきた,日々の臨床疑問の解決とともに,病因・病態の解明をめざした研究について振り返り,今後の方向性について言及した.

索引用語:患者・家族の要望, 臨床精神医学研究, 自動車運転, 神経性やせ症, ゲノム解析>

はじめに
 一般に研究者は,「いまだ解明されていない事柄の真実を知りたい」と考え,研究を始める.言いかえれば研究の成立要件は,目的に関しては「いまだ解明されていない」,すなわち「新規性がある」点,加えて方法に関しては「真実を得ることができる」,すなわち「信頼性(再現性)と妥当性のあるデータが得られる」点にある.
 医学領域でも基礎医学分野であれば,「新規性のある目的」と「信頼性と妥当性のあるデータが得られる方法」が備わり,設備や資金面での「実施可能性」が満たされるなら,研究が開始される.一方,ヒトを対象とする臨床医学研究では以上の基本的条件に加えて,研究の倫理的配慮を必要とするが,その際,研究目的の臨床的な意義が問われる3).この研究目的の臨床的な意義を検討する際,医療を享受している当事者の意見を入れ,「当事者自身にとって益することを企図された研究か」との観点から検討すべきだとする提言,“Democratizing Clinical Research”が発表されている13)
 臨床医学分野のなかでも,特に精神科は診断・治療の両面において,当事者・家族の満足を得ているとはいえないのが現状である.例えば,精神疾患の当事者を対象とした,「向精神薬の服用を開始したことであきらめたこと,可能になったこと」に関する調査によると22),「病気の治療」は約50%,「人付き合い」は約40%の当事者が可能になったと感じている一方,あきらめたことについて,「結婚」が約40%,「就職」が約35%,「車の運転」が約35%であった(図1).この報告では「あきらめた」理由は詳らかになっていないが,向精神薬の副作用を懸念し,日常生活の重要な部分をあきらめた結果も含まれているのではないだろうか? アメリカ精神医学会の診断基準,DSM-5によれば,精神障害は然るべき症状があることに加えて,症状があることで本来の社会的な機能が損なわれると定義づけられている1).向精神薬の服用により,症状は改善したとしても社会的な機能が損なわれた状態が続くならば,「治療」とは言い難い.
 実際われわれは,当事者や家族から,精神科臨床や精神障害に関するさまざまな要望や疑問をうかがってきた.例えば「自動車運転の必要があるが,『病状や服用している薬剤の関係で,運転は控えるように』と主治医に言われている.このままずっと運転はできないのでしょうか」といった,当事者からの質問.あるいは神経性やせ症患者の家族から,「食事を摂らずやせてしまった娘は,自分をやせていると思わず,親の意見も聞かずイライラしているのですが,一体どうなっているのでしょうか」との質問もあり,当事者や家族として疾病を受け入れ,支えるために必要な病態理解に関する疑問もよく聞かれる.さらに同じく家族から,「息子は,統合失調症との診断がつかないまま抗うつ薬で治療を受けているうちに調子が悪くなり入院しました.幻聴は消えたようですが,もとの元気な息子には戻りません.こんなことのないよう,診断法はないのでしょうか」との思いも寄せられる.
 当事者や家族の要望や疑問は,同時にわれわれ自身の臨床疑問でもある.解決には,病因・病態の解明を含めた研究が必要であり,われわれは,多くの共同研究者とともに研究を遂行し,その成果を発表してきた.本論では以上を踏まえ,これまで当事者・家族のニーズに応える研究成果をめざしわれわれが実施してきた研究について振り返り,今後の方向性について検討を加える.なお,今回紹介するわれわれの研究は,いずれも名古屋大学医学部生命倫理審査委員会の承認事項に則り,文書での説明と同意を得て,個人情報保護に配慮して実施した.

