Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第120巻第11号

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特集 精神医学研究推進のための人材育成
生物学的精神医学研究を志す若手人材を増やすために―若手の立場から―
水谷 俊介1)2)
1)東京大学医学部附属病院精神神経科
2)東京大学大学院医学系研究科神経細胞生物学教室
精神神経学雑誌 120: 1037-1040, 2018

 精神医学基礎研究に進む若手が少ないといわれて久しい.一方で,基礎科学雑誌には精神疾患,トランスレーショナルリサーチといった言葉が踊り,ますます精神・心理学の臨床的素養をもつ人々の参画が不可欠な時代となっている.研究に興味はあるが,一歩が踏み出せない.そんな迷える若手の参考にしてもらえるよう,同じく若手の立場から著者の研究や,所属研究室の若手研究者たちの研究者育成についてのメッセージを紹介する.「ネズミが統合失調症かどうかわからないでしょ」というまっとうな疑問を抱く人々こそ,基礎研究に求められている.

索引用語:生物学的精神医学研究, 若手人材, 基礎研究, トランスレーショナルリサーチ>

はじめに
 生物学的精神医学研究を志す若手人材が少ないといわれて久しい.一方で,基礎科学雑誌には精神疾患,トランスレーショナルリサーチといった言葉が踊り,ますます精神・心理学の臨床的素養をもつ人々の参画が不可欠な時代となっている.研究に興味はあるが,飛び込めない・踏み切れない若手,また,今はまだ興味をもてないような若手の方々に向けて,著者自身も若手であるという立場から執筆させていただく.
 今回,「生物学的精神医学研究を志す若手人材を増やすために」というお題をいただき,第113回日本精神神経学会学術総会にて発表させていただいた.その際の発表をもとに本稿を構成している.最初にプレゼンテーションを作成して,研究室の同僚たちにみせてみたところ,研究者育成について意外と問題意識をもっている人が多く,興味深いコメントをもらえた.そこで,後半ではそうした生の声も紹介させていただく.

I.経歴や研究について
 僭越ながら軽く自己紹介をしてから,進路に悩む後輩にどんなことを伝えたいか,また若手研究者を増やすためにできることを考えてみようと思う.
 著者は,中高大学と続けていたハンドボールやバンド活動,アルバイトなどに忙しく,基礎研究はおろか,大学にもろくに通っていないような学生だった.大学を出たときも,基礎研究は頭になく,まずは臨床をちゃんとやろうと決めていたので,沖縄など全国の救命センターや精神科を何箇所もまわるようなプログラムで初期研修を行った.その後,個人的な経験に背中を押されて,東大病院精神神経科に入局した.関連病院などで研修を行ったのち,現在は大学院生として統合失調症の基礎研究を行っている.
 研究室では顕微鏡を使って,動物が覚醒した状態で神経やシナプスを直接観察することで精神疾患の原因を探っている.例えば,動物に音を聞かせたときに,聴覚野の複数の神経細胞やシナプスが一斉に活動する様子をリアルタイムに撮影することができる.もしかすると,幻聴のメカニズムが明らかになるかもしれないし,統合失調症の患者さんのシナプスで起こっていることがわかるかもしれないと期待している.
 具体的には,ミスマッチネガティビティ(MMN)という,予期していた音と違う音を聞いたときに起こる神経活動に着目している.統合失調症の患者さんで,MMNの障害が数十年前から繰り返し報告されている一方,いまだこの起源は明らかになっていない.1つの理由として,これまでの実験手法では,動物の脳に針を刺して1個の神経細胞の発火を記録するのがやっとだったということが挙げられると思う.しかし,ここ10年程度で顕微鏡のレーザーや蛍光蛋白質(神経が発火するとさまざまな色に光る),また数テラバイトに及ぶ画像データの処理技術が発達してきたことで,さらにミクロな1つ1つのシナプスや軸索レベルの解像度で,これらを同時に数十~数百個記録することが可能となった.これまでの手法と異なり,麻酔を使わず,動物が覚醒した状態で神経活動を観察できることもあり,高次な情報処理と思われるMMN研究におけるブレイクスルーとなる可能性を秘めている.こうして,MMNの起源の解明,ひいては統合失調症の病態解明,創薬に近づけるのではないかと考えている.

II.若手たちの声
 次に,若手たちが研究についてどう思っているのか,紹介していく.

