昏迷は基盤にある病態ごとに表出が異なる多様な症状群だが,その症候学的吟味は忘却されつつある.一方,カタトニアは疾患横断的に出現する単一症候群とする認識が普及し,その境界は操作的診断を通じて拡大し,今日では昏迷をみればすなわちカタトニアとする評価もしばしば見受けられるようになった.本稿は,昏迷とカタトニアの定義を歴史的起源から捉え直したうえで,両概念の関係と臨床上の取り扱い方を再検討し,①すべての昏迷をカタトニアに包含すべきではないこと,②カタトニアの統一的治療方針とは逆に,昏迷は型判別による個別的対応が有用であること,③単一的カタトニア概念は拡大化の結果,不均質な集団を内包するようになり,実用・研究面での問題が引き起こされていることを指摘した.この混乱の背景には,データ収集(症候把握)の厳密性を欠いたまま多くの実証研究が行われ,それらに基づいて診断基準が改訂される過程で疾患概念の妥当性が損なわれてゆくという操作的診断基準の作成手続きにおける問題がある.精神疾患に関する実証研究をより実りあるものとするためには,統一的な精神症候学規定の確立が必要である.
昏迷とカタトニア(緊張病)再考
東京都保健医療公社豊島病院精神科
精神神経学雑誌
120:
106-113, 2018
<索引用語:昏迷, カタトニア, DSM-5, 操作的診断, 精神病理学>