図1画像拡大

I.自動車運転の可否を巡る精神科領域の問題
 2013年11月に成立した「自動車運転死傷行為処罰法」は,薬物や特定の疾患によって運転に支障が生じるおそれがある状態で死亡事故を起こした場合,懲役15年を上限に,危険運転致死傷罪に準ずる新たな罰則を設けるなど,「悪質かつ危険な運転」による交通事故の罰則を強化するものであった.さらに,2014年4月に閣議決定された政令により,本法の適用対象となる疾患が,てんかん,統合失調症,そううつ病(うつ病を含む),低血糖症,再発性の失神,重度の眠気を示す睡眠障害と定められた.加えて精神障害の治療上,軽快して社会復帰を果たして以降も再発予防のため向精神薬の服薬継続が不可欠な場合がほとんどだが,わが国の薬剤添付文書によれば,現時点で抗うつ薬6剤を除いたすべての向精神薬に関して,「自動車の運転等危険を伴う機械の操作には従事させないよう注意すること」と記載されている.
 2014年日本精神神経学会はガイドラインを公表し,運転に支障をきたす医学的状態像の指針を得ることができるようになったが,薬剤の影響をどのように評価するかについては本ガイドラインでも明確ではない.すなわち現在の添付文書記載に従えば,恩恵があるはずの治療薬が患者の生活の一部を奪うことになる.そればかりか必要な治療を受けず,症状の悪化,再発という事態の増加も危惧される.
 以上を鑑み,向精神薬を含む多くの薬剤添付文書(例:自動車の運転等危険を伴う機械を操作する際には十分注意させること),あるいは付記(例:ただし,眠気やめまい等が自覚されなければ,十分注意したうえで操作に当たること)の改訂に向け,薬剤服用や精神障害と運転技能の関係を明らかにすることが必要と考え,われわれは以下の検討を実施してきた.
 向精神薬,睡眠不足,加齢に伴う認知機能障害が自動車運転技能に与える影響を検討するにあたり,実車での検討では測定困難な運転場面・パラメーターも存在するため,安全性と経済性に優れ,多様なパラメーターを得ることができ,生態学的妥当性が高いドライビングシミュレータ(豊田中央研究所製)を用いている.また,ドライビングシミュレータにより測定する運転技能としては,追従走行課題(先行車との車間距離をどれだけ維持できるか),車線維持課題(横方向での揺れの程度),飛び出し課題(ブレーキ反応時間)の3課題を選択している.
 健常者を対象とした向精神薬が自動車運転技能に与える影響の検討により,われわれは以下を確認している.抗ヒスタミン作用があり鎮静系の抗うつ薬であるアミトリプチリンの急性投与では,主観的眠気と平衡機能への影響16)がみられると同時に,車線維持技能および追従走行技能を有意に低下させたが,抗ヒスタミン作用の乏しいパロキセチンでは有意に影響しなかった8).また,このアミトリプチリンによる影響は薬物血中濃度依存的であった6).鎮静系抗うつ薬のミルタザピンとトラゾドンを連続投与した場合,ミルタザピンでは投与翌日に有意に車線維持技能が低下したが,連続投与9日後には耐性が生じ,投与前の水準に車線維持技能は戻った7).また,ベンゾジアゼピン系抗不安薬であるジアゼパムの投与は,アザピロン系抗不安薬であるタンドスピロン投与と比し,飛び出し課題時のブレーキ反応時間の遅延を生じさせた20).すなわち,向精神薬のなかには,運転技能への影響が乏しい薬剤もあれば,影響が明らかな薬剤も存在すること,使用開始直後は運転技能に影響を与える薬剤でも,連続投与により耐性が生じ,影響は軽減することが判明した.
 睡眠障害は集中力や記憶力を障害し,結果として,作業能率低下や交通事故を誘発する因子であることが報告されている.さらに,認知症やうつ病をはじめとしてほとんどの精神障害において睡眠障害は必発の症状である.そこで,われわれは,睡眠不足が運転技能および認知機能課題に与える影響を前頭葉の血流変化とともに詳細に検討した.その結果,睡眠不足時は睡眠充足時に比し,近赤外線スペクトロスコピーで測定された前頭葉活動が抑制され,ブレーキ反応時間の遅延が生じた17).一方,睡眠薬の運転技能に対する影響を,ベンゾジアゼピン受容体作動薬であるトリアゾラムとメラトニン受容体作動薬であるラメルテオンを対象に検討した結果,服用4時間後においては運転技能に影響を与えることが示唆された15).今後,実臨床で問題となる,睡眠薬服用翌日の運転技能への影響を検討する必要がある.
 自動車運転は複数の認知過程を要する複雑な行為であり,どのようなメカニズムによって制御されているのか,その脳基盤は明らかにされていない.いくつかの認知機能検査成績と運転技能の関連性が報告されているものの,一貫した結果は得られておらず,今後,脳の個人特性も含めた,さまざまな要因が運転技能に与える影響を検討することが不可欠である.