1.ポスドク(30代,PhD)
 Q.「研究生活,どうですか?」
 A.「よいロックバンドに似てると思います」
 Q.「???…その心は?」
 A.「よいバンドって産みの苦しみがあるじゃないですか.アイデアを出しては壊してケンカしての繰り返し.けど,それを乗り越えたら,皆の心に届く音楽ができる」

2.ポスドク(30代,PhD)
 「研究者だからって好奇心だけで研究できる人って一握り.ワクワクだけで研究を続けられる人がうらやましい.世間的には,研究者はワクワクしてる感じを出さないといけない雰囲気がありますけどね.よいデータが出ない時期が続くと,足元がぐらぐらするような感覚に襲われることもあるよ」

 研究の大変さについては,やっぱり皆がふれていた.価値のある研究をするということは,言い換えれば,これまでに世界中の優秀な研究者たちが挑んでも解決できなかった重要な問題を解かなければならないということでもある.また,そうした発見の背景には,地道な仮説検証,実験の繰り返しがある.大体の実験はうまくいかないし,1つの論文をまとめるのに5年以上かかるということもざらだ.30歳で研究を始めてもし結果が出なければ,35歳で放り出されてしまうんじゃないか,という怖さもある.また,批判的思考のトレーニングも必要で,日々の実験結果の発表や,論文の抄読会では厳しく指導されることもしばしばである.
 厳しいことを並べた.一方でまた共通していたのは,それ以上にやりがいが大きいという意見である.

3.ポスドク(30代,MD, PhD)
 Q.「研究を何かに喩えてみてください」
 A.「ベンチャー企業の飛び込み営業かな.毎日たくさんのドアをノックする.ほとんど門前払いだけど,1個1個誠実にノックし続けるしかない.たまにうまくいったときの達成感はすごくて,ビールが旨い」

4.教員(40代)
 「最初の結果が出るまでは苦しかったけど,一度面白いデータが出てからはのめり込むように実験できた.世界で自分しか知らないことがあるっていう感覚が好きなのかもしれない」
 たしかに苦労もあるが,ラボの皆が共通して口にしたのは,研究のやりがいだった.自分の研究が病態解明につながれば,患者さんの役に立てるかもしれない.たとえそこまで至らなくても,日々の発見や,ついにできた,という達成感は他のものでは得られない喜びだと思う.また,意外と皆の研究を始めるきっかけはバラバラで,特に理由はなかったが,始めてみたら楽しかったという声も多かった.
 このように,研究は魅力的なものなのに,なぜ研究者は増えないのか,その理由をどう思うか聞いてみた.

5.大学院生(20代,MD)
 Q.「研究を始めるにあたって困ったことはなんですか?」
 A.「私は研究がしたくて精神科に入ったけど,出身大学じゃない医局だったからツテがなかったし,自信もなかった.たまたま,私を研究室に紹介してくれる先輩がいたのがありがたかった」

6.ポスドク(30代,MD, PhD)
 Q.「研究を始める前に悩んだことはなんですか?」
 A.「始める前は,俺なんかが研究したって貢献できないんじゃないかって思っていた.けど,論文を読んでいくうちに,精神疾患について確実にわかってることってほとんどないことがわかった.だから,小さくてもいいから確実なデータを出すのが仕事かなと思っているよ」

7.大学院生(30代,内科系MD)
 Q.「大学院進学にあたり,苦労したのは?」
 A.「研究に集中したかったから,大学院の4年間アルバイトしないですむように,お金を貯めてから入学したよ.もし子どもがいたり,家のローンがあったら,サポートがない現状では,研究の道は選べなかったかもしれない.アルバイトできるラボとそうでないラボがあるから,事前によく情報収集するのが大事だね」

 なるほどたしかに,研究の道を志すにあたっては超えなくてはいけないさまざまな壁があるのかもしれない.逆に言えばこれらをしっかり考えることが,研究者を増やすヒントになると思う.
 1つは,日頃から臨床と研究の人材交流を行うということである.気軽に基礎研究にふれられる環境を作り,興味をもった方がいれば飛び込みやすいようにする.当科では,臨床家,臨床研究者,基礎研究者が一堂に会し,大きな視点をもってディスカッションする機会を定期的に設けている.学生や研修医も毎回自主的に参加している.また,地道に最新の研究成果や技術的発展を伝えていくのも大事だ.例えば近年,患者さんの遺伝学的研究をもとにした動物モデルが登場しており,疾患の一側面を切り取った従来のモデルではわからなかった新たな発見が期待される.こうした伝え方は従来のモデルに限界を感じて研究を選ばなかった若手には響くかもしれない.加えて,現実的な目線として,生活費や学費などの経済面や,出産・育児を含めた人生プランのサポートを行うのも大事である.応募可能な奨学金,助成金などを紹介するのもよい.また,各研究室がアルバイトをどの程度許容してくれるかといったことも貴重な情報である.

おわりに
 「だってネズミを溺れさせて,うつ病って言っちゃうのが基礎研究でしょ?」「動物に幻聴なんてあるの?」という的を射た疑念を抱く,まっとうな感覚をもつ若手をこそ丁寧にリクルートする必要がある.しっかりした基礎研究者であれば,そうした危うい点と常に戦いながら,それでも現実的に科学という土俵に落とし込むにはどうしたらよいか必死に考えているものだと思う.ぜひ,未来ある若手にはそうした指導者と出会ってほしい.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

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