II.摂食障害を理解し,対応する
 神経性やせ症を中心とした,重度のやせを伴う摂食障害は,栄養障害による生命の危険をもたらすだけでなく,難治性で生活や人生にも大きく影響を与える.この難治性の要因として,患者本人がやせや栄養障害を認めず,医療を拒む点が挙げられ,結果的に治療導入が遅れ,再発も多く,本人の頑なな態度にしばしば医療関係者も戸惑う.
 神経性やせ症は5.1/1,000人年と他の精神疾患よりも極めて高い死亡率2)を示し,生命の危機的状況に直面してもなお医療を受け入れない患者が多く,まずは精神保健福祉法の枠組みで受け入れて救命的な対応が必要である.このような対応が可能な総合病院の精神科病床・精神科医師数は減少しているのが実情である18).その結果,残された総合病院の精神科に,身体的にも重症の入院を要する神経性やせ症患者が集中しがちである.例えば,名古屋大学医学部附属病院精神科・親と子どもの心療科(当科)に入院した摂食障害患者の状況によると,年間のべ人数は2003年以降増加し,最近は60名程度で推移している(図2a).またBMIでみると,入院時のBMIが6.8~7.3と極めて低値でICU管理が必要であった症例をはじめ,栄養障害が顕著な例が多い(図2b).
 しかも「太りたくない」という若い女性に一般的な心性に根ざしている一方,「食べる」という極めて生命を維持する上で基本的な行動であるだけに,「どうして食べないのか」「病気なのか」と周囲や医療者の理解も進まない.しかし長期間を経て,生活できるようになった摂食障害患者の姿をみていると,複数回あった生命の危機を脱してくれてよかったと思うと同時に,今後も摂食障害の診療とともに彼らへの理解を一歩でも進めるための研究が必要と痛感する.
 例えば,低栄養状態で入院した摂食障害患者に対する再栄養療法の合併症としてrefeeding syndromeとともに肝機能障害が挙げられるが,後者に関する証左は乏しく,予測は困難であり,時に再栄養の速度を一律に落とすことにもつながる.そこで,われわれは入院再栄養療法を行った摂食障害患者を対象に,肝機能障害と基本情報,入院中の血液・生化学データおよび栄養療法の経過との関連を検討した5).なお,肝機能障害の指標としては,肝特異性が高く,基準値からの上昇は何らかの肝細胞の損傷を示唆すると考えられるalanine aminotransferase(ALT)値に着目し,当院の検査基準値ALT>27を認めたものを肝機能異常ありと定義した.そのうえで,①全対象者を入院時点でALT値異常なし,ありの2群に分け,②入院時点でALT値が正常だった群をさらに再栄養療法開始後にALT値異常なし群とALT値異常あり群に分けた.その結果,入院再栄養療法においてALT上昇を予想する因子として,摂食障害の低年齢発症,入院時の低タンパク血症,再栄養療法後の体重増加開始の遅れが抽出されたが,再栄養療法の方法は,肝機能障害の発生には影響を与えていないことを確認した(図3).以上の結果から,肝機能障害の招来を恐れて,再栄養を一律に控えることは合理的ではないと考えられた.
 さらに神経性やせ症の発症には,複数の脆弱性に加えて,低栄養による中枢神経系の変化による二次的な病態の進展が想定されている9)図4).しかし,患者で生じている中枢神経系の変化はいまだ十分な解明には至っておらず,結果として,疾病を受け入れ,支えるために必要な病態理解は進んでいないのが現状である.そこでわれわれは,摂食障害患者における低栄養期の脳構造異常を明確化するため,MRIにより測定された脳容積を,患者群と健常群で比較した11).その結果,(BMIでの補正をせず)低栄養の影響により脳容積変化が生じている部位として,帯状回を中心とした領域が抽出された.摂食障害による低栄養により,帯状回が担っている情動コントロールや空間情報処理が影響を受けているのではないかと考えられた.さらに(BMIで補正後でも)低栄養による影響を受けない(発症前から患者に生じていると考え得る)脳容積変化として,視床枕が抽出され,身体イメージを含む視覚情報処理の脆弱性の存在が考えられた.

図2画像拡大
図3画像拡大
図4画像拡大

III.精神障害の病態を解明し,病態に基づく診療の実現に
 前述の“Democratizing Clinical Research”には,「統合失調症研究の優先事項:治療における10の不明点」が記載されており,この10課題のトップに記載されているのは「治療反応性の得られない問題」,すなわち難治症例への対策である.
 未治療期間が長く二次的に難治化した症例も含め,既存の治療法で十分な効果が得られない難治症例を経験するにつれ,研究による解決の糸口を模索することが精神障害の臨床研究の最大課題と痛感する次第である.課題解決にあたり第一に考えるべき点は,統合失調症を含む精神障害は,その病因・病態がいまだ不明である.そしてその結果,病態に即した診断法・治療法の開発の糸口が現在得られていないという点で,病態の解明が喫緊の課題である.
 2001年にヒトゲノム計画によるゲノムシークエンス解読が完遂し,全ゲノム関連解析(genome wide association study:GWAS)の実施に必要な一塩基多型(single nucleotide polymorphism:SNP)がデータベース化された.その当時,発症頻度が高いcommon diseaseは,頻度の高いゲノム変異common variantsにより発症するであろうと予測され,common variantsであるSNPを用いたGWASにより精神障害を含む全疾患の病因・病態がゲノムレベルで解明されるであろうと考えられた.しかし解明は進まず“missing heritability”,すなわち疫学研究から遺伝的要因が発症に大きく関与するとされる統合失調症など21)においても,発症にかかわるゲノム変異が見出せないことが問題になった14).われわれも統合失調症のGWASを実施したが,統計的に有意水準には至らなかった4).その後,万人単位の多数例を対象としたGWASによりようやく統計学的に有意な結果が得られたが,例えばGWASで得られた統合失調症リスクは発症に寄与するオッズ比が1.1程度と極めて低く,成果をもとに発症のメカニズムを解明するのは極めて困難と考えられた.
 このmissing heritabilityを解決する方法論として提唱されたのが,common diseaseでもrare variantsが関与している可能性で,近年rare variants,すなわち頻度が稀なゲノム変異に着目した解析により,精神障害発症に寄与の大きいリスクゲノム変異が再現性をもって報告されている.われわれも,統合失調症を対象として頻度が稀なゲノムコピー数変異(copy number variations:CNV)を全ゲノムにわたり解析した12).その結果,病的意義を有するCNVを患者全体の約9%で同定し,健常者よりも頻度が約3倍高いことが判明した(図5).
 また,病的意義を有するCNVをもつ統合失調症患者の40%で先天性あるいは発達上の問題が確認され,また薬物治療に十分な効果を示さない確率が高いことが示された.さらに得られたゲノムデータを解析することで,統合失調症の病因には,シナプスやカルシウムシグナルの異常に加え,ゲノムの不安定性や酸化ストレス応答の異常が関与する可能性が示唆された.以上からゲノム解析が統合失調症の早期診断に役立ち,また治療反応性を予測できる可能性が示唆された.
 また,同定したCNVのなかには22q11.2欠失および3q29欠失が含まれていたが,この2つの変異はともに統合失調症発症の極めて強いリスク変異(オッズ比50倍以上)であり10)21)図6),加えて患者の50%以上に先天性心奇形を併発することが明確化されている.そのため,当該欠失を有する統合失調症患者を抗精神病薬で治療する際,効果への配慮と循環器系副作用に細心の注意を要する.実際,22q11.2欠失を有する統合失調症患者の家族から,「精神科に行ったら,『心臓や身体の病気の重い患者は無理』,循環器科では『統合失調症のある患者は診療できない』と言われる」との困惑をうかがったことがある.
 一般に統合失調症は循環器系疾患による死亡率が高く,その一因として治療薬である抗精神病薬の関与が想定されている.したがって,統合失調症の脳と心臓の病態解明と,治療効果に優れると同時に循環器系の副作用が少ない新規治療法の開発が臨床現場で待望されている.前述したように,22q11.2欠失および3q29欠失は統合失調症の強いリスク因子であると同時に,脆弱な心臓のリスク因子でもある.したがって,当該欠失を有する患者由来のiPS細胞から誘導した神経細胞および心筋細胞や当該欠失を模したモデル動物の脳や心臓は,統合失調症の脳と脆弱な心臓,双方の病態を反映するモデル細胞・モデル動物である.われわれはこれらモデル生物を用いて脳と心臓の病態を明らかにして,治療標的臓器と副作用発生臓器の双方を考慮した新しい抗精神病薬のスクリーニング系構築から治療法開発への応用をめざす解析を進めている.

図5画像拡大
図6画像拡大

おわりに
 これら当事者・家族のニーズに応える多岐にわたる研究を行い,成果を得るためには,多様な志向性をもったphysician scientist(基礎研究の素養を有する臨床研究者)と,研究を理解する臨床医の育成が肝要である19).現在,多くの問題をはらみながらも専門医制度改革が進められているが,専門医機構が「リサーチマインドの涵養」を強調している点は,評価すべきではないだろうか.専門医制度改革を機に,大学院教育および院卒後の研究継続体制を検討して,physician scientist育成システム構築に取り組むことが,当事者・家族のニーズに応える精神疾患の克服実現に重要である.

 第113回日本精神神経学会学術総会=会期:2017年6月22~24日,会場=名古屋国際会議場
 総会基本テーマ:精神医学研究・教育と精神医療をつなぐ―双方向の対話―
 会長講演:当事者・家族のニーズに応える研究成果をめざして―精神医学研究・教育と精神医療をつなぐ―
 座長:神庭 重信(九州大学大学院医学研究院)

利益相反
 平成28年度に額の多少にかかわらず,以下を受け取った全企業
 講演・原稿謝金:アステラス製薬株式会社,MSD株式会社,大塚製薬株式会社,小野薬品工業株式会社,グラクソ・スミスクライン株式会社,武田薬品工業株式会社,田辺三菱製薬株式会社,大日本住友製薬株式会社,ノバルティスファーマ株式会社,日本イーライリリー株式会社,ファイザー株式会社,Meiji Seikaファルマ株式会社,持田製薬株式会社,ヤンセンファーマ株式会社,吉富薬品株式会社
 奨学寄付金:エーザイ株式会社,MSD株式会社,大塚製薬株式会社,大日本住友製薬株式会社,武田薬品工業株式会社,株式会社ツムラ,地球快適化インスティテュート株式会社,日本イーライリリー株式会社,日本メジフィジックス株式会社,ノバルティスファーマ株式会社,ファイザー株式会社
 コンサルティング:大日本住友製薬株式会社,地球快適化インスティテュート株式会社,大正製薬株式会社
 共同研究:大日本住友製薬株式会社,地球快適化インスティテュート株式会社
 関連寄附講座:帝人在宅医療株式会社

文献

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